東日本大震災

2011年4月25日 (月)

サイトウの酒田発・大震災日記 4月25日

 先の見通しが全く見えない緊急避難。
 何の確証もない東電発表の工程表。
 自分の家なのに立ち入り禁止で罰金。などなど。住民の怒りと不安は収まることはない。
 原発は国策だが、国策に限らず国家は弱い者の意見をないがしろにする。反対意見には耳を貸さなくなる。国家がいうことは全て正しい。核をコントロールするという人間の自負。絶対に大丈夫だと見切り発車する。
 ここに資料はないが、東電は国の審議会で「1000年前に起きた大地震が再来する」という専門家のさんざんの指摘に対し真剣に取り上げなかったとの記事を3月終わり頃の毎日新聞で読んだ。だから、東電が繰り返す「想定外」は言い訳に過ぎないという説得力のあるものだった。
 国鉄の分割民営化の時も然りだ。国を二分した大議論にも関わらず国策により断行された。分民は利益追求に走り安全が脅かされると組合はさんざん指摘したが、国は聞く耳を持たなかった。その結果が今日で6年目のJR福知山線の大惨事だ。
 国は「一人も路頭に迷わせない」「組合差別はあってはならない」と約束したが、全て嘘だった。20数年間にわたり私たち関係者を苦しめ、人生を台無しにした。愚直さが仇になること自体おかしいが、うまく立ち回った強いものたちはもう忘れただろう。ひどすぎる仕打ちを受け続けた弱者は死んでも忘れない。
 最悪のレベルになったことについても、チェルノブイリのように死者は出していないなどといっていた。多くの家畜を餓死させ、広範な土壌や海を汚染して、自然をこれほどぶち壊しておきながら殺していないといえるのか。
 また一国の総理菅直人がぼろくそにいわれているが、これまで原発を推し進めてきた自民党政権の悪人たちこそまず先に引っ込んでほしい。
 被災地の人たちは支援に対してはただただありがとうと感謝の気持ちだけを述べている。復興に立ち向かっている人たちもまた、負けてはいられないと笑顔を見せながら奮起している。
 が、しかし。本当は悔しくて辛くて、皆々悲しくてどうしようもないのだろう。
 「日本は強い国」「日本の力を信じてる」とテレビでいつもやってはいるが、信じてないよ。信じていない国民はおれだけではないはずだ。きっと多いと思う。
 酒田の桜はやっと満開になりました。(斎藤典雄)

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2011年4月18日 (月)

サイトウの酒田発・大震災日記 4月16日

 毎日毎日被災地のことばかり思って来た。こんなに打ちのめされたことはこれまでになかった。それは誰もが同じだろう。
 問題は山積みだが、最優先に考えるのは未来の子どもたちと動くことの出来ないお年寄りのことだ。今現在の一番の頼りは何といっても元気な若い人たちだと思う。
 復興にこの先何年何十年かかるのかは分からない。もし私が同じ目に遭ったらもういいだろうと思うだろう。何も出来ずに何もせず再起不能に陥っているとしか考えられない。それでも今はきっと立ち直れると信じて励まし続けるしかない。これからも応援していくしかない。
 昨日は補償金の仮払いがニュースになっていた。原発で受けた精神的な苦痛などはお金では補えないが結局は金による解決しかない。全体の補償金となると法的な想定を超えた莫大な額になるのだろう。
 原発の収束は日を追って難かしくなっているといわれているが、今後私たちは不測の事態が起きかねないということを念頭に入れておくべきだろう。
 人は自然がなければ生きていけない。自然から恵みを受けるものは数知れない。その自然をぶち壊す原発などもういらない。
 私はニュースやらはパソコンで十分だと新聞は何年か前に止めた。読みたい時は図書館に行く。また、実は外飲みも止めた。こうして様々な節約をして、東京にいた時とは考えられないような生活をしている。それでも心は十分に満たされている。好きなことをする方法はいくらでもある。
 先日図書館で何気なく借りてきた忌野清志郎著「ロックで独立する方法」。今ここにある。表紙の顔がまたいいんだよ。なんとも憎めないロック野郎の顔をしている。そうだよな。短い人生、好きなように生きていくのが一番いい。本の中には「死んだと思って好きなようにやればいい」「何もないからこそやる気さえあればとんでもないエネルギーが生まれてくるかもしれない」みたいなことが書かれてあった。
 被災者は何もかも失ってしまったが、この苦しみや悲しみをいつまでも引きずっているわけにはいかない。奮い立って一歩踏み出すことだ。少しずつでいい。手と手をとり合って新しい明日を生きて行こう。
 さぁ、皆んなで!!(斎藤典雄)

