スポーツ

2009年9月30日 (水)

朝青龍のガッツポーズいいじゃないか

ふるさとに/まわし一本/みやげなり

古くから大相撲はそうだった。圧倒的多数が関取になることもなく、まわしだけを手にして土俵を去っていった。尋常ならざる努力と天性を兼ね備えた者だけが横綱になる。さらにごく一部が優勝を重ねる。朝青龍はそれを成し遂げた。今回の優勝以前にすでに、である。

横綱の品格という。しかし外国人に日本語を強制し、おしり丸見えのまわしを付けさせ、髪を結わせ、横綱ともなれば日本刀の太刀持ちがつき、優勝すれば日本国歌を斉唱させる。朝青龍はそれらをすべて飲んで相撲のルールにのっとって勝ち進んでいる。もう十分ではないか。
以前にも書いたようにあのようなガッツポーズ(この言葉からして日本語である)は諸外国で見たことはない。ならばなおさら別にいいではないか。
朝青龍バッシングに何の理もないとはいわない。でも背後に彼が外国人だから……という強烈な島国根性を感じるのは私だけか。彼は確かに外国人であり、それを隠そうともしない。外国人(といっても同郷)と結婚し、休みが取れれば故郷のモンゴルへ帰る。言い換えれば日本は出稼ぎの場である。日本側から見れば出稼ぎされている。「たかが出稼ぎ風情が正社員たる日本人を差し置いて大きな顔をするな」といえないものだから品格だ何だと変化球でいじめているように思われてならない。そもそも故郷に帰るのはそんなにいけないことなのか。私にはサッパリわからない。

親方になるには日本国籍が必要というのは明かな差別ではないか。国籍を重んじるサッカーW杯でさえ監督は外国人で一向に構わない。たぶん朝青龍が「引退後は親方になりたいから日本国籍を取得したい」としおらしく?言い出したら島国根性隠しかねたるバッシング派の多くが爽快さと優越感に浸るであろう。でも朝青龍はそう発言しない。「外国で勝って、稼いで何が悪い」である。

そう。何も悪くない。「土俵に金が埋まっている」といったのは初代若乃花だったか。彼の故郷は青森(日本)で朝青龍はモンゴルという違いだけである。しゃにむに勝つ。勝ったら喜ぶ。それのどこがいけない。敗者に敬意を払うべきという。でも優勝決定戦で戦った白鵬もまたモンゴル人。日本の土俵でモンゴル人同士が優勝をかけて一騎打ちする自体が相手に十分な敬意を払っているとなぜ認められないのか不思議でならない(編集長)

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2009年6月18日 (木)

三沢光晴とガチンコ勝負

 6月13日、プロレスラー三沢光晴が試合中でバックドロップを受け、そのまま意識不明となり死亡した。頸椎(けいつい)損傷だったという。
 そんな危ない技を歳を取った三沢にかけるなといった対戦相手への批判がネット上で起きたことに、正直驚いた。プロレスがショーであることが、そこまで当たり前だと思っていなかったからだ。

 プロレスがガチンコ勝負だと思われていた時代は短くない。ただのショーだと思っていたのなら、力道山に日本中が熱狂することもなかっただろう。また、40歳である自分も少なくとも中学生ぐらいまでガチンコ勝負を信じていた。
 もちろん今から考えれば不自然なことは山ほどある。真剣勝負で何十分もの試合を毎日していたら身体が保つわけないし、総合格闘技を見慣れた現在では関節技を何分も耐えることなどできないと知っている。でも、当時はそんな疑問など脳裏をかすめることもなかった。

 一体いつからプロレスがショーだと認識するようになったのだろう?

 新日本プロレスのレスラーだったミスター高橋が、『流血の魔術 最強の演技 すべてのプロレスはショーである』を書いたのが2001年。流血試合のためにカミソリを使うなど具体的な記述は、反論の余地すらないものだった。ただ、ショーだという認識はもっと前から広まっていた気がする。
 その大きな転機となったのは87年、前田日明による長州力への顔面キックだろう。この一発で前田には無期限出場停止処分が下り、翌年3月には解雇処分となる。なぜ解雇しなければならなかったのか。その疑問は「本気で蹴ったから」という答えを導かざるを得ない。
 結局、その年の5月に前田はUWFを旗揚げ。まったくのガチンコ勝負ではないもののショー的ではない技の応酬という意味で、総合格闘技の礎を築いていく。

 一方、三沢は84年から二代目タイガーマスクとして人気を獲得していく。空中戦を中心とする技の数々は、きわめてプロレス的といえる。しかし当人がプロレス的で志向であったかどうかは微妙だ。彼の熱狂的なファンだったわけではないが、彼の試合はギリギリまで踏み込んでいたと感じるからだ。
 例えば91年の田上線で初披露した「タイガードライバー'91」 は、腕をロックしたまま落とすため受身が取れない、かなりヒヤリとさせられる技だ。危険だからと彼が一時期封印したのもうなずける。また彼は試合でベイダーの腕を試合で折っている。
 とても「お約束事」の範囲とは思えない。

 プロレスの範囲を保ちつつ、ギリギリまで真剣勝負を追求する。その姿勢がファンを魅了したのも事実だが、ときに早めに試合を止める総合格闘技以上に彼は危険な領域に入り込んでいったように想えてならない。それを可能にしたのは「天才」といわれた一流の受け身だった。

 初代タイガーマスクの佐山聡は人気絶頂のさなかに新日本プロレスを辞め、結局、総合格闘技へと路線を変えた。際だった格闘センスが「ショー」の権化ともいえるタイガーマスクを許せなかったかもしれない。一方、二代目タイガーマスクだった三沢光晴は、同様の格闘センスをプロレスで生かす選択をした。ブクブクに太った佐山と46歳にしてリングに上がり続けた三沢。どちらが格闘家らしいかと考えると不思議な気持ちになる。

 最期に仕掛けられた技が、試合で比較的よく使われる「バックドロップ」だったことも、格闘技と「ショー」の境目がギリギリだと教えてくれた。ほんの少し間違いがあれば死に直結する。そんな世界で46歳まで第一線で闘い続けた三沢選手の冥福をお祈りしたい。(大畑)

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2009年3月25日 (水)

WBCにセパレートウェイズはどうよ

TBSが放送しているWBCの米国ラウンド。テーマ曲にジャーニーのセパレートウェイズがかかるたびに気力を失ってしまう。集中力が途切れるともいう。

確かに歌詞はまああれでいいかもしれない。スティーブ・ペリーの歌声は賛否両論だろうけど高揚感をあおるという点で的確かもとも思う。しかし……しかしだ。「セパレートウェイズといえばあのPV」というほどプロモーションビデオを記憶している世代やファンにとってはつらいよねえ。あの曲が試合の合間に流れるたびに例の迷作PVのあの場面このあほらしさが続々と思い出され(http://jp.youtube.com/watch?v=sxxOyGK1pMk)気が抜けてしまうのだ。原監督の妙に生真面目な顔が重なるともういけない。敗退したらそのせいにしようと思っていたが優勝おめでとう(編集長)

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2009年3月11日 (水)

川上哲治をWBC監督に

本当は「川上哲治に国民栄誉賞を」にしたかったけど時流にこびて変えた。
改めて川上哲治氏がなぜ国民栄誉賞に選ばれないか不思議である。名球会に入っていないからか。でもあれは金田正一(カネヤン)さんが「昭和」でないから入れなかったともっぱらのうわさ。

ここでご存じない人はカワカミさんって平成生まれなのかと勘違いするかもしれないので改めて記す。川上選手は2000本安打を達成している。平成生まれの高卒選手ならば1年間で1000本のヒットを打たねばならない。そんな選手がいたらメチャ目立つ。でもいない。よってカワカミ選手は「平成」ではない。
では何かというと「大正」生まれなのである。戦前のプロ野球草創期を知り、戦後は落ち込んだ国民を「赤バット」で鼓舞し、日本人初の2000本安打を達成し、首位打者5回を始め数々のタイトルを獲得した栄光に満ちた現役生活だった。
監督としては読売球団を14年間で11回優勝させ、そのことごとくが日本一。うち9年連続日本一が含まれる。いずれも前人未踏空前絶後の成績だ。何しろ王貞治や長嶋茂雄を部下として使っていたのだ。そういえば晩年のカネヤンも部下。
さらに重要なのは今年89歳となるにもかかわらず壮健という点だ。生きる日本プロ野球史みたいなものである。なのになぜか人気がない。山県有朋みたいなポジションだ。

原辰徳采配で大丈夫かと誰もが思っている。ここは川上哲治の出番だろう。確かにもう動けないかもしれないけど大丈夫。実質的な監督はイチロー選手と城島選手なのだから。「生きる日本プロ野球史」は座っているだけで緊張感を与えよう。儒教の国のライバル韓国は畏敬の念を持つに違いない。徴兵され先の大戦を味わったと聞けばアメリカも一目置くはずだ。どうですかね。(編集長)

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2009年2月 2日 (月)

朝青龍のガッツポーズは品格を欠くのか

最初にお断りしておく。柔道や剣道、もちろん相撲も含めて日本で武道といわれている競技に「礼に終わる」が重要で、そうした競技を通してそうした学びを得て日々の活動へ生かしている方々にとって朝青龍の行いを憤るのは当然だ。気高い信念と尊敬する。したがって以下の記事はそうした方々を貶める目的はない。と前置きしても怒られたとしたら筆者の拙さによるものである。あらかじめお詫びをした上で始めたい。

私が疑っているのは上記のような確たる信念に基づかず、外国人でありながら「国技」を席巻する朝青龍に対して島国根性をぶつける手段として「礼に終わる」作法を持ち出している人が少なからずいるのではないかという点だ。
そもそもガッツポーズなる英語は英米には存在しない。和製英語というより日本で生み出されたスタイルへカタカナをあてはめただけではないか。あのように両手をUまたはVの字に突き上げる勝利のスタイルを私が知る範囲での欧米で見たことがない。さまざまな説があるものの「ガッツポーズ」は日本人の発明であるのは疑いないのではないか。もし違ったら私の寡聞である。ご指摘いただきたい。
以前に日本の球団に在籍した元メジャーリーガーに取材した話である。彼によると「ガッツポーズ」ができるのは日本だけ。アメリカで殊勲の本塁打を打ったとしてもあのような姿をするなどあり得ない。やったらブーイングではすまない。次の打席で投手から報復されても仕方ない失礼な行為であると。もしこれが普遍的ならば朝青龍のガッツポーズは日本で発明された日本風の歓びの発露である、となる。
それはそれとして武道の世界だけは許されないという反論もあろう。しかしおそらく同じ武道のカテゴリーに入る柔道ではしばしばみられるという点はどう考えればいいのか。北京オリンピックでの石井慧選手の振る舞いも品格に欠けたのであろうか。なるほど石井選手は毀誉褒貶がある。では1984年のロス五輪における山下泰裕選手はどうだ。一本勝ちで優勝した直後に彼が見せたのは明らかに「ガッツポーズ」だった。しかし、これまた私が知る限り、この山下のポーズは「あの山下にしてよほどうれしかったのだなあ」とおおむね好意的だった。

要するに日本人が日の丸を背負って臨む国際大会ならば武道でも優勝の瞬間に「ガッツポーズ」をしても許される。しかし外国人が日本の武道でするのは許せない……となると明らかな二重基準である。

朝青龍は外国人だ。同じモンゴル出身の横綱白鵬は相撲界とゆかりが深い有力者(日本人)の娘をめとっている。大相撲では引退後の指導者を日本国籍取得者に限っており白鵬の所属する宮城野部屋は一悶着あって現在の宮城野親方に求心力が感じられず部屋付きの熊ヶ谷親方が彼の事実上の師匠だ。その熊ヶ谷親方も50代だから白鵬が日本国籍を得て部屋を継承する可能性は高いと見られている。同じモンゴルの旭天鵬が日本国籍を得て師匠大島親方の養子となったように。日本人はおおむねこうした傾向を好ましいと感じる。

しかし朝青龍は違う。モンゴル人女性と結婚し、ひんぱんにモンゴルへ帰る。自分の国に帰って何が悪いといった旨の発言もしている。このままでは親方株の取得はおろか、現役名のまま5年間年寄として協会に残れる制度さえ利用できない。さらに優勝回数すでに23回の彼は一代年寄を贈られても実績としてはおかしくない。それもモンゴル国籍のままでは無理である。少なくとも朝青龍のこれまでの言動から引退後も指導者として(つまり日本人として)わが国に残る気はなさそうだ。文字通りの「出稼ぎ」である。外国人の「出稼ぎ」が日本の「国技」で勝ちまくる図が不愉快で、それがガッツポーズに代表される「品格」問題として生じているとするならば、それはゆがんだ形の島国根性の表出ではあるまいか。

「自分の国に帰って何が悪い」もしばしば問題になる。手続き上の不備を責められるのは仕方ない。しかし本質的にモンゴル人がオフシーズン(もちろん巡業は除く)に母国へ帰るのは別段変ではない。例えば大リーグのイチロー選手はオフの調整を日本で行う。これをおかしいという日本人はほとんどいない。

逆境という意味で09年初場所の朝青龍は、けがを抱えて試合に臨み、決勝でそのけがの部分を攻めなかった相手の姿勢にも助けられて優勝した上記山下選手と優るとも劣らなかったであろう。しかし山下選手のガッツポーズを非難する声はほとんどなく、決勝相手の姿勢(けが部分を攻めない)を責める人もほぼなく、逆に称賛さえなされた。彼我の違いに違和感を抱くのは間違っているのだろうか(編集長)

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2008年10月29日 (水)

原ジャパンとは呼ぶまい

イチロー選手の「WBCを北京のリベンジの場としてとらえたら、チームの足並みはそろわない」発言は図らずもWBCの正体を示している。ズバリそれは米国メジャーリーグベースボール(MLB)の大会という性格である。
そもそも1回目からClassicという名がついているわけで。大リーグのスペシャルイベントだぞと明記しているに等しい。時期も大リーグ開催前。場所もアメリカ。
対するイチロー選手言うところの「北京」とは五輪の大会である。周知のように次回ロンドン大会から野球が正式競技でなくなる。おそらく最大の理由は「ロンドンで野球をやってどうする」だろうが公式見解として見られるうちの1つが大リーグの不参加であろう。根本的な問題でないとしてもIOCとしては我慢がなるまい。似たような関係にIOCとFIFAがあるにはある。しかしFIFAはオーバーエージ枠を渋々ながら認めたし世界の競技国・地域数が野球と比較にならない。
で、イチロー選手はもはやMLBの一員として発想する。するとせいぜい3Aクラスが出場するにすぎない「北京」とWBCでは格が違う。ないしは別種である。したがって北京の延長線上(リベンジ)にWBCを置けばWBCをMLBの大会ととらえ、ゆえに参加でき、参加もしようとする「チーム」の主力を構成するであろう日本人大リーガーの「足並みはそろわない」。この「足並み」とは月並みなチームワークといった意味ではなさそうだ。現に前回のWBCでイチロー選手は事実上特別扱いされていた。今回は彼以外にも多くの日本人大リーガーがいる。ポジションを考えると

●投手
松坂大輔
岡島秀樹
黒田博樹
小林雅英
斎藤隆
●捕手
城島健司
●内野手
井口資仁
岩村明憲
松井稼頭央
●外野手
田口壮
福留孝介
イチロー

あたりは選出しない理由があまりない。少なくとも日本プロ野球選手で彼らを押しのけてまでレギュラー入りする選手は先発投手とコマが1つ足りない内野手を除いて考えにくい。けがの松井秀喜と不振の井川慶も場合によってはあり得る。この大リーガー達に混じって先発出場させたい北京代表はどれだけいるか。投手のダルビッシュ有と藤川球児、外野手の青木宣親ぐらいではないか。
つまりイチロー発言はWBCで日本人大リーガーが主力となるのは必然であり、「北京のリベンジ」にされたら彼らの「足並みがそろわない」のである。なぜならば日本人大リーガーは北京に出場していないからリベンジも何もない。担う必要のない荷物を負うのはご免であり筋も違うと。
選手の分際で監督人事に間接的ながら口を挟むのは何ごとかとイチロー発言を非難する向きもある。そうだろうか。イチロー選手は「選手の分際」ではなく大リーガーの立場から大リーグの大会へ出場する当事者として発言したのであろう。

第1回からの3年で事情も大きく変わった。一番の変化は繰り返すように日本人大リーガーでチームができるほど増えたという点。したがってこの集団を指揮するにふさわしい日本人フィールド・マネジャーを本来は育てておくべきだった。具体的には大リーグの指導者経験である。日本と違って選手時代の輝かしい実績は必要ないのだから日本野球機構(NPB)はしかるべき人物をMLBへ送って育てておくべきだった。
もちろん外国人監督でもいいけど国別対抗戦となるとどうか。最近ではサッカーのW杯では違和感がないもののサッカーの方は「日本はトップレベルとはまだまだ差がある」との認識で共通しているからまだいい。曲がりなりにもWBCは前回優勝国ですからねえ。

とか何とかで原辰徳氏が監督とのこと。いろいろ心配ではある。みんなそうだろう。ジャイアンツ愛の原サンで大丈夫かと。でも案外いい人選のような気がする。なぜならば「原ジャパン」とは呼ばれそうにないから。松坂が投げて城島が受けてイチローが仕切るチームにそれはなかろう。
前から書いているように監督名をチームのシンボルにするのはそもそも誤りである。北京優勝チームを誰が「キム韓国」と呼び、準優勝を「パチェコ・キューバ」としたか。日本でのプレー経験がありそこそこ知名度があっても三位決定戦で敗れたチームを「ジョンソン・アメリカ」と言う声を聞いたことがない。相手には付けないのに自分には付ける。その顛末はどうだ。反町ジャパン、植田ジャパン、星野ジャパン、柳本ジャパン……。惨憺たる結果である。
比較的健闘した女子サッカーは「なでしこジャパン」で監督名なし。優勝して日本中をわかせた女子ソフトボールに至っては愛称すらない。誰か斎藤(春香)ジャパンなぞ言い習わしたか。(編集長)

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2008年4月 9日 (水)

巨人軍が弱いのは新興・零細企業並の補強だから

プロ野球の読売巨人軍は栄光ある伝統を持ち、球界では最も豊かな球団である。だからカネにあかせて他球団の主力選手を補強するのだと一般に見なされている。でもそうして強くなるとは到底思えない。
これが新興企業だったらわかる。右も左もわからない状態では取りあえずその世界で実績をなした選手を取れば他の選手のランドマークの役割を果たすだろう。零細も同じ。ただ零細の場合はカネがないので一点豪華主義で拝み倒してくるのだ。サッカーJリーグ開幕前に住友金属がジーコを連れてきたような例である。

新興企業は自由である。なぜならば栄光をつかむのはこれからであり、栄光あってこそ伝統が生まれ、伝統がその会社独自の「作法」を生ぜしめ、時間とともに作法は複雑化し、縛りとなっていくという経緯を持つから。
零細もある意味で自由である。零細であり続けるとは栄光にいつまでもたどり着けないのと同義だ。栄光がなければ伝統は生まれない。生まれたとしても「零細であり続ける」伝統だからチャンスをものにする際にはかなぐり捨てるべき対象である。また零細の多くには独裁者がいて不自由だろうとの憶測もあろうが、現実問題としてちょっと違う。例えば小社の回りには小社も含め多数の零細があり、小社における私のごとくたいていは独裁者が存在する。しかしこの独裁者は零細を維持する程度の能力はあっても、それ以上に発展させる力がない。だから零細のまま低空飛行を続ける。またカネもないので社員をカネで縛り付けることもできない。いわば弱い独裁者である。
したがって安い給料ならば適当にやろう(=自由)という社員のモチベーション?を抑止する力はない。また逆に零細から脱出するすべを独裁者は知らないので「脱出するにはこの方法があります」との提案を社員がしてきたら、その誘惑に負けて許してしまうのだ。
こうした「自由」からおそらく偶然に商機をつかみ、脱出していったのが現在の大企業である。大きくなって過去を振り返ると、その偶然があたかも必然のように思われ、行き当たりばったりだったり風に乗っただけだったというのが真相の発展もまた整然たる物語として企業文化として、伝統として根付いていく。いったんそうなると伝統自体が人を育てるようになり、最後は誇りにまで昇華する。朝日新聞社員が自らを朝日人というように、電通社員が自分を電通人とするように。もう通常の人類とは違うというところまで来るわけだ。

冒頭に述べたように読売巨人軍はそうした会社である。「巨人軍は紳士たれ」の合い言葉の元でヒゲ面を許さない。ヒゲが生えているか否かで打率や防御率が変わるわけじゃないだろうとの発想は私のごとき零細ならではであって、栄光が生んだ作法を伝統ある会社はことのほか重視する。ヒゲ禁止に類する作法はおそらく100を下るまい。その多くは暗黙知である。ほんのちょっとした違いが伝統企業にとっては驚くべき不作法となり、そうした掟破りを白眼視する。新人や実績のない移籍選手ならばその冷たい視線に気づき、次第になじんでいくしかない。だが大物移籍選手はどうか。
彼らはいうまでもなく高い打率や防御率などを求められて招致されている。本人もそれを果たすが役割と心得る。現在のところ巨人軍以上に歴史と実績を有する球団は国内にはない。したがって彼らが前にいた球団は巨人ほどの作法はなく、場合によっては相当に自由であったろう。
となると結果はみえている。大物移籍選手はわけのわからん作法をわけがわからんゆえに時々破っては白い目を向けられる。いちいち覚えていくだけの柔軟性が彼らにあったとしても第一の使命である「数字を残す」に集中できない。受け入れる側に以上のような理解があって配慮をしたとしても今度は作法が身にしみている生え抜き選手が腐ってしまう。生え抜きが伝統を重んじる度合いは以前「『TOKYO』を『YOMIURI』にした罰」というタイトルで(http://gekkankiroku.cocolog-nifty.com/edit/2005/10/tokyoyomiuri_b900.html)松井秀喜選手の述懐を紹介した。大変なことなのである。

したがって読売巨人軍は自らの伝統を信じて、多少の低迷は覚悟して生え抜き主体のチーム作りをするしかないのである。今のような方法をとっていたら純粋に戦力が巨大だから優勝ぐらいできるかもしれないけれど、巨人を愛するファンには愛想を尽かされ、新たな野球ファンは訳のわからないチームとしか映らず思い入れようもない。それができない言い訳として「優勝が宿命づけられている球団だから」がある。でも宿命づけられているとの思い込みは過去の伝統に発するのだから、そこを損なっては論理矛盾である。私は密かに今の巨人軍の編成に携わる人たちに伝統への懐疑が生まれているのではないかと心配している。
そうでなければいったん伝統なり何なりをリセットして新興球団としてやり直すのだ。そのために最大の障壁は「監督は生え抜きでなければならない」という伝統だろう。初代の藤本定義監督は彼の現役中にプロ野球がなかったから生え抜きではないのは仕方ない。その後の全監督は今に至るまで現役時代は巨人一筋だった(注:監督兼選手だった中島治康はその時点まで生え抜き。辞任後に他球団でプレー)。藤田元司氏など現役こそ巨人一筋だったものの後に他球団のコーチを務め、それが監督就任の際に問題となった。それほどの純血主義である。ここを変えない限り「一から出直すぞ」とのメッセージはかけ声だけとなろう。最も効果的なのは巨人以上の伝統があるアメリカ大リーグのチームで監督を務めて実績を残した人物を招くことだ。巷間挙がっている次期監督候補は星野仙一氏を除くと一筋組ばかり。これでは何も変わらない(編集長)

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2008年4月 4日 (金)

岡ちゃんが管理サッカーだって!

 読者の皆様、すっかり更新が遅くなってすみません。いただいたコメントなどにも返せず、こちらもすみません。バタバタ走り回ってばかり……、情けないッス!

 というわけで本来なら『誰も知らない靖国神社』を世に出している出版社の者として、靖国神社の映画にも触れるべきだろうし、「弱者・少数者のための雑誌」であることを掲げる小誌として、チベットでの弾圧は許せないと拳を振り上げるべきなのだろうが、頭が回りません……。
 ということで、とっても分かりやすい問題、岡田ジャパンをひとつ。

 いやー、キリン杯の発表会見後、2時間ものスタッフ会議を開いた日本代表の岡田武史監督のコメントには驚かされた。
「これまでは、こういう時は誰が守備する、などは言ってこなかったが、これからはこういう形でと…。完ぺきには(選手に指示を)与えないが、ある程度は与える」(『日刊スポーツ』08年4月4日)
 どうやら「管理サッカー」へと完全に移行するらしい。W杯予選のバーレーン戦で完敗して、「これからは思い通りやらせてもらう」とオシム流サッカーからの離脱を宣言したと思ったら、今度は管理だと!
 
