書籍・雑誌

2009年10月13日 (火)

『民主党 波瀾の航海』発売迫る

 鎌田慧さんの著作『民主党 波瀾の航海』の原稿をやっと印刷所に入れた。これほど苦労した書籍も、そうはなかったと思う。
 嵐のような日々の始まりは、8月30日の総選挙。ご存じの通り民主党が圧勝した。選挙前、ここまでの圧勝を予想していなかった。新聞報道は300議席超えの可能性を示していたが、信じていなかったのだ。308議席獲得なんて視野にも入れておらず、せいぜい拮抗状態だろうと予想していた。
 選挙前の段階でも、民主党についてけっこう原稿に書き込まれていた。例えば、小沢代表による大連立構想や西松建設の疑惑などは、国民の期待を裏切る行為として厳しく糾弾していた。しかし民主党新政権によって、何が起こり、それを過去の自民党政権と照らして、どのように評価するのかについては、それほど書かれていなかったのだ。
 しかし民主党圧勝を受けての本となれば、このような分析は絶対と必要となる。そこで鎌田さんに大量の加筆訂正をお願いしたのである。もともと文章を整えるために大量の赤字が入っているなかでの、更なる加筆願い。しかも民主党への関心が高いうちに出版したいという編集者のスケベ心が、進行を厳しいものにしてしまった。
 結局、ギリギリまで最新情報を入れるため、ゲラがさみだれ式に行き来する状態となった。それでもどうにか予定通り出版できそうなのは、鎌田さんの御無理と、印刷会社の協力のたまものである。
 どうもすいません。

 さて、編集をするために民主党のマニフェストや政策集も随分と読み込んだが、けっこう細かなことまで対策を立てていて驚いた。なんせ町に出没する「熊対策」まで項目にあがっていたのだから!
 ただ現実に実行できるのか不安な部分も少なくなかった。とはいえ、その「実現性」はあくまでも自公政権を基準にしたものともいえる。鎌田さんは、今回の選挙を平和革命と表現した。革命ならば、これまでの常識が変わるのも当然だろう。実際、民主党は新しい方向性を矢継ぎ早に示している。
 一方、政権与党として求心力を保ってきた自民党は、野党に転落したことで日に日に影響力を失っている。この状態では鎌田さんの予言通り、改めて自民党が政権を取ることはなさそうだ。
 となれば民主党がどのような党なのかを、きちんと知らなければならない。自公政権時代に民主党が何をしていたのか、マニフェストにはどんな未来を示していたのか、自公政権の失敗と理解する必要がある。この鎌田さんの新刊は、そうした行動の一助になるはずだ。
 国民が監視しなければ、自公政権と同じような庶民イジメの政策が実行されてしまう。368ページと分厚い本ながら、価格は1700円+税とお買い得に設定しました。
 ぜひ、ご購読をお願いします!(大畑)

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2009年9月10日 (木)

『橋の上の「殺意」』(平凡社)書評

Hasi  2006年6月、自身の娘と近所の男児を殺害したとして畠山鈴香は逮捕された。その暗い眼差しを覚えている人も多いだろう。本書は犯人の畠山鈴香の事件の真実と同時に、あらゆる場面で叩かれ続けてきた彼女人生も記録している。幼い時分から父に殴られ続け、学校ではいじめられ、恋人には裏切られ、事件後は警察や検察、マスコミから徹底的にいたぶられ続けた。
 事件後の性格検査で行われた「言語連想検査」の結果が本書にある。一部を抜き出してみよう。

 「暗闇」→「安心」、「友達」→「裏切り者」、「他人」→「怖いもの」、「恋人」→「裏切り者」、「男」→「不安」、「死」→「尊いもの」、「敵」→「まわり」、「過去」→「つらいもの」。
 あらかじめ用意された単語に対する鈴香の連想は、彼女の人生がいかに荒廃したものかを物語っている。

