『吉原 泡の園』

2008年9月 5日 (金)

『吉原 泡の園』第77回/◆番外編◆ 楽して儲かるわけじゃない

 結局スカウトの潜入でわかったことは、楽して儲かる商売はないということだった。
 毎月1回、僕の所属したスカウト集団は渋谷でミーティングを行なっていた。あるときは喫茶店を貸切、あるときはミーティング専用ルームにて、とにかく性風俗に関するさまざまな意見、動向、地域性などの話しを聞く。業種などの詳細や、女のコの落とし方なども勉強する。

 男達10名くらいが随時この勉強買いには出席していた。その集まりの日の最後に、先月のスカウト成績を発表され、報酬がもらえるのだ。僕は1回だけ体験入店させたコがいて、1万円をもらっただけにすぎないが、儲かっている人はスカウトだけで十分食っていたし、最低の保証まで受けているものもいた。自分でもそれくらいはできるだろうとタカをくくっていたが、副業にでもなれば、くらいに腰掛け程度の気持ちでやっていたのではダメなのだった。

 餅は餅屋で。さすがはその道のプロだと思った。ただ、僕にはそんな能力はないし、なくて良かったとも思った。

 ミーティングルームを使用した勉強会の時、歌手の浜田省吾を見かけた。もちろんその人はスカウトなどのミーティングではないだろうが、会議などでも使える貸し部屋なども、こうした大繁華街ではビジネスになるのだと感心したものだった。(イッセイ遊児)

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2008年8月29日 (金)

『吉原 泡の園』第76回/◆番外編◆ ある女のコとの出会い

 ネットスカウトをやっていて、何人かのコはアポをとるまでにいたった。埼玉県在住のYさんとは「明日の午後5時にハチ公前で」、そんなメールのやりとりをして、最後に相手の携帯番号を聞き出した。写メールはどうしても送れないという。
 スカウト集団の幹部Uさんによれば、渋谷までカモをおびき寄せてくれさえすれば、急用ができたとか言って、僕は行かなくてもかまわないという。つまり家のパソコンの前にいるだけで、うまくいけば金になる商売のはずだった。
 ところが写メールを送らずに面接にだけ来るコは、業界で言う“ポッチャリ”が多い。個人的には健康的で好きだし、ポッチャリ専門の性風俗もあるくらいで、そうした所ならば活躍できる。しかし渋谷はビジュアル重視といって、スラリとモデル体型のコが重宝される。それに面接時の喫茶店での飲食代はUさん持ちだ。毎度毎度金にならないコばかりを僕が送りつけるものだから、終いにはUさんも切れた。
「風俗店に行って、横綱が出てきたら、自分ならどうですか?」
 そうたしなめられる始末となった。

「楽して稼げる仕事などない、か」と、しょげながら2ショットメールをやりだすと、すぐにどこの小娘か分からない相手が、僕のチャット部屋に入ってきた。
“こんにちは、お仕事探しですね”
 いつもの常套句を書きこんだ。
“はい、儲かる仕事ありますか”
 これもまた女のコの常套句だ。何ヶ月もネットスカウトをやっているうちに、女のコの、それも風俗に身を投じているコのパターンが分かってきたのだ。つまり、いままで面接にかすりもしなかったコと同じことを言っていたわけだが……。
 風俗志望のコの興味は1つだけ。とにかく儲かる店をである。金、金うるさいな、と思いながらも、いつものように答えてあげる。

 面接日を決める段階まではスムーズに行く。これも毎度のパターンだった。そして決定的なこと、面接日を決めると女のコはチャット部屋から退出していってしまう。携帯電話の番号も教えずに。今回も、どうせ最後の最後で逃げるんだろうな、そう思いながら適当に相手をしていた。
“面接はどうしますか”
“明日にでも”
 珍しかった。今日の明日ならば、もしかしたらという望みも出てくる。渋谷のスカウトマンだけでなく、女のコ斡旋の個人契約をした潜り業者も知り合いになっていたので、明日、まずは潜りの業者に紹介してみて、ダメならば渋谷に紹介すればいいと思っていた。

 翌日、御茶ノ水でそのコと待ち合わせをした。17時に駅改札で。来るか来ないか、五分五分だと思った。来ないならそれでいい。
 17時少し過ぎ、携帯が鳴った。
「昨日の者ですが」
 来た。約束通り。
 胸の大きなスタイル抜群のコだった。小岩のイメクラに連れて行き、女オーナーと話しをさせるが、時間的な都合が合わなかった。仕方がなく、渋谷のUさんに見てもらうことにする。
 小岩で切符を買って、さっさと行こうとすると、そのコはじっとしていて動かない。スカウトマンは女のコの切符まで買ってあげなければいけないのだと、無言の圧力を感じた。こうなると買うしかない。
 渋谷のUさんと喫茶店に入る。色々話し、吉祥寺の店で体験入店ができることになった。
 体験入店とは、その店でやっていけそうかどうか、試しに1日だけ働くものだ。当然女のコに給料が発生する。さらにUさんのスカウト集団では、体験入店でもスカウトマンにとりあえず1万円が発生するシステムだった。おかげで僕はスカウトマンとして始めて収入を得たのだった。それにしても3ヶ月で1万である。その女のコが完全に働ければ、月の売上から一定の割合がスカウトマンの懐に入る仕組みだ。
 このグループはアダルトビデオの女優もスカウトしており、Uさんなどは、偶然にスカウトしたコがビデオ女優として稼いだので、それだけでもかなりの副収入があると言っていた。
 スカウトマンには専業でない者もいる。現役の一流大学生いれば、ホストがひそかにスカウトをしていたりもする。偽の写真を掲載してネットでスカウトをすればかなり稼げると教えてくれたのは、ホスト兼スカウトマンの人だった。もちろんホストクラブに遊びに来るコも、そんなホスト兼スカウトマンの餌食になっていた。

