日記・コラム・つぶやき

2008年10月22日 (水)

【謹告】当ブログにおける私(編集長)の立ち位置について

紙の『記録』を移行して約1ヶ月。著者の皆様も多くもご了承いただいた通り順調に新作を発表いただいている。同時に編集部員による取材記事もアップできている。よりよい内容を目指すつもりなのでご指導ご鞭撻を今後とも賜れば幸いである。

さて今回は編集長である私の立ち位置について。
当ブログは元々株式会社アストラのホームページの1コーナー「月刊『記録』編集長」として私一人が書いていた。市区町村のHPにある「市長より」みたいなもので、あってもなくてもいいけどあれば賑やかしになる程度で進めていた。

それが案外なアクセス数となると同時に編集部から「紙の『記録』を盛り上げるネット展開をしたい」旨の申し出があり、新しくブログなどを始めるよりは一定のアクセスがある当ブログを改変してはどうかとの結論に達した。結果として編集部員による「月刊『記録』編集部」がスタートする。

そこに今回の改変である。編集部とは著者の皆様の黒子となるべき存在だから当ブログが「月刊『記録』」となった時点で執筆から退くべきと当初は考えた。しかし幸か不幸か小社は零細で私を除く編集部員もまた一面ではライターとして紙の『記録』にも書いていたためルポなど取材ものは編集部筆もブログ版「月刊『記録』」に残してよかろうと判断した。今は大畑や奥山が担っている部分となる。
残る問題は私自身である。私は立場上、企画・編集のすべてに関わり、発案の多くを手がけている。大畑や奥山の記事も含めてだ。と同時に編集長なるものは究極の黒子であり云々をブログ版とはいえ書くべきではないのではないかと悩んでいる。
できれば私も物書きの端くれなので取材して記事を書きたい。しかし私までそっち側へ回ると支える役割を果たす者が誰もいなくなる。かといって当ブログの執筆を止めてしまうと以上のような経緯より極少数ではあるも以前より読んで下さっていた読者様に不義理をするのも事実である。したがって従前のまま週1回は書いている。
でも本当はいけないのだ。取りあえず私の紹介をプロフィルの一番下とし最下位の位置付けとはした。とはいえ週1回となると7分の1。雑誌で換算すると数ページを担っている勘定となる。そんな編集長はいない。編集長などせいぜい数行の編集後記を月1回書き、後はお知らせやらお詫び、お願いといったところで顔を出せばいい。現に紙の『記録』ではそうしていた。私個人としては編集後記さえ書くべきでないとの思いがあり紙の『記録』にはいっさい登場しないで来た。

ゆえに悩んでいる。もう少し今までと同じような位置づけで続けようと思う。それでどうしても違和感が出てしまうと判断したら後続の企画を立てた上で撤退するつもりだ。ご理解いただければ幸甚である(編集長)

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2008年7月 9日 (水)

一日が30時間あれば

井上陽水のように「人生が二度あれば」とは思わない。一回で結構だ。それより1日24時間が問題だ。その間を文字通り不眠不休で働いても働いても、1日1食で取り組んでも、エッチなDVDはおろかじっと手を見ることすらせず取り組んでも、終わらない仕事を引き受けていると時計が早い!
そこを何とかするところまで生きていられなかったのかアインシュタイン先生は。

何かが間違っている。20代で忙しすぎるのが嫌で新聞社を辞めた怠け者が40代になって別に背負うものができたわけでもないにもかかわらず20代の時より働いている。何でこうなっているのか自分でもわからない。

書きたいことはヤマほどあるのだ。でもここが実名ブログのつらいところで吐き出してしまうとお得意様や取引先やらを失いかねない。
「王様のように働き、王様のように遊ぶ」とのキャッチフレーズがあった。それにならえば「王様のように働き、王様のように働く」だ。それでは王様ではない。

