『吉原 泡の園』

2008年9月 5日 (金)

『吉原 泡の園』第77回/◆番外編◆ 楽して儲かるわけじゃない

 結局スカウトの潜入でわかったことは、楽して儲かる商売はないということだった。
 毎月1回、僕の所属したスカウト集団は渋谷でミーティングを行なっていた。あるときは喫茶店を貸切、あるときはミーティング専用ルームにて、とにかく性風俗に関するさまざまな意見、動向、地域性などの話しを聞く。業種などの詳細や、女のコの落とし方なども勉強する。

 男達10名くらいが随時この勉強買いには出席していた。その集まりの日の最後に、先月のスカウト成績を発表され、報酬がもらえるのだ。僕は1回だけ体験入店させたコがいて、1万円をもらっただけにすぎないが、儲かっている人はスカウトだけで十分食っていたし、最低の保証まで受けているものもいた。自分でもそれくらいはできるだろうとタカをくくっていたが、副業にでもなれば、くらいに腰掛け程度の気持ちでやっていたのではダメなのだった。

 餅は餅屋で。さすがはその道のプロだと思った。ただ、僕にはそんな能力はないし、なくて良かったとも思った。

 ミーティングルームを使用した勉強会の時、歌手の浜田省吾を見かけた。もちろんその人はスカウトなどのミーティングではないだろうが、会議などでも使える貸し部屋なども、こうした大繁華街ではビジネスになるのだと感心したものだった。(イッセイ遊児)

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2008年8月29日 (金)

『吉原 泡の園』第76回/◆番外編◆ ある女のコとの出会い

 ネットスカウトをやっていて、何人かのコはアポをとるまでにいたった。埼玉県在住のYさんとは「明日の午後5時にハチ公前で」、そんなメールのやりとりをして、最後に相手の携帯番号を聞き出した。写メールはどうしても送れないという。
 スカウト集団の幹部Uさんによれば、渋谷までカモをおびき寄せてくれさえすれば、急用ができたとか言って、僕は行かなくてもかまわないという。つまり家のパソコンの前にいるだけで、うまくいけば金になる商売のはずだった。
 ところが写メールを送らずに面接にだけ来るコは、業界で言う“ポッチャリ”が多い。個人的には健康的で好きだし、ポッチャリ専門の性風俗もあるくらいで、そうした所ならば活躍できる。しかし渋谷はビジュアル重視といって、スラリとモデル体型のコが重宝される。それに面接時の喫茶店での飲食代はUさん持ちだ。毎度毎度金にならないコばかりを僕が送りつけるものだから、終いにはUさんも切れた。
「風俗店に行って、横綱が出てきたら、自分ならどうですか?」
 そうたしなめられる始末となった。

「楽して稼げる仕事などない、か」と、しょげながら2ショットメールをやりだすと、すぐにどこの小娘か分からない相手が、僕のチャット部屋に入ってきた。
“こんにちは、お仕事探しですね”
 いつもの常套句を書きこんだ。
“はい、儲かる仕事ありますか”
 これもまた女のコの常套句だ。何ヶ月もネットスカウトをやっているうちに、女のコの、それも風俗に身を投じているコのパターンが分かってきたのだ。つまり、いままで面接にかすりもしなかったコと同じことを言っていたわけだが……。
 風俗志望のコの興味は1つだけ。とにかく儲かる店をである。金、金うるさいな、と思いながらも、いつものように答えてあげる。

 面接日を決める段階まではスムーズに行く。これも毎度のパターンだった。そして決定的なこと、面接日を決めると女のコはチャット部屋から退出していってしまう。携帯電話の番号も教えずに。今回も、どうせ最後の最後で逃げるんだろうな、そう思いながら適当に相手をしていた。
“面接はどうしますか”
“明日にでも”
 珍しかった。今日の明日ならば、もしかしたらという望みも出てくる。渋谷のスカウトマンだけでなく、女のコ斡旋の個人契約をした潜り業者も知り合いになっていたので、明日、まずは潜りの業者に紹介してみて、ダメならば渋谷に紹介すればいいと思っていた。

 翌日、御茶ノ水でそのコと待ち合わせをした。17時に駅改札で。来るか来ないか、五分五分だと思った。来ないならそれでいい。
 17時少し過ぎ、携帯が鳴った。
「昨日の者ですが」
 来た。約束通り。
 胸の大きなスタイル抜群のコだった。小岩のイメクラに連れて行き、女オーナーと話しをさせるが、時間的な都合が合わなかった。仕方がなく、渋谷のUさんに見てもらうことにする。
 小岩で切符を買って、さっさと行こうとすると、そのコはじっとしていて動かない。スカウトマンは女のコの切符まで買ってあげなければいけないのだと、無言の圧力を感じた。こうなると買うしかない。
 渋谷のUさんと喫茶店に入る。色々話し、吉祥寺の店で体験入店ができることになった。
 体験入店とは、その店でやっていけそうかどうか、試しに1日だけ働くものだ。当然女のコに給料が発生する。さらにUさんのスカウト集団では、体験入店でもスカウトマンにとりあえず1万円が発生するシステムだった。おかげで僕はスカウトマンとして始めて収入を得たのだった。それにしても3ヶ月で1万である。その女のコが完全に働ければ、月の売上から一定の割合がスカウトマンの懐に入る仕組みだ。
 このグループはアダルトビデオの女優もスカウトしており、Uさんなどは、偶然にスカウトしたコがビデオ女優として稼いだので、それだけでもかなりの副収入があると言っていた。
 スカウトマンには専業でない者もいる。現役の一流大学生いれば、ホストがひそかにスカウトをしていたりもする。偽の写真を掲載してネットでスカウトをすればかなり稼げると教えてくれたのは、ホスト兼スカウトマンの人だった。もちろんホストクラブに遊びに来るコも、そんなホスト兼スカウトマンの餌食になっていた。

 渋谷でスカウトをしている者は相当いる。ただ、それぞれのグループに縄張りがある。このグループはこの範囲でスカウトをする。そんなルールが決まっており、各団体はヤクザに金を上納しているそうだ。Uさん率いるスカウト集団が堂々と活動できるのも、この上納金のおかげだ。縄張り内でのトラブルならば、いつでも解決は請け負うらしい。ただし「範囲外では何もできないから、縄張りを荒らさないように」とUさんから注意された。
 しかし、どんなヤクザも警察には勝てない。06年6月には、都条例の改正により風俗案内所とスカウトマンらに対する警察の態度も厳しくなった。条例施行当日、渋谷の街で立っていた数人のスカウトマンが逮捕されたと聞いた。

 それほど幸せに育ってこなかったコが、ネオンのきらびやかに惑わされるのか、スカウトに食いついてくる。食いつくコは、どこかの風俗を辞めたか、辞めようとしているコが多い。1度はまった風俗地獄から抜けようにも抜けられないコが多いからだ。その行く末は精神病院への入退院、そんなコも多い。
 もちろん女のコ流通システムといっても、スカウトなども氷山の一角に過ぎない。強制的に働かせられているコもいる。女のコの状態も千差万別だ。18歳未満や薬漬け、男に貢ぐされているケースも。どれもこれも暗い話しばかりだ。そんな闇を抱える女のコが頑張り、ファンができて、店が潤い、スタッフが暮らせる。
 だからだろう。
「ボーイは女に食わしてもらっているんだ、それを忘れるな」
「ここはマ○コ屋だ」
 吉原ソープでは、そんな言葉を上の者から叩きこまれる。(イッセイ遊児)

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2008年8月22日 (金)

『吉原 泡の園』第75回/◆番外編◆ スカウト悪戦苦闘

 渋谷でスカウトマンを始めた。さすがに若者のファッションをリードする街だけあり、お花畑を連想させるような色とりどりの服や髪などのカラーの渦。その中で僕が所属したスカウト集団Lのメンバーが活動する。ストリートナンパだけでなく、インターネットを活用したスカウトもある。
 Uさんが僕にどのようにスカウト活動をするか提案してくる。ストリートナンパか、それともネットスカウトマンか。僕はネットスカウトマンを希望した。街中で女性に声をかけるのは気恥ずかしく、僕が声をかけるとスカウトというよりも、モテない男が女性にすがるように見えるのではと思ってしまったからだ。
 ネットスカウトマンとしての活動は、ある有名チャットコーナーでスカウトするという単純なものだが、意外とコツがいる。

 ネットをやっている人ならばご存知の方も多いと思うが、チャットとは見知らぬ人どうしがメールのやりとりで会話するものだ。2ショットメールといえば2人きりでの会話を意味する。ネットスカウトは2ショットチャット専門であった。
 8部屋×8コーナーほどの部屋があり、空き部屋に早いもの順で入れる。入った者はメッセージを貼り、待機すればいい。たとえば僕のようにスカウトマンならば。
“バイト紹介しますよ”などと貼りつけて待機している。
“こんにちは、どんなバイトですか”
全国で、そのチャットを見ていて、かつ興味のある人が入ってくる。男を意味するのが青で、女は赤なのだ。ただ、これも男なのに女になりすます者もいる。
“風俗だよ”
 などと会話が進み、近場の女性ならば渋谷の喫茶店で会う。いわいる「面接」だ。
 会う前に聞くことがある。もちろんチャットでだが年齢、経験の有無、希望条件、写メールを送ってもらうこと。そして実際に会う日には、身分証を持参してもらう。住基ネットもOKだ。
 希望条件などは建前で聞いてやっているだけで、どうでもいい。身分証は18歳以上ということを確認するため。経験の有無は結構大事なのだ。経験が浅いと、ビビって逃げてしまうこともある。写メールを送ってもらうのは、ある程度ビジュアルが大切であり、送られた写メールをスカウト集団の幹部に見せ、OKがでて初めて面接となる。渋谷で面接といっても、喫茶店を利用し、その飲み代はLの幹部持ちとなる。写メールで確認くらいはしておきたいのは当然だろう。
 性風俗はビジネスであり、金を払うも払わぬも客次第。そこにはシビアな駆け引きも伴う。女ならば誰でも性風俗で働けるものではないという厳しさを感じずにはいられなかった。

 チャットでのスカウト活動は、中々思うようにはいかない。それも考えてみれば当たり前なのだ。見ず知らずの人間の言うことを信じて、ノコノコついてくる女もそうはいまい。それでも月1回渋谷で行なわれるスカウトマンの定例会などでは、前月の成績を発表され、ぞくぞくと高額賞金をゲットする者がいたりして、聞くとネットスカウトマンだというのだ。そんなベテランなどに方法を聞いたりして、何とか僕は地味に活動していた。体験取材といっても、一歩間違えれば逮捕だろうし、やっているこ自体違法でもあった。ただ、やらねば書けぬ。
 携帯での出会いサイトを教えてもらい。あるホストの写真を拝借して、それを自分だと偽り、スカウトもした。かなりグレーゾーンの行為だ。ただ体当たりでぶつかってこその取材だし、命がけだからこそわかることもある、そう自分に言い聞かせた。自分で見て、聞いて、触れたものをベースにしていきたい、と思ったからやったのだ。
 2ヶ月、3ヶ月と時間だけが過ぎていった。大抵1ヶ月もやっていれば何かしらの成果はあるそうだが、もう3ヶ月も何もできない。才能もなけりゃ運もないのか、と諦めかけていた。(イッセイ遊児)

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2008年8月15日 (金)

『吉原 泡の園』第74回/◆番外編◆ 潜入魂に火がついた

 スカウトとは吉原ボーイ時代から仕事上付き合いがあった。彼らの本音や女のコをどうやって店まで連れてくるのか知りたかった。それが僕の潜入魂を揺さぶり、吉原を離れた後にスカウトマンになることにした。場所はスカウトのメッカである渋谷だ。
 渋谷センター街通り、東京の繁華街でも若者がひしめく街。新宿や池袋でも性を求める店はあるが、渋谷はアダルトビデオからスター女優までさまざまなスカウトマンが闊歩する街でもある。少しばかりスタイルが良ければ、たかだか100メートル歩くだけで数人の男が声をかける。もちろん声をかけるのはスカウトマンだけではない。ここでは素人の男もめぼしい夜の相手を求めてさ迷っている。
 男が見知らぬ女に声をかける場面に遭遇した。
「ねえ、○○円でどう」
 女にしてみたらたまらない。突然知らぬ男が信号待ちで話しかけてくるのだ。

 ネットの裏情報的サイトでスカウトの記事を見た。出勤自由、ノウハウ・イチから教えます。そんな謳い文句に半信半疑でメールを送ってみると、数日後返信メールが届いた。
「仕事の質問ありがとうございます。後日渋谷でお会いましょう。U」
 約束の日、渋谷ハチ公前でUさんの携帯に電話をすると、強面をイメージしていた僕の前に現れたのは意外にも小柄でやさしそうな男だった。
「場所移りましょうか」
 Uに促がされセンター街の中にある喫茶店に向かった。
「どうも始めまして」
 Uはそういうとバンバン届くメールと着信を無視しながら僕に飲み物を勧めてきた。
「スカウトは始めてですか」
“笑顔がさわやか”ではあるが、まだ未知の人間だ。油断はならない。そう思っているとAというUと共同経営している人物が現れた。ちょび髭にゴツイネックレス。いかにも渋谷のワルといった感じだ。
「いやーケツ持ちに金払うのが大変でね。でも、きちんと金は払っているから仕事はばっちりできます。稼げますよ」
 何を言ってもそのちょび髭が言葉を軽くしてしまうようだった。
「どれくらい稼げますかね」
「そうだね、やる人なら月に50とか軽いでしょう」
 それも嘘っぽいと思った。もちろん、いるのかもしれない。100人に1人くらいは。
「未経験でもできますか」
「もちろん、ノウハウは教えます」
 ここまで来たのだから、やはり結構ですと断る理由もない。せっかくだから性風俗産業のありとあらゆる繋がりを調べてやろう。ヤクザに何かされても、あるいは警察沙汰になろうとも、調べずに指をくわえているほうが僕にとっては耐えられなかった。
 奢っていただいたアイスコーヒーを一気に飲み干し、スカウトマンとして風俗譲候補を追いかけることになった。

 普通、スカウトが店に女のコを入れると、何日働いていくら、という具合に報酬が発生する。ところが僕が出会ったスカウトマンの団体は、体入(体験入店)だけでもいいので店に採用されれば、1万円が発生するという目から鱗の契約方法を店と交わしていた。しかも吉原ソープとは契約もしていない。あまり関わらないようにしているという。吉原ソープに暴力団関係者が多いかららしい。スカウトの聖地で活躍する先鋭ですら、吉原ソープは敬遠されていたのだった。
 ともあれ、どのようにソープまたはその他の性風俗に女のコが売られていくのかを知るべく、僕はスカウトマンとして渋谷の住人となった。(イッセイ遊児)

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2008年8月 8日 (金)

『吉原 泡の園』第73回/ソープ嬢

 性風俗の世界はソープからファッションヘルスなど多種多様である。20年以上前に流行ったノーパンシャブシャブに代わり、2006年現在、生着替えシャブシャブなるものまで出現している。出会い喫茶という新しいサービスも出現した。では業種によって女のコに違いがあるのだろうか?
 吉原のような高級店は、容姿、マナーなどの品格、エンターテインメント性を重視する向きがある。これに対峙するのが、ピンサロなどの比較的安い店で働くコだ。容姿、品格が劣ると言っているのではない。始めて風俗に足を踏み入れるコというのは、始めはピンサロのような所から入るのが一般的だと言いたいのだ。
 吉原ソープのようなところで勤めるには、ギリギリまで追い詰められた何かがあり、さらに場馴れしていることが重要なのだ。デパートガールをしていたコが、いきなりS店に体験入店してきて、1日で辞めたこともあった。「素人」だとまさにそうなるのだ。
 ソープに入店に踏み切る理由には、借金や男への貢金などがあるが、もうこの商売しかできない女であることも大きい。AVに出演していて、それをプレゼン材料として持ってくるコもいる。さらに好き者派のボーイがいるように、女のコでも好き者だから働いているコも多い。さらに即尺サービスがあるから度胸も必要だ。金のためにといえ、なかなか大変なサービスなのだから。立場としてはソープ譲に対して、こんな考えを抱いてはいけないのだろうが、客観的に“偉いな”と思っていた。
 吉原に来る客も色々な悩みや不安を抱き、女のコたちに癒されに来るのだろう。地元では世間体で苦しみ、学校では人間関係で苦しみ、あげくの果てには勉強勉強でわけのわからない問題を強制される。吉原という小さな“村”には、そうした悲鳴をあげながら、のたうちまわる男達が数多くやって来ていた。それを黙って癒してくれる彼女達は、客にとって一筋の希望なのかもしれない。もちろん、夢を打ち砕く高額な現金は介在するが、そんなことを忘れさせてくれる何かが吉原にはある。
 ボーイは入店して来てはすぐに辞めるパターンが多い。ソープ譲も同じだ。ただ、業界を上がるために辞めるコは非常に少ない。「嫌よ嫌よ」と言いながら、1度夜の世界で生きた者はなかなか夜の世界を抜け出せない。高給でもあるし、楽して儲けられる部分もある。また、どうしても他の仕事がしにくい人もいる。風俗譲はうつ病を中心に、精神的に病を抱えている者が少なくないからだ。
 S店にいたコで、見た目はなかなかの美人だが問題のあるDという女のコがいた。サービス内容を客を見て変えるのである。それも客が金を持っているかどうか、基準はそれだけ。見た目が悪くないので、ある一見の客にそのコを勧めてみた。
「じゃあこのコで」
 とすぐに決まった。
 そしてご案内。90分後、上がりを受けて待合室に通し、アンケート用紙に記入してもらう。サービスから戻ってくる客の顔はテカテカになっていた。緊張と興奮がまだ冷めぬといった風情だ。
 冷たい麦茶を一気に飲み干し、少し落ちついたところで
「どうでしたか、今日のコは」
 と質問すると、テカテカになっていた顔を強張らせ
「う~ん、あんまりかな」
 と表情を曇らせた。
 アンケート用紙には。
“即尺サービスはありましたか”
“キャミソールを着ていましたか”
“浴槽内でのサービスはありましたか”
 などなど相当な数の質問があり、最後に。
“本日の女のコを、100テン満点で表しますと、何点くらいですか”という質問事項がある。そのお客は、0点と書いてあった。
「え?、はい?」
 0点である。いくら僕が勉強ができなかったからといって、0点は取ったことがない。それなのにD子さんは見事0点をゲットされた。
 サーット血の気が引いた。やばい、怒られる。そう感じ、恐る恐る客の顔を見てみると、テカテカの顔からは殺気までは見られなかった。
「あの~、0点とはなぜにでしょうか」
 聞きたくはないが、これも仕事なので仕方なくたずねた。
「ああ、あのコ全然ダメ。サービス悪いし、嫌々話している感じだしね、ダメだよ」
 アンケートの最後に、ボーイが必ず聞かなければならないことがある。
「そうでしたか、それは……。それでですね、最後にお聞きしますが、またこのコに入ってみても良いと思いますか」
 0点と言われていたがたずねてみた。
「嫌だね」
 思ったとおりのご回答だ。
「ねえ、君だってあんなコじゃ嫌でしょう? 正直にさ、違うかな」
 逆に質問されてしまった。怒りに震えてもおかしくないものを、グッとこらえ、優しく話してくれるそのお客さんが、そのとき何だかおかしくなり、思わず真っ赤になって吹き出してしまった。
 本気で笑っている僕に、お客さんはさらに質問を重ねる。
「ねえ、違う?」
 真顔で聞いてきたとき、そのおかしさは絶頂に達した。
 こちらがごり押しして入ってもらったお客さんなのに、そんな良い人を騙してしまう。これまた吉原ボーイの宿命なのであった。

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2008年8月 1日 (金)

『吉原 泡の園』第72回/金の受け取り忘れ

 義理風呂や夜の付き合いで、ボーイの財布事情は火の車だと書いた。しかも毎度のことではないにしても、ボーイならば一度は犯す大失敗があり、そのミスがさらなる貧乏生活にボーイを追い込んでいく。

 お客は店のフロントで入浴料を払うのが一般的だが、フロントに先客がいる場合は、フロント係はお客を待たせるのを嫌がりさっさと待合室に入れる。
 フロントは店の入り口にあるので、お客が怒って勝手に部屋から飛び出して帰ることがあり、それを追ってソープ嬢も飛び出すことも。そんなときフロントに客が詰まっていると、ソープ嬢のドタバタ劇を晒すことにもなりかねない。そもそもソープランドでは、部屋以外でソープ嬢と客がバッティングしてはならない。ましてお客を追いかける姿など、もってのほかだ。
 そうしたトラブルを避けるため、フロント係はとっとと客を待合室に入れてしまう。それからボーイがおしぼりとドリンクメニューを持って行き、「入浴料」と名前を変えたルーム使用料を貰う。金を受け取る革の銭入れを小脇に挟んでいくので、通常ならば忘れることはない。でも、ボーイの頭がテンパっていると、入浴料の2万5000円を貰い忘れてしまう。これが一大事なのだ。
 フロントも確認しないまま何事もなかったかのように時は流れ、店が終わったあとの集計で
「2万5000円足りねえ~」
 との声が響き、店は大騒ぎになる。
 この時ばかりは銀行顔負けである。帰りたくても帰れない。一体誰が犯人だ! とああでもない、こうでもないと議論が始まる。それで犯人がわかると、とり忘れた入浴料分は自分の給料から差っ引かれる。とり忘れた人が分からなければ、みんなの責任になりそれぞれ減給だ。

 また、運良く客がまだ店にいる時に、あのお客さんからお金貰ってねえ!と気がついたとしても、事態はさして変わらない。
 客も馬鹿ではない。
「え!?払ったよ、何いってるの?」
 たいていそう言ってすっとぼける。確実に貰っていないのに、客が払ったと言い張るケースはたちが悪い。そうなると店長クラスが出て行くことになる。ただ吉原はチンピラ風な客も多く、喧嘩にまで発展する場合さえあるのだ。
「もうくんじゃねえ!」
 裏口から店長が怒鳴り、客も負けずに
「もうこんなクソ店こねーよ」
 と怒鳴り返す光景が展開される。

 この手の悲劇は、何もボーイだけに起こるものではない。お客から金を貰い忘れる呑気なソープ嬢がいるからだ。お客が帰った後、慌てた声でフロントにコールしてくる。
「い、今のお客さんから、お、お金貰い忘れました」
 完全に帰ってしまった後ではもうお手上げ。そんな場合はソープ嬢がなくしかない。要するに、タダ働きである。
 また、ソープ嬢の取り分であるサービス料をボーイが先に受け取るケースもあり、それを渡した、渡さないとトラブルになる場合もある。
 先払いで全額フロントに預けてあったサービス料を、「ソープ嬢に渡して来い」と言われ、僕は金を持って部屋に行った。確かに渡したつもりだったが、忙しくていちいち覚えていなかった。すると、そのソープ嬢から「金はまだか?」と内線が来たのだ。
「おいマル、金は渡したのか?」
 と言われて、思わず固まった。
「ええ、はい確か!?」
 それでもソープ嬢は頑として貰っていないという。もう泣きたくなった。僕にしてみれば、渡したのに貰ってないと言われているのだから。たまたまそのときは、店長が僕を信じてくれて給料から差っ引かないでくれたのだが。

 ボーイはお客とソープ嬢に板ばさみ状態で、どちらからも責められる。そうした仕打ちを乗越えて、偉くなっていくのだ。(イッセイ遊児)

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2008年7月25日 (金)

『吉原 泡の園』第71回/廉恥心が消えたI君

 焼肉屋で行われた盛大なI君歓迎会が終わると、下っ端ボーイは寮に向かう。幸いにも新S店の寮は吉原の中にあった。こうした酒を飲んだ後は近いほうがいい。
 店の幹部連中はというと、高級車で目黒のマンションにお帰りの人、三ノ輪周辺のマンションに帰る人など住まいのレベルは段違い。僕はミニバイクで店から10分程の場所にオンボロアパートを借りたが、その日は酒を飲んでいたので、タクシーを利用して帰宅した。やっと買ったミニバイクは店の駐車場に止めておいた。
 今までさんざん二人部屋で生活してきたので、どんなにボロい部屋でも、自分ひとりの部屋は嬉しい。プライベートがあるというのがたまらなかった。家賃2万8000円で共同風呂、トイレ、キッチンである。部屋は4畳くらいで窓はピタリと閉まらない。隙間風どころか数センチは完全に開いている。もともと何かの工場だったらしく、そこを中国人の家主が手作りでリフォームして、一軒家をいくつもの部屋にしきったのだ。1階は完全に物置だけの場所で、2階に上る階段は一段一段の幅がかなり違った。トイレスペースも手作りで、木で作られたスペースを白いペンキで塗った簡素なものだった。床からは怪しいキノコが生えていた。
 部屋と部屋の壁もいい加減で、かなり薄いベニヤ板のため、声や音が筒抜け。1階入り口部分も、大家が独自に編み出したひとりで勝手に閉まるドアが付いていたが、閉まったドアの隙間が10センチはあり、ネズミ、猫など入り放題。実際、2階に上がる階段でネズミを目撃したこともある。1階入り口には猫の糞がドカンと置いてあったりしたし。まあ、かなりひどいものだった。
 もしかしたら“ドヤ”と呼ばれる簡易旅館の方が快適かもしれない。それでも日払いではなく月々の家賃で済むし、なにより自分の部屋の鍵を持てたことが嬉しかったのだ。吉原の寮にいると、それほどの感覚に陥る。
 そんな場所に慶応ボーイのI君が住むのは、到底無理のように思えたが、その予感はすぐに現実のものとなった。

 寮生活といえば「高校野球の選手などが、寮生活をしながら・・・」などと格好の良い想像をしがちだが、吉原ボーイの寮生活はそんな甘いもんじゃない。看守のいない刑務所暮らし。そんな感じだ。
 I君歓迎会の翌日。ミニバイクを店の駐車場に置いてきてしまった僕は、タクシーで店に向かった。11時30分、I君がまだ店に来ない。昨夜の飲み過ぎて起きられないのか? と心配になった。
 鬼主任が怒鳴った。
 「おいイッセイ、Iのこと起こしてきてくれ」
 I君の部屋に着くと、鍵がかかっていた。ドンドンとドアを叩くが反応がない。熟睡中なのかな、あきらめて店に戻ると、もう1人の新主任Sさんが携帯電話に電話をし始めた。
 プルルルル~。
 結局留守電にメッセージを残し、仕事開始の時間になった。
 開始してから数時間たったころ、新主任Sさんが電話すると繋がったらしく、何か話していた。話が終わり、電話を切った。
「今日I君休みたいんだってさ」
 嫌な予感に僕も番号を教わり電話してみた。
「ああ、イッセイさんですか」
 電話をするとすぐに繋がった。
「休みって、具合悪いのですか?」
「いいえ、今横浜にいます。実は借金取りが実家に来たと連絡がありまして、それで横浜に居ます」
「いつから仕事に戻るの?」
「・・・」
「ねえ、いつからなの」
「実は警察に逆探を依頼しまして、やってもらうことになりました。ですのでいつ復帰できるかわかりません」
 何だかもう終わりだと思った。しばらく様子を見てからの復帰だと言っていたが、横浜に帰る際、寮の部屋の鍵を閉め、その鍵を持ったまま横浜に帰っていった。誰も合鍵をもっておらず、その間に面接に来て働くことになった人も、寮に入りたくても鍵を壊すしかなかった。
 I君の適当な態度に切れた新主任Sさんは。
「もうあいつは首だ!」
 そう怒鳴った。
 I君はもう二度と吉原に姿を現さなかった。こうして元慶応ボーイの吉原ボーイ生活はあっけなく幕を閉じたのだった。(イッセイ遊児)

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2008年7月18日 (金)

『吉原 泡の園』第70回/慶応ボーイが吉原ボーイになったワケ

 焼肉屋Tで行われた歓迎食事会の席で酒の勢いを借り、どうして一流大学を卒業したI君が吉原ソープに来たのかたずねた。たずねたはいいが、どんな答えが飛び出すか不安で身構えた。
 酒を飲んでも暗いオーラを身にまとう彼が、ぼそりと話し始める。
「大学を出て、大手アミューズメントパークを運営している会社に就職したんです。もちろん、その会社に骨を埋めるつもりでいましたよ」
 さすがは一流大学卒だと思った。その会社は日本人なら老若男女知らない人は少ない超有名企業だ。僕など足元にも及ばない。

「僕には親友と呼べる奴がただ1人いました。もちろん親友というからには信頼もしていたんです」
 いいな~、友達か。僕には友達などもういない。すべて無くしたのだ。自分の傲慢さ、好き勝手な生き方で。
「ある日、親友だったそいつが、僕に相談を持ちかけてきたんです。『借金の保証人』になってくれって」

 借金!
 つい最近、僕も自己破産という人生における「裏技」を使って負債をリセットした。借金をした理由は違うにせよ、借金の苦しみは一緒だ。ようは金の問題だ。ダメダメ人間の僕であろうが、元慶応ボーイであろうが、どうやら借金苦に陥った人間の思考回路はどこかで繋がるらしい。それは「楽に稼げて、金を返せる仕事を」という1点に尽きる。
「で、返しているの?」
 人の問題に首を突っ込むのもどうかと思ったが、ここで話を打ち切ることもできなかった。
「いえ、闇金から借りていまして、利息も返せない状態です。とても無理でして今は滞っているんです。ですから吉原に来ました」
「大変ですね」
 残っていたビールを一気に口に流した。アルコールはあまり飲めないのだが、酒を煽るしかやり過ごす方法がなかった。
「実家が横浜なんですよ、でも実家にまで嫌がらせがきて、ついには職場にまで……。骨を埋めるつもりだった会社からは、『辞めてもらえないか?』と言われまして。まあ体のいいクビですね」
 I君は話し終わるとグラスに口をつけた。
 きまじめそうな眼差しが、分厚い眼鏡レンズの下から伺える。きっと、まじめに生きてきたのだろう。それでも人生が狂ってしまい、吉原に逃げてきたのだ。

 実は、僕の親も保証人問題で苦しんでいた。身近な人や世話になった人から頼まれると、なかなか断れないらしい。そんな事態が、いつ誰に降りかかるか分からない。友達や金。たったそれだけの問題が一流大学の優秀な人間を簡単に狂わせる。天国と地獄、それはほんの少しのボタンの掛け違いでしかない。
 改めて吉原ソープで働く男の裏事情に、借金問題が多いことを感じた。

 金の問題で離婚し、犯罪を犯し、逃げ回る。その末に吉原でのし上がる野望を抱いた者の一握りが金の亡者となり、女の体を利用し、弱い立場のボーイをこき使い、鼻息荒く金だけを追い求める。すべては金のためだ。
 ボーイ達は金持ちになろうとしぶとく生き抜いていく。「金がなけりゃ稼げばいい。それが男の人生だ」と、彼らの背中が語っていた。
 地獄の底をはい回る野郎どもを見ていると、そう思えてくるのだった。(イッセイ遊児)

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2008年7月11日 (金)

『吉原 泡の園』第69回/慶應ボーイを襲う吉原の洗礼

 ネズミの巣窟と化した寮に慶応大学出身の異色のボーイI君は暮らすことになった。
 ただ、ネクタイがひん曲がり、寝癖は目立ち、スーツ姿もいまいち格好が悪い。
 これが元慶応ボーイ? そう思った。
 慶応ボーイといえば、石原裕次郎に代表されるようなお坊ちゃまでお洒落、とにかく何もかもが一流というイメージだったのに、I君は180度違う。

 政治家に石を投げれば、たいてい東大卒に当たる。一流企業幹部に石を投げれば早稲田か慶応卒に当たる。なら吉原ボーイに石を投げるとどうなるか。元犯罪者や愚連隊出身者、それに等しい者に石が当たるのである。それなのに、どうして慶応ボーイがいるのか、もしかしたら嘘なのでは? そんな風にも思えてきた。

 仕事初日に、I君はマネジャーから吉原流の仕事の教わった。もちろん怒鳴りながらである。吉原の洗礼を受けたのだ。見ているこちらがいたたまれなくなった。といっても長くいる僕だって怒鳴られ続けているのだから、さして変わりはないのだが……。
 ただこれまでの生き方が違う。僕のような叩き上げは、吉原以前から怒鳴られ、シゴかれ生きてきた。社会の底辺をさまよってきた。しかしI君は日本を背負って立つ人材として、すばらしい教育を受け、同じようなすばらしい人間に囲まれて育ってきたはずだ。吉原に巣くう人種がいることすら信じらなかったろう。マンガの世界を体験したようなものか。
 それでも人生は容赦ない。恵まれた環境で生きてきた人間を飲み込み、社会底辺にまで引きづり落とす。
 吉原で生きる人間と、学問を経験してきた人間とは感性がまるで違う。暴力と金、そして脅しを武器に生きている「吉原人」に、I君は話しかけられなかった。ただ気が小さそうで、いつも怒鳴られている僕には安心できたのか、何をするにも僕に聞きに来るようになった。まあ、新主任はS店の内部にまだ詳しくなかったし、鬼主任には聞くに聞けないのも当然。とれなれば僕しかいないのだが……。
「ユウさん、ユウさん」
 そう言って慕ってくるI君に、僕も悪い気はしなかった。

 3日目の仕事が終わりに
「おいマル、今日新人歓迎の食事会いくぞ」
 と鬼主任が声をあげた。
 元慶応ボーイのI君のためのものだ。
 3日目のI君はボロボロだった。なにせ15時間くらい立っているうえに、階段を一日中上り下りするのだ。慣れない筋肉を使うため足はパンパン。忙しくなれば飯もろくに食えない。やっと仕事が終わっても、持っているのは汚い寮のベッドだ。正直、よくあの悪臭に耐えられるな、と感心していたほどだ。
 吉原ボーイの仕事に慣れるまでには、3ヶ月は必要だろう。それでようやくソープランドの時間とリズムを体が覚えていく。
 勉強ができる環境がいかに恵まれたものか、彼もきっと痛感したことだろう。僕ですらそう思ったのだから。

 午前2時過ぎ、ようやく業務が終わり、焼肉屋Tに鬼主任とボーイ数名で出掛けた。主役はもちろんI君だ。
 焼肉屋の席でもI君は僕の隣に座り、あまり“吉原臭”丸出しの人とは関わらないようにしていた。
 冷や冷やのジョッキに注がれた生ビールが運ばれてくる。
「いやー疲れたの~、今日も」
 鬼主任も嬉しそうに杯を傾ける。生ビールを飲む瞬間は最高だった。今日も無事、終わりました。よかったよかった。そんな気分で僕らもグビグビ飲んだ。
「ねえハラミとカルビ、あとライス」
 みんなでどんどん注文する。歓迎会には来なかったが、新店長が「皆で食え」と金だけを置いていってくれたのだ。となれば遠慮はいらない。笑い声が響き渡る店内で、隣のI君をチラリと見ると、あまり飲んでいないし、どうも元気がない。
「どうしたの? 飲んでる?」
 声をかけると
「は、ハイ。すいません。それにしてもユウさん凄いですね。仕事、完璧じゃないですか」
 僕の仕事ぶりをそう評価してくれた。
「いやあ、まだまだダメだよ」
 照れくさくて答えたが、入って3日目の人と、1年近く怒鳴られ続けている人間とでは、違いがあって当然だった。殴られ、物を投げつけられて覚えた技術なのだ。
「それにしても、慶応大学って、すごいね」
 話すことがないので話題を振ってみた。
「いやあ」
 何を言っても寂しそうに微笑むだけだ。
「どうして吉原ボーイになったの?」
 酒の勢いを借りて、ついに核心を突いてみた。(イッセイ遊児)

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2008年7月 4日 (金)

