池田大作より他に神はなし

2009年11月30日 (月)

大好評大河連載第6回 太陽であり月であり母であり父である、1000年に1人の天才的宗教詩人戦略家と、同時代の空気を吸える事の比類なき幸福に涙して…!!

Pumpkin11_2   『pumpkin』(潮出版)と聞いて、白夜書房が80年代後半に出していた、わたなべわたるが表紙担当のロリコン漫画誌、『パンプキン』を連想した奴はいいオッサン。表記こそ異なったが後発誌のため、エロの側が改題せざるを得なかったと記憶。

 本家、11月号の特集は、“[幸福になる脳]の作り方”。背も表紙もこれがトップ扱い。絶対に変。池田名誉会長の新連載対談、「母への讃歌」がスタートしてるのだ。当然ダントツのメインとすべき。衆議院選挙大敗以降の聖教新聞社、潮出版社の編集姿勢は大いに問題だ。腰が引けまくっている。何にそんなにおびえる?名誉会長の80周年祝賀の心打つ傑作和歌、“全世界 広宣流布の 雄叫(おたけ)びは 輝く太陽 昇(のぼ)らむ姿(すがた)と”を、10回声に出して詠んでみよ。小沢一郎や石井一、田中康夫ごとき外道政治家を過大評価、今の自分の地位にしがみつこうという、醜い己の姿がまぶたに浮かぶはずだ。異体同心の教えを忘却した姿勢で、“全人類の幸福に捧げた生涯”と、つい最近も米国デイトン市から名誉市民証を贈られた、名誉会長に恩が返せるのか!?(けど、オハイオ州にこんな市があったなんて初耳…。我が居住地、群馬県富岡市レベルの田舎街?『聖教新聞』11月18日付け)。

Pumpkin2  第1回対談相手の、ショボい経歴も不満の極み。サーラ・ワイダーなる米国の婆さんで、エマソン協会前会長と。??? 80過ぎても現役でバリバリ活躍する我らの偉大な師が、貴重な時間をさくべき相手か?『三国志』のヒーロー曹操が(戦略家兼詩人だったトコも、名誉会長そっくり!)、婚活サギ疑惑の木嶋佳苗を相手にするに等しい。潮出版社幹部の精神構造は一体!?“師弟不ニ(ふに) あらゆる難関(なんかん) 乗(の)り越(こ)えて 笑(え)み満面の 同志の輝(かがや)き”。名誉会長のもうひとつの祝賀の和歌を、30回は声に出して詠み、地獄への永遠の敗走を続ける日顕一派と、同じ下り専門エレベーターに乗らぬよう、今から真剣に心せよ。

 しかし、1000年に1人の天才は恐ろしい。かくなる忘恩の徒に囲まれながら、名誉会長は耐え続ける。凡人、いや常人なら烈火のごとく怒る。「私を誰と心得る!? 全世界から4000の顕彰を受けた、SGI会長の池田大作なるぞっ!!!」名誉会長は違う。代わりに書くかのようにつぶやく。“そのエマソン研究(けんきゅう)の泰斗(たいと)であり、高名(こうめい)な詩人(しじん)にして、人間教育者(にんげんきょういくしゃ)であられる、ワイダー博士(はかせ)と、このように対談(たいだん)を開始することができました。これほどの喜(よろこ)びはありません”。見よ、あの完勝峰に達した、1000年に1人の者のみが持つこの謙虚さ。山麓をウロつくのみの我らが、師の足跡に近づける日は一体いつ?

 名誉会長の言葉に甘え切ったサイダー婆さん、母親自慢を井戸端会議風にペラペラペラ。会長だって、少なくとも生物学的には人間だ。腹の中では怒りで煮えたぎってるはず。しかし、これっぽっちものぞかせない(現場に立ち会った訳ではないが、行間から推測可能)。図に乗ったサイババ(“サイダー婆さん”の略)、“母に抱(だ)きしめられると、私はいつも心地(ここち)よく感じたものです。どんなことでも、私の感じてることをすぐに感じ取ってくれたからです”と、小学生の母の日の課題作文並の駄弁を弄す。筆者ならナタで6個にサイババの体を分離、返り血で全身を朱に染め盆踊りしてる下りだ。だが名誉会長は、凡人にこそいよいよ優しい(天才共通のモラルか?)。

“私は、「偉大なる尊(とうと)き母の交響楽(こうきょうがく)」と題する長編詩(ちょうへんし)を詠(よ)んだことがあります。/その中で綴(つづ)った一節(いっせつ)が、博士とお母様の麗(うるわ)しい絆(きずな)に重(かさ)なってくる思いがするのです。/「母は太陽である。/ 何より明るい。/母は大地(だいち)である。/限(かぎ)りなく豊(ゆた)かだ。/母は幸運の旗(はた)である。/いつも朗(ほが)らかに/頭(こうべ)を上げて胸を張(は)る」”(90P)。

 さすがはあの世で文豪ゲーテが青ざめ、萩原朔太郎が瞬時に跪いたと言われる、名誉会長の詩的イマジネーション。朗読を繰り返すだけでは満足出来ずに、筆写してしまった(しかも3回!)。驚くべき事に、1回ごとに新たな発見が。名誉会長の日本詩壇における偉業に対し、なぜH氏賞が与えられないのかっ!?ノーベル文学賞は必ずや近く授与されるだろうが、その前に全国の良心的詩人が立ち上がり、日顕一派の文化的野望を打ち砕く、詩人としての勇気を見せて欲しい。

