音楽

2008年4月15日 (火)

ヒアリング・リスニング・英語の聞き取り講座

 もともとゲームは好きなほうだが、それ以上に洋楽が好きだ。中学生の時から聞いているので、10年以上聞いている。
 最初は映画のサントラから入り、ポップ(男性グループ系)→いろいろ→ロック→ポップ(女性アイドル系)→いろいろ(今ココ)と、かなりの偏り具合で聞いてきた。

 

おかげで英語耳

 英語について話していると、多数の人が「聞き取りが苦手」というのを聞いてきた。私の場合、聞き取りと会話はできる方だが英文読解はできない。頭が痛くなる。そのかわり、なまっている英語でも聞き取る自信はかなりある。
 英会話の体験レッスンに行くと必ず、「聞き取り」に関しては「Excellent」と褒められる(会話もできるので、ボキャブラリー増やせば完璧!らしい)。

 ある日、その理由を大まじめに考えてみたところ、「洋楽を聴いてきたからではないか」という結論にいたった。
 叫び声にしか聞こえないメタルや、リリカルサウンダー(注・こんな言葉はない)R&Bなどはさすがに無理だが、ロックやポップなどは3回聞けばほぼ完璧に理解できるようになった。

 3回というところがすごさを感じさせないし、あまり説得力がないようにも感じられる。

 そこは気にしないでおくとして、これから英語の聞き取りを強化したいと考えているのならば、「ヒアリングに強くなる」という宣伝文句に踊らされるより、CMなどで流れていたりラジオで聞いて気に入った曲があったらその曲の入っているCDを買ったほうがいい。
 教科書めいたものだと、「買ったんだからやらなければ」という脅迫観念に苛まれるが、CDだと気が向いたときに聞けるし、勉強をしている気にならないのにずっと聞いているといつの間にか聞き取りができるようになっているという非常に優れたテキストなのである。
 ただここで注意してもらいたいのが、初心者は必ず日本語の解説のついたCDを買うこと。
 安いからといって輸入盤を買うのはダメ。最近は減ってきたものの歌詞カードがついていないからだ。英語の歌詞がついていない場合、日本語訳の載ったブックレットに歌詞が書かれているので、まずはそれを見ながら聞く。
 趣味で聞くのではなくテキストとして使用するならば、英語の歌詞を見ながら聞いて、慣れたら歌詞を見て共に歌う。シンギングも重要。歌の場合の発音は、メロディーに合わせての発音なので気にせず歌う。さらに慣れたら歌詞をみずに聞きながら歌う(動画サイトなどでビデオクリップが落ちていたらそれを見ながら歌ってもOK!)。

 聞いて口ずさむことで覚えるので、上達が早くなる。

 おすすめの歌手は、ダントツでビートルズとカーペンターズ。ビートルズは、イギリス英語で「R」が巻きではないので聞きやすい。カーペンターズは、レロレロしていて聞き取りにくさを感じるかもしれないがおすすめ。
他は、ポップだとメイヤ(スウェーデン人)。ロックでのおすすめは、フーバスタンク(聞き取りやすいロック)。

 超個人的趣味に走ると、P!NK、Slipknot、LINKIN PARK……挙げるとキリがないので以上。ちなみに上記の3つは、上級者向けテキストとなるのでご注意。

 ニーズがあるかどうか分からないが、興味を持たれた方はどうぞ試してみてください。(奥津)

※ゲームは攻略中のためお休み。

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2008年3月21日 (金)

『あの頃』が歌になった!

 昨年7月、小社から『あの頃』を出版した小林高子さんから嬉しい知らせが届いた。彼女の本に感動した友人のミュージシャンが、本にインスピレーションを得た曲と詩を作ったという。その後、バンド「GATE」のメンバー2人と小林さんが頭を付き合わせて、詩の表現を固めていったそうだ。

 