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2011年4月15日 (金)

神谷巻尾の震災日記【4】

 「がんばれ東北、がんばろう日本」と、国民みんなが復興支援に目を向け始めたと思ったら、強い余震が頻発、福島原発事故レベル7、と事態が一向に収まらない。原発被害は本当に大丈夫なのか、日本経済が崩壊してしまうのでは、といった恐怖が被災地以外にもじわじわと広がってきたように感じる。今までの生活を脅かされつつあることへの不安が、東京でも様々な形で現れてきた。
 東京都知事選投票日の4月10日、高円寺では1万人を超える反原発デモが行われた。参加者の大半が20~30代の若者。当初は原発事故復旧に立ち向かう自衛隊や東電職員、不眠不休の枝野官房長官への礼賛が多く、原発自体を否定する意見は少数だったと思うが、ここに来て一挙にアンチの声が高まった。もしかしてその一因では、と思うのが、俳優のいしだ壱成が地震直前の3月4日に書いたブログ。話題になっていたので読んでみて驚いたが、彼は熱心な脱原子力論者で、子どもの頃母親と原発実験中止を訴える運動に四国まで行った体験をはじめ、日本の原子力発電の現状を長文で綴っていた。おそらくこの記事に共感したのは、彼と同世代の20~30代だろう。お金もなく義援金や積極的な支援はできない、だけど何かしなければと悶々としていた世代が、このような情報に触れて一気に「反原発」「デモ」に向かったのではないか。
 しかしながら、都知事選ではあっさり現職石原氏が4選を果たした。石原氏は主要候補者の中では唯一原発推進を明言していたが、そこは争点にはならなかったらしい。朝日新聞の出口調査によると、70歳以上の59%、「防災・危機管理」を重視した人の55%、「石原都政3期12年を評価する」人の56%が石原氏へ投票した。「震災も原発もかんべんしてくれ」「これまでと変わらず豊かに」「安全を守れ」というのが、高齢者の怒りの現れなのかもしれない。
 あまりに状況が日々変化するため、1週間前に書こうと思ったことも、昨日用意した資料も、すでに古くなっているこの頃。せめてその変化から退避せずにいたい。1点だけ、書こうと思っていたことについて。4月1日、新聞で雑誌『STORY』の全面広告を見た。定価を1割値上げして、その分を寄付として被災地支援に役立てるという。同誌はかの『JJ』の姉、というか4代上の姉雑誌で、現40代女性向けの女性誌。20代の頃バブル全盛期、ずっと消費意欲旺盛なまま年だけとってきた世代が対象だ。上昇志向で新しいことが大好物のこの層とチャリティというのが実にマッチしている。そして、数日後の皇太子夫妻が東京の避難所を訪問、という報道。適応障害の雅子妃の、約半年ぶりの公務復帰が避難所への訪問というのが印象深い。そこに意義を見いだし、行動されたということなのではないか。そして彼女も40代。変化を前向きに受け止められるのはこの世代の特権、ということで、そろそろ本筋の『OL財布事情の近年史』に戻りましょう。時代はそのバブル世代の、ちょうどバブル全盛期の頃。恐いもの見たさで、乞うご期待。(神谷巻尾)

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2011年4月12日 (火)