 スポーツは次に何が起きるかわからない。そのうえパターン通りの行動を繰り返していれば、敵は裏をかこうとする。サッカーのように攻守が一体となり、プレーが止まることのないスポーツは特に決まり事をつくるのは難しい。

 スポーツで決まり事の多さで有名なのは、ラグビーチーム・サントリーサンゴリアスを率いる清宮克幸監督だろう。3ケタにものぼる約束事があるのは有名だ。しかし清宮監督は「いまのサントリーには、次に決まっているプレー、シークエンス(一連の動き)はひとつもありません」と雑誌(『セオリービジネスvol1』)で発言している。また自身の提案について、「みんなの個性をいかすために、共有するベースをつくることだけ」とも語っている。
 つまり決まり事はあるが、そのベースから自由に行動するよう指導しているわけだ。これは「考える」ことを求めたオシム流に近い。
 NBAシカゴ・ブルズの名監督として6度のリーグ制覇をなしとげたフィル・ジャクソンは、システムとして非常に難しいトライアングル・オフェンスを取り入れたことで知られる。このシステムを完全に理解しているわけではないが、形こそ決まっているもののジョーダンやピッペンなど才能あふれる選手の個性は尊重している。パスを受けたプレーヤーがショット、パス、ドライブのどれを選択するかは自由なのである。つまり複雑な決まりはあるが、最後は考えて動けということだ。

 レベルの高い競争で勝ち星をあげるためには、マニュアルを越えた「自由裁量」の部分が増えてくる。これは考えてみれば当然である。スポーツ以外のマニュアルでも同じなのだから。
 カウンター越しに決められたメニューから選ばせるマクドナルドなら、マニュアルさえあればほぼ仕事をこなすことができる。しかし高級フランス料理店のサービスともなれば、客からの料理についての質問もあるし、グラスが空かないように常に注意を払う必要も出てくる。お客の行動パターンが読めない以上、マニュアルだけでは対応できない。

 もちろん完全に管理されたプレースタイルで世界のトップになったプレーヤーもいる。ピーカブースタイルを考案したボクシングのトレナーであるカス・ダマトは、ラウンドごとマイク・タイソンにパンチを当てる場所を指示していたという。全盛期のタイソンはこの指示を完璧にこなし、勝ち星を重ねていった。
 3分間ごとにインターバルのあるボクシングなら、ラウンドごとにパターンを変えることができる。ましてタイソンほどの豪腕ならパターンを見破っても相手は裏をかきにくい。こうした要素があっての「管理システム」だったといえるが、「管理」しやすいボクシングでさえ絶対に外せないことがある。それは選手からの信頼だ。タイソンはダマトを父と慕い、全幅の信頼を置いていた。だからこそ「管理」に従順だったのである。それが証拠にダマトが亡くなり、タイソンは勝てなくなった。

 さて、長々と遠回りしたが、改めて岡ちゃんである。彼は選手から絶対的な信頼を勝ち得ているだろうか。少なくとも新聞報道をみる限り、選手は不信感いっぱいのようだ。
 そりゃそうだろう。ワールドカップでは1勝もできず敗退した岡ちゃんを、世界レベルの監督だと思っている選手など誰もいない。日本代表に招集された選手の中には、レベルの高い欧州でのプレーが実現しそうな人もいるだろう。もちろん実際に欧州で活躍している選手もいる。となれば岡ちゃんは格下の監督ということになる。
 こんな状況で「管理」は機能するのだろうか?

 UEFAチャンピオンズリーグでのフェネルバフチェの活躍をみると、ジーコ流の自由なサッカーが悪かったのではなく、日本代表がそのレベルに達していなかったのかとの感慨を抱くが、といって岡ちゃんの「管理」サッカーで勝ち星あげられるほど世界は甘くない。

 国籍の問題で日本代表に外国人選手を使えないのなら、せめて監督ぐらい金にあかせてハイレベルの外国人を招けばいいのだ。オシムが倒れる前あたりから日本人監督待望論が出ていたが、勝ちたいなら別に日本人にこだわる必要もなかろう。スキルの高い監督が言語の壁を越えて機能することは、日本のプロ野球でも証明されているのだから。

 いま望むことはキリン杯で完敗し監督が交代することである。というわけで、もう監督を探し始めてもいいんじゃない?(大畑)

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2008年1月 9日 (水)

川淵三郎+岡田武史=早稲田

何でそうなるのか。どうして岡ちゃんなのか。古くからサッカー日本代表を見ているファンは「日本人監督登場」でガッカリしているはずだ。
まだJリーグが始まる前、代表監督は決まって日本人だった。W杯に行けないのは日本チーム。相手はいうまでもなく外国。したがって外国に負けている。なのに監督は負けている日本で生まれ育った人。これでは勝てるわけがないと多くのファンがわかっていたのに日本人が相変わらず指揮を執り、案の定負け続けた。
オフト監督を連れてきてW杯予選突破まで後一歩まで迫った時にはようやくこの負の連鎖が止んだかに思えた。次のフランス大会では選手としては優秀ながらW杯代表監督の経験はないファルカンをすえたもののアジア杯の成績不振を理由にアッサリ更迭。後任は加茂周氏。悪夢の日本人監督復活である。加茂ジャパンはW杯予選で苦しみ解任、後を襲った岡ちゃんが予選突破を果たした。だが順位をつけるとしたらこの時は3位。前回までのレギュレーションではアジア枠から出られない成績だった。
次の日韓共催大会ではトルシエ氏となる。曲がりなりにも代表監督経験があったという点で過去最高の監督だった。ホームの利もあり本戦決勝トーナメントに進出した。この時点でもう日本人監督はないだろうと安心する。
次のドイツ大会はジーコ氏に委ねられる。彼は代表はおろかクラブチームの監督経験もない。本戦予選リーグは案の定の結果となった。

その後任にオシム氏が就いたのはいくつかの偶然と何人かの献身的な努力の結果としてほぼ奇跡のような人選だった。ユーゴ代表監督としてW杯ベスト8に残りアルゼンチンと互角の勝負をした人物である。ただし彼は戦略的に招かれたのではない。ジェフ千葉フロントの熱意を上澄みでさらっての就任だった。
したがってオシム監督が病気で倒れると何の戦略もない日本サッカー協会に手はなくまたもや「悪夢の日本人監督」になった。心配なのは監督就任時のあいさつで「オシム路線を継承する」旨を発言した点。そういえばオシム監督指名時も川淵会長は「ジーコの考えを受け継」げるからといった発言をしている。
多弁でありながら慎重なオシム氏は鮮明にジーコイズム?の継承を口にしていない。なぜならば違うからだ。違わなければならない。何で前任者路線の継承が必要なのか。岡ちゃんも自分の描くプレースタイルがオシム氏と相当違うと自覚していよう。そのことはファンならば誰だってわかる。なのに継承をにおわせた。すでに「お上」に言わされている感があり不安である。

それにしても何で岡ちゃんしか選択肢がなかったのか。チェルシーを解任されたモウリーニョへ電話の1本でもかけたのか。組織上は監督決定に直接かかわらないはずの川淵会長がオシム氏の病気は病気として悲しみ、生還を願ったのは本心であろう。ただし待ってましたとばかりに岡ちゃんが出てきたのは以前よりの念願としか思えない。
川淵会長と岡田監督は大阪出身→早稲田大学卒業→古河電工と歩みが同じである。日本サッカー協会で4人いる副会長のうち2人が早稲田で1人が古河電工出身。田嶋幸三専務理事も古河出身。川淵体制とはほぼイコール「早稲田・古河」なのだ。
ということは。今のサッカー界に大学サッカーのプレゼンスはほとんどなく、古河などアマチュアチームはプロ化されているので日本のサッカーは「トップだけアマチュア」なのである。
なかでも早稲田の結びつきは注目したい。私事だが新聞社に入社した時の支局の面々は次の通りであった

支局長 東大
デスク 早稲田
県政キャップ 早稲田
県警キャップ 横浜国立
3年生 早稲田
2年生 早稲田 東大
1年生 青学(私) 上智

まさに早稲田に取り囲まれた状況で、ここで初めて早稲田が他を圧する愛校心を持っていると知った。大学名兼所在地名を7回連呼する校歌を機会あるごとに歌う。早稲田出身の記者の結婚式で最後にそれを肩組んで歌われるさまをぼう然として見た。カラオケでも熱唱するらしい。「これは校歌でなく国歌である」と言い放つ関係者もいるという。この状況は出版に転じても変わらない。とにかく早稲田が死ぬほどいるのだ。
もちろんだから一気にどうこうではない。数が多いから当然の帰結であろうが、社会に出てから親しくなったり助けてもらったりした人に早稲田出身者はいっぱいいる。愛校心を振り回さない人も確かにある。でも大いに振り回す人がいるのも事実だ。「君は何で早稲田を出ていないんだ」とまで言われた経験も。何でと問われても困る。
早稲田と早稲田が集まって紡ぎ出す雰囲気は少なくとも青学出身の私には理解できない。付き合いが長いので雰囲気そのものはわかるようになった。でも理解は不能。早稲田出身同士はよく自校の悪口もいう。でもそうでない出身から聞いていると、実は愛校心の裏返しと響く。

本題に戻ろう。どうも川淵会長も岡田監督も愛校心・愛社精神側におられるようだ。そうでなければ間髪入れず「岡田監督」指名と受諾が納得できない。それが国内で止まる限りは構わない。早稲田大学が日本の一翼を担う教育機関であるのは異議ないから。でも外国人と戦う司令官の選定にまで及ぶというのはどうであろうか。少なくともオマーンの名将マチャラ監督には「そんなの関係ねえ」だ。(編集長)

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2007年11月15日 (木)

浦和レッズ・アジア制覇に思う

浦和レッズがイランのクラブ・セパハンを破りアジアカップ王者の座を手にした。代表監督オシムが「浦和のアジア制覇は必ずや日本サッカーの力になる」ということをテレビ・インタビューで語っていたが、さて今後の日本代表はいかに。
テレ朝ではやたらと「2部落ちという苦難を乗り越えて」を強調していたが、たしかにJリーグ開幕当初の浦和は弱かったと記憶している。たしか2年連続でリーグ最下位だったか。まだJリーグが1stステージ、2stステージに分けられていたころの95年、一般論としていいのかは分からないが個人的に印象に残っている福田、ブッフバルトらの活躍で急速にチームが躍進しはじめたが、やはり今考えてみるとそれはドイツから呼び寄せた指揮官・オジェックの力に負うところも大きかったのではないか。
最終シーズンを優勝で飾ったブッフバルト監督を次ぎドイツ・リレーで再び就任したオジェックが導いたアジア杯、優勝直前のロスタイムで気力に満ちたワシントンを交代させて岡野を投入したシーンに12年の歴史を見た気がする。ていうか監督のロマン?
超独断だが、カップへの最後の一戦でのMVPは闘莉王。前半に右足一閃でゴールネットを揺らして長い髪をなびかせながらヨロコビを表現させた永井も捨てがたいがやはり闘莉王。後退を続ける彼のひたいと反比例して伸びていく髪の毛、このへんは絶妙なバランスなのに素人目から見ても攻守のバランスを考えてないような前線への飛び出しがテレビ観戦する者に楽しい(ハードワーカー鈴木啓太の心境やいかに)。
1戦目で得たアドバンテージから1点取った時点でムリをせずにゲームを運ぶこともできたはずだが、セパハンに幾度となくバイタルエリアにボールを運ばれながらもボールを持てば前へ前へと送り続けたのは圧倒的な声援の後押しあってのことか。一瞬、韓国代表チームかと見紛う赤赤赤の大観衆だが、「We are REDS!!」の大合唱はやはり浦和レッズ!!
特に浦和レッズのファンというわけではないのですが、日に日に温度を下げているこの時期の寒い部屋で観た試合、観終わった後に体と心が赤く熱くなっていたのはサポーターたちの声援があったからでしょう。度が過ぎてイタリアの暴徒のようにはならないでね、という心境と、どうせならレッズ原理主義まで到達しちゃえよ、という心境が交錯。とりあえず、ようやくトヨタカップが楽しみになったなあ。(宮崎)

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2007年11月 2日 (金)

やっぱり亀田興毅は最強か!?

 もしかすると亀田興毅は世界最強のボクサーではないのか。最近、その思いが消えない。
 きっかけは亀田大毅の試合だった。彼は亀のように防御を固め、頭もふらず突進した。亀田一家が推し進めるファイトスタイルである。打つ場所、使える武器を極端に限定したボクシングで、中間距離での「制空権」を完全に明け渡したボクサーが世界チャンプになれるわけがない、通常なら。この当たり前の事実を大毅は証明したといえる。

 でも、興毅は!?

 防御に大きな欠点を抱えていたボクサーといえばガードの下がる辰吉丈一郎を思い出すが、何より彼にはスピードがあった。しかも上体を振り続けてもいた。だから相手のジャブをくぐり抜け、的確にパンチを当てることができたのだ。ただし圧倒的なスピードが衰えをみせた途端、相手のパンチをモロに浴びるようになったが……。
 中間距離を完全に放棄したボクサーとして有名なのは斎藤清作、のちのたこ八郎である。彼は幼少期のケガで左目の視力がほとんどなかったため、ノーガードで打たせて距離を感じ取る必要があったという。そのボクシングスタイルで人気を博したが、戦績としては日本チャンプどまり。ただし酔ってケンカになっても、彼の体に触れた者はいなかったという逸話は残している。実際の試合映像を見たことはないが、ボクシング専門誌などを読む限り、スピードのある選手だったのだろう

 ボクシングでは距離が重要だといわれる。自分の得意な距離に入り込むためにフェイントなどを織り交ぜ、逆に相手の距離にならないようにジャブなどで牽制を繰り返す。この攻防をいっさい取り払ったところに亀田兄弟のボクシングスタイルがある。通常なら絶対に選択しない手法だ。選ぶとすれば、相手がアウトボクサーで絶対的な実力差があるときぐらいだろう。ドカンと飛び込んで、とにかく序盤に一発見舞ってKO。玉砕覚悟である。

 いくら最強のマッチメイクで最弱のボクサーを連れてきていたとはいえ、興毅はランダエタとの再戦まで、この亀田スタイルを貫いて勝っている。スタイルを大幅に変えたといわれたランダエタとのジュニアフライ級防衛戦でさえ、打ち合っているときにはステップも上体の揺らしもなかった。
 そのうえ次の試合となるWBCフライ級12位のモラレス戦では、ファイトスタイルを元の亀田型に戻したのだ。結果的には、頭突きからのフックという流れるような「コンビネーション」でダウンを奪い、KOこそ奪えなかったものの亀田興毅の圧勝となった。

 正直、かなりスゴイと思う。穴だらけの戦法でリングに上がり続けるほど怖いことはないだろう。しかも亀田興毅はアゴを打たれると弱いというボクサーとして致命的な欠陥まである。
 父親による誤ったボクシング指導、隙のありすぎるボクシングスタイル、グラスジョー(弱いアゴ)、空手の癖なのか溜めの入るモーション。これだけ穴がありながらチャンプになれたのは、反則やマッチメイクのおかげだけではない。協栄ジムのトレーナーが本気で指導すれば、亀田興毅は一気に強くなるはずだ。
 世界チャンピオンになってから基礎を学んで成長するボクサーなんて、そうそういるもんじゃない。だってウェービングとダッキングを教えるだけで、もう大進化なんだよ!
 
 成長のノリシロをここまで残したボクサーはいない。そう考えると、はり亀田興毅は最強じゃないか?(大畑)

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2007年10月31日 (水)

続・亀田一家をほめたたえる

やはり何といっても亀田である。この一週間「亀田のことだけを考えて仕事をしろ」と編集部一同にきつく言い渡しておいたのにブログの記事を見る限り言うことを聞いていない。と嘆いている私自身の読みさえも大きく越えた信じられないほどみごとな亀田興毅選手の「パフォーマンス」が飛び出した。

前回の記事(http://gekkankiroku.cocolog-nifty.com/edit/2007/10/post_ee0b.html)で私は史郎氏は決して反則を認めず凶暴親子路線を選んだ。三兄弟は「ですます」レベルの丁寧語さえ決して使わない。これでは協栄ジムとの契約も切られてしまう。どん詰まりの亀田家は元世界王者の興毅選手が引退して「亀田ジム」を興して弟を引き取る。その際に興毅会長は一転して丁寧語の紳士として登場して世間をアッといわせ、イメージを好転させる……との読みだった。
かなり自信があったのに現実ははるかにそれを越えていた。

どんな劇作家でも書けないシナリオだった。シェークスピア劇でいうならばタモラの二人のバカ息子たるディミートリアスとカイロンの性根が実はリアの娘コーディリアのように美しかった、と『タイタス・アンドロニカス』と『リア王』を混ぜ合わせたありえない展開である。史上最高の劇作家の想定を超えている。

恐らく私の読みの甘さには史郎氏の「諸芸の原点」として梶原一騎を挙げたにもかかわらず「笑いをかみしめなければ見られない」などとあなどったところにある。

史郎氏は考えた。あの自分の会見では逆風は止まない。反則→梶原一騎→反則→梶原一騎→反則→梶原一騎→反則→梶原一騎……。2つの言葉をグルグルと巡らした時にファンファーレのごとく響くフレーズがあった。「トラだ。トラだ。亀田はトラになるんだ」。
なぜ気づかなかったのだろうか。「タイガーマスク」が梶原一騎の作品だったことを。育てた「虎の穴」のいうなりに反則レスラーとして名を馳せた「タイガーマスク」が一転して裏切り、いっさい反則をしない正義の味方となって世の喝さいをあびる。亀田家の練習風景に私はマス大山や「巨人の星」は見出した。でもあれ全部が「虎の穴」だったのだ。そういえば本家「虎の穴」の訓練も激しいようでメチャクチャだった。
興毅選手の記者会見をメディアは「父からの自立」とほめた。「自立」は「虎の穴を裏切る」のオマージュである。史郎氏は決して切れないと世間(と私)が疑わなかった父子のきずなを絶つという演出を用意した。そして「タイガーマスク」で「虎の穴」の首領が出てこなかったように(アニメでは出てきた)史郎氏は姿を消すとの選択をした。「興毅1人」の会見に史郎氏が出られなかったのではない。出てこない方が首領らしいのだ。
反則一家から一転して「亀田 敬語を使う」を切り札に抜け出した興毅選手。正直いってこの札をあの会見の時点で持っているとは思いもよらなかった。興毅選手のポテンシャルは高い。「興毅 長髪決意」がニュースになるなどの予測はまったく問題外だった。内藤大助戦の様子を改めて確認するとセコンドの興毅選手にはモヒカン風の髪の毛が生えている(ように見える)。興毅=丸刈りというのは私の拙い想像力がはじきだした先入観だったわけだ。そうか。あのような会見で「丸刈り」に意味を持たせるための伏線として生やしていたのか。芸の細かさには脱帽である。

「タイガーマスク」の主人公である伊達直人は自らが育った児童養護施設の子ども達と疑似家族関係にある。そのためもあって「虎の穴」から離れた。興毅選手も同じで二人の弟のためにという大義名分がある。というかこの名分があれば正義の味方への転身=反則屋の汚名返上が可能となる。この役割は三兄弟の長男である興毅選手しかできない。だから大毅選手は黙っていた。なんてみごとな展開であろうか。
なぜ興毅選手でないとダメなのか。これは日本の家制度と深いかかわりがある。家長である父=史郎氏との決別を正統化するには長男の家督相続が不可欠なのだ。私も三人きょうだいの一番上(下は妹弟)だからわかる。妹弟は私より普段は明らかに親孝行をしているにもかかわらず一旦火急の際には私が前面に出なければならない。これは自負ではなく妹からも「いざとなったら長男が出てこないと収まらない」といわれた経験がある。
「興毅1人」には兄弟愛の含みもあろう。世間で薄れている親の愛の象徴として「史郎と三人の息子」の物語があった。それが通じないとなると親の愛よりもっと薄れている兄弟愛を打ち出せば効果絶大だ。何しろ合計特殊出生率が2を割って久しいなか「三兄弟」自体が珍しいわけでノスタルジアを呼ぶには十分だ。
大毅選手はしかる後に会見をしなければならないが、その際に「兄ちゃんに迷惑かけて……兄ちゃんゴメン」と涙ぐめば終わってしまう可能性さえある。よく考えれば内藤戦で反則を働いた張本人と教唆した、いわば共犯なのに、そんな事実関係は吹き飛んでしまうだろう。このあたりは決別して支持を失った大相撲の若貴兄弟を参考にすると推測される。

残されたポイントは2つ。一つは前回の記事で「金平某」などと軽く扱ってしまった金平桂一郎協栄ボクシングジム会長の正体である。「興毅1人」の会見でも影のように寄り添い適切なジャブ……じゃなくてアドバイスを差しはさんでいた。反則試合から「興毅1人」までの発言を改めて点検してみると世間の反応をうかがう観測気球をさまざまに打ち上げているよう読める。
しかも史郎氏との会談は密室(亀田家)でなされ、その内容は金平会長の口からしか明らかになっていない。あそこで「タイガーマスク路線で行こうや」と言い出したのは金平会長かも。何となく世間では密室での会談を緊張感に満ちたやりとりと思いこんでいるが案外と鍋をつついて謀議をこらした可能性もある。
もう1つはやはり末っ子の和毅選手である。金平会長は彼がアマチュアであるのを理由に処遇を具体的に言及していない。ここに次の伏線を感じる。和毅選手だけプロ転向後、協栄以外のジムに所属して史郎氏が陰となって寄り添えば……史郎氏は星一徹になれる。悪くても明子にはなれる。いやはや亀田はすばらしい(編集長)

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2007年10月24日 (水)

亀田一家をほめたたえる

何といっても亀田である。「亀田家」と書くと名門のようで「亀田一家」とすれば博徒に読める。当記事は亀田史郎氏および息子の三兄弟を絶賛するつもりなので「亀田家」で通そう。

『少年チャンピオン』07年11月1日号で板垣恵介氏が「さすが悪ガキ大毅 君は一流の取材対象だ!」とのコメントを寄せている。やはり一流の表現者の目線は違う。その「取材」第一歩となった「史郎&大毅&金平某の謝罪みたいな記者会見」では主に史郎氏の天才ぶりにうならされた。
パフォーマンスなどのこれまでの言動について史郎氏は「今はちょっと分かりません」と発言するもギラッとカメラをにらんでいる姿から「何がパフォーマンスじゃ!」と非言語コミュニケートしているのがアリアリ。ここが「11ラウンド前の反則は指示したのか」との質問に対する伏線となる。史郎氏は「指示はしていません」と明確に否定してしまった。日本ボクシングコミッション(JBC)は反則を促すような指示があったと認めているにもかかわらずである。
もちろん本当に反則を指示していても公の場では認めづらい。だから否定はわかる。だったらパフォーマンス云々の質問に対して「そうです。パフォーマンスが過ぎました」と言っておけばいい。だからあの「指示」もパフォーマンスの行きすぎだと落ち着く。
しかし史郎氏はそれすら事実上認めない。となるとマジであんな指示した上に反則とは認識できない男というレッテルを貼られる。ホンマものの凶暴親子である。そうだと満天下に示した時点ですばらしい。

会見での大毅選手の丸刈り&憔悴無言および翌日の内藤大助選手へのアポなし謝罪と興毅選手の謝罪談話とJBCへの電話での陳謝は合わせ技一本。要するに肉声で「ですます」レベルの丁寧語使用さえ聞かれたくないとの作戦だ。まさか会見で「内藤、悪かったな」とはいくまい。亀田兄弟的には反則は許されても丁寧語はタブーなのだ。それをみごとに貫いた。
金大中韓国大統領(当時)訪朝による南北首脳会談までの金正日北朝鮮総書記をほうふつとさせる。とにかく肉声を封印することで「聞きたい」ニーズを高めるのだ。この兄弟だと「亀田 敬語を使う」だけでスポーツ紙の一面が飾れる。
憔悴は慶応病院での安倍晋三前首相会見を思い起こした。亀田家は荒っぽく、安倍前首相はていねいにと口調に違いはあるが勇ましい言動大好きという点で共通する。それより何より「最後の最後は放り投げる」というポリシーが重なって美しい。
丸刈りというのも深遠だ。そもそも武蔵坊弁慶が関西出身なのにわざわざ「浪速の弁慶」とするのに強いフェイク感を覚えていた上に丸刈りにされると興毅選手と見分けがつかない。事実あの映像を最初にチラッと見た時には「何で興毅の方がいるんだ?」と驚いた。亀田家自体がフェイクの領域にあるなかでのフェイク感。なかなか出せる味ではない。
これだと将来予測される興毅選手のタイトルマッチで反則負けしたらどうするのだろうか。興毅選手はフライ級へ上げるため王座を手放しており、同門対決を避けるならば内藤戦しかありえない。ポンサクレックが王座奪還しても難敵に変わりはない。上記のごとく亀田家は反則との認識なく反則すると認めているのだから反則負けとなろう。すると処分が下る。
大毅選手はフサフサから丸刈りにできたけど興毅選手は元来丸刈り。すると謝罪会見ではかぶり物をしてきて「オレも丸刈りにしたかったけど元々そうやから被ってきたで」となるのか。それとも将来の丸刈りに備えて今から生やすのか。興毅選手の髪の毛から目が離せなくなった。「興毅 長髪決意」「興毅 長髪で挑発?」の見出しをデイリースポーツは待っている。