 渋谷でスカウトをしている者は相当いる。ただ、それぞれのグループに縄張りがある。このグループはこの範囲でスカウトをする。そんなルールが決まっており、各団体はヤクザに金を上納しているそうだ。Uさん率いるスカウト集団が堂々と活動できるのも、この上納金のおかげだ。縄張り内でのトラブルならば、いつでも解決は請け負うらしい。ただし「範囲外では何もできないから、縄張りを荒らさないように」とUさんから注意された。
 しかし、どんなヤクザも警察には勝てない。06年6月には、都条例の改正により風俗案内所とスカウトマンらに対する警察の態度も厳しくなった。条例施行当日、渋谷の街で立っていた数人のスカウトマンが逮捕されたと聞いた。

 それほど幸せに育ってこなかったコが、ネオンのきらびやかに惑わされるのか、スカウトに食いついてくる。食いつくコは、どこかの風俗を辞めたか、辞めようとしているコが多い。1度はまった風俗地獄から抜けようにも抜けられないコが多いからだ。その行く末は精神病院への入退院、そんなコも多い。
 もちろん女のコ流通システムといっても、スカウトなども氷山の一角に過ぎない。強制的に働かせられているコもいる。女のコの状態も千差万別だ。18歳未満や薬漬け、男に貢ぐされているケースも。どれもこれも暗い話しばかりだ。そんな闇を抱える女のコが頑張り、ファンができて、店が潤い、スタッフが暮らせる。
 だからだろう。
「ボーイは女に食わしてもらっているんだ、それを忘れるな」
「ここはマ○コ屋だ」
 吉原ソープでは、そんな言葉を上の者から叩きこまれる。(イッセイ遊児)

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2008年8月22日 (金)

『吉原 泡の園』第75回/◆番外編◆ スカウト悪戦苦闘

 渋谷でスカウトマンを始めた。さすがに若者のファッションをリードする街だけあり、お花畑を連想させるような色とりどりの服や髪などのカラーの渦。その中で僕が所属したスカウト集団Lのメンバーが活動する。ストリートナンパだけでなく、インターネットを活用したスカウトもある。
 Uさんが僕にどのようにスカウト活動をするか提案してくる。ストリートナンパか、それともネットスカウトマンか。僕はネットスカウトマンを希望した。街中で女性に声をかけるのは気恥ずかしく、僕が声をかけるとスカウトというよりも、モテない男が女性にすがるように見えるのではと思ってしまったからだ。
 ネットスカウトマンとしての活動は、ある有名チャットコーナーでスカウトするという単純なものだが、意外とコツがいる。

 ネットをやっている人ならばご存知の方も多いと思うが、チャットとは見知らぬ人どうしがメールのやりとりで会話するものだ。2ショットメールといえば2人きりでの会話を意味する。ネットスカウトは2ショットチャット専門であった。
 8部屋×8コーナーほどの部屋があり、空き部屋に早いもの順で入れる。入った者はメッセージを貼り、待機すればいい。たとえば僕のようにスカウトマンならば。
“バイト紹介しますよ”などと貼りつけて待機している。
“こんにちは、どんなバイトですか”
全国で、そのチャットを見ていて、かつ興味のある人が入ってくる。男を意味するのが青で、女は赤なのだ。ただ、これも男なのに女になりすます者もいる。
“風俗だよ”
 などと会話が進み、近場の女性ならば渋谷の喫茶店で会う。いわいる「面接」だ。
 会う前に聞くことがある。もちろんチャットでだが年齢、経験の有無、希望条件、写メールを送ってもらうこと。そして実際に会う日には、身分証を持参してもらう。住基ネットもOKだ。
 希望条件などは建前で聞いてやっているだけで、どうでもいい。身分証は18歳以上ということを確認するため。経験の有無は結構大事なのだ。経験が浅いと、ビビって逃げてしまうこともある。写メールを送ってもらうのは、ある程度ビジュアルが大切であり、送られた写メールをスカウト集団の幹部に見せ、OKがでて初めて面接となる。渋谷で面接といっても、喫茶店を利用し、その飲み代はLの幹部持ちとなる。写メールで確認くらいはしておきたいのは当然だろう。
 性風俗はビジネスであり、金を払うも払わぬも客次第。そこにはシビアな駆け引きも伴う。女ならば誰でも性風俗で働けるものではないという厳しさを感じずにはいられなかった。

