靖国神社

2012年7月18日 (水)

靖国神社/41回 みたままつり2012

 みたままつりへ行ってきた。今年は7月13日から16日までで、初日以外は3連休と重なって客も多かったに違いない。
 私は毎年の混雑ぶりを考えると胃が痛くなってくるので、初日の真っ昼間を選んだ。いざ靖国につくと思っていたより人が多い(夜の殺人的な人ごみほどではないが)。さすがにサラリーマン、OLといった社会人は数えるほどしかいなかったが、大学生や制服を着た高校生、おじいちゃんおばあちゃんがまつりを楽しんでいた。

 とりあえず参拝しおみくじを引いたあと、有名人が奉納したぼんぼりを見る。
 毎年ウォッチしていた朝青龍が引退して以降、これといって気になるものがなかったのだが、今年は見つけてしまった。エストニア出身、角界のディカプリオとも呼ばれる把瑠都のぼんぼりだ。
 四股名を漢字で書いているのだが、あまり上手くないにもかかわらずなんとなく誰なのかわかってしまうサイン。縦書きになれていないのか、かなりつぶれてしまっていて残念な感じ。横書きでもいいんじゃないかと思ってしまったよ。来年も四股名なのか、それとも他の字を書くのか気になるところ。ウォッチ継続決定。
 もう一つ気になったのが日馬富士。四股名の字もさることながら、左上に描かれていた絵がうまくて驚いた。たぶん事もなげにさらさらっと書いたのだろうけど、私がちょろっと書いたところで子どもの落書きにしか見えないよ。どうやら高校在学中に個展を開いたほどの腕の持ち主のようだから、これくらいはお茶の子さいさいなんだろうね。うらやましい!
 朝青龍は残念だが、来年以降も見るのが楽しみなぼんぼりを発見したからよしとしよう。

 さて、まつりの楽しみといったら縁日の屋台。みたままつりの屋台は、九段坂と神社の敷地の境界から、神門に向かう横断歩道手前ぎりぎりまで一直線にびっしりと並んでいる。
 お好み焼き、焼きそば、たこ焼き、あんず飴といった定番メニューから、かき氷、クレープ、チョコバナナ、わたあめなどのデザート系、果てはキュウリの一本漬け、ケバブ、ジンギスカン、タイラーメンといった変わり種まで、いろいろあって目移りしてしまうくらいバリエーションに富んでいるのだ。他にも、当たるのかわからないくじ、占い、クラブの内装を模したドリンクバー(バーは酒場のBarにかけているようだ)、飴細工などエンタメ系の屋台もある。比率としては、食事系9割で残りがエンタメ系やその他(お化け屋敷とか)というところ。私は今川焼きを大きくしたような形の豚玉焼き(300円)とラムネ、同僚はキュウリの一本漬けと富士宮焼きそば、アルバイトの女の子はタイラーメンとラムネを食べた。タイラーメンはトムヤンクン味のようで、ナンプラーの香りが靖国からバンコクへトリップさせてくれた。結構いけるらしい。

Masujirou  これまでいくどとなく靖国を訪れ、大村益次郎の銅像の写真を何枚も撮ったが、よく考えてみると一緒に撮ったことは一度もなかったので記念撮影することに。しかし、ただ撮影しただけじゃつまらないから、なにかいいものはないか探していたところお面を売っている屋台を発見。

 購入にあたって売れ筋を屋台のお兄さんに聞くと、ライダー、戦隊もの、プリキュアが人気で、毎年買いに来るファンもいるそうだ。ミッキー、キティちゃん、トーマスなどの定番は毎年売られるけど、ヒーローものは1年で変わる水もので、来年はまたラインナップが変わる商品だそう。いろいろ説明を受けたけど、最近のヒーロー事情がよくわからないため、いちばんカッコよかったライダーのお面を購入。800円。高い!! さっそくかぶって、はいチーズ。いい感じの羞恥プレイ。自分でやるといったにも関わらず恥ずかしかったわ。
 ちなみに買ったはいいもののお面のキャラ名がわからず、会社で調べたがわからずじまい。Facebookで聞いたところ「仮面ライダーフォーゼファイヤーステイツ」と、友人が教えてくれた。で、ファイヤーステイツはフォーゼとどのような関係があるの……?