少し話がそれた。世間では史郎氏を「諸悪の根源」扱いしているも本当は「諸芸の原点」ではあるまいか。1965年生まれの42歳。ほぼ同世代の私は亀田家の練習風景の映像を笑いをかみしめなければ見られない。史郎さん。お互い梶原一騎にハマってたんだね。でもあなたはすごい。それをそのまま息子に当てはめて世界王座まで取らせたのだから。パクリと批判する向きにはオマージュだと言い返されたい。オマージュ?オマージュだって(笑)。
現在進行形で亀田家は協栄ジムとの関係ももめているらしい。解雇されたらボクシング界から事実上追放との報道もあるが何のことはない。亀田ジムを作ればいいのだ。だって興毅選手はすでにして皆が忘れかけているけれど元世界王者なのだから慣例では比較的容易にジム会長へなれるはずだ。その下に大毅選手と和毅選手が属するのだ。
そう!亀田家にはまだ和毅選手がいる。何の根拠もなく三兄弟最強と流布されている和毅選手が。「三兄弟最強」のフレーズに意味があるのかとの論争を論壇で巻き起こしかねない和毅選手が。日本の学齢主義ではまともに通学しなくても中学まで卒業できるのだと証明して悩めるいじめられっ子に希望を与えた和毅選手が。
大毅戦の後で自信喪失との報道もあった興毅選手ゆえ引退してジム会長も悪くあるまい。ひそかにマナーの勉強をして、ある日突然引退会見を信じられないほど丁寧な口調でさわやかに行ったら風向き一挙に逆転だ。

亀田人気は視聴率は取ったがボクサー志望者はかえって減りボクシング人気にはつながっていないとの指摘もあるがとんでもない。亀田家は内藤大助というスーパースターを誕生させたではないか。何しろ「国民の期待」を(ファンの期待ではない)今や担っている。「内藤になりたい」ムードでボクシングブームがやってくる。来るべきポンサクレック戦の興行権は国費で買い取るべきとの国会決議が共産党を除く圧倒的多数で採択される勢いだ。いやはや亀田はすばらしい。(編集長)

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2007年10月18日 (木)

亀田一家とマイク・タイソンの微妙な接点

 奇妙な世界戦だった。
 11日に行われた内藤大助対亀田大毅のWBCフライ級王座決定戦である。ご存じの通り亀田側の反則行為が明らかになり、さんざん持ち上げてきたメディアによる吊し上げも発生。ついにはJBCによる処分が下された。まあ、処分が下されたのも当然だろうと思う。ただ、ここでは触れない。

 むしろ気になったのは、亀田陣営がどういった試合展開を思い描いていたかである。両手で顔をがっちりガードするピーカブースタイルで直進。頭を左右に振るウィービング、相手のパンチを殺すヘッドスリップもなし。そのうえベタ足。しかもステップインが遅い。
 これでは近い距離でクリンチして、距離を保ってジャブを打ち続ければ勝ててしまう。パンチを避けることなく、ジャブもなく、ただただ突進してくる相手など老獪なチャンピオンにとって格好の餌食でしかない。
 まして今の採点はポイント・マスト方式であり、1ラウンドごとに点差を付けていく。ステップインすることもなく打たれ続ければ、判定で大差が出ることなど火を見るより明らかだ。また今回の試合では、あえて正面に立った4ラウンド以降の内藤にも大毅は打ち負けてさえいる。

 もし亀田側に戦略らしきものがあったとすれば、ピーカブースタイルでパンチをしのぎ、カウンターのラッキーパンチを待っていたというところか。あるいは内藤の年齢によるスタミナ切れを狙ったか……。
 勝負に絶対はない。にしても試合以前に大勢は決していたといえる。

 そもそも亀田大毅はピーカブースタイルに向いているボクサーなのだろうか。このスタイルで有名なボクサーといえば、米国のヘビー級チャンピンだった2人、フロイド・パターソンとマイク・タイソンである。ともに名トレーナー、カス・ダマトが育てた選手だ。両者ともパンチ力はあったが、ヘビー級にしてはやや体が小さい。だからこそリーチが大きな武器となるアウトボクシングの攻撃をピーカブースタイルで完全に防ぎ、一気に懐に潜り込んでインファイトでラッシュをかける戦法がピッタリだった。

 しかし亀田大毅の身長は168.5センチである。フライ級の選手として低い方ではない。実際、内藤より5.5センチも高い。今回の試合では身長の低い内藤の方がリーチが長かったが、フライ級の試合で完全に劣勢になるほどリーチに苦しむことはなかったはずだ。
 またピーカブースタイルのディフェンスは爆発的なスピードが必要となる。距離を一気に埋める足も必要となるし、ガードを破られないようにするために打ったパンチを引き戻すスピードも重要だ。さらにギリギリでも相手のパンチをかわせる素早いヘッドスリップも欠かせない。実際、全盛期のマイク・タイソンはウォームアップを終えた状態で入場し、1ラウンドの鐘とともに猛烈なスピードで相手に切り込みKOの山を築いてきた。ベタ足の大毅に、このような闘いを期待する方が無理だろう。
 もう1つ、インファイトで決着を付けるならコンビネーションの多様さも重要になってくる。クリンチされる前に一気にラッシュをかけなければならないのに、大振りなフックだけでどうやって倒そうというのか。

 このように書き連ねると、亀田陣営が負けを覚悟していたとしか考えられなくなる。ところが反則まで繰り出したことを考えると、とにかく勝つ気でいたらしい。
 では、どうやってと考えると先には進まない。結局、「根性で」という結論しか浮かばないのだ。

 もともとカス・ダマトが考えたピーカブースタイルは、かなり高度な防御テクニックを必要とする。根性で選ぶような代物ではない。じつは野獣のようなイメージの強いマイク・タイソンでさえ、全盛期はトレーナーの指示通り完璧に打ち込んで勝ったという。ラウンドごとにサインを出され、その通りにコンビネーションブローを放っていたとも報じられている。
 つまり同じピーカブースタイルを取りながら、タイソンは戦術通りに、亀田大毅は戦術すらなく闘っていたことになる。ただし2人には奇妙な接点があった。それは父親への過剰な思い入れである。

 亀田一家が堅い結束で結ばれていることは広く知られている。兄の興毅は「ファイトマネーでオヤジに家を建ててやりたい」と常々語っていたし、大毅も昨年8月のウィド・パエス戦にかんして「親父とお兄ちゃんがセコンドについてくれれば心強い。いつもそうやけど、今回も家族みんなで勝ちにいく」(『デイリースポーツ』06年8月18日)と語っている。離婚して母親が家を出た後、男手一つで自分たちを育てながら、ボクシングまで仕込んでくれた父・史郎を子どもたちは本気で慕っていた。

 この親子関係はタイソンとカス・ダマトにも通じる。ダマトは札付きの非行少年ばかりを収容する施設にいたタイソンを養子として迎える。義理の父であるカス・ダマトについて、タイソンは次のように語ったという。
「カスはオレにとってオヤジ以上の存在だった。誰でもオヤジになることはできるが、しかし、それは血がつながっているというだけの話だろう。カスはオレのバックボーンであり、初めて出会った心の許せる人間だった」
「オレは勝ってただカスの喜ぶ姿を見たかっただけさ」(二宮清純ホームページ『SPOROTS COMMUNICATION』より)

 尊敬すべき父でありトレーナーの存在。それはボクシングの闘い方にも大きな影響を与えた。絶対の存在である父に、子がすべてを任せて身を投じるスタイルだ。
 テレビ番組『ZONE』で取り上げられた14歳の亀田興毅は、インタビュアーから「どうやって調整するの?」とたずねられ、「分からん。おやじに任す」と答えている。続けて発せられた「親父さんに任せておけば安心?」との問いにも、「うん」と当然のようにうなずいた。
 しかし父・史郎はプロボクサーとして活躍したわけでも、トレーナーとして造詣が深かったわけでもない。同じく『ZONE』で彼は「プロにならへんかったからな。だから誰のトレーナーも頼りにせんと、オレの手でやったろうなという気があるからな」と語っている。さらに練習方法についても「全部、頭にパッと浮かんだもの」ともメディアの取材に答えている。

 こうした練習にボクサーが不安を覚えてもおかしくない。というより不安がって当然だろう。しかし不安を父への愛情で押しつぶし、亀田兄弟はリングに上がった。だからこそチャンピオンになったとき、兄・興毅は「親父のボクシングが世界に通用することを証明できて、よかった」と号泣したのである。
 一方のタイソンもダマトの指示を疑うことなく実行した。ただダマトは真のしかも一流のトレーナーだった。タイソンが冷静に指示通り動いている限り、そのボクシングに隙ができることはなかった。ここに亀田兄弟との大きな違いがある。

 だが、他人任せの攻撃スタイルは別々の形で崩壊を迎える。
 タイソンはダマトの死をきっかけとして、ファミリーというべきチームが徐々に崩壊。しまいには王者イベンダー・ホリフィールドの耳を噛みちぎる暴挙に出て、ボクシング人生を終わらせた。
 亀田大毅は父と兄の言われるがままに反則を繰り返し、それでも変わらない形勢に苛立つように相手を投げ、結局1年間のライセンス停止となった。

 もともとボクシングが好きではないとも報道されていた大毅にとって、ボクシングは父への愛情表現だったのかもしれない。一方、父・史郎にとって、ボクシングは社会へのケンカだった。
 働いていた解体の現場で子どもたちに銅線を拾わせて生活しなくちゃいけなかった辛さ。素人の練習方法だと酷評された悔しさ。それをバネに子どもたちを指導していった。
「アホちゃうかと、おかしいと思っていると思う。そやけどコイツラが世界チャンピオンになって見返したったらいいわけや」(『ZONE』)
 今から6年前、そう言って父・史郎は胸を張った。その必死の虚勢が今悲しく聞こえるのは、わたしだけだろうか。(大畑)

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2007年9月16日 (日)

Jリーグ観戦・4年ぶりのスタジアム観戦

 けっこう熱心なサッカー・ファンです。が、テレビ観戦がほとんどのテレビサッカー・ファンなのです。
 先日の日本代表ヨーロッパ遠征などは時差の関係で午前3時過ぎのキックオフであっても、すべてが寝静まっているはずの時間にゴソゴソ起き出してテレビの前で「やってきましたぁー!」などと言って一人でニヤニヤしてる。クッキーと紅茶まで用意している。万全の体勢で挑みたいのだ(実際にボールを蹴るのは選手たちなんだけど)。

 98年のフランスW杯予選あたりから代表の試合は毎回前もってチェックしていた。フランス大会は散々だったけど、ゴン中山の日本代表初得点はやっぱり嬉しかった。02年、熱狂の日韓W杯! 実際にゲームをスタジアムに見に行くことはできなかったが、東武東上線でカメルーンの応援団と同じ車両に乗り合わせたり、友達と町を歩いてるときに「このあたりでビアーを飲める場所はどこだい?」とイングランドサポーターにたずねられたことは良き思い出である(そういえば、とっさに英語で話しかけられて焦った友達が「Going my way!」と意味不明な返事をしてイングランド人の爆笑を誘った)。
 失意の06年W杯、池袋のカラオケBOXのひと部屋を借りて友達と声を枯らして挑んだオーストラリア戦、試合終了前残り10分で熱狂は沈黙に変わった。

 テレビサッカー・ファンでもあるが書籍サッカー・ファンでもある。書籍サッカーとは要するにサッカーものの書籍のことである。ん? だったらサッカー書籍・ファンか。サッカー関係の雑誌、書籍のおもしろさに気付いたのは割と最近で3年くらい前である。ここ1年くらいに読んだものでは『敗因と』(金子達仁・戸塚啓・木崎伸也)、『サッカーという名の神様』(戸塚啓)、『中田英寿 鼓動』(小松成美)などが特に面白かった。『敗因と』では、ドイツW杯での日本代表が、人間の集まる「場」という切り口で書かれている。W杯における日本代表選手間の齟齬を一般人が知ってどうするのか、という自分への突っ込みはあるが、やっぱり面白い。サッカーを通して最後まで読ませる本というのは単純にいい本だと思う。

 で、なぜサッカーについて書いているかというと、そろそろテレビサッカー・ファンからスタジアム・ファンに踏み出そうと先日、Jリーグの試合を観に行ったのだ。フクダ電子アリーナ、ジェフ千葉のホームである。スタジアムにサッカーを観に行ったのは実に4年ぶり。4年前は代表の試合、日本×ウルグアイを観た。特別スリリングな展開ではなかったけど、レコバのフリーキックに肝を冷やし、フォルランにゴールを奪われたのは未だによく覚えている。
 久方ぶりのサッカー・スタジアムに入るずいぶん手前から、ジェフ・サポーターの歌声が聞こえてきた。「MAKI」や「HANYU」の名が入った黄色いユニフォームを来た親子連れが、ライトで輝く巨大な建造物を目指す。いい、なかなかいいぞ!
 スタジアムに入る。ゴール裏の黄色く跳ね続ける群衆、7割のジェフサポーター、1割で負けじとがんばるヴィッセル神戸サポーター、浮かび上がる緑色のピッチ。この日行われたJ1の試合では最も少ない13300人程度の客入りだったが、それを感じさせない迫力。
 試合は4-2という点数が入る試合なこともあり、ずいぶん盛り上がった。守りから攻撃に一気に駆け上がる瞬間のスタジアムの温度の高まりが、いい。大声で叫べば選手に届きそうな気がする。というか、実際聞こえてるのではないか? ゴールが決まったときスタンド総立ちの爆発、相手ゴールが来まったときの沈黙。ピッチとスタンドは疑いようもなく連続している。一体化。

テレビサッカーとスタジアムサッカーの違い。
・テレビサッカー→サッカーを観る。
・スタジアムサッカー→サッカーの場に参加する。

 孤独な人よ、スタジアムに向かえ、というキャッチコピーはどうだろう。悪くない気がするけどなあ。
 4年ぶりのスタジアム再デビュー。ひいきのチームをムリヤリにでも作ってみるのもいいかも、と友達。なるほど、とりあえずひいきを作ると。
 いま、板橋からいちばん近いスタジアムをホームに持つチームを探している。(宮崎)

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2007年8月15日 (水)

朝青龍擁護と巡業をめぐる深い確執

皆が袋だたきにしているの図を見ると擁護したくなる性格である(安倍晋三を除く)。今回は横綱朝青龍。
彼が夏巡業を「仮病」ですっぽかした問題で相撲協会は2場所の出場停止や自宅と所属の高砂部屋および病院以外に外出してはいけないとの処分を下した。これまで相撲協会が定める罰則を受けたことがない朝青龍は突然の鉄槌にわけがわからない状態という。
確かに異様だ。とくに外出禁止は、そんなことを命じる権限が協会にあるとは思えない。いきさつ上まさか部屋で元気いっぱい稽古をするわけにもいかないから自宅か病院しかいてはいけないとなる。立派な憲法違反だ。

わけがわからない朝青龍にわけを教えよう。「巡業」という虎の尾を踏んだからだ、と。

大相撲の地方巡業はかねがね問題となってきた。古くは1932年、現役関脇の天竜三郎らが「地方巡業制度の改革」などを唱えて受け入れられず協会から大量脱退した「春秋園事件」があった。最近では境川理事長(元横綱佐田の山)が95年に訴えた改革がある。
境川改革はそれまで巡業の契約金を支払う代わりにいっさいを仕切ってきた勧進元のよる売り興業が金銭的に不明朗で、かつ力士の稽古環境にも悪影響があるとして廃し、協会独自の興業へ変えた。
見逃せない点として勧進元に暴力団関係者が紛れ込む可能性を排除できない実態もあった。事実、87年には前年まで開かれていた福岡県久留米市での「慈善大相撲」の勧進元が数千万円規模とも見積もられる収益の多くを指定暴力団(現在)「道仁会」に上納していた疑いが福岡県警の調べで明らかとなっている。
この一連の境川改革へ猛然と反対したのが高田川親方(元大関前の山)らである。高田川らの反対は他の境川改革にも及び、またその主張は決して暴力団の介入を許すといった内容ではない。実際に良心的な勧進元も多数ある。ここでいいたいのは改革の是非ではなく巡業にからんで境川派と反境川派が対立したという事実のみだ。
そこを押さえて次に進む。高田川は高砂一門に所属していたが98年の協会理事選立候補を理由に破門されてしまう(選挙結果は当選)。その理事による互選で決まる理事長選挙は境川後継とみなされた時津風親方(元大関初代豊山)と現理事長の北の湖親方の投票となる。結果は5対5。
その後に北の湖が辞退して時津風理事長誕生となるが問題はその時の投票結果だ。時津風票は自身と境川および高砂ら。北の湖票は自身と高田川および大島(元大関旭国)らと推測される。

北の湖理事長は2002年に実現した。その前後から巡業を再び勧進元が行う形へ戻す動きが出て実現した。境川改革での協会独自興業がうまくいかなかったという事実があるので勧進元形式の復活の是非は問える状態にはない。ただし戻した後も業績は芳しくない。
さて現在の巡業を担う巡業部のメンバーは誰か。部長が大島で巡業部副部長(契約推進担当)が高田川である。要するに反時津風(=反境川)陣営で境川改革に反対したとみられる親方だ。そして朝青龍が所属する高砂部屋の親方(元大関五代朝潮)はかつて高田川を除名して理事長戦で時津風側についている。こう考えると高田川が朝青龍の巡業参加を「半永久的に出なくていい」と激しい言葉で拒否したのも意味深である。

朝青龍はモンゴルから出稼ぎに来ている。「出稼ぎ」という言葉を決して軽蔑して使ってはいない。むしろ尊敬している。体一つで頂点に上り詰めて勝ち続けているから。もちろん八百長などのうわさは気にならなくもない。しかし弱ければそもそも八百長ができないのも事実である。
そうした身一つの稼ぎをしている者に今の巡業はどう映るであろう。「地方場所」は名ばかりの花相撲。山げいこなど今は昔の物語。何の研鑽にもなりそうにない。夏巡業は中高生が夏休みだから弟子スカウトのいい機会であると重視されてきた。しかし親方株は日本国籍がないと取れない。モンゴルの女性と結婚して出稼ぎに徹する朝青龍には魅力がない。
そもそも大阪、名古屋、九州の本場所も元をただせば「地方場所」からの昇格である。それらを含め年6場所で優勝を期待される1人横綱を長く務め結果は出してきた。何の足しにもならない巡業ぐらい休んでも罰は当たるまいと考えておかしくはない。

しかし前述のような経緯で巡業は現在の巡業部および彼らに担がれた経験を持つ北の湖理事長にとって意地でも経営的に好転させたい問題である。そこを思い切りないがしろにした行為だから厳罰となったと考えるのは邪推だろうか。

将来を大きく期待されていた関脇力道山が突然廃業した理由を本人は「私が裏切られたことと、協会の冷たい仕打ち」と語っている(力道山著『空手チョップ世界を行く』)。その真意はいまだ謎だが、廃業の理由いかんにかかわらず彼もまた国籍問題を抱えていたとの説もある(注:異説にも十分な説得力がある)。
いずれにせよ前場所に優勝し、今後も大いに活躍が期待される横綱が引退となれば異例の事態である。角界史をひもといても1920年代の名横綱・栃木山ぐらいしかいないのではないか。
確かに朝青龍に落ち度はある。だがそれを叩くならば同時に巡業にかかわる古くて新しい問題もまた俎上に乗せるべきだ。また外国人とはいえ国内で居住する大人を「軟禁」に近い状態に置くという明らかな憲法違反をも問われるべきである。(編集長)

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2007年6月27日 (水)

「ハンカチ王子」斎藤佑樹の将来は暗黒とのデータ

06年夏の甲子園大会をわかせた田中将大はプロで、斎藤佑樹は東京6大学でそれぞれ活躍している。今のところ斎藤の方が人気者で「リーグ始まって以来の1年生でのベストナイン」などと持ち上げられている。
ところで東京6大学出身の投手でドラフト指名されプロ入りしたのは何人いて、どれくらい活躍しているのだろうか。1998年から昨年までで調べてみた。なお卒業して間をあけたり社会人経由で入団した者は除いて計算した。

まず人数は20人で年に2人程度。したがって優勝投手の斎藤はこの調子でいけばドラフト指名される程度まではたどり着けそう。

大学別にみると
・早稲田……7人
・明治……6人
・法政……3人
・慶應義塾……2人
・東大……2人
・立教……0人
意外にも東大が2人もいる。ただ99年日本ハム7位の遠藤良平はすでに引退し、04年横浜9位の松家卓弘も実績を上げるにはまだまだの状態で、順位から推しても多分に話題性が大きい。ゼロの立教もスキャンダルさえなければ02年に多田野数人がドラフトされていたはずで実質1人。それでも最下位。
トップは早稲田だから6大学からのプロ入りを考えた場合に同大学へ進学するのも悪くはない。
次に実績をみてみよう。斎藤佑樹が望まれているであろう「エース」級の成績を残しているのは何といっても02年ダイエー(現ソフトバンク)自由枠の和田毅(早稲田)。次いで99年ヤクルト2位の藤井秀悟(早稲田)。どちらも早稲田だ。ここでも斎藤の選択がさほど間違っていないとわかる。
ただし20人のうち明らかな結果が出ているのはたった2人であるのも事実。つまり6大学でドラフトされる投手のうち「約5年に1人の逸材」でないと先発を任されるほどには至らないとの厳然たる事実がある。
中継ぎで活躍しているのが99年横浜2位の木塚敦志(明治)。「やっと中継ぎ」あたりで02年西武自由枠の長田秀一郎(慶應義塾)と01年日本ハム自由枠の江尻慎太郎(早稲田)。
98年中日3位の小笠原孝(明治)は年に1勝するかどうかで低空飛行中だったが07年は好調だ。似た傾向に00年ヤクルト2位の鎌田祐哉(早稲田)もある。
勝ち星こそあげたけれど現時点で戦力と呼ぶには微妙なのが00年近鉄(現オリックス)1位の山本省吾(慶應義塾)、03年横浜4位の牛田成樹(明治)、同年西武6位の岡本篤志(明治)である。
扱いに苦慮するのが04年楽天自由枠の一場靖弘(明治)であろう。入団に際していろいろあったが実力は折り紙付きのはずだったのに今シーズンは低迷。成功組となるかどうか不透明である。
悲惨なのは法政で3人のうち2人はすでに戦力外通告を受けてしまっている。残る1人は02年横浜自由枠の土居龍太郎。「横浜のドイって活躍しているのでは」と錯覚しそうだが頑張っているのは土肥義弘。ドイ違いである。
まとめると以下のようになる。

①エース級……和田毅(早稲田)
②おおよそエース級……藤井秀悟(早稲田)
③中継ぎエース……木塚敦志(明治)
④今後に期待できる……小笠原孝(明治)、鎌田祐哉(早稲田)、長田秀一郎(慶應義塾)、江尻慎太郎(早稲田)、一場靖弘(明治)

つまり6大学で鳴らしたといってもプロの壁は相当厚いとわかる。その理由は簡単に推測できる。6大学リーグのレベルがプロより相当低いということだ。斎藤佑樹はその範囲内で大学選びなどの点で最良の選択をしたとはいえるだろう。だが低レベルのリーグで勝ちまくってもプロですでに勝ち星を積み上げている田中将大とは直面する敵の格が大違いである。
もう1つ興味深いのはセリーグの人気球団である(あった?)巨人と阪神に生え抜きで活躍中の6大学出身投手が見当たらないこと。これをもって斎藤佑樹も巨人・阪神はやめておいた方がいいと判断するか、逆に6大学出身投手がやたら活躍する特定球団も存在しないので単なる偶然とみなすか、もっと進んでいないのは穴場ととらえるか。