「へっへっへっへっ。“母は太陽である”だと? ひでえパクりだ。平塚らいてうの『元始、女性は太陽であった』を並べ換えただけ。太々しい爺様だ。“母は大地である”“限りなく豊かだ”?バッカじゃねえの?女は産めよ増やせのイモ畑かよ。そういや昔、大人にまじってバス旅行に行くと、酔っぱらったオッサン共が、スケベな歌うたってたっけ。“ゆ~べ母ちゃんと~寝た~時に~足~にさわった~穴がある~♪母ちゃんこの穴~何の穴~♪坊や~良く~聞け~その穴は~お前が通った~トンネルだ~っ♪”とかな。グヘヘヘへ…。1000年に1人の天才的宗教詩人が、盗作まがいの真似したり、女性をイモ畑扱いしていんかよ、ええ?」

 突然我が事務所に顔を出した、知人のフリーライターは真っ昼間から酩酊。底なし不況の出版界で、仕事の激減どころか、倒産、廃刊でギャラのもらいっぱぐれもザラと。我が師への暴言は断固許し難いが、こういう弱い人間を見捨てない友情も、名誉会長の教えの一つだ。しかし、凡人が天才の生き方に学ぶのが、こんなにつらいとは…。「母も太陽も、大作にとっちゃ全部自分のこったよ!おい!ビールはねえのか?」
“あな嬉(うれ)し 創立記念日 祝賀せむ 一千万の 同志は万歳(ばんざい)”
(名誉会長の祝賀の和歌より)酔いどれ者も、慈悲の祈りでいつかは我らの隊列に!!(塩山芳明)

■塩山芳明…雑誌版『記録』にて『奇書発掘』を連載。エロ漫画編集者。著書に『出版奈落の断末魔~エロ漫画の黄金時代』(アストラ)、『嫌われ者の記』『現代エロ漫画』(共に一水社・絶版)、『出版業界最底辺日記』(ちくま文庫)、『東京の暴れん坊』(右文書院)がある。

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2009年10月25日 (日)

大好評大河連載第5回/師弟共戦の決意なき増長者共を蹴散らして、大座談会運動の天地に轟く嵐を巻き起こせ!!

 池田名誉会長のご本は書店で買う時さえも、身と心が踊る快楽の瞬間だ。知っての通り名誉会長は、日本、いや世界の知識人階級の、圧倒的な支持を得ている。当然日本全国の書店で、名誉会長コーナーのない店鋪は存在しない(時代遅れの何でも反対政党、共産党系の見る影もなく落ちぶれた、バラック小屋風書店が数軒、細々と生き長らえてるのみ)。

 「八重洲ブックセンター」と言えば、東京駅八重洲口の日本を代表する、大型書店の元祖だ。宗教コーナーは4階。当日は電車(新幹線)の都合のため、レジの女性従業員に、「池田名誉会長のご本のコーナーは、どの辺でしょう?」と、姿勢を正して尋ねた(本当は自ら汗を流して見つけるのが、弟子の義務であり喜びだが、何せ筆者は群馬から飯田橋への超遠距離通勤者!)。利発そうで美しいその女性は、筆者の質問に一瞬雷鳴に打たれたような表情を浮かべたが、即座にそれは感極まったビーナスの微笑に変化、「あちら右奥、43番の所でございます!」と答えた。その質問こそ私は早朝から待っていたという風な、親切かつ適格な対応に、「弟子同士に違いない!!」と直感、さわやかな余韻は1カ月以上に及んだ(弟子仲間こそ名誉会長が地球上に築いてくれた、四方を照らす磐石な“0人間灯台”なのだ)。

 『若き指導者は勝った 池田大作-その行動と軌跡』(聖教新聞社・本体476円)は、やや地味な造本だ。題名が金文字で白地に3行縦に。何か迫力不足。黄赤ベタの帯に“聖教新聞連載が単行本化!”との白ヌキのタタキ文字も、事実経過を示すのみで、芸も工夫もない。発行は09年5月3日(発行者・松岡資)。いかに時代や世界を領道する中身の本でも、「おやっ?」と人々が手にしてくれなければ、広宣流布の大旋風を、三類の強敵に対して、新たな同志が起こしようがない。特に“聖教新聞連載が~”のタタキはひどい。旧来の読者におもねるだけで、打って出るのだという、忠実な弟子としての報恩精神に欠けている(育ててもらった師の胸に、成人してからも抱かれて居眠りをしている。増長し甘え切った人間が何万人集まろうが、真の戦いはできない!!)