目を閉じて キミの名前を呼んだ
誰よりも 特別な名前
朝も昼も夜も どんなときでも
空を見上げて 思い出す
Best of my love

退屈な毎日 見慣れた景色
何も言わずに さよなら告げる日々

ためらうこともなく 過ぎる時間が
涙の跡を乾かしていた

もう一度だけ キミに会えるなら
この両手で強く抱きしめてる

 その詩の一部である。
 18歳で彼をガンで失った彼女の悲しみが詩から浮かび上がる。作詞・作曲を手がける Koさんも、かなりの自信作になったと語る。小林さん自身も「人の命の大切を伝えたかった。とてもステキな詩に仕上がりました」と喜びの声を伝えてくれた。

 出版から半年以上がたったが、この本は不思議な広がり方をしている。本に感動した読者が、小林さんにいろいろと働きかけるのだ。刑務所などで講演会を開こうと動いている人もいる。
 彼女が原稿を抱えて初めて小社を訪ねてきたときから、「命を大切にするというメッセージを発信したい」と彼女は言い続けてきた。出版にこぎ着けるための宣伝文句かと当初は聞き流していたが、数ヶ月後に本気だと実感した。知人からの相談に、彼女が時間を惜しまずに対応していたからだ。

 寂しさから悪さを繰り返している青年、事件で子どもを亡くした遺族などなど。年齢や性別も超え、彼女は相談者の話に耳を傾け続けていた。そうした時間の積み重ねが、『あの頃』を触媒にしてさらに広がっているようだ。

 冒頭で紹介した歌は、4月19日(土)に川崎の会場:ラ チッタデッラ 中央広場(http://lacittadella.co.jp/)で初披露される。2日間で60組が出場する「アジア交流音楽祭」での演奏というから、きっと盛り上がることだろう。

 著者の小林さんは舞台に出演し、私は入り口近辺で『あの頃』を売っている予定です。入場無料なので、お近くの方はぜひお越し下さい。で、よかったら『あの頃』を買ってくださいね。(大畑)

●イベント詳細
「アジア交流音楽祭」
日程:4月19日(土)
出演時間:15:45~16:15
会場:ラ チッタデッラ 中央広場
http://lacittadella.co.jp/

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2007年11月14日 (水)

キャロル・キングとメアリーJとファギー

ココログメンテナンスにより更新が遅れました。
“3 Great American Voices”と名づけられたコンサートに行って来ました武道館。

①キャロルはジミー・ペイジに似ていた
②ファギーはバルカン星人だとわかった
③メアリーJはウーピー・ゴールドバーグだった

出演もこの順番だった。
この三人の共通点がどこかは前々から話題となっていた。以下が私なりの想像。

①キャロルとメアリーJはニューヨーカーである
②キャロル作のナチュラル・ウーマン(A Natural Woman)をメアリーがカバーしている。この曲をヒットさせたアレサ・フランクリンとメアリーのキャラもかぶる
③ファギーのヒット曲であるグラマラス(Glamorous)をフィーチャーするリュダクリス(Ludacris)は自身の曲ランナウェイ・ラブ(Runaway Love)でメアリーにフィーチャーを受けている。ちなみにランナウェイ・ラブの歌詞は実に深刻である
④いうまでもなくメアリーとファギー(BEP含む)はヒップホップのジャンルにある

となるとメアリーJをブリッジとした一昔前の社公民路線みたいな競演か。なかなかキャロルとファギーの接点が見つからない。
とはいえキャロルは何人かいる「原点」の1人である。女性が1人でヴォーカルを取るという形のルーツがジャニス・ジョプリンであるように、ビジュアル系の根っこにディビット・ボウイがいるように、キャロルは「女性シンガーソングライター」の発祥だ。したがって以後の女性ミュージシャンがジャンルを問わずキャロルを尊敬するのはわかる。
“3 Great American Voices”の最中にキャロルは自身の年齢を65歳と替え歌であえて告げた。考えてみれば伝説のアルバム「つづれ織り」(Tapestry)の発表は1971年。今から36年も前である。36年といえば日本が朝鮮を植民地支配したのと同じだけの年数だ。ずいぶん昔のこと。62年生まれの私もTapestryはリアルタイムで聞いた記憶がない。多分やや遅れての追体験である。したがって会場には40代後半から50代の客も多くいてファギーのパフォーマンスにはビックリしていた。