不吉なデータもある。夏の全国高等学校野球選手権優勝チームの主戦投手で6大学へ進んだ後にプロで投手として活躍したというストーリーを歩んだ選手は皆無という点だ。
いわゆる「甲子園優勝投手」でそこそこ以上の記録を残した真田重蔵(旧制中学)、尾崎行雄、桑田真澄と大リーグでも大いに期待される松坂大輔はいずれも高卒(尾崎は高校中退)でプロ入りしている。なお池永正明は夏は優勝していないし、やはり高卒でプロ入りしている。
だいたい夏の甲子園優勝投手のプロ活躍が珍しいのに6大学を経てとなると驚くほど見当たらず戦前の野口二郎(法政)までさかのぼる。この野口でさえ大学中退でプロ入りした。「ハンカチ王子」のキャラで中退は予想しにくい。高校野球約90年の歴史で皆無というのは不吉以外の何ものでもない。(編集長)

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2007年4月25日 (水)

松坂大輔とイチローの「日本人対決」

もうすぐ松坂と松井秀喜の「日本人対決」もあろう。テレビやスポーツ紙および時差のお陰で部数がはける夕刊紙が盛んに取り上げている。

どこにニュースバリューがあるのかわからない。むしろ島国根性爆発を見る思いだ。

日本より高いレベルにある米大リーグで日本人投手と日本人野手が「対決」する。メディアはそれがあたかも大リーグを日本人が席巻したかの如く褒めたたえ、視聴者も読者もその気になる。実際は全然どうでもないにも関わらず、また同じ日本人とはいえ自分ではなく赤の他人がなした営みにも関わらず、わがことのように胸を張る。張った胸ならば広かろう。「バカ」と大書した紙を貼ってやりたい気分である。
まず「日本人対決」との騒ぎ方そのものがみみっちい島国根性そのものだ。松坂がアメリカ人など大リーグの主要勢力をバッタバタと倒すのは、イチローが同じくそうした者から打ちまくるのは快挙といっていいが、ことさらに日本人同士で対戦しているのを取り上げて、それが他の国籍の選手と対すると別して大きく扱うのは明らかなフレームアップである。
松坂とイチローは日本のプロ野球でもまみえていた。特にイチローは7年連続首位打者という前人未踏の記録保持者である。その時に日本人はふさわしく彼を遇したか。イチローのいた球団は別の球団と合併し、松坂のいた球団は「裏金」で揺れ、松井のいた球団は1新聞社の拡販材料にすぎない。そんな体質が嫌で出ていった面があるのをすっかり忘れて大喜びする姿はみっともない。
そもそも「松坂vsイチロー」「松坂vs松井」などという図がない。あるのはボストンとシアトルの、ボストンとNYの試合であり、松井も松坂もイチローも属するチームの勝利のために全力を尽くしているのだ。したがっていかなるチーム状態で、どんな局面で、こうしたプレーをしたという点が大事なのであって、試合やチームの状況を無視した「日本人対決」のみに一喜一憂するのは邪道でさえある。
「日本人対決」に酔いしれたければ日本のプロ野球を見ればよろしい。いやアメリカでやっている日本人同士だから気になるという方へ。それを島国根性丸出しという。

百歩譲って野球は投手と打者が1対1の局面で対戦するので「日本人対決」もいいとしよう。でもサッカーはどうだ。欧州各国内リーグのチームにたまたま日本人が居合わせるだけで「日本人対決」とあおり、それに同調する向きも多い。片方の日本人選手がベンチだと「日本人対決が実現しませんでした」などと嘆息さえする。
日本人が出場したら試合内容などそっちのけ。テレビは少しでもよさげなパフォーマンスを見せるとそこだけを繰り返して放映し、実はチームが0対3で負けたという事実があってもわずかに付け足すのみである。それで「欧州勢を呼ぶか否か」とイビツァ・オシムに迫る。オシムの哲学的思索を一層深める価値ある不条理を日本人は日本代表監督に捧げているわけだ。

いきなり居直ってみせる。「愛国心」とやらは、この島国根性と同じテンションではないか。アメリカ人やイギリス人やブラジル人に伍して戦っている日本人、オレも日本人。ああオレは日本人。日本人って素敵だな。伍して戦っているのはイチローや松坂であってオレではないのにオレも素敵。だって同じ日本人だもの。
違うのだ。伍して戦っているのはイチローや松坂であってオレではないから同じ日本人でもオレはダメ人間なのだ。もちろんこの「ダメなオレ」に私も入る。イチローや松坂には及びもつかぬオレって何だと考えるところから何もかも始まる。「元気をもらった」なんて恥ずかしくて言えない。日本人選手が活躍しても自分の仕事は片付かず、もらった「元気」とやらで何も解決はしない(編集長)

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2006年12月20日 (水)

キックボクサー武田に憧れると貧乏に???

Syasin ●ラストサムライ―片目のチャンピオン武田幸三―(角川書店)

 ムエタイ世界王者に日本人がなるのは容易なことではない。立ち技世界最強ともいわれ、日本人では過去3人しか王者についていないのだから。その元日本人チャンピオンが片目で王者を奪取したのを告白となれば、詳細が知りたくなるのも当然。つまり「片目のチャンピオン武田幸三」という副題にまんまとつられてしまったわけだ。

 で、この武田選手の人生が絵に描いたような格闘家である。幼少の時代から貧困に苦しみ、高校・大学で所属したラグビー部では筋を通す性格から先輩にいじめられ、それに耐え続けたもののK-1を見て格闘家で身を立てるべくキックボクシングのジムに入門。リング外では紳士で、自身が出場する試合の彼から買ってくれた人には必ず手紙なんてエピソードも紹介されている。
 そういう意味では、壮絶な人生だが予想外を裏切らない展開でもある。正直、これには著者も困ったかもしれない。沢木耕太郎が描いたカシアス内藤ではないが、格闘家を描くならちょっと怠け者ぐらいの方が面白い。ストイックな競技をストイックに追いつめている人生は読んでいると息苦しくなってしまうから。
 それでも最後まで読んでしまうのは、その尋常ではない不器用な生き様に憧れるからだろう。小器用に生ききちまったが、俺だって本当は不器用で真摯な生き様を見せたいんだぜー!、てな気持ちが読んでいるとムクムクとわき上がってくる。体育会系が嫌いな文学部出身者なのに……。

 愚直に前に突き進む攻撃の効率の悪さは理解してはいる。「前へ」を合い言葉にフォワードでの突進を試みる明大ラグビー部の衰退を見ても、日露戦争における203高地の闘いを思い出しても。それなのに、それなのに、である。きっと武田選手の試合がテレビ放映されたら応援してしまうんだろうなー。

 ちなみにこの本の後に読んだ『斎藤一人の絶対成功する千回の法則 』(講談社)には、スポーツは別にして「努力すればするほど失敗する」と書かれていた。やっぱり金持ちになりたいなら愚直に努力するのはダメなんでしょうな。

 努力嫌いなのに愚直に努力する人が好きという私では、そう簡単に金持ちになれないだろうと、この2冊を読んで思ったのでした。(大畑)

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2006年11月16日 (木)

スポーツの取材は怖ろしい

「情報は情報源にある。情報源に肉薄せよ」
取材の基本である

ところがスポーツは知らない人は知らないもので取材者でも変わらない。ゆえに時折驚くべき事態に遭遇する。

それはラグビーの試合だった。取材者が必死に観戦していたその時、信じられない光景を目の当たりにした。なんと仲間の1人がインゴールに侵入してカメラを構えていたのである。ゴールラインの端にある旗からやや奥のあたりである。
インゴールとはゴールポストが中心に立っているゴールラインの後ろに広がるエリアで、そこに正しくつけるとトライとなるゾーンである。立ち入った取材者はゴールポストとクロスバーがどうやらサッカーのゴールのような存在と勘違い……いや無知ゆえにそう思い込んでいたらしい。
だがラグビーではインゴールこそ決定的な得点地だ。まして旗付近はトライが取れるかどうかギリギリの攻防が演じられる地域である。たしかに「情報源に肉薄」はしているが肉薄しすぎである。怒濤の如く突進してくる選手にカメラは迷いなく向けられていた。

それは野球の試合だった。バックネット裏に位置取った取材者は左右に1塁側と3塁側のベンチをのぞくことができる。次の瞬間、我々は想像だにできぬイケナイ構図を見てしまった。何と取材者の1人が「ベンチ入り」していたのだ。いうまでもなく試合中に、である。
この取材者もルールをよく知らないまま「情報源に肉薄」したわけだが監督はじめ選手も事態が掌握できず(当然!)騒然としているさまが記者席からありありとわかった。その取材者が所属する社の同僚があわてて飛び出していったのはいうまでもない。

それはパワーリィフティングというスポーツの取材だった。多分大会のスケールがまだ下位だったせいで各社とも決勝戦と表彰式だけ観戦して表彰の様子をカメラに収めればいいと決めていた。決勝は午後1時から。当然その時刻の直前に取材者は集結する。
そこで信じられない状況を目の当たりにする。ジャージー姿の多数の大男が会場の体育館でマグロのように寝ている。こ……これが決勝戦? 大会運営者に聞くと「予想外に早く進行したので午前中に決勝戦まで行って表彰式も済ませました」というではないか。
待て待て。それは困るとなって幹事社が交渉に当たった。決勝をやり直すのは変だからせめて表彰式だけでももう一度と。ところがレオタードみたいなユニフォームに着替え直すのは予想外に大変だと渋られる。
でも写真は撮ってこいと各社デスクから厳命されているわけで、というか厳命されていなくても事ここに至って1社だけが「まあいいや」と言い出せるわけもなく瑕疵は運営側にあると押し切ってユニフォームに着替えた大男が表彰台に上ってもらった。これはやらせではないかとかバリューはあるのかといったメディアリテラシーに即した激論が後に戦わされたのは言うまでもない……わけはなく皆ヤレヤレとめでたく帰っていったのだった。

最後は私の体験。高校野球の取材であった。試合は一方的で負けている側が何とかかんとかコールドをかわすという展開。準々決勝以上のレベルではなかった。当然私は熱心に取材するバリューはないと判断していた。
ならば別にすることがあった。その試合には確かニッカンかスポニチから美しい女性の記者が来ていた。この際彼女と接近しておしゃべりして懇ろになれればと20代だった私が思いつくのは当たり前である。で、実行していた。するといきなり同じ社の先輩記者から殴られたのだ。後ろからいきなりである。
後に彼の言い分を聞くにコールドになりかけた試合を何とかつなげているチームにはバリューがあるというのだ。なのに手前はいちゃついている(というほどでもなかったが)。この野郎という話だった。
私はそんなことに意味を感じなかった。それは正しいと自信があった。だが問題はそこにはない。本質は「だから殴る」である。しかも不意打ちで、しかも好意を持っている女性の前で。
その後のことは書くまい。ただ見ていた他社の同僚が「記者席も熱戦」みたいな記事を出稿しそうになったような光景があったとだけ告げておく。
私はこの先輩をいまだ憎んでいる。いつか会ったら不意打ちで殴り返してやろうと思っている。だが余りに腹を立てたせいか今では彼の顔を忘れてしまった。

念のため申し上げるが以上にネタはいっさいない。ないというのが怖ろしい。(編集長)

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2006年10月19日 (木)

読売巨人軍結成初の2シーズン連続Bクラスに想う

読売巨人軍が結成以来初の2シーズン連続Bクラスという大ニュースがベタ記事で扱われて誰も騒がない。中継途中の放送終了がファンの不評を買っていたコンテンツが延長放送中止はおろか放映さえされなくなっても何も起きない。考えてみれば大変な変化である。パラダイムが変わってしまったと言い換えてもよかろう。現に平均視聴率は10%を割った。これとて低視聴率が懸念される試合を放送しなかったから保てた数値である。
読売球団の人気低下について私はかつて分析した記事を書いた(http://gekkankiroku.cocolog-nifty.com/edit/2005/10/tokyoyomiuri_b900.html)。以前巨人ファンだったので冒頭の「大ニュース」を機に他の要因も見つめてみたい。

……ちょっと待てよ。今、私は「以前巨人ファンだった」と書いた。じゃあいつからファンを止めたのか。むむむ。思い出せない。おそらく同様の人は多かろう。ちなみに私は付和雷同の巨人ファンではなかった。毎日新聞にいた時でさえ公言していた筋金入りだったはずだ。その筋金がいつの間にか錆び付き、ボロボロになって自然と朽ち果てていたようである。

ある業界のリーディングカンパニーを取材すると必ず高慢ともいえそういな誇りと余裕がトップから社員食堂のおばさんに至るまで感じる。新聞で言えば「朝日人」を自称する朝日新聞社員のように。新入社員の頃から有望株は幹部候補生と自然とみなされ、経営陣は基本的に生え抜きが占める。
そしてリーディングであり続けようとの貪欲な盟主意識が全体を律している。それが責任感を社内にもたらし整然とした秩序を構築する。たまに同業他社が出し抜くようなヒットや発明をしても泰然としながら人一倍気にしていて気がつくと吸い取ってしまっている。
「真似した」と揶揄されながらも松下が、特長がないといわれてもトヨタがトップに君臨し続けているのがいい例だ。面白味には欠けても手堅い。

読売巨人軍もまた球界において同様であった。第一期黄金時代を率いた藤本定義監督は何があっても投手のローテーションを変えなかったし第二期の水原茂監督も追い出した早慶戦以来のライバル三原脩に比べれば地味であった。第三期の川上哲治監督が導入したドジャーズ戦法は要するに手堅さの極致である。
そして草創期の藤本定義を除いて監督は皆生え抜きだった。川上を嗣いだ長嶋茂雄と王貞治の采配は手堅いとは言い難かったが生え抜き中の生え抜き、誰もが認める大スターなので社内秩序は乱れなかった。藤田元司は川上野球の継承者で現役時代は巨人一筋だったが監督就任以前に太洋ホエールズのコーチを務めたのが問題視されたほどのこだわりである。ただこの点は堀内恒夫、原辰徳とも継承していて揺らいではいないから凋落の原因ではない。

となると問題は社員すなわち選手の採用、育成、抜擢に問題があるのだろう。現在のスタメンを見ると他球団からのトレード、FAでの獲得、挙げ句の果ては他球団から戦力外に等しい扱いを受けた選手さえ並んでいる。
では巨人の歴史のなかで他球団の有力選手を引き抜いた歴史はなかったかというと大ありだ。別所事件など最たるものである。だが彼らは生え抜き中心で構成されている社内秩序の弱点を補う役割を果たしたに過ぎなかった。
14年連続20勝以上という途方もない成績をあげていた金田正一がその記録に終止符を打ったのは巨人移籍1年目である。7回の首位打者に輝いていた「暴れん坊」張本勲も移籍後は優等生となり苦手な守備を懸命にしていた。
つまりリーディングカンパニーたる我が社以外からの外様は過去の客観的な成績がどうであれ移籍後は新参で使い捨てだったのである。
しかし今は違う。おさらく清原和博が「番長」などと称されて大きな顔をし始め、生え抜きの正統伝承者だった松井秀喜が去ったあたりで秩序は崩壊した。清原は生え抜きの元木大介らを子分とした。生え抜きで幹部候補生だったレギュラーが外様のパシリになる……。この構造こそ今日の凋落の元凶ではないか。

何を言っている。他社からの転職組でも実力があれば勝負の世界なのだから勝てるはずじゃあないかとの反論もあろう。しかしそれはリーディングカンパニーのDNAには決してなじまない発想だ。
中堅・中小企業ならばいい。業績不振を挽回すべく大物を外部から招請して一挙に飛躍を図るのはむしろ常道である。新進気鋭の新興企業は転職組が中核なのも珍しくはないし、手堅いどころか朝令暮改も当たり前。むしろ朝令暮改の方が効果的だったりもする。
だがリーディングカンパニーは違うのだ。むしろそうした新興勢力を相手に新入社員時代から会社のカラーを背負っている誇りを動機付けとして余裕の戦いをするのが習い性である。それで勝ってきた。もちろん時代に合わせた変更はあるのだが先陣は新興に切らせて、つまり鉄砲玉にして自らは後の先を行くのである。
だから巨人の選手は新人から他社からみればムカツクような誇りだ伝統だを刷り込まれる。ところが経営陣は何を血迷ったか若干の低迷を気にして中堅・中小企業がやるような強化策に転じてしまった。そのやり方をバカにしていたリーディングカンパニーの社員は当然腐ると同時に大いに戸惑う。
こうなると整然とした秩序が強みから弱みへと逆回転する。破壊された秩序にエリートは弱い。だから力を発揮できない。ならば外様が爆発できるかというと秩序が完全に破壊されない限り自在に振る舞うのは憚られるから難しい。変な言い方だが「外様」というある意味安定した位置づけを彼らもまた失ったのだ。

沢村栄治が君臨したマウンドにグローバーなる知らない外国人投手がいる。長嶋茂雄は監督時代、自らが死守した三塁の守備を熱望する松井秀喜を認めなかった。松井さえ許されなかったポジションに小久保裕紀がいる。生え抜きは自信を喪失して外様は居心地が悪い。これで強くなるはずがない。

私ごとで恐縮だが私はかつて大企業の平社員だった。今は零細出版社の代表取締役である。では社会的にどちらが偉いかというと毎日新聞の1年生だった時の方が今よりも上だ。では実力はどうかというと多少は成長したであろうから今の方が上だろう。
だからといって私が突然もといた会社の然るべき地位についたら(ありえないが)今の力は発揮できないし部下にさせられた生え抜きは猛反発するであろう。いや反発されているうちはいい。萎えてしまったら組織はお仕舞いだ。
古巣でさえそうである。ましてや見下していた格下の同業他社からだったならば。サッカー韓国代表監督に日本人を招くようなものである。その日本人がいかに優秀でも韓国代表は弱体化しよう。

高校野球の取材をした時につくづく不思議だったことがある。選手は最大3年で入れ替わり、監督・コーチも相当代わっているのに伝統校は時を超えてビックリするほど似た試合運びを折々にする。「30年前のあの試合を思い出した」なんて感想が高野連関係者から飛び交うのだ。
少なくとも野球という競技にはメカニズムはわからないけれども目に見えぬ伝統とやらが脈々と受け継がれるらしい。それが悪しきものならばショック療法もよかろうが良き伝統は大切にすべきであった。それを巨人は叩き斬ってしまった。やはりパンドラの箱のように開けてはならぬタブーというのはあるのだね。(編集長)

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2006年8月 7日 (月)

亀田興毅君は勝って当然である

先日の大畑の原稿がぬるいので論点をまとめてみた。

世界的に人気があって権威あるスポーツのうち興行主と選手の所属先が一緒でも許されているのはプロボクシングぐらいである。亀田君の所属する協栄と帝拳はバーニングとジャニーズ事務所のごとく斯界の二大勢力で世界王座戦を組める興行主は事実上ここだけ。と同時に選手を育成するジムでもあるわけだ。
興行主だから興業(試合)にかかる徒然の経費はアゴ足つきで負担は当然である。そして興業を打つ。今回の選手は興行主一押しの子飼いの亀田君。勝って当然である。負ける方がおかしい。「協栄マジック」なんてほめすぎだ。マジックというにはタネと仕掛けが見え見えだから。自作自演がまかり通っていると言い換えてもいい。「制度的ドーピング」ってのもいいな。
それはリング下にいた鬼塚勝也氏が一番ご存じのはずだ。思い出すなあタノムサク戦。今回の試合に彼ほどふさわしい解説者はいなかった。

判定に怒っているファンとやらに聞く。試合直前まではかねてより「亀田勝て」と応援していた人だけが盛り上げていて判定後にそれらは沈黙。代わってかねてより「亀田負けろ」ないしは「プロボクシングのジャッジは公正だ」と信じていた人が抗議電話をかけまくったって構図なのか? ならばいいが・・・・
違うでしょうよ。試合が始まるまで亀田君に肩入れしていた人、終わる瞬間まで逆転の一発を亀田君が放つと最後は「イケーー」とテレビの前で絶叫していた人に限って豹変したのではないか。そんなあなた。その感情を偽善と呼ぶのだ。よく覚えておいて今後の人生に生かしましょう。場合によっては「君子豹変」に転化できる素敵な性格ですからね。

だいたいホームタウンデシジョン(hometown decision)という言葉の発祥はプロボクシングである。もともとそうした汚い土壌がある上に日本では今回、呼び屋のところの人気者が勝つことを待望しているファンとやらを引きつけるべくリングに立った。その結果がああだったのをどこで驚く。ビックリするツボはどこにあるのだ?
私がビックリしたのはむしろプロボクシングの「ジャッジは公正」と信じている(らしい)人が多数いるらしいとの現実である。なるほどあのライオンの下手な「マジック」に5年もだまされて首相の座を与えてきた国民らしい。ご立派としかいいようがない。せいぜいだまされ続けて、しなくてもいい喜怒哀楽に翻弄されまくって、無意味な人生を送られるとよろしい。

日本ボクシングコミッション(JBC)が勝手に認定しているWBAとWBCが階級を乱造して今や両団体合わせて延べ34人もの「チャンピオン」が粗製されている。その一人が亀田君だっていいじゃないか。体重別に8人程度しかいなかったファイティング原田の時代とは価値が全然違うわけで・・・・。
ところでJBCがIBFとWBOの王座を認めない理由は何だかご存じか。チャンプの粗製乱造につながるからだって。これはマンガだと例えたらマンガ家に怒られる。
興行主が選手と経費を丸抱えで試合をするといえばプロレスと同じ。なのにご立派なマスコミは前者をほんまモノのスポーツと美化し後者をくだらんインチキと伝えさえしない。でも興業の真剣さ、選手の誠実さは断じてプロレスの方が上でしょう。

ホームタウンデシジョンという呪われた発祥から始まり、自作自演がまかり通り、チャンプが粗製乱造され、ついでに言えば頭に障害を与えるという本物のドーピングよりさらに危険な行為を専らとしていて歴史上何度も禁止令が出されたプロボクシング。このインチキ構図は亀田君のせいではない。亀田君の生まれるずっと昔からそうであった。それを称えてきた方が間違っているのだ。
くやしかったら正してみたら。それができないからプロボクシングは「メジャーのなかではマイナー」から一歩も這い上がれない。(編集長)

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2006年8月 4日 (金)

亀田に怒った具志堅用高の真意

 ライトフライ級王者となった亀田興毅選手への批判が渦巻いている。ハッキリとは書かないが、各紙とも八百長試合だといわんばかりである。
 まあ、たしかにそうだろう。初回にダウン、11、12ラウンドは打たれてヘロヘロになり、どうにかクリンチで逃れたボクサーが判定で勝っちゃまずい。

 一番問題とされているのが、最終12ラウンドの判定だ。パナマとフランスのジャッジが対戦相手のランダエタにポイントを付けたのに、韓国のジャッジだけが亀田選手のポイントとした。もし彼がほかの2人と同様の採点をしたら引き分けだったから、「怪しい」と勘ぐりたくもなる。

 しかも亀田選手にまつわる「疑惑」はこれだけではない。
 そもそも彼の階級はフライ級、前チャンプがタイトルを返上したため急遽階級を下げて挑んだ試合だった。ところが闘ったことすらないライトフライ級の順位は2位。一方、階級を1つ上げて挑戦したランダエタも実績のないライトフライ級で1位。いったい何を基準にライトフライ級の順位を決めたのだろうか? いや、そもそも亀田選手のフライ級の順位でさえ、1回も日本人と闘わずにつくりあげたのだが……

 そのうえ今回の世界戦を放映したTBSはレコード大賞を大晦日から30日に移し、亀田選手の防衛戦を放映する計画まで事前に明らかにしていた。世界戦を放映するためには今回のタイトル戦で勝たなければならない。結果もわからないうちから放送予定の変更まで漏らしていいのか、と他人事ながら心配になってしまった。

 あの試合内容に追加して、これだけの事実がわかれば心証真っ黒である。じつはネット上では、試合前から怪しい判定試合になると予想する向きもあった。弱い外国人とだけ当てて順位を上げ、階級の無理な変更などを見て「やるぞ」と感じていた人がいるわけだ。

 さらに興味深いのは、今年6月末に元ライトフライ級王者の具志堅用高氏が『毎日新聞』の取材で亀田選手のことをボロクソにこき下ろしたことである。
「我々もとボクサーや現役選手で、彼を本当に強いと思っている人がどれだけいるだろうか」
「日本選手と戦わず、本来のフライ級はWBA、WBCとも王者が強いこともあり、1階級下げて空位の王座決定戦に出る。金をかければ、そんなに簡単に世界挑戦できるのか」