 帰りにまつりの風物詩であるかき氷を購入(200円)。カップが二股に別れているのに気づかずシロップを2種類(イチゴとブルーハワイ)かけたら紫色になってしまい、さらに会社に戻る途中ですべて水になってしまって
ほとんど食べることができなかった。同僚はあんず飴が2個当たってしまい、それも帰社途中で溶けて見るも無惨な形に。
 靖国を出て九段坂を下り駅に近づいていくと、まつりという非日常の空間からあっという間に日常の空間に戻ってしまう。サラリーマンやOLがかっ歩する中、変色したかき氷や溶けたあんず飴を持ちながら歩く私たちの姿は、昼のオフィス街と相まってとてつもなく場違いなグループに見えたに違いない。まつりの余韻を出してもいいのは夜だけで、昼間は会場内で飲み食いしてから日常世界へ踏み出したほうがいいということを学んだ日だった。(奥津)

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2010年10月14日 (木)

靖国神社/40回 最終決戦 8月15日(下) ~今年こそ会えるか~〈2008年8月取材〉

 みんなで参拝する会が解散したところで、昼食をとりに行った。参拝者の列は午前中に比べ段違いに増えており、まさに「暑い中お疲れさまです」という言葉がふさわしい状態だった。
 昼食を済ませ、午後1時前にやってくるはずの石原慎太郎都知事を見に到着殿へ向かう途中、カメラを抱えた集団に囲まれながら神門から軍服を着た集団が出てきた。白いひげを蓄えたおじいさんを先頭に10人くらいのメンバーが2列に整列し、それに向かって「今日は解散!」というようなことを言っていた。ちなみに彼らも毎年来ているが、参拝後の姿を見たのは初めてである。

 さらに遊就館前の売店横では、かき氷を食べているどう見てもヤクザたちがいた。これもこの日の風物詩というか、なかなかおもしろい絵だった。かき氷代は個々で支払ったのだろうか、それともアニキのおごりだったのだろうか。興味は尽きない。
 到着殿前はすでに人が集まっており、「(好意的な意味で)いつでも来い、都知事!」という状態で、私は人をかき分けベストポジションを取りに、一般人サイドのど真ん中2列目に立った。すると、「どうぞ」とおばちゃんから日の丸旗を渡され、「なんかスゲー!」と思いながら待つこと約30分。その間、「朝日は帰れ!」「TBSも帰れ!」というこれも毎年聞いている気がするシュプレヒコールが。さすがに以前のような拍手喝采ということはなかった。

 暑さでバテるかと思ったその時、黒塗りのセンチュリーがやってきた。車から出てきたのは、石原慎太郎東京都知事。それと同時に、あがる歓声と振られる旗。例年より出待ち人数が減ったとはいえ、この日一番の歓声ではないだろうか。 
 参拝後、中から出てきた石原都知事は参拝客に手を振り一礼し車へ。そして、石原都知事を乗せたセンチュリーが走り去り、小泉はどうしたんだろうか……と思いながらニュースをチェックすると、すでに午前8時すぎに来ていたそうだ。ガーン!! 今年も会えなかった。個人的な戦いは来年に持ち越しになってしまった。

 今回の取材を終え感じたことは、靖国ブームのころに比べ、靖国を取り巻く状況が落ち着いてきているということだ。今年は、論争が巻き起こった映画『靖国』が公開され、小泉政権時代には遠く及ばないが話題になったにもかかわらず、現状は参拝客が減り、8月15日の公人の参拝もさほどもニュースにならなかった(オリンピックの影響もあるかもしれないが)。ほんの数年だけのデータではなんともいえないが、この先靖国はどうなっていくのだろうか。取材を開始したころの靖国へと戻っていくのだろうか。『記録』はWebに移行するが、これからも靖国ウォッチャーとしてその動向を見守りレポートを続けていきたい。(奥津裕美)

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2010年9月28日 (火)