 この事件の裁判の争点の1つは、娘の彩香ちゃんへの殺意があったかどうかだった。米山豪憲君の殺害については、動機こそあやふやだが、殺害そのものを認めている。しかし娘の殺意について、彼女は裁判で認めていないのだ。彩香ちゃんが亡くなった前後のことを、よく覚えていないと主張し続けていたからだ。ただし調書には殺意がハッキリと記されている。怒鳴りつけ、反省しなければ情状酌量にならないと脅し、後で訂正すればいいと騙して署名させ、刑事と検事が「殺意」を作り上げたからだ。冤罪事件のたびに批判されてきた警察・検察の得意技である。
 しかし彼女が記憶を無くしたと思える証拠はいくらでもある。娘が死体で発見された後、事件性がないとして捜査を打ち切った警察には出向いて抗議までしている。また、娘の情報を求めるチラシを配っている。そもそも警察は鈴香に殺害の動機が見つけられないからこそ、事故として片付けたのである。そうした事実を検察はなかったことにして裁判を進めたことがを、本書を読んで初めて知った。
 メディアも検察や警察の意図的なリークから犯人像を作り上げてタレ流し続けた。凶暴で、娘を虐待し、男出入りが激しい女といったイメージだ。確かに娘の彩香ちゃんは気に入った服ばかりを着続け、お世辞にもこざっぱりとした格好ではなかったらしい。自宅も散らかっていたようだ。しかし体や心の病と闘いながら、彼女は必死に子どもを育てていた。それなのに彩香ちゃんが痩せていたわけでもないのに、食事を与えていないかと疑わせる記事まで流れた。さらに地裁や高裁で被告に死刑判決が出ないとわかると、不当裁判とばかりに報道した。
 結局、彩香ちゃんの死亡時の記憶がないことも、立件のため無理な「自白」を検察が被告に押しつけたことも、きちんと報じられないまま裁判は終結したのだ。その大いなる空白を著者の鎌田慧氏は2年半もの取材で埋めてくれた。

 司法の厳罰化は進んでいる。そのうえ、これだけマスコミに取り上げられた事件である。裁判所としても検察の求刑通り死刑判決を下した方がラクだったはずだ。しかし検察に迎合しがちな裁判所が死刑判決を出さなかったのは、死刑にするのにかなりの無理があったからだ。その意味をきちんと伝える報道関係者がほとんどおらず、裁判を傍聴し続けた鎌田氏が書籍で報じたことに、この国のジャーナリズムの貧困が見てとれる。
 鎌田氏が判決前から死刑はないと予測していたのは、死刑反対論者だからではない。多くの冤罪事件取材を通して、検察側の無理な調書に気づいていたからだろう。警察や検察からのリークをいち早く伝えることで評価を得てきた新聞記者との違いといってもよい。

 これだけ話題になりながら、真実のほとんどが伝えられなかったことに唖然としつつ、まだ伝える人物がいたことにホッとした。
 そういった意味でも怖い書籍であった。(大畑)

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2009年8月10日 (月)

書評『本は志にあり ~頑迷頑迷固陋の全身出版人』 西谷能雄(松本昌次・編)

32273029  良い本を作りたいと思わない出版人は皆無だろう。心底から惚れ込んだ著者と文章を、最高の編集と最高の装丁で世に出したい。その本が最高に売れてくれれば話は簡単だが、多くの場合、そうはいかない。だから売れるテーマを追いかける。売れる著者を追いかける。そうしていくうちに、本来作りたかった書籍の有り様が心の中で擦り切れていってしまう、そんな経験をする編集者は多いはずだ。
 出版社「未来社」の創業者、西谷能雄は、生涯を生粋の出版人として闘い続けた人である。なにと闘ったか。本をモノ化する企業体質、錆びていく出版流通、出版人の理想を阻む全てと闘った。この本は、西谷のエッセイや丸山眞男氏らとの座談などを収めた伝記的書物だ。

 話の焦点はまず、西谷が未来社を創業した動機にあつまる。西谷ははじめ、すぐれた法律関係書の出版で有名な弘文堂に勤めていた。しかしその権威主義的な体質に反発し、社を辞する。きっかけは木下順二の『夕鶴』であった。『婦人公論』に発表された『夕鶴』に深い感銘を受けた西谷は、弘文堂アテネ文庫の企画に推す。しかしその頃、木下順二はまだ無名であった。かつ、戯曲は営業的に危険だと、企画会議で否決になってしまったのである。
 西谷は諦めなかった。実に10回もの提出を経ても壁は厚かった。しかし『夕鶴』の初演後、「毎日演劇賞」を受賞し大きな反響を呼んだことで風向きが変わってくる。最後の機会と企画会議に出したところ、「もし売れなかったら、一切の経済的責任は君が負え」とまでいわれ、遂にアテネ文庫に入った。生活を賭けた大博打である。しかし面白いように反応は現れ、版を重ねた。売れに売れたが、ここに独立への転機があった。

「それにしてもあれほど『夕鶴』の出版に頑迷だった人たちから一言の挨拶も出ないのはどうしたことだろう。私は静かに釈明をまった。が弁明の代りに要求されたのは重版の強要であった。万一売れないときの犠牲だけを強いて売れた場合に一言の挨拶もしない非人間的なやり口に私は唖然とした。こんな面々とつきあって青春をむしばむことの愚かしさをつくづくと考えざるを得なかった。」(p.222)

 ここから未来社の立ち上げとなるのだが、詳しくは本書を、西谷自身の言葉をぜひ読んでほしい。このはしりだけでも、西谷がどんなに出版を深く愛していたかが分かるだろう。
 未来社は戯曲など演劇系の出版から始まり、人文書や社会系を取り込んで今現在も良質な書籍を発行する出版社として活動を続けている。出版社には珍しく完全買切制だ。その事実にも、委託制度を基盤とする出版流通に大いなる批判を浴びせてきた西谷の思想が反映している。この会社が存在しているというだけで、出版の精神はまだまだ日本に息づいていると強く感じさせられる。