 どれも強烈なコメントだ。問題は、彼が会長を務めるジムのプロモートなどを請け負い、自身が選手時代に所属していた協栄ジムの選手に、どうしてこれだけの批判を浴びせたのかである。具志堅氏のインタビュー記事が掲載された翌日、協栄ジムの会長は「具志堅氏から謝罪がない限り、今後は試合を組むなどジム同士の交流を停止する」と発言した。大手の協栄ジムがプロモートを取りやめる影響は少なくない。そんなことは具志堅氏も発言する前からわかっていたはずだ。
 だが、どうしても言わずにはいられなかったのだろう。
 ただ「僕は亀田君のために厳しいことを言っている」とも氏は語っているが果たしてそうか。

 ここで思い出すのが、協栄ジム前会長が具志堅氏の防衛戦相手に仕掛けたとされる事件だ。あろうことか薬物を混入したオレンジを相手に与えたという。このスクープでマスコミの取材を受けた具志堅氏は、「そんな話は知らなかった。試合前のボクサーはそんな策をろうす余裕などない」というような趣旨の発言をしたように記憶する。

 たしかにそうだろう。

 激しい練習と減量のさなかに、毒入りオレンジを相手に渡す余裕などない。だいたい13回もの防衛に成功した具志堅氏は策をろうするまでもないほど、圧倒的な強さを誇っていた。
 つまり毒入りオレンジはジム側が選手に黙って仕掛けた可能性が高い。1つの「保険」として。

 ボクシングほど「一敗」の重いスポーツはない。
 王座陥落、あるいは王座への挑戦失敗となると、必ずといっていいほど選手は引退を問われる。チャンピオンに負けたとしても、オリンピック風に考えれば銀メダルなのにである。
 だからジムとしては「保険」がほしくなる。

 こうした協栄ジムの「保険構造体質」を熟知していた具志堅氏が、協栄ジムに向けて警告を発したと考えるのはうがち過ぎだろうか?
 世界戦の前から盛り上がっていた人気。後に続く兄弟の先陣としての役割。初の世界戦に2時間半もの枠をTBSに用意させた注目度。
 金のなる木である亀田興毅選手を絶対に枯らせてはいけないというジムの方針こそ、彼は批判したかったのではなかろうか。
 自分のまったく知らないところで「保険」がかけられ、その疑惑によって自分の戦歴が傷ついた経験を持つだけに、姑息な手段が許せなかったとも考えられる。

「強い選手とやって負けたっていいじゃないか。経験を積んで強くなる。でも、テレビの視聴率のためには、そうはいかないのだろう」と語る具志堅氏の言葉は重い。

★最新の記事は「亀田一家とマイク・タイソンの微妙な関係」です。

 


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2006年7月13日 (木)

2010年W杯にむけての秘策

プロフィールに「趣味:サッカー」と書きながらW杯にほとんど触れていなかったのは日本代表がダメだと最初からわかっていたのにわが国の惰民が「行けるぞニッポン」一色になっていたから。私は周辺にはずっと前から「日本は3敗」と予測を述べていたが書かなかったのは惰民の反発が嫌だったせいである。
怖じたのかって? その通り。他ならばともかくサッカーごときでギャーギャー惰民に揉まれるのはゴメンだ。
惰民が目覚めるのは原爆が落ちて敗戦の詔勅を聞いてからである。それ以前に何をいってもムダなのは今も昔も同じだ。あらゆる意味で「横綱」のコードネームを贈りたいブラジルのロナウドによる2発の原爆でわかったろう。で、まともな話をまともでない提案で行いたい。

1)バティストゥータを帰化させる
それで日本のFWを任せるのだ。FIFAの規定でバティが日本代表になれないのは知っている。でも大丈夫。FIFAなぞ支離滅裂・・・・間違えた。融通無碍であるから何とかなる。そもそもバティが2010年大会のアルゼンチン代表に選ばれる可能性は皆無だ。05年に引退しているしね。しかも10年には41歳になっている。
一度引退したバティがサッカー後進国の日本に請われて現役復帰して厳しいトレーニングを課して41歳になった。帰化もした。規定で日本代表になれないのはわかっているが後進国のために老骨にむち打ってW杯のピッチで死にたい・・・・なんて話になれば行けるでしょう。「バティストゥータ」を漢字に変換しただけで凄い名前になりそうだ。「罵血凄闘太」なんてどう?
私はたった今のバティの体調を知らない。それでもなお言える。現役復帰さえしてくれれば41歳になっていても日本人で彼を越えるFWは出てこないってことが。

2)アジア版スーパーリーグを作る
本当はJリーグでできればいいのだがアウェーといったって「新潟vs浦和」のテンションでは本格的なディスアドバンテージ体験はできない。そこで日本、韓国、中国、台湾、香港の有力クラブチームに加えて北朝鮮代表を入れたスーパーリーグを欧州に先駆けて結成してホーム&アウェイのリーグ形式で戦うのだ。
日本のクラブチームが特に韓国、中国で戦えば世にも貴重なアウェー体験が満喫できる。北朝鮮に至っては最高だ。私は06年W杯最終予選の北朝鮮戦が平壌でできなかったのを実におしいと悔やんでいる。球場を埋め尽くす「金正日将軍万歳」のマスゲーム兼任の北朝鮮サポーターと警備と称する物々しい人民武力に囲まれての「平壌の戦い」。やらなきゃ損でしょ。

3)Jリーグの外国人は中盤に限定する
日本3敗の予想はFWが点を取れないからまず勝てない。DFが相手攻撃陣を完封できないから負けるとの算段に基づく。だったらFWとDFを強化すればいいという簡単な結果をずっと日本は果たしていない。
ならばJリーグで日本人が主に占められるのはFWとDFにしてしまえばいい。サッカーのうまい子はMFという流れを断ち切り、いくら頑張ってもJで日本人MFの出番がほとんどないとする。
ただしこの構想には難点が。日本人FWを日本人DFが迎え撃っても強化にはならないという点だ。そこで次の方法で補強する。

4)男子バレーボールを法律で禁止する
日本人サッカーファンは二言目には体力でゴリゴリ押すのはサッカーじゃないというが体力負けしていては話にならない。オシム流「走る」で持久力はつくが高さだけはどうにもならない。そこで背が高くて身体能力もある少年が好む男子バレーボールを禁止してサッカーに人材を流し込むのだ。
男子バレーが強いならばこんな提案はしないが今やボロボロである。そんなところに人材を回す必要はない。しかも社会人男子バレーは弱いくせに女の子にキャーキャーいわれて大人気である。弱いくせに人気者。私を含む「もてない男」陣営最大の敵である。彼らをピッチに放り出し、ガツガツ削って痛い目に遭わせるべきだ。

5)南米のクラブチームを日本企業が支える
もちろんトトもだ。いっそのことJを止めてこちらにシフトしてはいかがか。南米のクラブは経済的危機に瀕しておりトップレベルの選手が欧州に移る原因にもなっている。それを経済支援するのだ。見返りに1チーム2・3人の日本人をレギュラーで使うことを義務づける。
欧州に移る前の南米の若手の方がJのトップよりは優秀だ。今回のW杯でもわかるようにJの選手では役不足だが欧州組もまた実は控えばかり。いくら欧州のクラブにいても控えでは実力が身につかない。だからこれは意味ある提案のはずである。
コーディネーターはジーコで決まり。監督としてはイマイチでもコーディネーターならば文句なしの超一流のはずだ。

6)コパ・アメリカかユーロ2008に参加する
あまり騒がれなかったが日本はコパ・アメリカ(南米選手権)1999に招待された。まあ集金が主な目的であろうがそんなことはどうでもいい。こうしたW杯に準じると参加チームが本気モードで争う大会を日本代表はカネにあかせても参加すべきだ。本気モードという点でコンフェデ杯はダメ。
一番いいのはユーロに出させてもらうことである。ユーロは南米と違って無理じゃないかって。そうでもないかも。案外とふところに余裕がないようからジャパンマネーは魅力である上に参加国のどこも自分のグループリーグに日本が入ってくれば喜ぶ(勝利はいただき)わけだから。グループリーグは国と地域の数がきれいに割り切れない方が多いから何とか理屈をつけて潜り込む余地は大いにある。

7)マスコミ各社が「共同宣言」を発表する
惰民の惰民たるゆえんは勝てるはずのないチームを勝てると踏んだ点だ。だがその後押しをしたマスコミの大本営発表翼賛報道の罪も大きい。サッカー先進国は自国代表に常に厳しいものだ。
ただマスコミは惰民の望むところの報道をしないと売れないとか観てくれないとのジレンマを負う。そこで60年安保闘争の際に新聞7社が出した「暴力を排し議会主義を守れ」という共同宣言と同様の宣言を出して厳しい報道に徹するのだ。「甘言を排し代表勝利を得よ」でよかろう。
何ごとも協定を結べねばおもねる報道しかできないのが最近のマスコミだからこれしかない。

8)日本サッカー協会最高幹部を刷新する
これだけは異論・暴論ではなく正論でしょう。「日本サッカー協会に残された最後のアマチュア」どもを追放するのだ。私のようにアマチュア時代を知る者にとって

川淵三郎会長・・・・早稲田→古河電工
釜本邦茂副会長・・・・早稲田→ヤンマー

であり残る3人の副会長は旧日本リーグ選手としての実績も皆無かほとんどない。早稲田か古河電工でつながっているのが2人もいる。
世界を見据えている時に国内の大学と就職先でナアナアを決め込んでいるトップの古色蒼然にはあ然とするばかり。一新が望ましいというより一新しかない。

さてこれらは的はずれだろうか。(編集長)

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2006年6月 6日 (火)

村上世彰逮捕に三度タイガースを想う

村上世彰。ついに姓名ともに書いた。私の記事なぞ物の数ではないが、それでさえフルネームを書くのは汚れるとずっと「村上某」としてきた。ファーストネームを記したは彼が逮捕された記念である。東京地検特捜部も嫌いだが今回はその名を刻して長く栄誉をたたえたい。
それにしてもだ。特捜の任意での事情聴取を当初拒んだり、シンガポールにフライトしたり、聴取応諾後の出国を示唆したりと、そういうことをやると及び腰の特捜もにわかにトサカにきて一族郎党一網打尽にパクってくるとの常識を私でさえ知っているのに、東大→旧通産官僚→物言う株主(笑)のエリートコースを歩んだ某が知らなかったとわな、
しかも聴取自体ではインサイダー取引をあっさり歌っているんだから世話はない。その上に妙な記者会見まで開いてさ。ほらほらトサカがどんどん赤くなっていく。

その某に関しては後に感想を略記するとして私がつくづく感心したのは以前の記事(http://gekkankiroku.cocolog-nifty.com/edit/2006/05/post_fadc.html)に書いた阪神電鉄の「不動の経営」「進化しないという進化」がついに某の切っ先を免れたという事実である。電鉄幹部はほっと胸をなで下ろしているだろう。慶賀に堪えない。
・・・・おっとっと。あやうく「不動の経営」のレトリックにはまるところだった。某云々を除いて事実関係だけを書くと以下の通り

100年来の敵である阪急に買収されて子会社になるのが決定的になった

こっ、これって大失態だよね。「ほっと胸をなで下ろ」すどころか経営者一同切腹ものの事態なのだ。地下に眠る○○が聞いたら化けて出てきて経営陣を憑き殺してもおかしくない。
で、またもや「すごい」話だが、阪神電鉄100年有余で上記の「○○」に該当する人名がどうしても出てこない。阪急の小林一三みたいに。だからホッとしたりできるのだ。脈々と続く「進化しないという進化」経営は「まあ阪神の名前が残るならいいか」である。よくないんだって!本当は。

そもそも阪神タイガースの前身である大阪タイガースは1935年の日本職業(プロ)野球スタート時からの生き残りであるが読売の正力松太郎はいわずもがな、阪急の小林一三、死人の雁首を取るのに遺影を拝借したとの逸話もある国民新聞敏腕記者出身の鈴木龍二、「有馬記念」で有名な有馬頼寧伯爵、「田村駒」の愛称で知られる田村駒治郎など経営側にきら星のごとき名前が並ぶ中で阪神電鉄の経営者の名前は、この時代を最も深く描写している大和球士の著作にもほとんで出てこない。
戦後も大映の永田雅一など名物オーナーが情熱を注ぐ例があるが阪神には見当たらない。あったとすれば一種の日和見である。阪神電鉄は戦前の1リーグ時代、巨人よりも小林一三の阪急球団を目の敵にしていたが巨人戦が人気を博したので次第にそちらにウエートをかけた。
1949年からくすぶり出して50年に実現するセパ2リーグ制でも阪神電鉄は日和見を決め込み、味方と勘違いしていた毎日新聞を最後は裏切り・・・・といっても電鉄幹部には裏切ったという当事者意識もなかったであろうが、頭に来た毎日球団にタイガースの主力がゴッソリ引き抜かれる失態も演じている。

対する阪急HDは某と水際立ったケンカをした。まず某の阪神電鉄株買い付け価格1200円というあり得ない高価に対して800円と、これまたあり得ない安価を示した。まずはお互いに思い切り殴り合ってケンカは始めるものだ。一方で様子を見てTOBを市場価格すれすれの930円に置いた。
市場はここを叩き台に900円台後半まで阪急HDは譲り、さらに阪神の特別配当を加えれば某の顔が立つとみていたが捜査の進展をみて一転「びた一文譲らない」と来た。阪神には決してできない芸当である。

ある意味で某は「進化しないという進化」とは対極の「進化が止まらず過剰適応」で自滅したといえよう。1億9000万株(非常識)もの電鉄株を買い集め、1000億円(非常識)47%(非常識)まで買い向かい、村上ファンドが買うから株価が上がるという自作自演(非常識)をもってし、それを実勢として1200円の買い付け価格(非常識)を要求する。
しかも資金はこのゼロ金利下で2割・3割の利潤を投資家に約束(非常識)してかき集めた他人の金(非常識)である。その過程ですぐウソとわかる「私はタイガースファン」と公言(非常識)したりとごまかし、ハッタリの限りを尽くして何だかだといって仕入れ値より230円ほど高い、つまり大もうけをTOBで果たすは果たす(非常識)のである。

長々と書いた某の非常識に対して阪神電鉄の対応は「無」の一字で終わり。やっぱすごいわ。

過剰適応というのは某が5日の無意味な会見で「それ行け、やれ行け、ニッポン放送だというのを聞いてしまったと。聞いたと言われれば聞いてしまっている」と語ったのは真実だと確信するから。非常識が常識になっていた某は「聞いてしまっている」のに売ってしまった。激しく環境に適応した生命体は、それゆえに次のわずかな環境の変化で滅びるという。聞いたらインサイダーでしょうよと某は頭でわかっていた。でも、もうどうにも止まらないのだ。
逆に阪神電鉄は何かしないといけないと頭でわかっていた。でも、もうどうにも止まるのだ。相性悪すぎたね村上さん。

いずれにせよ某が経営者になっていればリストラだ経営改善だなどとできもしない題目を振りかざして電鉄社員は大混乱。挙げ句の果てに大事故を起こして横井英樹と同じく縄付きになっていただろう。どっちにせよ某は塀の内に落ちるわけで死者が出なかっただけ奇貨であったにせよ電鉄は助かった・・・・と最後にまた「不動の経営」のレトリックにはまるところだった。恐るべし「不動の経営」。(編集長)

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2006年5月31日 (水)

W杯日本代表が「サムライ」じゃなかったら!?

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 つい数日前に気づいたのだが、サッカー日本代表が「サムライ」って呼ばれていた。朝日新聞の見出しで「サムライ日本に歓声」と書かれているのを見て、「オイオイ、いつからサムライになったの」と本気で驚いてしまったのだ。
 というわけで、最近、日本代表が「サムライ」だと知った少数派(たぶんね)に向けて今回の記事を発信したい。

 この「サムライ化」は日本代表のキャッチフレーズに由来する。
 昨年の10月1~14日に5つ候補のうち1つをネット投票し、今年1月末に「SAMURAI BLUE 2006」になったと発表した。
 知ってた?
 ジーコ監督もこのコピーをたいそう気に入ったようで、コピーが印刷されたブルーのボードにポルトガル語で「侍パワーこそ日本選手が素晴らしい成績を収められる力となる」(『スポーツニッポン新聞』06年1月28日)と書いたとか。
 で、しつこいけど、知ってた?
 
 まあ、この投票した時期に知っていた人は少なかったことは確かみたい。なんたって総投票数が2万4208票しかなかったのだから。ちなみに昨年のオールスターのファン投票トップはダイエーホークスの城島健司選手で70万5999票だった。2万4000票なんて数字ではオールスターへの出場はもちろんかなわない。
 こうしてひっそりと行われた投票によって「SAMURAI BLUE 2006」に決定したわけだが、じつは、ここに投票した人はかなり偉かった。というのもコピー案が「SAMURAI BLUE 2006」以外、けっこう悲惨だったのよ。

第1位  「SAMURAI BLUE 2006」 10,111票      
第2位  「Make the HISTORY」  4,542票      
第3位  「世界を驚かせよう。」  4,248票      
第4位  「頂点へ、全員で。」   3,108票      
第5位  「WIN NOW!」      2,199票 

 どう?
 もし「Make the HISTORY」がトップだったら、今、ドイツのボンで日本サッカー協会の情報発信拠点までの道しるべとして、あるいはレストランの店先で歓迎ムードを盛り上げるグッズとして、街中に「Make the HISTORY」と染め抜かれた旗がひらめいているところだったのだ。もちろん「頂点へ、全員で。」だった可能性もあるわけで、そんなことになった日にゃ、旗に書かれた文字の意味をたずねるドイツ人に恥じてしまう日本人が続出したに違いない。サッカー後進国である日本が前回準優勝のドイツで、歴史作りや優勝を声高に叫ぶのはさすがに時期尚早だろう。

 逆を考えてみればいい。柔道ドイツ代表のキャンプ地周辺に「頂点へ、全員で。」と書かれた旗が山ほど掲げてあったら、どう? 腹が立つというよりはカワイイって感じでしょう。いきがっている中学生のような。
 改めてサイレントマジョリティーである大衆の判断の的確さに驚いてしまった。

 いまやワールドカップは巨大商業イベントである。電通の試算によれば、日本が決勝トーナメントに出場すると、4759億円もの波及効果を日本経済に与えるという。消費についても、ユニホームなどワールドカップ関連商品の「グッズ購入費」が426億円にものぼり「飲食関連費」も413億円だと。
 ドイツにはいけないけれど、グッズを買ってスポーツバーで応援だとか、自宅で日本代表を応援するビールで乾杯だとか、そんな庶民の応援にもコピーは刷り込まれる。
 応援グッズに大きな投資をしているキリンなどは投票結果が気になって仕方なかったに違いない。KIRIN WORLD CHALLENGE 2006のスタジアムで配布したゴム製のリング「ブルーリング」が「Make the HISTORY リング」だったらあらぬ想像を招きかねないし、日本代表応援グッズ樽生専用サーバーに「世界を驚かせよう。」と印刷するのはデザイナー泣かせで、サポーターすら欲しがらなかったかしれない。僕がキリンの社長なら社員にいっせい投票を強制していたところだ。

 原油の高騰もあり、日本経済の腰折れが心配されている。こんな状態を打開するためにもワールドカップの経済効果は重要だろう。景気が良くなれば、ノンフィクションが売れると信じる私としては「SAMURAI」でよかったと心から思うのである。

 ただ勝利に貢献するコピーかは少し疑問だという情報も付け加えておきたい。
 広辞苑によれば、侍の語源は「さぶらう」。「目上の人のそばに控える」という意味が元にあるという。日本代表が誰のそばに「控える」気なのかは分からないが、せめて同組のブラジルに控えてほしい。クロアチアやオーストラリアなんかに控えた日には、その時点で決勝トーナメント進出は不可能(まあ、もともと順当にいけば不可能なわけだが……)。
 とりあえずワールドカップの後に「SAMURAIって防戦一方なのな」とか、「やっぱりSAMURAI自決かよ」とかいう言葉だけは聞きたくない。

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2006年5月25日 (木)

村上の時間 阪神の時間

アロワナ、ハイギョ、シーラカンスといった魚類の生態を調べていると「進化しないという進化」があるのだとつくづく感心する。武田信玄の「風林火山」の「山」しかない。一芸の取得やマイナーチェンジぐらいはするのだが根本的な進化はない。それが強みになって生き残るのである。
もっとも大半の生物はそんなようでは絶滅する。さまざまな要因が重なって起きる奇跡といえよう。

タイトルはむろん「ゾウの時間 ネズミの時間」をもじっている。村上某の村上ファンドが阪神電気鉄道株を約3割から4割買い占めていたと相次いでわかったのは05年9月末から10月上旬にかけて。それから8ヶ月たった本稿執筆時点の06年5月末に至っても決着がついていない。「物言う村上某」は阪神の資産をはき出させることも株の売り抜けもできないままだ。そろそろ某へ投資したガリガリ亡者の心にもさざ波が立っていよう。
買い占め判明から今日まで阪神がしたことはまさに「山」であった。何週間とか、よくて2・3ヶ月の時間を生きる某と1899年の創立以来、目立った進化を何一つしないまま100年以上の社歴を重ねた「不動の経営」に流れる時間はまったく違っていたというわけだ。

その「動かざること山の如し」経営を傘下の阪神タイガースで見てみよう。タイガースは甲子園阪神パークという遊園地に隣接した甲子園球場をホームとした戦前からの職業野球チームだ。鉄道が旅客誘致施設として遊園地と球団を持つというのは阪急の小林一三が1911年に宝塚新温泉(後の宝塚ファミリーランド)と阪急職業野球団(35年)を設立したのを嚆矢とする古いビジネスモデルである。同じように関西では南海がさやま遊園とホークス、近鉄が玉手山遊園地・あやめ池遊園地とバファローズを経営した。
何しろ20世紀初頭のモデルであるから今を生きている方がおかしい。現に阪神以外の球団はすべて他企業に譲渡ないしは合併で消滅、遊園地に至っては全滅である。
ところがタイガースだけは冒頭の魚類のように生き残る。どころか今や日本一の人気球団である。古いビジネスモデルが元気いっぱいなのだ。

なぜか。通常考えられるのは親会社の阪神電鉄が他の親会社と比較にならないほど努力した結果との答えだが現実はまったく違う。むしろ「他の親会社と比較にならないほど努力」しなかったというのが実態だ。ために長い低迷を味わった。
その低迷が今日の人気の秘訣というのだからすごい。電鉄が走る関西の元は労働者が多く住んでいた地帯と東京の山の手イメージの強い読売球団との対比が鮮烈で巨人阪神戦は関東と関西、資本家と労働者の対決の縮図となった。
この縮図は「結局は負ける」でいいのであるから低迷でも阪神ファンは離れない。むしろそれで安心するのである。勝てばそれに越したことはないから大いに喜ぶ。喜びつつも「こんな風に勝ち続けるはずがない」と確信を持っている、心理学でいう「期待不安」の状態だからダメ虎に舞い戻っても大丈夫。かくして村上某が信じる経済合理性とは別世界を築きあげる。
今日の好調も野村克也・星野仙一といった名監督を外部から招くという「他の親会社」ならば通常の「努力」を何もしないはずの親会社がしたから、通常ではありえないほどの衝撃を選手に与えた結果であろう。

村上某による電鉄株買収でも進化を求めない「不動の経営」が遺憾なく発揮されている。そもそも東証1部上場企業ともあろうものが株式の3割・4割を買い占められていることに気づかなかったというのがすごい。
私は零細企業経営者だから偉そうなことは言わぬつもりだが、その私でさえ阪神の経営者だったら事前に気づくとの確信がある。これが大口を叩いているのではなく謙遜しても謙遜しても確信が持てるからすごさが際立つのである。
そんな経営者だから村上某に手もなくひねられると予想していた。事実私が経営者だったらあらゆる可能性を吟味して先手を打とうと策を練る。それを某も待っていたに違いない。相手が策を弄せば、それを上回る一撃を食らわせて手仕舞おうと手ぐすね引いていたはずだ。
だが、ここからまたすごい点だが電鉄経営陣は無策に徹した。ヤドカリのようにカラにこもってしまったのである。某が堪らず攻勢を仕掛けてもナシのつぶて。
だが一芸はあるのが「進化しないという進化」の怖ろしさである。06年4月13日の記者発表資料「一部報道について」までは否定とも取れるリリースを出しておきながら28日に阪急ホールディングスとの関係強化を発表してしまった。一部報道によると阪急との経営統合は村上某社の提案だったという。身動き取れなくなるまで閉じこもり埒が明かなくなると敵の提案を自分の提案のようにして逆襲する。
す・・・・すごすぎる。ここまで本稿は「すごい」の連発だ。どうしていいかわからず何の逆襲もできないのを普通は無能と呼ぶが、この戦法は無能ゆえの逆襲だ。変な言葉使いになったが他に表現のしようがない。