好き放題をしたくて自分の会社を作った。その結果好きなことができないというジレンマ。このブログに書くのは「一番好きなこと」なのに最後の後回しになった揚げ句に、こうした文章をやっつけで書くしかないパラドックス。抜け出さなくてはならない。そのためには仕事を断るしかない。断るのは簡単なはずだ。でもできない。
ホテル・カリフォルニア状態だ。あの曲が日本でヒットした際に英語がまるでわからないはずのサラリーマンが「フフンフンフンホテル・カリフォルニア。フフフンフフン」と絶叫していた意味が今にしてわかる。言葉がわからなくても込められた意図が胸に突き刺さったのだね。フェイドアウトしていく錯綜したギターアンサンブルは本当は永遠に終わらない。それと同じ。時間よ止まれ。私以外は

……という状態と編集部員は知っているはずなのに「今日は私が代わりましょうか」とか「大丈夫ですか」と誰も言わない。「わかりました」と「すいません」しか言わない。それしか言うなと命じたは私である。だから言わない。それでいい。それでいいのか?(編集長)

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2008年6月30日 (月)

キーボードが打てません。

諸事情によりキーボードが打てないので本日更新の原稿を休止させていただきます。

こういう理由でブログを休むのはプロとして失格かもしれませんが、ご容赦ください。

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2008年6月25日 (水)

私は神である

と唱える人が「本を出させろ」とおっしゃってきたり原稿を送ってくださる会社が我が社である。どういうわけか精神に異常を来しているとカミングアウトしてきたり、そうとしか思えなかったり、牢屋のなかにいたりする人から連絡がよく来る。
何年も公安につけ回されている人とか、自分のせいで教育基本法が改正されてしまった人とか、死ぬ死ぬとずっと叫び続けている(つまり死なない)人とか。何かそうした人物を引きつけるオーラが私から出ているのか。それはオーラか。

ある有名な右翼の方(武士の情けで名は秘す)が上記の如き人物から相談を受けて「だったらアストラへ行け」と助言されて訪ねてきたこともあった。うちは何なんだ。

だから『あの頃』著者の小林高子さんは例外中の例外。原稿持ち込み者の中で初めて普通の人に会った気がする。なお鎌田慧さんはこちらからお願いしている先生なので当然ながら例外である。悪しからず。

たぶん会社のありようが変なのだ。だから個性的?な人ばかり引きつける。どこがおかしいのか。
例えば本日(24日)の夕方、編集部の大畑が帰っていった。『記録』編集で徹夜したこと、それ以外にも取材と執筆で八面六臂の活躍をしていること、ついでに控え目かつ誠実に経費の精算を行っていることなどを雄弁にプレゼンして去った。そうか。安い賃金でご苦労さまと送り出し私は終電まで働いて、家に帰って原稿整理を1本やって、この記事を書いている。
そこでハタと思いつく。そうなのだろうかと。編集部がそんなに働いているのは本当なのかと。本当「らしい」のだが私自身が会社を留守にしている場合が多いので「らしい」までしか言えない。でも「らしい」のは感じる。そこは信じたいし信じてもよさそうだ。

そこで思い出すのが20世紀初頭のロシアである……じゃあない。それでは佐藤優さんになってしまう。思い出すのはマルクスである。これも佐藤さんか。まあいい。
マルクスによると労働者(編集部員)は提供する労働に比して安い給料しかもらえない。その差が資本家(私?私しかいない)の「搾取」となる……はずである。この公式に当てはめてみると確かに小社の給料は安い。そこはわかるけれども肝心の「搾取」の実感がまるでない。何を搾取しているのか全然わからない。それどころか私の個人技で得た金で安いけど、そりゃあ安くて悪いけど、給料などを支払う場合も珍しくない。
考えられるのは2つである。1つはマルクスが間違っている。もう1つは小社がマルクスの想定外の会社である。共産主義は嫌いでもマルクスの分析は正しいとする人は多いから前者は多分ない。となると後者となる。
マルクスの論は打倒すべき資本主義の悪しきありようを指している。その想定外ということは……小社は資本主義ではないのだ。もしかしたら共産主義の会社なのか。
待て待て。共産主義はプロレタリアート独裁でなければならない。編集部員はプロレタリアートであろう。「独裁」ということは私もその一員となる。搾取の実感がないのだからきっとそうだ。働いている実感はあるからそうに違いない!