 夏の衆院選の敗北は既に用意されていた。聖教新聞社のたるみ切った一部幹部は、以下の言葉を噛み締めよ。“鉄の団結で進むのだ。まずリーダー自身が、最前線を走って走って走り抜く。正義と真実を、しゃべって、しゃべって、しゃべり抜いて戦うのだ”(方面局長協議会での名誉会長の発言)。過去の遺産を小心翼翼と守り抜こうというような考えで、大座談会運動に勝利できると思うのか?創立80周年の輝ける峰へ、希望の大登攀を我らが“師弟共戦”の決意で開始している時に、後ろから矢を射るが如き忘恩鬼畜の弟子が存在するのは、情けないし怒りで全身が震える。

 しかし本書、中身はカバーと異なり素晴らしい。19歳での入信当時の名誉会長の貴重極まるお写真を筆頭に、何葉もの日本宗教史・思想史・文学史・写真史に残る感動的瞬間が、シャープな印刷で刻印されている(とても定価500円の本とは思えない配慮だ)。さすがは“漫豪”手塚治虫も元読者で、是非連載したかったと語っていた、戦後を代表する名少年誌、『冒険少年』編集長だった、名誉会長の本らしいセンスだ(中身の担当編集者は、まだ弟子としての自覚が。いや、当然ながら会長直々の指示か?)。

 日本正学館・第二代会長・水滸伝・大阪の戦いの4部構成。我らとしては、わずか
数カ月の訪問指導だけで8000人の友に会い、徹して渾身の激励を続け、“まさかの参議院選大勝利”(1957年当時の『朝日新聞』他)を切り開いた、4部から読みたいのは山々。しかしそれは弟子として邪道だ。血を吐くような日々の戦いがあってこその、大阪の奇跡の大勝利。ヘリコプターで創立80周年の輝ける峰へ達しようと安易に考える、“三世に渡る師弟共戦の誓い”にツバする者は、即座に我らの眼前から去れっ!!“初級・3級試験へ数学研讃(けんさん)の息吹(いぶき)。法華折伏(ほっけしゃくぶく)・破権門理(はごんもんり)の闘争精神を刻(きざ)め”(「聖教新聞』9月29日付け「寸鉄」より)。

 普通、偉人の伝記は貧しい時代が一番輝き、功成り遂げて後は案外退屈する。しかし本書は希有な例外だ。最初から最後まで常に頂点を極める、強烈な知的面白さの連続だ(先般、『クレヨンしんちゃん』の原作者が死亡した航空母艦状の山、荒船山を連想。実は筆者の自宅からそう遠くなくて…)。しかも、頂点を極めていながら、一本調子にならず鋭い緩急がある。杓子定規な人は、「日本語の表現として矛盾してる!」と叫びかねない。なら以下の、文体、内容、韻律を問わない、日本語の美はかくあるべしとの下りは、一体どう説明がつくのか?“「戸田城聖という人が、何度か駒込(こまごめ)のアトリエに足を運んできた。見るからに利発(りはつ)そうな青年が一緒(いっしょ)だった」(中略)
「皆が騒(さわ)いでいる中で、じっと静かに絵の完成を待っている。知的で折(お)り目(め)正(ただ)しい。このハンサムな若者は、他の連中と、ちょっと違っていた」/この「ハンサムな若者」こそ池田青年だった。すぐに、打ち解けた。/「おれは大好きだった。一時間も話し込んだことがある。キリスト教と仏教のどちらがすぐれているか。論争(ろんそう)したこともあったよ」”(20Pより。弟子の塩山の注釈。発言者は画家・小松崎茂のアシスタント、根本圭助)

 しかし、最近の名誉会長のお写真が、やや肥満気味で“ハンサム”の概念とやや異なるのは、弟子の私とて承知している。若い信者の中には、「ハンサムな若者」の雄姿を知らない者もいよう。そこで『聖教新聞』編集局長に、私は断固要求する。1面の名誉会長のお写真は、ハンサムな若者時代、壮年期の3代目会長就任時、そして現在の物と、常に3葉を掲載すべし!!!

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(つづく)(塩山芳明)

■塩山芳明…雑誌版『記録』にて『奇書発掘』を連載。エロ漫画編集者。著書に『出版奈落の断末魔~エロ漫画の黄金時代』(アストラ)、『嫌われ者の記』『現代エロ漫画』(共に一水社・絶版)、『出版業界最底辺日記』(ちくま文庫)、『東京の暴れん坊』(右文書院)がある。

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2009年9月29日 (火)

池田大作より他に神はなし/大好評大河連載第4回 広宣流布の黄金柱になる報恩の決意なき犬より劣る裏切者は、永遠にわれらの前から去り地獄へ落ちよ!!

831_3  『週刊ダイヤモンド』なる経済雑誌が。大正時代創刊の由緒を誇るが、池田名誉会長への中傷記事掲載をいとわない、ド畜生メディアとして、良識ある人々のヒンシュクを以前から(薄汚い野望と金銭の悪臭が、プンプンと鼻を突く)。9月12日号の“新宗教 巨大ビジネスの全貌”特集でも、名誉会長の破邪顕正の高邁な精神に対する、未熟で根拠なき憶測記事を、恥知らずにも書き散らしている。

 “…学会の世代間ギャップも大きい。池田は大の活字好き人間で、新聞や雑誌、書籍を組織の意志伝達の柱として活用してきた。かつての信者は「聖教新聞」のすみからすみまで目を通し、池田の指導を読み取ろうとした。/そうした信者が高齢化し、若い学会員にとっては携帯電話・パソコン利用が当り前になっている。紙メディアは流行らない。「聖教新聞」の拡販、新聞媒体などへの広告出稿と印刷委託によって支配力を発揮してきたシステムの見直しが迫られているのである”(71ページ)