靖国神社/39回 最終決戦 8月15日(上) ~今年こそ会えるか~〈2008年8月取材〉

 今年も行ってきた。年に1回の苦行。8月15日の靖国神社。1年が過ぎるのは本当に早いですね。
 さて、なんらかのイベントがある日の靖国は参拝客が増えるが今年は少なく感じた。どうやら8月16日付けの産経新聞によると、今年の参拝客は15万2000人。2年前の約26万人と比較すると、少なくなっているのは気のせいではなかったようだ。

 この日、九段坂では、外国人参政権反対や、チベットや少数民族などの中国国内の民族問題など、ここでビラ配りや署名活動をする意味があるのか問いたくなるようなことが行われていた。他にも、道の至る所に警察官や機動隊が立っていて、特に機動隊員の服装は見ているこっちが暑さでやられそうになるくらい。
 涼しいところを求め参道を歩き境内へ向かうが、歩きながら、そういえば8月15日に参拝をしたことがなかったことに気づいた。思えば、着いてすぐ到着殿へ向かい、参拝にやってくる政治家たちを追い、少し時間があれば当日の様子を知るためにふらりと境内や参道に行くというのが私の1日である。というわけで参拝をしてみたところ、驚くべきことに賽銭箱が大きくなっている。どこから投げ込んでも入るようにとの配慮なのだろう。靖国の参拝客への優しさを感じた。

 参拝を終え満足しながら到着殿近くにあるベンチに向かった。到着殿を見渡せる絶好ポイントを確保するものの動きがないようで、日の当たる報道関係者スペースには人があまりおらず閑散としていた。例年通りのスケジュールならば、午前10時半頃からみんなで靖国神社に参拝する靖国神社の会の面々が集合し始め、午前11時に参拝するのでゆっくり待つことにした。
 途中で、編集部員の一人が来てくれたのでかき氷を買いに行き、とりあえず食べながら談笑していると、到着殿付近にわらわらと人が集まりはじめた。それから少しして黒塗りの車が続々と到着してきたところで人混みに加わったところ「参拝ありがとう!」という歓声が上がった。一体どうしたんだと、様子をうかがうもわからない。あとから知ったが、どうやら安倍晋三元首相だったらしい。今年の目的の一人を見逃してしまった。まさか銀の車でくるとは思わなかったよ。それにしても騒ぎが少なかった。前出の産経新聞によると、「声援も、こだまするような勢い」もなかったそうだ。そりゃあ、わからないよ。3年前の8月15日を思い出したら非常に切ない気分になった。スターの輝きはもうないらしい。

 逆に、鈴木宗男衆議院議員の人気があいかわらずすごかった。午前11時に国会議員の会の面々が到着殿へ向かう際、他の議員に対しての声援は特になかったのに、彼だけにはあった。しかも「一緒に一枚!」とか、「頑張ってください!」の声。本当に人気があるのかどうかはわからない。ただ、写真や握手に彼自身が快く応じているところにそのゆえんがあるのではないかと感じた。(奥津裕美)

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2010年9月16日 (木)

靖国神社/38回 この夏おばけが熱い!〈2008年7月取材〉

 夏が暑いのは当たり前だが、私の中のお化け屋敷熱のホットさといったら尋常ではない。そもそも怖いもの嫌いでお化け屋敷なんてもってのほかで、ホラー映画なんて見た日にはトイレに行けない……なんていうのは遠い昔のこと。今年のこの企画のために鍛えた。あらゆる恐怖に次ぐ恐怖を体験し、今ではちょっとの怖さぐらいならばたいしたことなく思えるまでに成長した。
 で、お化け屋敷である。みたままつりの風物詩といえば、提灯、つのだ☆ひろのライブ、一日中続く奉納芸能だと思っていたが、毎年行くたびに気になっていたところではあった。
 軽くお化け屋敷の歴史を書くと、天保元年(1830年)に、瓢仙という医師が自宅の庭に小屋を設けて壁や天井に化け物の絵を描き、人形を置いた屋敷を作ったのが起源とされている。どうやらそれは3ヶ月くらいで撤去させられたそうだが、きっと当時は斬新だと思われたに違いない。さらに調べると、遊園地内にお化け屋敷が造られはじめたのは1950年代半ばから60年代にかけてだそう。
強気な入場料