『吉原 泡の園』第68回/初めての独り部屋

 15万程度の月給が貰えるようになり僕は早速“飛んだ”のではなく、スクーターを購入した。同時に、池袋の不動産屋で見つけた家賃2万3000円のアパートを借りた。
 アパートといっても、もともと工場の跡地に中国人の大家が自分で建てた代物だ。1つの家をいくつかの部屋を仕切った、長屋のようなつくりになっていた。とにかく手造り色の濃い家で、階段なども一段一段大きさがバラバラ。
 それでも当時の僕は、そのアパートをバカにすることができなかった。なにせ自己破産した身で、どうにか寮を脱出し、やっと手に入れた住み処なのだから。一応、一国一城の主ともいえないこともないし……。
 考えてみれば上京して始めての独り部屋だった。風呂は共同、トイレも共同、大家はわけのわからぬ中国人。窓ガラスもピッタリ閉まらなければ、部屋も何畳だか不明の間取りだった。恐らく3畳半か4畳あたりだったろう。
 後にそのアパートの外観を元某テレビ局のディレクターに面白半分で見せたことがあったが、彼はかなりドン引きしていた。強烈な外観なのだ。建物全体が傾いているのだから。とにかくアパートのオンボロさならば、絶対に誰にも負けない自信があった。嫌な1番だけれども、1番ならば前からでも後ろからでもスゴイと思うが違うだろうか……。
 それでも吉原の寮を出られたのだ。これ以上の嬉しさはない。おんぼろアパートから、おんぼろスクーターで毎日吉原まで通う日が続いた。新店長は白いベンツで目黒の高級マンションから通ってくる。同じ通うにしても天と地ほどの差である。それでも僕は新鮮な毎日だった。
 ただ上司にも同僚にも後輩にも住所を言わなかったた。主任連中は、僕が絶対に住んでいる場所を教えないので少しいぶかしがっていた。       
 そんなある暇な日のことだ。僕を含めた下っ端ボーイ衆は、いつものごとく「暇だな~。なんかいいことねえかな~」など考えながら、ダラダラと時間をつぶしていた。そこに姉妹店の社長がオタク風の男を引き連れて来店したのである。
「この店ボーイが足りねえだろ。うちに面接に来たんだけどよ、ここで面倒みてやってくれよ」
 社長は主任にそう言うと、スタスタ引き返していってしまった。残されたオタク男がコクリと頭をさげる。主任Sさんは突然の出来事に面食らっていたが、姉妹店の社長のたっての願いでもあり、第2待合室での面接が始まった。
 アイスレモンティーをつくり、2人が話す待合室に持っていった。それからは送迎や部屋のセットに追われ面接のことなど忘れていたが、40分くらいたってSさんが声をかけてきた。
「マルちゃん、寮の部屋、空きあるよね」
 以前、僕とHちゃんで使っていて、現在は空いている部屋のことである。
「はい」
 そう答えると
「そこに今度新しい人を入れるから、以前使っていたんだから、そのコのために掃除しにいってよ」 
 と頼まれた。
 Sさんの笑顔のお願いでは仕方がない。渋々承諾した。その部屋がねずみの巣になっているのを知っていたので、あまり近寄りたくなかったのだ。鍵を渡され、何ヶ月ぶりかに部屋に入った。いきなり吐き気をもよおした。
 布団が引きっぱなしになっていたベッドの上には、布団を覆うほどの巨大なネズミの糞が散らばり、ひどい悪臭を放っていたからだ。もはや人間が寝る場所ではなかった。それでも横浜から吉原に来て、この寮に住む新人君のために布団の上に散らばる糞を片付けた。
 ただ、それでも臭い。染みは布団に付着し、もうどうしようもできなかった。
 主任は細かくチェックするわけでもなく、新しく入った横浜からの新人君は変な色のシーツや部屋の匂いの異常さを感じつつも1人でそこに住み始めた。
 かつて猫くらいの大きさのネズミをその部屋で目撃している僕には、その部屋が怖くてたまらなかった。ボロアパートを借りたのも、たんにお金が貰えるようになったからだけでない。あまりに巨大なネズミに遭遇した恐怖が、僕の背中を押したのである。(イッセイ遊児)

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2008年6月27日 (金)

『吉原 泡の園』第67回/さよならHちゃん

 主任Kの度重なるいじめに、巨漢のHちゃんが顔の贅肉をブルブル震わせながら言った。
「兵隊がいるから、店が成り立つのに、主任はひどいよ」
 恐らく一対一で喧嘩をすれば、主任Kの3倍はある体格差で、主任Kはひとまたりもないだろう。だが、そんな事をしたらヤクザ同然の幹部連中の御礼参りにあうのは分かっているので、Hちゃんもうかつには手がだせない。つまり牙を抜かれていたのだ。
 当時、体重100キロを超えていた僕ですら、本気でかかれば主任Kならどうか勝てるかもしれない相手なのだ。だから、よく中年ボーイから
「やっちゃえよ」
 などと冷やかし半分で言われたものだった。もちろん、聞こえない振りをしてごまかすしかなかった。もし、それに乗って
「やっちゃいますか」
 などと話し、後で彼に知れたら大変なことになる。
 おかげでボーイの主任Kに対するストレスは相当なもので、Hちゃんも同じ部屋の僕に文句を漏らすのが帰宅後の日課となっていた。
 店では毎日のように皿を落とし、グラスをバンバン割り、その費用が結構かさむのが問題にもなった。割るのはHちゃん1人。ある晩、どうしてグラスをたくさん割るのか、部屋で聞いてみた。
「手、足が震えるんだ。自分ではコントロールできない」
 Hちゃんは、重度の糖尿病だった。インシュリンを打たなければ生活もできないほどのものだ。僕に隠れて、指に針を刺し、血液を採取して、糖度計で血糖値をチェックしていたそうだ。
「マルちゃんの血糖値も見てあげるよ」
 分厚いメガネレンズの奥から、やさしい黒い目が僕を見ていた。
 一瞬だけチクッと針の痛みが走り、血が出てきた。それを専用の機械にとってみる。
「う~ん。マルちゃんギリギリ大丈夫みたいだけど、油断していると危ないね」
 Hちゃんがいったことは当たっていた。医師からも同じことを言われていたのだ。寂しそうに奥さんと子供の写真を見つめ言った。
「僕ね、女子プロレスラーのアジャコングと友達なんだよ」
 プロレスラーとして大仁田厚とタッグを組んでリングで暴れたこともあるそうだ。また、プロレスラーとしていまいち華開かなかったので巡業バスのドライバーをするようになり、アジャコングと仲良くなったそうだった。大切そうにアジャの写真を見せてくれた。
「この人も、苦労してきたからさ、すごくやさしいんだよ」
 Hちゃんが懐かしそうに話していた。それを聞いて、何だか先輩面していた自分が恥ずかしくなった。
 翌日、Hちゃんは主任Sに静岡に帰郷することを伝えた。本来ならば仕事を辞める1ヵ月前に言っておくのが一般常識だろう。だが吉原では突然の“飛び”が主流なので、1週間だけ働いて辞めるといったHちゃんは、ソープ業界の中では律儀といえる。
 主任Sは、それを聞いてとめもしない。使えないもの、やる気のない者は去れ。それがRグループ会長の言葉でもあり、Hちゃんは1週間後、店を去った。去る当日、店に最後の別れのあいさつに来たのだが、みんな素っ気ない。
「Hちゃん、元気でね」
 僕は吉原のメーンストリートでHちゃんと別れた。昼間で客もほとんど歩いていない。吉原を卒業するものは、仕事ができてもできなくても、別れの時はこんなもんだ。
 その日、吉原に面接に来たものもいれば、去るものもいる。無名の大男。静岡から希望を求めて来て、静かに去っていく者を見送った。飛ぶ者、去る者、そんな者を馬鹿にすることなどできなかった。明日は我が身なのだから。(イッセイ遊児)

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2008年6月20日 (金)

『吉原 泡の園』第66回/姉弟で吉原勤め

 同じ寮で生活をともにしていた元プロレスラーのHちゃんは、体だけは人の3倍も4倍もあるが、仕事はカラっきしできなかった。喧嘩が強くとも、ソープの世界では役立たないのだ。毎日毎日幹部連中にいじめられて、寮に帰って顔をあわせても僕も素っ気無い。一応僕も苦労してきたんだという自負があったのだ。いじめられたことをそのままやるつもりはなかったが、吉原ボーイの洗礼を知らずして、ボーイを語るなかれ、などと先輩面していた。それでもでかい体に似合わず、いつも。
「マルちゃんマルちゃん」
 そういって以前飛んだ先輩Tさんのように僕になついてくる。僕は一人っ子のためか、先輩や年上に対する抵抗力がなく、言われたことを素直に聞く姿勢になっていたので、年上の人からすると扱いやすいのかもしれない。ただ、Hさんは後輩。しかも僕より10以上歳が上で、先輩面を演じるのがどうも気が引けた。
「マル、お前舐められてんだよ」
 主任Kが言う。その言葉が引っかかり、顎でHちゃんを使ってみた。すると
「おいマル、オメーいつから人を顎で使えるようになったんじゃい」
 と今度は主任に怒られた。
 ええー。僕は一体どう演技したらいいの? 

 こんな僕の混乱に関係なく、Hちゃんはなついてくる。そんなとき僕より6歳くらい年下のMという小柄な男のコが入店してきた。TさんとKさん、そして前の店長までもが飛んだこともあり、ボーイが少ないとみんなが悩んでいた時期でもあった。
 Mは一見気が弱そうに見える。どうしてこんな業界に来たのだろうか疑問に感じた。借金か、好き者なのか、それとも実は刑務所経験があるとか。
 彼は仕事は一生懸命に頑張り、客引きもかなり気合が入っていた。下っ端ボーイたちと比べても、かなりの確率でフリーの客をモノにしていった。電話営業にも盛んにトライしていて、主任Kなどは
「おいマル、オメ―抜かれるぞ」
 と僕を脅した。僕自身はそんなことに生きがいを見出してはおらず、一生懸命やってダメならばそれはそれ、と思っていたのだが……。
 ある日、Mが客引きをやっていると、カーステレオから大音量を響かせた1台の車が店の前で徐行し始めた。Mはその運転手と何か話している。その運転手をよくよく見ると、それは女だった。彼女かな、それとも知り合い?と思っていたら、それは実のお姉ちゃんだと言うではないか。
 いいのか、M! 家族にこんな店で働いていることが知れても。そう思った僕が甘かった。
 Mの姉さんは、吉原中流店の現役ソープ譲だったのだ。弟がボーイとして吉原デビューをした姿を見に来たのだ。
 姉弟揃って吉原勤めとは、一体どんな家庭で育ったんだろう。悪いとは思いながらもそれとなく聞いてみると。
「うちの親父、すごくだらしなくて……」
 泣き出しそうで答える表情を見て、悪いこと聞いてしまったのかなと感じたものだ。
 彼の両親は離婚し、親父に育てられたという。ただ親父は酒ばかり飲んでいたそうだ。家族の愛、親の愛を知らないことは、それだけでも人生において大きなマイナスになってしまうと感じた。なにせ人に愛を注ぐ方法を学びづらいのだから。
 たまたま僕は教えてもらう機会があった。けれどもひとつ間違えば、僕だって愛を知らない人生を送っていた可能性がある。それを考えるだけでも体が震えるほど切なくなり、生きる力がすり減るような思いがこみ上げてくる。
 Mの人生を聞き、ふっと主任Kの新人ボーイいじめを思い出した。あれだけ熱心にいびるのは、彼なりの歪んだ愛情表現かもと思ったからだ。お前はオレに最後まで付いてくるんだろうな、お前の愛情は本当だろうな、と暴力で確かめたかったのかもしれないと。
 いじめても、いじめても付いてくる後輩を見つけて、愛を知らない自分を救ってほしかったのかもしれない。愛を知らぬまま義務教育からも見放された人間のあがきだったと考えるのは同情的すぎるだろうか。(イッセイ遊児)

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2008年6月13日 (金)

『吉原 泡の園』第65回/そして、また飛んだ

 内装から店名までリフレッシュしてグランドオープンを果たしたS店も、徐々に暇な日々へと戻っていき、数日たった頃には忙しさのかけらもなくなった。それでも新店長は仕事ができる人なので、電話で自分の客を1日に数人は呼んでくれた。おかげで、どうにかお茶を引くコだけはでなかった。だからボーイが義理風呂に行くことだけは免れていた。
 給料も15万前後はもらえるようになった。家賃などを払う必要がなく、食費も2000円貰えていたので、15万ほぼまるまる小遣いにできる。これは大きな変化だった。もし、初めからこのようなシステムの店ならば、自己破産しなくて済んだ。貯金もできるし、寮を出てアパートを借りることも可能だ。そう思ったとき、ふと“飛ぶ”ということが頭をよぎった。
 今まではボーイが飛べないように、ボーイに金を持たせないようにしてきた。でも、今なら辞められる。そう思った。しかし、そのころの僕はもう辞める理由はなくなりつつあった。新店長はおもしろくおおらか。姉妹店から来たSさんも好青年。元マネジャーで現主任Kは、まだうるさいものの、少なくとも暴力は減った。だから僕は“飛ぶ”必要がない。しばらく貯金して、ライターの学校にでも行こう。そう思っていた。
 自分は暴力の心配がなくなったと思っていたが、意外な人が標的になっていることがわかった。結婚していて、奥さんも中学生の娘もいるIさんが、密かに主任Kから暴力を受けていたのだった。Iさんは、その憂さを、僕ら下っ端ボーイにぶつけてきた。ジャンピングニーパットと言いながら、プロレス技をかけてくる。僕もとうとう切れ。
「やめてくださいよ」
 眉間にしわを寄せて言うと、始めて怒った僕の態度がおかしかったのか、主任Kは笑っていた。
 仕事が終わり、僕らが焼肉屋Tに行っている間、主任KとIさんが後から来て、二人だけで遠くの席で話しをしていた。なんだろうと気にはなったが、僕らは僕らで盛りあがっていた。できれば主任Kは来ないほうがいいのだから。
 翌日、Iさんは突然来なくなった。“飛んだ”のだ。
「Iのことを夕べ表で殴った」
 主任Kが突然話し出した。とうとう元ヤクザで家族持ちのIさんまでが主任Kの餌食となった。いったい、この男は何人いじめれば気が済むのか。僕も早いところ金を貯めないと、いつどうなるか分からないと不安がよみがえる。
 Iさんが飛んだので、ボーイの人数も減り、仕事のしわ寄せが当然出始めた。1人で2人分動く。あちらからもこちらからも指示される。突然お客がトイレはどこ、などといって待合室のドアを開ける。基本的に待合室から客が出る場合、女のコや他の客とのバッティングがないように気を配り、トイレなどの場合でも、あがりの客とのニアミスがないよう非常に気を使う。
 ただ救われたのは、待合室の客が突然帰り出すトラブルがほぼなくなったことだ。今までは、元マネこと主任Kがガラの悪い飲み屋のように怒鳴りちらし、嫌気のさした客がサービスも受けていない待合室の客が突然帰るトラブルも頻発していたのだ。新店長はヤクザの息子でありながら、そうした大人のマナーには通じていた。逆にマナーの悪い主任Kを叱責する場面さえあった。 
“親はなくとも子は育つ”とはうまいことを言ったものだと思う。学校にもろくに行かなかったという新店長だが、人間としてかなりしっかりしている。
 ただ、会長である新店長の親父は息子である新店長に
「良い組紹介してやるから、そこで少しは修行をしてこい」
 よくそんなことを言っていた。組とはヤクザであり、修行とは若衆としてお勤めをして来いということである。
 親が息子に「ヤクザに行け」と言うあたりに、非常にヘビーな親子関係を感じたのだった。(イッセイ遊児)

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2008年5月30日 (金)

『吉原 泡の園』第64回/グランドオープン

 改装工事も終わり大看板も一新、新しくSと改名した店がいよいよグランドオープンを迎えることになった。
 新店長、主任2人、ボーイ4人体制でオープンに望む。
 元マネジャーKは、新装にともないボーイも一新したい気持ちがあったようだった。つまり一度綺麗に「悪い血」を抜き取りたかったらしい。しかし新主任として赴任した新店長の片腕Sさんが、僕を店に残してくれた。鬼マネジャーや鬼店長の待遇に文句も言わずに黙々と働く姿をかってくれたのだという。
 情報喫茶からお呼びがかかると、ボーイがお客を口説きに行く。僕などは失敗が多く、2割程度のもんだった。元鬼マネジャーは怒り狂うが、新主任Sさんは決して怒らない。
「うん、そんなもんだって、いいよ遊ちゃん」
 それがSさんだった。元マネジャーが降格したため店には2人の主任いたわけだが、当然Sさんの人気がダントツだった。元マネジャーには元R店のメンバーを育ててきたのは自分だ、というプライドがある。Sさんが我が物顔で元R店であるS店を仕切っているのが気に入らないらしかった。ただSさんは新店長の側近。むやみに切れるわけにもいかない。陰でこっそりとSさんの悪口を言うだけになったのだった。
「偉いね、遊ちゃんは、俺ならとっくに切れてるよ。それなのにそんなに辛抱して頑張ってね」
 Sさんからよく言われた褒言葉なのだが、僕は辛抱していたのではない。怖くて言い返せなかっただけだ。借金もあって、どこへも行けないし、ただ黙ってその時をやり過ごすしかなかった。
 人生、そんな時もある。

 グランドオープン初日、朝から花屋がたくさん出入りした。入り口からロビーを超え、廊下の奥までズラリと祝いの花が届いたのだ。店内には花の香りが充満した。
 姉妹店の社長たちも改装された店内を見学に来た。
 大理石模様の壁と廊下。高級店の名に恥じない改装。待合室など見違えるようだった。ブルーの2人掛けソファーが10個、それに合わせるようにテーブルが並べられる。テレビも超薄型プラズマテレビである。現在でもそれなりに高価品だが、2002年当時はもっと高かった。100万円近くしたと記憶している。ただし2階のトイレは残念ながらそのままで、汚いし狭い。すべてが改装できたわけでもなかったのだ。
 13時オープン。会長や新店長が呼んだ知人などが義理で大勢駆けつけてくれた。車の台数が多すぎて、とてもではないが店の駐車場に停めきれない。仕方なく吉原にあるコインパーキングを利用するのだが、いかんせん遠いので、その往復だけでかなり体力を失った。それでも次から次へと客が来る。ほとんど義理で来ているらしく、どうやら会長などから金が渡っていたようだ。客としてみればタダで風呂に入りに来ていることになる。ちょっとお高い6万5000円の風呂だが……。
 その日だけはもうなんでもありのすさまじさだった。間違えて接客中の部屋のドアを開けても仕方がないみたいな。30分から1時間お客が待たされるほど店が混みようで、ボーイは元マネジャーの下でろくな教育も受けておらず、たいがいは経験を積むまもなく辞めていったから、忙しくなるとテンパッテお話しにならない。結局、ボーイ暦が半年を越えている僕に仕事がまわってきてしまう。
「H、もうええ、おい遊児、3号室セット行け」
 お客が続く場合、浴槽内部と風呂場のタイルの水気を完全に拭き取り、湯気で曇った鏡も念入りに拭く。女のコも大忙しだ。先ほどのお客に体をベロンベロンに舐めマワさていて、体中、前の客の唾液臭なのだから。僕が片付けをやっている間に、女のコは
「ゴメン、シャワー使うね」
 そう言って体中を洗っている。シーツの取替え作業をやりながら、ふと女のコの方を見ると、風呂場でシャワーを浴び、アソコにもしっかりとシャワーをかけている。大股を開いてである。
「こんな姿見ると、もう女のコを好きになれないかもね」
 一瞬だけ見た僕に、女のコがそう言う。ドキッとしても、知らん顔をしてまた作業を進める。部屋のセットは最低5分でやらなければならない。あまりにも遅いと後でどやされる。セット完了後は2つのゴミ袋と飲み終えたグラス数個を抱え込み、階段を降りる。それからやっと新しい客の案内に入る。それの連続がグランドオープンというわけだ。
 クタクタになりながらも、どうにか満員御礼の客をさばいていく。
 1日が終わったときには、魂が抜けたようになってしまった。女のコの裸など見たくもねぇと、その時は思ったりもした。そのクタクタの代償に、その日は大入りがめっぽう貰えた。もう、こんな日は2度とないだろう。グランドオープン初日だけの、まるで夢のようなひとと気だった。(イッセイ遊児)

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2008年5月16日 (金)

 『吉原 泡の園』第64回/女性の調達ルート

 吉原ソープで働く女性の入れ替わりは激しい。ボーイもけっこうなものだが、女のコ程ではない。
 通常、スタッフの入れ替わりが激しい業界は、個人の夢や目標の踏み台として利用されることが多い。そのため人が辞めるのも早いが、就職希望者も多い。求人を出せば均等が保てるのだ。

 ならば吉原ソープはどうか?
 吉原では女は商品である。コンビニでたとえるなら、おにぎりやドリンクと変わりはない。いうまでも客は飽きっぽく、浮気性である。おかげで息の長い女のコはほとんどにいない。大抵のコは自分が売れないことを店やボーイのせいにして違う店に移ってしまう。
 あまり売れない女のコでも、店にいてくれれば最低2本はボーイ達が頑張ってつけてやる。それでもつかなければ義理風呂になる。それほどのマイナスを背負ってでも、やはり店に女のコがたくさん在籍してくれていれば、経営の助けにもなる。店としてはよほどの奇人変人でない限り、女のコは留めておきたいのである。

 それでも女のコは辞めていく。2002年の当時、すでに性風俗産業は不況の兆しがあった。完全に性風俗産業は底をついた感のある06年ほどではないが、売れないコは店を変えても売れなかった。そのため彼女たちは吉原を出て鶯谷に流れていった。デリバリーと呼ばれる無店舗型の性風俗のメッカだったからだ。

 とにかく辞められては困るから、ボーイも女のコには気を遣った。
 義理風呂に入ったコがR店に出張しにて来る時は、ひと騒動だった。姉妹店のボーイが義理風呂に来たという事実を女のコに悟らせまいとボーイも必死なのだ。そのコと義理風呂であたったことのないボーイが女のコに部屋を案内するのが鉄則だ。以前、馬鹿なボーイが、自分が義理風呂に入ったコとたまたま遭遇。
「ああ、あの時の義理のコ」
 などと口を滑らせ、それを聞いた女のコがワンワン泣き出し、仕事どころではなくなる事態に陥ったことがあった。

 ボーイは何としてでも女のコを店に留めておこうと必死なのだが、やはり店には残ってくれない。女のコが辞めたら穴埋めをしなければならない。求人雑誌に広告をぶつ。ナンバー○ギャル情報やナイ○タイといったソープ情報マガジンなどで募集するのも手だが、なにしろ広告代が高い。それに載せたからといって女のコが集まる保証はない。また、店長などがキャバクラなどにスカウトに行くこともあったが、やはり餅は餅屋。スカウトをしたところで畑違いで、なかなかうまくいかないのだ。
 新店長は、プロの風俗系スカウトマンとのパイプを持っていたため、店のコは8割方スカウトマンの紹介に頼っていた。ただ自ら進んで応募してくるコはけっこういた。ただし吉原ソープに就職活動に来るコは大抵プロの中のプロである。自身の代表AV作品などを持ち、それをプレゼンの道具にするコもいほどだ。もっともR店にしても他店にしても、当時の吉原ソープなら、ある程度のスタイルと会話術さえあれば、どんなコでも売りこみなど無用で採用した。とにかく喉から手が出るほど女のコがほしかったのだから。

「おいマル、鶯谷に面接のコが着いたから、迎えいってくれ」
新店長から言われ、颯爽とベンツに乗りこむ。
「ぶつけるなよ~」
 声が背中から届く。
 白いベンツで鶯谷に着くと、コンビニの脇でミニスカートを履いたかわいらしいコが立っていて。
「R店の面接のコですか」
 などと聞くとコクリと頷く。一見普通のコで、どうしてこの業界に足を踏み入れたのか、そのワケが気になったものだ。ラジオの代わりに新店長の自前のCDを流す。それを聞きながら駅から店までのしばしのドライブだ。
 その時だけは禁断の妄想などをしてみたりする。もちろん妄想だけだが、それならば自由だし、何よりタダなのだ。
 短い時間だが、白いベンツに2人きり。しばしのドライブデートを貧乏ボーイが満喫していると、あっという間に店につく。ただ、スカウトが紹介する場合、大抵余計なスカウト君まで同乗することが多く、バックミラーから後ろの2人の様子を覗うハメになったりするのだった。(イッセイ遊児)

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2008年5月 2日 (金)

『吉原 泡の園』第63回/マネジャーの降格

 店長が飛んでから、ますますR店の団結力は緩みガタガタの状態に陥った。そんな中、店内改装は着々と進み、グランドオープン間近となった。マネジャーがトップになって指揮していくなんていくらなんでも無理、と首脳陣はやっと分かってきて、急遽、姉妹店からグランドオープンに向けてスタッフが派遣された。
 Rグループ内最高値を誇るE店のスタッフ2人が助っ人として紹介された。1人はスラリとした体で笑顔を絶やさないさわやか系ボーイSさん。もう1人は会長の実の息子であり、将来はRグループの跡取りと目されるMさん。Mさんは僕よりも4、5歳は若かったと思う。ただ、色々苦労したらしく貫禄はある。僕を含めR店の古株連中もMさんの指示に従う事で一致した。
 そんな中、Kちゃんは。
「あのM、ただ口だけで粋がってるんじゃないの」
などと言っていたが、Mさんの支持に従うことに抵抗を示さなくなるまでそう時間はかからなかった。
 Kちゃんが理由もなく屈したわけではない。時間とともにMさんの人間的魅力に惹かれていったからだった。ミスばかりを責めるのではなく、良い部分を見つけ、認めてくれる。僕も次第にMさんが好きになっていった。
 マネジャーも会長の息子であるMさんには歯向かえず、Mさんのお気に入りのSさんにまで媚を売っていた。
 そんな助っ人組の2人だったが、グランドオープン後にはR店のスタッフとして正式に働く方針を会社が打ち出した。Mさんが新店長になるというのだ。これで毎日食費代2000円が確実にもらえることになった。義理風呂も大半は店が持ってくれることを承諾してくれた。
 さて、ここで問題が起きる。今まで大威張りしてきたマネジャーが、Sさんと同等の主任に降格され、R店に2人の主任が存在することになったのだ。ただ、M店長の側近であるSさんの方がボーイからの支持から高かった。Sさんはもともと陸上自衛隊あがりで、根性はある。それに加えてさわやかな笑顔が売りでもあった。そのうえ義理にも人情にも厚いのだから、マネジャーより人気あるのも当然だった。
 新店長Mさんは会長の息子であり、限度額無限のブラックカードと呼ばれる代物まで持っていた。しかもケチな金持ちではかった。毎晩仕事が終わると、飯代2,000円とは別に、僕とSさんだけにコンビニでカゴ一杯好きなものをジャンジャン買ってくれた。それでもここに辿り着くまでの貰えるべき食費やらボーナスを考えるとまだまだマイナスだったのだが、とにかく生活は一変した。
 また新店長は白塗りのベンツに乗っていた。Bクラスくらいのものだが、自分で仕事をしてきて貯めて買ったものだという。忙しいときなどには送迎車として使わせてもらい、運転する機会も少なくなかった。
 ベンツに飛び乗り、客の待つ場所に勢いよくかっ飛ばす。そんな様子を目に留めても、
「人にぶつかりそうになったら、よけて壁にぶつけろ」
 などと男らしいことをいうのだった。
 今までの幹部とは言葉も態度も180度違う。時々マネジャーが怒りを顕わにすると、それすらなだめるのである。
 そうやって生活もよくなり始めていくなか、R店の改装が終わり、店名も「S」へと変わった。一から出直すという意味も込め大看板は白になった。新しいシンボルマークは花の画。
 グランドオープンまで、もうわずかな日数を残すだけとなった。(イッセイ遊児)

※次回の『吉原 泡の園『』は5月30日になります

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2008年4月 5日 (土)

『吉原 泡の園』第62回/才能は「ほめ倒し」

 千葉県のナンバープレートをつけた4WD。僕が客引きをしていると、その車の主が一軒一軒客引きのボーイに女のコの写真を見せてもらっていた。
 写真の中に気に入ったコがいないらしく、段々とこちらに向かって車が進んで来る。秒殺されたボーイはガックリと肩を落としていた。もし、ここで店のコの写真を見せ、僕の話術で客をくどき落とす事ができたら、メーンストリートの客引きボーイから注目の的だ。
 こんなことで注目されたくないという思いと、マネジャーの手前、R店の面子は汚せないという妙なプレッシャーが交錯する。だが迷っている時間などなかった。後ろでマネジャーが怒鳴っていたのだから。

 心臓のドキドキが止まらないが、車はどんどん僕の方に向かってくる。
「お前、冷やかしかよ、さっさと決めちまえよ、もう」
 ブツブツ言っていたら、隣りの店のボーイも秒殺。車はゆっくりと僕の前に来て止まった。助手席のウインドウが開き、兄ちゃんが体と首を助手席側に伸ばしながら言ってくる。
「どんな感じよ」
 プーンと香水の甘い香りが鼻をつく。
「新人さんからかわいい系まで揃ってますよ」
 僕は得意げにそう言うと、背中側のベルトに差してあった女のコの写真を抜き取り、開いたウインドウから上半身を車の中に突っ込んで写真を見せた。その姿はフロントから丸見えで、マネジャーもときおり様子を覗っている。
 ただ上半身をウインドウに突っ込んでいるおかげで、話している様子までは見えない。とにかく、それとなく仕事をしている風を装う必要があった。アッサリ断られるのだけは避けなければならない。
「秒殺」では見栄えが悪すぎる。

 客が入るかなどハッキリ言ってどうでもよかった。ただ、お客を逃したときのマネジャーへのいい訳や「頑張りました」という体裁は必要だ。後ろに控えるマネジャーへの恐怖と、僕の「誇るべき?」才能が客をとらえた。

 そうハッタリだ!

 嘘は得意だ。もちろん害のないウソだが、ほめ倒しだけは昔から誰にも負けなかった。
「このコ、お客さんみたいな男性がタイプなんですよ。だからお客さんが入ってくれれば、絶対喜んで張り切りますよ。スペシャルサービスなんかがあるかもですよ」
 適当に嘘八百が口からほとばしる。しかもお客は下半身を膨らませた男なのだ。興味を持たせたいなら単純明快。彼らの性欲や妄想を膨らませてやればいい。
 客をタイプの女のコがサービスをしたくて店で待っている、と言いまくった。カネのためではなく、恋愛感情でサービスするのだという客の勝手な妄想を刺激する。絶対に女のコはお客を好きになる、と客をほめて、ほめて、ほめ倒した。
「そうかぃ。へへ。じゃあこのコに決めようかな」
「ありがとうございます。あ、お車はここにこのままで結構でございますよ」
 そう言った後、ニヤリと微笑んでしまった。やはり、売上げを上げたいという気持ちがあるのだろうか?
 店内で一部始終を見ていたボーイ達が、マネジャーに告げる。
「はい、一名様ご案内」
 僕がそう叫ぶと。店内は一気に活気づいた。それまで暇だったからなおさらだ。
 フロントで2万5千円を払っている客をよそに、僕は客の4WDに乗り、店の横にある駐車スペースに移動させた。この時、移動に少しでも時間をかけると、マネジャーから罵声を浴びせられるので車移動も命がけとなる。
 とにかく急ぐ。急ぐので車を擦る事故は後を絶たない。もちろん誰にも言わない。かつてピカピカのジャガーの助手席側ドアをコンクリートに擦った時は、さすがに生きた心地がしなかった。「怖い方」の車だった。あれがバレていたら、指を詰めて泣いて謝るしかなかっただろう。
 今考えてもゾッとする。

 移動が終わると、また客引きに戻る。
 しかし適当にほめ殺してぶち込んだ客はたいがい怒って早あがりしてくる。通常なら30分ほどで、カンカンになって1人階段を降りてくるのだ。これが10~20分で上がるなら、緊急の用事によるはや上がりなのだが……。
 千葉ナンバーのお客は
「おい、もう帰るから車用意しろ」
 と真っ赤な顔ですごい剣幕だった。
「どうなさいました、お客様」
 Tちゃんが白々しく尋ねる。
 もちろん理由は分かっている。ほめ殺しでぶち込まれた客の相手をした女のコは、吉原高級店6万5千円の価値などすっかり忘れ、驚くほどマイペースなのだ。サービスも服も脱がずに手コキのみ。もちろんキスすらなし。
 それはR店のボーイなら、みなが知っていることだ。

 待合室に通し、麦茶で熱くなった頭を冷やさせる。
「手コキだよ、服も脱がないし」
 ああでもない、こうでもないと客は不満をぶちまける。それでも金はびた一文返さない。
「お客様、お車のご用意が整いました」
 客がすごい勢いで店を出て、車に乗りこもうとする。客引きの僕は、最後ドアを閉めてあげるのだが、その時、客が聞いてきた。
「ねえ、ここ有名なR店だよね、高級店だよね、おかしいよ。この店」
「はあ」
 ごもっともな意見だが、それを認めてはお終いだ。僕はとぼけた。
「そうでしたか、またご来店のほどお待ち申しております」
 最後までとぼけにとぼけてそう言ってドアを閉めた。
 ウインドウが開き、客は震えながら言った。
「もうこねーよ」
 ブーンッと黒煙を撒き散らしながら4WDが小さくなっていく。「もうこねーよ」という彼の言葉が耳にいつまでも残った。

 そう、お客さん、あんたは正しい。
 だが、僕は苦笑いを浮かべて、また僕は客引きに専念するのだった。だって、僕はボーイなのだから(イッセイ遊児)

※『吉原 泡の園』は、いったん中断いたします。またイッセイ氏の原稿が溜まりしだい再開する予定です。

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2008年3月29日 (土)

『吉原 泡の園』第61回/童貞たち泡の園

 お客はソープが初めての人もいる。それは、ともすればその人の風俗人生を左右する一大事ともいえるのだ。笑い話でも大袈裟でもなく、男にとって初風俗は非常に大切である。まして童貞ならアイデンティティーを揺るがす問題といっても過言ではない。

 もし、初めて高級ソープで女のコに馬鹿にされたら、おそらく童貞君は性風俗はもとより女にも深い怒りを心の奥底に持つようになるだろう。かなり悲惨な人生を送ることになりかねない。また、初めてでイケなかった場合、女のコもそうだが、男にも相当な自信を失ってしまう。
 イクとはアクメの事だ。いわゆる絶頂に達することであり、生命をつなぐ生命の根源的行為ともいえるが、普通イクとき、わざわざそんな事を考える男もいないだろう。
 しかし世の中にはさまざまな理由でアクメに達しない人もいる。風俗に来た緊張かもしれないし、女の子の技術の問題かもしれない。あるいはお客自身の問題なのかもしれない。特に童貞の場合は、普通以上に緊張するので注意が必要な場合もある。

 ときに一見温厚そうにみえる青年が、アクメに達しない自分に苛立ち、豹変して女のコに暴力的に接する場合だってある。女のコからSOSが出れば、当然、ボーイが助けることになるが騒ぎが収まったからといって、すべての問題が解決するわけではない。女のコがイカせられなかった事は、女のコ自身にとっても性風俗店としても大変な問題だからだ。こうした事件の「後遺症」を女のコも引きずるし、店も女のコの「技術」に不安を感じるようになる。
 こうしたケースは問題としてかなり深刻だが、初風俗の緊張がほほえましい形で表に出ることもある。

 ある日、サングラスをかけた男が客として訪れた。第1待合室に案内しオーダーを伺う。フリーでふらりと店に入ってきたので、すぐにいける女のコの写真数枚を持って伺った。
「ただいま、すぐに案内できるコはこちらになります」
 そう言ってテーブルの上に数枚の写真を並べる。
 サングラスをかけているので目が見えず、どのコを見ているのか、どんな目をしているのかさっぱり分からない。ただ、真剣に唸って考えている。
 そして突然、
「お兄さん」
 とボーイの僕をそう呼んだ。
「はい」
「僕には女のコとこんな所で遊ぶ権利があるのでしょうか」
 突然そう言ってサングラスを取った。どんな瞳が隠れているのかと思っていたのだが、意外と普通の青年だった。
「答えてください、お兄さん。僕は、こんなふうに遊んでもいいのでしょうか。風俗譲は辛い過去をもった人が多いと思います。僕にそこな場所で遊ぶ権利がありますか?」
 男は真剣だった。
「もちろんです。お客様は遊んでもいいんですよ」
 僕は微笑んで答えた。男は少し安心したようだった。
「じゃあ、このコで」
 そういって指差した写真のコは長身のスレンダー美人Fだった。
 サングラスの下の瞳は、結構しっかりと選んでいたのだ。

 店が改装中だったため、姉妹店の部屋を借りる事になった。たかだか数百メートルしか離れていないが、車でお客さんを姉妹店まで案内する手はずを取る。車を店の前に停めドアを開けてスタンバイする。

「お客様、お部屋の改装のため、姉妹店のお部屋に移動いたします。お車の準備が整いましたので、どうぞ」
 そういって車まで案内しようとしたのだが、サングラスをかけ直した男が言う。
「いや、走って行きます。はい。走りますから」
 そう言ってきかない。まさか、高級店ともあろう店が、客を走らせるわけにはいかない。だが、客は走る気満々の様子で、準備体操なぞし始めている。
 困り果てたマネジャーやボーイ達だが、結局、そのお客の意見を尊重してプレイルームを借りる姉妹店まで走ってもらうことにした。
「それではあそこになります」
 姉妹店を指差して教えると、男は猛ダッシュで吉原のメーンストリートを走り出した。他の店のボーイは目が点。なんだあいつは、といった感じだ。
 姉妹店で案内を受ける際も、サングラスをしたままで、一瞬、舘ひろしか、と思うくらいのポーズをとったまま固まっていたそうだ。

 ソープ初体験などの人など、緊張からこうしたビックリの行動に出る人もたまにいる。ただこのお客、その日ついた女のコにぞっこんになり、本指名客になってしまったという。
「遊ぶ権利があるのでしょうか」などとほざいていても、いざ遊んでしまったら肉体以上に精神的快感に酔いしれてしまったのだろう。固定客になったらしい。

 ソープでは、今まで誰にも相手にされなかった人間でも、大枚を投じることで、ヤクザ風の男どもや、綺麗な女のコが自分の意のままに動かせる。もちろん女のコは優しい。こうした精神的な快楽にはまる人は少なくない。特に友達が少なかったり、女のコとの付き合いがない男性は精神的にハマる場合が多い。
 このお客の私生活は知らない。ただ、金だけは貯めていたようで、本指名客となってしまった。ここで甘い思いをすると骨の髄までしゃぶられることなど、店は説明しない。おそらく貯金がすっからかんになる運命をたどったことだろう。そうした底無し快楽地獄も、吉原の側面であるのだ。