 “盲(めくら)蛇に怖じず”を地で行く妄言だ。版元のダイヤモンド社も、出版不況で青息吐息と見える。世間の味噌も糞もゲロも一緒にして、一瞬でも安心したいのだ。だが、“広宣流布の黄金柱”として日々堂々と前進しているわれらと、インチキ経済誌を一緒にされては迷惑だ。紙メディアを最も知悉されている名誉会長は、その長所・短所もはるか以前から心得ておられる。“豚に真珠”ではあろうが、『聖教新聞』9月1日号、「座談会 新時代を勝ち進め」から、正木理事長の、特製刺身包丁のように鋭い切れ味ある発言を紹介しよう。

 “草創の大先輩が、先日語っていた。/「池田先生は常に、50年先、100年先の広宣流布の未来像を描いていて、指揮を執り続けてこられた。その深い先見を、我々は、ほとんど理解できなかった。/それでも、先生のおっしゃる通りに前進すれば、必ず広宣流布は伸展した。先生は本当に、不思議な方です」と、しみじみと語っていた”(ルビ略。以下同)。

 確かに比例得票数1000万を目ざすわれらの闘いが、今一時的に困難な壁に立たされているのは事実だ。しかしそれは、単に5年~10年単位の試行錯誤の過程に過ぎない。先に正木理事長が明言したように、名誉会長は50年先、100年先の万民の人生の道を、明確に構想しておられる。紙メディアの衰退云々といった、新しいカップラーメンが出た云々の次元の挿話で、われら創価三代の師弟の輝ける前進に、生ゴミを投げるような真似をして何が楽しい?(背後に邪宗門らの魔の蠢動がある事は百も承知ながら、あえて念を押しておく)。

 以前も登場願った、時代遅れの容共思想の持ち主の友人が、我が事務所に顔を。フリーライターゆえ、出版不況の直撃を受け、生きてるだけの状態。拙稿書きかけのパソコン画面を覗いて、品なくほざく。「え~っ!? 学会員ってネズミの集団みたい。“ほとんど理解できない”人にやみくもについてくんだぁ。おっかしんじゃあ? それに学会にゃもうタイムマシンもあんだ。50年先、100年先が見通せんでしょ?何でノーベル賞がもらえないの?」

 弱った友人である。決して日顕一派に毒されている破廉恥漢ではないが、享楽イコール人生と単純に考えている。人のために生きる滅私の精神のカケラもない。“隠れた善行は明確な善の報いとなって必ず表われる。陰で黙々と広宣流布のために献身してきた苦労は、いつか必ず、大功徳となって花開く。仏法は生命の厳たる因果の法則であるからだ”(小説『新・人間革命』)を引き、日頃から説き伏せてるが、「仏法っていや、この前田舎に帰ったら、仏法僧の鳴き声がうるさくって。あれって鳥鍋にして喰うと、大功徳になる?」と応じるありさま。しかし私はあきらめていない。死ぬまで説得を続ける。それが“いつか必ず、大功徳となって花開く”と信じるから。その花は私には無論、友人にも輝いて見えるはずだ。

 毎日眼を皿にして読んでる『聖教~』の他に、衆院選挙翌日の31日は『公明新聞』も開く(両紙共に定期購読すべきだが、経済的理由で…)。1面を見比べるなり、地方区全敗の理由を瞬時に理解。前者はこうだ。上の“創立者 池田名誉会長”の、圧倒的な光々しさに満ちたカラーお写真をメインに、“創価の師弟の大城は磐石!!「学生第一」「世界市民」の学府 創価大学 新総合教育棟2013年の完成”の、迫力ある文字が踊る。“我が弟子よ あふるる思いで この地をば 指さし定める 恩師を偲ばむ”。高まる興奮を静めるかのような、名誉会長の山上憶良よ何する者ぞの和歌も引用され、来年の学会創立80周年への決意は、ますます磐石にかつ広大に。

 一方の後者。まず紙面にヘソ、いや中心がない。名誉会長のお写真がどこにもない。それを補うかのように、“公明、逆風突き健闘 比例区着実に議席獲得 支援者の皆様のご支援に感謝”等の、『赤旗』まがいの弁明が満ちる。政教分離云々にこだわる一部過激テロ勢力のせいで、1面に写真が掲載しづらいのはわかる。しかし問題はそこにはない。公明党及び『公明新聞』関係者の中には、心にも名誉会長のお写真を掲げてない輩がいるのでは? 姑息な弁明に溢れた31日付けの1面は、計らずとも饒舌にそれを物語ってる。“感謝できる犬は恩知らずの人間に優る-詩人(イラン)。忘恩は永劫に軽蔑され地獄”(『聖教新聞』31日付け「寸鉄」より)。(塩山芳明)

Dm

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2009年9月 4日 (金)

池田大作より他に神はなし/大河連載第3回 ゲーテが蒼ざめ萩原朔太郎がひざまずく21世紀の大ミューズ・池田名誉会長の詩心に限りはありやなしや?