このままいくと大変なことになる。阪急は阪神電鉄とは比較にならぬほどの凄腕だから某のボロもうけになるようなTOB価格に容易には応じるまい。となると某は阪神電鉄の株主総会で・・・・何と実業家になってしまう。それこそ某の最も恐れるシナリオのはずだ。ファンドとは虚業である。某は虚業家でこそ力を発揮する。「物言う株主」であればこその某なのに物を言われる経営者になってどうする。
こんな戦い方を私は知らない。経営権という玉座を指さして「嫌だったらどうぞ」と脅す?経営者が後にも先にもいたであろうか。しかもその脅しが効果的だから驚く。

・・・・なんて私は阪神電鉄の経営陣をほめたのであろうか。けなしたのか。やっぱりけなしたかなあ。某が公共性の高い企業の経営権を握るとする。横井英樹がホテルニュージャパンの経営者になったに似る。その結果どうなったか。たしかに横井は断罪されたが企業も信用を失墜した。阪神電鉄が同じ轍を踏んだら元も子もない。

ただそれでもなおハッキリしていることが1つ。何がどうなろうがタイガースファンは離れぬという点だ。ここは敬服する。最近はめっきり興味を失った巨人ファンの一人として心から頭を下げる。あなた方は良心である。(編集長)

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2006年3月20日 (月)

WBCで日本決勝進出

リンカーン大統領の遺訓を守って「アメリカのアメリカによるアメリカのためのWBC」を演出した当のアメリカがリンカーン大統領のように2次リーグで暗殺されてしまったWBCの決勝は日本とキューバが争うこととなった。

韓国選手の兵役免除が発表された後で連勝中の日本戦に6対0で敗れたという結果を見るにつけ9日の「韓国の兵役免除は本当にメダル取りの動機か」で書いた兵役免除の動機付けはあったと判断ぜざるを得ない。
そうそう。9日の記事で洞察すべき大切なポイントを忘れていた。それは兵役によるトレーニングの中断が野球生命に関わるのではないかという点である。
この答えを見出すのは難しい。例えば兵役のあった戦前の日本の職業野球から探してみよう。巨人軍の沢村栄治投手は1935年から始まった職業野球草創期から豪腕でならしたが兵役で手榴弾投げを強いられて肩を壊すなどして除隊後は見る影もなく球威が衰えていたと伝わる。
半面で戦後の1954年の優勝を牽引した通算215勝投手の「フォークの神様」中日ドラゴンズの杉下茂投手は旧制商業学校時点では何と弱肩だったが入隊中の手榴弾投げなどで沢村とは逆に肩が強靱になり、除隊後は見違えるほどの球威を得ていたという。

山田泰吉という人物がかつていた。東京・赤坂に「ミカド」という社交場を作ったなどで知られる伝説の商人だが、彼の姉が私の曾祖母にあたり私が幼少時には泰吉に抱いてもらった経験もある。泰吉のエピソードは沢木耕太郎の「馬車は走る」の1編にくわしい。
その曾祖母は夫とともに中部地方で大きな料亭を経営していた。そこにはドラゴンズの選手も入り浸っていて子ども時分の私の母は杉下投手が片手でいくつものリンゴを持つ「技」を見せてもらって喜んでいた。
手の大きさは天性であって兵役でそうなるわけでもあるまいから杉下の「軍隊で名投手になった」話は本当だと思われる。
沢村、杉下両選手は同じ手榴弾投げが正反対の結果になっているのも不思議というか皮肉というか。

などなどを勘案すると兵役は必ずしも競技人生にマイナスとは限らないわけだ。現にWBC韓国代表には除隊したレギュラーもいたから致命的というほどではなさそう。やはり「兵隊なんてやなこった」が最大の動機付けと位置づけて間違いあるまい。

アメリカにとってはこれほど皮肉なことはない結果となった。自らの国技の初代チャンピオンの地位を他国・他地域に譲るだに腹立たしいのに、その場を自国で提供する羽目となった。
しかも覇権を競うは旧敵国の日本と現敵国のキューバである。キューバ代表には論理的に大リーガーは存在しない。日本代表には本来は松井秀喜(ヤンキース)や城島健司(マリナーズ)、井口資仁(ホワイトソックス)などを送り込めたにも関わらず利害が相反して不参加。最大の理由はアメリカが3月開催をゴリ押ししたからである。
つまりアメリカ最大の野球リーグのメジャーの選手が日本の主軸に連なっていたら日本優勝で終わったとしても「主軸は大リーグだったのさ」と多少は溜飲を下げる要素もあったろうに3月開催で自ら芽を摘んでしまった。わずかにイチロー(マリナーズ)と大塚晶則(パドレス)の参加では説得力は薄い。

そのイチローである。考えてみれば彼は「栄光ある不遇」を常にかこってきた。高校野球ではさしたる活躍はできなかった。オリックス球団で残した「7年連続首位打者」との記録は前人未踏どころか恐らく空前絶後の大大大大大大大大大大大大大大大大記録であるにも関わらず(「大」の字はまだ足りないくらい)適当に遇されたとはいえない。
海を渡っって所属したマリナーズでは1年目こそMVPを獲得したがレギュラーシーズンでチームも100勝をあげるブッチ切りであったのにワールドシリーズにさえ進めなかった。その後のチーム力は下降の一途で2004年には大リーグの年間最多安打記録を更新したのにMVPに及ばない。
彼の「いくらでも期待してください」「見せるのはまだこれからです」などのハードボイルドな発言は「北斗の拳」の主人公の「オレの名前を言ってみろ」のようなもので要するに「まともに認めろ」とのルサンチマンが感じられるといったら穿ちすぎか。
WBCでも本人の入れ込みようとは逆に十分な結果が出ていない。だが決勝でキューバを破る大活躍をすれば「栄光ある不遇」から脱せられるかも。
アメリカもそれを望んでいよう。大リーグのスーパースターが敵国キューバを叩きつぶせば「どうだ。アメリカ大リーグのスーパースターが本気を出せば、しょせんアマチュアのキューバなんてそんなものさ」と言い訳できるからね。その意味で「イチローのイチローによるイチローのための決勝戦」とも言えよう。準決勝の3安打はその伏線か。

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2006年3月18日 (土)

WBCでアメリカが負けた理由

野球の国・地域別対抗戦「ワールドベースボールクラシック(WBC)」の2次リーグで母国アメリカがまさかの敗退を喫した。

もともとWBCはアメリカが勝つように仕組まれていた。開催国はホーム。審判はメジャー傘下の3Aから。しかも身びいきのイカサマ野郎まで仕込ませる。日程もアメリカに都合よく設定。
バリバリの大リーガーのスタメンクラスがそろう国・地域と2次リーグでまさかの負けを食らえば国威に関わるキューバを自国とは別の2組に入れた。もちろんチームに腕利きをそれえてもある。

ちょっと待てよ。もしかしてこれが、つまり何もかもアメリカ有利の仕掛けがまずかったんじゃないの? だってこの設定で待ち受けるのはハリウッドではヒーローではなくヒールの役回りでしょう。
アメリカはいつもヒーロー気分で戦う。戦争吹っかける時も何だかだのヒールをこしらえて「よい戦争」を演出する。でもWBCでは逆だった。自分の豪邸で細工をあちこちに用意して葉巻ふかして取り巻きとともに待ちかまえる大男・・・・ってのはヒール以外のなにものでもあるまい。
反対に徒手空拳で悪役の豪邸に乗り込んでいくヒーローの役割に回ったのが韓国である。「スーパースターか兵隊か」という過酷な運命を背負っている点や多分アメリカ(ヒール)が最も無警戒だったという点などヒーローにふさわしい条件が偶然そろってしまった。

それにしても韓国は強い。私は野球にせよサッカーにせよ、団体競技で日本が韓国に勝ったという例をほとんど知らない。逆ならば今回も含めてしばしば目撃している。韓国は団結すると強いのだ。そのさまをみるたびに、いつもいつも不思議に思うことがある。これほど強い朝鮮民族が何で「日帝35年」の憂き目に遭ったのかと。
日本が支配されたのではなく日本に支配されたのだよ。きっと李朝末期というのは朝鮮史のなかでも1・2を争うほど国力が低下していたに違いない。人口減少社会に突入して成長が陰っている日本人も李朝末期は大切な研究材料かもしれない。

国内リーグの充実度ではトップ級の日米がスーパースターを集めて戦ったのに一方が2次敗退で日本だって滑り込みの4強というザマはなぜ発生したのか。試合を見た印象ではオールスターゲームのような豪華だが急造チーム特有のぎこちなさを感じる。
野球は団体競技のなかでも賭博性が高い。理由は

1)他のあらゆる球技に比べても投手という1つのポジションが勝敗を決する割合が飛び抜けて高い
2)3連打でも1点も入らない可能性がある一方で一振りで4点入ってしまうこともある

などだ。だからチームはいかなる時でも対応できるよう長く一緒にいるメンバーで構成した方が本当はいい。むろん強いチームが前提なので今回だったら日本一のロッテ球団の選手と監督を軸に足らざる戦力のみを都市対抗野球の補強選手制度のように他球団から借り受けるというのが私の考えるベストの方法なのだがいかがだろうか。

大変皮肉なことにアメリカの威容を見せつけるための大会だったWBCの4強は実に奇妙なメンバーとなった。まずアメリカが敗退している。その上で歯牙にもかけぬはずだった韓国、先の大戦で敵国だった日本、West Side StoryではSharksを構成して"America"を歌う側のプエルトリコ、そして政治的に敵対するキューバである。客は入るのかな。

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2006年3月 9日 (木)

韓国の兵役免除は本当にメダル取りの動機か

トリノ五輪での韓国勢の活躍の背景には兵役免除があるとの解説が盛んになされている。前の日本代表との野球の試合でも大ファインプレーをした韓国選手は該当者だそうな。
ならば日本も不甲斐ない成績で帰ってきた男子は自衛隊に入隊させろ・・・・とフセインだかウダイだかみたいなことを書きたいわけではない。
面白いのは韓国人でもやはり2年の兵役義務は嫌なんだなとわかった点である。もっとも分析が正しければの話だが。

嫌韓・嫌日論が聞かれる。両国の違いが強調される。韓国人は日本人よりも封建的で誇り高く愛国心に満ちているなどといっぱしの説明が流されている。でも兵隊さんにならないで済むならば死ぬ気でプレーするのだ。

不思議だとは思いませんか? スポーツの国際試合で顕著な成績を上げれば兵役が消える。兵役は嫌だから顕著な成績を上げよう・・・・ここまではわかる。でも2年の兵役での苦労と国際試合で実際に優れた結果を残すのと、どちらが大変であろうか。
しかも後者はあくまでも結果論で死ぬるがごときトレーニングを積んでも結果が残せなければ兵役は付くのである。だから肉体的なつらさで兵役よりもオリンピックでの表彰台の方が楽とは到底思えない。

そもそも韓国の名を轟かせるようなスポーツ選手は壮健であろう。私は幼少から体が硬く、心臓に若干の疾患があるので長距離走が苦手である。こうした者には兵役は地獄だ。しかし名選手ならば戦地に送られない限りはさして苦もなく2年間を過ごせるのではないか。自衛隊員に聞いても訓練の大半は運動能力の高い方が有利にできているという。
だいたいスポーツそのものが戦争の代替行為ともいえ両者の相性は本来はいいはずでは? なのに韓国のアスリートは無我夢中で兵役免除を勝ち取ろうとする。
肉体的な理由でないならば精神的な理由であろう。兵隊になって号令と訓練の毎日が嫌だと。でもトップレベルのスポーツ選手ならば競技でも号令と訓練の毎日なのだろう。となると兵隊になること自体が生理的に嫌なのだとしか結論が導き出せない。

すると日本人の多くが抱いている上述の「韓国人は誇り高く愛国心に満ちている」も案外あやしいとわかる。これはバカにしているのではない。むしろ微笑ましい話として書きたいのだ。

1873年に日本で徴兵令が布告されて以来、徴兵逃れのあの手この手がはびこったのは歴史上有名である。昭和に入って「聖戦完遂」などと神ががっていた時代も兵役検査不合格をひそかに「勝ち取る」者がいた。オレはそれで助かったんだといった話を多くの高齢者から取材した。もちろんネタの部分もあろうが甲種合格で栄誉とか赤紙が来て万歳三唱などというのは日本でも建て前にすぎず多くは本心では嫌だった様子である。
そして今の韓国にも似た風潮がある。日韓の民は事ごとにいがみ合うが案外と似ているのだ。兵隊の2年間を避けるならば兵隊の2年間をはるかに超えるトレーニングもいとわない。
戦前の日本でも検査不合格の代償に身体に障害を負ったり、下手したら死ぬ寸前になった人もいたという。本末転倒のはずの行動だが「兵隊なんてやなこった」という素朴な感情を両国の民は基本の部分で共有しているのはもっと分析されていい。

もっと面白いのは韓国という国家が「兵隊なんてやなこった」を認めて兵役免除をニンジンにして選手の力を極限まで引き出そうとしていることだ。
少し考えればわかるが、この手は誰でも思いつくようで本当は禁じ手のはずだ。兵役は嫌だから義務として課す。それはわかるが「嫌でも仕方ないからやれ」では文字通り士気が上がらないから「国防の義務を果たすのは最高の栄誉である」とな何とか美化して兵役を正当化するしかない。
ところが兵役免除を引き替えにするという判断は「最高の栄誉」という前提を覆す。平たくいえば兵役よりも大切なことがあると国家が認めたということだ。
論理が行ったり来たりでゴメンナサイだが、いったんそう認めてしまうと士気が下がってしまうとの結論にならざるを得ない。実際に兵役を終えた者は自分の義務は栄誉ではあっても最高ではないと感じてしまうだろう。兵役逃れに必死の選手をみれば白けてしまわないか。おいおいアンタ達だけは何で特別なんだよと。

ところが私は寡聞にしてそうしたバッシングを聞いたことがない。俳優が兵役をごまかしていた事件でのブーイングは確かにあったがスポーツ選手の兵役免除を許せないという論調があるのかなあ。あったら教えて下さい。
それは上記のように表彰台に上がるほどのアスリートは兵役2年間よりも苦労しているはずだとの寛恕か。国の栄誉を世界に轟かせた者を下士官や職業軍人の末端に連ねる方が国の恥と考えるのか。

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2006年3月 8日 (水)

もうセンバツなんてやめようよ

北海道の駒大苫小牧高校が卒業生(高3生)が卒業式後に飲酒と喫煙をし、うち多くが野球部員だったことをもって春の選抜高等学校野球大会(センバツ)への出場を辞退した。
駒大苫小牧は昨夏の優勝後に野球部長が暴力を振るっていたかどで「優勝返上か」と騒がれた。殴る鬼の野球部長がいないと酒とタバコに走ってしまう野球部って、やはり変ではある。

ところでセンバツは毎日新聞の主催である。夏の全国高等学校選手権大会は朝日である。どちらも拡販を目的としているがセンバツが毎日の紙勢に貢献しているとは到底思えない。
夏の大会は都道府県予選から甲子園大会まで一直線に続いていくのでリアリティーがある。トーナメントで勝ち残った学校だけが上に上がっていくのでわかりやすくもある。3年生にとっては最後の大会だからやる気に満ちてもいる。
でもセンバツは違う。そもそもセンバツされる高校の戦績が何をもとにしているかを知る人がどれほどいるだろうか。答えは夏大会が終わった後で新体制になったチームが都道府県別に秋に大会を開き、その上位が全国10ブロックの大会に出場して、その成績が選考の基本だ。

秋にそんな大会を開いているなど関係者以外ほとんど知るまい。現に秋大会はブロック戦のレベルにまで進んでも観客席はガラガラである。夏の地区予選も1・2回戦の試合には目を覆いたくなるような、スコアブックに覚えたすべての記号が書き込めるほどひどい試合もあるが、秋の1・2回戦よりはずっとましだ。秋大会は事実上の新人戦だからレベルが低い。
そして、それでもブロック戦の上位校だけが無条件に選ばれるというならば透明性があって真剣味も増すであろう。しかしセンバツは文字通り「選抜」するのだ。
ここでまず28校を決めるが地域性を考慮するためにブロック戦では下位に終わったチームが上位を出し抜いて選ばれたりもする。「毎日新聞が売れていない地域だから選んだんじゃないの?」みたいな突っ込みが入る余地を与えるわけだ。
一応もっともらしい基準はある。「品位・校風・技能・地域性」の4つだ。うち地域性は上記のような問題がある。技能は強ければいいとまあ納得できる。問題は品位と校風だ。校風がいけないという理由がそもそも立てられようか。
駒大苫小牧は辞退の理由としてセンバツは品位を問われるからとも言っていた。確かに未成年の飲酒と喫煙が品位にもとるのはわかるが、字義通りの意味での品位を問えば出場できなくなるチームはたくさんある。一度でも高校野球の取材を継続的にした経験がある者ならば皆が知っている事実である。

誰も知らない低レベルの秋大会の結果を参考に謎のごとき選考規定で突如出場が決まるというのがセンバツ出場校である。これでは盛り上がらない。言い換えれば拡販につながらないと21世紀に入ってから「21世紀枠」と「希望枠」を新たに設けた。
両枠とも秋大会でそこそこの成績を収めたものの通常枠からはもれたチームをセンバツする。21世紀枠は部や学校の歴史で苦労を克服するなど他の高校生の模範になるような「ご立派校」を選出する。そうした基準がなぜ21世紀から必要になったのか脈絡はない。
希望枠はいろいろ細目はあるようだが要するに通常枠から外れた守備に見所のあるチームが選ばれるらしい。守備がいいと希望なのか。にしても本当に守備が鉄壁ならば通常枠で文句なく選ばれる成績を挙げるはずだとのウンチクは通じない。
要するに両枠とも意味不明なのだ。うさんくさい通常枠に意味不明の枠を乗っけて短い春休みに駆け足で大会を終えてしまう。なくていいゆえんである。
ハッキリいって高野連自身も現場ではたいしてやる気が感じられない。毎日新聞がセンバツで拡販大攻勢に成功したという話も聞いたことがない。卒業式の後の高3生の動向まで高校や部がフォローするなどできっこない。羽目を外したいお年頃とタイミングであるのは大人ならば全員が覚えているはずだ。
「卒業まで部員は部に属していなければならない」という規定はちょいと大げさにいえば憲法に違反するのではないか。できっこなかろうが出場できなくなった駒大苫小牧の現役選手とその保護者が民事裁判でも起こしてみると面白い。

矛盾と弥縫とカラ意地とつじつま合わせと商魂と呪文と偽善が結束するとセンバツとなる。それをNHKがいかにも素晴らしい模範生の大会のように美化して公共放送の電波をたれ流す。まるで野球をしない男の子は青春の傍観者であるように。

何が面白くてセンバツをやるのだ
大人よ
もうよせ、こんな事は

と高村光太郎をパロッてみた。

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2006年2月24日 (金)

君はフリージンガーを見たか

新聞記者以来の習性で会社ではテレビを付け放しにしている。もう臨時ニュースを追う必要がなくなって久しいのにね。
その時、ものすごいモノが視線をよぎった。『モンスター』でドクターテンマがヨハンを群衆から察したような・・・・。ザザザッて感じで。「お前がテンマか」という半畳を入れている場合ではない。以下を読みたもう。
何だ何だとテレビを見つめたら、そこに確かにモンスターがいた。ただ名前はヨハンではなくてアンニ・フリージンガーというスピードスケート女子長距離のドイツ代表選手だ。

完璧なフォルムだ

しかも解説を聞いているとフリージンガーはすでに「女王」と呼ばれる存在であって、つまり既に有名な人物だというではないか。解説者が「アンニ」とファストネームで呼んでいたところからも知名度がわかる。こんな完璧な存在を今まで知らないで暮らしてきた自らを恥じた。
ところでスピードスケート女子長距離などという競技は日本にあるのか・・・・というとあるのである。なぜかというと代表選手が出ているからだ。そういえば橋本聖子はアルベールビル大会の1500メートル銅メダリストだった。だが橋本聖子とフリージンガーが重ならない。全く別種の人類としか思えない。
ただ橋本聖子のような存在がいない今の日本メディアの露出では普通の人ではフリージンガーを知る機会は少ない。というか普通の人ではない、言い換えれば、いや言い換えるまでもなく異常な人である私でさえキャッチできなかったのだから私にフリージンガーを知らせなかった責任は大マスコミにあるといっていい・・・・ってことにはもちろんならない。

そこでさっそくネットで検索してみると間違いなくフリージンガーは女王にふさわしい経歴である。前大会のソルトレークシティー五輪1500メートルの金メダリストにしてW杯通算33勝。世界記録は4度も塗り替えている超豪なのだそうだ。
競技後にご尊顔を拝したが単に美人とかかわいいというレベルではない。もちろん大変な美貌だが崇高な面立ちでもある。笑顔も「こぼれるような」とか「ややはにかみながら」といった程度とは遠い。民草に向ける王侯貴族のそれである。しかも王女とか妃殿下ではなく女王、つまり王位にある者にしかない輝きがある。

驚いたことはまだある。今大会の、つまり私が目にしたフリージンガーは不調であるという点だ。だったら好調時のフォルムはどうなのか。DVDなど売っているのか。これまた検索しようとして止めた。見つければ買うであろう。買って見たら気を失ってしまう可能性が高い。
ネットの検索によると過去にセミヌードも披露したんだって。見たい! ただこの衝動は性的好奇心に発するとは思えない。名戦闘機の設計図を見たいというのに似ている。何がどうなるとここまでソフィストケイトできるのか。メカニックなだけでもなく愛らしいだけでもない。ともかく非の打ちどころがないのである。競技のDVDでさえ危険なのにセミヌードとは兵器に等しい。

もしやヒトラーはフリージンガーみたいな男女をそろえて第三帝国を完成したかったのかもしれない。
しかし総統。お言葉ではありますが、それは無理です。フリージンガーは滅多にいないから凄いのであって「フリージンガーをそろえる」というのは言語矛盾です。きっとドイツ語でも言語矛盾です。やはりあなたの構想は妄想です。

日本人選手やらその他大勢と比較するとフリージンガーの存在は戦国自衛隊状態である。わが国ではフィギュアスケートで日本人選手「三人娘」とやらがどうこうとわめいているが私はそんな黄色い猿の飛んだり跳ねたりに興味はない。
フリージンガー29歳。年齢も私の好みだ。本当はもう少し上だといいけど。念のため言っておくと私の好みであってフリージンガーが私を好むわけではない。独身だがオランダ人の彼氏がいるという。これほどの女性と付き合える相手はアジアには滅多にいるまい。下手に相手にしていただければ死んでしまう。文字通りの「最終兵器彼女」である。

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2006年2月 7日 (火)

清原・ノリという名の偽善

今シーズンからオリックス・バファローズの一員となる清原和博と中村紀洋のキャンプ地での人気は大したものだそうな。スポーツ紙も連日大きく扱っている。たぶん小泉政権のせいで奈落の底に落ちた日本人の程度というか低度というか、そんなことがプロスポーツの世界でも垣間見える。

スポーツ選手に人格を求めるのはお門違いである。人格者とされた王貞治でさえ「実は私もね」と苦笑混じりに現役時代のやんちゃ振りを各種メディアに披露しているほどだから。だが石田禮助ではないが「粗にして野だが卑ではない」品格は求められよう。清原・ノリの人気も彼らが「粗にして野」であるように映る点にありそうだが、2人とも私のみるところ「卑」である。
それを如実に感じたのは2人がオリックス・バファローズへの入団を決めた際、ないしは直後にしきりに語った「亡き仰木彬前監督への恩返し」だの「引き合わせ」だのという文言である。こんな言葉をどの口から吐けるのだろうか。
経歴から察する限り、彼らは後ろ暗さや力のなさを覆い隠すために「口なし」の死人をダシにした卑怯者であり偽善者である。

清原と仰木の2人に接点を探すとすれば05年のシーズン前に所属していた巨人の堀内監督(当時)から事実上の戦力外扱いを受けていた清原に監督を引き受けた仰木がオリックスへの移籍を勧めた時からである。しかし清原は「泥水を・・・・」云々などとクサイ言葉で巨人に残る未練を示して袖にした。
05年シーズン終了前後に今度は本当に巨人から三行半を突きつけられても清原は仰木の誘いに生前ついに応えることはなかった。彼がオリックス入りを決めたのは他球団から相手にされないのを確信して唯一誘ってくれた球団だったからに過ぎない。
しかも決断は仰木没後である。何が「恩返し」だ。恩知らずの方が表現としてはふさわしい。恩知らずが恩返しとシレッと言う。こうしたのを偽善者と呼び卑怯者と指弾して何かおかしいか。