 チャットでのスカウト活動は、中々思うようにはいかない。それも考えてみれば当たり前なのだ。見ず知らずの人間の言うことを信じて、ノコノコついてくる女もそうはいまい。それでも月1回渋谷で行なわれるスカウトマンの定例会などでは、前月の成績を発表され、ぞくぞくと高額賞金をゲットする者がいたりして、聞くとネットスカウトマンだというのだ。そんなベテランなどに方法を聞いたりして、何とか僕は地味に活動していた。体験取材といっても、一歩間違えれば逮捕だろうし、やっているこ自体違法でもあった。ただ、やらねば書けぬ。
 携帯での出会いサイトを教えてもらい。あるホストの写真を拝借して、それを自分だと偽り、スカウトもした。かなりグレーゾーンの行為だ。ただ体当たりでぶつかってこその取材だし、命がけだからこそわかることもある、そう自分に言い聞かせた。自分で見て、聞いて、触れたものをベースにしていきたい、と思ったからやったのだ。
 2ヶ月、3ヶ月と時間だけが過ぎていった。大抵1ヶ月もやっていれば何かしらの成果はあるそうだが、もう3ヶ月も何もできない。才能もなけりゃ運もないのか、と諦めかけていた。(イッセイ遊児)

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2008年8月15日 (金)

『吉原 泡の園』第74回/◆番外編◆ 潜入魂に火がついた

 スカウトとは吉原ボーイ時代から仕事上付き合いがあった。彼らの本音や女のコをどうやって店まで連れてくるのか知りたかった。それが僕の潜入魂を揺さぶり、吉原を離れた後にスカウトマンになることにした。場所はスカウトのメッカである渋谷だ。
 渋谷センター街通り、東京の繁華街でも若者がひしめく街。新宿や池袋でも性を求める店はあるが、渋谷はアダルトビデオからスター女優までさまざまなスカウトマンが闊歩する街でもある。少しばかりスタイルが良ければ、たかだか100メートル歩くだけで数人の男が声をかける。もちろん声をかけるのはスカウトマンだけではない。ここでは素人の男もめぼしい夜の相手を求めてさ迷っている。
 男が見知らぬ女に声をかける場面に遭遇した。
「ねえ、○○円でどう」
 女にしてみたらたまらない。突然知らぬ男が信号待ちで話しかけてくるのだ。

 ネットの裏情報的サイトでスカウトの記事を見た。出勤自由、ノウハウ・イチから教えます。そんな謳い文句に半信半疑でメールを送ってみると、数日後返信メールが届いた。
「仕事の質問ありがとうございます。後日渋谷でお会いましょう。U」
 約束の日、渋谷ハチ公前でUさんの携帯に電話をすると、強面をイメージしていた僕の前に現れたのは意外にも小柄でやさしそうな男だった。
「場所移りましょうか」
 Uに促がされセンター街の中にある喫茶店に向かった。
「どうも始めまして」
 Uはそういうとバンバン届くメールと着信を無視しながら僕に飲み物を勧めてきた。
「スカウトは始めてですか」
“笑顔がさわやか”ではあるが、まだ未知の人間だ。油断はならない。そう思っているとAというUと共同経営している人物が現れた。ちょび髭にゴツイネックレス。いかにも渋谷のワルといった感じだ。
「いやーケツ持ちに金払うのが大変でね。でも、きちんと金は払っているから仕事はばっちりできます。稼げますよ」
 何を言ってもそのちょび髭が言葉を軽くしてしまうようだった。
「どれくらい稼げますかね」
「そうだね、やる人なら月に50とか軽いでしょう」
 それも嘘っぽいと思った。もちろん、いるのかもしれない。100人に1人くらいは。
「未経験でもできますか」
「もちろん、ノウハウは教えます」
 ここまで来たのだから、やはり結構ですと断る理由もない。せっかくだから性風俗産業のありとあらゆる繋がりを調べてやろう。ヤクザに何かされても、あるいは警察沙汰になろうとも、調べずに指をくわえているほうが僕にとっては耐えられなかった。
 奢っていただいたアイスコーヒーを一気に飲み干し、スカウトマンとして風俗譲候補を追いかけることになった。

 普通、スカウトが店に女のコを入れると、何日働いていくら、という具合に報酬が発生する。ところが僕が出会ったスカウトマンの団体は、体入(体験入店)だけでもいいので店に採用されれば、1万円が発生するという目から鱗の契約方法を店と交わしていた。しかも吉原ソープとは契約もしていない。あまり関わらないようにしているという。吉原ソープに暴力団関係者が多いかららしい。スカウトの聖地で活躍する先鋭ですら、吉原ソープは敬遠されていたのだった。
 ともあれ、どのようにソープまたはその他の性風俗に女のコが売られていくのかを知るべく、僕はスカウトマンとして渋谷の住人となった。(イッセイ遊児)

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2008年8月 8日 (金)