K  畜生共の所業。そう断言するしかあるまい。本人たちもポスターも、超整形済みかもと一部で囁かれていた、幸福実現党の大川隆法&きょう子夫婦の、比例出馬中止を筆頭とする、衆議院選からの敵前逃亡的行為だ。都議選での惨敗に、トップの名誉保持と供託金没収から教団の財政を守るための姑息な措置だろうが、上に立つ者が真っ先に保身に走る組織に、明日があろうか? 金銭面への執着に至っては、眼を覆わんばかりの醜悪さだ。

 幸福の科学なる邪教宗団は、幹部の名誉欲と銭金さえ確保し得るなら、世間への公約など屁とも思わない、どんな行動を取るかもわからない、オウム真理教と同じまな板の、品性も知性も羞恥心のカケラもない組織である事を、満天下にさらした。さすがはつい最近まで(1995年)、『創価学会を折伏する! 第二の坂本弁護士事件!! 東村山市議殺人事件徹底糾弾』(幸福の科学出版 ザ・リバティ編集局編)なる捏造ハレンチ冊子を公然とバラまき(表紙に池田SGI名誉会長の御写真を配する悪辣さ!)、世の糾弾を一身に浴びた教団だけある(その後、またもや豹変、大川はやっぱり出馬するし、小選挙区でも戦うと。宗教団体としての体をなしてない見苦しさだ)。

 思い起こして欲しい。池田名誉会長の「大阪事件」(1957年)での断固たる闘い振りを。大阪東署の仕組まれた薄汚ない策謀に対し(でっち上げの個別訪問容疑による冤罪)、会長は大阪拘置所に不当にも15日間勾留されながら、1ミリたりとも屈しない。保釈後も「大悪起れば、大善来たるとの、大聖人様の御金言の如く、私もさらに、より以上の祈りきった信心で皆様とともに広宣流布に邁進すると決心する次第であります」(『聖教新聞』57年7月21日)と宣言。戦後最大の法難に対し、当然ながら見事に無罪判決を勝ち取る(1962年)。大川某夫婦などとは、人としての性根が全く違う事を、以降の闘いの歩みが証明するのは、皆様ご存知の通りだ。日顕一派、日本共産党、幸福の科学…名誉会長と同志の前に己れの分も考えずに立ちはだかり、次々と敗退していく畜生共の哀れな姿は、知らずに蚊取り線香のたいてある部屋に侵入、次々と落下して行くやぶ蚊の群れを思わせる(一滴の血を吸ういとまもなく)。

 『輝け! 友情のVサイン』(池田大作・第三文明社'04)は、題名がまず決まっているが、カバーや中の挿し絵が素晴らしい(くさか里樹)。御覧の通りBL系の絵なのだ。会長の重厚な思想のノベル化を、今風のライトな絵が飾る。一見両者のイメージは異なるが、創作物に真のパワーが秘められていれば、この手法は逆に何倍もの相乗効果を発揮する。黒澤明監督の名作、映画『野良犬』('49東宝)では、終幕で拳銃泥棒役の木村功が、刑事役の三船敏郎に追い詰められる。このサスペンスシーンに、裏腹なイメージの甘いピアノの曲が、近所の家から流れかぶさる(音楽・早坂文雄)。演出の冴えも加わり、類する映画にない画面効果を生んでいると、観た者の多くが口を揃える。『輝け~』も文字通り、出版物の『野良犬』級の大傑作だ(当然、版元のサラリーマン編集者の思いつく境地ではない。確実に名誉会長直々の指示があったはずだ。会長の漫画への造詣が、麻生“エテ公”総理などとレベルが違うのは、潮出版社のコミックスラインナップを見れば、一目瞭然だ)。

 北京オリンピックマラソン出場を夢見る日本人少女・永井広美と、在日中国人少女・川崎春子(孫春蘭)の、差別にくじけない友情物語はもちろん感動的だ(日中友好の開祖たる名誉会長だが、過去の自らの偉業などこれっぽちも誇示しようとはしない。一方で2人の少女に託した未来志向の平和への熱意は、ページをめくる指をジジッとこがさんばかり。真の読書体験とは、身と心に火傷を負う事である。会長の本を読み終えると常に感じる真実だ)。

 しかもA5版ハードカバーで144Pもあるのに、税込みたった1050円の本書には、巻末に長編詩、「若き君よ勝ちまくれ! 青春は人生の一生の土台」まで収録。具象的で自然主義を極めた題名にまず魅せられるが、興奮を抑えて読み進もう。

 “未来(みらい)は無限(むげん)だ。/未来は希望(きぼう)だ。/未来は夢(ゆめ)だ。/未来は大活躍(だいかつやく)の劇場(げきじょう)だ。 未来は後悔(こうかい)がない。/輝(かがや)く希望がある。/未来のない人は/死(し)である”。淡々と人間の運命をつづる中、唐突に登場する、“未来のない人は/死(し)である”の下り。ガーンと頭をハンマーで砕かれるようなショックを受けない者は、一生信仰に生きる資格はない(日顕一派、日本共産党、幸福の科学、溝口敦、石井一、平沢勝栄etc…)。