サイトウの酒田発・大震災日記 4月12日

 今朝のニュースを見て驚いた。一瞬固まってしまった。動けなくなったのだ。
 原子力安全保安院は原発の事故評価をチェルノブイリと同じ最悪の「レベル7」に引き上げたと発表した。
 ほとんどの人はチェルノブイリがどんなものなのか知らないのだろう。ただチェルノブイリのようになると大変だという認識ぐらいで、どのような状態なのか、どうすればいいのかはわからないで騒いでいるだけのように思える。実際、そういう私もそうなのだが……。
 しかし、地震や火事なら実感できる。だから行動に移せる。だが、放射能は目に見えない災害だ。だから恐い。不安と恐怖だけでどう行動したらいいのか分からなくなる。でも今はまず冷静に。
 昨日はまた、国は「計画的避難区域」の指示を出した。これまでの単なる距離による同心円状の地域ではなく、20キロ圏外の具体的な市町村名を挙げていた。
 国によれば、放射線の年間積算量が高水準になる恐れのある地域は、国と自治体が調整を済ませた上でこの先一ヶ月をめどに避難するというものだった。
 今現在、屋内待避自主避難となっている20~30キロ圏内は、今後放射線放出の悪化が否定できないとして長期にいる人たちの健康上のリスクを考えた上での処置だという。
 遅いんだよな、今頃。子どもの学校だってあるだろう。年度内に出来なかったのか。田畑や家畜はどうする。一ヶ月で出来るのか。
 予想外の拡散だとしても、同心円状の対応もバカげていた。地形や風向きで均等にならないのはちょっと考えれば私にも分かる。
 住民はただただ翻弄されっぱなしだ。復興どころの話ではない。住民にはどんな危険があるのか最悪の事態を想定して示すべきだと前から何度もいってきたことだ。
 この国は何でもそうだと思う。事故が起こらない対策はするが起きた後の対策はあまりにも疎そかだ。お粗末すぎるのだ。何もかも後手後手に見える対応には、怒りを通り越してやるせなくなるばかりだ。
 長く険しい道のりになるだろう。地元の人たちには何をどういえばいいのか分からない。これまで数え切れないほどいった「頑張って」という言葉で励ますしか、今の私には出来ません。(斎藤典雄)

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東京都内地震レポート(後編)

 震災から1ヶ月。前回も書いたように、震災当日の都心は帰宅難民であふれた。2時間程度で帰宅できた人から、5時間かけて帰宅する人や、途中であきらめてマンガ喫茶で夜を明かす人などがいた。
 いつもであれば、深夜12時を過ぎるとどこの企業でも看板やイルミネーションの明かりが消え暗くなる。その日は、帰宅者のために明かりがずっとともっていて明るかった。東京タワーも展望室から上の部分がついていて、目印になったのではないだろうか。都内で(特に23区のオフィス街)働くすべての人が区内に住んでいるわけではなく、東京の市内、神奈川、千葉、埼玉から出勤している人が多い。終日電車がストップしてしまうと、帰宅の足がなくなり徒歩での帰宅を余儀なくされてしまう。サラリーマンの制服といえばスーツに革靴だが、その格好で長時間歩くと足に負担がかかる。我が家でも夫が翌日あたりから足が痛いと言っていて、1週間後にとうとう歩けなくなるほど痛いと訴えたので病院へ行ったところ、「コンクリート炎症」という病名を医師から伝えられた。どうやらその病院では、地震翌日から足の痛みを訴えて訪れる人が多く、中には腫れあがっている人もいたという。革靴の場合クッションがないので、コンクリートからの衝撃を直に与えてしまうことが原因なのだろう。地震関連の書籍に、「オフィスのロッカーにスニーカーを置いておく」という記述があったが、備えあれば憂いなしということで、安いスニーカーを買って置いておくのもいいかもしれない。