『吉原 泡の園』第73回/ソープ嬢

 性風俗の世界はソープからファッションヘルスなど多種多様である。20年以上前に流行ったノーパンシャブシャブに代わり、2006年現在、生着替えシャブシャブなるものまで出現している。出会い喫茶という新しいサービスも出現した。では業種によって女のコに違いがあるのだろうか?
 吉原のような高級店は、容姿、マナーなどの品格、エンターテインメント性を重視する向きがある。これに対峙するのが、ピンサロなどの比較的安い店で働くコだ。容姿、品格が劣ると言っているのではない。始めて風俗に足を踏み入れるコというのは、始めはピンサロのような所から入るのが一般的だと言いたいのだ。
 吉原ソープのようなところで勤めるには、ギリギリまで追い詰められた何かがあり、さらに場馴れしていることが重要なのだ。デパートガールをしていたコが、いきなりS店に体験入店してきて、1日で辞めたこともあった。「素人」だとまさにそうなるのだ。
 ソープに入店に踏み切る理由には、借金や男への貢金などがあるが、もうこの商売しかできない女であることも大きい。AVに出演していて、それをプレゼン材料として持ってくるコもいる。さらに好き者派のボーイがいるように、女のコでも好き者だから働いているコも多い。さらに即尺サービスがあるから度胸も必要だ。金のためにといえ、なかなか大変なサービスなのだから。立場としてはソープ譲に対して、こんな考えを抱いてはいけないのだろうが、客観的に“偉いな”と思っていた。
 吉原に来る客も色々な悩みや不安を抱き、女のコたちに癒されに来るのだろう。地元では世間体で苦しみ、学校では人間関係で苦しみ、あげくの果てには勉強勉強でわけのわからない問題を強制される。吉原という小さな“村”には、そうした悲鳴をあげながら、のたうちまわる男達が数多くやって来ていた。それを黙って癒してくれる彼女達は、客にとって一筋の希望なのかもしれない。もちろん、夢を打ち砕く高額な現金は介在するが、そんなことを忘れさせてくれる何かが吉原にはある。
 ボーイは入店して来てはすぐに辞めるパターンが多い。ソープ譲も同じだ。ただ、業界を上がるために辞めるコは非常に少ない。「嫌よ嫌よ」と言いながら、1度夜の世界で生きた者はなかなか夜の世界を抜け出せない。高給でもあるし、楽して儲けられる部分もある。また、どうしても他の仕事がしにくい人もいる。風俗譲はうつ病を中心に、精神的に病を抱えている者が少なくないからだ。
 S店にいたコで、見た目はなかなかの美人だが問題のあるDという女のコがいた。サービス内容を客を見て変えるのである。それも客が金を持っているかどうか、基準はそれだけ。見た目が悪くないので、ある一見の客にそのコを勧めてみた。
「じゃあこのコで」
 とすぐに決まった。
 そしてご案内。90分後、上がりを受けて待合室に通し、アンケート用紙に記入してもらう。サービスから戻ってくる客の顔はテカテカになっていた。緊張と興奮がまだ冷めぬといった風情だ。
 冷たい麦茶を一気に飲み干し、少し落ちついたところで
「どうでしたか、今日のコは」
 と質問すると、テカテカになっていた顔を強張らせ
「う~ん、あんまりかな」
 と表情を曇らせた。
 アンケート用紙には。
“即尺サービスはありましたか”
“キャミソールを着ていましたか”
“浴槽内でのサービスはありましたか”
 などなど相当な数の質問があり、最後に。
“本日の女のコを、100テン満点で表しますと、何点くらいですか”という質問事項がある。そのお客は、0点と書いてあった。
「え?、はい?」
 0点である。いくら僕が勉強ができなかったからといって、0点は取ったことがない。それなのにD子さんは見事0点をゲットされた。
 サーット血の気が引いた。やばい、怒られる。そう感じ、恐る恐る客の顔を見てみると、テカテカの顔からは殺気までは見られなかった。
「あの~、0点とはなぜにでしょうか」
 聞きたくはないが、これも仕事なので仕方なくたずねた。
「ああ、あのコ全然ダメ。サービス悪いし、嫌々話している感じだしね、ダメだよ」
 アンケートの最後に、ボーイが必ず聞かなければならないことがある。
「そうでしたか、それは……。それでですね、最後にお聞きしますが、またこのコに入ってみても良いと思いますか」
 0点と言われていたがたずねてみた。
「嫌だね」
 思ったとおりのご回答だ。
「ねえ、君だってあんなコじゃ嫌でしょう? 正直にさ、違うかな」
 逆に質問されてしまった。怒りに震えてもおかしくないものを、グッとこらえ、優しく話してくれるそのお客さんが、そのとき何だかおかしくなり、思わず真っ赤になって吹き出してしまった。
 本気で笑っている僕に、お客さんはさらに質問を重ねる。
「ねえ、違う?」
 真顔で聞いてきたとき、そのおかしさは絶頂に達した。
 こちらがごり押しして入ってもらったお客さんなのに、そんな良い人を騙してしまう。これまた吉原ボーイの宿命なのであった。

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2008年8月 1日 (金)

『吉原 泡の園』第72回/金の受け取り忘れ

 義理風呂や夜の付き合いで、ボーイの財布事情は火の車だと書いた。しかも毎度のことではないにしても、ボーイならば一度は犯す大失敗があり、そのミスがさらなる貧乏生活にボーイを追い込んでいく。