 綺麗な花には刺がある。くれぐれも遊びということを忘れないように、本気で好きになったときは、財産の保証は出来ない。それこそ「吉原泡の園」であり「泡の底」でもある。(イッセイ遊児)

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2008年3月22日 (土)

『吉原 泡の園』第60回/げに女は恐ろしき

 サービスが始まってから10分以上たってから「帰る」とゴネても、当然、店は金を返してはくれない。店によっては5分以内でも返金に応じないだろう。
 どうしても返してほしかったら、ヤクザ顔負けに腹を据え、鬼の形相で店の責任者に言ってみるしかない
「差し替えはいかんですよ、差し替えは」と。
 つまり予約していた女のコとは違うと訴えるわけだ。ただし、ソープランドで一芝居うつなら大ケガや人生を投げうる覚悟が必要になってくる。サラリーマンや公務員などには難しいだろう。
 今は暴対法もあり警察や保健所の名前をちらつかせれば、ソープ関係者は青ざめるかもしれない。そのためカネも返る可能性は昔よりは高い。ただし、それでもサービス開始から5分、10分が限度だ。

 それが遊びのルールというやつである。

 さて、金のある客となると、1人の女のコでは飽き足らず、2人同じに部屋呼びつける、いわゆる「二輪車」に挑戦するつわものがいる。
 ピンサロなどでは「花びら回転」などというが、ソープとでは質もサービスも段違いである。ただし二輪車OKな女のコは限られてくるが……。
 それにしても素っ裸の女が2人に、男1人である。健康な思考回路の持ち主にとっては正気の沙汰とは思えない。もちろん金だって2倍かかる。ところがボーイとして店に立っていると、「二輪車」を希望するお客が意外なほど多いのだ。
「左手がこっちで、右手があっち、そいでもって下の手がそっちか」
 なんて妄想を働かせながら働いたこともあった。正直、そのシチュエーションが楽しいのか分からないが、いつか金持ちになったら
「二輪車で」
 と思いきりフロントで言ってみたいとは、今でも思っている。

 客には団塊の世代より上、すでに仕事を引退し年金を貰えるくらいのじいさんも多い。なかには月3回も通い、その回数を鼻にかけ(?)自慢する老人までいた。
 そうしたじいさんは、たいてい1人の女のコにぞっこんだった。来るたびに同じコを指名し「浮気」はしない。
 女のコによれば、じいさんは自分にテクニシャンだと信じているケースが多いという。おかげで女のコが感じる演技をすれば、それだけで大喜びだそうだ。そのうえ演技にはまれば、その後、何度も指名することになる。うれしくて仕方ないのだろう。
 じいさんほしけりゃ感じて見せろ。そうすりゃ金はしこたま握れる。それがじいさんへのサービスの鉄則だと、じいさんあしらいのウマイ女のコが教えてくれた。
 男としての自信を失っているため、男性の復権にまってしまうのかもしれない。いやはや男は単純だ。それに比べて女はやはり恐ろしい。(イッセイ遊児)

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2008年3月15日 (土)

『吉原 泡の園』第59回/商品は女です

 働いているときは誰しも真剣だ。売り手と買い手が火花を散らす。仕事が成功しなければ生活できないし、欲しいものも買えない。だから仕事は苦しい。
 売り手側に立っていると、自分は嫌な客だけにはなるまいと思う。それは客の店舗スタッフのいやらしさに日々泣かされているからだ。金にも女にも……。

 改めて書くとヘビーだが、ソープランドの商品は女である。それを90分間お客様にレンタルする。レンタル時間内は何をやっても構わない。その代償として6万5000円を払う。おそらく日本人の9割以上が、この金額を聞いて「高いなー」と思うはずだ。
 だからこそお客も真剣に女性を選ぶ。同じだけの情熱を賭けて仕事にも真剣に挑めば大成功するだろうな、と思うほどに。
 ボーイはそんなお客のさまざまなニーズに答えていく。

 車を買うときに「燃費の良い車はどれですか」などとたずねることもあるだろう。車の性能をスタッフに聞くのは、ディーラーでは当然だ。同じことがソープでも起こる。
「新人のコはどのコですか」
 ボーイが受ける質問でかなり多いのがコレ。
 ただ問題なのが「新人」に2つの意味があること。当店での「新人」と「素人新人」である。聞き慣れない言葉かもしれないが、「素人新人」とは性風俗産業自体の「新人」さんを表す。そのため時にとんでもないクレームが舞い込むことも。
「黒い、ありゃ新人じゃあねぇ!」
 などといきり立ち、ボーイを怒鳴りつける客がいるのだ。
 素人新人を頼んだつもりで
「新人な」
 としか言わなかったため、ソープ勤めの長い「当店での新人」にあたってしまい、予想より女性のアソコが黒かったという「悲劇」!?である。ときには女のコに直接それを言い放つ、風俗遊びの道を外れた客までいる。
 もちろん女のコもそんなことを言われれば泣く。大泣きもする。ともすれば
「もう帰る」
などと言いかねない。そんな時、店長などが女のコを慰めまくるのである。

 また指名した女のコが「マグロ」だったなんてクレームも押し寄せる。
 「マグロ」とは男に攻められるだけでウンともスンとも言わない、ただ寝ているだけの女を指す。これは市場に並ぶ冷凍マグロと同じ状態だということから付けられた隠語らしい。

 あるときには
「おい、あの女全然感じねえでやがる」
とお客が怒鳴り込んできた。
「はあ、そうですか」
 ボーイとしてはそれくらいしか言えない。
「でな、『なんでお前は感じねえんだ』と聞いたら、『初めてのお客さんだと緊張して感じないんです。2度目だったら感じるかも』だとよっ!
 2度ってお前、1度目の具合で、また遊びに来るかどうか決めるってもんだろ、ふざけるな!!」
「すみません。女性も生ものですので」
 などとは言えるはずがない。丁重に謝るだけだ。レンタルした商品が「機能」しなかったということなのだから……。

 しかしボーイにとっての頭痛の種はお客様の怒りだけではない。こうしたトラブルにより、時間を余らせたままお客が途中であがってしまった場合の女の子の気持ちが問題となる。じつはこうしたケースで、女のコは精神的にかなり追いつめられてしまうものなのだ。
 女のコは性のプロであり、男性の溜まった精子を出してやることで高い報酬を得ている。もちろん、それなりの容姿を備え、知識も会得しているとも自負している。そんな彼女たちにとって途中でお客様が帰ってしまう事態は、プロ意識をズタズタにされてしまう。

 そして、さらに大きいのが女性としての価値まで、お客はもちろん店からも否定されたと感じてしまうことだ。まさに裸一貫、女のコたちの最後の生きるよすがこそ女性として価値である。それを破壊された女性の悲しみは深い。(イッセイ遊児)

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2008年3月 8日 (土)

『吉原 泡の園』第58回/店長、去る

 その日は表に立ったり、店の中の仕事に戻ったりを繰り返していた。そしてたまたま表に立っていたときだった。ふと見ると、会長がいつも通りの険しい表情で店に向かって歩いてくる。それは珍しいことだった。普段運転手つきの車で登場する人が、歩いて来たのだから。

「お疲れ様です」
あわててそういうと。
「おおーーーー」
と颯爽とR店の中に入っていった。
 うん、変だな。まあいつも変だけど、今日は特に機嫌が悪いな。
 そう思いながらもまた客引きに専念していた。
 その後しばらくして店長が奥さんと店に来た。2人が顔が強張っている。あの店長が自分の店に来て、どこかよそよそしい雰囲気を漂わせていた。あいさつしてもそっけない。まるで僕の存在にすら気づいていないようなのだ。
 2人が中に入っていくと、さらに姉妹店の社長連中まで続々とR店に集合してきた。
 マネジャーも顔面蒼白。

――ええ、何、なんなのよ!!――
 それからしばらくすると、今度はマネジャーまで奥の空いている部屋に呼ばれた。フロントが空いてしまったので、Eちゃんが座る。
 1時間くらいたっただろうか、マネジャーが戻ってきた。
「奥さん、ビビって泣いていて話にならんわ」

 マネジャーがようやく事の詳細を話してくれた。
 店長が店の金を横領していたというのだ。毎日の売上から1日1万、2万と、そっとフロントから抜き取り帳尻をあわせていたらしい。そのうえ風俗譲が我々ボーイのために店に渡す夏と冬ボーナスにも手をつけ、自分や家族のために使っていたそうだ。
 が、悪事はそんなにうまく貫き通せるはずもなく、経理担当のYさんにおかしいと感づかれ、とうとう会長登場。姉妹店の社長連中も話し合いに参加する事態となったのだ。
「ふーん。やりかねない人だな」
 今までのボーイいじめ、客にたいする無礼な態度の数々。普通じゃない態度は、こうした横領からくる後ろめたさも関係していたのだと、その時なんとなく感じた。

 ボーイの給料は毎月25日に支払われる。といっても義理風呂など差し引かれ数万円という微微たる物だが……。それも店長は気に入らないボーイを給料日数日前から猛烈にいじめて「飛ばす」。給料を支払いたくないからだ。
 もちろん店からボーイがいなくなれば、その分の給料は懐に入れていた。

 その夜、店長は客引きに回っていた僕の横を勢い良く飛び出して、逃げるように帰っていった。彼が何を言われたのかは知らない。だが、数時間にわたり話し合っていた。奥さんは恐怖に泣き伏し、最後まで話にならなかったそうだ。 スタッフ達の歯車がどこか完全にズレた瞬間だった。

 もう、店長は戻ってこないのだろうか、大変な事態になったと誰もが感じていた。
 それにR店はリニューアルオープンまでもう少し。店長がいなくてどうする。ああ、僕の給料は。
 不安だけが募っていく。どうしてもR店という店は空回りばかりする。店名変更も、ありうるかもな、と感じた。
 ただ、もうRという名前など、僕にはどうでも良くなっていた。(イッセイ遊児)

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2008年3月 1日 (土)

『吉原 泡の園』第57回/後輩はプロレスラー

 1日の仕事も終わり、寮に戻ると。同じ部屋のHちゃんは1日の鬱憤を僕だけには話した。
「店長もマネジャーもさ、偉いっていっても俺達のような駒がいるから店も回るんだよ。それなのにおかしいよ」
 僕は黙って聞いているだけ。
「普通喧嘩になるよ」
 穏やかな口調だが、Hちゃんの目はだんだんと真剣になってくる。当時の僕の体重は100キロに近かった。それでもこのHちゃんには、まったくかなわないだろう。それほどの体格だ。
「俺は昔プロレスラーやってたんだ」
 なに!?―と思った。
 どうりでデカイはずだ。ヤバイ。後輩といえども、もし怒らせたりでもしたら……。あらぬ心配が頭を巡る。

「昔ね、新宿で喧嘩になって、相手の顔面何度も蹴りつけてね、血の海にしたことあるよ。でね、警察きたぞーなんて声が聞こえてさ、必死で逃げ切ったんだー」
 無邪気な瞳で、笑顔のままそんなことを話し始める。僕は先輩ということもあり、喧嘩に関してはHちゃん以上。そういわんばかりの貫禄で聞いてあげるフリをした。
「ホー。やるね」
 なんて言ったりして。
 でも、「血の海」と聞いたとたん頭がクラクラ。目の前の怪物にたいして、「イヤーっ!」という気持ちで一杯になった。
 こいつをまじで怒らせた日には、マネジャーなど一発でぶっ飛ばされるな、と思ったもんだ。ただ、そこは「ヤクザ稼業」の威力である。Hちゃんもさんざんボロクソに言われながらも、必死に働いているのであった。

 ただ何事にも大らかなのに、僕はハラハラドキドキしていた。
 仕事終わりに焼き肉屋Tへスタッフ総出で出掛けたとき、女店長のKさんをしょっぱなから馴れ馴れしく呼び、マネジャーを嫉妬させたりする。
 一方で焼き肉Tに来ていたスナックやクラブの女を見ながら、
 「あの人綺麗だな」
 そう僕がなどと呟くと
 「じゃあ今度俺の奢りでスナックに連れて行ってやるよ」
 などと言ってくれる。じつに「面倒見の良い」後輩でもあった。
 後輩といっても相手は子供3人のバリバリの40代、こっちは20代後半のチェリーボーイに等しい弱弱しい男である。
 「あ、ありがとう」
とごまかしておいたが、その後も事あるごとに、
 「ねえイッセイちゃん、スナック行こうよ」
 と誘ってくれるのだった。
 ただ、僕はどうしてもこの男と2人で飲みに行く気にはなれないでいた。それは彼と比べて器量の小さな自分の正体がばれるのでは、というお粗末な悩みも含まれていた。

 Hちゃんが入って間もない頃、よく姉妹店の社長クラスがR店に集まり、何か大切な話しをしていた。マネジャーもいつもそれに加わっていたので、その当時行なわれていた店の改装工事に伴うリニューアルオープンの件かと思っていた。
 Rグループナンバー2のO社長も、その頃頻繁にR店に出入りしていた。以前、O社長のE店という店は0時以降の営業が警察に発覚し営業停止をくらった苦い過去があった。そのためO社長は神経質なほど周囲に気を張り巡る男だった。

 R店のスタッフには、食費の2000円が支払われていないこと、義理風呂代を給料から差し引かれていることなど、衝撃の事実をO社長が知ったのはこのころでもあった。
「なんだ、ここのS(店長)はそんなだらしないことやってたんか」
 マネジャーにそう話している声が聞こえる。僕は数mの距離に立ち、微動だにせずただ客が来るのを、あるいは何か用を言われるのを待っていた。
 O社長は白塗りのベンツに乗っている。1000万以上はする代物だ。靴もピカピカのブランド物で、ネクタイは絶対にしない。そのうえ義理風呂に行くときは絶対にコンドームをしないことを信条にしていた。
「病気?そんなもの気にしてたら風俗遊びは出来ないよ」
 と静かな口調だが、力のこもった物言いをする。

 ある地方の生れで、地方で結婚して子供もいるそうだが、家族を捨て、吉原で再出発したらしい。それが今では月収1000万。
 お間違いなく、年収にあらず、月収だ!
 そりゃ子供も捨てるかもな、と思わず考える自分が怖かった。それは冗談にしても、R店のあまりのひどさにO社長も辟易していた。
 「かわいそうにな、うちのボーイの義理風呂は大抵俺が金を出していたぞ。たまに半折りの時もあったが」
 Eのボーイはスーツも高級一流ブランドを着こなし、身につけている装飾品も輝きが違った。R店のボーイは、それと比べれば三流でしかなかったのだ。
 品格、女性のマナー、質、サービス。どれをとっても完敗だった。(イッセイ遊児)

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2008年2月23日 (土)

『吉原 泡の園』第56回/でかい体に檄がとぶ

「荷物を置いたら店に戻るよ」
 Hちゃんに言った。あまり遅いとマネジャーから携帯に電話がかかって来る。
Hちゃんはウンといい、僕たちはまた店に急いで戻った。
「H、A店でやってたんなら、大体仕事はわかるよな」
 マネジャーがHちゃんに尋ねた。
「はい。まあ大体は」
 言っているそばからトゥルルルルと内線がなる。ドリンクの注文だ。
「○●。××ばだるぁ」
 マネジャーが叫ぶ。もちろん、何を言っているのかわからない。僕はそこそこやってきたので、大体は分かるのだが。
「H、ボケ―っとしてねーで、さっさとオーダー作れ」
 早速初日からHちゃんに激が飛ぶ。当然Hちゃんには何を言われたのか分からないが、マネジャーには聞けない。僕にも聞かず、大体の想像でオーダーを作っていた。

 通常は2人分作り、作り終わると「オーダー入ります」と言ってドリンクを運ぶ。しかし、Hちゃんは「お、お、オーダーます」とおどおどしながら声を出し、盆の上にグラスとストロー、コースターを乗せた。だが、その手がプルプル震え、2階へと向かう足元がおぼつかない。非常に危険な感じだ。
「H、気をつけて行けよ」
「は、はい」
 階段を上り始めたかどうかくらいの時、階段付近から。
 パリ―ン。ジャバー。
「ああ、ひゃあ」
 ものの見事に1発目のガッシャ―ンをやらかした。
「おいH、大丈夫か」
 とマネジャーが声をかけた。
「あ、はい。大丈夫です」
 と応えるHちゃん。
「バキャローオメ―ジャネ―。ドリンクとグラスは大丈夫かってんだよ」
 これには聞いていたボーイも引いた。そのうえ常に全力のマネジャーは、店の3階にまでとどろくほどの大声を張り上げる。もちろんお客様にも丸聞こえだろう。

 さすがに体格のでかいHちゃんも、この店の真の姿を知り、度肝を抜かれた様子だった。ただ、僕にとってはTさんが抜け、仕事を1人だけ多く受け持ってきただけに、力のあるHちゃんはありがたかったのだった。

 Hちゃんと同部屋になり、朝起きると、「おはよう~」とのん気に挨拶するHちゃんが、羨ましくもあり、どこか憎らしくもなってきた。どうやらHちゃんが仕事のできない人なのだとも分かってきたのだ。客に一生懸命電話しても誰も来ない。辞めたTさんと同じようなものだ。
 客を呼べないボーイはひどい扱いを受ける。Hちゃんも同じだった。

「H、日暮里だ。速攻で行け、そして戻って来い」
 店長が非情な事を言う。 
 Hちゃんは分厚いメガネレンズの奥から、体に似合わない小さな瞳をウルウルさせて、お迎えに向かう。でかい体で送迎車の運転席に入ると、車に乗っているというよりも、ちょこんと運転席に大きな置物が置かれているようだった。

 しばらくしてHちゃんが店に戻ってきた。
 本来なら店に戻る数百メートル先から、間もなく店に到着する旨の連絡を店に入れなければならない。ドアマンがお客の乗る車のドアを開けるタイミングを計るためだ。連絡がないと、ドアマンが煙草を吸っているなんて事もありうるからだ。
「どうしたHちゃん、あれ、客は」
 と問いただすと。
「いませんでした」
 と答える。そこに店長が割って入った。
「いねえだと、ふざけるんじゃねえ」
 Hちゃんにやつあたりだ。
「本当にいなかったのか」
「はい。とりあえずそれらしき人に声をかけたのですが、みんな走って逃げてしまうんです」
 Hちゃんが答えると。
「おまえが迎えにいったからじゃねえか」
 店長はちゃんの心をザクザクと刺すのだった。(イッセイ遊児)

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2008年2月16日 (土)

『吉原 泡の園』第55回/世間様とは「さよなら」した身

 弁護士との接見はすぐに終わった。次に会うのは東京地方裁判所だ。そこで免責の降りた者は裁判官に名前を呼ばれる。それが自己破産確定の時でもある。
 当日、どれほどの人が裁判所に来ていただろうか。あまりにも多すぎるので、裁判自体は数十分で終わるそうだ。1人頭ものの数分という計算である。
 まるで学校の合格発表かのように若者が多く、自己破産を受けに来ているものにしては数が多すぎるように感じた。

 裁判所の中に入り、椅子に腰掛ける。裁判官に名前を呼ばれた者は起立する。
「以下の者、免責を認定する?」
 とかそんな感じの事をたしか言われた。呼ばれた者は法廷を出て、裁判所の廊下に集まり、担当弁護士先生にあいさつなどをして帰宅する。
 まったくもって簡単であり、あっけないものだった。自己破産は弁護士を通さなくてもできる。しかし確実に免責が降りるし、手間も省けるので、ほとんどの人が弁護士に頼むようだ。費用はその人の借金額によって違うが約30万である。
 その30万は分割OK。たったそれだけの額で、600万近くの借金の重荷とさようならできる。
 人生たった一度のドラえもんグッツのようなものか、というと怒られるかもしれない。

 ただ自己破産した実感はなかった。どのみち世間様とは当の昔にさよならした身だ。それに今は吉原のど真ん中で生活している。ここにいると何が起きても気にしなくなってくるし、また気にしていては生きていけない。世間にさよならはしたけれど、どこかでまた戻れるという淡い期待もなくはない。ただ、こんな生活から普通の生活に突然変われるとは思えないかった。なるようになれ、といった感じが正確かもしれない。

 ともかく借金返済という重荷だけは免れたので、随分と気持ちも楽になった。返済分を食費に当てらので、義理風呂があっても生活に余裕が出てきた。
 仕事は相変わらず怒鳴られっぱなしだが、じつは意外とできるようになっていて、ミスも少なかっていた。

 そんなある日、朝のミーティング開始時間に出勤すると、大きな体をした男が店のフロア―にいた。こいつも借金取りか、ヤクザ関係者か、と相手にしないようにしていると。
「あのー、R店の人ですかー」
 とのんびりと象さんのように聞いてくる。
「ええ」
 面度臭そうに答えると、うれしそうに微笑む。メガネのレンズは分厚く、かなり目が悪いのだろうと想像できた。
 はちきれんばかりのスーツ姿だ。

 スタッフが揃うと、マネジャーが話し出した。
「今日からうちで働く事になったHだ。以前はA店にいた」
 A店というのはR店の近くにある高級店だ。
「H、あいさつしろ」
 ボーっとしていたHにマネジャーが渇を入れた。マネジャー5人分くらいの体格をしていたHだが、どこか気の抜けた感じのする男だった。
「あ、Hです。よろしくお願いします」
 メガネの奥の目は贅肉で埋もれ、少しだけ鋭い光を放っていた。これだけの体格に恵まれていて、どうしてソープで働くのか、少し不気味に感じた。たまたま寮の部屋が空いていたので、僕と同じ部屋となった。それまでいたTちゃんが、3畳ほどの1人部屋に移ったのだ。
「マル、部屋まで案内してやれ」
 とりあえずHはかなり年上だし、得体の知れないオーラを放っていたので、僕は「Hちゃん」と親しみを込めて呼ぶことにした。Hちゃんは僕をマルちゃんと呼んだ。僕も先輩として威厳を見せようとするが、なにせ持ち合わせた貫禄が違う。こいつ、何者だ、と様子を探ることにした。

 ボロ寮に入り、部屋を案内する。
「ドアは絶対に開けっぱなしにしないこと。ねずみが部屋に侵入するからね」
 とドアを開けたらすばやく閉めることを教え、服をかけるクローゼットを教え、2段ベッドの下を指差す。
「ここが空いているから。さすがに上だとベッドが抜けるでしょう」
 と冗談などを言ってたら、Hちゃん、おもむろにバッグから写真立てを取り出した。
 そこには綺麗な女性と子供3人が写った写真が飾られていた。それを枕元に置く。
「へー、知りあいですか」
 聞いていいものか、少し戸惑いながらも僕はHちゃんに質問した。聞いて怒り出したりはしないだろうかと心配だった。とにかく体格が違う。贅肉がついているとはいえ、Hちゃんが暴れ出したら僕にはどうすることもできない。きっと。

「嫁と子供だよ」
 メガネの奥でやさしい目が、こちらを見返す。
「へー、結婚してるんですか」
「ううん、離婚した」
 ええー、いらぬこと聞いちまった。
 でもまてよ。どうして離婚したのに、そんな相手の写真を枕元に飾るんだ。全くここは変わり者しか来ないのかよ。
「離婚したけど、お互い嫌いで離婚したわけではないんだよ」
「ふーん」
 それ以上、理由を聞くのは野暮ってもんだ。僕はそんな離婚もあるのかな、と思いを馳せていた。(イッセイ遊児)

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2008年2月 9日 (土)

『吉原 泡の園』第54回/そして自己破産へ

 Tさんが飛んだ後、仕事の多くを僕1人でやらなければならない日が続いた。Tちゃんにしても、他の先輩方にしても一向に手伝ってくれる様子はないからだった。
 グループ幹部が集まり、グランドオープンに向けて打ち合せをしている日が続いた。僕は、この頃が1番つらかったかもしれない。

 忙しい毎日に追われ、自分の事まで手が回らないようになると、借金をしていた数社から、いよいよ督促を受け始めた。
 ときに女性からも電話があるが、女性だからといって甘いわけではなかった。
 今までの人生観を180度変えられた。女性は甘いから、ある程度のことは許してくれる。それが僕の甘ったれた持論だった。ところが吉原では女性が花形スターであり、ボーイは影の存在なのだ。許してなどくれない。それにくわえて借金取りの女のキツイ言葉遣い……。
 もう、女性というものに対してかなりの失望感を味わい、現実の、生身の女のいやらしさを知った。今まで男同士で騒いでいた猥談など、一体なんだったのだろう、と思うくらい価値観が変わったのだった。

 借金の相談に四谷三丁目まで行くと知った店長は
「俺も随分そこの弁護士会の連中には警察に連れていかれたもんだよ」
 などと笑えない冗談を言ったりしていた。
 厳しい金銭からやりくりした30分で5000円。とにかく弁護士に相談するだけで、相談料がかかるのだ。スターやアイドルとお話しをするような感覚だった。
 壁で仕切られた部屋の入り口に名札があり、僕はF弁護士の名札を探した。ノックして中に入ると、背の小さな、温厚なおじさんが座っていた。
「どうも」
 F弁護士はそう言って僕を椅子に促がした。
「で、カード何枚お持ちで、いくらの借金があり、現在の収入はおいくらくらい」
 冷静沈着、すごい腰の据わりようだ。僕のように、理解できなくなるととりあえず騒いぐタイプとは違うみたいだ。
「え、えっとですね…」
 僕はありのまますべてをお話しした。すると、即決と言おうか、考える前に。
「うん、自己破産しかないね」
と言われた。
「あのぉ、債務整理とかの法的措置の余地はありませんか」
 僕は恐る恐る聞いてみた。
「ないです」
 これまた即決だった。
 肩を落としたと同時に、これで借金地獄から開放、いや、返済地獄というのが正確だろう、返済地獄からの開放だ。と安堵する部分もあった。
 弁護士が入れば、ほぼ裁判所の免責はおりるが、万が一おりなかったら、と少しは不安もあった。

 2002年度の自己破産者数は実に21万5000件以上である。これには驚いた。
 これだけ多くの人が借金で苦しんでいたのかと。
 もちろん不順な動機での借金もあるだろうが、1回だけは国の制度でいわいるチャラになる。

 そしてまた、その制度に目をつけた悪質業者がいることを忘れてはならない。
 破産をした当の僕でさえ、広告などを見ているとあたかも破産するのは危険だから、この制度を利用して。などという謳い文句を目にする。それは更なる泥沼化を引き起こす要因である。
 例えば破産すると障害者扱いになり、戸籍に登録される。などまったくのデタラメであり、そうした不安を煽ることで、一本化の融資を持ちかける悪徳業者がいる。
 オレオレ詐欺が横行しているが、久しぶり詐欺、私私詐欺など、あの手この手で悪徳業者はあなたを狙っている。そしてその中には恐らく僕のような人間もいるだろうし、Tさんのような人間もいるだろう。しかし、バックには暴力団という傘があることを忘れてはならない。

 ただ、一概に暴力団だからダメ人間という簡単な問題でもない。そこでしかいきられない人種もいて、それらに助けられる吉原の人種もいたりするのだ。
 問題は詐欺などの凌ぎをする人種ではあるが、僕がマネジャーに逆らえなかったように、暴力団同士でも中々言えないこともあるようだ。ならば、自分の身を守ることができるのは、そうしたさまざまな知識を得て、広げ、関わるか、関わらないかを判断する力を養うことが必要ということだろう。
 自分の価値観だけの世界で奢らずに、多くの世界を知り、知識を広げ、考えることが想像力として思いやることに繋がるのではないかと、悪徳業者の広告を見ていて感じたのだった。(イッセイ遊児)

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2008年2月 2日 (土)

『吉原 泡の園』 第53回/泡の底の底へ

 Tさんがいなくなった。

 店長に言った。少し気まずそうな顔をしていた。
「Tさん、飛んだけど、金持ってませんよあの人」
 僕がそういうと、店長はマイカーに乗り、まだそう遠くには行っていないであろうTさんを探しに行った。マネジャーもR店の送迎車で吉原近辺を探しに出かけた。しばらくして店長とマネジャーが帰ってきた。もう、姿を見つけることはできなかったらしい。
 金もなく、どこかに消えてしまったのだ。長野から、2度目の上京であったが、またもやいじめという人の冷たさで、仕事を諦め、どこかに消えた。
 意地の悪くなったTさんの記憶はあまりなく、どうしてもやさしいTさんの事ばかりを覚えていた。
 僕の自転車はどうでもいい。その自転車がTさんの幸せを掴むための足になってくれればいい。Tさんは数日前、僕にこう言った。
「マル、この業界でビッグになったら、俺を雇ってくれよな」
 Tさん、その願いはかないそうもないよ、僕は別に偉くなることを望んでいないからだよ。もうあうことのないTさんにそう言った。
「おいマル、喉渇いたか?ほら」
 弱弱しく、さみしそうなTさんの声が聞こえた気がした。

 バスツアーも無事終わり、またR店はいつもの暇な店に戻った。改装工事が進み、ボロボロだった店内も、徐々にだが綺麗になっていく。ボロボロのエアコンが新品になり、待合室の何十年も前の革製のソファーが捨てられ、新しい待合室には小さい1、2人掛けのソファーと、テーブルが一台づつ。まるで学校の教室のような並びにはなってしまったが、それでも大理石模様を施した床に、ブルーのソファー、テーブルの上には灰皿、タバコ、飴が並び、都会的センスにも磨きがかかり、高級店という名に相応しい店になりつつあった。
 店長も自分の店を目に掛け、改装までしてくれている会長にやる気も出てきて、まさにこれから一致団結して行こうという頃、それは発覚した。
 女のコは毎月店側にボーイにありがとうという感謝を込めてボーナスという形で店にお金を渡す。それが夏と冬には貯まり、ボーイ達にいつもありがとう、という感じで渡されるセレモニーが伝統としてあった。だが、僕がボーイになった始めのボーナス時期の夏、それはなかった。まあ、店も売上が出ないのであれば仕方がないし、そんなボーナスなどというものが存在することすら知らないでいた。なにしろ、約束の食費すらままならない状態だったのだ。
 この頃、頻繁に姉妹店の幹部がR店に出入りしていた。店長は夕方になると、他の姉妹店の社長と新宿の風俗店やら、キャバクラに出掛け、いわいるひき抜き行為をしていたのだった。もちろん、それは重大な違反行為として、この世界ではバックのヤクザが出てきて、落とし前うんぬんの事に発展しかねない。さて、幹部クラスがよくR店に来ていたのは、スカウトが目的ではなく、色々な問題が明るみになり、それで幹部クラスがR店に頻繁に来るようになった。
 ボーイに支払われる1日2000円の食費に関しても、とうとう姉妹店の社長であり、Rグループ№2のO社長の耳にも話しが入り、動き出した。
 マネジャーの所に来て、2人で話していた。もっとも大きな問題だったのは、義理風呂の問題だった。O社長の店では、義理風呂に行くボーイの金は、社長が払ってやる事がほとんどで、たまに少しだけ、本当に気持ちの1万くらい身銭を支払うという程度だったという。そこのボーイは、同じボーイでも給料は30万は固いという。月に20万は貯金できたよ、と後にそこのボーイだった人は語っていた。寮はタダ、食事代は毎日貰える。義理風呂は社長持ち、これならウハウハだろう。僕も、始めからそんな店に行ければ、人生分け目の弁護士地獄にならずに済んだのだ。
 事情を知ったO社長は、R店の店長に厳しく当たって来るようになった。店長が当てにならなくなった今、マネジャーが除々に力をつけ始め、終いには店長を掌握してもいいですか、などと幹部に時価談判するようになった。次代の幹部を視野に入れ始めたのだ。
 その頃、とうとう僕はある問題が限界に達しようとしていた。休みの日、僕は四谷に向かった。
 四谷三丁目駅を出て、目的の場所まで向かった。
 東京都弁護士組合の相談センターで、30分5000円程で弁護士と話しが出来るという所だった。予約して行き、F弁護士が僕の担当になった。(イッセイ遊児)

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2008年1月26日 (土)

『吉原 泡の園』 第52回/また仲間がトんだ

 いつまで続くんだ、僕のこんな人生は。やめたくても、どうしてもやめられない。金もないし、将来の仕事もない。設計もない。今はとにかくここで時を待つしかなかった。だが、もう借金も返せなく、滞納する回数も増えてきていた。
 Tさんも懸命にこんな世界に自分を合わせようと必死だった。その必死さが、Tさんをいつしか変えていた。それもずるいほうに変わっていた。出会った頃のTさんは、いつも僕にやさしく、笑顔で、ドリンクを作ってくれ、
「ホラ」
 などと言ってくれたのだ。マネジャーのいじめ、店長のいじめ、義理風呂での借金滞納、恐ろしく長時間で大変過ぎる仕事。後輩の僕が存在感を出し始めたこと。
 TさんにはTさんのストレスがあったのだろう。店長にいじめられたことを、僕に吐き出すようになった。義理風呂から帰ってくる際、少し歩いていたりすると。
「走れ」
 人が変わったような言い方をし、店長、マネジャーに叱責される何かがあると、
「えーと、それはマルがですね…」
 そう言ってすべて僕のせいにされるのだった。僕はTさんが本当は良い人だと分かっていたので、何も言うことはなかった。Tさんの笑顔も、純粋な笑顔が、何か企みのある笑顔に変わっていった。
 ただ、店長はそんなTさんの全てを知り、僕になすりつける事もなにもかも知っていたのだ。僕は家財道具と一緒に折りたたみ自転車も持ってきていた。ある日、Tさんが僕に言った。
「なあマル、今度休みもらったんだけどさ、吉原周辺を散策してみたいんだ、自転車貸してくれないかな」 
 長野出身の彼にしてみれば、東京見物も楽しみなんだろうな、そう思い僕は自転車の鍵を渡した。そんなある日、忙しい日々の中、R店の月の反省会を焼き肉屋で行うことになった。荒○区町○にある行き付けの焼き肉屋で、仕事が終わるとタクシー2台をひろい、町○の焼き肉屋まで行く。店長はマイカーのため、先にいってしまうのである。焼き肉屋では生ビールを飲み、骨付きカルビやハラミなど大量に頼み、無礼講とまでは行かずとも、それなりに楽しく飲んでいた。
 その頃Tさんは被害妄想的頭脳回路になっていた。マネジャーがこれ見よがしにTさんに冷たく当たるのだ。そのため、行動にもそれが顕著に現れ、グラスを倒し、飲み物をこぼしたり、焼き肉を落としたりとする。するとまた冷たくあしらわれるのだ。
 人間、1度被害妄想に陥ると、あるいは1度信用をなくすと、中々明るく信念のある行動、言動は出来なくなる。Tさんが僕であってもおかしくない。たまたまそれがTさんだっただけだ。
 マネジャーに冷たくされたTさんに、追い討ちをかけるように店長が言う。
「おいT、おまえマルに負けているぞ」
 Tさんは、はじめ僕をかわいがってくれた。だが、一生懸命ただ無心に仕事をする僕は、いつしか店長にかわいがられていて、Tさんがいじめられていたのだった。店長がマルに負けているぞ、そういったのが相当こたえたのだろう。体から発せられる生気が消えた。同時に、懸命に働いた。ただ無心ではあったが、働いた僕がTさんを追い詰めていたのではないか、と思えた。
 僕はTさんに勝とうが負けようが、それがTさんでも誰でも、どうでも良かった。勝った所で何があるというのだ。そう思った。馬鹿馬鹿しい。
 何だかつまらない雰囲気のまま、反省会は終わった。反省会で反省し過ぎのTさんが心配だった。帰りのタクシーの中での彼の存在感がまるでないのだ。
 その日は、そのまま寮で寝た。
 次の日は天気が良かった。寮のカーテンから朝の日差しが差し込み、20代の僕は二日酔いと言うものも知らずに、元気良く店に向かった。
 心配していたTさんも、時間には店に来たので安心した。11時30分。マネジャーも出勤してきて朝のミーティング。どこかTさんは元気がない。
 それぞれの仕事に分かれ、作業をすると、Tさんが僕のところに来た。
「マル、マネジャーには言うなよ」
「?」
「俺、飛ぶわ」
「えー?」
 またいつもの冗談を始めた。
「飛んで飛んで飛んで、回って回って」
 そんな歌詞を歌って見せるのだ。
「マネジャー」
 僕もわざと言いつけるフリをしてみせる。冗談を言っているといつまでたっても作業が終わらない。僕はまたTさんから離れて、仕事の続きを始めた。
「おいT、喫茶店まわりいってこい」
 マネジャーがその日の女のコの出勤表を配りに行けとTさんに言った。
 晴れた日は自転車で配るのが気持ち良いのだ。Tさんはその出勤表を取ると、僕を見た。そしてそのまま表に行った。
2時間くらいが経過しただろうか、
「やられた」
 とハッとした。もう2時間も帰ってこない。急いでR店の自転車があるか確認に行った。するとR店の自転車があり、僕の折りたたみ自転車がないではないか。
 Tさんだった。数日前、鍵をかしていた。それで鍵を開け、僕の自転車を乗って行ったのだ。まだそう遠くには行っていないはずだ。(イッセイ遊児)

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『吉原 泡の園』書籍化について

いつもお読みいただきありがとうございます。担当編集の宮崎が今週はアップを怠っているようです。電話もつながりません。
そこで……というのも何ですが、最近では『泡の園』のアクセス数がグングン伸び始めているので「いっそ出版か」という気もあります。「ぜひ買いたい」「やめておけ」「○○に帯を書かせろ」「装丁は……」などの意見を待っています。よろしくお寄せ下さい。