 さて、この一ヶ月の街の状況だが、最近は人も増えて活気が戻ってきたように感じる。
 3月12日から1週間は店の半分がしまっていた。私の住んでいるところは、平日休日関係なく日本人、外国人を含めていろいろなところから観光客が来ているところなのだが、本当に人が少なかった。元旦以来の人出。
 食品関係は、保存がきくというわけでもないのに食パン完売が続出。スーパーの安い菓子パン系も置いていない。ネットで空っぽの棚の写真がたくさんアップロードされていたが、本当にそのままだった。キムチは売れ残っていた。店舗によっては、桃屋の例のラー油もたくさん置いてあったそうだ。プレーンヨーグルトもぎりぎり購入できたが、それ以降はいっさいみなくなった。野菜類は問題なかったが、保存のきく食品はことごとく売り切れていた。
 放射能漏れも関係あったかは定かではないが、外資系の店舗は軒並み休み。デパートは6時で閉店。夜は真っ暗。どれだけ繁華街では電力が使われていたかがわかる。このあたりは輪番停電には入っていなかったが、どこも自発的にネオンの消灯、店内の照明を暗くする、閉店時間を早めるなどの対策を行っていた。うちでも無駄な電気は消すなどの節電をした。今も継続している。

 2週目も変わらず店は休みか6時閉店。デパートの閉店間際セールは、普段よりも人が少ないため選べる種類が多かった。スーパーの品ぞろえもあまりよくないけど、前の週よりはましになっていた。納豆、牛乳、卵、ヨーグルト、ミネラルウォーターはなかった。
 平日はもちろんのこと、週末の歩行者天国が中止になっていたため人が少なかった。

 3週目、4週目になると人出は普段通り。デパートの閉店は3週目は平日は7時、週末は6時まで。外資系メーカーも含めていつも通りにオープン。先週はもう通常営業に戻っていた。歩行者天国も再開され、4丁目~7丁目の人出はいつもとかわらず多かった。テレビ局のクルーも多数いた。
 夜に歩くことも多いので、個人的には、街灯をもう少しつけて欲しいと思う。暗いとスーツのダークカラーが同化して気をつけて歩かないとぶつかってしまうし、子供が歩いてると危ないのではないかな。7時くらいまで明るい時期になるにはもう少しかかるから、そのときまで街灯がついていると安心できる。

 震災から1ヶ月の4月11日。福島県が震源地の地震が数回起こり、こちらも大きく揺れた。今後も余震が半年から1年は続くようなので、本震の教訓を活かして備えていきたい。(奥津)

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2011年4月11日 (月)

サイトウの酒田発・大震災日記 4月11日

 昨日、菅首相が3度目の被災地を視察したとのニュースを見た(2度目じゃなかったか!?)。
 被災者は「いうだけ無駄だ。何かいっても別に変わる訳じゃない」「今頃来ても遅い」と前回同様冷やかで、政府への批判は相変わらずだった。
 また、首相は「復興は単に前に戻すのではなく、新たな創造、未来へ向かってのスタートだ」と述べたのに対し、「理念は素晴しいが、今をどう生き延びていくかで、まず目先のことを何とかしてほしい」と市民は訴えていた。
 いずれも全くその通りだと思う。今はまず目先のことだろう。スタートどころかゼロにも達していない。スタート地点はまだずっと遙か先だったんだね。私ももう掛ける言葉がない。
 それにしても、菅首相のやることなすことが批判される。全てが裏目に出る。
 振り返れば、普天間基地移設問題から始まり、この時は日米関係に発展。次に尖閣諸島海保船追突の日中関係。更にメドべージェフ国後島訪問の日ロ関係へと。そして今の原発では全世界の大問題となっている。
 '09年9月に政権交代をして、まだ1年半。よちよち歩きの赤ん坊にはあまりにも荷が重すぎたようだ。支持するわけではないが、気の毒に思う。同情してしまう。挫けないで頑張ってほしいよ。
 民主党は昨日の統一地方選挙でも大敗した。大方の予想通りだった。
 東京では石原前都知事の圧勝に終わった。曰く、「贅沢を捨てなきゃダメだ」「生活様式を改めないといけない」「パチンコや自販機はいらない」など、なんとも日本のおじいちゃん的発想だと私には思えるが、いつも大威張りで存在感がある。これまでの数多い失言すらどこ吹く風だ。
 まるで「貫禄」が違うものね。菅首相には「かんろく」でなしといわれないように日本をリードしてほしい。(斎藤典雄)