 さて、靖国に話を戻して。隣に出している見せ物小屋はすでに取り上げた。「今日見逃したら明日は見られないかもしれません」のせりふに誘われフラフラ~っと入った気が。しかし、お化けは見て見ぬふりをしていた。 しかし今年は思い切って編集部の面々を誘って行ってきた。メンバーは、古参編集部員と新人女性編集部員の3人。古参編集部員に関しては、「お化け見たーい」とうるさかったので参加メンバーに入れた次第。
 午後16時半。夕方近くにも関わらず、夏真っ盛りということもあって暑いし明るい。太陽がさんさんと照らしている中でお化けというのは味気ないし、雰囲気に欠ける。それに、このお化け屋敷はどうみてもベニヤとビニールシートと少しのぬくもりでできているとしか思えない。いくら頑張って設営したとしても少しの隙間からでも日が射しこんでしまいそうだ。ついでにいうと、設置場所は大鳥居を抜けてすぐ右に曲がったところの奥。木で覆われているから少し暗いものの、葉っぱの緑色がさわやかさを演出し、健全に見えてしまう。
 とりあえず外観をじっくりと観察し、入り口に近づいてみると、生首3つと口から血を出した人形が「アロハー」とお出迎え。今年のテーマは「四谷怪談」だそうで、昨年は「ゲゲゲの鬼太郎」だったそうだ。
 入場料は大人一人500円と結構高めの料金設定。入口から出口までに約50分を要するお化け屋敷と同じ値段である。
 受付のおばちゃんのスラスラと年季の入った口上スキルに魅せられ(魅せられなくても入るが)入場料を払う。
 おばちゃんお金を受け取り、「3名様入ります。両手に花でいってらっしゃい」と言ったあと、頭上の鐘をゴーン。あまりにも突然、前振りなく鳴らすものだから全員で「ギャーッ!」。まだお化けいない。中に入ってもいない。
 ひとしきり驚いたあと入場。直後にお人形がお出迎え。お化け側の先制攻撃に、記録チーム再び「ギャーッ!」。
 中は真っ暗、妖しく辺りを照らすブラックライトの青い光が行ったことはないがクラブ(踊るほう)っぽい……などと思っていたら前から、ベニヤをバンバン!と叩きながら「ガァーッ!」とシーツのようなものを着て、顔は映画『スクリーム』に出てくるマスク(ムンクの『叫び』のあの顔に似た感じ)をつけたお化け登場。威嚇音が聞こえているにも関わらず「ギャーッ!」(三重奏)。大人三人がそろって大声で叫ぶ。目の前にジェイソンが現れたときのよう。私の脳裏に、叫んでいる女優の顔が浮かんだのは言うまでもない。
 さらに先に進むと、広い空間にたどりつき、真っ暗でまわりがよく見えない。進行方向もわからずとにかく手探りで道なりに歩くと外に出た。
 外に出てほっとしていると、ひゅーっと頭上を何かが駆け抜けた。たぶん生首。馬並みの速度だったため、実はよくわからないがきっとそうだと思う。しかし、この安心した瞬間に何の前触れもなく驚かされるのは、暗闇のお化けよりもタチが悪い。後ろを振り返ると、入り口のおばちゃんが何事もなかったようにヒモを何かにくくりつけていた。おばちゃん、タイミング良すぎ、いい仕事してるぜ。