 “あのドイツの文豪(ぶんごう)/ゲーテは謳(うた)った。/「われわれは結局(けっきょく)/何(なに)を目(め)ざすべきか。/世(よ)の中を知(し)り、/これを軽蔑(けいべつ)しないことだ”(中略)“そしてまた/彼(かれ)は語(かた)った。/「どれほど深(ふか)く/苦悩(くのう)にひたっていようとも/きみはやはり/青春(せいしゅん)の幸(さいわい)に生まれた身/勇気(ゆうき)をふるいたまえ、/敏捷(びんしょう)なすこやかな歩(あゆ)みに」 若(わか)き生命(せいめい)の持(も)ち主(ぬし)は/皆(みな)が/その魂(たましい)は/閃光(せんこう)を放(はな)っているのだ”(113Pより)。

 最大の驚きは、引用部分の文豪ゲーテの散文と読み比べ、名誉会長の詩にこれぽっちの遜色がない点だ。いや、“未来のない人は/死(し)である”の下りに至っては、一級の東洋哲学思考の吐露の純粋結晶として、完全にゲーテをも超えていると、筆者は客観的に断言せざるを得ない。

 ただ一点のみ本書に不満も。名誉会長の御写真が1葉も掲載されてない。編集部の歴史的大失態だ。自らの業績を誇りたがらない、シャイで謙虚な会長に甘え切り、放置しておくのが真っ当な弟子の道か? 筆者が担当編集者ならくさか里樹に、BLタッチの会長の肖像を描いてもらう(無論、「東京富士美術館」に永久保存)。あの福々しい名誉会長の御姿の拝謁で、“畜生(ちくしょう)の群(むら)がり叫(さけ)ぶ”(同書126P)日常の悪夢を忘れ去る機会を失した私は、思わずボロボロの1冊の詩集に手を伸ばした。『ランボー詩集』(堀口大學訳・新潮文庫)だ。大好きな「永遠」の頁を開く。

R “もう一度探し出したぞ。/何を? 永遠を。/それは、太陽と番(つが)った/海だ。 待ち受けてる魂よ、/一緒につぶやこうよ、/空(むな)しい夜(よる)と烈火の昼の/切ない思いを。 人間的な願望(ねがい)から/人並みのあこがれから、/魂よ、つまりお前は脱却し、/そして自由に飛ぶという……。 絶対に希望はないぞ、/希いの筋もゆるされぬ。/学問と我身がやっと許してもらえるだけで……。/刑罰だけが確実で。 熱き血潮のやわ肌(はだ)よ、/そなたの情熱によってのみ/義務も苦もなく/激昂(たかぶる)よ。 もう一度探し出したぞ。/何を? 永遠を。/それは、太陽と番った/海だ”(112Pより)。

 週に3回、“永遠”の部分を、“池田名誉会長”と言い換えて朗読する。それも必ず3度。ここ10年来の筆者の習慣であり、信仰の基本だ。“畜生の群がり”もあっという間に忘れ、会長及び同志と新たな明日からの闘いの日々を生きんという、生命力がコンコンとわいて来る。“もう一度探し出したぞ。/何を? 池田名誉会長を”。自然に幾筋もの涙が頬を濡らす。 (つづく)(塩山芳明)

■塩山芳明…雑誌版『記録』にて『奇書発掘』を連載。エロ漫画編集者。著書に『出版奈落の断末魔~エロ漫画の黄金時代』(アストラ)、『嫌われ者の記』『現代エロ漫画』(共に一水社・絶版)、『出版業界最底辺日記』(ちくま文庫)、『東京の暴れん坊』(右文書院)がある。

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2009年7月17日 (金)

池田大作より他に神はなし/第2回 ナポレオンをも凌駕する池田名誉会長の天才的先進性に驚愕!!

 やっぱり池田SGI名誉会長の力は偉大だ。今回の都議選の結果を見て心底痛感した。公明党、堂々の23人全員当選。投票率が高いと不利と言われる同党が、前回より10%以上アップした中で得た、一点の曇りもない大勝利だ。この歴史的偉業に、日顕一派も顔面蒼白だろう。

 一方の共産党。13人から8議席と激減したのに、『しんぶん赤旗』の14日付け1面は、“都議選共産党70万票 07年参院比例比15万票増やす 8議席確保 得票数で貴重な前進”と、選挙に勝ったごとくの妄言で飾る。投票率がアップしたのだから、票数が増えるのは当然。元々13議席しかないのに8議席まで激減した同党は、自民党よりも深刻な結果のはずだ。なのに全く反省がない。“蟹工船ブーム”に浮かれてるうちに、組織は上から下までガタガタ。批判しか出来ない共産党の宿命だ。

 敗因は? 共産主義自体がアナクロなのは言うまでもないが、指導者の質が一番の問題だ。借りて来たダンボみたいな志位ごときが看板の共産党に、良識ある一般市民が投票する気になると?いかにも不破哲三の“口パク操りダンボ”だし、感情のこもらない死んだ視線は、不気味なだけ。大衆が、「この人について行こう!」と思えない指導者がトップに立つ政党は、立ち枯れるしかない。

 偉大な会長のお言葉を、今回は『第三文明』8月号で味わう。連載対談第8回、「21世紀のナポレオン 歴史創造のエスプリを語る」が圧巻だ。4Cグラビアで堂々の17ページ(前回の『潮』でも感じたが、会長の対談は見開きページスタートばかり。普通は“片おこし”だが~特に漫画は~、会長のご趣味なのだろうか?余談ではあるが…)