キャロルの選曲もTapestry中心。しかしイッツ・トゥー・レイト (It's Too Late)は歌わなかった。これはリアルタイムファンにはつらかろう。先行した他の会場でも同じだったという。理由は不明。日本でのコンサートでビッグネームがこうした「外し」をする件は他にも多くある。誰か理由を教えて下さい。

ファギーは現在30代。案外と苦労人である。いきなり嫌いなはずの腹部を露出して登場。ここまでシェイプアップしていると誇示したかったのか。マイク片手にバク転したりとフィジカルの強さを強調していた。
しかし、それにしても大ヒット曲(それもスタンダード系)があると歌手は違って見える。ビッグ・ガールズ・ドント・クライ(Big Girls Don't Cry)はビルボードチャートこそトップ数が少なかったものの07年最大の収穫といっていい。アメリカの女の子はみんな歌っていた。日本でも大学1年生の女性が私に「ファギーだけだったら行った」などと話す。
確か「歌手に大ヒットは必要だ」と説いたのは矢沢永吉で説かれたのがオフコース。そこで「さよなら」が誕生したとか。いったん大ヒットを手にすると過去の曲まで自身の持ち物のようになる。BEPあってのファギーか、ファギーあってのBEPかとの論争は、当然のごとくBEPのメドレーを熱唱する今のファギーの姿で決着がついた気もしたコンサートだった。

メアリーJはもはや女王様である。He Think I Don't KnowやBe Without You(何て素敵なタイトル)は単にヒットしただけではなくグラミーからも愛された。この辺が大御所への布石となろう。ただ実物を間近(アリーナの前3列目だった)に見ると聞き慣れたヒット曲の数々よりも体型が気になってしまう。やっぱり例のダイエットの印象が強烈だからか。この人は相当長いのにいまだチャートのトップを平然とねらえる地位にある。
ニューヨークの香りといえば去年来日したビリー・ジョエルが有名だけれど、いかんせん懐メロ歌手だ。ラモーンズはみんな死んでしまったらしいし。その点でメアリーJの歌声は今のニューヨークを代表するといっていい。
サブプライムショックで下げまくるウォール街と、その資金が回避しているせいもあって暴騰するマーカンタイルと、共和党の大統領候補に擬せられる前市長と、そんなこんなを抱え込むNYを母のように包むメアリーJは“3 Great American Voices”でも右手に伝説(キャロル)、左手にティーン(ファギー)を抱いてアンコールを仕切っていた。(編集長)

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2007年7月31日 (火)

今月の洋楽-ケリー・クラークソン

 約3年振りにニューアルバムがでたKelly Clarkson。初代アメリカンアイドルグランプリで、2枚目の『Breakaway』が大ヒット、さらにアルバムからのシングルカットもすべて大ヒットしたので、知っている人も多いかと。ビデオクリップもなかなか。個人的には『Since U Been Gone』が気に入っている。
 ソファーの上で座りながら歌い始めるところから始まるのだが、歌いながらいろんなものを壊す壊す。たぶん元彼の部屋(たぶんでなく、絶対だな)で、その部屋のありとあらゆるものを破壊つくし、最終的に、写真立てをガラステーブルに勢いよく投げつけ割る。サビはライブハウスで凄い形相で『Since U Been Gone』と髪を振り乱し、飛び、激しく歌うのだ。そして破壊つくしたあとさっぱりしたのか、爽やかな顔で帽子を被り去っていく。その直後に仲むつまじいカップルが部屋に戻り愕然とし、ラストカットはKellyが『Since U Been Gone』とつぶやいて終わり。
 絵はロックだが、2枚目のアルバムはまだポップさが残っていた。とはいえ、なかなか聞き飽きないアルバムで良かった。
 さて、今回のニューアルバムである。タイトルは『My December』。髪色がブロンドから黒髪?ブルネット?になり、ドレス姿で座っているジャケット。ちなみにトレードマークの鼻ピアスはしていない。以前、MTV(アメリカの)のTRLという番組で、Kellyと同じところに鼻ピアスをするという企画があったが、ライブ放送でピアスをあけるのってすごいね。
 疑問なのだが、Ashley Simpsonもそうだったけれども、ロック歌手を目指す場合、ブロンドよりもロッカーぽく見えるから色を黒くするのだろうか。ブロンドの女の子じゃアイドルに見えるから硬派にするなら黒髪ということかしら。
 もうひとつ彼女の写真で気になったこと。裏足首にタトゥーが。やはりこれもロッカーには欠かせないアイテムなのだろうか。これに関してはロッカーに限らないんだけど、アメリカの歌手の入れ墨率は80%。
 あいかわらずボリュームのありそうな体型ではあるが、かえって声がよく出そうだし、歌唱力重視ならアイドル体型である必要はない……のかな。
 肝心の歌だが、おすすめは1曲目の「Never Again」。これだけでいい。もっと聞き込めば他にもいい曲があるのだろうが、やはり聞いていて気持ちいいのはこの一曲ぐらい。
 確実に前回よりもロック色が強くなっているので、これまでのアイドル色はなくなっている。初代アメリカンアイドルの肩書きを忘れ去らせることができるか、今後の彼女の活躍に期待したい。(奥津)