でもそうすると説明がつかないことがある。私が給料などを支払っているという事実である。その立場にある以上は私は資本家のはずである。となると「上部構造としてのプロレタリアートに奉仕する下部構造の資本家」なのか。何て悲しい資本家なのだろう。
いやまたまた待て。マルクス主義に発した共産主義国家の建設はことごとく失敗した。その理由はさまざま分析されているも答えは未だし。正しい解答は、もしかしたら「奉仕する下部構造の資本家」がいなかったからではないか。そんな奇特な人間は論理的に存在しない。いないはずの者がここにいる。他ならぬ私である。ということは私は人間ではない。奉仕しているのだから人間以下ではあり得ない。となると私は人間以上である。

ということは私は神である。

……てな落ちを書きたくて書きました。こんなことを考えているからきっと冒頭のような方々が集ってくるのでしょうね。お粗末様でした。(編集長)

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2008年5月28日 (水)

お休みします

本日担当の「編集長」入院につき更新できないことをお詫びいたします。病院でパソコンは使えないので。命にかかわるとかそうしたレベルではないのでガッカリしないで下さい。残念ながら生還の予定です

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2008年3月 4日 (火)

筋が伸びたときの病院選びは?

 昨日の朝、夫がうめき声を上げながら「ort」このようなポーズになっていて、あまりにもうめき声がうるさく、安眠を妨げられた私はいらつきながら尋ねた。

「どうしたの?」
「うぅ~。の、伸びをした……ら……グギギギ……って言って……」
「痛めたの?」
「う・・・うん」

 どうやら伸びをしたと同時に肩胛骨辺りの筋が伸びたかどうかしてしまたらしい。
 苦痛にあえぐ夫を横目にまた居眠りをはじめてしまったものの、音ながらもうめくので心配になり介護することにした。
 しかし、介護といっても頭をずらしたり、ストローで飲み物を飲ませたりと簡単なことしかしていない。
 それにしても成人男性を介護するというのは大変だ。あまり痛みを感じさせないように注意を払いながら起こすというのは、左手首の動かない私にとって困難だ。
 テレビで「楽な起こし方」を教える番組が放映されていたのを思い出した。その時も真剣に見てはいたもののもう少し注意深く見ておけばと後悔した。後悔先に立たず。今さらそんなことを考えても仕方がない。
 たまたま夫が痛めてくれたおかげで将来の介護について考えなくてはいけないと気づかせてくれた。
 介護をするにしても自分の身体が融通が利かないととても大変だ。自分自身の体を鍛えることからはじめることにする。
 ところで、筋が伸びたと思われる場合、どのような病院へ行けばいいのか知っている方がいたらぜひ教えてください。(奥津)

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2008年2月25日 (月)

靖国神社を訪れる中国人

 2002年から月刊「記録」誌上で『靖国神社』という連載を続けている。
 靖国と聞くと、今でこそ「戦争で亡くなった人が祀られているところ」とか、「A級戦犯が祀られているところ」と答える人が多いかもしれないが、私が連載をはじめたころは小泉前首相が靖国へ参拝すると言い始めた(言い始めたというより、8月15日靖国参拝は選挙公約だった)ときで、さほど靖国に対する関心は高くなかった。 中曽根元首相の公式参拝以来、8月15日の首相による参拝は、中国との外交関係にひびが入るということで見送られてきた。
 とはいえ、参拝をしないからといって反日感情がなくなるわけではなく、かといって煽られるわけでもない。小康状態が続いていたのがこれまでの靖国に対する双方の接し方だった。
 しかし、小泉前首相在任期間中の靖国参拝は年を経るごとに注目されるようになり、国民からの関心が寄せられるようになってきた。
 その一番のピークが、2005年の中国各地における反日デモと、日本の若者による嫌中感情と愛国心がぶつかったころだ。
 当時は日本ではなく香港に住んでいたため日本での状況や反応はあまりわからなかった。しかし、一時帰国をしたときは必ず靖国へ取材に行っていたが、反日デモ以降の靖国参拝人数が明らかに増えていたのだ。
 靖国をテーマに書き続ける私にとって、靖国神社がどのようなところなのか積極的に知ろう(動機はなんでもいいが)とする姿に、歴史を知ることはよいことだと思う反面、複雑な気分になった。
 それと同時に靖国問題に触れた書籍が山のように出版され「靖国問題ブーム」が起こった。
 ここで靖国問題について書くと非常に長くなるので書かないでおく。
 以降、小泉元首相の任期終了まで「靖国ブーム」が続くが、安倍政権発足後は中国との関係正常化を優先し、靖国参拝は見送った(安倍元首相自身は、首相になるまで8月15日に参拝をしていた)。
 以降の中国との関係は安定していたが、先の重慶で行われたサッカー東アジア選手権でのブーイングやラフプレーを見るとあまり変わっていないようにも感じる(重慶という場所がよくなかったのかもしれない)。