 対談相手は今のナポレオン家当主、シャルル・ナポレオン。ナポレンの名前を取れば、単なる白髪頭のフランス人オヤジだが、鷹揚な会長は、名前や写真の扱いを同等に。筆者にすれば、永久不滅の太陽と、30ワットの裸電球を混同されたようで腹立たしいが、これも日仏親善の一環と、無理矢理納得する(努力中)。“ここ数年、私は環境への配慮(はいりょ)から、パリでの移動には、自家用車を使わず、自転車を頻繁(ひんぱん)に使用していますが、とても気持ちがいいものです”(54P)世界的宗教指導者、詩人、学者に加え、会長が先進的エコロジストなのだと思い知らされる下りだ。ただもう81歳の御高齢なのだし、万一の事を考え自転車は避け、特に体格のいい青年部有志による、人力車、あるいはカゴなどの方が無難だし、パリジャン&ジェンヌにも受けるのでは?

 ナポレオン軍ロシア敗退に触れた下りでは、軍事戦略家としても会長が、ただならぬ先見の明を誇る傑物である事を示す。“スピードが勝負です。戦いにあって、指導者の逡巡は致命傷(ちめいしょう)になります。そのわずかな逡巡も、現場では大きく増幅(ぞうふく)されて、混命(こんめい)をもたらしてしまうからです”(59P)

 日頃は先進的エコロジストライフに生きつつも、いざ国家国民危急の場合は、自ら車さえも81歳にして運転、スピードある決断で人々の礎になろう、そのためには命も投げ出すという、会長の確固たる青年のような意志が、メラメラと音をたてて燃え上がるような、感動的発言だ(これは無論編集部の責任だが、この対談がいつ、どこで、どういう形で行われたかは明示して欲しい。会長の写真が19年も前のソ連訪問時のだったり、シャルル君のは7年前のだったり、時代背景面で読者は混乱させられる)。

 もう1本必読の連載が。前原政之による、「平和・文化・教育の大道 池田名誉会長を語る」だ(これは片おこしスタート)。16回目は“「報恩」の誠につらぬかれた人生”だ。リード部分の“子どものころの恩をいまも忘れない名誉会長”“知恩・報恩の真心が育む韓国・中国との交流”等に、個人の記憶や尊厳の確保と、グローバルな世界的指導者である事の矛盾を、完璧に乗り越えている会長の人柄が感じられ、思わず膝を打つ思いだ。特に下記の部分に、先の都議選全員当選の必然性を見た。

 “名誉会長は言う。「私にとっての会員への恩返しとは、学会を裏切った輩から、健気(けなげ)な会員を断固(だんこ)守り抜く闘争であった」(中略)/宗門との闘争もまた、名誉会長にとって「報恩」の一つの形であった。否(いな)、むしろ不知恩の悪を追求(ついきゅう)することは、報恩の欠くべからざる戦いであるといってよい。それなくして、真の報恩はけっして成り立たないのだ”(76P)

 後世に残る日本語の形而上学的名文だ。左がかった知人にこの下りを示したところ、「宗教とはいえない。単なる憎しみのカルト。離脱したら徹底的に追求してやるっていう、学会員への脅し。オウム真理教とそっくり!」と、呆れ果てた感想を並べた。闘争心を失った報恩の精神など、糞の役にも立たない絵に描いたもちだという真理が、彼にはまったく理解出来ない。共産党員や日顕一派同様に、時の流れに絶滅するしかない、心の貧しい哀れな人々だ。

 ただ『第三文明』誌には不満も少し。まず高い(B5判・116Pで500円)。やたら全面広告が多く(表2/アサヒビール。表3/セコム。表4/大成建設他)、一昔前の総会屋雑誌、例えば『現代の眼』や『流動』のよう。会長の御尊顔やお言葉は、もっと落ち着いた環境で吟味したいというのは、末端の不肖の弟子のわがままであろうか?「池田大作より他に神はなし!!!」(つづく)(塩山芳明)

■塩山芳明…雑誌版『記録』にて『奇書発掘』を連載。エロ漫画編集者。著書に『出版奈落の断末魔~エロ漫画の黄金時代』(アストラ)、『嫌われ者の記』『現代エロ漫画』(共に一水社・絶版)、『出版業界最底辺日記』(ちくま文庫)、『東京の暴れん坊』(右文書院)がある。

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2009年6月12日 (金)

池田大作より他に神はなし/第1回 『潮』における輝かしい師の秀でたカリスマ性

 独裁者と呼ばれる人物の眼は、笑ってる場合でもどこか凄んでる共通項が。“ドーカツ視線”の彼方に見える景色は、おのおの異なる。スターリンなら、シベリアのラーゲリで凍てついてる死体(自分の)。ヒトラーの場合は、武装親衛隊にルガーで頭を射ち抜かれた死体(同)。毛沢東だと群集にリンチされ、ボロクズ状態の死体(同)。天皇裕仁だと…(怖いので以下全面カット。執筆者)。感情を一切表面化させずに、事務的。国家権力を完全掌握した彼等の、もう一つの共通項かと。