 気を取り直して、再び中に入ってすぐお化けの奇襲。このお化け、驚かせたあと「どうぞ」という風に先に進ませる。紳士なお化けに編集部員一同、「どうも」と先に進みほっとした瞬間、後ろからお化けが「わ゛ーーー!」。編集部員「ギャーッ!」。これが数回続くわけです。   
  「わーっ!」→「ギャーッ!」→「どうぞどうぞ」→「ほっ」→「わ゛ーっ!」→「ギャーッ!」のループ。ずっとお化けのターン。アイツラ……。
 ヤツらがいるのはわかっている。そこを曲がれば出てくるのはわかっている。だけど驚いてしまうのがお化け屋敷クオリティ。 
 そして2回目のお外タイム。そこでもまた頭上を何か(たぶん生首君2号)が駆け抜け「ギャーッ!」。いい加減、学習しろ。
 意を決し、再び中にはいると、「あの人について行こう」という声と同時にかばんが重たくなった。どうやら入り口付近で固まって怯えていた小学生の女の子たちにかばんのヒモを掴まれたようだ。
 しかし、入った瞬間、お化けが「わ゛ー!」と出てくると、少女たちはパニックになり、ギャーギャーいいながら私の周りを回るだけ回って外に出て行ってしまった。 
 取り残された私、かばんのヒモが足に八の字で絡まって動けず涙目。どうしたらこんな絡み方するんだよ。
 さらに、ついてこない私を心配した編集部員が、「奥津さんが行方不明だよ」と探しに来て「大丈夫?」と腕を引っ張るも動けずさらに涙目。       
  「ちょwwwムリwww動けないwww」とかいっていたらさっきのお化けが助けてくれた。「ありがとう、王子様」なんてうっとりするが、顔はゾンビ。ムードなんてない。しかも、振り返るとついてきている。気配消すな。 行く前はバカにしていたが、かなりおもしろかった。ただ怖いお面をかぶって驚かせているだけなのに、なんであんなにビビッてしまうのだろうか。普通に回れば5分もかからないであろう構造だが、軽く20分くらいは楽しめる。そう考えると、500円は結構安い。おばちゃんもお化けもいい仕事をしていたので、お化け屋敷はおすすめだ。要健康体が条件だが。

 お化け屋敷を出たあと、興奮を冷ますべくかき氷を食べ、恒例である朝青龍のぼんぼりを見に行った。今年の朝青龍、驚くことに漢字をやめたのである。毎年、彼の漢字を見るのが楽しみだっただけに残念。
 お化け屋敷は楽しかったが、目玉の朝青龍ぼんぼりににがっかりしながら靖国をあとにした。(奥津裕美)

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2010年8月17日 (火)

靖国神社/37回 靖国で後期高齢者医療制度を憂う〈2008年4月取材〉

 今年4月に後期高齢者医療制度が施行された。長寿医療制度ともと呼ばれているが、後期医療制度とは、満75歳以上の人に無条件で加入を義務づけられる制度である。
 75歳以上が後期高齢者をカテゴリするのは非常に直接的で大胆だ。しかも、後期高齢者とあるが、65歳以上75才未満でも寝たきり等の一定の障害がある場合、広域連合(後期高齢者医療広域連合)から認定を受けるとこの制度の被保険者になる。
 75才の誕生日を迎えると自動的に国民保険から脱退し、これまでの保険制度の利用ができなくなる。
 後期高齢者医療制度の被保険者となると、年金から天引きされるか口座振込、振替することになる。その保険料も地方自治体により額はばらばらで、資料によると一人あたりの平均額が、月6000円、年に換算すると7万2000円となっている。最も高いところが、神奈川県で9万円超。逆に安いところが青森県4万6000円程度。約5万円もの差がある。
 東京や政令指定都市などのリッチ層が多いところへの国からの補助金が他の地方都市に比べると少ないということが、個人の負担額が多くなった背景にあると思われる。
 しかし、いくら都市部に高所得者が多いといっても、中にはプア層がいるのも確かだ。この制度は生活保護世帯は除外されるというが、生活保護認定を受けられるほど収入が低くもなく、だからといって年金から保険料を天引きされると日常生活が困難になるという世帯の場合、生活が苦しくなるのは目に見えている。現在の年金生活者は比較的裕福だと言われているが、今年金を払っている若い世代が年金支給をされるころにもこの制度があった場合を想像すると悪寒がしないでもない。