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2011年4月 9日 (土)

東京都内地震レポート(前編)

 3月11日の東日本大震災から1ヵ月が経とうとしているが、一昨日、M7.4、震度6強の地震が宮城県であった。今回の地震は夜11時半と遅い時間に起こった。
 ちょうどそのとき風呂からあがろうとしていたのだが、ゴトゴトと揺れる音に食器が落ちやしないかと不安になり、素っ裸で台所へ行き、食器立てを床に置いてテレビをつけた。
 翌日、書店で『緊急地震速報』という書籍を目にしたので立ち読みしたところ、どうやら揺れている最中に入浴しているときは、慌てて出ずに風呂場にいるのがいいと書いてあった。風呂場には怪我をするような落下物が置いてあるわけではないので、やり過ごすにはちょうどよい場所らしい。今後は気をつけたい。

 地震当日はたまたま家にいた。花粉症を発症していたので、近所の耳鼻科に行こうと準備をするためにパソコンの電源を落とした直後、揺れた。
 数日前に揺れたばかりだったので、いつものことかと気にせずにいたら違った。震度5の揺れなんて体験したことなかったから知らなかったけど、ゴゴゴって音がするんだね。我が家は高層階にあるのだが、さすがに折れるんじゃないかと心配になった。
 その時の私の行動はというと、1回目の揺れの時は壊れて閉まらなくなっていた台所の棚の扉を押さえていた。高いところにあったことと、コップなどが入っていたので割れたら最悪だった。お気に入りのコップがたくさんあったし、もう買えないものもある。長い揺れの中必死に押さえていた。
 揺れが収まり一息ついたところで余震の危険性を感じ、「もう一度同じものが来る」ということで急いで壊れた扉にガムテープを貼り、テーブルの上に神田明神で買った将門さんのお札を置き、落ちたものはそのままにして床に待機した。
 その間、実家に電話するも携帯電話が通じず誰にも無事だと言うことが伝えられなかったが、主人の実家から電話がかかってきたので実家に連絡してもらえるよう頼んだ。緊急時には通話をするためのツールとして携帯電話はあまり役に立たないということがわかった。その日の20時頃、8通ほどまとまってメールが受信されたが、メールツールとしても完璧というわけではないということか。
 家電がない我が家で役にたったのがインターネットだった。とりあえずGメールを送り無事を伝えることができた。ただ、今回は震度5で済んだからインターネットが使えたのかもしれない。関東大震災のような首都直下型の震災が起こった場合、インターネットなどのケーブルが断線するかもしれないことを考えると、171の緊急伝言ダイヤルがあるのでそれの利用やドコモの伝言板(ファミリー割引に入っていると全員に一括して無事であることを伝えられる)を利用するのもありだ。いずれにしろ、家族間で連絡方法をどうしておくのか相談が必要だ。

 地震の影響で電車がストップし、多くの帰宅困難者が出た。私が住んでいるところは、オフィス街に近いためスーツを着ている人がたくさん歩いているところがベランダから見えた。いつもは人通りの少ない自宅前の通りを歩く人や、不況で乗る人の少ないタクシーが渋滞を作っていたりといつもと違う雰囲気が当たり前だがその日はあった。
 当日の状況について何人かに話をきいてみた。
 豊島区の職場から2時間かけて帰宅した主人に聞いたところ、「道にたくさんの人があふれてて、中にはこのまま歩いていても時間がかかるからと道ばたで酒盛りをはじめる人がいたり、飯田橋の歩道橋は人の多さで落下しそうだった」
 大手町に勤める友人は、「成城学園まで歩いたら電車が動いたからそれに乗って帰った。自宅は低層階にあるから全く被害はなかた」
 中華街に勤める友人は、「帰宅するのにタクシーを拾ったらちょうどガソリンを満タンに入れた直後だったみたいでそれで帰れた。でも普段なら4000円くらいで帰れるのに、渋滞で倍の料金がかかった」
 いつも行くショップの女の子は、「家に帰ったら部屋の中がぐちゃぐちゃで、香水の瓶が全部割れてて物凄いにおいになってて泣きそうでしたよー!」
 バイト先の事務の子は、「たまたまその日は家にいて歯を磨いてた最中に地震がきたんですけど、洗面所のものがバシバシ落ちてきて大変でした!」と言って写真を見せてくれた。