 お客は店のフロントで入浴料を払うのが一般的だが、フロントに先客がいる場合は、フロント係はお客を待たせるのを嫌がりさっさと待合室に入れる。
 フロントは店の入り口にあるので、お客が怒って勝手に部屋から飛び出して帰ることがあり、それを追ってソープ嬢も飛び出すことも。そんなときフロントに客が詰まっていると、ソープ嬢のドタバタ劇を晒すことにもなりかねない。そもそもソープランドでは、部屋以外でソープ嬢と客がバッティングしてはならない。ましてお客を追いかける姿など、もってのほかだ。
 そうしたトラブルを避けるため、フロント係はとっとと客を待合室に入れてしまう。それからボーイがおしぼりとドリンクメニューを持って行き、「入浴料」と名前を変えたルーム使用料を貰う。金を受け取る革の銭入れを小脇に挟んでいくので、通常ならば忘れることはない。でも、ボーイの頭がテンパっていると、入浴料の2万5000円を貰い忘れてしまう。これが一大事なのだ。
 フロントも確認しないまま何事もなかったかのように時は流れ、店が終わったあとの集計で
「2万5000円足りねえ~」
 との声が響き、店は大騒ぎになる。
 この時ばかりは銀行顔負けである。帰りたくても帰れない。一体誰が犯人だ! とああでもない、こうでもないと議論が始まる。それで犯人がわかると、とり忘れた入浴料分は自分の給料から差っ引かれる。とり忘れた人が分からなければ、みんなの責任になりそれぞれ減給だ。

 また、運良く客がまだ店にいる時に、あのお客さんからお金貰ってねえ!と気がついたとしても、事態はさして変わらない。
 客も馬鹿ではない。
「え!?払ったよ、何いってるの?」
 たいていそう言ってすっとぼける。確実に貰っていないのに、客が払ったと言い張るケースはたちが悪い。そうなると店長クラスが出て行くことになる。ただ吉原はチンピラ風な客も多く、喧嘩にまで発展する場合さえあるのだ。
「もうくんじゃねえ!」
 裏口から店長が怒鳴り、客も負けずに
「もうこんなクソ店こねーよ」
 と怒鳴り返す光景が展開される。

 この手の悲劇は、何もボーイだけに起こるものではない。お客から金を貰い忘れる呑気なソープ嬢がいるからだ。お客が帰った後、慌てた声でフロントにコールしてくる。
「い、今のお客さんから、お、お金貰い忘れました」
 完全に帰ってしまった後ではもうお手上げ。そんな場合はソープ嬢がなくしかない。要するに、タダ働きである。
 また、ソープ嬢の取り分であるサービス料をボーイが先に受け取るケースもあり、それを渡した、渡さないとトラブルになる場合もある。
 先払いで全額フロントに預けてあったサービス料を、「ソープ嬢に渡して来い」と言われ、僕は金を持って部屋に行った。確かに渡したつもりだったが、忙しくていちいち覚えていなかった。すると、そのソープ嬢から「金はまだか?」と内線が来たのだ。
「おいマル、金は渡したのか?」
 と言われて、思わず固まった。
「ええ、はい確か!?」
 それでもソープ嬢は頑として貰っていないという。もう泣きたくなった。僕にしてみれば、渡したのに貰ってないと言われているのだから。たまたまそのときは、店長が僕を信じてくれて給料から差っ引かないでくれたのだが。

 ボーイはお客とソープ嬢に板ばさみ状態で、どちらからも責められる。そうした仕打ちを乗越えて、偉くなっていくのだ。(イッセイ遊児)

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2008年7月25日 (金)

『吉原 泡の園』第71回/廉恥心が消えたI君

 焼肉屋で行われた盛大なI君歓迎会が終わると、下っ端ボーイは寮に向かう。幸いにも新S店の寮は吉原の中にあった。こうした酒を飲んだ後は近いほうがいい。
 店の幹部連中はというと、高級車で目黒のマンションにお帰りの人、三ノ輪周辺のマンションに帰る人など住まいのレベルは段違い。僕はミニバイクで店から10分程の場所にオンボロアパートを借りたが、その日は酒を飲んでいたので、タクシーを利用して帰宅した。やっと買ったミニバイクは店の駐車場に止めておいた。
 今までさんざん二人部屋で生活してきたので、どんなにボロい部屋でも、自分ひとりの部屋は嬉しい。プライベートがあるというのがたまらなかった。家賃2万8000円で共同風呂、トイレ、キッチンである。部屋は4畳くらいで窓はピタリと閉まらない。隙間風どころか数センチは完全に開いている。もともと何かの工場だったらしく、そこを中国人の家主が手作りでリフォームして、一軒家をいくつもの部屋にしきったのだ。1階は完全に物置だけの場所で、2階に上る階段は一段一段の幅がかなり違った。トイレスペースも手作りで、木で作られたスペースを白いペンキで塗った簡素なものだった。床からは怪しいキノコが生えていた。
 部屋と部屋の壁もいい加減で、かなり薄いベニヤ板のため、声や音が筒抜け。1階入り口部分も、大家が独自に編み出したひとりで勝手に閉まるドアが付いていたが、閉まったドアの隙間が10センチはあり、ネズミ、猫など入り放題。実際、2階に上がる階段でネズミを目撃したこともある。1階入り口には猫の糞がドカンと置いてあったりしたし。まあ、かなりひどいものだった。
 もしかしたら“ドヤ”と呼ばれる簡易旅館の方が快適かもしれない。それでも日払いではなく月々の家賃で済むし、なにより自分の部屋の鍵を持てたことが嬉しかったのだ。吉原の寮にいると、それほどの感覚に陥る。
 そんな場所に慶応ボーイのI君が住むのは、到底無理のように思えたが、その予感はすぐに現実のものとなった。