 ここで気になってくるのが医療費負担額はどうなるのかである。
 70才以上74才以下の前期高齢者は、来年3月まで1割で据え置かれるが、それ以降は2割負担に変わる。
 後期高齢者は現行の老人保険制度同様、1割負担のままだが、現役並みの所得がある場合は3割となかなか挑戦的。現役並み所得とはいくらかというと、社会保険庁の資料によると単身世帯で383万円以上、夫婦世帯で520万円以上をさすそうだ。
 その資料には「高齢者の方々にふさわしい医療を目指します」と白々しく書かれているが、提供する医療の質が高くあるのは当然だ。国庫からの余計な支出を社会福祉のほうへまわす配慮も「高齢者にふさわしい医療の提供」の一つではないだろうか。
 いくら健康で暮らしていたとしても老いには勝てない。身体機能も年を重ねれば重ねるほど老化する。そうすると、病院に通う機会も増えていく。人によってはほぼ毎日どこかしらの科に通っている。そうなってくると、毎月の医療費もばかにならない。
 長寿医療保険というと聞こえはいい。長寿の人に対しての特別措置にも聞こえるからだ。しかし、実態は支払い能力が乏しい高齢者からも保険料を取るというなかなか悪どい制度であることに間違いなさそうだ。
 最近よく耳にするようになったワーキングプア層(働いているのに貧しい層)にいる若者と並び、これまで敬われてきたはずの高齢者も生きづらい世の中になってきたと言える。

 さて、高齢者医療制度のことを書き連ねてきたが、靖国とどう関係があるのかと思った読者が多いかもしれない。
 一見、関わり合いがないように見えるが、実は大ありで、靖国に訪れる参拝客は今は減ったとはいえ若者も多い。しかし、英霊の多くは20歳前後で戦死している人が多い。戦後60年たち、もし英霊の大部分が生きていたとしたら80才を超えている。そうでなくともその妻が前期高齢者枠に入っていてもおかしくはない。その子供たちが仕送りをしているとしたらそのうちの数割が年金の補填として消えるだろうし、それをふまえて仕送り額を増やしたとしたら……と考えたらキリがない。
 簡単に言うと、靖国で祀られている英霊の関係者の多くが前期または後期高齢者枠に入っている確率が高く、その子供たちはそれらカテゴリーに入っている人を家族に持ち近々仲間入りする可能性が高いということだ。
 以前、靖国神社のバリアフリー化について書いたが、参拝に訪れる多くが高齢者に属する人たちだ。例大祭での昇殿参拝時や8月15日に参道で行われる集会には高齢者が多い。
 というわけで靖国に訪れる高齢者に後期高齢者医療制度について聞いてきた。

 6月半ば。梅雨に入ったような入っていないような微妙な天気だが、晴れてはいた。非常に暑い。参道は白く照り返しがあり目が開けられない。
 大鳥居を入ってから数メートルごとにいる警察官。きっと映画効果によるものと推測。年々、取材規制が敷かれ神社から離れていっているような気がしないでもない。 いつも通り大鳥居へ向かう坂付近で待つが来ない。やってこない。暑いからだろうか。
 意気消沈しながら待つこと数十分、白髪の男性がやってきたので聞いてみると「興味ないから」とのこと。
 興味がないというのはどういうことだろうか。それからまた取材をするが興味がないひとがほとんどである。いずれ自分の身に降りかかる事なのに関心がないということに驚くとともに、「後期高齢者」という名前自体に嫌悪感を示し関心を持ちたくないと思っているのかもしれない。いずれにしろバリアフリーの時よりも取材のハードルが高い。

 そんな中、取材をした女性は、「私は今75才になったばかりなんだけど、後期高齢者医療保険や、長寿医療保険と呼ばれようが私は賛成です。高齢者に税金を使うよりも、これからの若い人達に税金を使った方がいいと思いますよ」。
 ここまでハッキリと賛成の意を唱えられるとスッキリするが、高齢者に対して税金を使うことと若者に対して税金を使うことを天秤にかけることはできない。この制度には批判の声が多いが、このように考える人も中にはいるのだと驚いた。
 意外と実りのない取材だったが、靖国に祀られている英霊たちが後期高齢者医療制度の存在を知ったとしたら、雲の上で憂いたりするのだろうか。自分たちが守った国がこんな状態になっているなんて、と。(奥津裕美)

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2010年6月 8日 (火)