 本書には編者である元未来社社員・現影書房社長の松本昌次氏が書く西谷像もあり興味深い。魅力的な人間を360度楽しめる、濃度の高い本である。(奥山)

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2009年7月23日 (木)

『庄幸司郎 たたかう戦後精神』

41u4rz25k1l_sl500_aa240_  先月末、『庄幸司郎 たたかう戦後精神 戦争難民から平和運動への道』(松本昌次 編)が出版された。彼の遺稿を中心に集めたものだ。庄さんが亡くなってから、はや九年。ネット上では庄幸司郎さんを知っている方は少数派かもしれない。

 建設会社の社長であり、市民運動家であり、井上光晴氏や野間宏氏など多数の文化人と深い親交を結び、出版や映画事業などに出資を惜しまなかった人物だった。
 このWEB版の月刊『記録』も、もともとは庄さんを発行人として月1回印刷していた月刊誌だった。しかし92年に赤字のため休刊。94年から弊社が引き継いだのである。

 月刊『記録』の再刊と時を同じくしてアストラでアルバイトを始めたわたしは、月1回、雑誌の発送作業の手伝いとして庄さんの会社に通った。中野にあった事務所の出入り口近くで、ときに庄さんは昼間からビールを空け、わたしにも勧めてくれた。「大畑君は学がないねー」と、よく笑いながらしかられたものだ。一筋縄ではいかない人物で、おっかなくて、でも人懐っこく寂しげな笑みが印象的だった。

 『庄幸司郎 たたかう戦後精神』には庄さんが書いた次のような一文がある。
「一見すれば、日本の強力な軍事力に押さえこまれ、権力者や為政者のいいなりになっておとなしく従っているように見えた被支配民族の人びとでしたが、己が、その立場に立たれてはじめて、それらの人びとの長い年月の苦渋の幾分かを私は知ることができたと思っています。満足に言葉も通じ合わない為政者と話し合ったり交渉したりして自分たちの命を自分たちで守るほかありませんでしたが、私はそれで良かったし、そのおかげでいまだにこうして六十三歳になるまで生きてこられたのだと思います」
 この文に続けて、彼はもし武器を持っていたら逆に14歳で死んでいただろうと回想し、「私は非武装の日本国憲法第九条や前文の精神や理念に現実を少しでも近づける努力をするのが、大人として当然の義務だと思っております」と書く。泥棒や強姦を目的に、日本人の家へと乱入するロシア兵たちと渡り合ってきた経験が書かせた言葉だからすごい。重みが違う。

 実際、庄さんは運動においてブレなかった。自分が被るリスクなど恐れていなかったのだ。
 一度、中国人留学生の保証人を頼みに来た人を見たことがあるが、即座に彼は快諾した。訪問からわずか数分、留学生の名前すら確認しなかったと思う。旧「満州」の大連に生まれ、敗戦で引き揚げるまでの14年間に見聞きしてきた日本人の行為を謝罪したいとの思いだったのだろう。
 そうした行動の前には、左や右というカテゴリー分けなど、何の意味もないと感じたものだ。ただ人間としてかっこよかったのだから。

 本書には戦中から戦後にかけての自伝的な文章や、彼の市民運動へのかかわりに触れた文章などが収録されている。ヘビーな生活をタフな精神と行動力で跳ね返す生き様は、混沌とした時代を生きる私たちのエールにもなるだろう。(大畑)

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2009年6月11日 (木)

使い捨て社会の構造を理解したい方に

Photo  以前、鎌田慧さんに「取材で九州の暴力飯場で働いていたんですよね?」と質問したとき、「取材じゃないよ」とボソっと話してくれた。ルポライターとして現場を書こうとは思っていたが、生活のためでもあったという意味だろう。
 当時の様子は『ぼくが世の中に学んだこと』(岩波書店)に詳しい。穴倉のような製鉄所の粉塵舞い上がる劣悪な環境、なんの希望も見いだせないまま繰り返される労働は、人間の大事な部分を少しずつ浸食していく仕事の恐ろしさを感じさせた。

 このように自らの生活を抱えて「最下層」の労働に飛び込んだ経験が、鎌田さんのルポに他にはない奥行きを与えている。例えば秋葉原の通り魔事件の容疑者について、『いま、逆攻のとき』(大月書店)で「もしも派遣の現場で働いていなかったならば、すくなくともあの悲惨な事件は起こらなかった、と断言できる」と言いきれるのは、絶望的な環境で働く労働者の気持ちがわかる鎌田さんだからだ。大手新聞社や出版社出身だったり、書き手としてすぐに雑誌ジャーナリズムの繁栄の恩恵に預かってきた多くのライターとの違いといえる。
 だからこそ生活保護者をやり玉にあげるような記事を書き連ねる記者に対して、「カサにかかって暴露するのには、記者が裕福な暮らしをしていて、生活感覚がない、ということがある」と、鎌田さんは指摘する。