 寮生活といえば「高校野球の選手などが、寮生活をしながら・・・」などと格好の良い想像をしがちだが、吉原ボーイの寮生活はそんな甘いもんじゃない。看守のいない刑務所暮らし。そんな感じだ。
 I君歓迎会の翌日。ミニバイクを店の駐車場に置いてきてしまった僕は、タクシーで店に向かった。11時30分、I君がまだ店に来ない。昨夜の飲み過ぎて起きられないのか? と心配になった。
 鬼主任が怒鳴った。
 「おいイッセイ、Iのこと起こしてきてくれ」
 I君の部屋に着くと、鍵がかかっていた。ドンドンとドアを叩くが反応がない。熟睡中なのかな、あきらめて店に戻ると、もう1人の新主任Sさんが携帯電話に電話をし始めた。
 プルルルル~。
 結局留守電にメッセージを残し、仕事開始の時間になった。
 開始してから数時間たったころ、新主任Sさんが電話すると繋がったらしく、何か話していた。話が終わり、電話を切った。
「今日I君休みたいんだってさ」
 嫌な予感に僕も番号を教わり電話してみた。
「ああ、イッセイさんですか」
 電話をするとすぐに繋がった。
「休みって、具合悪いのですか?」
「いいえ、今横浜にいます。実は借金取りが実家に来たと連絡がありまして、それで横浜に居ます」
「いつから仕事に戻るの?」
「・・・」
「ねえ、いつからなの」
「実は警察に逆探を依頼しまして、やってもらうことになりました。ですのでいつ復帰できるかわかりません」
 何だかもう終わりだと思った。しばらく様子を見てからの復帰だと言っていたが、横浜に帰る際、寮の部屋の鍵を閉め、その鍵を持ったまま横浜に帰っていった。誰も合鍵をもっておらず、その間に面接に来て働くことになった人も、寮に入りたくても鍵を壊すしかなかった。
 I君の適当な態度に切れた新主任Sさんは。
「もうあいつは首だ!」
 そう怒鳴った。
 I君はもう二度と吉原に姿を現さなかった。こうして元慶応ボーイの吉原ボーイ生活はあっけなく幕を閉じたのだった。(イッセイ遊児)

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2008年7月18日 (金)

『吉原 泡の園』第70回/慶応ボーイが吉原ボーイになったワケ

 焼肉屋Tで行われた歓迎食事会の席で酒の勢いを借り、どうして一流大学を卒業したI君が吉原ソープに来たのかたずねた。たずねたはいいが、どんな答えが飛び出すか不安で身構えた。
 酒を飲んでも暗いオーラを身にまとう彼が、ぼそりと話し始める。
「大学を出て、大手アミューズメントパークを運営している会社に就職したんです。もちろん、その会社に骨を埋めるつもりでいましたよ」
 さすがは一流大学卒だと思った。その会社は日本人なら老若男女知らない人は少ない超有名企業だ。僕など足元にも及ばない。

「僕には親友と呼べる奴がただ1人いました。もちろん親友というからには信頼もしていたんです」
 いいな~、友達か。僕には友達などもういない。すべて無くしたのだ。自分の傲慢さ、好き勝手な生き方で。
「ある日、親友だったそいつが、僕に相談を持ちかけてきたんです。『借金の保証人』になってくれって」

 借金!
 つい最近、僕も自己破産という人生における「裏技」を使って負債をリセットした。借金をした理由は違うにせよ、借金の苦しみは一緒だ。ようは金の問題だ。ダメダメ人間の僕であろうが、元慶応ボーイであろうが、どうやら借金苦に陥った人間の思考回路はどこかで繋がるらしい。それは「楽に稼げて、金を返せる仕事を」という1点に尽きる。
「で、返しているの?」
 人の問題に首を突っ込むのもどうかと思ったが、ここで話を打ち切ることもできなかった。
「いえ、闇金から借りていまして、利息も返せない状態です。とても無理でして今は滞っているんです。ですから吉原に来ました」
「大変ですね」
 残っていたビールを一気に口に流した。アルコールはあまり飲めないのだが、酒を煽るしかやり過ごす方法がなかった。
「実家が横浜なんですよ、でも実家にまで嫌がらせがきて、ついには職場にまで……。骨を埋めるつもりだった会社からは、『辞めてもらえないか?』と言われまして。まあ体のいいクビですね」
 I君は話し終わるとグラスに口をつけた。
 きまじめそうな眼差しが、分厚い眼鏡レンズの下から伺える。きっと、まじめに生きてきたのだろう。それでも人生が狂ってしまい、吉原に逃げてきたのだ。