中村紀洋に至っては悪人の領域に近い。仰木が近鉄バファローズ監督を務めたのは1988年から92年まで。中村は大阪府立渋谷高校から91年に入団したから仰木近鉄時代に戦力として活躍したとはいえない。
2002年にアメリカ大リーグのニューヨーク・メッツへの入団を合意したにも関わらず不可解な主張をして近鉄に残留した。中村側とメッツ側の言い分はとらえ方もさまざまであろうが結果的に中村は6年約40億円の破格の契約を近鉄球団とかわした。その時に彼は確か「長嶋さんのようになりたい」と言った。ドメスティックでも未だ英雄視されるミスターのように、とね。
ところが当の近鉄球団がオリックス・ブルーウェーブと合併して消滅するとなると手のひらを返すがごとくに新球団のプロテクトを拒みポスティングで海を渡る。「仰木さんへの恩返し」どころか仰木が率いることになった球団から逃げ出したのである。長嶋になるのはどこへ行った。
もっとも大リーグではまったく通用せずに日本に舞い戻ろうとしたはいいが意外なほど他球団の感触は悪く、ここから先は清原と同じような経緯でオリックスに入団する。今度は仰木とともに清原を尊敬しているとまで言い出した。

恩とは生前に報いるべきであろう。その機会がなかったならば別であるが2人ともあったにも関わらず袖にした。だとしたら死者にはまず謝罪から始めるのが筋である。ダシにするなどもっての他だ。

仰木が育てた選手として有名なのは野茂英雄とイチローである。この2人は公式には仰木死去に対するコメントを出していない。さすがの振る舞いといえよう。私とて恩人はいる。その人が急逝したらぼう然とするばかりである。言葉を生業としている私ですら言葉が見つからない。恩とは本来そうしたものではないか。
野茂とイチローが仰木に強い恩義を感じていたのは雑誌やテレビの対談などを見聞する限り間違いない。逆に清原と中村にはそうした形跡が仰木の生前までに全然うかがえない。ところが死後に饒舌なのは後者である。明らかにうさんくさい。

と、清原と中村を批判したが本当に訴えたいのは2人をくさすことではない。こうした人物をヒーローとして受け入れる側の知性の低さ、感度の甘さ、倒錯といった点である。日本人は卑怯な偽善者をそうと見抜けず、あべこべに「おとこ気がある」「情け深い」などと評価するようになった。これを倒錯といわずに何と呼ぶ。小泉は笑っている。ブッシュは嗤っている。

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2005年12月24日 (土)

アニマル浜口・浅田真央・ディープインパクト

アニマル浜口と娘の京子の二人三脚は美談なのだろうか。京子の心境はともかくアニマルの場合はあの「気合いだー」連呼を聞くだにルサンチマンを感じて仕方がない。
大半の人は「アニマル浜口は元プロレスラー」との認識しかない。それも道理で彼のレスラーとしての人生の大半はマイナーであった。
馬場の全日本、猪木の新日本が2大勢力をなしていた時代に国際プロレスという第三の団体に加入して苦労を重ね、国プロが経営危機に陥ると国プロの存続をかけるという名目(プロレスの名目はほぼ文字通り名目にすぎない)でラッシャー木村らとはぐれ国際軍団を結成して新日に挑むという形で立て直しをはかるも失敗。
その後は長州力らとジャパンプロレスを結成して今度は全日を相手に団体を維持しようとしたが失敗した。
国プロ時代から引退まで常に弱小団体に位置し、その団体でさえ主役を張るほどの実力はなく、あえていえば外連が売りの色物であった。「気合いだー」も国プロ時代からのくさいパフォーマンスの域を出ておらず、本来ならば見られた代物ではないのである。

結局は娘・京子がメジャーに扱っていいスポーツで(プロレスは違う)活躍し始めた際に調子に乗って現役の頃のようなパフォーマンスをしたら意外に受けたというのが真相だろう。
ほどほどの知名度というのも幸いした。仮に猪木の娘が京子の位置にいて猪木が「ダッー」を連発したら「また商売かよ」とさすがに取り上げなかろう。
ただしアニマル浜口は他にもプロレスラーを育てた名伯楽ではある。名伯楽にはルサンチマンの持ち主が多いというのは私の見解でもある。
ある高校野球の名伯楽(監督)は甲子園で歴史に残る大逆転劇で勝ったチームの主将だったことを自慢していた。しかしよく調べてみるとその試合でその監督は大逆転劇の回に代打を出されている。そのことは絶対に口にしない。ルサンチマンは育成での復讐を可能にする原動力になる。
だからアニマルがルサンチマンを抱いていること自体はプラスでさえあるといえるが、それが憶面もなくテレビ画面で流れ、それをストレートによしとする風潮はやはりゆがんでいる。

フィギュアスケートの浅田真央が年齢制限からトリノ五輪に出られないことであれこれ言われているが私にはすべて偽善に聞こえる。
医学的見地もルールは曲げられないとの意見もすべてデタラメである。医学的見地からダメならば五輪以外の大会やジュニアの大会を開くこと自体おかしいし、欧米を生誕地とする近代スポーツでアジア勢が活躍すると欧米人に有利なルール変更をするのは日常茶飯事だから気にすることはない。
となると浅田真央の出場に賛成かというとそうではない。賛成派のきれいごとの裏には「マオを出せば金メダルかも」との島国根性があるからだ。マオをダシにいい気分になろうとの卑しさが透けて見える。
もっと重要なのは15歳未満で全盛期を迎えているとしたら、そもそもそれはスポーツかとの疑問だ。身体が成熟するとトリプルアクセルが今のように簡単に飛べなくなるとの説をしたりと唱える輩がいる。語るに落ちたとはこのことで、ガキだからできる技を技術だ芸術だと持ち上げるルールにスポーツを名乗る資格はあるまい。

今やスポーツ番組もスポーツ紙も競馬の有馬記念一色である。注目はもちろんディープインパクト。でも競馬ってスポーツだったっけ。あれは単なるギャンブルでしょう。
東京三菱銀行の支店で顧客の口座から約10億円を横領していた元派遣会社の女性の夫(共犯で逮捕)は日に数百万円を競馬に突っ込んでいたという。基本的に社会悪なのだ。それを美々しく飾り立てる。偽善のにおいがプンプンする。
浅田真央の出場・不出場で生きるの死ぬのはないが有馬記念の結果として夜逃げや首つりをする人が出る可能性はあるのだ。それをシレッと報道してプロレスはスポーツじゃないと報道しない姿勢もまた偽善である。

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2005年12月11日 (日)

サッカーW杯組み合わせ決定の前日の件で

10日早朝、サッカーW杯ドイツ大会の一次リーグの組み合わせが決まり日本はブラジル、クロアチア、オーストラリアと同組になった。だが本稿の主題はそこにはない。前日の9日付新聞各紙が大きく紙面を割いた島国根性大爆発!の記事である。

メキシコ・チュニジア・スイスなら・・・・朝日新聞
ベストは「メキシコ・アンゴラ・スイス」か・・・・毎日新聞

スポーツ紙を含めてどの紙面も似たり寄ったりの精神構造で書かれている。頭に来た。
何に怒っているかって?できるだけ「やりにくい相手」とは「避けたいところ」で欧州最弱とみなされたスイスならば「望む相手」とする考え方だ。

何とせせこましい発想であろうか。
日本人が好むスポーツ漫画のストーリーはヒーローまたはヒロインの主人公が「これでもか」と難敵に当たる形が多い。「ドカベン」なんて神奈川県予選の初戦から甲子園大会の決勝並みの強豪と戦ってきた。

物語ではそれを望む日本人がいざリアルな戦いを目の前にすると「なるべく弱い相手と組みたい」となる。
こういう建て前と本音の使い分けが私は大嫌いである。「なるべく弱い相手と組みたい」が本音ならば建て前もそれで合わせよ。逆に真のヒーローは難敵を破ってこそと本心から考えるならばマスコミがやる弱い相手選びを「ベスト」として恥じない精神を攻撃するべきだ。「わが日本代表はぜひ『死のリーグ』でやりたい」とね。
でも日本人の本心は「弱い相手とやりたい」なんだろうな。それこそが最大の弱点とも気づかずに。
W杯初出場の時に日本はアルゼンチン・クロアチア・ジャマイカと同組になって喜んだ。クロアチアとジャマイカは日本と同じ初出場だから勝てそう。も・・・もしかしたらアルゼンチンにも?みたいな雰囲気が組み合わせ発表後に我が国を覆い、私は心から恐怖を感じた。
もしかしたら・・・・こんな「空気」が狂気の「大東亜戦争」に駆り立てたのではないかとね。
先の大戦で日本が相手をしていた中国は弱い。も・・・もしかしたらアメリカにも?という発想である。実はその中国にも負けてしまったわけだが。

いいですか。W杯に出場してくるチームにメチャ弱いチームなどない。同じ初出場組といってもクロアチアは旧ユーゴの一部でオシムが率いていた当時のW杯ではアルゼンチンと決勝トーナメントでPK勝負までもつれ込んだ強豪だ。
当時私はそのことを多くの人に言ったが誰も聞いちゃいない。陶然として決勝トーナメントを夢想していた。結果はご存じの通りである。
前回の日韓共催では確かに組み合わせに恵まれ?て決勝トーナメントに進出した。その時に忘れられない記憶がある。トーナメント初戦の相手はブラジルかトルコのどちらかであった。そして多くがトルコと当たるのを希望したのである。
私はがく然とした。せっかく16強まで残れたのだから是非わが国でブラジルとの本気の勝負が観たい・・・・と多くの日本人は考えないのだ。
だがジーコは違っていた。当時は第三者に過ぎず母国というのもあろうが彼はテレビで「ブラジルと当たるのを期待する」とハッキリ言った。その時に自分は日本の多数派よりもブラジル人の方に発想が近いと知って再びがく然としたものである。

こうした精神構造のもっともいけないのは意に反して強豪と当たるとショボンとする半面で「望む相手」になると勝ったような気になる点だ。先に述べた「それこそが最大の弱点」の正体である。
結果として日本はフランスではクロアチアに、日韓共催ではトルコに敗れた。弱いチームなど1つもないはずのW杯で弱い「望む相手」を探すのは無意味と学習したかと思っていたが案外と続いているのだ。
極端かもしれぬが、こうした島国根性がいじめなどを生み出すのではないか。弱い奴をいじめると楽しいとの発想は本質的に倒錯している。強い相手を倒すから世の中は面白いのだ。ジャーナリズムをいまだ「弱きを助け、強きを挫く」に立脚しているべきだと信じている私がバカなのか。それとも日本のメディアはわが国の代表を「弱き」に分類しているのか。

最後に少しだけ今回の組み合わせについて。前述のような経緯から既視感を覚える驚くべき組み合わせである。クロアチアは「フランス大会には得点王シュケルがいたが今回はそれほどでも・・・・」みたいな評論が早くも出回っているが、フランス大会でボクシッチが欠場していたのを知らぬか知ってかネグッている。
そもそも現代表は欧州予選ではスウェーデンを破ってトップで出場を決めたチームなのだ。

オーストラリアは魔将ヒディンクが率いている。20世紀末に国別代表チームでは最もファンタジックなオランダサッカーを現出し、日韓共催では韓国を躍進させた彼がおめおめと予選リーグで敗退するとは思えない。

そしてブラジルだ。最強国との「組み合わせが最後(三戦目)になったのは理想的」と川淵三郎キャプテン(って呼べということだったよね)は言っているがフランス大会の時は「最強のアルゼンチンと初戦で当たるのは理想的」みたいな論評が覆っていた。要するにご都合主義なのである。
ジーコは母国と対戦して感無量だろうが向こうは何とも思っちゃいない。相手がブラジル人監督だからといって感慨にふけるブラジル選手は皆無であろうし、かつて母国の英雄だからといって敵に塩をおくるなど日本人でもすまい。
Jリーグ発足当初、日本サッカーの英雄・釜本邦茂がガンバ大阪の監督を務めていたが誰も遠慮会釈なく叩きのめしたじゃないか。

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2005年11月23日 (水)

朝青龍は雷電を名乗れ

大相撲の横綱朝青龍がメチャクチャ強い。このままいくと史上初の7連覇はもとより年間最多勝の更新も視野に入ってくる。
と同時に「強すぎてつまらない」との声も上がっている。現に九州場所の入りはガラガラだ。強い弱いは勝負事では後者が悪いに決まっているのに朝青龍のせいにするのはナンセンスである。

私はこうした中傷の裏に島国根性が潜んでいると確信している。朝青龍がモンゴル人で日本人ではないから思い入れができないというような。
島国根性は私にとって最大の敵である。もうこれ以上嫌いな存在はないというぐらいに憎んでいる。それが何故でいかにして日本をダメにしているかはいずれまとめて書くが朝青龍はふやけた巨体が鈍くぶつかり合うだけだった大相撲にスピードと切れ味を吹き込んだ英雄である。
同じような能力でアメリカ大リーグで活躍するイチロー選手を日本人は右代表のように称えているではないか。これまた島国根性爆発である。彼は日本のプロ野球オリックス球団にいた時は7年連続首位打者という想像を絶する大記録を打ち立てていたのだが日本人はそれに値する評価を彼に与えたか。イチローを日本の誇りと持ち上げる人よ。そういうアンタのような人ばかりの島国に愛想が尽きて彼は出て行ったのだよ。

話がそれた。朝青龍が強すぎてつまらないとの誹謗中傷感情(差別とさえ呼べる)を島国根性が身に染みている日本人から拭うのはむつかしい。ならば「強すぎてつまらない」と口が裂けてもいわせない方法を考えるのである。

しこ名を変えて雷電を名乗ったらどうか

18世紀後半から19世紀初頭にかけて活躍した雷電為右衛門は254勝10敗、勝率0.962。優勝は27回である。同じ相手に負けたのはただ1人だけ(2敗)。幕末から明治にかけて活躍した雷電震右衛門は最後は病に苦しんだが、それ以前の幕内成績は勝率0.954で優勝5回である。
朝青龍は今年85勝5敗である(九州場所10日目終了時点)。勝率は0.941。仮に全勝優勝したとしても0.944だから「雷電為右衛門の通算勝率よりも低い」のである。雷電を名乗りながら年間で5つも負けてはいけないということになる。
雷電は2人とも間違いなく日本人である。とくに為右衛門は江戸のスーパースターだった。その人よりも弱いのに「強すぎる」とはいえまい。朝青龍改め雷電は14勝1敗で優勝しても「雷電の名を辱めてしまいました」と言えるのである。彼がそう口にした以上は誰も陰口を叩くことができない。

問題は襲名が可能かという点だ。彼が所属する高砂部屋には確かに朝潮太郎という5代を数える「止め名」があるにはある。だが最近の4代、5代はいずれも大男で朝青龍とはタイプが違う。4代は横綱だが得意の「鶏追い作法」は太くて長い手で小兵の初代若乃花を苦しめたという。むしろ琴欧州に近い。

雷電為右衛門は浦風部屋出身。雷電震右衛門は千賀ノ浦部屋の所属で引退後の年寄名は阿武松。現在の一門でみると浦風は立浪・伊勢ヶ浜連合、千賀ノ浦は出羽海、阿武松は二所ノ関である。確かに高砂一門ではないが皆バラバラだ。つまり雷電を「止め名」としている一門はないのだから名乗ってもいいはずである。

歌舞伎の世界では大名跡の坂田藤十郎を75歳の中村鴈治郎が無謀にも?年末年始に襲名する。3世没後231年ぶりの4代目だ。あの坂田藤十郎を名乗ってもいいならば雷電だっていいはずである。愚かなる島国根性を打ち破るためにも是非英断してもらいたい

※記録などは小島貞二著『大相撲名力士100選』(秋田書店)に拠った

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2005年10月11日 (火)

球団が企業名を入れる理由の真偽

一般にプロ野球チームが親会社の名前を名乗らなければならない理由はもっぱら1954年8月10日に国税庁長官から国税局長宛に出された「職業野球団に対して支出した広告宣伝費等の取扱について」と題された通達によるとされる。
同通達は「親会社」が子会社である職業野球団に対して支出した広告宣伝費等の取り扱いを定めている。条件は4つあるが重要なのは最初の2項である。

1 親会社が、各事業年度において球団に対して支出した金銭のうち、広告宣伝費の性質を有すると認められる部分の金額は、これを支出した事業年度の損金に算入するものとすること。

2 親会社が、球団の当該事業年度において生じた欠損金(野球事業から生じた欠損金に限る。以下同じ。)を補てんするため支出した金銭は、球団の当該事業年度において生じた欠損金を限度として、当分のうち特に弊害のない限り、1の「広告宣伝費の性質を有するもの」として取り扱うものとすること。

この通達の「1」をもって球団が親会社の名前を名乗らないと「親会社」と見なされなくなるから損金計上できないとの論理がまかり通っているが、これには二重三重の疑問がある。

まず巨人に限っていおう。そもそも巨人という「子会社である職業野球団」は黒字決算をしているのだから問題はない。
また球団名が親会社の名をズバリ標榜しないといけないというならば「東京読売新聞社」ではないのだから2001年までユニホームに「YOMIURI」を入れていなかったことが問題になったはずだが聞いたことがない。確かに01年まで球団の正式名称に「東京」は入っていたが親会社にはないのだから02年から「読売巨人軍」に名称変更して独立したからといって「YOMIURI」を入れなければならない理由が不明だ。

まさか「読売新聞東京本社」の「東京」なのか?

次に赤字を「親会社」の「広告宣伝費」に頼っている他球団に広げてみても通達は「親会社」と「子会社」の関係が明白であることを条件にしているのであって球団名の標榜を云々していない。いったいに会社の親子関係は資本の関係であるのは常識中の常識だ。社名が違うからといって連結決算の対象にはならないなどという話は聞いたことがない。
さらに通達の「2」がだめ押しをしている。「1」をかろうじて「球団名に親会社の名前は入れた方がいいかなあ」と読めたとしても「2」の規定でクリアできるはずだ。
よって「YOMIURI」を通達の内容から標榜せねばならぬ理由は見当たらない。

さらに通達自身に問題があるという指摘もできる。第一に「職業野球団に対して」のみ税制が優遇されていていいのかという問題だ。出された1954年は2リーグに分立して間もなくではあったがビジネス上ではパ・リーグの劣勢はようやく明らかになってきた。

2リーグ制は1949年までに正力松太郎が強力に推進した。この時点では公職追放の身であったが読売新聞の発展と球団創立の立役者であった事実は揺るがない。そこで彼はライバルの毎日新聞を引き入れようとするが読売新聞の現場は猛反発。いわばハプニング的に2リーグが誕生した。
正力はGHQの占領から独立した直後の53年8月に開局した日本テレビの初代社長に就任、54年7月に読売新聞社主となった。さらに翌年には衆議院議員に当選する。通達は正力が読売本体に正式復活した1ヶ月後だ。
さらにパ・リーグ側の立て役者である永田雅一大映社長の社業である大映映画は50年代前半にピークを迎えている。
ここに挙げたのは状況証拠に過ぎない。だが政治的なにおいがプンプンするのは私だけだろうか。当時のプロ野球がナショナル・パスタイムに成長しつつあったのは認める。だから優遇したのだと正面切っていわれればハイと返答せざるを得ない。だがあれから50年以上経ったのである。「職業野球団」ではないサッカーJリーグのチームは通達を利用したくてもできないのだ。

だから本来はプロ野球側から通達を返上すべきなのだ。そうすると「そんなことをしたら球団経営は成り立たない」という反論が起きよう。確かに昨年の1リーグ騒動の時に近鉄球団(当時)が出してきた「赤字40億円」は衝撃的だった。だが本当は「だから通達が必要だ」ではなくて、そんな経営を許していた来し方を反省して「子会社」なりにやっていく努力をするのが先である。
「親会社」が「広告宣伝費」に音をあげて球団を手放すというのは本末転倒である。それじゃあ「広告宣伝費」に見合う広告宣伝になっていないという証拠に他ならないではないか。

話が巨人からそれたので最後に強化策を。星野仙一監督にならなかったのはよかった。外様がダメだとかそんな了見ではない。選手のみならず監督までついに外部の大物を金で取ろうとした巨人のここ数年の「敗北の方程式」に陥らなかったのを評価しているのである。代わりの原辰徳監督がどうこうと言う気もない。
いっそのこと渡邊恒雄会長が監督をやればいいじゃん。彼が采配をする必要など何もない。原ヘッドコーチ以下にほとんどを任せてベンチ奥でふんぞり返っていればいいのだ。選手は死ぬ気でプレーするぞ。もっともそんな絵は見たいような見たくないような・・・・・

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2005年10月 9日 (日)

ドラフトのくじ引きは人道に反する

10月3日、高校生ドラフト会議が開かれてプロ野球12球団が参加した。今年から「改革」の一環とやらで高校生を大学生・社会人と分離して開催された。1巡目の指名で重複した選手に関してはくじ引きというルールだ。
まあ何巡目でもくじ引きにしていた時代より少しは進歩したとはいえようが「くじ引き」が残っていること自体が非人道的行為であるということを何故みなが黙っているのか。私はかねがね憤激にたえない。

普通の就職活動は会社側が求職者から選抜していく。だが「くじ引き」で決めるということは1人の求職者を複数の会社が奪い合うわけだから普通のそれとは逆転している。だったら選ぶ権利は求職者側にあるはずだ。憲法が保障する職業選択の自由に反する。

なーんて。ナベツネさんみたいなことを論じているが私の真意はちょっと違う。本来のあり方は完全ウエーバーであるべきだ。つまり12球団が一体となって興業が成立しているのだから弱いチームを強くして強いチームを弱くするシステムにすれば戦力が均衡化する。その方が興業として面白いに決まっている。その成果が極限まで行き届けばセ・パ各6球団が最後の最後まで勝率5割ラインにへばりつくことになる。ペナントレースは最高に盛り上がるはずだ。そこに参ずる高校生も「プロ野球」という興業自体が盛り上がらなければ自分の身の保障も将来も暗いわけだから賛同しよう。

ところがこれができない。ナベツネさんが反対しているやにも聞くが理由はどうあれ出来ない。だったら一転して優勝劣敗の法則にのっとるしかあるまい。強いチームが生き残り弱小チームは淘汰されて別のオーナーが買い取るか新規球団を募るという方法だ。こちらを選ぶならば1人の求職者を複数の球団が指名した場合は選手が、そうでない場合は通常の一般人の就職活動と同様に球団側が選考すればいい。

その中間に「くじ引き」がある。完全ウエーバーもできない。優勝劣敗も取りたくない。だからといって「くじ引き」はないだろう。人身売買だ。
百歩譲って「くじ引き」を認めたにしても引くのは高校生本人にあるべきだ。指名した球団名を書いたくじを指名された高校生が引くならば筋が通るわけではないが論理的に破たんしている「球団が選ぶ」よりはましである。どうしてそういった議論が出てこないのか不可解でならない。

例えばの話である。私は「もてない男」だから素敵な女性に交際を申し込む時は懇請する。当然だ。一方の素敵な女性は末席の私を含めて数人の男性から選ぶ権利を持っている。これまたいうまでもない。自然の摂理とさえいい得る。ところがドラフト会議は「もてない男」も「もてる男」も一緒くたになって同一の権利を有して「誰が素敵な女性と付き合う権利を得るのか」を「くじ引き」するのである。そんなのは間違っている。それがまかり通るならば「もてない男」のオレは・・・・オレだって・・・・。

じゃあない! 私は正当に権利を行使すべきだといいたいのだ。「くじ引き」も含めてプロ野球の掟だという論理もあろうが選考の瞬間は選ばれる者は高校生であって機構の人間ではないから無理矢理当てはめるのは不条理だ。しかも彼らはまだ未成年なんだよ。可哀想すぎる。
さらにいえば大学生と社会人には自分から球団を選択できる権利を上位指名者に認めている。これも憲法が保障する「法の下の平等」に反するのではないか。

ただし大きな問題が背後にある。それは日本プロ野球機構など興行側の姿勢だ。完全ウエーバーにすると同年に有力選手がいる場合にわざと負けて指名順をあげる恐れがある。打率や防御率を維持してタイトルを取らせるために自軍の選手を休ませたりライバル選手を敬遠漬けにして恥じない風土があるからやりかねない。
日本高野連(日本高等学校野球連盟)が自由獲得に反対するのも「そっちの方が人身売買になりかねない」と暗に興行側を疑っているからだ。
一定期間以外はプロは高校生に一切接触しないとか最高年俸と契約金の条件を絶対に守るとか一定の条件以外の密約はやらないとか裏金やそれに類するサービスをしないとか。それがきちんと守られない限り高野連の疑惑を晴らすことはできない。そうした問題で辞めたはずの「オーナー」が短期間で「会長」なるものに復帰するようでは暗黒だな。ここが根源であろう。