 完全なる被災地ではないものの、かつて体験したことのない状況に震災から1週間ほど東京はパニック状態に陥っていた。
 次回は、1ヵ月間の街の様子についてレポートしたい。(奥津)

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2011年4月 8日 (金)

神谷巻尾の震災日記【3】

震災日記・3
 震災からちょうど1ヶ月。東京の町は停電もなくなり、スーパーに品物はほぼ揃い、自粛ムードも落ち着いてきた。テレビや新聞の報道も、被害の甚大さや原発事故の危機感を煽ったり、悲劇と感動ばかりを謳うようなものは、明らかに減ってきた。ともすれば不安や恐怖が蔓延しそうになる状況なのに、この短期間に沈静化したのは、やはりネットメディアの影響だろう。節電には「ヤシマ作戦」、買いだめ防止には「ウエシマ作戦」といった提案があっというまに波及し、ガスマスクのアップを表紙にした雑誌を罵倒し、被災者に密着したドキュメントを避難しテレビ局に抗議する動きが起こった。原発被害で行政もマスコミも近づかず孤立した地域の首長がYoutubeで直接支援を訴え、新聞がそれを翌日掲載という状態に、メディアの役割の変化を実感する。 
 
 当然、ネットを通してデマや風評、詐欺まがいの情報も多かった。あの“製油所火災で薬品まじりの雨”というデマも、地震翌日に二人の子どもがメール、mixiで受け取っていた。「友だちの友だちのお父さんが石油会社に勤めてて」「友人がみんな話題にしてる」など、不安な状況の中ではいかにも信じてしまいそうな情報だった。Twittterでも、避難状況、SOSを伝えるツイートが当初は多数拡散されていたが、やがてむやみなリツイートを諌める機運が現れ、情報の真偽を確認する機関もできていた。どれも数時間、数日といった短期間で浸透していくのを目の当たりにした。

 このスピード感覚は、被災地以外にいても災害を共有している、という実感につながっていくのではないか。あらゆる支援活動が次々に立ち上がっているが、そうやって今動けるのは、その感覚を持っている人たちだろう。
 逆に今までの生活、情報から離れられない人々が、買いだめ行動から離れられないのではと思う。買いだめ中心層は、オイルショックを経験した現在60〜70代くらいの世代、というのが多くの人の認識だと思うが、案の定その世代の「実家の母」は要注意であった。「お兄ちゃん(息子・50代)は納豆ないと生きていけないから朝買いにいくの。だからいっぱいあるわよ」「私は毎朝ヨーグルトだったのに、なんでないのかしらねえ」「スーパー行くと『奥さん今水あるわよ』って言われてなんとなく買っちゃう」等々、耳を覆うようなことをつい先日聞かされた。見ていないテレビ、使っていないホットカーペットもつけっぱなしである。当初はパニックも起こさず、停電でも慌ておらず、戦争体験者はさすが、と思っていただけにがっかりである。
 世代や意識によって明らかに違う震災。次回そこに言及して,通常の連載に戻りたいと思います。(神谷巻尾)

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2011年4月 6日 (水)