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2007年5月11日 (金)

今月の洋楽~EVANESCENCE 後編~

※諸事情により今週の首相ウォッチングは火曜日に変更いたしました。楽しみにしていた読者様(いたら)にお詫び申し上げます。

前回とりあげたEVANESCENCEの後編。
2作目の『The OPEN DOOR』は、前作よりさらにゴシック調の曲が増えた。
ファーストシングルの『Call Me When You Sober』のPVは、赤ずきんちゃんをテーマにしてるのかなんなのかよくわからないが、ロック色はさほど強くはなかった。
なんていうか、情念系がさらに増した感じがした。
日本で情念系の頂点といえば中島みゆきだが、なぜか私が思い浮かべるのは犬神サーカス団。なんともいえない粘っこさがにている。
だから聞いていて疲れる。
どろどろと渦巻く何かがスピーカー越しに現れ、精神的に安定していないとあっという間に浸食されつぶされてしまうほどの破壊力を持っているのだ。
それもこれもあの声が悪いのだ。
曲の世界観と、力強い声。
か細い高い声では、ロックは無理だし、破壊も無理。。残念なことに、犬神サーカス団のボーカル犬神凶子は声はロック声だが、Amyと違ってメイクをしなければ破壊力が生まれないという欠点がある。
なんというかあの顔も反則だ。なんてロックが、メタルが似合う顔なんだろう。
ゴスファッションしても、ピアノ弾いても、笑顔を見せても、そこにはロックの匂いが漂う。
だからこのPVで男優との絡みが少々あったことに違和感を感じたし、ダンサーとともに現れ宙づりになったのにも違和感を感じた。
PVは格好よくてかなり気に入っているのだが、彼女の場合はドラマ形式よりもパフォーマンス形式のが似合っているのではないだろうか。 (奥津)

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2007年4月12日 (木)

The Western Music ・ Evanescence-The Fallen(前編)

香港でもっぱら視聴していたMTVasia(キー局はシンガポール)で見たのは何年前のことだろうか。
かなり豊満なボディのAmy Lee(Vo.)が、スリップワンピースを着て"Bring me to life"と歌う姿に目が釘付けになった。
ビルの外壁を登りながら「生き返らせてください~」(直訳)と歌う姿には生命のはかなさをみじんも感じさせないほどのパワーに満ちあふれていたように感じたのは、きっと私だけではないだろう。
たぶんそれは、体格の問題ではなく声のせいなのだろうが、あまりの力強い声に一瞬でファンになってしまったのはいうまでもない。彼女の声は本当に、ギタージャカジャカ、ドラムドンドンによく合う声なのだ。
声が魅力的だという話はおいておくとして、冒頭の曲が入ったEvnesceneのデビューアルバム“Fallen”(2003年リリース)にはそのほかに“Going Under”(Jamiroquaiの曲にも似たような名前があったような……)や“Everybody's Fool”“My Immortal”など、ロックやバラードてんこ盛り。
“My Immortal”のビデオクリップはあまりお金がかかってなさそうな仕上がりだが、美しい。曲もピアノの旋律が美しく、Amyの高音に合って良い。
世界で1500万枚売ったそうだが、それが納得できるアルバムであるのが間違いない。
アルバムジャケットも、真夜中に月夜に照らされるとかなりおどろおどろしいし、本当によくできあがっている。ジャケット写真を載せたいが、軽い心霊写真になっているので自己規制させてもらう。
昨年9月にニューアルバムがリリースされたが、レビューはまた次回書くことにする。(奥津裕美)