 私自身、弱小出版社の底辺の労働者だと自覚していたつもりだった。だからこそホームレスから本音を聞けたなどとうぬぼれていた。しかし、この出版不況になってみて初めて、自分の認識の甘さを悟った。自分にとって貧困など、結局人ごとだったのだ。その立場に立ってみないと書けないことが確かにある。

 『いま、逆攻のとき』は、労働現場を中心とする日本の悲惨な現状を、歴史的な考察を込めて描き出している。外国人研修生の問題は新聞などにも報じられた。しかし、彼らが劣悪な環境の改善を求めて雇用主に逆らえば、たちまち国が「強制送還」し、支度金や渡航費などの借金で母国での生活が破綻する、といった事情まで言及した記事は読んだことがなかった。研修制度という表の顔を支えていたのは、借金で労働者を縛り付けた海外の派遣会社であり、絞りとらなければ損とばかりにギリギリの給料でこき使っている日本の雇用主であるという現実は重い。日本政府と海外と日本のヤクザ企業が手を組み、労働者から構造的に搾取している構図は、日本の派遣労働者が置かれている構図を根本的には同じだ。
 この本では、こうした構図をつくろうとしてきた人たちにも鋭い批判を浴びせている。例えば派遣労働を推し進めた八代尚宏・国際基督教大学教授に対しては、「複数の派遣会社に登録することで、それだけ多くの雇用機会を得るというメリットがある」という彼の一文を引き、「そんなに『多様化』が好きなら、高額の所得を得ている大学教授の地位をなげうって、「不安定就業」にほかならない非常勤生活の生活を送ってみろ」と書いている。
 自分の高給を省みず、企業や政府のために搾取される層を作りだす。そんな人々に対する強い怒りが、この本を貫いている。また、そんな人々に対抗する時代がきたことも、この本は教えてくれた。
 年越し派遣村の村長として大きく報道された湯浅誠さんとの対談のページでは、「経営者だって善人ばかりではいが悪人ばかりでもないわけで、経営者は経営者らしくきちんと弁(わきま)えさせるのは労働運動の役割です」と鎌田さんは語っている。これもまた名言である。
 日本の現状をきちんと理解したい人に、ぜひおすすめしたい。(大畑)

※『いま、逆攻のとき  使い捨て社会を越える』(鎌田慧 著 大月書店)
定価 本体1500円+税

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2009年4月22日 (水)

週刊新潮「赤報隊」自称実行犯に「騙された」記事を検証

島村征憲という人物が朝日新聞阪神支局襲撃など一連の「赤報隊」事件の実行犯と「実名告白」した記事が誤報と、記事を載せた週刊新潮が認めた記事が同誌09年4月23日号へ掲載された。まずこの記事の通り編集部が「騙された」を信じたとして考えてみる。

もし「騙された」ならば典型的な「騙された」パターンといえよう。まったくの虚偽、例えば「私の隣人は宇宙人だ」という主張をする人物に話を聞くと内容が『ディーテールに富み、内容にほとんどブレがない』『妙なリアリティを感じ』(注:『』内は週刊新潮09年4月23日号の「騙された」記事より引用。以下同)ということがある。というかしばしばある。思わず「もしかして本当に宇宙人?」というほどに。だから「騙された」がわからないではない。しかし一定の取材経験があれば、そうした特異な人物がいることもまた十分にご存じだったはずで、そこの疑問がぬぐえない。

『島村氏は不思議なほど何も要求しなかった』『金銭を要求したことは一度もない。売名とも考えにくい』のが信憑性を高めた要因というのも理解はできる。ただ前出の「私の隣人は宇宙人だ」タイプもまた概ねそうである。すなわち金銭などの要求があれば直ちに真意が見抜けるというのはわかる半面で、それがないから信じられるというわけでもないのだ。
虚偽であろうが事実であろうが自身にとって不利に決まっている話を記者にしてしまうという例はゴマンとある。ありていにいえば、その不思議な心理こそ「渦中の人」から特ダネを取る決定打の一つである。だからこそ見返りのないデタラメでも話してみたいという心理もまた当然に存在するのだ。