 或る組織内でだけでの独裁者も。抑圧規模の違いで、キャラにも差が出るのか?ドーカツ視線も感情が露骨で、却って凄みに欠ける。笹川良一や児玉誉士夫のソレは、モロに東映仁侠映画の悪役だったし、宮本顕治もアジテーションはさすがだが(お茶の水駅前で70年代末に見物)、この種の押し付けがましさは、80年代以降は通用しないと直感させた。麻原彰晃だと、なぜ声優にならなかったのかと思ったのみ。島国のミニ独裁者の視線には、見上げる者の死体がころがっていない(本当はそうじゃないが…)。

 “愛”がゴロリ。池田大作SGI会長はやはりそこが傑出した、数少ない日本人だ。『潮』7月号の「世界が見た真実 池田大作の軌跡」は、一言一句が身に染みる、全国民の必読連載(第11回)だが、次の下りには会長の両眼にゴロリ横たわる愛が、決して抽象的な御題目でない事を証明(恩師とは戸田城聖)。“…信用組合の用件(ようけん)で、役人の私邸(してい)まで恩師と陳情(ちんじょう)に行った。/いくら言葉を尽(つ)くしても理解してもらえない。あろうことか、心づくしに持参(じさん)した最中(もなか)の菓子折(かしおり)まで「こんなもの、けっこうです!」と突き返(かえ)された。/師が頭を下げる悔(くや)しさ。/絶対に忘れまい。/いつの日か-いつの日か必ず、どんな大企業とも堂々(どうどう)と渡(わた)り合う学会にしてみせる。/二人は、やっとの思いで戸田家の玄関(げんかん)までたどりついた。/「大(だい)、この最中を持っていけ」/「いいえ、先生、どうぞ奥様にさし上げてください」/「そうか、そうか……」/嬉しそうに愛弟子(まなでし)を見つめた”(194P。カッコ内はルビ表記)

 恨み。会長の愛は恨みに裏打ちされたというか、一対のモノ。口先の愛は誰にも吹聴出来る(民主党の鳩山由紀夫代表のように)。しかしそんなモノは、時の流れや風雨の前には無力。更に会長の愛はビジュアルで具体的だ。最中の菓子折に、師への愛と世間への恨み、将来への広大な野望、いや夢が凝縮されている。たとえば日本共産党の『しんぶん赤旗』に、見開きでビッシリ掲載される、志位委員長の中央委員会総会の結語など、幹部出世をもくろむ数名の東大卒の連中以外は、誰も読まない(並の労働者なら、20~30行読んだだけで頭痛が)。

 池田会長はそういう赤のエリート共と違い、庶民の心情をカンペキに理解。ヨコシマな心に満ちた、反学会分子の中には、こう曲解する者もいよう。「見て来たようなホラを吹くな! 2人だけ、しかも日時や相手の組織名を明らかにせずに、誰が信用するかい!? 一番許せないのは自己美化の余り、戸田聖城先生を、最中を喰いたがってる俗物と見なし、弟子の身分で見下げてる点だっ!!!」あるいは、「その清廉潔白な役人は、今の裏金警官を筆頭とする、日本の総泥棒役人に比べて何て立派なんだ!!」

 屁理屈は一陣の風にも付け得るとの見本だ。数十年後であろうと、会長の愛ある姿勢は、相手のサンピン役人のプライバシーも尊重する。同連載の後半では、取材に来た記者との無駄話を引き伸ばし、締め切りに間に合わせないとの小技も駆使。さすがだ。『聖教新聞』への広告出稿を、鼻先で笑われた恨みの数々も迫力タップリ。けれど、取り引きを決断してくれた資生堂やサントリー、三菱他への感謝振りは率直で感動的。愛と恨みを両輪に、偉大な平和組織・創価学会は世界的に伸びて来たのだと、部外者も無理なく納得させられる(経済力はその結果だ。目的化されてない点が、一般企業との大いなる違い)。

 『潮』にはもう1本、連載対談(12回)「新しき地球社会の創造へ」も。7月号での相手は、前国連事務次長、アンワルル・K・チョウドリ。全く未知の人だ。会長の全行動に、ケチをつけるような真似は一切する気はないが、この種の外人有名人(?)との対談類は、もうやめる時期かと。そもそも人物としての器が違う。対談で世間的、経済的利益を得るのは彼等のみ。ナポレオン級の歴史的人物で、世界的詩人でもある池田会長が、毛唐のサンピン相手に、貴重な時間費やすのは実に悲しい。

 以上のような話を先日友人に話したら、反論された。「お前の眼は節穴か? 池田大作の両眼にひそむ愛は、愛は愛でも単なる自己愛だ!! それを傷付けられると恨みに一変させる。それだけだ!!!」さもしい性根の人間と泥棒は、この世から尽きないものだ。池田会長、無論僕はコイツと即刻絶交しました(つづく)。(塩山芳明)

■塩山芳明…ウェブでは初登場。雑誌版『記録』にて『奇書発掘』を連載。エロ漫画編集者。著書に『出版奈落の断末魔~エロ漫画の黄金時代』(アストラ)、『嫌われ者の記』『現代エロ漫画』(共に一水社・絶版)、『出版業界最底辺日記』(ちくま文庫)、『東京の暴れん坊』(右文書院)がある。

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