 靖国に話を戻すと、靖国ブームも過去の話になった現在、平日でも多かった若者の参拝客が減り、代わりに意外な人たちの参拝が増えて来たのである。
 ある日、いつものように取材へ行くと団体参拝者がいた。近くを通ると、聞き覚えのある言葉。
 そう、中国語。中国からの参拝客が度々訪れているのだ。
 初めて見たときは驚いた。あれだけ騒ぎ立て日本大使館にペットボトルを投げ入れていた国の人たちが靖国にいる。あれだけ騒がれたのだからどんなところか興味が沸いたのだろうか。靖国神社ってどんなところだ、と。 とはいえ彼らは境内で騒ぐわけでもなければ、爆竹を鳴らすわけでもない。おとなしく参拝している。
 彼らにどのような意図があるかはわからないが、自分たちの同胞を殺した人々が神として祀られているところへ自ら赴くという姿勢に民族の違いを感じた。
 ただ勘違いされては困るが、そういう面だけを見て、中国人はフトコロが広いと援護をしているわけではない。どのような感情を持ってにせよ、自ら進んで見に行くというところは日本人にはない意識である。これは中国が戦勝国だから…っていう理屈は抜きにしてね。そろそろ日本も過去の呪縛から解き放たれてほしいと切に願う。(奥津)

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2008年1月28日 (月)

福田首相とボノ

ダボス会議の一環として、アフリカ支援に関する「円卓会議」が行われた。
円卓ときくとアーサー大王の円卓の騎士を思い出すが、その会議ではアフリカにおける貧困やエイズ問題に関する意見交換会が行われた。
たまたま番組の合間にやっていたニュースを見ていたらその模様が映り、ふと見るとそこには福田首相と、見覚えのある人物がいた。

「ボノだ!」

思わず叫んでしまった。ボノといっても、ハッスルでの曙の愛称ではない。
イギリスのロックバンドU2のボーカルだ。
ボノは、ホワイトバンドやエイズキャンペーンなど、慈善活動を積極的に行っている。
別にボノが円卓会議に出ていようが構わないが、福田首相とボノを見比べて、やはりボノのオーラがすさまじかった。なんだかんだいって大スター。
日本の首相なんて足元にも及ばない。

だが、これが小泉元首相とボノだったら? 

間違いなく違和感がなかっただろう。こう考えると、小泉元首相はかっこよかった。自民党をぶちこわし暴れに暴れたその姿は、彼の好きなXジャパンのライブ後のYOSHIKIのようだ。彼はライブ後必ずドラムを壊す。小泉=ロック。存在自体がロック。

そう考えると、日本の首相はもう少しおしゃれになったほうがいい。首脳会議の写真を見ると、他国の首相、大統領との差が歴然としている。プーチンなんて変なオーラが出ているし。
もう顔はどうにもならないからスタイリストをつけて、首相になったら大幅にイメージチェンジを断行することを法律にでも加えてもらいたい。それかオーラを出せ。あの亀井議員も大幅にイメージチェンジをはかって、かなりさわやかになったのだし。

それにしてもボノはいつの間に、慈善活動家になったのだろうか。これからもがんばってもらいたい。(奥津)

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2008年1月15日 (火)