『自立支援のためにある程度のこと』を編集部が島村氏に『すべきであろうと思った』というのも一理ある。確かに『記者の仕事ではない』。だが新潮社の編集部員というのは私の知る限り週刊新潮だけを読んでいては想像もつかないほど親切丁寧で対応も穏やか。文芸を生業とする上品な出版社の社員さんという印象がある。だから便宜供与となじられるのは不本意であろう。それはわかる。
『週刊誌の使命は、真偽がはっきりしない段階にある『事象』や『疑惑』にまで踏み込んで報道することにある』は賛否両論あろうけど私は支持する。ただし『報道機関が誤報から100%免れるのは不可能』は「それを言ってはおしまい」だ。とくに誤報の顛末を紹介する記事においては。

以上が「騙された」を信じた場合。次に実は騙されていなかったのではないか。あるいは途中で騙されたとわかったのに記事化したのではないかという疑問を呈する。

まず『その後押しをしたのが「(証言は)実名の方がいいでしょう(中略)」という島村氏の言葉』『実名での告白を重く見過ぎた』である。そうだろうか。後押しないしは「重く見過ぎた」という程度の問題だろうか。何しろ誤報記事のタイトルが「実名告白手記」である。私は実名でOKと島村氏が承諾した時点で他の疑問を超越して「実名告白手記で行けるぜ!」と勇んだ気がしてならない。真偽不詳の内容を述べる当事者(取材者ではない)へ「本当なら実名でもいいですね」と踏み絵を迫る手法を知らない記者・編集者はあまりいないはずだ。
次に『アメリカ大使館佐山』へのアプローチが甘すぎる点。この人物は『島村氏に犯行を持ちかけたり、銃器類を用意したことは否定』している。他方で手記は「佐山」こそ真の黒幕である。その人物に接触しておきながら詰めなかったのはなぜなのか。そもそも島村氏の手記を信じていたならばどうして「佐山」氏を実名で報じなかったのか。
なるほど時効の問題はあろう。でも新潮はかつて法的に、あるいは慣習上実名報道をしない、できないケースでも行ってきた。ことは普通の事件ではなく116号である。その黒幕を見出しながら仮名というのは不可解だ。確信が持てなかったがゆえの仮名ではなかったのか。

そして以前にも書いた点だが、なぜこれほどの特ダネ(と報道時点では信じていたはず)を連載にしたのかである。心から島村手記を信じていたならば世紀の大特ダネである。と同時に週刊誌は週に1回しか発行できない宿命がある。もし世紀の大特ダネならば発行当日どころか前日には大騒ぎになっていて事件が事件だけに大新聞を中心とする記者が総力で後追いするはずだ。となると連載2回目までに書き立てられてしまって鮮度を失う。そうとわかっていながら4週に刻んだ理由は何だ。ぜひお答え願いたい。

116号は週刊新潮もまた含まれる「報道機関」を暴力で踏みにじった途方もない事件だった。当時支局詰めだった私も社こそ違え赤報隊に脅迫されたこともあり異様な雰囲気をいまだ覚えている。それを軽々に扱ったという点だけは別途に反省の弁を聞きたいものである(編集長)

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2009年4月 1日 (水)

妻達の「そうか、もう君はいないのか」

故城山三郎氏の『そうか、もう君はいないのか』がベストセラーとなっている。ただここに描かれる夫婦愛に共鳴しているのはどうやら妻ある夫ばかりのようだ。私と同世代すなわち40代後半から50代の妻を何人か取材した。そのなかには向こう側から私へ電話なりメールで感想を寄せてきたくれた人もいる。そこでわかったのは『そうか、もう君はいないのか』は妻側からはほとんど共感できないとの声ばかり。
おおよそ前置きとして「城山先生の場合はそうだったのでしょうけど」「城山先生はすばらしかったのでしょうけど」がある。「けど」の続きは「私だったらありえない」だ。

そもそも先立つのは大半が夫なのだから妻が先に逝くというケースが稀なのだと取材対象者は異口同音に、問わずとも言う。「だから多くの場合は妻が夫を失った後に『そうか、もう君はいないのか』の世界があるかって話でしょう。ないない。少なくとも私にはあり得ないし、他のほとんどの女性もそうじゃないかしら」と述べる。
城山氏は享年79歳。サラリーマンの場合だと定年後14年から19年後となる。フリーランスである作家の城山氏に定年はないし60歳以後も精力的に作品を発表してきた。だが世の多くの男性は定年後に家へ「粗大ゴミのように」居座っているというイメージが既に40代から女性にはあり、想像するだに恐ろしい光景のようだ。

だいたい今(つまり夫は現役で働いている)ですら休みの日に夫が家にいると「そうか、今日君はいるのか」って感じなんだよ。定年後毎日ゴロゴロされていたら「そうか、もう君は(会社へ)行かないのか」とため息とイライラの空間が生まれるだけだ。たまに出かけてくれたら「そうか、今日君はいないのか」と喜ぶぐらいだよ、と妻から見ると夫は生きていてもそんなものらしい。
では夫がほんとに逝った後ならばどうだろう。「まあ経済的にどうなるかは心配だよね。でもそこが解決すれば忘れてしまう。少なくとも城山先生みたいに死別したという事実自体を受け入れられないなど考えられない。想像力を限界まで働かせても」が最大公約数的意見だった。