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2006年12月 5日 (火)

U2の来日コンサート

4日、さいたまスーパーアリーナにおけるU2のコンサートに行ってきた。私がU2のライブをじかに見るのは初めて。

ダフ屋が大繁殖していたから人気は上々らしい。だが昨今は取り締まりが厳しいせいか以前のように堂々と売買していない。ところが当日券も売っている。奇妙なので聞いてみると全席売り切れだが今席を作っているとか何とか。そういうことを勝手にすると消防庁から怒られるのではないかと心配しつつ会場へ。

アリーナ席は埼京線の超満員がそのまま引っ越してきた如きすし詰め状態。少しでも身軽になりたい人用に袋に荷物や上着を入れて預かるサービスをしていたがゴミ袋にしか見えない袋代が1枚500円は暴利である。

コンサートは可もなく不可もなし。DVDやCDで想像していたコンサートイメージとほとんど変わらなかった。手抜きはなくBonoはややお疲れ風で独白部分のセリフ(もちろん英語)を忘れていたようだが(聞き取れなかったので)歌詞はさすがに大丈夫。曲数もたっぷりだった。埼京線席の人も満足であったろう。
ただしNew Year's DayとOriginal of the Speciesを歌わなかったのが意外。前者は古くからの、後者は最近のファンにとっては少々不満であろう。代わりというのもおかしいけれどもVertigoを2度もやった。
Bonoだけに政治的なメッセージ色が色濃くにじむのはやむを得ないのかもしれない。世界人権宣言をスクリーン上で読まされた。日本語だった。ただ埼京線席の方々にメッセージが伝わったとは到底感じられない。乗れればいい風だったから。

TOKIOを連発していたのも変といえば変だ。だってここは埼玉。右も左もすべて埼玉。前も後ろも全部埼玉のさいたまスーパーアリーナ様だ。知事は石原様ではなく土屋様だ……じゃなくて上田様だ。マライアも当地でコンサートをした時にTOKYOと叫んでいたが彼女の場合は武道館からの移動だから分からなかったのかも。でもU2の日本公演は「全部埼玉」だったので間違える余地はない。しかも私が聞いたのは最終日だ。考えられるのは
1)Bonoが当地をTOKIOと勘違いして回りも恐れ多くて訂正を求められなかった
2)Bonoは埼玉と知っていたがSAITAMA!といいたくなかった
3)Bonoが当地をTOKIOと勘違いして回りもむしろ喜んだ
4)最初はBonoもSAITAMAと紹介していたが回りがTOKIOにしてくれと頼んで修正した
など。ふふん。

公演後の感想。とにかくBonoだった。ごく控え目に述べても観客は99%Bonoだけを見ていたはずだ。Bonoがメンバーチェンジをしない(許さない?)わけだ。

と冷淡な書きようになったが理由は疲れたから。アップしたらすぐ寝るつもり。ということは相当パワーのあるコンサートだったという証左か。年を取ると疲れはその場ではなく後で段々とわかると書いたのは貝原益軒だった……っけ。忘れた。きっと勘違い。ゴメン。寝る。(編集長)

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2006年11月27日 (月)

ビーイング系アーティスト・その後

音楽プロデューサー・長門大幸が設立した音楽グループの総称をビーイング系、と言う。90年代から現在に至るまで音楽シーンにおいて大きな影響力を持つが、いつの間にかヒットチャートに姿を表すことがなくなったアーティストもいる。その後、いったい彼らはどうなった?