 実は、僕の親も保証人問題で苦しんでいた。身近な人や世話になった人から頼まれると、なかなか断れないらしい。そんな事態が、いつ誰に降りかかるか分からない。友達や金。たったそれだけの問題が一流大学の優秀な人間を簡単に狂わせる。天国と地獄、それはほんの少しのボタンの掛け違いでしかない。
 改めて吉原ソープで働く男の裏事情に、借金問題が多いことを感じた。

 金の問題で離婚し、犯罪を犯し、逃げ回る。その末に吉原でのし上がる野望を抱いた者の一握りが金の亡者となり、女の体を利用し、弱い立場のボーイをこき使い、鼻息荒く金だけを追い求める。すべては金のためだ。
 ボーイ達は金持ちになろうとしぶとく生き抜いていく。「金がなけりゃ稼げばいい。それが男の人生だ」と、彼らの背中が語っていた。
 地獄の底をはい回る野郎どもを見ていると、そう思えてくるのだった。(イッセイ遊児)

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2008年7月11日 (金)

『吉原 泡の園』第69回/慶應ボーイを襲う吉原の洗礼

 ネズミの巣窟と化した寮に慶応大学出身の異色のボーイI君は暮らすことになった。
 ただ、ネクタイがひん曲がり、寝癖は目立ち、スーツ姿もいまいち格好が悪い。
 これが元慶応ボーイ? そう思った。
 慶応ボーイといえば、石原裕次郎に代表されるようなお坊ちゃまでお洒落、とにかく何もかもが一流というイメージだったのに、I君は180度違う。

 政治家に石を投げれば、たいてい東大卒に当たる。一流企業幹部に石を投げれば早稲田か慶応卒に当たる。なら吉原ボーイに石を投げるとどうなるか。元犯罪者や愚連隊出身者、それに等しい者に石が当たるのである。それなのに、どうして慶応ボーイがいるのか、もしかしたら嘘なのでは? そんな風にも思えてきた。

 仕事初日に、I君はマネジャーから吉原流の仕事の教わった。もちろん怒鳴りながらである。吉原の洗礼を受けたのだ。見ているこちらがいたたまれなくなった。といっても長くいる僕だって怒鳴られ続けているのだから、さして変わりはないのだが……。
 ただこれまでの生き方が違う。僕のような叩き上げは、吉原以前から怒鳴られ、シゴかれ生きてきた。社会の底辺をさまよってきた。しかしI君は日本を背負って立つ人材として、すばらしい教育を受け、同じようなすばらしい人間に囲まれて育ってきたはずだ。吉原に巣くう人種がいることすら信じらなかったろう。マンガの世界を体験したようなものか。
 それでも人生は容赦ない。恵まれた環境で生きてきた人間を飲み込み、社会底辺にまで引きづり落とす。
 吉原で生きる人間と、学問を経験してきた人間とは感性がまるで違う。暴力と金、そして脅しを武器に生きている「吉原人」に、I君は話しかけられなかった。ただ気が小さそうで、いつも怒鳴られている僕には安心できたのか、何をするにも僕に聞きに来るようになった。まあ、新主任はS店の内部にまだ詳しくなかったし、鬼主任には聞くに聞けないのも当然。とれなれば僕しかいないのだが……。
「ユウさん、ユウさん」
 そう言って慕ってくるI君に、僕も悪い気はしなかった。

 3日目の仕事が終わりに
「おいマル、今日新人歓迎の食事会いくぞ」
 と鬼主任が声をあげた。
 元慶応ボーイのI君のためのものだ。
 3日目のI君はボロボロだった。なにせ15時間くらい立っているうえに、階段を一日中上り下りするのだ。慣れない筋肉を使うため足はパンパン。忙しくなれば飯もろくに食えない。やっと仕事が終わっても、持っているのは汚い寮のベッドだ。正直、よくあの悪臭に耐えられるな、と感心していたほどだ。
 吉原ボーイの仕事に慣れるまでには、3ヶ月は必要だろう。それでようやくソープランドの時間とリズムを体が覚えていく。
 勉強ができる環境がいかに恵まれたものか、彼もきっと痛感したことだろう。僕ですらそう思ったのだから。