いやいや夫の死後「そうか、もう君はいないのか」と思う可能性自体はあると救われる?意見もあった。だがその後のストーリーは城山作品とは正反対である。
定年後もゴミのように家へ居座っていた夫が去った。その光景を何年もいらつきながら現実ゆえ受け入れる日々が続く。それがいなくなった。その事実がなかなか受け入れられない……ならばあり得ると。そしてある日居宅の最もいい部屋を占領していた夫が間違いなく存在せず戻っても来ないと稲妻のごとく悟る。そしてもらす。「そうか、もう君はいないのか」。この言葉に込められるのは解放を意味する心ゆくまでの喜悦であろうと。「さあリフォームでもするかというインセンティヴになりそう」とワクワクするそうな。

仮に現役世代でも妻は秘かに夫へ「そうか、まだ君はいるのか」とため息をつく。定年後は「まだいる君」に慣れようと必死。それがいなくなった数年後に訪れる妻達の「そうか、もう君はいないのか」は城山氏のそれとは全く違う形であり得るようである。(編集長

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2009年3月28日 (土)

日本を知りたくなったとき読む本

Photo_2  時事問題の原稿を書いていると、まとまった資料がなくて困るときがある。もちろん個別の問題には、かなりきちんと解説した本が簡単にみつかる。例えば民主党について知りたいなら、新書でもかなりの良書がでている。あるいは昨年の出来事だけに絞るなら、それこそ就職試験対策用の時事問題本を買えばよい。
 しかし、ここ10年間のさまざまな問題を俯瞰からとらえられる本は滅多にない。農業政策がどのように変わり、借金はどう増えていき、年金問題はどんな経緯で問題になったのかを簡単に知りたいと思っても、個別に専門分野の本を読み解き、自分でつなぎ合わせていくしかないのだ。そして個別の項目が全体としてつながったとき、初めて問題が立体的に浮かびあがってくる。
 考えてみれば当然のことだろう。
 農業の弱体化は農業政策の失敗だけではなく、高齢化社会の問題ともつながるし、そのバックグラウンドには農民をきちんと保護できず、公共事業だけにカネをばらまいてきた地方行政の歴史もあるのだ。全体を把握しないと、国の全体像をとらえることができない。
 そう考えると、時事問題関連の本はまるで縦割りの官僚社会のようである。もちろん本として焦点がぼやけると、出版社としては売りにくいのだろうが……。
 そうしたなか、子どもにも分かりやすい時事問題の解説本が出版された。『ニッポンに詳しくなろう!』(株式会社JL)である。漢字にはルビを振り、文章は対話形式。重要な部分は赤文字の2色刷りと豪華な本ながら1300円+税。かなりのお得な書籍となっている。
 目次は以下の通り。

第1章    世界一の借金大国・日本   
第2章    公務員の給料って・・・?
第3章    世界一少子国、世界一の長寿国・日本
第4章    はたして年金はもらえるのか?
第5章    どうなる派遣社員
第6章    学力低下がどんどん進む?
第7章    農業にもっと夢を希望を!
第8章    このままじゃいけない!日本

 パッと目を通してもらえば分かる通り、1~7章までに扱う内容は、国の借金や労働問題、少子化など国家の存続にかかわる重要問題ばかりである。じつは著者の伊藤秀雄氏は元外務大臣の藤山愛一郎主催の「藤山政経大学」で学び、会社を経営しながら、議員秘書などとしても政治とかかわりもって生きてきた人物である。その経験が書かせた本といえる。
 日本はかなり危ない状況にあり、だからこそ国を変える必要があり、そのためには問題を認識する必要がある。そんな想いが、この本からはひしひしと伝わってくる。お金のためではなく、名誉のためでもなく、ひたすら社会変革のために書かれた本ともいえるだろう。第8章では、道州制の導入などによって地方分権を進め、本当の意味での主権在民を目指すという国家プランも示されている。
 分かりやすく書かれているため、ともすれば大人が読むには簡単すぎると感じるかもしれないが、読み進めると自分が問題のほとんどを理解していなかったことに気づかされるだろう。新聞の見出しやテレビ報道などで、何となく分かった気になっていることが、けっこう多いのだ。
 総選挙も近づいている。イメージだけの政策にだまされないためにも、本書を読んで改めて日本について考えてもらいたい。
 紀伊國屋や丸善など一部書店でも販売しているが、紀伊國屋書店BookWebがもっとも確実に購入できる方法だ。気になったらクリックしてほしい。

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2008年11月 8日 (土)