なお「吉原 泡」でグーグル検索したらトップ場面に出てきました。1位は「泡姫」さんの記事。やっぱり姫には勝てないか。いい勝負してるのか(編集長)

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2008年1月19日 (土)

『吉原 泡の園』 第51回/いじめを耐え、ランクアップした僕

 バスツアーも無事終わると、マネジャーと店長はまたいつもの平凡な日々の中で、憂さばらしのための暴力を行うようになっていった。
 店長からはマルと呼ばれ、バスツアーでは客集めを始め企画運営などの働きをした僕は、だんだんと店長からは信頼を集めていき、特別扱いされるようになっていった。店が忙しいさなか、
「おいマル、車運転してくれ」
 と呼ばれ一緒に車に乗り、運転する。どこに行くのかと思えば近くのそば屋に行き、ボーイ達がせっせとマネジャーに怒鳴られて働き、飯も食べられない最中、
「マル、何でも好きなもん頼め」
 とそばに天ぷらのちくわ、エビなどを食するのだった。マネジャーですら朝食は食べていないし、女のコが全員1本お客がつくまでは、基本的にはボーイは食事にありつけないのが暗黙のルールだった。
 それなのに、店長に連れられてそば屋で飯を食うなんて、ボーイのくせに恐れ多い。
 ボーイの仕事は本当に半端ではない。足がつるなんて毎晩だった。それも両足のモモが一気につり、20~30分は苦しい。それも毎日の立ち仕事が長時間に及ぶからなのだが、特別扱いはさらに続き、店長はどっちの料理ショウを見ながら、突然。
「おいマル、どっちだよ」
 という。
「?」僕には意味がわからない。  
「どっちが勝つんだよ」
 テレビ番組のことを言っていたのだった。
「おいマル、もう仕事なんかしなくていいから、テレビでも見ていろ」
 そういって第2待合室でテレビを見ながら仕事をせずにのんびりしていろと言う。もしかしたら店長は本気でそういっていたのかもしれないが、僕は間違っても、はいそうですか、とテレビを見ることは出来ない。マネジャーの眉間がピクピクしているからだ。
 店長の手足のように働き、義理風呂で毎月の給料が赤字になっている。それもこれも上に行くためだ。偉くなれば楽が出来る。仕事なんてしなくても金がもらえる。そう考えてのことなのだが、そんな人の前で、昨日今日入ったようなボーイが、店長に可愛がられたら、幹部であるマネジャーは面白くなく、僕は目をつけられるのである。
 実際マネジャーのやっている仕事など、僕でも代理として仕事はこなせる。ただ、それではマネジャーの立場がないのだ。
 つまり、いじめられたという経験が、この業界ではキャリアなのだ。いかにひどいいじめを耐えたか、それがあってこそマネジャーが決して他人を入れないフロントに入り、電話を出たり、インターホンに出たり出来るのだった。
 店長とマネジャーの極悪コンビで今まで客を騙してきたのだが、それも少しづつ変わってきていた。
 騙すのも、限界が来ていたのだ。それに、この2人は騙すというよりも脅すと言うほうが正しい。
 店長は、フリー(予約もなしに不意に店に入ってくる客。業界では非常にありがたがられる)の客などに対し、その極悪ぶりをいかんなく発揮するのだった。
 店の外で客引きが。
「お客さん、今なら5.6人から選べますよ」
 そう言う。実際選べるのだが、選ぶとなるとやはり愛嬌のありそうなコを選ぶ。それは当然だ。90分6万5千円の遊びである。銀座よりも時間で考えると高いだろう。今、6万5千円出して遊べる人が多いかどうか、ご自分で考えていただければいかに贅沢な遊びかお分かりいただけるだろう。ところが、いざ客が待合室に入り、写真見学を楽しみにしていると、店長が鬼のような形相で待合室に向かう。ここでスイッチが入るのだ。脅し用に。
 上から見下ろすように客を見て、1枚、たった1枚だけの女のコの写真をテーブルに叩きつける。お客は意味が分からない。
「おう、これで良いよな?」
 女のコを選ぼうとドキドキワクワクしているお客の期待をあっさりと裏切り、一瞬にしてお客が凍りつく。
「は?」
 当然お客は抗議したいのだが、スイッチの入った店長に何か言おうという気持ちが萎える。鬼の形相なのだから。
「これで良いのか、良くねえのか、ああ?」
 その1枚の写真は、まだ客がついていないコや、どうしても人気のないコなど、お客が避けたいコなのだ。客がつかないと、義理風呂が発生する。義理を受ければ、義理を返さねばならない。1番金銭的打撃を受けるのが、ボーイなのだ。だからと言って、こうしたやり方は僕には無理なのだが。
「あ、えーっと」
 客は時計をチラチラ見ながら帰らないと、みたいな雰囲気になる。
「あ、オメー帰るのか、なんだテメー。何しに来たんだよ。冷やかしか」
 そういって客の襟首をつかんで、外に引っ張りだす。これが店長のやりかただった。
「ひぃぃぃぃ」
 サラリーマン。50代で何かの役職かもしれない。僕は堅気でもないが、そっちの世界の人でもない。ただの人間でいたいから、そうした線引きはどうでも良かったが、普通に生きていれば僕にもあんなサラリーマンの上司がいて、笑顔があって、もしかしたらそんなことをやっている時間帯は、奥さんと子供がいて、温かい食卓でまだ赤ん坊の子供を見ながら食事をしているのかな、と思いながら、叩き出されたサラリーマンを眺めていた。(イッセイ遊児)

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2008年1月12日 (土)

『吉原 泡の園』 第50回/いざバスツアーへ

 ツアー当日は朝早く起こされた。まずは参加者からの確認電話の対応のため、早朝から店で電話番をする始末。続いてツアー参加者が電車で東京まで来る場合、お迎えもすると言ってしまっていたので、お車での送迎の待機をするのだった。
 KちゃんやTさん、マネジャーも眠たそうにしている。前日も深夜3時過ぎくらいに寝て、数時間で叩き起きるのだ。勘弁してよ、といった感じだ。
 バスは吉原の中に入って待機されると、それだけで目立つし、車何台分の駐車スペースを使うかわからないので、三ノ輪交差点付近の明治通りで待機してもらっていた。そこにツアー参加者が続々と乗りこみ、全員揃うのを待っていたのだった。
 店長はいつになくばっちりとスーツとパンチパーマで決めていた。その日は1人で添乗員とバスガイドを勤めなければならないのだ。僕が付いて行ってあげたかったが、1人欠けると店が大変になってしまうので無理だった。
 順調に時間が流れていたのだが、最後、花魁をバス待機所まで店から乗せて来い、という電話での指示があった。
 なぜかそういう大変な仕事は僕がやっていたのだが、花魁5人を送迎車に乗せ、いざ三ノ輪交差点へ、と発進。
 男1人に花魁5人。普段なら6万5千円を払わないと話したりも出来ない女のコを5人も1人占め、といったアホな事を考えていた。
 女のコ達は初めてのバスツアーに戸惑いながらも、どこか新鮮な感じを受けていたのか、お互い話しも弾んでいた。
「ねえ、オタクみたいなのいたらどうする」
「キャハハ」
 黙って聞いていると普通の若い女のコの会話なのだ。こんな世の中の底辺で生きていても、そんな彼女達の笑い声に救われる思いだった。安心していると電話が鳴った。
「おいマル、なにしとるんや、遅い」
 店長だった。イヤヤヤヤー。
 急いでバス待機所に到着するが、せっかくこれから楽しみのバスツアーなのに、みんな客は揃って着席しているのに、花魁達もバスにのりこんでいっているのに、店長は笑い顔の中に鬼が見え隠れしていた。
「おせーんだよ、ああッ、なにしとんや、ええッ、そうだろう、違うか」
 訳がわからなかった。だから気分屋の人はイヤヤヤヤー。と思いながらも、今日のお楽しみツアーを台無しにしては、参加者に申し訳が立たない。そう思い。
「はい、はい。そうです。すいません」
と必死に謝り、事無きをえたのだった。それにしても気分屋とは恐るべきなのだ。かくして、バスは無事に三ノ輪から出発。千葉県犬吠三崎を目指して、いざ出発なのであった。
 ツアー参加者が無事無傷で帰ってきますように、帰ったら1人足りませんでした。などないようにと祈るのであった。(イッセイ遊児)

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2008年1月 5日 (土)

『吉原 泡の園』第49回/店で鳴く閑古鳥

 僕が入店してから、約半年が過ぎようとしていた。だんだんと客が減っていくのがはっきりと分かった。
 表で客引きをしていても、閑古鳥がないている。都の風俗への締めつけが厳しくなってきているのだった。それが顕著に現れるのは06年なのだが、それでも当時十分に風俗界は衰退していった。
 その原因は都の締めつけである都条例もあるが、昭和の吉原からの客を軽んじる風潮が客足を遠のかせているのだった。
 伝統ある吉原は徳川時代に今の東京証券取引所近辺にあったが、吉原大火災によって、今の千束に移った。幕府のお墨付きの遊び場だったが、明治維新後の新政府が九州勢出身の薩摩藩、長州藩により、江戸の伝統、吉原に馴染めず、ゆえに吉原の遊郭が衰退し、赤線と呼ばれる国認定の売春許可地になった。その一角を赤い線で区切ったことから赤線と呼ぶ。一方、認定されていないにも関わらず売春などの行為がなされていた場所を青線と呼ぶ。
 さらに現在。アメリカ兵などの黒人を専門に相手に売春する土地を黒線、白人を相手にする土地を白戦と呼んだりもする。
 つまり、そのように現在はさまざまな要素が重なり、吉原はかつてないほど商売が厳しくなっていて、そんな中R店バスツアーの客集め役に任命されたものだから、気持ちが休まる時がなかった。
 「おいマル、ツアーの客はどないなった」
 といわれても数人の客がなんとなく行ってあげてもいいよ、みたいな感じなのだった。
 「おい、当日は大型観光バスを1日貸しきるんやで、客もおらんと赤字やし、恰好つかんでのぉ、マル、しつかり頼むでぇ」
と店長は第2待合室のソファに寝っころがりながらのん気に言う。
 中々大変な日々ではあったが、数十人のツアー客を募ることが出来たのは、数ヶ月たった頃だった。
 1人1人に、もし、参加者多数の場合、お断りするかもしれませんのでご容赦くださいませ。と事前に報告しておいた。これも念のためだ。
 そして、参加者を抽選で20名前後に絞る。一応常連さんが優先になる。あとはボーイの意向が反映される。
 ツアー半月前くらいに、ようやくメンバーも決め、その旨の連絡をする。
 「R店です。バスツアーの抽選で選ばれました。当日はご予定は大丈夫ですか」
 などと言って確認する。結婚している人、少しやばそうな人、常連さんなど色々なタイプのエロ男が決定し、あとは当日を待つのみになった。それほど大きな混乱もなく、無事僕は任務を終了したことが何よりもうれしかった。
 当日の花魁は5名くらいが参加する。皆若く、人気所である。サービス派、素人派、攻め派、癒し系と女のコも色々である。
 女もいろいろ、男もいろいろ、サービスもいろいろ。そんな感じか。
 店長はボーイが懸命に働き、それがうまくいくとニコニコ顔である。それは当然なのだが、少しでも思い通りにならないと、暴力団し込みの切れ方で大いに怒鳴り散らす。さすがのマネジャーも店長が切れるのが嫌なのだろう、店長が切れそうになると。
 「店長を切れさすな」
とフォローが入る。すると店長もまんざらではない様子でニコニコとする。まったくもって気分屋なのである。(イッセイ遊児)

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2007年12月29日 (土)

『吉原 泡の園』 第48回/花魁を追う者

 いつもと同じ朝の作業で、洗車している最中。インターネットを見て笑っているはずのマネジャーが慌てて表に飛び出したと思うと、僕を見つけ。 「マル、レディス○ラにいってくれ」
と言う。レディス○ラとは吉原の中にあるビジネスホテルに毛をはやしたようなホテルで、女の子で住まいのないコは、とりあえずここに寝泊りするのが定番だった。
 マネジャーが僕にそこに大至急女のコを迎えに行けと言う。洗車も途中だが、大急ぎで作業をやめ、レディス○ラに向かった。信号も無視し、大急ぎで到着する。ホテル入り口の細い路地の前に、黒い服を来た女性がたっていた。放っているオーラが明らかに普通の女性ではなく、ひと目でわかった。
 「ははーん、このコだな」
すぐに見つかって安心した僕は、車を停め、ウインドウを降ろして聞いた。
 「R店にいく○○さんですか」
すると彼女はニコッとなんともいえない笑顔をするではないか。
 「か、かわゆい」
おもわずそう思った。車に乗せると、元気一杯なコだと分かる程、話しを次から次に話してくる。
 北九州から飛行機で来たこと、ボーイが何だか抜けていて不安でもあるが安心したこと、つまり、僕が抜けているというのだ。だが、それで安心してくれたのならばそれでいい。
 店までの短いドライブだったが、僕はこのはつらつとしたコが気に入った。
 店につくとマネジャーが。
 「おお、○○ちゃん、お疲れねー」
とあかちゃん言葉混じりで話す。これがまた気持ち悪いのだ。女のコの荷物を車から降ろすと。
 「マル、5号室案内してやれ」
と言われ、そのコを2階に案内する。改装中の階段をのぼり、5号室のドアをノックする。ノックするのはいつもの癖で、いきなりあけて誰かが着替えていたりするケースがあるので、いつのまにか癖になっていた。荷物を5号室に入れてやる。
「では、何かありましたらこのインターホンを取ってください。フロントに自動でつながりますから」
 言って部屋をでようとすると、そのコ。
「ありがとう」
 と微笑むのだった。
「いえ」
 僕はクールに、スマートにその場を去る。心の中では
「金が出来たら君を指名したいでーす」
 と思いながら。その豊満な胸をチラッと見ながら。
「失礼します」
 と言いながら何だか妙に楽しくなりそーと思ったりしていたのだった。
 すぐに1階に降りる。洗車も終わっていないが、買い物やら何やらやることだらけなのだ。
「おいマル」
「はい」
「テメー花魁に手ぇだしたら、半殺しじゃすまねえぞ」
 僕の浮かれた顔を見て、そんな物騒なことを言われたりもするのだった。
「…」
 そんなするわけないじゃないですか、と言えばいい、もちろん僕にはそんなつもりは毛頭ない。が、そう反発できない自分がいた。それはマネジャーが怖いからでもなく、その気があるからでもなかった。理由はわからない。とにかく、言えない人間がいるのだ。それは権力うんぬんや、弱みうんぬんではない。言えない人間がいる。そうとしかいいようがない。
 はるばる北九州からやってきたコFさん。ただ、これとは逆に、東京から北九州にいわば逃げるケースもある。
 借金地獄でソープのボーイになるケースが圧倒的に多いが、女のコもやはり借金苦からソープ譲になるケースも少なくなく、借金もいわいる闇金まで手を出すケースも多い。吉原の夕方くらいの風景には、客に混じってそうした闇金関係者も多い。
 大体なれてくると、あの車は闇金関係者だな、と分かる。ごつく、ダーク色で高級な車に暑苦しい男が2人。そんなのは明らかに闇金の人間だ。
 表で客引きをやっていると、ずっと路上駐車した怪しい車が止まっている。ずっとR店を監視しているのだ。そして、金を貸している花魁を待っている。
 それを察知すると、出勤する女のコに連絡するときもあるし、店長がわざわざ出向いて話しをすることもある。
「お宅に○○いうコいてませんか」
 と闇金業者。
「いませんね」
 とシラをきる店長。そうなったらもう東京で働くのは危険だ。姉妹店の北九州に、その花魁をしばらく飛ばすのだ。何ヶ月も連絡が取れなくなると、闇金業者は泣く泣く諦める。
 会長がソープのほかに闇金も手がけていたので、闇金の動き方はこちらの専門分野でもあったのだ。
 「金貸しは、半分ダメ元で貸すんや、返すほうが馬鹿なんやでぇ」
これが店長の哲学だった。(イッセイ遊児)

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2007年12月22日 (土)

『吉原 泡の園』 第47回/ボーイにも左遷はある

 夏も終わりを告げようとする頃、いよいよ本格的に内装全面改装が本格化し始めていた。
 名前を変えるかどうかは、まだ保留のまま、様々な業者がR店に来ては会長や店長と打ち合せを行なうようになっていった。
 第2待合室に会長が来る。店内はガチガチのピリピリムードになる。そして、この時ばかりはマネジャーも怒鳴るのをやめる。やめるのだが、さすがにボーイの動きが気に食わなく、顔だけは怒っているのだった。
 会長がトイレに立つ。すぐにおしぼり保温器からおしぼりを取り出し、ビニールからおしぼりを出し、熱々なのでちょうどいい熱さにさますのも、大事な作業なのである。
 会長がトイレからでると同時に、
「おしぼりでございます」
 と言って両手で丁寧にお渡しする。
「あ、ああッ」
 と何気なくおしぼりをとるのだが、どこかまんざらでもない様子。つまり、もともと20万やそこらで、○代目○口組若頭射殺事件で破門になった組にいたため、逃げるように吉原に来た会長が、今や社員数百の暴力会社の会長に成り上がったのだ。まんざらでないはずはない。
 もちろん、会長は入れ墨はもとより、指詰の経験もある。大変な苦労人でもある。人の心を読む力もあるので、僕はそう思っても思っていないように努めるのだった。おしぼりでササッと拭くと、ポイと僕におしぼりを投げ返す。その仕草が完全にボーイは屑。とその動作が表しているのだった。
 悔しかったら上になれ、無言でそう言っているようでもある。
 もともとR店の店舗の基礎、骨格は古いらしい。また、この場所は以前は花魁の寮があったそうだ。江戸時代、遊郭と呼ばれていた頃には、この場所で花魁が生活していた。それだけ多くの花魁が寝起きする歴史の中で、自殺を含め多くの死があったそうだ。この場所で。いわくつきの土地だったのだ。
 そのためか、R店の102号室は夏でも涼しく、あそこは出る。ともっぱらの噂だった。もっとも、幽霊よりもマネジャーの方が怖かったのだが。新しい店舗に向け、何もかもリニューアルしよう、そう考えるマネジャーが、女の娘も新鮮で頑張るコをそろえようと躍起になってもいた。まず、Rグループの姉妹店で、北九州にある店から東京にひき抜くコがいるという話しが出た。
 わざわざ北九州からくるのか、と大変だなと思ってみたが、ボーイも東京から北九州に行くケースがある。ようするに左遷である。そして、それを脅しに、店の幹部はボーイをこき使うケースもあった。
「九州、いくか?」
 それだけで普通のボーイは真っ青である。僕も冗談交じりで聞かれたことがある。姉妹店のDの社長に。R店の店長の前でだ。
「あ、い、あ」
 と戸惑っていると、店長が助け舟のつもりで、
「もちろん、よろこんで行くよな、ハハハ」
 と僕に言ってきた。Dの社長も人の心に感心があるのか、あるいはボーイをあまり信用しない人なのか、用心深く、僕のそんな態度を見て冷たく微笑んでいた。もう、僕には笑って冗談の言える余裕はなかった。
 このD店社長Aさんは、マネジャーが師匠と呼ぶお方だった。以前、マネジャーもR店繁盛のため、D店に武者修業にいっていたそうだ。そこでA社長に弟のようにかわいがってもらい、ソープランド経営のノウハウ、あるいはスタッフの束ね方などを教えてもらったそうで、A社長の前ではまるで別人で、A社長もそんなマネジャーを気にいり、マネジャーのことを「専務」などといっておだてていた。
 何が専務だよ、あの怒鳴りっぱなしの人のせいで、客が怖がってサービス前に帰る人が続出する始末なんだ。あんたらの師弟愛などみたくもないんだよ。
 みんなそう思っていただろう。A社長には店長も頭があがらない。RグループでいえばA社長などまだまだひよっ子なのだろうが、R店はRグループ本店にもかかわらず、売上でいえば常にビリかもしくはブービー賞がいいところなので、頭があがらないのだ。
 もし、Rグループで、売上が1,2を争えるくらいになれば、マネジャーもふんぞり返るだろう。僕も給料は50万以上になり、あるいは昇格するかもしれない。まあ、R店に限っては、夢のまた夢である。
 給料に関していえば、大入りという制度がある。水商売全般にいえることだが、その日の売上が、このラインを超えると、その日の帰りに大入りと称して5000円や10000円が貰えるのだ。R店もそれはきちんとやっていた。
 あと10000円で大入りだから、頑張ってあと1人客をひけ、などというとき、僕が外で客ひきをやっているとプレッシャーになる。
 自分の給料にも関わってくるが、ほかのボーイにも関わるからだ。
 もし、僕が客をひき、その客が10000円分店に落とすと、大入りになる場合、その日の夜食が豪勢になるか、あるいはコンビニで済ませることになるかが決まるのだ。そんなプレッシャーのある時は、マネジャーに見えない位置に移動して、タバコで気を落ち着かせるのだった。(イッセイ遊児)

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2007年12月15日 (土)

『吉原 泡の園』 第47回/生き方の流儀

 人生で大切なのは何か、金にしても、名誉にしてもその人が大切だと思ったものが1番なのだろうか、たとえ東大を卒業しても、食うに困る人生では仕方がない、東大のような名誉ある大学にいかなくても、普通よりも金を得て、楽しく暮らせることが大切と思えばそれが大切か。吉原流。
 吉原の価値観で言えば、人生カネ。そのためには人の意見や噂などお構いなし。という後者の考え方が当てはまる。
 僕は基本的には吉原にどっぷり漬かって生きてきたわけでもなく、これからも上(社長)を目指すつもりも無かった。そこらへんの考えの違いが、マネジャーの怒りをかう原因にもなったのだろう。
「あれやったか?」
と頼まれごとを聞かれ、
「一応終わりました」
 などというと、その一応という言葉が大嫌いで、非常に怒り出す始末。
 今、金があり、これからも恐らくそれは変わらないという人生は、それなりに不安もなく、深く物事を考えないでも済んでしまう。
 あまり考えないとは恐ろしいことである。まず人の気持ちを考えない。
 フロントには会長の5か条なる、人生成功の大事な言葉が掲げてあり、そこには人の気持ちを考えろ、とある。
 しかしマネジャーはそんなもの微塵もない。俺が嫌ならやめろ。ただそれだけだ。
「今まで、こんな風にキレまくって、怒鳴りまくったし、喧嘩も売りまくった、けど、ここに来るボーイは誰も言い返さないし、喧嘩にもならねえ」
 とマネジャーは僕に言った事があった。が、この人とは確かに喧嘩にもならないのだ。要するに、自分の考えをしっかり持つのは良いが、それを強要する所があり、議論の余地もない。それにああ言えば暴力で、そこに付け入る話し合いの余地はない。
 しかしそれはマネジャー1人ばかりがわるいのではないと思ったのだった。
 在日韓国、朝鮮の親の元、温かい親子関係とは言えない日々と、日本社会での偏見、差別、学校の先生すら放棄したマネジャーという人間の存在。それらが帰結した形として、吉原ソープのマネジャーがいたのだ。
 だから、有名一流大学よりも、友達よりも、家族よりも、このマネジャーにとって1番大事なのは金だったのである。
 金があればNOとはいえない、言わせない。それが日本という国では、あるいは差別の中では大事なもんだと感じていたのだ。
 学校教育ですら金でどうにでもできる。家族が無くとも金があれば腹も満たせる。
 知り合いが無くとも、金があれば結婚までこぎつける。それがマネジャーの価値観なのだった。
 所が、金を得るためのソープで金も手に入っていない。金で思い通りにしようにも、ボーイはマネジャーを恐れ距離を置く。そうしたことが小さな言動ですらマネジャーを刺激し、すぐにキレさせるという風な人格にさせていったのだと思った。
 つまりは大人達のつくった社会やシステムの被害者でもあるのだ。
 その被害者はさらなる被害者を生む。それが下っ端の末端ボーイであり、社会底辺の掟のように定着してしまっているところに問題があったのだった。
 それでもここ吉原には次から次へと人が寄ってくる。
 それは客として寄り、従業員としてでもあり、花魁という立場としてでもある。
 従業員はこれでもかというくらい出入りが激しく、これでもかというくらいにどこかから沸いて来る。
 ただ、ここは吉原ソープである。一筋縄ではいかない者が最後に辿り着く、まさに人生の終着駅と考える者も少なくない。
 ヤクザすら勤まらないヤクザ者、刑務所を出たら、まずは吉原と考えるものが来るのだ。僕のようにレンタカーに揺られて、のん気に陽気に来るものなどみむである。後にして考えれば、刑務所などを出てくる人などに対しても、僕の態度はかなりふざけて見えたのではないかと思う。(まあ、僕はかなり真剣だったが)
 つまり、その世界のルールなどこれっぽっちも知らないで来たのだから、どう思われても仕方が無いのだった。
 僕と同じ出身の日本最大の暴力団の元組長が、関西を生活の拠点にした際、劣等感だったのが、
 1 関東出身者という後ろめたさ
 2 刑務所の経験が無いという事
だったという。
ならばその当時の僕も、やはり刑務所も少年院も経験が無く、周りの人間は実にそうした出が多く、ひそひそ話しを聞いてみれば、 
 どこどこの刑務所の刑務官とやりあった。などという馬鹿げたものだった。
 馬鹿げたものではあるが、話しが出来ないのは何だか牙をぬかれた男、という感じもして非常に居場所が悪かったことを思い出す。(イッセイ遊児)

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2007年12月 8日 (土)

『吉原 泡の園』 第45回/吉原百景

 元々反社会的な集団だ。無論、子供の頃から学校行事は大嫌い。曲がったことが大好きな野郎どもである。
「おいおい、消防訓練?」
 中には笑い出してしまうものもいる。しかし、消防訓練をしておいたおかげで、命が救われたケースもあり、これは馬鹿にはできないと僕は思った。
 黒電話がこちらのテーブルと向こう側にある。向こうには署員、こちらがボーイだ。受話器から119番をする所から訓練は始まった。
「もしもし、ボイラー室から火災です」
 と店のボーイ。
「お店の名前と住所を」
 署員が本番さながらの迫力で聞く。
「○○店です。住所は××」
「わかりました。直行します」
てな具合である。蝉が鳴く公園で、蝉の声などかき消す熱気であった。
 続いて消火器の扱い方。火元と見立てた所に、水の入った訓練用の消火器を使用した訓練だ。簡単そうでいて、パニックに陥ると順番が間違えたりする代物なのだ。油断はできない。
 ビニールでできた簡易施設。中には煙を充満させて煙からの脱出訓練。ハンカチを鼻にあて、姿勢を低く歩く。煙は空気より軽いから、なるべく姿勢を低く、地面の方に行くほど酸素が残っている。
 人口マッサージ。人形を使っての心臓へのマッサージだ。肋骨が折れるくらいの勢いでやるのが正解らしく、けっこうビビるのだった。
 一通り訓練を終えると、どことなく各ボーイ達は一回り大きく見えた。ただの不良ではない、一人前の男の集団に見えてしまうから恐ろしい。署員のあいさつがあり、解散。またダラダラと店に戻るボーイの数が吉原を練り歩き、それがまた異様であった。その頃、どこぞの店の部屋では、アンアン言っているのだ。何だか不思議な空間に自分がいるなぁと、笑ってしまう。
 店に戻ると店長がおで迎え。
「ご苦労な、マル」
 休む暇なく
「おいマル、日暮里まで迎えいってくれや」
 とマネジャーから注文が入る。疲れていたがさっさと行かねば、
「は、はい」
 消防隊員さながらの出動である。いや、出動の早さならばそれ以上かもしれない。なにせ、遅れればドヤされるし、客も遅いと違う店に流れる事もあるのだから。そうして吉原消防訓練の1日は、何事も無かったかのように終わり、また怒号の店内作業に戻るのであった。
 ただ、どんなにドヤされようとも、使い走りにされようとも、あるいは金がなくても、刑務所のようであっても、ここ吉原には俗に世の中の工場や長時間拘束される現場などとは違う、独特さがあり、死にたいとか、そういった感情に流されることが無いことが救いだった。
 ホームレスのようでありながら、どこか陽気なのだ。
 工場のようでありながら、自殺する人などいない。むしろ、自殺希望者がここに来て、自殺をしないで生きられる。そんな深さを持ち合わせていることも、吉原の魅力のひとつになっていたのではないだろうか。
 日暮里駅が近づいてきた。いつも待ち合わせに使う牛丼屋がある。そこは、R店だけでなく、他の店も待ち合わせに使う。
 何人かスケベそうな男がたっている。スケベそうな、というのは、ボーイの視点からみれば、送迎者待ちの人間を嗅ぎ分けられるようになるのだ。ただ、何人かいる場合は、
「R店ですが、○○様でいらっしゃいますか」
 と聞くのだ。
 常連になればすぐに分かる。
  客を乗せたらすぐに乗せた旨を店に報告するのだ。その報告が遅いと、
「おいマル、何しとるんやおまえ」
 となる。報告後、他に客が発生すれば、上野や鶯谷にもそのまま向かう。
 であるから、道路にはめっぽう詳しくなければならないのだった。
 たまたま生れが関東である僕は、何となく土地感もあるのでそれほど苦労はしなかったが、まるで土地感の無い者は、ここで脱落したりする。
 あまりにも激しい時間に対するプレッシャーで、余計に迷い、余計に焦り、店を去るしかなくなるのだ。ボーイといっても生き残りの激しい世界で、もしかしたら花魁の生き残りよりも厳しいかもしれない。(イッセイ遊児)

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2007年12月 1日 (土)

『吉原 泡の園』 第44回/吉原のボーイたちが集まるとき

 保健所と同じように怖い存在が消防署だ。吉原は堤消防署が管轄である。
 その近くには指定暴力団YのK本部があり、乗用車に乗った二人組の刑事が、24時間本部事務所を監視しているというディープスポットである。消防署員が来る際、いつも決まってかわいらしい女性の署員が来た。恐ろしいスタッフにも臆することなく、ビシビシ言いたいことを言うのである。まあ、火事にならないように指導するのだから当たり前だが、吉原で生活していると、そんな一般常識も希薄になり、「なんでこの姉さんは度胸があるんだろう」などととぼけた感覚になるから怖い。
 地方公務員として、当たり前の任務をしているだけなのに。
「この姉さんならどれくらい稼げるかな」
 などと女性を見ると花魁に結びつける自分が怖かった。
 店長もその姉さんの話しだけは笑いながら素直に聞いていた。ボイラー室がソープの命である。そこで湯の温度を左右し、客に楽しいひとときを提供するのだ。だが、ボイラー室は燃えやすいものが密集している。それに温かい。洗濯物の乾いてないものなどを皆がボイラー室に干している。部屋で使うタオルをたたんで保管してあるのもボイラー室だ。
 ねずみやゴキブリも相当いる。
 消防署員の姉さんは、来るたびにボイラー室を注意し、ランクでいうとBランク、あるいはCランクを記していった。数百というソープの店(箱)が密集している吉原は、こうした署員の地道な努力あってこそ、ということもできるのだ。
 ある日、いつものように店で作業をしていると、店長に呼ばれた。
「おいマル」
 僕はいつものごとく使い走りだろう、と思って
「はい」
 と行った。
「吉原公園行ってくれ」
 と突然言われたのだった。
 吉原公園は、吉原の中でも北東方向にあり、吉原の中にいくつかある公園の中では1番大きく、立派な公園だった。住みついているホームレスもいるが、地方から来た客が一休みするような公園だった。また、夜はそこに屋台のおでん屋が来て、ホームレスなどを相手に商売もするような所だった。
「とにかく行けば良い」
 そう言われたので吉原公園に向かった。少しサボれるぞー。というのが正直な気持ちだったのだ。
 公園に向かうと、何だかやけにボーイが歩いている。それも同じ方向に向かってである。
 吉原ボーイは言ってみれば単なる不良である。金髪やら緑やらの頭をした不良どもが何百近く、吉原の中をぞろぞろ移動し、吉原公園に向かっている。異常な光景だった。そして、その光景の一部に、僕自身もいたのだ。
「うっわーヤクザの街だ」
 と僕は感じた。ヤクザの街だが、みんな何かの目的に向かってら、とおかしくもあった。吉原公園につくと、すでに各お店から1名づつ代表者が来ていた。
 こんな時、同じ系列のボーイを見つけると、何だか同じ系列なんだよね、と気持ちが高ぶる。仲間がいたー。という感じだ。ひとり人寂しくいるよりはいい。僕も必死で同じグループの人間を探した。だが、同じグループ内の人間同士よりも、隣近所の知り合いと話すほうが多かった。
 僕も目の前のPアンド○のボーイを発見した。
「あー、どうもSさん」
 うれしそうに挨拶すると、まるで弟のように僕にちょっかいを出してくる。いつも売上のことや、警察のこと、ヤクザ関係でピリピリしている吉原ボーイも、こうしてここに集まると、何だか子供が集まる校庭、といった感じで僕は嫌いではなかった。
「はい、そろそろ集まりましたか、全部」
 マイクでそう話すのは、いつもの消防署の姉さんだった。今日はマイクで吉原全店から赴いたボーイを束ねている。まさに姉さんだ。きっと、その姉さんに憧れている吉原ボーイもいたことだろう。
「はい、今日は消防訓練を行います」
 姉さんはマイクでそう怒鳴った。
「ええー、消防訓練なんて中学校以来だよ」
 吉原公園に集合したヤクザもどきのボーイどもがざわめき出した。(イッセイ遊児)

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2007年11月24日 (土)

『吉原 泡の園』 第43回/保健所は警察よりコワい!

 それにしてもソープランドというのはちょっと性風俗の中でも異質なのである。
 普通の性風俗の管轄が警察なのに対し、ソープランドはスチィームバスを使うサウナ。で、担当管轄が保健所なのだ。
 警察が営業停止命令を下すほかの性風俗と違い、ソープにとって警察はさほど怖い存在ではない。(暴力団との繋がり、激しい客引きに対して、警察が介入できるところが怖いと思うくらい)が、保健所様と聞けば、天下の山○組組員も震え上がるほどの存在なのだ。
「なにぃ、○日に保健所が視察だぁ?」
 とソープ幹部はいきり立つ。
 その日が近づくと、幹部はレンタカーから3tとか2トン半とかの箱車を借りてくる。そこにベッドシーツから何から何までを積めこみ、視察というなのガサ入れが終わるまで、どこかの駐車場に止めておき、ほとぼりの冷めるのを待つのである。
 その日、たまたま僕が仕事の休日であった。他にTさん、Fさん、Eちゃんなどは仕事である。それに、もともと人手も多いほうではなく、むしろ少ない。猫の手も借りたいほどなのだ。
 で、明日保健所が来るとなると、当然休日でのんびりテレビを観賞中の僕のところに電話が来る。
「ああ、マルか、悪いの、今なにしとった」
 こんな電話はどうせ店に来い、という電話なのだ。
 アー。休日がぁーと思いながら、
「今、寮にいます」
「そっかぁ、飯奢るで、店きいへんか」
 となり、それを断るのは不可能なのである。
 しぶしぶ店に行く。Tさんなどが少しは手伝ってくれていた。テーブル、枕、シャンプー類、ヘアリキッド、スケベイス、化粧台、それぞれに分類されて、2階の廊下に並べてある。マットプレイ用のマットは、空気を抜けばかなり小さく軽くなるから、後でも良い。
 こんなときはもう営業どころではなく、最小限の部屋数、つまり3,4部屋といった所か、で営業している。
 残りの部屋は、サウナスチィームを残して、全部トラックに隠す。石鹸類すらダメなのだ。とにかく法律上はダメ。
 その日だけは、天下の保健所職員様が視察するときだけは、一応法律通りになっていなければいけないのだった。その年に何度かあるイベントのおかげで、R店の少数ボーイ、中でも僕は人一倍作業し、汗だくになりながらその作業をするのだった。
 また、当時、R店は店内改装工事と重なり、踏んではいけない個所もあり、それだけで二重の苦労になったりもしたのだった。
 2階廊下最奥は、使用済みのタオル、バスタオルの山になっている。それも綺麗に片付け、かつその奥にある非常階段も、障害物なく通れるように片付けたりもした。
 気づけば午前2時、いつものように客は帰り、山谷方面から続々とホームレスが吉原のゴミを目指して歩いてくる頃、とりあえず荷物はトラックに入れ終えるのだった。
「ご苦労だったな」
 とマネジャーはいつもとかわらぬ様子で、これまた汗ひとつかいていないのである。
「飲みに行くか」
 と割り勘の飲みに付き合わされるのであった。
 それにしても、幼い頃の僕は、保健所といえば犬などを引き取ったり、予防注射をする、何だかアットホームな雰囲気を抱いていた。が、ここ吉原では泣く子も黙る山○組ですら、子供同然に扱うその姿を見て、1番恐ろしいのは保健所だ。という偏ったイメージを植え付けられたのだった。(イッセイ遊児)

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2007年11月17日 (土)

『吉原 泡の園』 第42回/電話で客を呼べ!