 午前2時過ぎ、ようやく業務が終わり、焼肉屋Tに鬼主任とボーイ数名で出掛けた。主役はもちろんI君だ。
 焼肉屋の席でもI君は僕の隣に座り、あまり“吉原臭”丸出しの人とは関わらないようにしていた。
 冷や冷やのジョッキに注がれた生ビールが運ばれてくる。
「いやー疲れたの~、今日も」
 鬼主任も嬉しそうに杯を傾ける。生ビールを飲む瞬間は最高だった。今日も無事、終わりました。よかったよかった。そんな気分で僕らもグビグビ飲んだ。
「ねえハラミとカルビ、あとライス」
 みんなでどんどん注文する。歓迎会には来なかったが、新店長が「皆で食え」と金だけを置いていってくれたのだ。となれば遠慮はいらない。笑い声が響き渡る店内で、隣のI君をチラリと見ると、あまり飲んでいないし、どうも元気がない。
「どうしたの? 飲んでる?」
 声をかけると
「は、ハイ。すいません。それにしてもユウさん凄いですね。仕事、完璧じゃないですか」
 僕の仕事ぶりをそう評価してくれた。
「いやあ、まだまだダメだよ」
 照れくさくて答えたが、入って3日目の人と、1年近く怒鳴られ続けている人間とでは、違いがあって当然だった。殴られ、物を投げつけられて覚えた技術なのだ。
「それにしても、慶応大学って、すごいね」
 話すことがないので話題を振ってみた。
「いやあ」
 何を言っても寂しそうに微笑むだけだ。
「どうして吉原ボーイになったの?」
 酒の勢いを借りて、ついに核心を突いてみた。(イッセイ遊児)

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2008年7月 4日 (金)

『吉原 泡の園』第68回/初めての独り部屋

 15万程度の月給が貰えるようになり僕は早速“飛んだ”のではなく、スクーターを購入した。同時に、池袋の不動産屋で見つけた家賃2万3000円のアパートを借りた。
 アパートといっても、もともと工場の跡地に中国人の大家が自分で建てた代物だ。1つの家をいくつかの部屋を仕切った、長屋のようなつくりになっていた。とにかく手造り色の濃い家で、階段なども一段一段大きさがバラバラ。
 それでも当時の僕は、そのアパートをバカにすることができなかった。なにせ自己破産した身で、どうにか寮を脱出し、やっと手に入れた住み処なのだから。一応、一国一城の主ともいえないこともないし……。
 考えてみれば上京して始めての独り部屋だった。風呂は共同、トイレも共同、大家はわけのわからぬ中国人。窓ガラスもピッタリ閉まらなければ、部屋も何畳だか不明の間取りだった。恐らく3畳半か4畳あたりだったろう。
 後にそのアパートの外観を元某テレビ局のディレクターに面白半分で見せたことがあったが、彼はかなりドン引きしていた。強烈な外観なのだ。建物全体が傾いているのだから。とにかくアパートのオンボロさならば、絶対に誰にも負けない自信があった。嫌な1番だけれども、1番ならば前からでも後ろからでもスゴイと思うが違うだろうか……。
 それでも吉原の寮を出られたのだ。これ以上の嬉しさはない。おんぼろアパートから、おんぼろスクーターで毎日吉原まで通う日が続いた。新店長は白いベンツで目黒の高級マンションから通ってくる。同じ通うにしても天と地ほどの差である。それでも僕は新鮮な毎日だった。
 ただ上司にも同僚にも後輩にも住所を言わなかったた。主任連中は、僕が絶対に住んでいる場所を教えないので少しいぶかしがっていた。       
 そんなある暇な日のことだ。僕を含めた下っ端ボーイ衆は、いつものごとく「暇だな~。なんかいいことねえかな~」など考えながら、ダラダラと時間をつぶしていた。そこに姉妹店の社長がオタク風の男を引き連れて来店したのである。
「この店ボーイが足りねえだろ。うちに面接に来たんだけどよ、ここで面倒みてやってくれよ」
 社長は主任にそう言うと、スタスタ引き返していってしまった。残されたオタク男がコクリと頭をさげる。主任Sさんは突然の出来事に面食らっていたが、姉妹店の社長のたっての願いでもあり、第2待合室での面接が始まった。
 アイスレモンティーをつくり、2人が話す待合室に持っていった。それからは送迎や部屋のセットに追われ面接のことなど忘れていたが、40分くらいたってSさんが声をかけてきた。
「マルちゃん、寮の部屋、空きあるよね」
 以前、僕とHちゃんで使っていて、現在は空いている部屋のことである。
「はい」
 そう答えると
「そこに今度新しい人を入れるから、以前使っていたんだから、そのコのために掃除しにいってよ」 
 と頼まれた。
 Sさんの笑顔のお願いでは仕方がない。渋々承諾した。その部屋がねずみの巣になっているのを知っていたので、あまり近寄りたくなかったのだ。鍵を渡され、何ヶ月ぶりかに部屋に入った。いきなり吐き気をもよおした。
 布団が引きっぱなしになっていたベッドの上には、布団を覆うほどの巨大なネズミの糞が散らばり、ひどい悪臭を放っていたからだ。もはや人間が寝る場所ではなかった。それでも横浜から吉原に来て、この寮に住む新人君のために布団の上に散らばる糞を片付けた。
 ただ、それでも臭い。染みは布団に付着し、もうどうしようもできなかった。
 主任は細かくチェックするわけでもなく、新しく入った横浜からの新人君は変な色のシーツや部屋の匂いの異常さを感じつつも1人でそこに住み始めた。
 かつて猫くらいの大きさのネズミをその部屋で目撃している僕には、その部屋が怖くてたまらなかった。ボロアパートを借りたのも、たんにお金が貰えるようになったからだけでない。あまりに巨大なネズミに遭遇した恐怖が、僕の背中を押したのである。(イッセイ遊児)

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