■T-BOLAN
 1987年にボーカルの森友嵐士とドラムの青木和義で前身のバンド「プリズナー」でビーイング主催のオーディションでグランプリ獲得。1991年にT-BOLANとしてデビューし、数々のヒット曲を飛ばす。セールス的にも絶頂期にあった95ごろから、森友の体調不良が原因とされる活動休止状態に。散発的にシングルをリリースするが、99年にとうとう解散。
 2001年からラジオ日本で『森友嵐士のアラシを呼ぶぜ!』という番組のパソナリティを現在に至るまで続けていて、05年にはプロデュース活動を始める。
 最近では今年の8月2日、ボクシングWBA世界ライトフライ級王座決定戦(亀田興毅vsファン・ランダエダ)で突如森友が国家斉唱の場面に現れ、『君が代』を歌っている。
 青木和義はDOGSTARというインディーズバンドで活動中。12月にもライブの予定アリとなかなかに精力的だ。

■WANDS
 1991年にデビュー。“中山美穂&WANDS”としてリリースされた『世界中の誰よりきっと』で知名度が急上昇し、以後、リリースする曲がことごとく大ヒット。95年あたりから音楽性がガラリと変わり、デジタル・ビート的なものからグランジ色の強いものに変わってゆく。こんなに急に音楽性が変化するものなのか、と当時思っていたが、96年にボーカル上杉昇と柴崎浩が脱退。3人のうち2人が脱退したにもかかわらずWANDSは活動を続けるが、2000年に解散している。上杉の後にボーカルとなった和久二郎が、先代の声質と余りにも似すぎていて、私のまわりでも「あんなことってあるのか?」と話題になった。
 脱退した上杉と柴崎はal.ni.coを結成、シングルを4枚、アルバムを1枚リリースするが、1回目のツアー後に解散。
 最近の上杉昇について調べてみると、かなり精力的に活動していることが分かった。WANDS時代の、どことなくストイックな感じの(そうでもない?)上杉をイメージしてからこのページに行ってみると結構驚く。少なくとも私は「おおっ!?」と身を乗り出してしまった。http://www.ongen.net/domestic/artist/feature/wesugi_show060125/index.php
 うーん、すごい。人は変わるものですね…。今年の12月にはカバーアルバムをリリース。WANDS、al.ni.coで自らが歌ってきた曲のほか、ニルヴァーナや中島みゆきもカバーする。なにやらスゴい組み合わせだ。

■BAAD
 92年に結成。3枚目のシングル『君が好きだと叫びたい』がアニメ版『スラムダンク』のテーマソングに使用される。(同アニメのテーマソングには代々ビーイング系のアーティストがタイアップされ、大黒摩季『あなただけ見つめてる』、WANDS『世界が終わるまでは…』など多くが大ヒット)。BAADの最大のヒット曲もこの曲だった。95年からビーインググループから移籍、99年に解散。ビーイング後から解散までの数年間では主にアニメのテーマソングなどを歌っている。まだオフィシャルホームページは残されていた。メンバー紹介のページで、大田紳一郎(ボーカル)の笑顔をバックに載せられた「イマ、新曲つくっています。待っていてください。」というコメントが99年から更新されておらず、なにかものすごく寂しい。だが、大田は解散後もZARDやB'zのサポートメンバーとして活躍、現在ガンガンCMで放送されている上木彩矢(ビーイング系のGIZA studio所属)のアルバムでは作曲も担当している。

■ZYYG
 ボーカルの高山征輝はビーイング主催のオーディションでビーイング入り。1993年にデビューし、パンクロック色の強い音楽作りを展開。99年に活動休止していたが、なぜか突然去年になりラストライブを行なうことが決定、今年の2月に解散している。

■相川七瀬
 95年、織田哲郎の作詞・作曲による『夢見る少女じゃいられない』でデビュー。以降、織田の曲提供で大ヒットを量産、ファーストアルバム『Red』は売り上げ270万枚を突破。パワフルな歌声と不良っぽいイメージで中高生層に絶大な人気を得る。
 歌手活動も続けているが、なんと現在カラーセラピストの養成機関「ORENDA」を設立し、講師としての活動も行なっている。相川七瀬は7年ほど前からカラーセラピストに本格的に興味を持ち、2004年には書籍も出版している。「ORENDA」ではイギリス発祥で発祥し、徐々に市民権を得つつあるというオーラソーマの体験もできる。(こんな文章を書いてるけど、オーラソーマというものについては今回ネットで調べて初めて知った。マイナーな世界だろうと思ってたけど78万件もヒットしてびっくり。)
 オフィシャルサイトでは10日に2、3回くらいのペースで日記風のメッセージを更新している。10月13日には「元コンビ」織田哲郎のライブに行った下りがあり、「織田さんの声にはいつも魂を揺さぶられてしまう」とのコメントも。(最近はアーティストのウェブサイト用日記も多く、織田哲郎も書いている。しかもけっこうフランクな文体。)
 これを書いてから気づいたのだが、織田哲郎が曲を提供しているが、相川七瀬の所属はエイベックス系のCuttingEdge。つまり、織田哲郎はビーイングだが、相川はエイベックスなのだった。