 突然Rグループの打ち出したバスツアーという企画の客集め担当を命じられた僕は、上がった客にバスツアーの話をすることから始めた。上がってきた客には、まずアンケートをしてもらう。
 アンケートは初めて来店された、あるいは、その娘にはじめて接客を受ける客にたいして用紙アンケートをしてもらうのである。
 冷たい麦茶を飲みながら、アンケートを書いてもらう。それが終わると、日々変わる金の値段や築地の魚のように変わるRグループの娘のアルバムを、その日のアルバムとして客にみてもらい、次に繋がるようにするのであった。
「ほー。こんなコもいるんだ」
 客はアルバムを見るときはそれこそ真剣で、結婚相手を探すかのような眼差しでもある。綺麗なドレスを着ての撮影では、実物よりも数倍は綺麗に見える。
 毎日見ているボーイの僕ですら、
「こんなかわいいなら」
 と思ってしまうほどだ。ただ、現実はまた違うのだが。
 アンケートの内容は他愛の無いものだった。
 即サービス、すなわち即尺はあったか、即ベッドはあったか、などというものであった。
 もちろん、そこで無かった、に○があれば、マネジャーに呼ばれ再教育と減給である。であるから、娘達は一生懸命にもなるのであるが、客の第一印象とイメージが違った。などという中々合点というわけにはいかないのも現実なのであった。普段の名刺を渡し、また自分に電話を入れてもらえるように営業をする。同時に新しく作った派手な名刺も渡し、バスツアーの話をする。
 結婚している人なども結構話しだけは聞いてくれたり、またはしばらく考えてから返事をするといったことをいってくれるのだった。
 銀座、横浜、海外など、流行の発信地を職場にする客も多かった。
 昼間など電話をして、
「新しい娘が入りましたよ」
 などと電話もする。その時のポイントは
「まずは新人情報を○○さんに1番にお知らせしようと思いまして」
 というのがポイントである。客も、1番に教えたかった、といわれれば悪い気はしないのである。
「R店と申しますが」
 とほぼ毎日電話する。それも100人くらいの自分の客にである。
「え、R?」
 始めは仕事モードの客も、すぐにR店を思い出し、本来のドスケベ親父の本性をあらわす。
「ああ、ごめん、はいはい」
「今、大丈夫ですか、電話?」
 などと聞くと。
 「ゴメーン。今会議中」などと断られることがほとんどだ。が、ここで諦めたり、ショボクレル暇はないぞ。そんなことをしているとマネジャーの怒鳴りが飛んでくる。店長の怒りの言葉が飛んでくるのだ。
 とにかく電話電話なのだ。そして、毎回電話するのは金もかかる。そんなときは店長直伝のやりかた。
 ズバリワン切りである。
つまり、ワン切りで番号だけ相手の履歴に残る。それを見た相手がかけてくる。もちろん電話代は向こう持ちになる。これを直伝した店長はなんとずるがしこいのだろうとつくづく感じだ。また、これに似たことで、気に食わないボーイがいると、給料日数日前にいじめにいじめて、給料を払わせることなくボーイを飛ばせるのだと豪語していた。その浮いた給料はもちろん自分の懐にはいるのだ。もちろん、これは犯罪である。
 が、もともとが指定暴力団山○組の関係店なのだ。それをいうのは野暮というやつだった。
 1日100軒に電話をする。そのうち1人来てくだされば良しという感じである。
 まあ、下っ端ボーイはそんなものである。
 とはいってもマネジャーですら呼びたい客を簡単に呼べるものではなかったが。つまり、意外と難しいのである。
 そんな激しい電話合戦の中、Eさんなどはほとんど自分の客もなく、またあっても呼べない、電話もしないで、かけるふりを演じるのだった。
 義理もいかない、客も呼べない、要は使えないEさんの肩身は、日に日に狭くなっていったのだった。
 娘自身も営業電話するのだが、これがいかんせんダメであり、やはり頼りになるのはボーイといった感じだった。キャバクラはキャストが命と言うが、ソープだってそうだ。ただ、それを支え、客をうまく騙すのもボーイの仕事で、ようは騙せるかどうかなのだ。僕は半分詐欺師になり、半分清掃員であり、ウエイターの仕事をするような感じであった。
 そこにバスツアー、面接官助手、店の代表代理としての公的機関での付き合い、夜逃げやもどきなどと、次から次へと人手不足ゆえにどっと僕の肩に荷が押し寄せてくるのだった。(イッセイ遊児)

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2007年11月10日 (土)

『吉原 泡の底』 第41回/ヤクザが通る

 お客は車かオートバイ、もしくは駅から電話して、送迎者で迎えにいくかが多いのだが、たまに自転車などで来る人もいる。恐らくは近いのだろうが、高級店に自転車、しかもママちゃりなどで来る人もいる。
 たまたまその日、静岡から女の娘が体験入店をしている日だった。
 僕が客引きをしていた。
「どうよ、いい娘入った?」
 自転車でフラフラ200軒近くのソープランドを見て回り、いい娘がいたら入ろうと言うのである。あまり店としてはうれしい客ではない。
「今日静岡から来た娘がいます」
 といい、写真を背中のズボンに挟んでいたので、それをサッと抜き取り、その自転車の客に見せた。
「ほー、かわいいじゃん」
 それを見たマネジャーがフロントから出てくる。
「静岡からの娘でね、デパート勤務だったんですよ」
デパート勤務。
 その言葉を聞き、男の目が変わった。男は制服に弱い。
 デパートガール
 看護師
 スチュワーデス物
 教師物
 
 などだが、人気があるゆえに、それがそのまま店名になったりもする。たとえば、
「スチュワーデス物語」
 何かドラマのタイトルか、と思うほどだ。女教師○○。などもある。名前を聞いただけでおもわず吹き出してしまうものも少なくない。
 さて、その自転車男は、結局目の色を変えて入ってくれたのだった。それでも、
「まけろまけろ」
 とうるさいのである。
 体験入店初日にして初の客がそんな神経の図太いやらしすぎる客だったので、女の子はあんなことやこんなことを無理に迫られたのだろう。
 その客は90分後、満足そうに店をあとにしたのだった。が、女の子はそのままマネジャーに言い、そのまま店を辞めたのである。
 デパート勤務では絶対に貰えない額の給料を提示され、いざ飛びこんだソープの世界は、どうやらお嬢さん育ちの娘には到底勤まるものではなかったらしい。
 そりゃそうだ。即尺、即ベッドなのだから、客はくっさい客。うんちべっとりの客、まだピルも飲んでいないし、調整段階の新人に無理やり生でやろうとする客など、それこそ千差万別なのだ。
 嫌いだから、という理由は通用しない世界なのである。さて、自分が女なら、それが出来るか、自問自答してみる。が、NO!という答えしかない。
 花魁たちには頭が下がった。そしてまた、会長の口癖が
「おまえらにしても俺にしても、女にくわしてもろうてるんや、ええな、忘れるな」
 であり、
「わしらの商売は何を売っとるのか、分かるか、ここはマ○コ屋やでぇぇぇ」
であった。
 ただ、それはあんたら幹部だけや、僕ら下っ端はなぁ、なぁ。と僕は金にならない仕事に対し、鵜呑みにすることはなかった。新人が入っても、すぐに辞めさす訳には行かなかった。また、客がつかなければ、どこかの姉妹店に義理風呂の要請がかかる。義理を頼めば、こちらからも義理返しをしなければいけない。
 とにかく義理風呂はボーイにとって百害あって一利なしなのだ。だから僕もこれ以上給料を減らされてたまるか、となってきてもいた。
 店の前を走る通りは、一応吉原でも随一のメーンストリートである。車は結構通る。そして、こんな吉原を通る車は、大抵すけべ心を抱いた客なのだ。だから、通る車には声をかけ、時には写真があるのをちらつかせ、とにかく話しを聞いてもらうように、自分の前で止まってもらう。それが重要だった。
 しかも、どこのボーイが大声を張り上げ、写真を振っても止まらなかった車が、自分の前だけで止まって、しかも話を聞き、なおかつ店に入ってくれたら、意外とボーイとしてはメーンストリート中からの熱い視線を受け、かつ羨ましそうに眺められるのである。いわば花形スター的存在になれる瞬間なのである。
 一台、いや二台の高級車。遠くからこちらに来る。
「うひひ、どこにも止まらんな、いただき」
 と思い。僕はズボン裏に隠し挟んでいた娘の写真を数枚抜き取り、それを高々と掲げ、大きく手を振りながら、「どうですかお客さん」
 と大声で連呼したのだった。覆面パトカーの見分け方も、その頃の僕は十分できる。
「うん、覆面ではない」
 そう確信するとますます大きなジェスチャーをしていた。車がキキーーッと急停車する。どうやらほかの店のボーイは声を誰もかけていなかったらしく、僕だけがかけていた。
「おや、みんな馬鹿だね、それともやる気を失せたのかな」
 と思っていると、止まった二台の車の全部のドアが一斉に開いた。次の瞬間、僕は自分の馬鹿と思いながらただ金縛りにあうしかない。
 そう、地元ヤクザの車だったのだ。全部のドアが開き、すばらしく色艶の良いスーツをおめしになられる方々が、一斉に僕を睨み、
「おうこらー気安く声かけてんじゃねーぞこらー」
 と一斉に罵倒の言葉を浴びせ始めた。
「なんてすばらしい方々なのかしら」
 と思いながら僕は関東一綺麗なお辞儀をしながら、何度も「すいませんでした」
を連呼したのだった。
 ほかのメーンストリートのボーイ達は、みんな分かっていて声をかけないでいたのだった。ドアが一斉に閉まり、その方々はさっそうと僕の前を通りすぎ、どこかに消えていかれたのだった。マネジャーが来た。
「まあおめえじゃ無理だろうがよ、ああ言うときは逆に言いかえさねえとダメなんだよ」
 完全に放心状態の僕だった。
「こちらも声をかけるのが仕事なんでね」
 といえばいい。マネジャーは僕を殺す気かと思った。そして最後にこうもいった。
「声かけられたいんだよ、本当は、嫌なら違う道通れば良いんだ、わざわざ声かけられるの知ってて、ここ通るの。奴らは」
 喧嘩相手がほしいのか、いちゃもんつけて金でもほしいのか。とにかくヤクザ数人VS僕ちゃん1人という対戦にならなくて済んだ1日だった。(イッセイ遊児)

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2007年11月 3日 (土)

『吉原 泡の底』 第40回/マネジャーの凶行、ただただ激しく

 いじめが激しさを増すのと、売上が伸び悩み、同時に常連が離れていき、また売上の高い娘もやめていくなどの悪循環が生まれていた。
 マネジャーのヒステリーは日に日に増す。会長という陰のボスに怯え、店長に文句を言われ、それを僕らボーイにいじめという形で表現するのだ。
 が、しかし、さすがにいじめいじめ、暴力では限界がある。スタッフは恐怖で支配しても、客はそう馬鹿ではないのだ。
 店長もこの時期になると、脅しや恐喝だけではそろそろ限界と分かってきていた。
 マネジャーがヒステリックに怒鳴り散らしていると、逆に僕らをかばうそぶりまで見せてきたのだ。
「まあまあマネージャー。ケンタッキーでも買ってこようか」
などとご機嫌をとり、なんとかその場を凌いでくれる。
 このころから特に僕は店長が助けてくれ、かつ特別な呼び名で僕を呼ぶようになった。
「マル」
 である。後ろから見ると太っていて、まるで人間の形ではなく、丸丸としているからずばりマルである。
 名前で呼ぶよりも呼びやすいからか、マルと呼ばれるようになると次第にマネジャーも僕には殴ったりはしなくなっていく。ただ、相変わらず怒鳴ることだけはなくならないのだが。
 また、渾名で呼ばれると言うのは、R店のみならず、吉原ではある意味少しは認められたことを意味する。よって、本名の名前で呼ばれているというのは、まだまだ「勘違いするな、まだ認めんぞ」ということでもあったりもする。
「~ちゃん」
 であればまだかわいい。
「○○」
 と本名で呼ばれているうちは、まだ問題ありと見られているのだ。よって、僕はマルと呼ばれることにより、少しは信用を得た、ということでもある。
 たとえば、警察に連行されれば、幹部を売らない、や、ボーイとして一定のラインに達したなどである。ボーイにとって一番重要なのは、いかに自分が電話一本で客を呼べるかである。
 それが多ければ多いほど出世できる。
 僕などは携帯電話に100人を超える客の番号が入っていた。名刺を勝手につくられ、それを上がってきた客に配ったり、あるいはアンケートというものを書いてもらい、最後に会員カードをつくってもらうのだが、その際連絡先を書いてもらうのである。
 アンケートというのは、店長がこんなことを聞いてみろ、みたいな事を聞いたり、三択などをしてもらうのだった。
 そのアンケートの1番始めの項目は、

・即尺はありましたか
   はい
   いいえ

 であり、いずれかに○をつけるのだ。もし、ここで「いいえ」に○をつけられれば、その後マネジャーに呼び出されて、再教育と称されて研修を受けさせられる。それは本番こそしないものの、時にわからぬもので、マネジャーと娘の裸の研修を意味するのだった。この研修は本来どういった流れで、どのようなサービスをするものかを促すものだ。
 だから、マネジャーが遊び半分、自分の快楽のみを重視したふざけた研修をすれば娘だってまじめでしっかりしたサービスをすることはない。
 そして、それが巡り巡りまたアンケートで苦情になり、マネジャーが心のない叱責で適当に済ましてしまうので、まったく悪循環が永遠と続き、ゆえに常連客は離れ、新規の客も驚きを隠せない様子で、何となく話しやすいのか、よくボーイである僕にこっそりと耳打ちしてきた。
「ねえ、ここR店だよね、6万5千円の高級店だよね」
 そう言って首を傾げるのだった。僕も、
「そうです」
 と冷たく素っ気無く言い放す。ここで無傷でいるためには、かわいそうだが客に犠牲になってもらうしか方法がなかったのだった。
「ありがとうございました」
 といって客を見送ると
「2度とこねーよ」
と捨て台詞を言い、怒り爆発で帰る者もいた。それを見たマネジャーが逆切れし、フロントを飛び出し、その客を追いかける。
 やばい、傷害事件になりかねない、と思い、一応体重がマネジャーの倍はあった僕は、飛び出したマネジャーを止めに入ってなだめたこともある。

 オートバイで来た客がいた。750CC以上のエンジンで、大型というやつだ。出たがりのマネジャーがおお、カッコイイバイクやなという。僕が押して裏の駐車場に置いてこようとすると、
「まちいなぁ」
 と言う。そのオートバイにまたがる。免許はあると言い張っていた。それに昔は暴走族まがいのことをやっていたとも豪語していた。
 オートバイのエンジン音が大きく、通り1杯に轟音が響いている。
 ほかの店のボーイも何事かと見ている。その時、思いきり転倒したのだった。
 オートバイは重く、中々おきあがれない。店長が出てきた。僕に言う。
「おい手伝ってやれ」
 道の真中で倒れているバイクとマネジャー。それを見る他店のボーイ。恐らくこのマネジャーはどの店からも良く思われていないし、このマネジャーにいじめられ、R店を辞め、同じ通りの違うグループの店に移るものも多い。
 マネジャーを助ければ、僕も白い目でみられるのだが、仕方がない。オートバイを起こし、「大丈夫ですか、怪我は?」というと「平気やボケ」とくる。
が、しかしです。
「マ、マネジャー。ないですよ。ステップが」
 そう、オートバイの片方のステップ(足を乗せておく所)が見事に折れていて、ない。
 「ヤッバー」といいそうになり、口をふさいだ。
 弁償ともなれば高額である。店が持ってくれるわけがない。マネジャーはそれを見て、こう言い放った。
 「ああ、これか、始めからなかったで」
 「ええーーーっ」
 空はもう暗くなり始めていた。(イッセイ遊児)

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2007年10月27日 (土)

『吉原 泡の園』 第39回/Tさんが見た泡の園

 朝、いつもと変わらない。朝は幸せな人にも、辛い渦中にいる人間にも平等だ。眠りから覚めると11時頃である。いつもならば布団から出て店に向かう。
 だが、昨日暴力を受け、憂鬱な朝を迎えていた。このまま飛ぶか、ふとそんなことが頭をよぎるのだった。
 楽になれる。そうだ、これは刑務所の中でもなければ、僕は戦争で捕まった捕虜でもない。ここは日本だ。民主主義の国だ。辞めてもいいんだ。が、金がない。
 上手く出来ていた。ボーイに寮を提供し、そのかわり、貯蓄の出来ないようにする。1度奴隷になったなら、もう帰すつもりはない。それが暴力団仕込みのRグループのやりかただった。
 金がないから出られない。だがマネジャーをあそこまで怒らせたのは今のところ僕だけだ。ああ、袋小路か。
 そう思ったとき。
 ドカドカと凄まじい音をたて、廊下を闊歩する音がする。僕の部屋には鍵があり、一応は毎回しめている。
 ドアが叩かれた。
「開けろやイッセイ」
 続けてまたドアが叩かれた。
「ひぇえー、ま、マネジャーだ」
 昨日の暴力の熱が冷めないのか、それともまだやり足りないのか、同じ部屋のEちゃんも驚いて起きた。
「はい」
 恐る恐るドアを開ける。マネジャーがスーツに着替えて立っている。
「いくぞイッセイィィ」
 気合でそう言った。そう言うことで、昨日のことはもう終わりや、そう聞こえた。
「あ、あっはい」
 胸中複雑だったが、もしここで終わっていたら東京から去ったかもしれない。一応は夢の道から脱線せずにすんだ。ただ、そんなことくらいでマネジャーが変わるはずもなく、店では相変わらずではあった。
 次に暴力のターゲッツトになったのは長野出身のTさんだった。気の弱そうな笑顔をするのだが、いじめは人を、いや、いじめは人の心を変えるといっても過言ではないと思う。それはいじめる加害者もさることながら、時に、被害者の心もすさみ、そしてすれる。
 いつも田舎ののんびりした笑顔を見せていたTさんも、どうやらマネジャーのいじめにより、心がパンパンに一杯になったらしく、そのパンパンを放っておくといつか破裂する。
 それを防ぐためには、時々ガス抜きをしなければならず、そのガス抜きのターゲットが僕だった。
 本来かばってくれるはずの先輩が、事あるごとに、
「ああ、それはイッセイです」
「それやったの確かイッセイですよ」
「関口、タラタラするな、走れ」
 などと店長のようなことを言い出したのだった。そしてそれは全てまずは自分がそう叱られたことを全て、僕に言い始めたのだった。
 僕は怒りに燃えるというよりも、むしろ悲しかった。
 人は変わるのだ。ただ、それは環境や人により、良くも悪くも変わる。Tさんは悪く変わったのだ。それはこの環境や、人、当然僕自身にも原因がある。そうしたTさんを悪く変えてしまった僕らR店の人間と環境に絶望した。同時に、Tさんには申し訳ないことをしてしまったと思った。人はどこでどうなるか分からない。昨日まで幸せだったのに、次の日はTさんのようになっていることもある。
 もし、車の事故がなければ、Tさんは長野の片田舎で、嫁さんと静かに家庭を築き、もしかしたら幸せに暮らしていたのだ。
 が、それがどうか、後輩を無意味にいじめ、吉原で義理風呂に行きながら、いつまでたっても貯まらない金の心配をして生活している。
 それを思うと、いてもたってもいられないほどだった。
 いいよ、Tさん、僕はいじめられても。僕は不覚にもR店の1階大広間兼ボーイの待機場で、涙を流してしまった。もちろん、誰にも見られないようにである。
 ごめんTさん、ごめんよ。あんなやさしかったTさんをこんなに苦しめ、変えたのは僕らだ。
 マネジャーに合わせ、好かれる為に、話しを合わせる努力もしていたのだった。
「マネジャー、やっぱ覚せい剤ですよね」
 などと悪ぶってみせる。が、そうした努力が全て裏目に出ていた。
 仕事が終わり、ビールを買って持って来い。といわれたので、買い物をし、マネジャー達の部屋に持っていき、ドアを開けたとき。
 ベッドの下から上の部分を寝そべりながら足で蹴り、Tさんが蹴飛ばされ空中に何度も浮いている光景はまさに、「いじめ」「暴力」だった。
 Tさん。
 とめてやれない僕も同罪だった。(イッセイ遊児)

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2007年10月20日 (土)

『吉原 泡の園』 第38回/殴られて崩れ落ちる夜

 さて、仕事のは何ヶ月たっても怒られっぱなしの日々の中、さすがにTさんをはじめ、先輩方はそろそろ精神的にも危険な状態になり始めていた。
 Eちゃんなども、
「あいつ怒り過ぎだよ」
 とマネジャーの陰口をこっそり僕に言ってくる始末であった。
 店の方も、マネジャーが存分に悪徳振りを発揮し、女の娘の教育は幹部クラスのマネジャーが託されていたが、研修と称して本番などを強要するなど、その悪徳振りは自民党のように日に日に悪化していくのであった。
 店のホームページにもウイルスが進入し、わけがわからぬほどひどくされた。
 それでもマネジャーの目は覚めない。
 というよりも、これではまだ日本人に対する、あるいは両親にたいする、いや、社会に対する復讐は足らない、と言わんばかりなのだった。
 クタクタになりながら仕事が終わって焼き肉屋に付き合ったある日、金がないのは僕もマネジャーもお互い様だった。だが、マネジャーは見栄を張るのが好きで、どうしても割り勘にしている自分自身が気に入らないらしかったのだ。
 それをつゆしらず、酔った僕は
「さて、けえるか」
 とマネジャーが言った後、
「はいはい」
 と言いながら金をマネジャーに渡したのだが、その渡し方がどうも気に触ったらしく、
「ああ、おお」
 と何だか一瞬顔色が変わったのだった。僕はついお札をつまむように持ち、揺らしながら渡したのだった。
 寮に帰る道すがら、僕とTさんは、
「マネジャーが高級マンションに住めるように、がんばろうな」
 と僕とTさんとで話していた。
 本当はTさんは心にもそのようなことは思っていないはずだった。だが、一緒の部屋にいるのだ。僕は隣りの部屋に行けば開放されるが、Tさんのストレスは半端ではなかったと思う。
 2人してそのようなことを言っているのだから、さぞマネジャーも鼻が高いだろう。と僕も一安心して寮についた。
 マネジャーとTさんが自分達の部屋に入る。僕はそれを見て、
「じゃあ、どうもっす」
と軽く挨拶したその時だった。マネジャーがドアから半分顔を出している。酒で顔が真っ赤だ。
 ドアがゆっくり、スローモーションのように開いたと思ったら、
「おいこらテメー、はきちがえてんじゃねえぞこら」
 まずスネ付近に蹴りが入った。
 一瞬突然の出来事に、理解できないでいた。次に襟首を捕まれ、そのまま僕の部屋に引っ張られていく。
 午前2時過ぎ、ビルの3階には、R店のボーイと、姉妹店のマネジャーの一番弟子でもあるSさんなどがいた。それに姉妹店のやはりイニシャルはRの従業員がいたのだが、
「おおこらーてんめぇ%$34#$#09」
 などと意味不明の言葉を大声で怒鳴り散らすのであった。
「ひ、ひぇぇぇぇー」
 その時は生きた心地がしなかった。ヤクザに監禁されるのは、きっとこんな気分なのだろうな、そうおもいながら、ああ、明日からどうしたらいいんだろう、などと思い、下を向きながら考えていると、
「うっ」
 ボディにパンチが入った。
 そのまま崩れ落ちる僕。床に顔をドカンとぶつけた。その床は普段、ねずみが這いずり回る不衛生的な床だった。人間は、こんな極限状態にも関わらず、そんなねずみが這いずり回っている床に、今僕の顔をこすり付けている。
 床に倒れ、起きあがろうとすると顔めがけてパンチが飛んでくる。それが見えた。
「ひぇえぇー」
と顔をガードすると、一瞬パンチが止まったが、ガードを解除するとまた、パンチをするかのような姿勢をとる。 息と心臓が激しくなる。
 マネジャーは青鬼のようだ。
「テメエはそんなに銭もっとるんかぃ」
 息を切らせながらマネジャーが言う。
「ひぇえぇぇー」
 僕は首をふる。
「俺は、銭を大事にせん奴が1番腹たつんじゃ」
「???」
「へッ」
 それを聞いたとき、ああ、この人はただ単に、僕をいじめたかっただけなのだな、そう確信した。
 金は大事にしていた。義理風呂で大変だと思い、支払いの時、金を出しただけだったのだ。
 あー、明日からどうしたものだろうか。
心臓の鼓動が高鳴る中、布団に潜りこんだ。眠れそうもないが、目をつぶるしかなかった。
 これが吉原の素顔か。この人間関係こそが、偽りのない吉原の人間関係だ。欲望は暴力で解決する。
 涙もでないまま、いつしか眠りについていた。(イッセイ遊児)

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2007年10月13日 (土)

『吉原 泡の園』 第37回/深夜隊のメンバーたち

 ソープランドには早朝営業がある。それは「日の出から」の営業ということになっている。4時でも3時30分でも、日の出であればいいのだ。
 ただ、実態は深夜2時30分くらいから深夜帯のボーイが来る。
 日勤にしても柄の悪い人間が多いのに、深夜の人間はたまにスーツも着ないで、頭はリーゼントで金髪。そう、まるで映画「ビーバップハイスクール」に出演できそうな従業員メンバーなのである。
 ここならば刑務所出所後すぐにでも働けるだろう。そんな風体である。
 7時頃になると、スキンヘッドの鉄下駄を履き、着物を着た粋なじいさんが店にいたりする。多分R店の深夜帯の責任者なのだろうが、北方謙三のような恰好のいいおじさまだった。
 ピアスをした中年の人や、オールバックの人、日勤の店長と犬猿の仲ではあったが、僕には皆いい人に思えた。
 あー、深夜の時間帯に働けば、マネジャーのいじめにあわないですんだものを、と思ったりもした。
 深夜帯の女の娘は、基本的に料金も安くなるので、言い方は悪いが、業界では一般的に昼間よりは質の落ちる女の娘が働くものとして認識されている。
 事実、日勤の時間帯にR店に面接に来た娘が、もし容姿などに関して日勤帯では無理と判断されれば、深夜帯を相談してみて、それでも稼げるのであれば深夜帯で稼がせるケースもあるのだ。
 ただ、同じ箱(店)を使用しているにもかかわらず、料金は格段に安い。
 ボーイには好き者も少なくない(僕は好き者の部類に入るには甘い)。仕事が終わり、焼肉を食べにいくと、そのまま寮に帰るのではなく、深夜営業の自分の店にかけこむものもいる。
 それに、義理風呂で金がない我らボーイも、実は同じ店の深夜帯ならば、つけがきく場合が多い。好き者Eちゃんは、義理風呂でさんざん時間一杯入って来てマネジャーに叱られ、系列店のボーイからは白い目で見られ、そして深夜帯にまでつけでいく。これこそが真の好き者なのである。
 Eちゃんはコンドームをつけると中々いかないとぼやいていた。
 コンドームをつけないと? コンドームは病気などの予防のためにもつけなければ、そう思われるだろうが、病気で死ぬるくらいの覚悟がなければ、ボーイなどいじめられて1日ともたないのである。
 僕だって性病で死ぬのは嫌だ、でも剛に入ったら剛に従えである。
 ただ、女の娘は月の検診は受ける。もしエイズが発生したら、店どころか吉原が壊滅する。
 ただ、キス一つをとっても、エイズ患者からの唾液で感染するには、バケツ1杯分ほどの唾液が必用とのことだ。これだけ風俗に染まっている僕だが、身近でHIVに感性、もしくはエイズ発病を聞いたことはない。
 ただ、楽観は禁止だが。
 深夜帯の娘が、たまに11時30分に日勤帯の僕達が出勤し、部屋の掃除にとりかかろうとすると、まだ残っていたりする。
 もちろん、時間帯が違うので、特に話しをしたりはしない。
 ただ、北方謙三似のおっさんなどにわがままをいい、グーをこねていると
「あんた中心に店が回っているわけじゃねえんだよ、少し待っててよ」
 などと娘が叱られていたりする。
 娘はいつでもどこでも同じだな、と思いながら1日の作業に取り掛かったものだった。(イッセイ遊児)

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2007年10月 6日 (土)

『吉原 泡の園』 第36回/泡の園の中心で、貧困にあえぐ

 地方公務員として将来歩んでいけば何も困ることはないぞ、そう親に仕込まれた時期があった。
 消防署員、役所、郵便局などがまあ地方の一般的な、社会をあまりよく知らない人間がまずはじめに思いつく。今にして思えば、郵便局だって現在民営化して公務員ではなくなった。市民団体や、労働者運動などからすれば、公務員は贅沢しすぎ、という趣も否めない。
 吉原の人間と、公務員、まったく相反する同士である。180度違う世界で僕は生きている。まったく知らない世界を知ることになったのだ。
 吉原ボーイの苦労に、そんな公務員相手がらみのものがある。
 吉原を管轄しているのは台東区である。そして、その台東区役所に僕は出向くことになった。まず、

1 年金問題
2 国民保険問題
3 年末調整など、所得税の問題

などがそうなのだが、まず、1番手っ取り早く必要なのが保険である。
 これがないと、病院にもかかれない、確かに、浅草などには保険など関係ない潜りの医者もいた。実際マネジャーなどはそんな潜りの医者のところに行っていた。が、ヤブ医者である。そんな人にまともに診察を受けても意味がない。それにやはりどこの病院でもかかれる体制を取っておくことが、安心して働けるのである。吉原の人間は、まずそうした事に無頓着なのであった。
 そして、年金も、僕が、
「あーあ。年金はらわないと、まずいな」
 と愚痴をこぼすと、
「何おまえ、年金貰おうとしてるの」
 といって馬鹿にし、笑うのである。だが、年は誰でもとり、また金もない老後も寂しいと思ったのだ。
 役所の人間の所に、やっともらった、いや、もらえた、違う、もぎ取った休みを利用し行く。行くと、年金や国民健康保険が、今少し払えないから、どうにか手続きをとってほしい。払えないので免税などの。を頼む。
「どういったお仕事ですか」
 と女性職員。
「えー(少し間があく)よ、吉原です」
 と恥ずかしそうに僕。
「あ、はい。で、どのような職業の種類になりますか」
 と女性職員。
 僕は、ソープランドです。や特殊浴場です。と言えなかった。いうのも恥ずかしいし、言ったら言ったで、
「なら少しは給料ももらえるでしょう」
 となるからだ。
「義理風呂でもらえません」
 とはどうしても言えない。
 僕はいつも、アリバイ会社の名前を言い、掃除屋をやっていますが、売上が悪く、いつも数万しかもらえません。といってごまかしていたのである。
 区の女性職員は、それで少しは納得してくれていた。
「そうですか、では免除の申請用紙にお書きください」
 当時の僕は身体中から怪しいオーラをだしていたのだろう。
 それも無理はない。指定暴力団Yから脱退してもなお指定を受けていたNの現役会員を会長に持つのだ。怪しいオーラが出ないはずがなかった。
 区役所で楽しそうに談話する同い年くらいのカップルや同性、異性を見ると、何だかいろいろと羨ましかった。
 こんなに苦労している奴なんて、世の中にいるのかな、と、真剣にそこまで苦しんだものだった。それに加えて、自分の借金のほうは、完全に延滞するようになっていたのである。
「いまは辛抱してくれや、幹部になれば、どこよりもうちは銭をだすよってのぉ」
 会長のいつもボーイに言う言葉が思い出される。が、それでは遅いのだ。僕には、今。今すぐに金が要る。でなければ、僕は借金を返せない。マネジャーは、
「そんなもんかえすのが馬鹿や、はは」
 とまるで帰さないで当たり前や、くらいの勢いである。ああ、もうだめだ。借金は返せないだろう。
 それから、東京都弁護士会相談窓口に出向くまで、そう時間はかからなかった。
 上智大学の前にある事務所。30分4、5千円くらいの相談料を払うのである。
 店長はよく事件を起こし、お縄をまいて、警察につれてこられたから知っているといっていた。弁護士と面会し、自分の収入と支出を教え、カード枚数なども詳しく教えた。
 任意整理といい、グレーゾーンの金利を整理する方法などもある。僕もそれで行けると思っていた。
「うん、自己破産しかないね」
 弁護士は、すぐにそういった。当たり前だよ、と言わんばかりである。
「じ、自己破産」
 テレビドラマでよく聞く言葉だ。が、今の日本、これが数万人単位でいるのだ。弁護士に頼み、弁護士が請け負えば、ほぼ免責はおりる。裁判所の手続きに出向くだけである。
 何千万。何億という借金が、一瞬でなしになる魔法である。一生に一度の魔法。お勧めは出来ないのだが。(イッセイ遊児)

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2007年9月29日 (土)

『吉原 泡の園』第35回/貧乏と悪徳

 日々の生活が苦しかった。食費を貰えないこともあるが、それに加え義理風呂で給料もあまりもらえない。
 ボーイには、ボーナスという名目で、年に2回ほど臨時給料があった。ただしそれは女の子から毎月少しづつ店がいただき、それをボーイたちに店や女の子から、
「いつもお客を与えてくれてご苦労さん」
 という意味を込めてのねぎらいのものだった。
 吉原は一律でそのような制度をとっていると思われるが、僕はそんなことがあることすらずっと知らなかった。
 店長もそんなことは言わないし、マネジャーも言わない。言われなければあることも分からない。
 たとえば、ボーイが女の子の部屋に掃除に行く、ブラジャーやほとんど裸同然の子が、
「ねえ、今日は暇なの」
 と聞いてくる。本当に暇なときでも、
「いえいえ、忙しいですよ」
 とボーイは答えなければならない。それで、娘も、え、私だけお茶?(1人もお客がついていないこと)となり、娘も自らやる気を出してくれるのだ。
 ところが、娘がやる気をだそうが、R店の悪事の噂はとどまることを知らない。にもかかわらず、店長とマネジャーはその悪事の元凶を認めず、ボーイを怒りとばすだけの日々に明け暮れ、とうとうネット上に悪口、いたずらがガンガン書かれ、ついにはR店のネットが一時ストップする事態が発生したのである。
 ネットは、サイト運営業者に頼んでいた。業者は吉原のどこかに事務所をかまえ、いくつもの客を抱えている。
 客が来ないと、そのサイトの出来が悪いから客が来ないのだ、と運営業者を叩く。ひどいと、
「もう金は払えないよ」
 くらいも言うのだ。
 店の娘のサービス、ボーイの接客、あるいは嘘、大袈裟、まぎらわしいなどの宣伝文句に騙され、リピーターが減ったのを、やはり人のせいにする。これが吉原の悪徳店であるR店のやりかただった。
 そうとうサイト運営業者も参ったことだろう。どうしてかの理由はわからないが、サイトに悪戯書きをされたのだ、マネジャーに大目玉をくらったことだろう。
 金を払わないといえば、マネジャーなどは手作りのスーツを良く仕立てていた。
 銀に縦線のラメなどが入った恰好のいいものだ。が、問題はそのスーツ屋が毎月毎月R店に訪れるのである。はじめは、ええ、そんなに毎月スーツを仕立てているの?と思ったりもしたが、そういうわけではない。
 よくよく聞いてみると、
「また今度きてんか」
 とマネジャー、そう言われ、仕立て屋のじいさまは、返す言葉もなく、しぶしぶ帰っていく、その姿が実に小さく見えた。
 なぜ、悪いのはこちらなのに、じいさまが小さくなって帰るのか、マネジャーには生まれつき人を脅す才能でもあるのか、とにかく、金に関してはR店は最低そのものだったのだ。
 僕らも、金はない、が、やることはやらねばならない。たとえば洗濯だが、ワイシャツなどはいちいち洗濯している時間もないし、綺麗に糊付けしなければならず、どうしてもクリーニング屋に出すしかなかった。
 毎日のもので、意外と金も馬鹿にならない。クリーニング屋は毎日顔を出しに来る。恐らく相当ボッタクリをしていたのだろう、非常に人相の悪いクリーニング屋は、吉原のボーイを相手に、毎日悪徳商売を繰り返していた。時間のないボーイを相手に。ただ、それがまたR店で働いていると、妙に良い商売に見えてくるのが怖かったのだが。(イッセイ遊児)

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2007年9月22日 (土)

『吉原 泡の園』第35回/こんなはずではなかった人生

 ヤクザといえばピストル。そう短絡的に思い浮かぶのだが、現にFさんは銃を持っていたのだそうだ。そして、銃の威力をこう話していた。
「なあ関口よ、喧嘩はやっぱり銃がねえと始まらないよ」
 愚連隊時代、暴走族との大きな喧嘩があり、その時総勢何百という人達のにらみ合いがあったそうだ。
「ま、まるで関が原の合戦ですね」
 そう思ったが言葉を飲みこんだ。そして、いよいよ大人数の敵とのぶつかり合いも避けられないという頃、1台の車がその睨み合いの中に突入してきた。
 2人の男が車から降り、懐から銃を取り出すと、上空に向かって1発発砲した。するとどうだろうか、一触即発な人々の群れが、いっせいに散り始めたのだという。それでFさんは銃の人にあたえる威力を知り、その後本物のヤクザになり、銃を持ったのだという。
 まるで、映画のような話だ。
 また、Fさんは、銃の練習や試し撃ちに、架線のかかる河原などで、その列車の音に銃声をかき消し練習していたそうだ。思わず笑ってしまいそうな話だが、いやはや、やはり現実ありきの映画のシーンなんだろうと、僕は納得していた。
 Fさんの実家は宝石屋をしていたそうだ。そして口癖は、
「金を溜めるには悪いことをしないと溜まらないよ」
 だった。中学生になる娘がいるのに、スカートをはいた花魁などが道を通ると、スカートが風にたなびく、そうすると顔を斜めにして、
「おしい」
 などとパンツが見えないことに悔しがるのだった。まったくいいおとっつあんが、と思いながらも、こんな人を許容している家族の大きさに感服していた。
 こんな風にどこか人情味的に書いてはいても、義理風呂には行かないことを許された、客を呼べないFさんにたいするマネジャーやその他姉妹店のボーイ、幹部の態度は、日に日に冷たくなるのだった。
 僕などがいびられるいびられ方も暴力的で半端ではなかったが、どこか明日に繋がる所も見え隠れしているのだ。だが、Fさんに対する冷たさには、そんなものはなく、どこか陰湿ささえも感じられるのだった。
 さて、ボーイには以下のようなタイプがあげられる。
① マネジャーのように花形スター、つまり社長クラスを目指し、金持ちを志す者
② Eちゃんのようなすき者
③ 借金地獄からのがれようと、一途な淡い夢をいだく者
④ Fさんのようにヤクザ者で、こんなことしか生業にできない者
⑤ なんとなく来た者