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2005年10月 6日 (木)

村上某に怒れ阪神ファン

村上某が阪神電鉄株を買いあさっている。保有比率の3分の1まで買い増して議決権の一部を事実上得た形になった。なお村上某と表記するのはファーストネームさえ書きたくないほど嫌いだからである。
確かにこのところの阪神電鉄株は上がっていた。ただ東証そのものが外国人買いで上昇指向にあったに加えて阪神タイガース優勝ご祝儀相場との見方が一般的だった。そうではなかったのだ。正確にいえばご祝儀相場に紛れ込んで買い進んでいたわけである。単なる提灯付けとも違う。何て言ったらいいのかな。はやりの言葉でならば「ステルス作戦」か。

その村上某が「阪神タイガースをファンのための球団にしたい」とタイガースの上場を提案したと一斉に報じられている。「ファンのための」だって?ワハハハハハハハハ。村上某はどこの口からそんな言葉を発しているのかね。

だいたい「ファンのため」を思うならば優勝が決まってこれから日本シリーズだという時に野球以外の場外の話題で関係者やファン、選手の気もそぞろにすること自体がおかしいであろう。これから阪神の話題はシリーズそっちのけで某に集中する。某のあの顔と姿が、スポーツとはおよそ無縁の「金勘定ここにあり」の絵がのさばる。

村上某が嫌いなのはそれだけではない。先の「ファンのため」発言も含めて彼らが「株主価値・企業価値の向上」などとご立派な口を叩くから嫌なのだ。目的は金もうけでしょ。だったらそうすればいいだけの話なのに何やら公益のために身を粉にして働く改革者のような見せかけをするのが我慢ならない。

是川銀蔵は単に金もうけだけに徹して儲けは慈善事業などにつぎ込んだ。自分の意見は独眼流というペンネームで書き残すに止めた。横井英樹は乗っ取り屋で目的はやはり金もうけ。ホテルニュージャパンの経営者にもなったが大火災の惨事の責任者となった。彼もまた公益に尽くすような物言いをしなかったし、しても誰も信じなかった。是銀と横井を同列に扱うのは間違っているが、いずれも押しつけがましい屁理屈はこねなかった。
だが村上某は違う。「株主価値」=オレの株、で「向上」=オレの儲け、なのにあたかも仲裁者のごとき立ち居振る舞いをする。単なる金貸し、金転がしだと認めない。そこに腹が立つ。

そういうと「物販が偉いんですか?」との堀江貴文ライブドア社長の声が聞こえてきそうだが、金貸し、金転がしよりは偉いのである。だから銀行などの金融機関はまだ一般には十分に普及していなかったクーラーを1980年代前半までには夏場にはガンガンにかけ、一分のすきもないスーツ姿の男性行員とユニホーム姿の女性行員が応対した。「堅い」という演出をしなければならないほど本来は「どうよ」という商売なのだ。また私のような零細企業から大企業の経営者に至るまで「銀行が好き」という者は皆無であろう。銀行でさえそうなのである。村上某の率いる某社など何ほどのものでもないのは明らかだ。

報道によると阪神電鉄が保有している不動産の簿価と時価の差の大きさなどを比較して株価が低位にあると判断したともあるが、だったら最大の物件である甲子園球場を売却しないと話が合わない。それが「阪神タイガースをファンのための球団に」することかいな。さらにいえば含みをすべて勘案したとしても村上某の買い方は尋常ではない。タイガース上場といってもすぐにはできない。直近の決算から始まってさまざまな手続きがある。売り上げ100億円レベルの中小企業の上場から得られる利益が投資に見合った額になるかも不透明だ。

だからいかがわしいのである。ずいぶんと時間がかかる上に利得が不明瞭なタイガース上場を短期の売り抜けを狙う投資ファンドが題目のトップに挙げているのは。ニッポン放送株の際も村上ファンドの動きは実に奇っ怪だった。彼を後押しする者と彼が株の売り先に狙っている者は誰か。何か。いろいろと想像はつくが、いずれにせようさんくさい。

タイガースファンは怒りの声を挙げるがいい。というまでもなく挙げてるだろうが。「村上某よきれいごと言うな。ワテら大阪の人間には見え透いてるで」とね。変に電鉄株を守ろうとなけなしの金で買い向かったりしたら某の思うつぼであるし、某に打撃を与えんと持ち株を売り浴びせても逆に某のえじきになる。

スタートレックで商売だけを至上とするフェレンギ人という存在がいる。彼らは「金儲けの秘訣」という信条を幼少の頃から叩き込まれるがその16条に「取引は、取引だ。よりよいカモが現れるまでは」というのがある。村上某が待っているカモは誰だ。多分、彼だ。売り切りに売って手仕舞い。後は野となれ山となれ。ハゲタカが舞って人情は紙風船。恐らくはそれにさえ喝采する惰民。やな世の中だ。

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2005年10月 4日 (火)

「TOKYO」を「YOMIURI」にした罰

読者諸賢。巨人戦を観てますか?
私は巨人ファンである。正確にいうとそうだったはずなのだが最近ではすっかり観なくなった。どうでもいいのである。そういう人は多いようでビデオリサーチ社の調べによると2005年のプロ野球巨人戦ナイトゲーム中継の平均視聴率はやっと10%(10.2%)。同社が1989年に月別の視聴率の計測を始めて以来の最低となった。ゴールデンタイム(午後7時から10時まで)でこれではキラーコンテンツどころか救急車が走る「お荷物」である。

昨日(10月2日)の深夜に日本テレビが巨人戦を深夜枠で流していた。ついに御本家でも救急車が走ったのである。さっそく観てみたがウーン違和感がない。その後にプロレスリング・ノアが続いても違和感がない。

毎日新聞にいた頃に「巨人ファン」と告白するとずいぶんと白い目で見られた。何が悲しくて読売の肩を持つんだと。だって毎日の肩を持ちたくても毎日オリオンズは消滅して久しいし(本社にはオリオンという喫茶があったそうだが)何よりもファンの心理として「巨人」イコール「読売新聞」ではなかった。「巨人」は田舎育ちの私にとって憧れの「東京」を象徴する存在だったのだ。

巨人軍の歴史を振り返ってみる。現在につながる本格的なプロ球団は1934年創設の「日本東京野球倶楽部」。翌年に同チームはアメリカに遠征して主にマイナーリーグのチームと多数の試合をこなしたが「日本東京野球倶楽部」のチーム名では堅苦しすぎるために当時ニューヨークに本拠を置いていた人気球団ジャイアンツをまねて「東京ジャイアンツ」の名で試合を行った。この「ジャイアンツ」を日本語訳して「東京巨人軍」、略して「巨人」が誕生したのである。
つまり「東京」の名は単に日本の首都を意味するのではなくアメリカのニューヨーク同様に「国を代表する都市名」として使用されていたし、それがまぶしくもあった。ホームのユニホームには大リーグの人気球団名と同じ「GIANTS」、ビジターでは「TOKYO」。どっちも格好よかった。
正式名称はその後も変わりはした。

1947・・・・大日本東京野球倶楽部を読売興業と改め、東京巨人軍は「東京読売巨人軍」と改称
1992・・・・読売興業を「株式会社よみうリ」と改称

それでも警視庁を東京都警察本部と呼ばないように巨人を読売とは呼称しない。その点が「阪神」とも「ヤクルト」とも違った。別格の趣があった。
ところが2002年「株式会社よみうり」の一部門である東京読売巨人軍が「株式会社読売巨人軍」として独立したのに際してビジター用ユニホームの胸章を「TOKYO」から「YOMIURI」に変更してしまった。私はこれこそが人気凋落の致命傷であったと信じて疑わない。

巨人ファンは全国にいる。一つは東京圏の人達で、彼らは「東京人」という尊大さをやや含む誇りを球団名に託していたはずだ。他方で負けず劣らずに地方に熱狂的なファンがいた。それは私のような多分に東京へのあこがれがそうさせた。セントラルの他の5球団の本拠地球場以外は年に1回来るか来ないかのビジターとして地方に来る時は胸章に輝く「TOKYO」の文字。素敵だったなあ。

それをいきなり「YOMIURI」に変えてしまったのだ。

読売新聞は全国紙だが地方にはその地域だけ暴風雨のように購買層を持つ地方新聞やブロック新聞が強い勢いを持つ。そんな人達に「YOMIURI」の呼称を見せつけるのは「あこがれの東京」の象徴だった巨人が実は読売新聞という私企業の宣伝に過ぎないのだとゴツンとわからせるような行為で皆がしらけて当然である。「新聞だったら要らないよ」というわけだ。何しろ地方では巨人の子会社が読売新聞だと思っている人も結構いるのだから。

実は「『YOMIURI』に変えたら視聴率約10%」とはとても論理的な数字だと感じ入ってもいる。
簡単な試算をしてみる。読売新聞は自称1000万部の発行部数を誇る。日本の人口1億2000万人で単純に割ると約8~9%となるからだ。もちろん読売新聞の読者皆が巨人ファンではないだろうが少なくとも「TOKYO」が「YOMIURI」になっても違和感を抱かない層と推定することは可能である。「視聴率10%」とみごとに符合するではないか。

こうした変化は当の巨人の選手に何らかの影響を与えていないのか。有名な記事が2002年11月7日付のスポーツ新聞『報知新聞』に載っている。前述のようにこの年の初めから「YOMIURI」に変えた。タイトルは「巨人・松井秀喜[移籍決断の裏側]《6》先輩たちの熱い思い…伝統を大切に」で同紙松井勲記者の署名記事である。抜粋して紹介しよう。

 公の場で批判めいた言葉を発しない松井が、珍しく漏らしたことがある。「あれはちょっとな…」今シーズン開幕前(中略)ビジター用ユニホームの胸のロゴも「TOKYO」から「YOMIURI」に変更された。
 (中略)松井は「なぜ(経営者は)伝統を大切にしないのだろう。巨人のユニホームを着たことに誇りを持っている先輩たちは、果たしてあれで喜んでいるのだろうか」と話した。親会社の社名をロゴにすることは禁じられているわけではなく、採用しているチームは多い。しかし、球界の盟主・巨人には「やって欲しくなかった」というのが、松井の本音だったようだ。
 (中略)ユニホームのロゴを変えたことは、松井のメジャー決断と直接かかわった訳ではない。だが、松井の心に何かを沈殿させたように思えた。

この年を限りに松井はニューヨークヤンキースに移籍した。「伝統」「誇り」を人一倍重んじた主軸が去る動機になっていたとしたら現在の選手の士気がいかほどか想像がつく。

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2005年9月28日 (水)

サッカー報道の紋切り口調

いうまでもなく「サッカーは11人でやる」スポーツである。一応のポジションが決められているが、いったん試合が始まれば、ゴールキーパー(GK)を除いて、すべての選手が敵ゴールを目指し、同時に味方のゴールを守る。
改めて何故こんな当たり前のことをいうかというと、サッカー報道ではしばしば、「点取り屋」「司令塔」「守備の壁」「守護神」などというポジションに合わせた専業の仕事があるかのように伝えられるからだ。

まず「点取り屋」は主にフォワード(FW)に冠せられ、十年一日のようにその能力が不十分な日本のFWをしばしば「決定力不足」などと嘆いている。たしかに一人で局面を打開してしまうようなスーパーFWはまれにいるが、むしろいない方が世界レベルでも珍しくない。
そうしたチームではFWが点をとりやすいような展開を11人全員でいかに作るのかが中心テーマであって、その責任をFWの個人的な能力の問題にするのは「サッカーは11人でやる」という原則を忘れた伝え方である。シュートを放つまでの11人全員の動きが決定力を生み出すのであり、今の日本代表が「決定力不足」だとすれば、そこに問題がある。

「司令塔」とは一般にオフェンシブなミッドフィールダー(MF)の中心にいて、後続からの配球を受けて前線に効果的な球出しをする役割を担う選手を指し、日本代表では専ら中田英寿選手に冠せられてきた。しかし、少なくとも1990年代に入ってからのトップレベルのサッカーシーンでは、一人の「司令塔」がゲームの全般を組み立てるという図式は過去のものになりつつある。

「守備の壁」はディフェンス(DF)の中心で、敵の来襲を食い止める役割を担う選手を意味し、「アジアの壁」「世界の壁」などと俗称されている。「守護神」はほぼGKを意味する。トルシエ前日本代表監督の時のDFの「フラット3」に関する弱点指摘の際に「フラット3」が破られるとピンチに陥るという下らない解説が流布した。今のジーコ監督になっても4バックだ3バックだと騒ぎ立てる。

DFが守備に大きな責任を持つのはいうまでもない。しかしサッカーは「DFだけが守備を担当する」のではなく危うい局面を事前に11人全員が察知し、必要とあれば極端にいえば「10バック+GK」で守るスポーツである。それが臨機応変にできないことを課題とすべきだ。

つまり、日本のサッカー報道は、

攻撃では「司令塔」がゲームを作って「キラーパス」とやらを「点取り屋」に配球してゴールする

守備では「壁」が芸術的にクリアし、それでもダメなときは「守護神」が「ファインセーブ」する

といった、まるで将棋の駒のように役割が分担されていて、それぞれの役割をみごとに果たすスポーツという切り口が常套で、観戦者もその論理でみている場合が多いが、「サッカーは11人でやる」大原則に照らせばそんなサッカーは現実には存在しないのだからナンセンス。

おそらくこうした報道の仕方はプロ野球報道をアナロジーにして発生したのであろう。だが野球とサッカーはプレースタイルが全然違う。Jリーグ発足当時、多くの視聴者が「サッカーは攻守の切替が早い」と、主にそれまで国民的スポーツだったプロ野球と比較して感想をもらしていた。この辺の感覚がいまだに抜けきっていないようだ。サッカーは「攻守の切替が早い」というよりは「攻守の区別がない」スポーツで、それを野球的に分析してみても意味のない行為となる。そこが何年たっても変わらない。私は密かに「キャプテン翼症候群」と呼んでいる。

相も変わらぬ「ジーコジャパン」なる呼称もプロ野球のアナロジーであろう。やれ「オレ竜」だの「長嶋ジャパン」だの。サッカーと野球では試合中に「采配」が介入できる度合いが違う。そもそも裁量が大きいとされる野球でさえ監督がプレーしている訳ではない。大リーグで「トーレヤンキース」などと呼ばわることはない。「長嶋ジャパン」に至っては本大会に本人は病気療養中で不在。にも関わらず「長嶋ジャパン」だというからオカルトだ。日本風オカルトが外国人に通用するはずもなく結果は無惨な3位であった。野球でさえ変な呼称なのにサッカーに当てはめるのは不当とさえいえる。

スポーツ取材に関して私はかつてベテランのスポーツ記者から「ボールを追うな」と教えられた。現在どこにボールがあるかを追っかけるのではなく、最初はある1人の選手をずっと見つめ続けながら、ついでにボールのありかを確認するという手法である。そうすると、選手が試合の各局面でいかに11人の1人として機能しているか、ないしは機能していないかがわかる。それを繰り返すうちに全体の把握ができるようになる、と。もっともテレビ観戦では、カメラ自体がボールを追ってしまうので大変不満である。

大リーグや欧州サッカーの中継を観ていて本当にうまいなと感じ入ることがある。そこにボールが来て決定的な瞬間になることを予測していたような絵を何種類もの角度から収めてあるのだ。「ボールを追うな」を叩き込まれた手練れによる特ダネ映像であろう。振り返って日本ではボールを追っているはずなのに決定的な場面を撮り落としている場合さえある。

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2005年7月28日 (木)

高校野球なんて止めてしまえ

また高校野球が始まっている。夏の大会(選手権大会)は今年で87回目。化け物のように息の長いイベントである。昨日はNHKが総合と教育の2波を使って千葉と群馬の決勝を放送していた。
私は東京に住んでいる。千葉と群馬の優勝校などどうでもいい。しかし周知のように甲子園の本大会となると地域を限らず延々と試合が「みなさまのNHK」でたれ流される。山梨と熊本の代表校同士の試合は北海道でも見られるというか見させられるのである。
大げんかを演じてみせているNHKと朝日新聞だが高校野球に関してはズブズブの癒着関係といっていい。3000万世帯のすべてを全中(全国中継)で流す高校野球の夏の主催は朝日新聞だ。以下に私の思いを述べる

1)低レベルコンテンツでカネを取るな
NHKに受信料を払っている人がこんなバカらしいコンテンツをたれ流されて平気でいるのが不思議でならない。全国レベルでさえ高校野球のレベルはプロよりもずっと低い。そのプロ野球でさえスポーツ観戦の多様化で低視聴率が続いている。
レベルが低いからエラーも続出するしスクイズのような邪道も横行する。1塁にヘッドスライディングするのは駆け抜けるよりも明らかに遅くなるのに平然とやる。エラー表示がつかないだけの凡プレーは多いどころか満ち満ちている。そのこと自体は仕方がない。だってそれしかできないんだから。

問題はそれを美談に仕立て上げることである。大エラーを「固くなったんでしょうね」とかばい凡プレーを「惜しい!」と称賛さえする。NHK視聴者が暴動を起こさないのはこうした手練手管に丸め込まれているからであろう。ひきょう者だ。

2)教育の一環が笑わせる
高校野球は教育の一環だという。ならば「1票の格差」ならぬ「1校の格差」も取り上げてしかるべきだ。特に夏の大会である。20校に満たない参加校しかない県代表と神奈川県や大阪府の代表が同じ「1校」なのは世の中には不公平があるという教育を施しているに等しい。「世の中には不公平がある」自体は正しいのでそれをまともに教えているのかといえばそうではないから偽善のにおいがプンプンする。
強豪校ともなれば勉強そっちのけで野球漬けである。だいたい春の大会(選抜大会)と夏の大会は本大会こそ春夏の休みに収まっているが予選は時にはみ出している。学校を休んでまでして参加していい課外活動があっていいわけがない。

3)アマチュアリズムなどお笑いぐさ
もはやアマチュアリズムという言葉自体が時代遅れとなっているのに日本高等学校野球連盟(高野連)はかたくなにその姿勢を崩さない。プロ野球経験者の指導者採用はいくぶん緩和されたがまだまだハードルが高い。結果としてプロにも行けなかった人達が指導に当たる。確かに選手としてはパッとしなくても指導者としては優秀ということはあろう。だが高野連には日本サッカー協会のコーチライセンスのようなものがないので能力は測りがたい。
しかも高校野球にプロはいないのかというといるのである。教員でも何でもないのに監督を務めている「プロ」が。彼らに何らかの学校の役職などを与えて対価を払えば文字通りのプロである。

プロとアマの断絶の理由を1961年の柳川事件に求めるのはやさしい。だが協定を破ってプロ野球中日球団が契約した柳川福三内野手は日本生命所属。つまり社会人野球のことである。
高校野球に打ち込む球児(この言葉も気持ち悪いね)のうちプロが本気で食指を伸ばすのは年間ほんの数十人いればいい方だ。このピラミッドのトップの一つまみのために大多数の球児がプロレベルの指導を受けられないのはどうしたっておかしい。
4)それで新聞は売れるのか
実はこれが謎。地方紙はまだまだ予選から本大会までの経緯は紙読率の高いコンテンツであるらしい(それだけ地方紙がつまらんという証左でもあるが)。だが春の大会を主催している毎日新聞は、そのお陰で紙勢が伸びているかというと大いに疑問である。主催を降りてしまって読売のように「主催は朝日、紙面は毎日」の方向にいっても部数は変わらないんじゃないかな。選抜は選手権の前哨戦の趣があるし選抜される材料である秋の予選大会は誰も見向きもしてないんだから。

余談になるが地方支局の一大イベントが高校野球の地区予選である。毎日は朝日、読売と並んで国内ニュースを共同と時事から買わないから試合すべてを記者がカバーしなければならない。で、それが無意味かというと私の場合は実に有意義だった。何しろ毎日は朝読に比べて人もいないし共同・時事からの配信も受けられないにも関わらず同じ量の紙面を埋めねばならないからスコアブック付けながら写真を撮りながら応援席に行って雑感を取りながら時に特集記事を書きながら必ずテーブルとイニングと戦評は書く。人間技とは思えない活躍を予選の最初の頃など1球場で4試合もこなしたりする。高野連は夏の時の朝日には低姿勢だが春の毎日は構ってくれない。また高野連に助けを求めるのも毎日側が潔しとしない。
人は不思議なものでやれといわれるとできるようになる。この際に身につけた基本動作は新聞社を辞めてから猛烈に役立った。

ただしこれは記者個人のスキルが上がるといっただけで紙価を高らしめているかどうかとは全然別である。

5)改革は不可能だ
まず高野連トップの歴々を一掃しなければならないが爺さまは容易に辞めない。経歴も問題ありである。たいていは昔は強かったかもしれないが今は泡沫の弱小野球部しか持たない地元の古参有名校(公立が多い)の関係者が占めている。爺さまの40年以上前の感覚で運営されている。では強豪私立の関係者に高野連を運営させればいいかというと多分メチャクチャになってしまうから救いはない。

ついでにいうと応援スタイルも古めかしすぎる。やっている本人は懸命なのであろうが何十試合も取材していると大半がマニュアル通りである。流行を取り入れるタイミングまで横一線である。かといって斬新とされる応援風景はしばしば北朝鮮のマスゲームを連想させるような代物だ。

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2005年7月18日 (月)

オリンピックから外れたラグビー

7月18日付『朝日新聞』によると「過去に実施された主な競技」のなかにラグビーが入っていた。そこで優勝国を調べてみると

1900年 フランス

1908年 オーストラリア

1920年 アメリカ

1924年 アメリカ

となっている。現在ラグビーが五輪競技でない理由は①体力の消耗度が激しい②すでにW杯がある、などが挙げられているが過去の歴史をみると案外とそうではないようだ。

広く知られているようにラグビーはサッカーW杯と同様にイギリスがイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドに分裂して独自のチームで戦う。だが五輪は国別対抗である。地域での主張も認められているが独立性の強い自治領などに限られる。どうやら20世紀初頭の五輪は「イングランド」としても参加できたようだが、この辺のもつれが母国イギリスのやる気を削いだのではないかと推測する。詳しい人がいたら教えて下さい。

そして最後のアメリカの連覇も気になる。当時のアメリカはサッカーから分化したラグビーがアメリカンフットボールに変化していく、または変化を遂げた時期であり、激突にともなうケガを防ぐためにラグビーではスローフォワードとして禁止される前パスを取り入れるなどの最中であった。要するにフットボールを目指す人材が今のように完全にアメフトに集中するというわけではなくラグビールールでも十分にやっていける人材がラグビー界はもとより新進のアメフト界にも多くいたはずだ。となると今日でいえばアメフトのスーパースターがラグビーに参加しているのと似たような状態となる。「もしアメフト選手がラグビーをやったら強いだろうな」とはよく聞かれるジョークだが、ある意味で1920年と24年はそうだったわけだ。

すると母国イギリスの4地域に加えてフランス、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドあたりは収まりがつくまい。そうした葛藤を経たと考えないとラグビーの五輪消滅は想像しにくい。もし24年以降も五輪にラグビーがあったら前記のようなアメフトのスターが参加するような光景が目撃できたのだろうか。見てみたかった。

アメリカが大リーガーを出さないのが五輪の野球消滅の大きな理由といわれる。だがかつてアメフトに属する選手まで五輪ラグビーに参加していて、それに嫌気した他の強豪国のクレームでラグビーが五輪から消えたとしたら大いなる皮肉といえよう

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2005年7月12日 (火)

ママでも金

柔道の谷亮子選手が妊娠のために世界選手権出場を辞退した

何で辞退するのだろうか。そのまま出ていれば相手選手も怖くて技がかけられないはず。山下vsラシュワン戦の故事にも明らかだ。そうなれば「妊婦でも金」だったのに

それにしてもこの人は永遠に言い続そうだ。「初孫でも金」「金婚式でも金」・・・・それを全部かなえたりして

広く知られるように五輪最年長の金メダリストは第5回ストックホルム大会のオスカー・スパーン。スウェーデン人で射撃の選手だったが64歳での栄冠だった

谷は1975年9月生まれ。2006年2月ごろ生まれた子どもが27歳で孫を生んだとしたら58歳。2003年12月が入籍だったから金婚式は2053年となって78歳。「金婚式でも金」を達成すればスパーンの記録も塗り替える

何か応援しているような文章になってしまったが逆だって!

ところで浦沢直樹は谷がYAWARAちゃんもどきになりきっているのを許しているんですかね

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