 ビーイング系のアーティストで、いつの間にか聞かなくなったアーティストは他にもいる。しかし、今でもテレビを見ていると、新しいアーティストでも「あ、ビーイング臭い!」(や、バカにしているわけではない)と直感的に思い、調べてみると実際にビーイング系だったというアーティストがどんどん現れているから、血の入れ替えのようなものなのか、とも思えてくる。
 40社以上とも言われているビーイング・グループ。日本の音楽シーンで大量の楽曲を放ってきたが、同時に大量に忘れ去られている、ということでもある。(宮崎)

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2006年11月20日 (月)

ビーイング系のアーティストたちはその後どうなった?

 私は1980年生まれだ。90年代に中・高生時代を送った世代が聞いていた音楽(ここではヒット・チャートに上るような流行音楽)を現代に向けてたどっていくと、膨大な数のアーティストやヒット曲を結びつける、いくつかの巨大なグループが存在したことが改めて分かる。
 90年代前半から後半にかけては「ビーイング系」がオリコン・チャートの上位にランクインしない週はなかった。90年代半ばから後半にかけては「小室ファミリー」。後半から2000年以降にかけてはつんく率いる「ハロプロ系」、2000年以降は「和製R&B」と「和製ヒップホップ」。そしてここ数年は「ジャニーズ系」の売り上げ的な台頭が目覚しい。

 今回は、現在はほとんど見ることも耳にすることもなくなった、当時の「ビーイング系」の人たちはどうなったのか、という謎(?)に迫った。ビーイング系全盛のころに流行音楽ファンだった人たち数人に聞いても、「あれ、そういえば○○もいつの間にか見なくなったよねー」というアーティストは多い。街のレコード屋では彼らのやけにせっぱつまった歌が聞こえない日はなかった、それにも関わらずだ。
 そもそも「ビーイング系」とは何か。
 ビーイング系の創始者は、長戸大幸である。70年代に作曲家の阿久悠の事務所で作曲活動をしていた長戸は、78年に音楽制作会社「ビーイング」を設立。当時若手だった、今では言わずと知れた織田哲郎を擁し、80年代にはアイドルの曲や歌謡曲をプロデュース。
 86年には織田哲郎作曲でTUBEの『シーズン・イン・ザ・サン』が大ヒット。90年に、近藤房之助らが参加するビーイングの企画バンドB.B.クイーンズがちびまるこちゃんの主題歌『おどるポンポコリン』を発表(作詞・さくらももこ、作曲・織田哲郎)、190万枚のメガヒットを飛ばした。
 ビーイング系、とはビーイングを母体とする多くのレコード会社に所属するアーティストの総称を指す。
 B’zをはじめT-BOLAN、WANDS、ZARD、大黒摩季、DEEN、FIERD OF VIEW、ZYYG、BAAD、相川七瀬、小松未歩など挙げ始めればキリがない。B’zは未だにバリバリだが、ZYYGのように5年ぶりに名前を聞いた!というバンドも多い。さて、彼ら(ビーイング系)は全盛期後、どうなったのか。次週に続く。(宮崎)

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2006年10月24日 (火)