 ちなみに僕は3と5を足したタイプだった。もちろん、その頃からライターを密かに目指していたので、下心も少しはあった。
 そして、もうひとタイプがある。それが先輩ボーイのTさんの場合である。Tさんは坊主頭でどこかパッとしない。渾名が裸の大将であるから、想像できるだろう。女性にモテルタイプではない。
 ただ、僕に対しては、やさしいのだった。ある日を境にするまでは。マネジャーと同じ部屋で、毎日いじめられていたTさんは、やはり新人の僕が暴力的にいじめられているのを見て喜んでいた。
「ふふっ。僕と同じでイジメられてらぁ」
 そんな感じである。
 だが、自分1人いじめられていないという島国根性が、僕に優しくしてくれたのだった。
 何か文句や愚痴がある際、それを話せる人がいるのといないのとでは、かなりストレス的にも違うと思う。
 Tさんはマネジャーの悪口しか言わないのだった。
 それも本気で言っている。
 車の事故の加害者としての責任で、婚約解消し、長野から出てきた男だった。
 ホームレスのような生活も経験し、公園で寝るのが好きだったし(まあマネジャーと同じ部屋ではそうなるかもしれないが)、屋台のラーメン屋などもやっていたそうだ。
 だが、それがまた儲からないと嘆いていた。
 事故の被害者に対する賠償責任などの金を返すため、吉原に来たのだ。
 それが義理風呂やら付き合いやらで、僕と同じように返す金の工面ができなくなりつつある。同じような悩みを持っていたから、Tさんも僕に好意を抱いていたのだろう。
 仕事で失敗しても、冗談を言い合い、それでなんとか慰めあい、がんばれたのだった。
 TさんはあまりHを堪能するタイプではなく、どちらかというと淡白であった。それもそうだろう、婚約者までいたのだ。トラック事故までは。
「なあ関口、俺たち、こんなはずだったか?」
 たまに飲み屋で微笑みながらそういう彼の姿が可哀想だった。
 店ではマネジャーは誰に対しても厳しかった。ただ、義理に行く頃になると、店長は僕に優しくなり始めていた。ただ、Tさんには冷たかったのだ。
 だんだん店長の僕と自分に対する態度の違いに、Tさんもいらだちを隠せなくなってきていた。
 なんで、俺のが先輩なのに、店長は関口にやさしいんだ。そして、俺には冷たいんだ。
 人間は極限状態ではここまで変われるんだ。僕はかなりショックだった。Tさんはだんだん僕に本性剥き出しになった。だが、一歩間違えば、自分だってそうやって悪い方に変われる。廉恥心をなくすのは、もしかしたら僕だったかもしれない。そうした薄皮1枚の人間関係と、人間というものに対し、ショックを受けたのだった。(イッセイ遊児)

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2007年9月15日 (土)

『吉原 泡の園』第34回/元ヤクザのボーイ

 ただ、義理風呂に関しては、文字通り義理を重んじているのであり、これは僕も少しEちゃんやりすぎだぞ、と思いはするが、好き者Eちゃんに、そんな僕らの声は届かない。
 なにせ、マネジャーがいくら言っても駄目なのだ。そのいいわけは、
「今日の子、ゴムはずさしてくれなくて、だから全然いかなかったんで、遅れました」
 マネジャーも怒らない。そんなEちゃんの90分堪能に憧れて、実は僕も1度だけそんなEちゃんの真似をして、90分帰らず、電話が鳴ろうが出ず、時間一杯義理風呂を堪能したことがある。
 いいんだ。Eちゃんもそうだし、しかも怒られもしない。そうか、僕はそう、素直すぎたんだ。これからは自由に、うん。自由にやるぞー。90分後、R店に帰り、
「行ってきました」
 と入ると、赤い顔をした赤鬼、いや、鬼マネジャーがデンと構えている。
「テンメェどういう了見しとるんじゃー! いつもあれだけ言うとるだろうに、ああ」
「はいただいま」
 今まで優雅だった精神状態から、一気に地獄の1丁目である。
 やはり変態だから許される人がいるのだ。僕は変態キャラよりも、どちらかというと奴隷キャラの方だった。
 Eちゃん、あんた伊達に苦労してないなぁ、とつくづく思ったのだった。
 さて、元ヤクザのFさんは、同じボーイでもどちらかというと紳士的なキャラである。
 子供もいる。奥さんもいる。そしてほかのR店のボーイ達が、汚い寮で集団生活して、とても夢の1人部屋などもてないでいる中、Fさんはマンションというリッチさである。
 背中に鯉の滝登りの入れ墨を入れていた。
グループナンバー2である社長直々に、他の大衆店からスカウトされ、高級店であるR店に来た。
 にもかかわらずである。Fさんはそんな子持ち、妻持ち、マンションローンなどの理由で、義理風呂免除という特殊な存在でもあった。
 言ってみれば、国民がせっせとがんばって働いて、税金であっというまに持っていかれる金を、
「あなたは税金払わなくてもいいですよー」
 といわれるようなもんである。異例も異例である。マネジャー自ら、Fさんの義理を免除していた。
 所ところがどっこいである。そうは問屋がおろさないのが吉原泡の園である。
 白い目で若いボーイなどは噂する。
「ずるいねーFさん。しかも仕事もたいしてできねえじゃん、俺らのができるぜ」
 言わずと知れたボーイの仕事のできる、できないは、つまりどれだけ呼びたいときに、客を呼べるかである。
 それこそがボーイの真髄といっても過言ではないし、呼びたいときに客が呼べれば、事実ふんぞり返っていてもいい。それくらい重要なのだ。
 ところが、大衆店にいたFさんは、そもそも客は女が呼ぶものである。という方針の下生きてきた。
 なんで、ボーイが男性客に電話したりするのか、そんな感じだろう。
 そして、Fさんはヤクザ出身である。そんなナンパな芸当もできるはずはない。
 1人も呼べないFさんというレッテルを貼られ、しかも義理にもいかない。
 要は使えない、という風になるのに時間はかからない。
 だが、Fさんだって全国を回ってきたヤクザボーイとしての意地もある。若いボーイにああだこうだ指導してはいるが、皆しらけ顔で聞く程度であった。
 ボーイとしてはエリートコースを歩んできたFさんだったが、マネジャーとの出会いで、そんな自負をも打ち砕かれたのだった。
 Fさんは、僕をかわいがってくれた。僕は、ほかのボーイのように思ったことをすぐ口にはださなかったから、そんな所をFさんは彼なりにかってくれたのだろう。
 前にも書いたが、Fさんは元極道であった。
背中には立派な鯉の滝登りが描かれている。
「関口、悪いけどシップ張ってくれる」
 Fさんにそう言われた僕は、何も知らずに、
「はい、いいですよ」
 と快く受け入れた。
 そしてシップを張ろうとシャツをめくると、立派な絵画が描かれていたのだった。(イッセイ遊児)

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2007年9月 8日 (土)

『吉原 泡の園』 第33回/義理風呂を堪能した男

 僕には行く場所がない。辛抱するしかほかに道がなかった。それはほかのボーイも同じだったのである。ただひとり、マネジャーを除いては。
 この人は、まるでキレまくることにより、自分を奮い立たせているかのようでもあった。 
「この世界はなぁ偉くならなぁ意味がないんや、そして、偉いもんが絶対の世界や。金だってそうや。ボーイではたかがしれとるが、社長になれば、月何百、何千だって夢じゃあねえ」
 それがマネジャーの理論だった。
 事実、僕のいた店ではないE店の社長クラスでは月数千万という金を懐に仕舞い込むことが出来た。
 店長クラスでも500万である。
 E店の幹部達は、天狗になり、歩き方もどこか肩で風を切り格好よい。
 乗っている車もベンツのトップクラスのものである。靴から服、時計にいたるまで、すべて高級品である。きっと、マネジャーも金で妻と子を失う人生を歩んできただけに、金に対して執着心も強かったのだろう。くわえて在日韓国?か朝鮮だった彼は、その親がパチンコ屋の経営をしていたそうだ。そしてやはり金で苦労したその姿を見てきたのだろう。
 学校も普通の学校では先生が、
「私には手に負えない」
 とさじを投げ、とうとう通信教育で義務教育の過程を過ごし、そのまま愚連隊的な事をしていてここにたどり着いたのだ。だから、迷うものなどなにもないのである。
 そんな彼を生かしてくれるのが暴力団員だった人で、だからマネジャーの会長に対する思いは半端ではない。
「ええか、吉原のソープのボーイ。それは人生の終着駅や、今までいろいろやって、最後に辿り着くのがここや」
 と言いきったのである。
 僕はここはあくまでも社会勉強でしかなかった。いや、社会勉強というと聞こえはいいが、楽して稼いでさよならしようという考えだった。マネジャーとは対極の思想なのである。

 さて、義理風呂はそのようにとても厳しい決まりの中、慎ましく、ボーイ達にとってはまさに罰ゲームでしかないのである。
 堅気の世界で生きている、男にも女にもあまり相手にされない諸君よ、義理を羨ましがってはいけない。
 時間が少しでも長いと、どつきまわされる勢いで怒られるのだから。僕の場合、言葉でどつきまわされているし、事実、大の大人が頭をパチンと叩かれたりするのだから。

 そんな厳しい中でも、唯一そんなことに屈しない男がいたこともいたのだが。
 先輩のEちゃんである。彼は密かに泣き虫Eちゃんと揶揄されていた。
 店長の甥がR店でバイトをしていたことがあるらしい。店長も甥には甘く、マネジャーも店長の甥だから下手に怒れない。
 いつも二人はつるんでいた。
 ある朝、Eちゃんがトイレに入って大をしていると、その甥が
「おい便所まだかぃ」
 と我慢しきれずドアをドカンドカン叩き、Eちゃんは恐れおののき、泣きながら出てきたそうだ。それから泣き虫Eちゃんという渾名が、密かなEちゃんの呼び名になった。
 マネジャーも、その甥とはよく店が終わった後、送迎者で近くの上野などのネオン街に繰り出したそうだ。もちろん、店長の甥である。随分おごってやったそうだ。いつか自分に帰ってくることを信じて。
 ところが、その甥はやりたい放題騒いで、またやりたい放題大威張りし、最後には飛んだそうである。
 さんざん金を使ってやって、最後裏切られた形になったマネジャーの部屋は、そんなことが理由で、穴ぼこだらけなのである。
 つまり、殴ってあいた穴なのだ。それも恨みや妬みというスパイスも効いている。実に恐ろしい穴だった。
 そんな泣き虫Eちゃんも、義理風呂にいかされるわけだが、Eちゃんは泣き虫という渾名ではあるが、意外と大胆でもある。
 義理は先述のように遅くても50分くらいから60分で帰るものである。所がEちゃんは、きっちり90分、風呂に入ってくるのであった。
 これにはマネジャーも姉妹店のボーイも開いた口がふさがらないのだった。
 女の子には、清純派、学生風、癒し系、サービス派、ビジュアル系などさまざまなその女の子を形容する肩書きがつけられる。
 だが、男だっていってみればいくつかのタイプに分かられる。その中でもEちゃんはいわゆる“好き者派”なのである。要するに、Hが好きで好きでいつもポコチン全開野郎なのである。とにかく育った環境なのか、遺伝子からうけつがれたものなのか、Eちゃんは暇さえあればポコチンをいじっていた。
 それはスーツをビシッと来て、高級店である我が店内で客をじっと待っているときなども、Eちゃんをチラッと見ると、やっぱりポコチンをさわっている。
 もちろん、いやらしくすごいスピードで擦ったりはしない。だが、指先2本くらいを駆使して、触れるか触れないかの微妙なタッチを堪能しているのだ。その顔は変態そのものである。が、どこか憎めない変態顔なのだった。(イッセイ遊児)

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2007年9月 1日 (土)

『吉原 泡の園』 第32回/義理風呂・泣く泣く女の子を後にする

 女の子の中にはたまに、自分から自身の身の内を話してくる人もいる。
「私、初体験が中学の時なんです」
「お年玉をあげるのが嫌だから、正月は帰らない」
 とかわいい話ならばまだいいのだが、たまにディープな話もする人がいる。
「AVに出たことがあります。ごめんね、変なもん見せて」
 といい、肩にたなびく芸術的なモンモン(入れ墨)を指す人や、
「私レイプされたの」
 などだ。そんなん言われたらもう僕帰りたくなるわ、と心の中で叫ぶしかなかった。そしてたまにボーイとして義理として来ているから、僕としても色々遠慮していると、
「あ、いやいやでしょう。いやいや先輩に連れられてきたんでしょう」
 などと見当はずれな事を言ってくる人もいた。
 本当はグチョングチョンのアヘンアヘンに出来るんだぞ。と思いながらも。マネジャーに巡り巡って僕の噂が流れるのが怖く。いつも義理の時は大人しかったのだった。
 電話が鳴りもしないのに、
「あ、電話がなってる」
 と1人芝居をして、
「もしもし、ええ、はい分かりました。大至急」
 と演技して、
「ごめん、今会社の上司からで、客とトラブルがあったらしくて、だから帰るね」
 と言って服を着始めるのだ。
 女の子としては、90分のうち、60分もしないのに客を帰らせるとは、つまり後でクレームになる可能性もあるので、少し心配する。
「あのー私なにか失敗でもしましたでしょうか」
 などとけなげに聞いてくるのだ。
「いえいえ、仕事にいくので仕方ないんですよ」
 と僕はいい訳するが、もう心では、
(ああーもう一生でも君といたいよー)
 と思っているのである。が、マネジャーの顔を思うと、そんな無茶は出来ない。女の子は内線電話を取り、フロントに話す。
「お客様が急用のため帰るそうです」
 そしてフロントからOKサインがでれば、僕は廊下に出て、女の子に腕を組まれて待合室に向かうのだった。
 他の店は、基本的にこれから受ける客と、上がりの客をそれぞれ別々の待合室に通していた。
 上がり専用の待合室に入り、本当の客ならばここで冷をもらい、冷たいおしぼりで顔など拭き、アンケートなどをするのだが、いかんせん僕は義理ボーイである。
 待合室に入ると、向こうのボーイが来て、
「すいません。ありがとうございました」
 と申し訳なさそうに言う。それを見て僕はいつも思った。
(フンッ、何か申し訳なさそうに、こちとら全額負担してんだよ、どうせ遊び人だとおもっているんだろ、そんな低姿勢はよせよ、本性をみせろってんだ、クソー金かえせー)である。
ネクタイを直しながら、帰りは走ってR店に戻る。1秒でも送れないようにと、気を使ってのことだった。
「行ってきました」
 と意外と僕もテカテカと光らせた赤い顔をして戻っていく。
「この野郎」
 とマネジャーがギロっと睨む。ここではまだ大人しく言っている。が、
「てめぇR店の恥がぁ、義理ってえのはイヤイヤ行くんや、それをてめぇは嬉しそうに、ああーこらーなんやーてめぇなんぞ秒殺やどー」
 1人で急に怒り出す。
 その顔はまさに赤鬼である。僕は同じ赤でもテカテカと光らせた半ばカピカピの赤だが。
「い、いや、1時間でかえりま」
 した。まで言いきらないうちに、
「じゃかあしい。さっさと送迎者の用意じゃ、1人待合に客がおるから、日暮里まで送りじゃ」
 とぶち切れまくりなのである。
 ほかに大の大人達が何人もいても、このぶち切れマネジャーの暴走は誰も止められない。むしろ、この頃になると、始めはマネジャーも黙る店長が、僕をかばい始めてくれていた。そして、マネジャーのいじめ、いや、暴力と暴言だけは日に日にエスカレートしていくのだった。
 義理風呂は1人大体月に2、3回はいく。2回目以降はまるまる全額負担ではなくなるにせよ、あまり変わらない。それをボーイにさせるのだった。酷である。
 が、マネジャーは4回5回は当たり前のように行き、当然給料はマイナスの赤字だった。
 それでもこの人はこの世界で偉くなれば、いつか取り返せる。だが、僕のように会長にコネがなければ、体を張って態度で信用を得なければ幹部にはなれないし、なる気も毛頭なかった僕のようなボーイにとっては、義理は本当にしょうもないものでしかない。だが、ここにいる以上は郷に入れば郷に従えである。
 やる気がないものは去れ、の会長の掛け軸の言葉通り、金もないのに追い出されれば、僕には行く所がない。(イッセイ遊児)

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2007年8月25日 (土)

『吉原 泡の園』 第31回/義理風呂は義理・人情!

 即サービスはもういいから、風呂、風呂である。
「ねえ、風呂入ろう」
 こんなにせわしない客もいないだろう。普通、いいムードになり、ゆっくりと湯を張るのだが、僕はまだ湯が満タンにもならないのに、座ると腰までも来ていない浴槽に1人で入り、
「ああー疲れがとれる」
 とせわしなく動き回っていた。きっと、
「ええー何この人、変態?」
 と思っていたことだろう。風呂から上がると
「ねえ、体洗うスポンジかしてよ」
 そういって勝手にゴシゴシ汚れた体を洗い始める。もう女の子も呆然としている。
「あ、シャンプー取って」
 あれやこれやと時間を気にして体を洗い、
「よし、ささ、ベットいこ」
 とムードもへったくれもない。
「あのー何かドリンク頼みますか?」
 女の子がそう気を使ってくるが、
「いい」
 そう返してとっととバスタオルを脱ぎ捨て、女の子のバスタオルも脱ぎ取るのだった。そうした義理に呼ばれる女の子は、まだ吉原の経験が浅い人が多い。
 浅いということは、つまりまだピル(妊娠を避けるように、女の子が飲む薬)によって、妊娠を避ける体がまだ出来ていない。だからコンドームをつける場合が多いのだ。
 そして、ボーイや幹部達の間では、義理でゴムありの子から、いかにしてゴムなしでサービスをさせるかを競うことがちょっとしたステイタスになったりもしていた。 E店社長は、社長でも義理などの時、自ら赴く。そして、その時の武勇伝を皆の前で話したりしていた。
「俺は、義理で入った子で、ゴムの子は、全員ゴムなんかつけたことはないぞ」
 非常に得意気だった。HIV上等。エイズ上等なのだ。その人は。故郷に奥さん、子供を捨ててきた人だった。きっと、個人的にそうとう苦悩し、苦労してきた人だったろうと推測できた。それが、背水の陣のような生き方をもさせているのだろうか、昔ながらの人情ヤクザの出身で、グループナンバー2の人だった。
 そんな影響で、僕もゴムなしでのサービスを受けさせるような心の持ち主になってやろう。と奮闘した。結果的には何度か成功したのだが、成功したらしたで、だから何なの?という感じではあった。
 義理風呂は遊びではない。あくまでも同じグループ内での助け合い。つまり義理、人情という言葉に基づく行為である。それは黒幕が常々言っていた。
「ええか、商売しとるもんが、その商品をしらんで、商売できるんか、そやろ。ボーイも同じや、義理風呂で商品について勉強するんや、そやろ。それで始めて商品知識もあがっていくんや、そやろ」
 それが黒幕会長の言葉だった。最後に
「そやろ」
 をいれるのも決して忘れない。きっと、説得力を増すのにそやろ、という言葉が重要なんだろう。そしてそれもY組で獲得した人心掌握の基本なのだろうか。僕はそう考えてしまうのだった。

 さて、マネジャーには遅くても1時間で帰って来い、そういわれているから、色々なサービスを省いて、出来るだけ本番をして、元をとって帰りたいところだった。所が、たまに話が長引き、マットなどをしていると、電話が鳴り、
「おい関口戻れ」
などと突然言われ、しぶしぶ帰る事になったりもするのだった。だから、行ったときにはまずは本番。これが基本だったのだ。
 ちなみに、国はソープランドでのサービスとしては、たとえばシーツにしても枕にしても、あるいは石鹸にしてもあってはならないことになっている。
 必要悪と考える人もいるが、定期検査などでは、そうした甘い考えは一切通らない。風呂の脇には、金色に輝く小さな蒸し器がある。人間が入って、首だけでるようになっている。
 特殊個室サウナ。これが日本語の正式名称である。サウナとつくくらいだから、その金色の輝く蒸し器こそが、そのサウナなのだ。
 実際に熱湯の湯気がその中を充満するだけの機能はあるが、その蒸し器にわざわざ入る客などいない。
 もっと安く、しかも立派なサウナにいったほうがいいからだ。当然である。
 さて、いろいろと義理風呂でサービスを受け、少し沈黙の時間になるといけないので、必死で何かを話そうとする。
 ただ、決して今までの生きてきた環境などは聞かないようにしていた。
 何もインタビューでもないし、どの道あまりいい思いでもあるようでもないからだ。(イッセイ遊児)

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2007年8月18日 (土)

『吉原 泡の園』 第30回/業界ではそれを“義理風呂”と呼ぶ

 しばらくすると、
「山田様、お待たせいたしました。お部屋の準備が出来ました」
 と待合室のドアが開き、ボーイが僕を呼ぶ。たまに同じ氏の場合、2人同時に立ちあがるなんてこともあるが、そんなときは意外と困るのである。
「ええっと、えー○○さんのお客様です」
 と女の子の名前などもいってやらなければならないのだ。
 僕が待合室のドアを出て、女の子とご対面になるかならないかの頃、B店のボーイは、
「本日の女の子、レイナさんです」
 などと2人の雰囲気を盛り上げる憎いことをいうのだ。そして僕は軽く会釈して近寄ると、向こうの子が腕を回してくる。
「お部屋は1階の1番奥です」
などといわれ、そのまま腕組したまま部屋に向かう。
 この儀式、つまり姉妹店のボーイを、あるいは幹部とボーイを、または幹部と幹部を客として差し替える行為を、業界では、“義理風呂”と呼ばれ恐れられていた。中でも、Rグループのように、同じグループ内で、系列のボーイを差し替えるのは業界でもご法度とまではいかないが斬新な行為でもあり、普通違うグループのボーイなどに頼むのが常らしい。
 よって、そうした意味でも、Rグループは、ほかのグループ各社から特異な目で見られていた。それに加えて元指定暴力団員が陰を握るグループなのだ。僕にはこっそりと、ほかのグループのベテランは「いじめは大丈夫?そこのグループは、言っちゃ悪いけど、少しおかしいよ」といじめの実態をうすうす知りつつ、そう心配してくれたのだった。
 マネジャーの怒鳴り声は、その人の店まで、十分届いていたのだろう。
 Rグループは、実は暴力団そのものである。というのは周知の常識だったはずだ。
 さて、部屋に入ると、まずベットに腰掛ける。女の子は、一段低い床に座り込む人が多い。
 即尺とはいっても、さすがに二言三言は何か話す。そして何となくそういう雰囲気に持っていくのがプロなのだが、いかんせんこの義理風呂という儀式は、自分がボーイとばれてはいけないのだが、普通の客としての態度がどうもとれない。
 即サービスなど、ボーイから考えれば大事な大事な商品に、そんな自分の汚れを口になど、とてもとても考えられないのだ。
 だいいち、鬼マネジャーの顔が浮かぶ。
「いいか、義理風呂は遊びじゃねえ、ボーイが義理でいくときゃあ、仕事としていくんだ。R店の代表としてなぁ、だから、後で笑われることなんて言語道断だ」
 頭から離れない。しかも、
「いいか、90分のサービス時間があるが、義理でいくときゃあ遅くとも1時間でけえってくるのが筋だ」
 なんで1時間なの、と金を捨てるかのような義理に、溜め息しか出ないのだった。だが、溜め息などしている暇もない。そんなことをしていると、あっという間に1時間たってしまうのだ。話もしていられない。即サービスなどどうでもいいから、まずは風呂に入ろう。という考えになってしまうのだった。
「あのーお仕事の途中ですか?」
 などと女の子が聞いてくる。僕の答えは決まっていた。「はい。営業マンでして、今サボりです」
 すると、
「へえーどんな営業なんですか」
 ときて、うるさいなーなんだっていいでしょう、という気持ちを押し殺し、
「集金専門です。先輩と2人で来ました」
 と答える。
「先輩もこの店に入ったのですか」
 と聞かれる。
「さぁー? 僕が先に来てしまったから」
 いつものパターンであった。また、どういうわけか、ボーイで義理として入った場合。1度たりとも即サービスを受けたことがない。
 今は謎も解けているが、恐らく僕が嘘を言っても、白いワイシャツ、黒いズボン、どこからどう見ても変な男にしか見えない僕を、きっと、
(こいつぜってーボーイだわ)
 と見抜いてたのだろう。
 マネジャーに怒鳴られてばかりの僕は、態度どころかおち○ちんまで萎縮している。
 義理で女の子の裸を見ても、全然興奮しないのだ。ああ、精神が及ぼす性機能に対する影響は大きいな、と思ったりもするが、お金がぁ、という思いもあり、元は取れずとも借りを返してもらうためには、サービスしてもらうしかない。(イッセイ遊児)

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2007年8月11日 (土)

『吉原 泡の園』 第29回/客として、業務として行くソープ

 いつも通り懸命に命令をされるがまま働いているときのことだった。
「おい関口」
 マネジャーがいつものように僕を呼び、呼ばれたらすぐにフロント前に駆けよるのだ。
「はい」
 僕がそう返事をするのだが、いつもと何か様子が違う。
「おい関口、おまえ飛ぶなよ」(注:飛ぶ→夜逃げ、または突然いなくなり、音信不通になること)
「?」
 突然呼ばれていってみれば、わけのわからないことを言われ、しかもいつもは迫力あるマネジャーが、その時ばかりはなぜか寂しそうにいうのだ。
「はぁ」
「なあ、関口、絶対飛ぶなよ」
 そう言い、マネジャーが続けた。
「姉妹店で、客がつかない女がおる。そいつに関口が客としていってやってくれ」
 というのだった。
 そんなのお安いご用。そう思ったのも束の間。
「んで、サービス代は、きっちり給料から引かせてもらうで」
 ガガーン。雷が落ちた気分だった。
 大体、そもそも10万そこそこの給料しかもらっていないのに、さらにそこから6万5千円も引かれるのだ。
「ええー全額ですか、そりゃ無茶ですよ」
 つまりはサクラとでもいうか、客になりすますのだが、それもどうせ大金を払うならば、自分で選びたいものだ。だが、この場合、全額自己負担、しかも売れない女性の客としてである。
「今回は全額負担だが、次回からは少しは店がカバーしたる」
 マネジャーはそういう。一応は負担を軽減さしてくれているつもりなのだろうが、こちらは借金だけで頭が一杯なのだ。
 真っ青な顔をしていると
「おまえ飛ぶなよ、今月は1回でええから」
 と来るのだった。
「今から姉妹店のBとボーイの差し替えをする」
 そう言われ、所持品を全部店に置き、R店からB店に向かった。
 夜の8時くらいだ。平日だし、普通の生活をしている人ならば家族団欒でもしているだろうし、学生ならば勉強中か、ああ、僕はなんでこんな給料天引きの前貸しされた6万5千円ばかりを握り締め、こんな薄くらい吉原の裏通りを歩いているのだろうか、しかも、僕がボーイと気づかないよそのボーイからは
「お兄さん、さ、どうぞ」
 などと声までかけられるのだ。
 やはり、常連の客と見られているのだ。が、一応ボーイとして働いているものが、カモ扱いの呼びこみされることは、こんな僕でも一応は悔しいのだった。
 吉原でも悪名高いRで、ほんの新人でしかないが、それでも客でもないボーイなのに、まだどこかカモにしか見られていないことに、自分自身腹が立ったのだった。
 しかし、今はそれどころではない。ああ、大金が給料から差し引かれ、いよいよ10あるうちの5は返せる借金も、0になるなあ、という思いがあった。
 薄くらい道から、メインストリートに出て、少し行くと、ビジネスホテルがあり、その横にはコンビニが見える。その道の反対側に、B店があった。
 差し替えするくらいだから、当然店は暇なのである。
 僕が入り口をくぐると、B店の店長、マネジャーが暇そうに座っている。
「お疲れ様です」
 僕がそう言いながら、入浴料の2万5千円を払う。
「すいませんねー」
 申し訳なさそうに向こうのマネジャーが言うが、どこか口だけに聞こえる。待合室に通される。一応は客としてのもてなしを受けさしてはくれる。ほかの待合室に一般の客などもいるときは尚更である。
 おしぼりを出され、顔を拭く。
 次にドリンクのメニューなどを渡される。本来客であり客でない身なので、ドリンクなども躊躇するが、喉も渇いているので冷たい飲み物をいつも頼んでいた。
 飲みながら少し待っているとB店のボーイが来て、
「何と言うお名前でお呼びしましょうか」
 と僕の耳元で囁く。
「えーと山田でいいですよ」
 ありきたりな、適当な思いつきを言う。
「はい、今日はこの子です」
 今日の僕のあたる女の子の写真を見せてくる。
「あっ、はい」
 僕はすましてそう返事するが、内心
「当たりだーうほー」
 などと思ったりもする。それは性格的に明るいかどうかというインスピレーション的なものなのだが。
 そしてB店のボーイは待合室を出るのだ。
 R店と違い、姉妹店の待合室は、綺麗だし、置物のセンスもいいし、テレビも薄くて大きなプラズマテレビというやつで、我がR店とのあまりの違いに、
「いいなーB店のボーイは。なんだか楽しそうに仕事をしているなぁ」
 などと思ったりもしたのだった。(イッセイ遊児)

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2007年8月 4日 (土)

『吉原 泡の園』 第28回/「おあがりなさいませ」

 女の子と一緒に風呂に入った後は、最後のラウンドに入るも良し、疲れたのでマッサージをしてもらうもいいだろう。
 もちろん途中フロントに内線コールすれば、ドリンクは何度でも飲み放題なのだが、大体お客さんは、そんな大金を払っているにもかかわらず、相手がヤクザだと思っているのか遠慮しているのだ。大体2回くらいが平均で、3回ドリンクを頼む人はほとんどいない。
(いーんだよ、そんな大金払ってるんだから、全部飲むくらいの勢いでも)と言ってあげたいくらいなのである。
 90分という別世界、別次元のひとときを堪能したら、帰るのも寂しく、女の子はまるで自分のものとでもいうくらいの感覚に陥る。が、それこそが女の子の技であり、店としてはそれを望んでいる。
 大体、上がってくる客の顔はテカテカに赤く輝いている。満足した証である。
 上がる際、内線コールをフロントに入れる。
「あの、お客様がおあがりになりたいそうです」
 するとマネジャーが次に予約がないかなどを調べ、ないようならば、
「お疲れさん」
 といって僕達ボーイの出番になる。
「おい、関口、客あがるからおまえ受けろ」
 そう言われると、慌てて階段下にかけより、客の顔を見ないように下に頭を下げ、客の足が見えた頃、
「おあがりなさいませ」
 と僕が言うと、ほかのボーイが、それもたとえ外で客引きをしていようとも、もしもそれが聞こえたならば、皆して、
「おあがりなさいませ」
 とオウム返ししなければならばならないのだ。
 上がった客に、冷を出し、ついでに冷たいおしぼりもだす。帰りの客に出す冷は、麦茶と決まっている。
 ちなみに、待合室の客と接する際、ボーイは片ひざをつき、丁寧に対応しなければならないのだ。
「おあがりなさいませ」
 ひざをつきながら、そういって冷をだす。
「いかがでございましたか」
 などと聞くと
「ああ、よかったよ」
 といってくれる人もいるが、中にはボーイの口車に乗せられて騙された客などは
「おい、全然よくねえよ」
 と真剣に訴えてくる。それがまたおかしく、真に迫った表情で
「写真と全然ちがうよ」
 といったりされると、思わず吹き出しそうになり、それをこらえるのが辛かったりもする。すると、
「ねえ、自分だってさっきの子いいと思わないでしょう」
 などと駄目だしを言われると、ますますおかしくなり、体を振るわせながら接客したこともある。
 6万5千円も払わしておきながら、実にふざけた対応である。ただ、そうしてサービスを受けられただけでも、悪名店ではまだありがたいことなのである。
 マネジャーはいつも
「客は懸命に働いて、6万5千円を握り締めて来るんや、それを考えなぁあかんでぇ」
 といっているのだが、いちばん客を騙しているのもまた、そのマネジャーなのだ。
 ざっとだが、サービスの流れとしは、このような流れになっている。遠い地方から遊びにくるならば、それだけでカモにされるので、優良店を見つけて遊んでいただきたい。
 さて、何故このように事こまかくサービスの説明をしたのか、それは第一にソープランドを知らない人、チェリーボーイ(童貞君)が、ソープランドに行きたいけど、怖くて、と思っている人などに、インターネットや雑誌では知れない本当の情報をお知らせしたかったこともあるが、こうした一連のサービスが、ボーイにとっては時と場合によっては、苦痛以外のなにものでもないということもあるのだ。ということをリアルにしたかったためでもある。
 ちなみに、チェリー君は、きちんと本当の事をソープの女の子に伝えれば、きっときちんと色々、あんなことも、そんなことも、ええーそうなの、ということまで、きっと丁寧に教えてくれると思う。
 下手に格好つけて、馴れてますから、みたいな態度をとると、逆に何のサービスもない、みたいな事態に陥ることがある。だから、変に格好つけるのはいらない。それをまず踏まえて行ってみてはどうだろうか。6万5千円というのは、あくまでも高級店であり、もちろんそれ以上高い店もあるが、大衆店と言って、下は総額2、3万くらいの店などもある。
 女性を知らないと、確かに世の中いろいろなことが怖いし、そんなこときにせんでもいいんだよ、というようなことまで何か気にしてしまうものだ。それが男だと思う。現に、僕も素人女性に対して、あまり積極的ではない。いろいろ考えてしまうのだ。だから、こうもいえるのではないだろうか。
 まじめで、誠実なやつは、ソープに行かなければ駄目だ。別に僕がまじめだとかそういうのではなく、ボーイとして様々な客を見てみて、改めてそう思うのである。(イッセイ遊児)

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2007年7月28日 (土)

『吉原 泡の園』 第27回/天国で逢いましょう

 20歳から25歳位までの女性、1番女性として魅力的な頃の人が、そんなことも、あんなこともしてくれる。
「ねえん、今度いつ来てくれるのぉ」
 などとシャワーの口を持ちながら、オッパイを揺らしながら言われたならば、男は大体
「うーん、ら、来月くらいには」
 と頑張ってしまうのである。大した給料ももらっていないのにである。嫁さんにばれない様に、こっそりへそくりから持ち出してくるのだ。
④ マットプレイ→さて、体を洗い、浴槽に2人で入り、お口でおち○ちんをまたまた綺麗にしていただいた後、そのままゴールしそうだが、そこは女の子がうまい具合にまだ終わりにしないでーという男客の思いを裏切り、そそくさと風呂を出る。
 中には浴槽でいちゃいちゃしたい客もいるだろう。もちろんそう言えばいいのだ。きちんと。そうすれば、さすがに大体の子はその要望に答えてくれる。
 ただ、10人に1人くらいは、どこの店にも6万5千円払ったにもかかわらず、(ありえねー)という叫びが自分の心に刺さるサービスしかしない人もいるのは事実である。
 浴槽に取り残された客は、女の子を目で追うのだが、女の子がなにをそんなに急いでいるのか、それはマットの準備をするためなのである。
 畳2畳くらいの広さのエアーマット、デコボコに高さが違っている。そこにお湯をかけ、ローションと呼ばれる液状のヌルヌルしたものを流すのだが、ローションをそのまま流しても固いので、1度お湯で割って、クチュクチュと混ぜる。その音が実に滑稽なのである。
 たまに、お笑い芸人が受けを狙ってその光景を真似る事があるが、たしかに非日常的光景で、浴槽で1人湯につかり、目をつぶると、そのクチュクチュ混ぜている音が心地よく、眠たくなってくることもあるのである。
「ではどうぞお風呂からあがってください」
 そう声をかけられたら、
「はい」
 といってビンビンなおち○ちんを見せ付けるようにマットに向かっていくのである。
「滑りますから気をつけてください」
 お決まりの文句を言われるのだ。そこで
「はい」
 と言うのだが、大体はツルリンとなる。
「おっとっとと」
「大丈夫ですか」
 となるのだ。
「いやーすべるね」
「ではうつ伏せで」
 と言われ、うつ伏せになると温かいローションが背中、内もも、首などにかけられる。
 そのほんわかした温かさが気持ち良いのだ。
 目をつぶってまっていると、太ももあたりから温かい何かがツーット腰、背中と上がってくる。それは女の子が舌で舐めているのだ。
 脇の下、耳、とにかくどこからどこ中舐めてくる。しまいには、ア○ル。つまりうんちがでる穴まで舐め舐めしてくるのである。それがまた吉原流なのである。
 僕は先ほど病院での待合室のような雰囲気だ。と言ったが、ア○ルをいじられるとは、まさに病院感覚なのだ。ただ、病院でケツの穴に指を突っ込まれる話は良く聞くが、ケツの穴に舌を入れるなんて聞いたこともない。
 そこはやはり吉原だけのものなのである。
 マットでは、足から始まり全身くまなくリップ攻め、プラスオッパイ攻めなのである。秀吉の兵糧攻めとは違いますよ。
 とにかく、ここまでくればもうお金のことなどすっかり忘れているのが男なのである。
 そのままマットの上でローションまみれになりながら、ゴールインするもよし、濡れた体でベッドまで移動してからでもよし。
 とにかく、普段妄想ばかりしている男子にしてみたら、まさに天国である。(イッセイ遊児)

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2007年7月21日 (土)

『吉原 泡の園』 第26回/解説・ソープのサービス!

