とりあえず食べておけ/第5回 満腹からさらに注文できる串揚げ
世の中には腹いっぱいまで食べないと落ち着かない料理がある。その筆頭は焼肉。もう食べられない、もう肉の顔(?)なんて見たくもないという域まで詰め込まないと、焼肉を味わった気にならない。
なぜなのかと尋ねられると困る。ただ焼肉に対する期待は、その満腹感も含んでいると感じてしまうのだ。腹八分目、お上品に食べるなら、鉄板焼きでも食べに行けばいい。最後のガーリックライスに使う余力を残して肉を食べる姿勢は、鉄板焼きを食す者として正しいと思う。しかし、焼肉なら炭水化物ではなく、タンパク質と脂質で胃を埋め尽くしたい。
じつは、この手の料理は焼肉のほぼ独壇場だった。一部のどんぶりものに同様の欲求がわくものの、焼肉ほど強い満腹への願望は感じたことがなかった。しかし、そこに彗星の如く登場したのが串揚げだ。なんと四十を超えて!
東京で串揚げを食べることは、ほとんどない。本場は関西だろう。「ソースの二度づけ禁止」が有名な大阪はもちろん、神戸には予約を取るのでさえ大変な名門店あーぼんもある。どれだけ垢ぬけても庶民性を残す串揚げは、東京に馴染まないかもと勝手に考えていた。美味しい店もないのかもと。
しかし間違いでした。
もう2ヵ月ぐらい前になるだろうか。「銀座旬s」に赴いた。前菜の野菜スティックを食べているときは、何の感慨もわかず話に夢中だったが、ひとたび串揚げが始まってから止まらなくなってしまった。周りはカップルだらけ、華やいだ雰囲気の中、あまりの美味しさに他のグループの倍のスピードで串揚げを食べつくす。
カウンター内の板さんも、3串目あたりから私たちのペースに把握し、ハイスピードで串揚げを供給し始めた。もう、こっちも夢中である。アスパラガスやゆばを一心不乱にほうばり、速やかに登場するアツアツの別串を口に入れる。幸せすぎる。
メニューそのものはお任せ。お腹がいっぱいになったら板さんに声をかけるシステムだったが、私たちが声をかけたときには通常の1.5倍から2倍を食べ終えていた。しかし、それでもメニューを制覇できていない。しかも、もう1回食べたい串もある。結局、まだ食べていない串から2本、もう食べた串から1本を選択し締めとした。
満腹状態からの追加注文に踏み切らせた「銀座旬s」の串揚げ、恐るべしである。なんせ満腹状態で胃が油に勝っていなければ、絶対に追加など食べることができないからだ。「別腹」という言葉がある通り、お腹いっぱいと感じてもデザートなどを見れと胃は拡張する。しかし油に負けると、胃に余白があろうとも食べることができない。
膨れたお腹で味わう串揚げは、なんとも幸福な気分になる。油で閉じ込めた素材の味が、ゆったりと胃を満たしていく。一口サイズであることに加えて、串揚げの持つ庶民性が、満腹への願望を後押ししているのだろう。
精神的に追い詰められると、食べすぎてしまうことがあるらしいが、確かに腹いっぱいの幸福は心のどこかも埋めていく。
膨れ上がったお腹をさすりながら板さんと話してみると、神戸の有名な串揚げ店で修業された方だった。気取りすぎない、素直な味も、その店ゆずりなのだろう。
少し落ち込んだときにでも、また行きたいと思っている。(大畑)
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