書評『小林多喜二と蟹工船』(河出書房新社)

  『蟹工74018船』ブームといわれてしばらく経つ。

 書店営業からの目線で変遷を追うと、今年春には大手書店で関連新聞記事を掲げたフェアが展開されはじめ、5月にはファミリー向け郊外書店にも飛び火し、秋にはいったん落ち着いた感がある。しかし三省堂神保町本店などではまだまだフェアをやっている。

 なぜ今『蟹工船』なのか、と様々なメディアが取り上げた。非正規社員(場合によっては正社員)の過酷な労働状況が浮き彫りになってきた昨今、80年も前の作品でありながら急に現実味を帯びてきたらしい。「ありそうな話」として売れているというのなら、ケータイ小説の売れ方とつながるような気もする。もはや小説は半ノンフィクションでないと売れないのか、と思っていた矢先にこの本が出版された。『小林多喜二と蟹工船』。

 内容は小林多喜二自身についてのことや中野重治による回顧録、多喜二のほかの作品、プロレタリア文学のアンソロジーと豊富だが、その中でも浅尾大輔氏と陣野俊史氏の対談「多喜二の何をひきつぐべきか」は、世相を背景としたブームとして論じるにとどまることなく、『蟹工船』を文学として論じようとする試みだ。
 対談内でも触れられているが、『蟹工船』を読んだときに感じるのはまず「主人公がいない」ということだろう。船内の集団一人一人に言及する箇所はあるが、誰の視線にも内面にも固執することなく物語は進んでいく。まるでコメントのないドキュメンタリー映画だ。そんな中、集団共通の「敵」として描かれる現場監督の浅川だけが、暴君としてのキャラを獲得している。そこで主人公である集団の個々が描かれていないのではないかという問題点が出てくるわけだが、浅尾氏は「(労働運動というのは)みんなが支えていくという意味ではもともと無名の運動だし、ただ、そこには必ず何かしらの意味と役割があって、その集団性=無名性は批判されるべきものじゃない」という。この言葉には、労働運動家としての浅尾氏の実感がかなりこもっているように思えた。
 これは反貧困の活動に参加しているある知人(20代)の言葉だが、「同じ問題をみんなで共有したいという思いはあるけど、『連帯』とか『団結』という用語には違和感がある」というのだ。置かれた状況は一人一人違う。働いてもお金がないのかもしれないし、そもそも働けないのかもしれないし、金はあっても使う時間がないかもしれない。そんな一人一人が「なんかもやもやする、もう限界だ、生きづらい」という動機だけで集まる場所が、今必要とされているのだ。一ミリの揺るぎもない明確な目的を持つイメージのある『連帯』や『団結』は、場所を定義し名指しする。場所が名付けられると、ちょっとコンセプトが違えば排除される人も出てくるわけで、それ自体を息苦しいと思う人も出てくるわけで、それでは本末転倒である。今広く求められているのは、一つの偉大な目的に向かって突っ走っていく場ではなく(もちろんそういった場も必要不可欠ではあるが)、「ちょっとつまづいてしまった」時とか、「不満があるんだけどこれってダダこねてるだけなんだろうか、それとも誰かのせいなのか」と悶々した時とかに寄れる場であろう。それは維持するのがなかなか難しい場ではあると思う、なにせ名付けられていないのだから、人々の出入りが激しいだろうし、不安定なコミュニティになること必須である。
 『蟹工船』の舞台は、集団が寝食を共にする出口のない船だ。名付けるにたやすい場である。中で働く一人ひとりにも違う人生があるし、それについては小説のそこかしこで言及されている。しかし個人にも集団にも主人公の名を与えることなく、俯瞰もすることなく、淡々と描写される文章が、その無個性さこそが、今の状況にあえぐ人々の心を掴んだのではないか。

 『蟹工船』が一番の有名作品であることは間違いないプロレタリア文学。しかし他の作品ではなく『蟹工船』がブームになったことが偶然ではないと思わせる一冊である。(奥山)

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2008年9月24日 (水)

紙としての月刊「記録」終了について

08年8月28日に発行した9月号をもって月刊「記録」を紙の雑誌として提供するのを休止した。その号で発表した「最後の言葉」を今回掲載する。
本来ならば10月号を作り終えている時期で寂しい限りではある。しかし下記にあるように連載陣の多くの方々を当ブログへ移行せきたのは不幸中の幸いであった。正確には9月28日をもってweb版「記録」が正式スタートする。その予告も兼ねて。
なおカメラマンの石川文洋様はじめ紙の「記録」休刊に際して温かなねぎらいのお手紙をいただいた。読者の皆様からもである。この場を借りて御礼申し上げる。