 ソープランドに言った事のない人のために、一通りのサービスの流れと言うものを説明しなければなるまい。

① 案内→これはまずどの子と遊ぶかが決まってからの話だが、A子と遊ぶと決めたとする。少し、時にはしばらく待合室で待っていると、お呼びがかかる。
「○○様、お部屋の準備が出来ました」
まるでどこかの病院で、診察待ちをしている患者を呼ぶかのようである。
 シーンとしている待合室には、テレビが流れ、ドリンクを飲みながら優雅に新聞や雑誌を読み、ボーイの呼ぶのを待っているのだ。
 呼ばれると客はそそくさとタバコを消したり、新聞を投げて、落ち着きのない表情をしている。
 それもそのはずである。6万5千円もの大金を払う遊びである。それも、どこかの金持ちばかりではなく、がんばって貯めた人や、あぶく銭を得た人など。普段から吉原にはそうそう来れない。常連でさえ理性を失うくらいに、自分を見失うくらいに頭を洗脳させられる女の子達の牙城で遊びなれていない若者は、舞い上がってしまうのである。
② 部屋にて即尺サービス→吉原は、基本的には即サービスを売りにしている。即サービスとは? 聞きなれない人も多いと思う。
 つまり、風呂にもシャワーも浴びず。部屋に入るなりいきなりズボンを下ろし、うんちのついているかもしれないパンツをずり下ろされ、おち○ちんにかぶりつく=尺サービスである。
 何も知らない人、特に普段は貧乏な若者には、目がさめるようなサービスである。
 大体、普段モテない男は、この1発目の即サービスで頭をガツンとやられて、以後のめり込むのだ。金? そう、金がなければここの世界の女性達は、きっとあなたには見向きもしないだろう。だから、そこでガツンとやられた若者は、何としてでも金をこしらえて、またA子ちゃんに会いに来よう。それも、なるべく早く。あまり間を置くと、忘れられてしまうかもしれない。と借金などに手を染め、あるいはまた、カードを持ち合わせているものには、それを使わせる甘い誘惑が忍び寄るのである。
 リボ払いで大丈夫だから、お客さん、カードで遊びませんか? と。悪の誘いに負けるのである。
 即サービス→即、即、即。吉原はヤクザ者が経営しているパターンが多く。またヤクザ者は面倒くさいのが大嫌いである。
 だからかどうかは定かではないが、吉原のソープランドもまた、即サービスが多い。即尺のあと、フラフラに酔いしれた男は、そのまま下着をつけて本番に入る。
 女の子だって、あまりソープや風俗になれていない子ならば、この辺で濡れるのである。
 もし、この僕の説明だけで興奮をしてきた男がいるならば、十分に君はカード破産予備軍である。
 こんなボーイの説明に、興奮し、ソープにはまり、全てを失うものも多いのである。
 それはボーイにしてみれば、仕事が出来るという意味であり、これ以上の事はない。が、お客にしてみれば、そんなボーイにつかまり、いろいろとのせられて、破滅の道を行く者もまた多い。若者だけではない。むしろある程度社会的な地位があったり、金などがあるような中年者や、会社を定年した医師など、金に余裕のある人間もまた、そうした常連として女の子にはまりやすいのである。
④ 風呂に入る→さて、1回戦(本番1度目)を終えると、大体「ふーっ」となるのが男である。これはもう仕方がない。動物としての遺伝子がそうさせるのだから。1回戦を終えると何だか冷めてしまう。6万5千円。もったいなかったなー。ああーこれで1ヶ月飯でも食ったほうがよかったなーとなるものだ。だが、そんな思いも、
「体を洗いますか」
という女の子の誘いにより、あっという間になくなってしまうのである。
 どちらが本当の気持ちかといえば、どちらも本当の気持ちなのが恐らく男だと思う。
 スケベイスと呼ばれる一風変わった椅子に座る。真中が空洞になっている。なぜか、女の子が泡をたて、手をタワシ変わりにして、おち○ちんを洗ったり、あるいはもてあそぶためである。
 もちろん、体を洗ってあげながら、キスをしたり、男が女性の体を触ったり、要するにいちゃついたりするのである。
 シャワーで体の石鹸を落とす際、ビンビンに元気なおち○ちんをいきなりガブリと口に含んだりもする。ここまで来るともう男はノックダウンされるだろう。傍らの床には、色っぽい下着が無造作に脱ぎ捨ててあるのだ。(イッセイ遊児)

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2007年7月14日 (土)

吉原 泡の園 第25回/無理矢理カラオケツアー

 在日朝鮮系のマネジャーとKちゃんは本当に仲が良かった。常に日本語で話はしていたが、本当に恋人のようだ。(ちなみにKちゃんは女ですから)
 テーブル席と畳があり、絶対に畳に座る。生ビールを頼み、トン足やらカルビやらをドンドン頼む様は本当に男らしい。
「ご苦労さんだな、飲めよ」
 全部自分が払うかの勢いである。始めはそう思うのだとおもう。が、最後は決まって、
「よーし、今日は1人いくらだ、ゲップ、ワハハハ」
 となる。皆もきっと思っていただろう。
「ええっ、あんだけ勝手に頼みちらして、1人いくら? あんたの奢りちゃうん? 彼女ではないが、Kちゃんの前で大物振りして、影で僕らが泣いてさ、金とるんかい」
 ドンちゃん騒ぎをして、ちっとも楽しくない僕らだが、たまに同じグループの他店舗の社長などが隣りの座席などで、女の子などを一同に集め、静かに飲みながらミーティングなどをしていると、そっと帰り際マネジャーの所に来て、
「お代はもう済んだから」
 などといってさっそうと店を出る。その後ろには女の子が10人くらいぞろぞろ後をついて行く。
「お、男や」
 と思ったりしたもんだった。
 マネジャーといると、たまにそんなおいしい場面に遭遇して、ただになるという利点は確かにあるが、それも10回に2、3回くらいだ。
 これから寮に帰っても、寝れるのはせいぜい4時間くらいか。毎日毎日焼肉屋Tにいるときはそう思っていた。 
 たまに、
「よし、カラオケいくか」
 とマネジャーが言うこともある。
「ええー、もう4時ですよ、明日も仕事だし、それにもう僕足の筋肉がつりまくってますよ、だめですもう」
 という気分の時でも、1度いったらきかないのだ。ワンタクじゃー(タクシー1台)とだだをこね、タクシーをつかまえる。

 浅草国際通り、浅草に近い場所は24時間ネオンは消えない。その昔、東京も繁華街は浅草しかなかった時代がある。その名残は今もなお残っている気がする。
 どうして、浅草に暴力団事務所が多いのか、それは浅草しか繁華街がなかった時代があり、繁華街に群れてきたヤクザが、今なお済みついているからに他ならない。
 人情の下町。そんな言葉が1番ピッタリする街である。さて、我々を乗せることになったタクシーの運転手はもうガチガチにビビリまくっているのだ。
「うおーやばい客ひろっちまった」
 と顔に書いてある。
「どや、景気ええか」
 とマネジャーが運転手に聞く。ここで僕なんかが普段話しても、なんやこのどこぞのガキは、くらいにしか話してもらえないのに、マネジャーが話すと、
「ええ、ははい。悪いですねぇー」
 となる。
 そして目的地に着くと、ほっとしたかのように安堵した表情になるのだった。
 カラオケ屋の店員も、すこし深夜だったりするとガラが悪かったりもする。
 酔った店員が命知らずにも「このボケが」という勢いでマネジャーにつっかかってくることがあるが、
「ああ、この方堅気さんでなくてね」
 と気づくのか青ざめた表情になる。
 関わって失敗した、という感じだ。が、一緒にいる僕らも同じように思われているのかと思うと、僕は内心恥ずかしかったのだった。
 そして、カラオケ店に行く日はたいてい2時間くらいしか寝れない。
 翌日は足をつりながら仕事をする羽目になる。当然、マネジャーからはボロクソ怒鳴られて、である。(イッセイ遊児)

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2007年7月 7日 (土)

『吉原 泡の園』 第24回/吉原ソープ従業員集団焼肉宴会

 Rグループの店は、揚屋町会通り、角町町会に多くあった中、江戸ニ町会通りに1店舗のみあった。それがKという店だった。
 店は男が創る。それは幹部クラスならば誰もが知っているのだ。Kの社長はRにブラリと入ってくると、
「どう」
 とフロントを覗き込む。そこには客の入り、いくらで入ったのかなどを記した大事な店の帳簿がある。それを見られるのは、すなわちマネジャーがチンチンを無理やり見られているようなものである。さすがにマネジャーもカチンときて、今にもKの社長を怒鳴りちらしそうである。
「いや、駄目ですね」
 と煙草を吸い落ち着かせて言うのだ。
 このように、吉原の中は女も当然だが、それと同じようにボーイ達の熱い闘いの場でもある。下っ端のようにゴミ同然の扱いを受けていれば、怒鳴られても怒鳴られてもなんとも感じないが、幹部同士のやりとりは、実際見ていてはらはらしたものだ。
 もしかしたら抗争事件に発展しかねない圧力を感じたからだった。

 ソープランドで働くボーイは、たとえるならば全員が主役を気取っている者の集団。悪く言えばワガママな人の集団とも言えるかもしれない。
 ただ、誤解のないように言えば、社会の中では、固いといわれるような堅気の仕事ですら、絶望はあるし、政治ですらそうなのだから、格別ソープランドだからどうのこうのという話ではないのだ。が、キャラは濃く、非常に暑苦しい人間達だというのは間違いない。
 そんなただでさえ暑苦しい者たちを、1番暑苦しいマネジャーは近所のTという焼肉屋に皆を誘うのだ。誘うといっても優しく言うのではない。
「おい行くぞー」
 皆、仕事が全て終わるとクタクタである。1日中この人(マネジャー)にさんざん怒鳴られて、しかもきちんと理由があるならば、明日から直すことも出来るが、何の理由もないのに怒鳴り散らされているのだ。それでなお飲みにいくぞ言ってくる。寮に住んでいる僕などは逃げるところがないから仕方がない。が、家族持ちのEさんなどはまいったなーと言った具合の顔をする。
「おお、Eもいくかー」
 Eさんを見てマネジャーがそう吐く。
「関口てめえ先いって席を確保しておけ」
 と僕を見るなり、行く行かないではなく、行くものとしてそう言われる。嫌な顔をすると、殴られるし、
「関口、一緒に行こうか」
 Tさんがそう声をかけてくれるのだ。さすがに婚約まで破棄してここ吉原に流れてきた男だ。とても気がやさしい。
「T、てめえいつもいつも金魚の糞みてえによ、関口といつも二人してよ、気持ちわりぃ」
 と僕とTさんが仲がいいのが、どうもマネジャーには気に食わないようなのだった。
 自分には真の友が今までいなかった。それなのに、入ってきたばかりの僕に、優しく声をかける行為自体が気に食わないのだ。それだけではない。Tさんが、密かにマネジャーを悪く言っているのを、このマネジャーという男はカンで感じ取っているのだ。この男はそう言った感覚に鋭い。それで余計にTさんをいじめるのだった。
 焼肉屋Tに行くと、いつものKちゃんと呼ばれる看板娘が元気一杯に迎えてくれる。
「あーこんばんはー関口さん」
 この人と接して始めて、その日普通の会話も出来るし、世の中は吉原だけではないのだ、普通の生活や、法律なんかもあるんだ、と再認識できるし、人間にも少しは戻れるのだった。
「みんなは?」
 Kちゃんがそう聞いてくる。ここでいう皆とはマネジャーのことだ。実はこの二人、恋人ではなくて、(こんな冗談もタブーでした)同じ在日朝鮮系だから仲がいいのだった。
 そして、在日の朝鮮系の人は、全体でも相当な部分において、日本人には絶対に負けないというプライドを持ち、喧嘩などをする際も、殴りつづけ、自分の手がボロボロに鳴っても殴りつづけるそうだ。
 そんな恐ろしい在日朝鮮系の親玉が、なんと店長のSだったのだ。
 もうR店は、在日朝鮮系の人が乗っ取り、そこで働く日本人をとことんまでいじめるという構図が出来あがってしまっていた。
 マネジャーがいじめるのは、僕らが日本人だからという事が一番大きかったのではないかと思う。
 親はパチンコ屋を経営していた。いつも殴られ、マネジャーは育ってきたそうだ。学校にも行かされたが、義務教育の時点で、  
「もう私の手には負えない」
 と総スカンを受け、子供の頃から通信教育を施されてきたそうだ。
 だから、僕のような甘ちゃんがマネジャーのことを理解しようなどどう考えても10年早かったのだ。(つづく)

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2007年6月30日 (土)

『吉原 泡の園』 第23回/ソープ店・Rグループ内での駆け引き

 さて、店を創り、盛り立てていくのが男たちスタッフ、つまりボーイであることは分かってもらったと思う。
 ソープランドでは女の闘いが裏で繰り広げられてボーイたちは無視されがちだが、実はボーイの闘いはもしかしたら女の闘いよりもドロドロネチネチしていて、そんなボーイたちを、“女の腐ったの”と店長などは罵倒していたほどだった。
 店内だけの闘いならば、マネジャーの喝で全てが治まる。が、Rグループ全体の話になるとそうもいかない。 R店内では天下を取ったかのようなマネジャーも、姉妹店では駄目駄目R店で通っているし、そもそもここRはRグループで使えないと判断された者が最後に送られる所だと、ある女性が笑っていった。言った後、僕がそのR店のボーイだと気づき、
「いやいや、そういう意味じゃないよ」
 と励ましてくれたのだった。
 Rグループ内でも、それぞれの社長、店長が我こそが1番の社長、店長である。と黒幕の会長さんにアピールしたくて仕方がない。

 売上が全て物を言う世界で、故にE店の社長はいつもニコニコしていた。それも無邪気なニコニコではない。どうよボーイども、俺みたくならないといかんぞ。と言わんばかりだ。
 靴は常に5万以上のものを、ベルト、服、にもこだわり、社長だが絶対にネクタイはしない。白いベンツを転がしいつも声が小さいのである。
「俺なんか、あんたのその靴1つの金で、1ヶ月豪勢に暮らせる自信がある……」
 いつもベンツの話をしている姿が、どうしてもまぶしかったのだ。
 俺なんかなぁ、冷凍たこ焼きの話を死ぬ思いで考えているのに、彼はタバコも外国のブランドものを吸い、少し吸って捨ててしまうのだ。あれでおにぎりが食えたのに。
 マネジャーも自分の店がジリ貧である、そう悟られたくはないらしい。
「どうでもいいじゃん、こんな店、契約内容とまるで違うでー」
 と思うが、マネジャーは必死である。
 個人の背広屋でオーダーした銀色をベースにしたスーツ。たしかにカッコイイ。が、それは金を払える人がやればいいのだ。
 背広屋は、いつもいつも来ていた。そう、マネジャーからのスーツ代をもらいに、でもいつもいつも断りつづけていた。白髪で、禿げていて、背の小さな背広屋さん、かわいそうに、いくら位したのか知らないが、恐らくその代金はいつか踏み倒されてしまうのだろう。
「え、それこの前払ったやん」
 ととぼけられて。

 RD、B、D、E、R、G、K、と7店舗を抱えるRグループ。これほどまでに急成長したグループもない。そして、それにもかかわらず、あまりにも風俗関係者に知られないのだ。 知られないように展開しているからだ。そこには、知られざる経営のノウハウがある。
 決して大學では教えてくれない裏の経営学である。それは日本有数の暴力団直々に学んできたからこそ出来るとも言える。
 この7店舗はそれぞれ電話でやりとりし、常に相手方の現状を興味深く観察している。同じグループといえども、隙あらばよその店舗を乗っ取り、社長としても収入面での大幅アップをもくろんでいるのである。
 それぞれが織田信長といったところか。そして僕ら下っ端が足軽である。
 姉妹店から店に電話が来るときは、たいていアリバイとして立ち上げている会社用の電話にかかってくるのだが、
「はいHです」
 とマネジャーがアリバイ店の会社名をいう。
 相手が姉妹店の社長などだと、
「今どうや」
 などと聞いてくる。
「まだ口開きません」(口開きませんとは、風俗用語でまだ客が1人も来ていません。ということ)
「そっか、キビシイのぉー、何人でとるんじゃ」
 と姉妹店の社長。
「現在5名です」(待機している女の子の数)
 そしてこの時言う女の子の数も他人との駆け引きの1つであったりもするのだ。
 たとえば、ここで2名です。などと本当の事を言ってしまうと、(そうか、なら情報喫茶にそう言い、うちに客をぎょうさんまわしてもらおっと)となりかねないし、だいいち、舐められる。(フンッ、欠勤かいな、会長が必ず7人は出勤させとかなぁいかんいうとるがな)となるのだ。
 我がR店のマネジャーはKと呼ばれていた。そして姉妹店の社長さん方は、嫌味も込めてこう言うのだ。
「じゃあ、K専務。がんばってください」
 そしてガチャリと電話を切るのである。

 マネジャーもさすがに会長のような男には頭が上がらないというか、事実尊敬していた。
 それも普通でないのである。神というくらいにあがめている。しかしそれは非常に危険な思想に発展しうるし、それがいじめを引き起こす引き金にもなっていたのだ。
 マネジャーは実の親には恐らくあまり愛を受けなかったのではないか。だから、金もくれ、時にほめてくれ、叱ってくれる会長が好きなのだ。
 たまたまそれが暴力団だった。そういう感じだった。(イッセイ遊児)

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2007年6月23日 (土)

『吉原 泡の園』 第22回 R店を司る者

■これまでボーイを紹介してきたが、店の中心に座するのは他でもない鬼のマネジャーと店長である。吉原に櫛比するソープランド、その中でも最凶R店を司る2人にはある共通点があった。(編集部)

        *      *      *

 次に紹介するのはこのソープ話の登場人物の中でもっとも勢いのある男。
 常識知らず、学校や社会に見捨てられた男、マネジャーである。
 ある日、韓国焼肉屋に付き合わされた。僕は看板娘がどうも気になり、
「あの子どこの国の子?」
 と僕が言うと、
「そんな小せえ事、気にすんな」
 とマネジャーに言われた。
 マネジャーはKという苗字だった。
 しかしそれは偽名だった。実は、マネジャーは在日韓国人だった。それで韓国家庭料理Tの看板娘をかばった。今考えると、なんと恐ろしいことを言ってしまったのかとぞっとするが。
 親はパチンコ屋を経営していたらしい。もちろんヤンキースの松井の故郷である石川県でである。スカイライン箱スカ(スカイラインという車)に参連竹やりマフラーをつけ暴走する、暴走族兼愚連隊だった。
 警察に追われ、仲間の1人が事故死したそうだ。それを僕に熱く語ったこともあった。
 地元で喧嘩をし、マネジャーは素手、相手はドス(短刀)で、刺してきたので、
「おい、やめろコラ」
 と思わず手をだしたら、親指の所がバッサリ切れ、そのところには大きな傷跡が残っていた。
「皮1枚で繋がっていて、ブラブラしていた」
 と言っていた。
 結婚暦も実は3回ほどあり、その3回とも離婚し、そのうち娘もいて、幸せな家庭を築いたかのような時期もあったそうだ。
 建築会社でクレーンなども運転でき、自分では、「花形、スターだった」と豪語していた。今だって十分花形ですよ、と言ってやればよかったかな?
 が、その建築会社で死亡事故があり、仕事は中止、そして請け負う仕事もなくなり、会社がつぶれたそうだ。それまでは花形ゆえか相当な給料をもらっていたが、突然会社が潰れ収入は激減、すると嫁との喧嘩が絶えなくなった。
「嫁ってのは、金がなくなると必ず喧嘩になっぞ」
 地元に嫁と子を残し、地元に吉原のようなソープランドをつくることを夢見て、3度の離婚でこれしかないと思ったらしく、ソープランドでノウハウを勉強するために吉原に来たという。もともと裏社会のエリートコースを歩んできたでもなく家がヤクザでもない。
 ただの叩き上げである。が、その叩き上げだからこそ、マネジャーの厳しさは生半可ではないのだ。
 ヤクザが相手であろうと一向に引かない。殺されてもいい、いや、殺されることなど頭にない。あるのは社会に対する強烈な恨みだけ。だからヤクザでもなんでも自分に歯向かうものは潰す。それがモットーなのである。
 狐のような瞳には、韓国の血が流れていたのだ。南でこれだけ狂暴なのだ。そう考えると、よりキツいと噂される北の在日を考えるとぞっとする。

 そして最後に紹介するのは、マネジャーですら言い返すこと不可能な男、R店を落とした張本人こと店長である。
 Sというお笑い物まねタレントの名前と同じ名前でよくそれを自慢していたが、実はこの店長も在日韓国人で、そのSという名刺も偽名だったのだ。
 恰幅がよく、子供もいる。パンチパーマでタバコはピースを吸う。マネジャーをも手玉に取る様を目の当たりにして、スッゲーと正直に思ってしまった。
 先輩Tは、「数あるグループの各店舗のどの社長よりも、うちの店長が1番男前ですね」などと持ち上げて、どうにか店長にだけは好かれようとしているのだ、それもそのはずである。もし店長に目でもつけられ、いじめられようものならマネジャーとの鬼の共演になる。せめて店長だけは味方につけておきたかったのだろう。
 どうにか気に入られようと、僕を悪者にすることでどうにか話題を作り、店長を飽き指せないようにTさんは勤めていたが、百戦錬磨の店長には無論そんな嘘は通用しない。
 いつしか彼も鬼の共演でWいじめを受けるようになるのだった。(イッセイ遊児)

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2007年6月16日 (土)

『吉原 泡の園』 第21回/弱い者が押し潰される世界

 さて、ソープランドの店の善し悪しを左右するのは男性スタッフだと言ったが、R店のスタッフではなかったのだが、僕と入れ替わるように飛んだボーイの代わりに、EちゃんがR店に来て、R店の寮に入る、すなわち僕と同じ部屋になったのがそのEちゃんなのである。
 メガネをかけているが、それでも伺えるギョロットした目、真中分けの髪型、身長はわりと高めだが、少し変態チックな性格で、自分自身で変な顔をしているとコンプレックスを抱いているようだ。
 マネジャーからは泣き虫野郎と裏で言われていた。
 どうしてだろう、マネジャーも他の人の悪口をたまに言う。しかし、それらはみんな僕に話してくるのだった。僕には面と向かって言うのだが、それが少ししゃくでもあった。
 そして、そんな時、中嶋みゆきの詩を思い出すのだ。
「悪口を言われない人生を送る人がいる。私は悪口を言われる人生だ」というものなのだが、言われている本人は悔しいのだが結局は問題なく生き、言われない人は、一見幸せそうだが実は死んでしまったという詩である。
 僕はいつもそうだった。子供の頃からそうだった。そしてその中島みゆきの詩は僕に衝撃を与えたものの一つだった。
 同じ事を考えている人がいる。そう思えただけで少しは救われた気がしたものだった。
 さて、Eちゃんは始め僕にも心を閉ざしていた。いつも口を尖らせて、すれ違う出勤途中のどこかの女性をじっと眺めていた。
「この変態野郎」
 と僕はどこかでEちゃんを馬鹿にしていた。僕もEちゃんを言えた義理ではないのだが、あいさつしても軽く馬鹿にするかのようにフンッとされる始末だ。
 どうしてこんなに心を閉ざしたのか、後になって知ったのは、幼稚な話だが、トイレに入っていたEちゃんを当時店長の親戚の悪ガキとマネジャーでトイレのドアを壊す勢いで叩きちらし、
「E、てめえ早くでろボケ、クソがもれるだろうがてめえー」
 とEちゃんをたたき出したそうだ。もちろん、Eちゃんは涙をボロボロ流していた。本当に幼稚な話だが。
 それで、マネジャーから泣き虫と渾名されるようになってしまったのだった。
 マネジャーも店長の親戚の悪ガキというだけで、店長の面子もあり、その悪ガキには何も言うことが出来なかったらしい。
 つまりマネジャーもそれにたいしては少しは被害者だったのかもしれないが、Eちゃんは、その事件後心を閉ざしたらしい。
 マネジャーに相当金を借りたままその悪ガキは飛び、叔父さんにあたる店長も金のことは知らず、店ではおおいばりし放題である。その点はマネジャーも被害者なのかもしれないという同情の余地はあるかもしれない。

 初日、一緒に焼肉屋に行ったのが坊主頭のTさんである。当時、僕も坊主頭だった。何故か? 理由はない。でもこういう店柄、坊主にしなければいけないと僕もTさんも思ったのだろう。Tさんはもともと長野の生まれの人だった。僕よりも3歳くらい上の人だ。
 地元長野ではトラックの運転手をしていたそうだ。そして幸せな結婚も控えていた。
 そう、婚約者がいたのだ。が、仕事中大事故を起こしてしまったらしい。死亡事故まではいかないものの、大変な損害賠償を背負い、地元長野を去り、東京に逃げるように出てきたのだ。はじめ、屋台のラーメン屋やパチンコなどいろいろやってみたらしいが、すぐに飽きてしまう。やはり婚約解消が相当の心の傷になったのは想像に難くない。
 ふらりふらりでとうとう行き付いたのがここ吉原だったそうだ。
 寮ではマネジャーと同じベッドである。しかも、Tさんの部屋は僕の部屋の半分程度の四畳半くらいだ。
 昼怒られ、夜もいじめられている。それは目撃したから間違いない。ベッドの上にTさんが寝ているのだが、したから足でドッカンドッカン蹴り上げられているのだ。
 凄まじい光景だった。Tさんが、蹴られる勢いで数十センチも宙に浮くのだ。
 いじめ。リンチ。暴力。Tさんは宙に浮く姿を僕に目撃され、きっと恥ずかしかったに違いない。僕は見てはいけないものを見てしまったと悔やんでいた。
 それがめぐりめぐって僕にめぐってくるとは、そう、やさしいTさんだったが、人は変わるのだ。特にいじめを受けると、人はさらに立場の弱いもの、社会的弱者に向け、その牙をむくことで、どうにか自分をごまかすのだろう。陰湿かというとそれほど計算されたいじめでもないが、僕に対しての責任転嫁などでどうにか憂さばらしをしていたのだった。だが、僕はそれにたいして腹も立たなかったし、今でも別に仕返しをしてやりたいとも思わない。それにはおいおい理由があるのだが。(イッセイ遊児)

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2007年6月 9日 (土)

『吉原 泡の園』 第20回 我がソープの黒幕

 さて、R店の主力スタッフの話の続きだが、ここで黒幕の会長と呼ばれる人に触れておこう。

「普通のおっさん」とEさんに言われていたので、興味は抱いていたが、いつ来るのだろうと頭のどこかにはありながらも仕事(といってもドリンク運びが主だが)を始めると、中々そんな余裕もないのである。
 ある日、僕が1階でいろいろ仕事をしていると、マネジャーがおっさんと話をしていた。
 うるさい客が、何か言っているのかな、と思っていた。本当にぱっと見は普通のおっちゃんだったからだ。
 しばらくして、Eさんが、さっきいたのが会長だよ、と教えてくれた。
「ええー普通のおっさんじゃん」
 眼光は鋭いが、少し禿げかけている髪型はシチサン気味で、黒い皮パンを好み、ダイヤモンドの指輪をはめている。左小指がないものの、ぱっとみ普通のおっさんだった。
 当時、僕も指輪2本、髭を伸ばしていたが、店長にそれは駄目と釘を押されたのだった。会長を凌駕する恐れのある分子は、すぐにつぶすのだ。
 しかし、たまに着て来る薄手のシルクシャツなどから、桜吹雪の袖近くまである立派なモンモン(入れ墨)を見ると、やっぱり山○組だ。と怖くなる。
 当時僕は太っていた。それを普通の人はデブと言う。でも会長などは「ええ体しとるのぉ」と喧嘩に利用できるものは利用しようとするのだ。よって、僕が会長に好意的な態度を示すと、きっと何か利用できるものはないかと、利用されそうだったので、できるだけそっけない態度をとろうとしていた。
 7店舗のソープランドを有し、そのほかにも浅草通りの方に闇金の事務所をもっている。よって、年間黙っていても1億は固いという。そんなだからこの方、海外によく出かけるのだ。そして、その自慢話をする。
 さすがにこのR店は、この会長さんの原点の店で、7店舗を持とうとも、なぜかよくR店に顔をだす。来るたびに僕はベンツのドアをあけるドアマンにされていたのだ。
「この前ハワイで3Pしたで」
 そっけなくしていなければ、と思っていた僕も、それを聞いて思わず「わはははっ」と思いきり好意的に笑ってしまった。
 会長は何人もいる中から笑い声の僕をパッと見て、
「ほほーっ、ワシの話で笑うとは、ええ。ええボーイやないかい。んで、名前はっと」
 といわんばかりの視線を僕に浴びせていた。
(やや、やばーい。僕の馬鹿。なんで笑うの)
 僕はひやひやしてしまった。
 ベンツのほぼ最高クラスベンツブラバス。半ドアも自動的に車が直すというすばらしい車で、数千万するそうです。
 もう一台はブルーのフェラーリでした。たまに女性を乗せて、吉原の店の前を疾走していくのです。ああ、あの車一台で、恐らく僕の夢は全て叶うのだろうな。そんな思いで見ていました。
 その会長のありがたいお言葉が、フロントの中には堂々と掲げてあった。

 1 人のことを羨むな
 2 やる気の無いものはされ
 3 まずは行動しろ
 4 人の気持ちを考えろ
 5 人生は賭けである

 僕はその全てをまあ実行しているつもりではいた。それでも一向に暮らしはよくならない。
 どんなにがんばっても報われない人生の人もいるのだ、とひがんだものだ。
 人生は賭け。まあそうだけど、僕にはヤクザになってまで人生を物にしようというまでの思いもない。そんな当時の心理の僕では会ったが、信じられるのはやはり本であったし、松山千春だった。
 ところで、街を歩いていて、若い男で指に緑色で指輪のように色のついた人を見たことは無いだろか、実はあれ自分で指に墨をいれているのだ。
 少年院にいった子が、お互いに友達などとの誓いと称して行うちょっとした儀式らしいが、ヤクザのおっさんなどは、刑務所でやることがない。暇なので、大事な大事な男性のシンボルであるお○○○んに真珠を入れ、加工する人もいる。もちろん、刑務所に本物の真珠はない。代用品を使うのだ。
 会長さんはやはり本物の真珠をいれていた。
体中加工されていて、肌の色なども真っ青で、人間のものとは程遠く、正直気持ち悪いと思った。
 しかも、その入れ墨は体には当然よくはない。皮膚呼吸の妨げになり、どうしても早死にするケースが多いそうだ。
 また、上半身のみでも、全体を色濃く墨をいれると、実に700万以上もかかるという。
 改造費700万。自分で払うものもいるが、中には組が立て替えてくれるところもあるらしい。(イッセイ遊児)

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2007年6月 2日 (土)

『吉原 泡の園』 第19回/Eさんの背中を上る鯉

■マネジャー曰く、「店は女がつくるんじゃねえ、店をつくり、盛り上げるのはボーイの仕事じゃ!」。ボーイがいて、それでいてソープは回る。イッセイの働くR店で日々蠢き、苦楽を共にしたボーイの面々を紹介する。(編集部)

        *       *       *

 Eさんは、元極道であるが、声も小さく、スラリとした体型で、40代後半くらいに思われた。意外といい男なのだ。
「俺は今までに、遊びで1億は使ったな」
 暇さえあればそれを自慢するのである。またEさんは、実は推薦されてこのR店を救うべくスカウトされた優秀なソープマンなのである。
 Rグループナンバー2のパンチパーマのおとなしいおっさん、O社長率いるエメ○○○○○という店がある。つくりもしっかりしていて、我がRグループの中では最も値段の高い8万円の店である。
 そのO社長に引き抜かれ、R店のボーイとして、店を頼むと言われやって来たすごい男なのだった。
 O社長は白い上から2番目くらいのクラスのベンツに乗っていた。僕から見れば、あのベンツを売れば、僕の未来もすぐにでも開けるくらい、アパートやらなにやらが揃うだろうなという存在だ。
 靴もベルトも最高級のものを身につけ、金があるからおとなしいのか、おとなしいから金持ちになったのか、どちらでもいいがとにかく「金持ち喧嘩せず」といった男だった。
 Eさんはこんな話もした。
 以前チンピラだった頃、暴走族の喧嘩があり、数百人も集まったそうだ。相手の頭はドスを抜いてやる気まんまん。そんな時、Eさんが車で駆けつけ、皆の前で止めた。車には2人しか乗っていない。そのうちの1人が懐から拳銃を出した。それを上空に向け一発発砲したらみんな逃げていったという話だった。
 つまり、拳銃の威力はすごいと言いたかったのだろうが、Eさんは、拳銃の扱いも話してくれた。
 ドラマのシーンのようだが、もしかしたらドラマのシーンを見ていて覚えていたから話したのか分からないが、Eさんにとって銃の試し撃ちは河川敷で、しかも電車の通るときだったそうだ。
 ある日、そんなEさんが
「わりぃ、関口さ、背中にこれ貼ってくんねえかな」
 といい、シップを渡された。
「いいですよ」
 と僕はまるで親父ほど年の離れているEさんに対し、自分の親父にでもシップを張ってやるかのつもりでいた。そして、Eさんがシャツをめくると、そこには鯉が滝を懸命に登っている刺青がドーンと登場したのだった。
「いやーっ! 親父と違う!」
 そう思ったのはいうまでもない。
 R店は、僕に対してだけ給料が悪かったり、あるいは飯代も出ないのではなく、Eさんに対してもそうだった。ナンバー2のO社長がじきじきにスカウトしてきて、女房、子供がいて、高いマンションに住むEさんにとって、これは笑い話では済まされない問題なのだ。
 僕だって笑い話では済まなかった。なにせ、借金を抱えているのだから。が、まだ僕の場合自分だけが苦しめばいい。だがEさんの場合家族をも苦しめることになる。
 R店の業績不況と店長の悪行が全ての元凶だったのだが、それにしても1億は使ったなあ、といっていたEさんが、何だか日に日にやつれていくように思えたのは、恐らく僕だけではなかったはずだ。
 この店のいろいろなことを始めに教えてくれたのもEさんだった。
「英会話に行きたくて、実は入会したんですよね」
僕がそう言うとEさんは気の毒に、などというそぶりは一切見せずに、
「ああ、それ無理」
 と言い、僕が仕事についていろいろ聞いていると、
「まだまだ覚えてもらうことはたくさんあるから」
 と軽く言うのだ。そしてRグループ会長の黒幕の方を、
「普通のおっさんだよおっさん」
とばっさり斬ってのけたのだ。もちろん僕だけにだが、まだ会長さんにお目にかかったことがない僕はどんな人だろうと気になってEさんにたずねる。
「見た目は普通。でも現役バリバリの山○組」
 ややや、山○組といったらちとヤバいんちがうん。
 どうやら英会話もダメになり、借金もヤバくなるばかりの僕は、山○組で完全に肩を落とした。
 でも、現役バリバリで普通のおっちゃんって、どんなんだろう。それから数日して、その答えが分かる事になる。(イッセイ遊児)

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2007年5月26日 (土)

『吉原 泡の園』 第18回/「風俗店を盛り上げるのはボーイだ!!」

 僕はたまたまその時日本で一番と言われるソープランド街吉原にいたのだが、街によって、行われるサービスも雰囲気も料金さえも大きく異なる。
 東京近郊でいえば、もっとも近くて過激さを売りにしているのが西川口である。
 料金的に高くもなく安くもなく。サラリーマンでも学生がバイトなどで稼いだ金でも十分に遊べる。遊びにも、エッチなサービスを受けるだけで終わりでなく、本番まで出来るというのが西川口流なのである。もちろんそれは非合法だ。
 また、西川口は性風俗だけでなく、キャバクラやニュークラブと呼ばれる飲み屋も多数あるのだ。
 一般に、風俗というと裸の女のいるお店、あるいはまたエッチなサービスを受けるところ、などと大きくまとめられがちだが、本来「風俗」という法律的な枠組にはキャバクラなども含まれるため、ここで話しているのは「性風俗」のことである。
 ピーク時ほどではないが、韓国人、中国人などの学生を中心に、韓国エステなどと謳い、本番なども行っている店も多い。
 ピンサロ、ヘルスはもともと法的にも元来国には認められていない。よって、警察が本腰をいれれば、いとも簡単につぶれてしまうのがピンサロ、ヘルスなのである。 今、都内で箱型(店舗型の風俗店営業)を開業しようとして許可がおりるのは、吉原と歌舞伎町くらいだろう。僕は以前、吉原では一度更地にしてしまうと2度とそこに建物は建てることができないと書いたが、それも場合によっては建築可能である。場所によっては駄目だが。
 また、吉原などは一代家業で、その代が亡くなれば次の代に継がせることはできないとされているが、それもあの手この手で切りぬけているのが現状なのである。
 歌舞伎町は、東京のみならず、アジア最大の風俗街と言われるが、その中で生きる風俗の住人なども、吉原は数が多すぎる、といい、またあそこは厳しいからなぁ、とため息を吐く。それくらい確かにソープランドの経営に関わるのは厳しい。