サイトウの酒田発・大震災日記 4月6日

 国は分かっていないんだと思う。いや、分かってはいる。が、対応や説明の仕方が悪いからか、国民を小馬鹿にしているとさえ思えてくる。皆さんは納得していますか?
 こういう事故が起きると専門用語が出てくる。私たちの日常にはない言葉だ。毎日だから覚えてしまう。シーベルト、ベクレル、ヨウ素、セシウムと。だが他にもいっぱいあり、次から次へと出てくるものだから、最近ではごっちゃになってしまって何がなんだか分からなくなってきている。
 私には放射線と放射性物質の区別すらよく分かっていない。ひっくるめて放射能にしたら違う意味になるのかイケナイのかとイライラしたりする。
 それは数値にもいえる。何倍、何百倍ならまだしも、何万、何百万となると私には想像すらできなくなる。同じとも思えるし分からなくなる。ハッキリいって私たちに数値は関係ない。
 だから、会見や報道する場合、「放射能が非常に高い数値になった。危険だからテレビを消して逃げて下さい」、あるいは「この数値は全く問題ない。大丈夫だからゆっくり寛いで下さい」でいいのではないかと本気で思う。安全かそうでないかのどちらかなのだ。
 また、コウナゴから規制値を超えるセシウムが検出されたとニュースになっていた。「コウナゴ」って何? と分からない人もいるのではないかと思う。殆どの人はアジ、サバ、マグロ位しか思いつかないのではないか。鯛や鰯、鰹など漢字ですぐに書ける人なら「小女子」も知っているかもしれないが、結局は魚でしょ。「魚から高い放射能が検出された」でいいのではないかということだ。
 「いや、違う。魚の名前を一つ一つ挙げてもらわないと困る」と強く異を唱える人もいるだろう。しかし、よく考えてほしい。いま、茨城沖でとれた魚が、銚子漁港から水揚げを拒否されたと問題になっていたが、それはコウナゴ以外の魚だった。海は広くどこまでも続いているのは誰だって分かる。小売店も消費者も万が一と大事をとって敬遠するのは賢明な心理であろう。海産物への影響は計り知れない事態になりつつある。もはや風評を越えた切実で真剣な問題だと思う。魚の名前を特定しただけでは済まない。いくら国が安全だと弁明しても、既に、国がいう原発20~30キロ圏内の問題ではなくなっているのではないか。
 こうした波紋は隣国の韓国にも広がっていた。汚染水を海に放出することをなぜ事前に伝えてくれなかったのかと、海の汚染を懸念して日本政府を批判していた。
 いずれにしても、原発近海に止どまらず、南北を含めた広範囲にわたる詳細な調査が求められると思う。(斎藤典雄)

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2011年4月 5日 (火)

サイトウの酒田発・大震災日記 4月5日

放射性物質が大気や土壌、更には海にまで、ジワリジワリと拡散している。おれにはさっぱり分からねぇ。
 世界中の英知を結集した対応がとられているが、何一つとしてことごとく功を奏してはいない。おれには難しくて分からねぇ。
 試行錯誤の繰り返しで、事態の打開策は全く見えてこない。おれには何だか分からねぇ。
 このような、復旧どころか現状維持すら危ぶまれている中で、東電は4日、遂に、汚染水を海に放出すると決断した。
「非常に申し訳なく思っております」と、会見では涙を浮かべ断腸の思いを滲ませていたが、まさに東電自らが放射能を撒き散らすという禁じ手である。
 追い詰められた挙句の苦渋の選択を強いられた、止むに止まれぬ措置だというのはよく分かる。
 それにしても、まるで映画か小説でも読んでいるかのような信じられない事態だが、夢ではない。これが現実だ。
 究極の安全策がとられていなかったことに対しては、あまりにもお粗末で情けない。あれだけ安全だとしておきながら、何よりも無責任すぎる。
 しかし、私たち国民にはなす術が何もない。全てを専門家に委ねて、ただ黙って推移を見守るしかない。
 何度でもいうが、東電は想定外だったと天災を主張していたが、これは国の原子力政策が招いた人災であるとだけいっておく。
 危ないこと以外、おれにはさっぱり分からねぇ。ああ、分からねぇ

(斎藤典雄)

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