マライア・キャリーの来日コンサート

10月20日のさいたまスーパーアリーナで観てきた。

以前からMariah Careyにはある確認をしたいと思っていた。05年のアルバム“The Emancipation Of Mimi”の大ヒットでグラミーも獲得し“We Belong Together ”が14週、“Don't Forget About Us”が2週にわたってBillboard Hot 100のNO.1になったために深刻な「問題」を抱えていたのだ。
BillboardのThe Most Number OneはThe Beatlesが20曲で歴代トップ、Elvis Presleyが17曲、Mariahは前記2曲を合わせると17曲で遂に“King”Elvisと並んでしまった。
まだある。The Most Weeks at Number Oneの方はElvisが79週、Mariahが77週、Beatlesが59週とすでにBeatlesを抜きElvisに2週差と肉薄している。
Kanye Westはやる気満々だろうから次作で1曲でもNO.1が2週以上続けばWeeksで歴代1位、3曲でThe Most Number Oneでも歴代1位になる。十分にあり得る数字だ。
それで冒頭の「確認」である。Mariahとはそれほどのミュージシャンなのか、と。

確かにスーパースターは間違いない。だがElvisとBeatlesを抜く、ないしは並んで歴代1位となっていいのかとなると話は別だ。直截な表現が思いつかないのでたとえ話をするが、ボンズがルースとアーロンの通算本塁打記録を抜いていいのかというのに近い感覚である。

背景にはBillboardの集計方法の変化もある。長い間The Most Weeks at Number One by Songでは1959年の“Don't Be Cruel/Hound Dog”(Elvis)の11週がトップだった。60年代から80年代までずっと。
ところが90年代に入って92年にBabyface会心の仕掛けによるBoyz II Menの“End of the Road”が8月15日の週から13週連続トップの新記録を打ち立ててから続々と10週越えのメガヒットが生まれてくる。同年11月にはWhiteny Houstonが“I Will Always Love You”で14週の新記録を更新し95年にMariah Carey&Boyz II Menという当たるしかない組み合わせで“One Sweet Day”が出た。同年末から翌年3月までずっとこの曲がかかり続けていた。結果は16週連続。現在の最長記録だ。
Mariahを観るとは1955年にBill Haley and His Cometsが“Rock Around the Clock”でロック元年をうたってから50年以上にわたるロック史上最高のヒットメーカーを観るに等しい。少なくとも数字上は。しかもMimiのヒットは最近であり現役感バリバリである。それほどの存在なのか。

会場の入りは何と6割程度。ガラガラに近かった。奥の席の客は空いている前の方に移動が許され、当日券はガンガン売っている。おかげで開始時間は50分ほども遅れた。これが史上最高のミュージシャンのコンサートなのだろうか。
やっと出てきたMariahは日本ではもう死語となりつつある「ビキニ」風。良くも悪くもヤバイ。良いヤバイとはデビュー時に絶世の美女とされ36歳の今も美しいには違いない女性が超露出してくれるうれしさ。悪いヤバイはお腹のお肉である。私は痩せぎすが好きなわけではないので構わないが世の女性が憧れるプロポーションには遠い。それでも14キロ減量していたらしいのだが。
しかも数度にわたって「お色直し」で消えるので、その度ごとにお呼びじゃないDJやら別人の歌やらが穴埋めに挿入される。したがって正味の歌唱時間は1時間を切る。アリーナ1万円以上にしてはサービスが極度に不足していた。何のパフォーマンスもせず単に歌いまくるだけでアメリカ人には不評なoasisがサービス満点に思えてくる。
いっそのこと「お色直し」をステージ上でやってほしかった。もちろんカーテンなどで隠してだよ。消える前後からいわゆる「口パク」になるのもどうか。

肝心の歌声は予想よりも声量はあったが売りだった超ハイトーンはさすがに苦しい。悲鳴に聞こえた。ヒット曲のオンパレードなので駄作はないが工夫もない。何よりもMimi以前と以後、言い換えればリストラ以前と復活以降の乖離がこなれていない。

終了後の第一印象は「Beatlesを目撃した」「Elvisと空間を共にした」という劇的な満足感にはほど遠かった。やはり大幅な遅れが響いたのか。これはMariahの責任ではなく興行元の怠慢ないしは傲慢な予測に基づくガラガラを観客不在で辻褄合わせした結果であろうが何にせよMariahの集客力がそうだったとの事実は揺るがせにはできない。
Mariah CareyはMadonnaと並んでSean PaulあたりのHip hopにはスピードについていけない日本人には好まれるアーティストだと信じ込んでいたから不入りは意外だったが案外とそうでもなかったのか。とにかく「歴史を目撃した」という感動はなかった。(編集長

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