 店は女の子の質の良さで繁盛するのではない。マネジャーが血管を切れそうにしながらいつもそう言っていた。(多分上からそう言われていたのだろうが)
 だが、それは確かにある。女は男によって変わるなどというが、風俗店の女も、店の経営方針によって変わるのだ。
「店は女がつくるんじゃねえ、店をつくり、盛り上げるのはボーイの仕事じゃ」
 とマネジャーはいつも言っていたのだ。(ただ、それを1番ぶち壊していたのもマネジャーだが)
 それはさておき、R店を盛り上げ、女にやる気を出させ、客に「なんだか良いね、この店」と言わせるべく奮闘しているスタッフは、
「ハンサムで金持ち」
「高学歴で背が高い」
「女にもてる」
「イタリー製の車に乗っている」
 きっとこんな奴らがやってるに決まっていると読者からは思われるかもしれない。業界の中にはたまに当てはまる人もいるが、R店の現実は違う。
 R店の主力だったボーイは、
「元ヤクザのEさん」
「色恋がすきで、好き者のEちゃん」
「坊主頭のTさん」
「ヤクザの下っ端としてちょこちょこ動いているC店長」
「チンピラのマネジャーKさん」
「ソープは遊びしか知らない僕」
 この面子である。ひどい、ひどすぎる。
 R店が一応本店になり、Rクループなる名前まである立派なグループなのだ。実にソープランドだけで7店舗を抱える以外と大きなグループなのである。
 そして、その大きなグループの使えないやつの吹き溜まりとしてR店がある。
 もともとソープランドには社会での劣等生が多いのに、その中でも劣等生がR店に飛ばされるらしい。
 つまり、落ちこぼれのエリート集団なのである。(イッセイ遊児)

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2007年5月19日 (土)

『吉原 泡の園』 第17回/借金にまみれた男たち

 毎日朝になるのが早かった。11時30分には店に行き、くだらない話を聞くのだ。それが、僕らや店に本当にためになるならばいいが、マネジャーの憂さばらしに付き合わされるのだ。起きるのも嫌になる。
 それだけではない。故郷の知人、親などに、吉原のソープランドで働いていることが知れるのではないか、と気になったものだった。
 中学生などが、エッチな本を隠すのに似ている感覚である。周りからすれば笑い話かもしれないが、当事者にとっては大問題なのだ。
 ソープランドの求人欄には、「アリバイ万全」などと謳っているが、ボーイの親だって、「そんなところで働くためにそだててきたんじゃない」と悲しむだろう。そんな思いがあった。
 ただ、現在では風俗の仕事を恥じる気持ちは無い。当時、親に知れるのを恥と思っていたのは、ソープランドの従業員、ソープランド自体を馬鹿にしていたからだ。
 たしかに、風俗の職場環境は特殊だ。特に、風俗で働く女性の仕事は、一般的な仕事と大きく異なる。ただし、みんな一生懸命働いていた。生きていた。本当に恥ずかしいのは、働く意欲も無く、あるいは傷つくのが嫌で、それらから逃げていることだとのちのち気づいた。今、思い出すと恥ずかしい話だが。
 さらに僕には大きな問題があった。借金である。当時、毎月7~8万の金を返済にあてていた。返せども返せども一向に生活はよくならない借金地獄だ。
 先週働いた分はここに、今週はここに返済という具合に賃金が減っていく。当時、給料が手取りで10万前後だから、月に使える金はわずか2万程度だった。
 家賃も食事もただの吉原で、「どうにか『逆転』してやろう」と考えていたのに、前に書いた通り食費すら出ない。楽天家の僕も、さすがに焦りを感じた。

 類は友を呼ぶという諺がある。しかしうまいこと言ったものだ、と感心する。
 借金のある僕には、どうしてだろう、借金まみれのやつが自然に分かるし、そんなやつが自分の周りを囲っているのだ。
 そんなやつらに借金の相談をしても仕方が無い。そいつらも苦しんでいるのだ。
 僕が堅気の仕事をしていたころ、職場の上司は借金の苦しみを話すと露骨に嫌な顔をした。
 が、ここのスタッフは暴力団まがいの愚連隊連中である。きっと借金の悩みにも的確な解決方法を熟知しているのではないか、と思ってしまった。
 マネジャーにそっと胸のうちを話した。
「フンッ、借金てぇのはな、30万以上膨らんだら、相当まとめて返さねえ限りてぇへんで、まあおめえじゃ無理だな」
 と笑い、馬鹿にされ、見下されて笑われたのだった。
 当人は意地の悪い冗談のつもりかもしれないが、僕はもう放心状態だった。藁をもつかむ思いで相談したのだから。
 そして思った、もう節約しかないと。まず削れるのはタバコ代だ。店の前で客引きをしていると、ほかの店の客引きがタバコを吸いながら立っている。その姿が実に羨ましかった。
「いいな、タバコが吸いえて」
 とわずか数日の禁煙でそうつぶやくようになっていた。
 あとの問題は、残った金で飯を食えるかどうかである。漫然としているわけにもいかない。ニチレ○本社のお客相談室に電話する。
 冷凍たこ焼き1袋の値段を聞く。なんと450円。1日1袋ならなんとかいけそうだ。
 寮はタダ、たばこはやめる。ようしいける、いけるぞー。
 ところが僕は禁煙に失敗し、冷凍たこ焼き生活も結局実行しなかった。そして返済が滞りがちになった。金がないのに、さらに追い討ちをかけるように店ではスタッフ全員が朝、「お付き合い」で近所の酒屋が来ると、店長が「あつまれぃー」の掛け声で皆を集め、ジャンケン大会を始める。5~6人は毎回いて、負けたものが全員にジュースを奢るのだ。
 そして、これに僕は結構負けるのである。
 ヤクザ顔負けの店長に、ヤクザそのもののマネジャーがいては、「お付き合い」を断れるはずもない。
 負けると当然僕は落ち込む。落ち込むとマネジャーが本気で苛立つのだ。
「なんや、えらい景気の悪い顔しおって」
 と。
「吉原のボーイは借金地獄で来るもんがぎょうさんおるんや、それくらいでガタガタするな、ボケ」
と締める。
 実際、ほかの借金を抱えているものは、一千万、一億と桁が違う。が、そんなもの自慢しあっても意味はないのである。
 日々一向に光が見えない暮らしの中、僕の思い描いていた東京ライフは音を立てて崩れていったのである。(イッセイ遊児)

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2007年5月12日 (土)

『吉原 泡の園』 第17回/花魁がくれた消化器のキーホルダー

 さて、ボーイが始めのうちに任される仕事といえば、とにかく体力勝負なことがほとんどで、買い物にしても時間が勝負だし、掃除も体力と早さが勝負。そして1日中専門にやらされるのが、ドリンクつくりと、ドリンク運びである。
 ここでもまた超一級のマネジャーのいじめが待っているのだ。そしてこのいじめは半年くらい続くことになる。
 プルルルとインターホンが鳴り、ランプのついている部屋からかけているのが分かる。そのランプの部屋のボタンを押すと話せる仕組みだ。
「はいフロント」
 メチャクチャ怒った口調でマネジャーが出るのだ。そして何か話してあーでもない、こーでもないとないとやる場合もある。
 電話をおく。さ、来るぞー。まあ1番新人の僕が聞き、僕が作って持っていくのが筋だろうから、と毎回じっとマネジャーの発言に耳を傾けるのだが、
「%&お00!K#“21と水」
 へっ?
 これはマネジャーがテンパッて、慌てていうから分からないのではない。毎回なのだ。暇でも忙しくても、
「あのーすいません。今なんと」
 などと聞いてしまうのが新人だが。
「今いったべ、ボケ、ねむてーな」
 と机をバンバンとグーで殴り始めるのだ。
 ヒェーなんなんこの人、南無阿弥陀仏、もう聞きません、いえ聞けません。
 仕方なくはいはいと流しに向かい、うーんと唸りながら、そしてドキドキしながら恐らくこれだろう、とアイスティなどをつくるのだった。
「3号室オーダー入ります」
 といいフロント前を横切る、マネジャーの怒っている目を見ないようにと急いでいく。3号室のテーブルにドリンクとストロー、シロップとミルクを置き、また1階に戻り、
「3号室オーダー入りました」
と楽しそうに言う。そう、いかにも楽しそうにいうのがポイントだ。
 フーッ、やっとオーダー完了したか、と安心していると、
 プルルルルー
とインターホンが鳴ったりする。
「はいフロント」
 と出て顔がだんだんフグのように膨らみ始める。
「おい関口、てめえアイスティなんか持っていったんか、 ボケが、アイスコーヒーだって言ったべ」
「ひーはいはいただいま」
 と作り直してまた置いてくる。オーダーを持っていき、あまりに長い時間表に置きっぱなしのドリンクは、グラスの表面に水滴がつく。そうなったものは、回収するのだが、大体流しまで持ってきて、捨てる振りをして、ボーイがいただくのだ。
 ただでさえ飲まず食わずなのだ。どこかで水分補給もしないとまじやばい。
 
 怒られないように注意し、それでも新人のボーイはお約束のように間違いをする。
 各部屋のドアは、火事などの際の避難のために、鍵をかけてはならない決まりになっている。さすがは火事を経験している吉原の歴史。と思うが、これが事件の元なのだ。
 オーダーを持っていき、ずっと手をつけずに置いてある部屋がある。中から喘ぎ声一つない。もしや誰もいない部屋に置いてきたのかな、とそっとドアをあける。これくらいでもアウトである。それがマネジャーにでもしれたら、おそらくリンチにされるだろう。
 その日、1番奥の部屋は確か使用されていないと思いこんでいた。ドリンクを運び、ついでに奥の部屋のチェックというか、まあ確認でもしてみるか、とものすごい勢いでドアを開いた。中は暗闇だった。
「へっ、何故に暗いの」
 暗闇に目が馴れ、ベッドに人がいるのが見える。それも二人いる。女と男。合体中であった。
「うぉー、ここ、殺される」
 頭が真っ白になり、ドアを閉めればいいのに、なぜか見てしまっていた。
「ねぇぇん、ドアぁん開けないでェン」
姉さんの色っぽい声で、僕にそう言っている。お客さんが上だった。それは確かだ。腰を必死に動かしている。突然、あれの最中に、店のボーイにドアを開けられるなんてあってはならない。自分が逆の立場ならそう考えれば、どれくらいのことかがわかるだろう。
「すす、すいません」
 ドアを閉めた。が、もう遅かった。
 ため息一つ。あーどうしてこうも駄目なんだ。隣の部屋からはアンアンアンとこぼれる大音量の喘ぎ声が。これくらい大きければ、僕だって開けずにすんだのに。
 もう遅いのだ。姉さん、きっとカンカンに怒ってるだろうな、客もしかりだろう。
 あー、きっとマネジャーに報告されるぞ、もし客が金返せ、とかいったらどうしよう。
 それくらい恐ろしいことだった。当時の僕には。結局姉さんはマネジャーに言わなかったし、客もそれからもきてくれたのだ。
 後日姉さんが僕を覚えていてくれたのか、消火器のキーホルダーをくれた。
 頭の熱を消化しろと言いたいのか、とにかく、姉さんの懐深さに僕は救われた。がんばって仕事をしていれば、見ている人は見ているのだろうか、だから言わなかったのか。なぜかはわからない、が、頭の熱でも消火しろ、とでも言いたかったのか。(イッセイ遊児)

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2007年5月 5日 (土)

『吉原 泡の園』・続・店の内部

 階段を上がると2階、一度短い廊下を歩き、曲がったところに客用と女用のトイレ。
 これがまた小さく、狭く、古い、でこれでも高級店かよ、といつも思ってしまうのだ。トイレの横にはテーブルがあり、そこには常に何十本もおしぼりがある。2階の廊下の絨毯も、ドリンクのシミ、長年の汚れでほんと汚いのである。トイレまでの短い廊下にも、スポットライトがあるが、たまに電球がきれていて、だれも気づかなかったりもする。
 トイレを過ぎると各部屋があるが、5号室手前に小さな階段があり、そこが3階に続くのである。行くと、いきなり左に曲がるし、天井は突然低くなるし、意外と大変なのである。
 3階が女の子のロッカールームになっている。冷房もあるし、テレビもある。女の子は、仕事をしていないときは基本的にその日あてがわれた部屋にいてもいいのだが、R店の女の子は3階に集まることが多かった。
 ちなみに、その店の女の子の質というか良い悪いは、マネジャーの影響が多分に大きいといえる。
 店長や社長はそのへんのところはあまりタッチしないからだ。マネジャーが日々の管理や相談、仕事のやりかた、アドバイスをする。
 僕はR店の女の子達の稼ぎから、給料としてもらい、そして女の子が働きやすい環境をつくってあげて、また稼がせて、お金をもらうのだ。があえていうなら、もし当時の僕の店の女の子を紹介されたならば、客として、1人の男として受けるとしたら、100パーセント断るし、お金を払わないだろう。
 それは女の子が悪いのではなく、マネジャーのアドバイス、教育によって何か悪いことを吹き込まれていることによる点が大きい。
 たとえば、客なんて一回いかせればちょろいんだから、など、恐らくそんなことを吹聴していたに違いない。
 当時、そのときはそうは思わなかった。客に、女の子を説明しても、わかってもらえないのは、ボーイの責任。と思っていたし、そう教育された。もちろん鬼マネジャーにだ。が、それはのちのちわかるが違うのだった。
 この花魁の控え室には下着も平気であり、風俗をしらない男が、いや、女性をしらない男や、興味津々のチェリーボーイなどがこの部屋に入ったら、興奮しすぎで危険かもしれない。かくいう僕も、その類の男だが、現実を知らされている分、まだどうにかなったのだ。
 ○○フェチ、なる言葉が最近流行った。若い子だと枕がないと駄目とか、男なら水着などがあるだろうか、芸能人のタモリはオッパイ星人である。といったりしているが、ハイヒールフェチも多いのではないだろうか。
 いわゆる臭いが好きな人、汗臭いのがいいとか、あるいはハイヒールをふんずけるように履く様がいいとかであるが、備品庫奥には、ハイヒールの山である。別にいらないけれど、何個かなくなっても分からないくらいあった。しかしそれが暗闇の中に浮かんだりすると、少し怖かったりもするのだった。(イッセイ遊児)

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2007年4月28日 (土)

『吉原 泡の底』 第15回 

 吉原。住所で言うと台東区千束の角町町会の通り、キラキラ輝き、鏡のように写し出す太いポールが2本、その豪華絢爛な見栄えは、確かに一見すると来る客を圧倒するだろう。
 地方の安いソープランドや、ソープが立ち並ぶ地方駅前などからすれば、数百ある吉原の夜のネオン看板を見れば、怪しく、どこか男心を刺激され、さすがは日本一のソープ街と思うだろう。
 僕のいたR店は、ブルーがメインカラーだといっていた。はじめ何それ、と思っていたが、店によってはイエローばかり使う店もあった。その店みせで特色があるのだ。
 R店の自動ドア以外の表の壁はブルーで、その壁には、遡って4、5年前くらいまでの保健所からもらった営業許可証のシールが貼ってある。
 どうだ。ほら、ここに許可証があるでしょう。といわんばかりに、わざと目立つところにある。水戸黄門の印籠のように、これで堂々と営業も出来るのだ。お国公認の印だ。
 自動ドアを入ると、真正面にフロントがある。まずはマネジャーが客を睨み、客の戦意を完全に喪失させる。
 もうそうなった時点で、マネジャーの言いなりである。帰るに帰れず、好きでもないのに金を払わされ、女の子をあてがわれ、遊んでいく。

 フロントの脇の廊下を奥に行くと、右手にボイラー室がある。フロントが店の司令塔だとするならば、ボイラー室は心臓であろうか。
 大きなタンクがあり、いつもお湯を沸かしているので熱く、しかも火事の危険のある場所だ。ゆえに、保健所、消防署の人も、くればボイラーをチェックし、いつも怒られるのだ。蒸し暑いが、その分洗濯物を干したり、傘たてをしまったり。業者が持ってきたピンクのバスタオル、小さなタオルもここでボーイが汗だくになり、懸命にたたんでいるのだ。
 ある程度たたんでおかないと、すぐに部屋のタオルがなくなり、トラブルになる。マネジャーがキレないように、ボーイは暇を見つけてはボイラー室で作業するのだった。
 待合室は2つある。入ってすぐが第1である。僕が面接をしたところもここである。トイレからフロントまで壁があり、そこにヤクザのようなボーイが数人立っているのだ。フロントには各部屋から連絡があり、専用の電話があるが、ボーイには滅多に触らせない。
 流しのほうに行くと、待合室の壁があり、フロントから見えない。サボる先輩などはよく流しに行き、ぽりぽりとお客にだすつまみのせんべいなどを食べたりする。が、それも気持ちは分かる。店長がおまえら飯くっていいぞ、となかなか言わないからだ。
 勝手に食べていて、店長が帰ったら。そう考えると、勝手に何かを注文するなど、マネジャーでも出来ないのだ。たまに流しに行ったりすると、Eちゃんが至福の顔でせんべいを食べ、タバコを吸い、僕をキッと睨みつける。
 おまえは10年早いぞ、といわんばかりである。また、流しに入る手前に、ドリンク製造機があるが、それも勝手にEちゃんは飲んだりする。あれは、グラスをスイッチに押し付けると、ドリンクが出てくるのだが、その際、モーター音がして、その機械を使用していることがわかる。が、それもうまくなると、モーター音を出さずに、ドリンクを出すテクニックが身につくのだ。あまり飲んでいると、すぐになくなるし、あれは結構高いので、マネジャーにどやされるから、分からないように飲むのであった。

 待合室のテーブルには、アメもあり、タバコもある。時にふらふら歩いては、そんなものを頂戴するのだ。
 2階へ上がる階段であるが、第2待合室入り口に立ち、階段で女の子が客を待ち、ボーイが○○様、と待合室に入ってお呼びし、そしてご対面となるのだ。
 この階段もとてつもなく急であり、危険なのだ。客が転んだことは少ないが、ボーイがつまづいて作ったドリンクなどをこぼしたり、割ったりするので面倒なのだ。
 1度、階段中腹から、女の子が降りる際、ドカドカドカとすごい音と共に転げ落ちてきたことがあった。
 案内する直前の子だった。フロントからマネジャーも飛び出した。
「大丈夫か、おい」
というと
「はい、いたいよー」
と笑いながら、目は涙で、音もすごかったし、持っていた小さな鞄の中身は散らばった。
「よし、時間ねーからご案内」
客が出てくると、
「あーん、会いたかった」
と何事もなかったかのように振舞うのである。さすがはプロだ、これじゃ口説こうと思って大金払っても無理だね、とおもってしまったのだった。(イッセイ遊児)

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2007年4月21日 (土)

『吉原 泡の園』 第14回/義指にはめられたステキな指輪

 ある日出会った早朝勤務のボーイは、とても無邪気な笑顔で話しかけてきてくれた。
 その笑顔はまさに癒し系で、とても安心させられたのだった。
 前店長は、この早朝組が気に入らなかった。早朝組も前店長Sが嫌いだった。互いに子供のような陰口や行動を展開していくのだ。
 RグループのRという店がこの店だが、グループ全体のトップは会長という表には出ない闇の帝王が存在し、各店舗の社長達は、我こそが1番の会長の子供であるとがんばっているのだ。そして、S店長は、早朝組の人間が会長にかわいがられていることに嫉妬しているかのようだった。
 いくつになっても、いや、どんな世界にでも、このような嫉妬が渦巻き、そして人間関係があるもんだ、と勉強になった一面だった。
 さて、大した仕事はしないが、とにかくドリンクを運ばされ、僕の1日は終わる。24時、フロントからマネジャーが、
「はい、12時」
 と表の人間に怒鳴ると、表の小さな看板のコードを抜き、それを店にしまう。大きな店にある看板はフロントで消す。自動ドアを閉め、鍵をかける。学校の音楽室のカーテン。あれは光がもれない。あれを表向きに店の中からマジックテープ3箇所でとめ、いかにも店内の電気が消えたかのように細工する。
 当然24時以降の風俗営業は違反である。
 ここまで来ると、大方上がりのお客さん待ちである。片付けながらも、ドリンクをつくり、飲んだり、テレビを見たりしているものもいる。僕とTさんは、マネジャーに見つからないように、コーラとメロンソーダを混ぜ、カルメロと騒ぎながら飲んで、1日の疲れをとっている。すると、裏のドアをドンドン叩く。もう誰よ、疲れているのに。と思いながらフロントの前を横切り裏出口に行く。鍵を開けると、小柄ながらソフトなパーマをかけ、いつもオシャレな派手なシャツとチノパンをはき、クロコダイルのポシェットを抱え、小指に小粋な指輪をはめた、Rグループ幹部の経理のYさんがギョロ目をさらにむき出して僕を見る。
「あっどうもごくろうさんです」
 僕も一層声が大きく出る。
 マネジャーも少し驚き、今日の売上をYさんに渡すのだ。
 売上→縦計が売上。詰金が純利益である。縦金をYさんの鍵つきのポシェットにしまう。
 ダイヤルが3つ。数字があえば鍵があく。Yさんは元極道だったという。小指に指輪をしているが、その小指も義指で、極道時代に何かへまをやらかし、指を詰めた。が、今の時代。良い義指があり、その義指には、指輪までついている。まさか指輪をはめたその指が、義指とは思うまい。僕も、小指に指輪なんて、ステキだし、すこしエロティック。とおもったもんだ。また、暴力団員系の人は、楽な格好だからか、トレーナーをこよなく愛している。まあ、車の運転によし、くつろぐのによし、喧嘩の時、動きやすい、まあそれはどうか知らないが、犬の顔が背中にプリントされているような類のものを、Yさんも好んでいた。たまにだが、そんな格好でも来た。
 また、そんなトレーナーくらい、好きなものをきればいいと思うかもしれないが、ランクなどがあり、マネジャーは、この歳ですでに、○○のメーカーをきてるんじゃ。と自慢していたが、僕にはチンプンカンプンだった。
 ちなみにこのトレーナー、たかだかトレーナーですが、アドバットというものは、3万くらいするのです。(イッセイ遊児)

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2007年4月14日 (土)

『吉原 泡の底』 第13回 「今日jも鬼が叫ぶ」

 その日、掃除のときにTさんが言った。
「この部屋お願いしても良いかな、ちょっとやってて」
 そういって僕はある部屋に1人残された。しばらく掃除をしていたら、ドアが静かに開き、僕がそちらを見るとマネジャーだった。
「Tは?」
「違う部屋をやってると思います」
 とマネジャーの目が、一点で止まった。
「なんじゃこりゃ、こんな掃除の仕方、俺は教えてねえぞ」
 見るとヘアリキッドの右と左に置くものが逆だというではないか。
「誰が教えたんじゃい」
 目が血走り、僕にそう責める。
「え、誰ってTさんです、っていうか、Tさんにしかまだ教えてもらっていませんが」
 すると、
「おいTー」
 と店中聞こえる声で騒ぎ始めた。少しすると、腰が抜けたTさんが、驚いた表情で部屋に入ってきた。
「何じゃ、イッセイに掃除教えるんはいいが、てんめぇ適当教えてんじゃねえぞ」
 Tさんは水気を失い、青ざめていた。
「あ、いや、これは」
 間髪入れずに、
「じゃかしい」
 Tさんも1日の始まりでガンガンやられている。これから15時間も仕事をしなければいけないのに、それも、この仕事は毎日動きが違うから、同じ15時間でもまるで先が読めない辛さがある。ガンガンに怒られるTさん、そしてマネジャー、僕は二人の間にあるスケベイスが目にとまった。
 金色をベースに、ラメがちりばめられている。このスケベイスのように、この店が回っているのは、陰ながらTさんのようにがんばるボーイがいて、そして始めて動いているんだ。と、スケベイスを眺めながらそう思った。
「分かったかい、しっかりやれや」
 マネジャーが出ていった。
 Tさんに対し、僕はすいませんとは言わない。何事も無かったかのように振舞うのが1番なのだ。こんなときは謝ると、惨めさが倍になる。相手だって、僕に気を使う。だから、明るく違う話をしてやるのだ。
「うるせえなー」
 Tさんが半泣きしながら僕にそう言ってくる。その顔を見たとき、思わず、そんな強がりいらん。と笑いそうになってしまった。大体、マネジャーの悪口を言ったところで、マネジャーが消えるわけでもないし、問題解決はしない。ならば、与えられた地獄の環境かもしれないが、どう生きやすくするかを考えるほうが生産的だ。
 そうこうしていてようやく全部屋のセッティングと掃除が終わるが、それで終わりならば苦労はしない。今度は、待合室なる部屋の掃除である。
 待合室→来店してくださったお客様が、サービスを受ける前と、後にドリンクなどを飲みながら、テレビをみて待つところの掃除である。待合室は2つ。第1と第2である。第2は小さいから良いが、第1はちと広い。エアコンなどもあるし、新聞も毎日入れ替えである。袋に入れて出すごみも、決して無駄にはしない。ビニールでしばれないまでいれても、ビニールテープでとめる。とにかく備品は無駄にしないのである。
 それくらいのことまで終わると、深夜から早朝まで店を切り盛りしていた、早朝組といわれる人たちも帰る時間である。
 警察に注意し、夜中まで客をたらしこみ、お金を稼ぐのである。
 ヤクザとは、いかに楽して金を多く稼ぐかを極めた集団なんだなあと感じた。その時は皆カタギだったが。それに、そもそもソープ経営はカタギでないと出来ない。組員などでは出来ないのだ。(イッセイ遊児)

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2007年4月 7日 (土)

『吉原 泡の園』 連載第12回 「花魁が忘れていったパンティ」

■ボーイの朝の仕事は掃除である。店の隅々まで回って日々の掃除の掃除をこなす。さて、サービス料金6万5000円の高級ソープ店の内部・設備はどのようなものなのか。

      *      *      *

 備品庫から各部屋を回り、減ったものを補充する。かといって、好きなだけアバウトにやればいいわけでもない。
 1階には1,2号室と部屋がある。
 2階には3,5,6,7,8,10とあり、4と9は縁起が悪いからない。
各部屋にはリモコンもそれぞれ2個ずつ入れるのだが、ひとつはエアコンのリモコン、もう一つはライトのリモコンだ。
 例えばお客と抱き合いながらも、それとなしにライトが徐々に暗くなっていく。そんなことが出来る。リモコンを天井にむけ、スイッチで↑、↓を押すと、明るくなったり、暗くなったりする。今度ソープに行く機会があれば、高級店ではそんな細かい細工もあるし、それを毎朝点検しているボーイもいるので、是非試しに暗くしたり明るくしたりとやってみていただきたい。
 暗くしているのに、明るくしたりすると、女の子が恥ずかしがったりする。それで、
「いやーん」
 などとひと盛り上がり出来たりもする。
3階部分にある在庫に、ボディソープ、ローション、シャンプーも営業用サイズで確保してあり、毎朝それらも各部屋のボトルを持ってきては入れるのである。

 2階にはお客さん専用のトイレと、女の子専用のトイレがある。ボーイがそれぞれのトイレにペーパーを置くが、女の子が勝手にお客さん用のトイレからペーパーをとり、女の子の専用のほうに勝手に持っていってしまうケースもあり、そこで怒られるのはボーイなのである。
 部屋は1番広い部屋が1号室で、狭いのが5号室だが、広さの違いはあるものの、基本的には備品や構造は同じである。
 部屋半分が風呂、半分がラブホテル的要素を含んでいる。風呂にはきちんとミニサウナというべき、スチーム機もある。
 ソープランドというのは、さまざまなお風呂道具や、タオル、シーツなどがある部屋と、想像するかもしれないが、一応保健所視察の基準で、ソープランドの部屋にあるとされているのは、きちんと使用できるスチーム機のみである。
 が、ソープの雑誌一つとってみても、部屋の中の写真などには、ベッドにはふわふわの布団、風呂にはスケベイス。などが写っている。7不思議である。
 とにかく半分が風呂である。風呂だから、ボディソープや簡易スポンジ、空気マットなどがある。何故風呂に空気マットがあるのか。ベッドに行くまでにそれがベッドになる場合もあるし、サービスの流れの1つにマットプレイというものもふくまれている。
 そして換気扇である。これが結構重要で、湯気をすばやく逃がしてくれる。たまに調子が悪いと、音はうるさいし、雰囲気も台無しになる。
 ラブホテルの要素を含むベッドの部屋と、風呂の部屋は、特別仕切りはない。ただ、濡れた体では仕方が無いので、ベッド側にはタオルを2重にひいて足の水を吸い取り、そこで体をふいてもらうのである。
 もちろん、拭いている最中も、何かしらのサービスはある。それが高級店なのだ。
 ベッドの前には、よく女の子が嫁入り道具などで持っていきそうな鏡セット、そこにドライヤー、ヘアリキッド、耳かき、ティッシュなどがある。銭湯などに置いてある服入れの籠もある。本棚のような棚には、白シーツと枕カバー、布団の下のシーツが常時完備してある。朝、掃除などをしていると、女の子の超ハイレグパンティなどの忘れ物がある。忙しいのでそのままポッケにしまいこみ、1階に行ったときなど、マネジャーに、
「忘れ物がありました」
などとポッケからパンティを取り出すと、
「てめぇそんなもん持ち歩くんじゃねーや」
 とどやされる。かといって手に持って歩くのはよけい危ない人のように思えるのだが。
 3階には備品庫のほかに、花魁皆で使える待合室がある。6畳位だろうか、テレビ、コタツ、レディースコミック、お茶、ロッカー、女の子の備品などがある。ここでお客さんのついていない子や、暇なときは、女の子が飯を食ったり、携帯をいじっていたりする。
 掃除の時、一応ここもチェックする。ここにもパンティ、ブラジャーがあったりする。ハイヒールもたくさん置かれ、ピンクのドレスなども多くある。(イッセイ遊児)

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2007年3月31日 (土)

『吉原 泡の園』 連載第12回 「あるボーイの朝」

■少しずつ明らかになってきたR店と従業員の姿。日々の仕事と比類無き圧力でボーイたちを支配するマネジャーに追われ、今日もイッセイは目覚める。一日の始まりである。

      *      *      *

  朝、11時に目覚ましが鳴る。下で寝ているEちゃんも、僕につられて起きる。
「おはようございます」
 一応先輩には元気よくいっておくものだ。厳しい運動部でそう教えられたものだった。それに、先輩という生き物は、とにかくそう挨拶されると、急に態度が大きくなり、
「おおっ」
 などとなるものだった。が、Eちゃんは仕事で疲れ果て、そんな格好つけなどうんざりなのか、それとも愛想が無い人なのか、とにかく挨拶しても、
「フンッ」
 としているのだった。
 7.3に分けた髪の毛が寝癖で乱れ、それを直し、色つきのシャツに、少し洒落た色とつくりのスーツを着て、店に行く準備をしている。
 僕も、それに負けじと必死に着替えをする。誰のか分からぬシャツ、ネクタイがクローゼットに山とある。
 Eちゃんは水で寝癖を直すが、僕は当時坊主だったので、そのまま出かける。寒いときは暖房をつけっぱなしで行く。熱いときは冷房ガンガンで出かけてしまう。どうせ支払いは店側なので、Eちゃんも僕も、それくらい贅沢してもいいだろうと思っていたのだった。
 寮から店まで、歩いて1分かからない。走れば、25秒くらいだろうか。休みたいとき仮病が使えないのはいたい。
 隣の部屋にはマネジャーが寝ているのだTさんと共に。それだけに大騒ぎもできないし、こそこそクーデターの準備も出来ない。まあ、出来てもやらないが。
 Tさんなどは、もう笑い話にもならない。店で顔を合わせ怒鳴られ、殴られ、寮に帰れば、同じ2段ベッドの上と下で寝る。寝ない間、彼らの部屋は狭く、テレビが1つあるのみである。Tさんは、少しでも気に入られようと話しているが、それでも逆効果なのである。なぜか、うまくいかないのだ。
 鼻持ちならないというか、何か話すと、お前ら知ってるか、みたいな感じが伝わり、それでマネジャーも面白くなくなり、逆に嫌われてたりする。まあ、マネジャーと同部屋なので、精神に異常が出ても不思議ではないが。
 ライオンのいる檻に、人間が放り込まれたようなものである。
 店に着くと、後からTさんが来るが、普通寝て疲れがとれるはずなのに、なんだかマネジャーとともに過ごしているせいか、やつれて疲れがとれていないようだ。
 店に11時30分に皆が集まる。マネジャーは緑色のパンチパーマで、起きたばかりの顔で朝礼をはじめる。
 ボーイはきちんとした格好である。もし、ボタンのとめ忘れがあると、厳しく注意される。また、ボーイは白いシャツが基本で、僕ら新入りは当然白だが、白いTシャツは下の着物が透けてしまう。柄つきのTシャツを着ていることが多かった僕は、
「シャツが透けてるぞ」
 とよく注意された。それでも、
「はい、すいません」
 といい、それだけで何もしなかった僕も、今考えれば自殺ものであった。

「昨日は客も少なかったし、売り上げも悪い。このままじゃRは店の存続もやばい。皆気合い入れてくれよ」
 マネジャーが言うことといえばいつも決まっている。みんな毎日同じことに、適当に頷いている。マネジャーもそれが気に入らなく、だんだんヒートアップしてくるのだ。そして、終いには1人でキレて、1人で暴れ出す。
 それを止めるのは僕の役目になっていくのだった。
 絶対に朝礼と言えないような、ただのマネジャーの独り言を終え、掃除に入る。
 毎日忙しい忙しい。もっと早く終わらせようと思いながら、自分はフロントに入りインターネットを見始める。
 マネジャーが急げボケが、と言うから必死に動いていると、
「イッセイ、コーヒー作ってくれ」
 と言われるのだ。専用マグカップに、砂糖とミルクの量が決まっていて、それをフロントにドンと置くと、また掃除に戻る。
 はじめはTさんが、僕に掃除というものを教えてくれた。
「おいT、イッセイに掃除おしえたったれや」
 Tさんが疲れながらも精一杯の笑顔で僕に教えてくれるのだ。
「まずね、3階の備品庫に行って鍵を開けるのね」
 フロントのマネジャーに、
「備品庫の鍵をください」
 というと、マネジャーはこちらを見もせず、ただ鍵を投げた。投げるというよりも、もっと正確にはぶん投げる。つまり乱暴なのだ。
「まあ始めは覚えることが多いけれど、覚えてしまえばいつも同じだからさ」
 Tさんはなんて優しい人なんだろう。僕は説明を聞きながら、そんな思いで返事をしていた。(イッセイ遊児)

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2007年3月24日 (土)

『吉原 泡の園』 連載第11回 「鬼マネジャーの過去」

■「俺が下っ端のときにされた仕打ちを下っ端にしてやることが、俺をここまでがんばらせたんじゃ」。こう言い放つマネジャーにももちろん過去はある。愛する娘と妻は、石川県に置いてきたという。

     *    *    *

 さる日、まだ吉原に来たてのマネジャーは、ぺーぺーのボーイだった。休日を申請しており、その日、娘と奥さんとディズニーランドに行く約束をして、東京駅で待ち合わせしていたらしい。
 その日がやって来た。朝、先輩ボーイがマネジャーに言った。
「ワリィ、今日俺休むから。おまえ店でてくれ」
 当時のマネジャーはまだペーペーである。
「あっ、今日は自分やすみ」
 言い終わるまえにさえぎられ、泣く泣く仕事に出たという。悔しさで、奥さんと、娘に連絡を出来ず、会えるチャンスを棒に振り、そのまま音信も途切れたという。 さらに、それ以前は全国をまたにかけた建設業者のスターだったらしい。
 クレーンなども運転でき、それなりの金も稼いだ。が、マネジャーの働いてた会社で、現場で事故により死者が出て工事はストップ、会社に仕事は来なくなり、それまでの収入が激減、夫婦間で喧嘩が絶えなくなり、離婚。娘の自慢はいつもしていた。
 そして、地元に吉原流のソープランドを立ち上げようと、東京吉原のソープに修行に来て、そしてマネジャーまでになったそうだ。
 事あるごとに、
「俺は3回も離婚しとる、娘も捨ててきた、富士樹海もさまよったこともあるんじゃ」
 地元暴力団のSさんが兄貴で、前身刺青入れろと、700万置かれたときには、さすがに逃げたね、が口癖で、まあ確かに普通で考えればそれなりにビビる経歴ととれるが、僕はそれまでに壮絶人生読本を読んでいた