日曜のアキバと上海。

 3連休の真ん中。日曜日に秋葉原へ行ってきた。秋葉原といっても徒歩圏なので歩き。そしていつもは行かない電気街へ。
 お目当てはソフマップでゲームソフトを売ることで、「べ、別にメイド喫茶とか行きたいとか思ってないんだからねっ!」(ツンデレ)。
 休日のアキバはカオス。
 オタクが脚光を浴びてからのアキバは観光地と化し、再開発も進んで、5年くらい前はもう少し小汚く、今は発見する方が難しいと言われている「ネルシャツ+ケミカルジーンズ+リュック+スニーカー」の典型的ファッションの方を結構な率で見かけていた。現在は、やたらとメイドさんがあふれていて、「おまいらそんなにメイド好きだったか?」というくらいいる。JR秋葉原駅電気街口を電気街へ向かって歩いてみてください。
 駅前で唄っている謎の女性(少女?)が数組と、それを取り囲みビデオ撮影や携帯のカメラで撮影する人々もいた(筆者、高熱が1週間続きヘロヘロのため取材断念)。
 発展し変遷を遂げる秋葉原の街を見て、変わらないところは変わらず、しかし風景や闊歩する人々を見て、中国を思い出した。
 中国沿岸部の都市(主に北京、上海)は、ここ数年激変している。
 上海へ行った折、同行者が「10年前とは大違い」と言っていた。きれいなショッピングモールやビルなどが建ち商業都市として発展を遂げている。
 初めての上海を見て感心していたが、一歩路地を入ると閑散とした汚い道と、上海人の素の生活が広がっている。
 日本もかつては、路地を入ると寂れた風景が広がっていたのかもしれないが、上海もさらに発展が進めば表だけではなく裏側もきれいになるのだろうか(国民の衛生概念等が変わらなければどうしようもないが)。
 都市の発展は、発展途上だろうが先進国だろうがプロセスは変わらない。
 実際、開発前の秋葉原は小汚く(失礼)、マニアが集ってアングラな空気を醸し出していた。しかし街自体が「これから生まれ変わる」という空気漂わせてはいたが。 開発途上にある都市の移り変わりを、秋葉原で、しかもワールドワイドに実感した日曜日。
 そして熱が下がらない私であった。トホホ。(奥津)

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2007年12月25日 (火)

メリクリ☆

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 今日はクリスマス。昨日は月曜日でクリスマスイブだったからケーキを買って、シャンメリー飲んで、ケンタッキーでフライドチキンを食べた家庭が多いかと思われる。

 昨日のことだが、夫が銀座へ行きケーキを買ってきてくれた。

 

 さて、今年は空前の食品業界の偽装ブーム。赤福、白い恋人、不二家ほかいろいろ。

 北海道土産で白い恋人を食べまくったあとに偽装が判明したときはビックリ。そして、小さい頃から好きだったペコちゃんも偽装。

 ミルキーはママの味どころではない。あのペコちゃんの舌は、「消費者騙すなんてたいしたことじゃないよ」と舌なめずりしている姿だったのか。

 

 クリスマスを前にして不二家の偽装が再び判明した。つい最近、営業を再開し、さんざん叩いたマスコミもお涙頂戴ドキュメンタリーの放送したときは失笑を禁じえなかったが、結局、小売店がいくら販売努力しても本社の体質が変わらない限り消費者は騙され続けるのだろう。

 

「不二家にはがっかりだよ」(桜塚やっくん風)と思いながらニュースを見ていたら、夫が「お土産」と言いながらケーキの箱を差し出してきた。

 ちょうどケーキが食べたかったので喜びながら箱を見てみると、不二家のデコレーションケーキだった。

 

 その日の夕方、家族みんなでケーキを囲み紅茶を飲んだ。

チョコレートに描かれたペコちゃんの目が邪悪な光を放った気がしたのは気のせいだろうか……。

 

クリスマスケーキは作り置きとはいうが、やはり不二家のケーキは懐かしい感じがした。

ごちそうさまでした。

来年は天使の笑みを浮かべたペコちゃんと会えますように。

メリークリスマス。

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