いよいよ9月号で紙で出す月刊『記録』はラストとなりました。こうした報を有料で最後まで読んでいただいた方にしなければならないのは誠に残念かつ申し訳がありません。
以前よりご報告してきたように月刊『記録』は消滅してしまうのではなく、その内容のかなりをブログ形式のWEBサイト(http://gekkankiroku.cocolog-nifty.com/)へ移行させます。幸いにして著者の皆様の多くからご了承いただきました。当サイトは私がそもそも「編集長のブログ」として始め、その後に月刊『記録』を宣伝するために編集部員も加わって運営してきました。もっとも最大の目的だった誌勢増にはほとんど結びつかなかったのですが思わぬ副産物を生じました。

例えばこの原稿を執筆している08年8月16日の前日のアクセス数はパソコンで1,537、携帯電話から1,700の合計約3200アクセスを記録しています。ブログが無料であることや媒体の性質上アクセスだけして読まれていない記事も多くありましょうから単純比較はできないものの、この1ヶ月分(×約30日)と考えると現在の発行部数をはるかにしのぐ数ではあるのです。

残念ながら小社(アストラ)の体力ではこれ以上紙の雑誌を出し続けることができません。紙ゆえに、有料ゆえに保ち得た執筆者と読者のコミュニケーションは大変貴重で、それがWEBへ移れば希薄化ないしは消滅してしまう恐れは十分にあるとわかっていても物理的に難しくなってしまいました。そこで窮余の策としてインターネットに賭けてみようと思った次第です。
すでにブログ名は試行的に「月刊『記録』」と変更しました。また今後も連載をしていただける斎藤典雄氏や神戸幸夫氏の過去の記事もアップしてこの号の1ヶ月後より始める完全移行の準備を進めています。ご覧になっていただければ幸いです。

無料にしたら結局は赤字になるだけではないかという危惧から有料化も検討しました。しかし集金システムの確立や運営にもまたコストがかかり、それに見合うネット上の読者が獲得できるメドもまた立っていないので取りあえず読んでいただく方を優先して無料で始めます。それでも諸経費は大幅に圧縮できるというのが情けないけれども事実であると告白しなければなりません。

もちろん無料化するわけですからこの号(08年9月号)以降の購読料を前払いでいただいている読者の方へは返金をしなければならないのは言うまでもないことです。残りの購読料を記したはがきを同封いたしました。返金をご希望の方は振込先などをお書きの上でお手数ですがポストに投函して下さい。すみやかに対応する所存です。勝手に打ち切っておきながらさらにお手間をかけるご無礼をお許しいただきたく存じます。

以前にご報告した通り『記録』は09年4月に創刊30周年を迎えます。できればそれまで紙で発行し続けたかったのですが以上のようなていたらくで今号をもってWEB以降という苦肉の策へ転じるのを余儀なくされました。それはひとえに小社および小誌編集部の力量不足であり謝っても謝り切れない失態です。
しかし「月刊『記録』」はWEBになって生き残ります。決して止めません。この変更をもって「『記録』は生まれ変わった」とか「新たな地平へ歩み出した」などと強弁する気は毛頭ございません。紙の『記録』が出せなくなったのは明らかに小社の経営の失態であります。あきれられて当然と粛然とするばかりです。
それでももし、多少は汲んでやる情状もあるとお考えいただければ望外の喜びです。こちらから望むべきことではございません。読者の皆様のお心に委ねさせていただく他ないと思っております。

08年9月末より始まるブログ版『記録』は、これまでブログのみで連載してきた記事のうちルポを中心としたものを残した上で、現在の紙の『記録』の著者陣の多くが曜日を定めて更新していく予定です。ということは「毎日更新する月刊誌」という論理矛盾になります。まったくその通りで汗顔の至りですが他によい知恵もなく少なくとも最初はそこからスタートします。
なお巻頭をずっと飾って下さった鎌田慧氏の「現代を斬る」は現発行日の28日に今と同じくレイアウトした形でまとめて掲載する予定です。具体的には28日のブログ上には概要を掲げた上で小社のホームページ(http://www5b.biglobe.ne.jp/~astra/)にPDFファイルで全文を載せ、ブログからリンクする形を取ろうと企図しています。読まれる場合はAdobe - Reader というソフト(無料)のダウンロードが必要となります。

最後に、これは発行者同士の話で本来は読者の皆様には関係のないことなのですが、『記録』が発行人と発行体を一度変えた経緯があるために申し上げておきます。79年から92年までの発行人であった庄幸司郎氏と記録社から譲られる形で小社が今日まで発行して参りました。その際に庄氏より「紙1枚になっても続けろ」と条件を付けられました。WEB化がこの条件に合っているのかお尋ねしたくとも、また謝罪したくとも庄氏はすでに他界されていてかないません。ただ同時に庄氏は「精神のリレー」ともおっしゃって下さいました。それだけは曲がりなりにも果たしていくつもりです。お許しいただければと切に望む次第です。(編集長)

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