靖国神社/36回 映画『靖国』を鑑賞した〈2008年4月取材〉

 少し前に話題になった映画『靖国 YASUKUNI』を見てきた。
 国会議員が試写会という名の検閲を求めたり、続々と上映中止が決まったりと、公開前から大フィーバーしていた作品である。
 『靖国』が日本で公開されるという情報を得てから、公開日まで指折り数えて待っていたのに、上映中止が相次ぎ見るのは夢のまた夢かと思っていた矢先、渋谷のシネアミューズという映画館で公開しているという情報をつかみさっそく「特攻」してきた。
眠るSP、対面状態の警備員
 映画館はビルの4階にあり、看板はあるものの分かりづらい。

 ビルに近づいていくと入口付近に警備員が立っていて、危険人物を敷地内にいれないという意志が感じられた。熱意が伝わります。でもそれなら1人ではなくもう2、3人増やして欲しかった。ネタになるし。
 劇場に入り、辺りを見回すと中年以上の観客が多く、座席も8割がた埋まっていた。やはり見るなら最前列と思って前へ行くと席の上には「関係者席」の貼り紙が。スクリーン横にはガードマンが1人。映画が始まると観客と向き合うようにして座った。
 始まる直前に黒いスーツに身を包んだSPがやってくる。本当に厳重にしていると感心していたら、彼は始まってすぐに寝た。仕事しろ。中盤に差し掛かるころには寝息まで聞こえてきて素敵なBGMになっていた。
 行く前から気になっていた右翼や左翼の活動家たちだが、残念ながらいなかった。がっかりである。8月15日だけではなく、なんでもない休日にも彼らに出張って欲しかったよ。バラエティジャパンによると興行収入が1000万円を超えたそうで、さらに各地で続々と公開が始まっている。

 今こそさらなる抗議活動を……と書くとあらぬ誤解を受けそうなので扇動するようなことは書かないが、この『靖国』を巡る騒動に関しては首を傾げたくなる。
 人は騒がれれば騒がれるほど気になり関心を持ち、関心を持ったら見たくなる。騒いでいる人間は、「映画が偏ったメッセージを送っている」だとか言っているが、私自身はメッセージは受けとらなかった。
 そもそも映画なんだから、メッセージ性があってもいいんじゃないだろうか。いずれにせよ文句をいう奴は言うんだし、だからといって垂れ流しのようなものを作ったら作ったで、「日本人の誇りを弄んだ」とかいうのだろう。
 議論だけが先走り、当の受け手側は置いてけぼりになっていたが、実際に見た感想は、「何じゃこりゃあ!」。松田優作降臨。
 よくできたドキュメンタリーで、騒いでる人はなんでかな? というくらい普通。深夜に放送しているような類のドキュメンタリーに近いし、8月15日の映像では当時のことを思い出し微妙な気分にもなれた。どうしてこれで騒いだのか理解に苦しむ、というのが本音だ。

 細かに見ていくと、首を傾げたくなる部分がちらほら。というわけで、お待ちかねのハイパーツッコミタイムをはじめたい。
 まずこの映画の主題である「刀」。ご神体が日本刀なんて聞いたことない。初耳。パンフレットには、「昭和8年から終戦まで12年の間、靖国刀と呼ばれる8100振りの軍刀が靖国神社の境内において作られた。(中略)246万6千余柱の軍人の魂が移された一振の刀が靖国神社のご神体である」とあるが、靖国側は「ご神体は神剣と神鏡」といっている。しかし、2008年4月2日付けの朝日新聞夕刊に出ていた映画の広告の解説を見ると、「ご神体は刀と鏡」と書いてあった。パンフレットの印刷が先か、新聞の広告が先かはわからないが統一してほしい。それと鏡のこともきちんと明記してほしい。

 次に、監督は「10年にわたって取材を続けてきた」といっているが、映像を見る限りでは同意しかねる。
 後半に出てくる国民の集いの映像で看板が映っていたが、そこには「戦後60年国民の集い」と書かれていた。戦後60年といえば2005年8月15日。私が24時間取材をした年である。
 ちなみに靖国側が製作をした龍影に送った資料に書いてあったのだが、撮影許可の申請は2005年8月15日、2005年10月17日、2006年8月15日の3回。これらを総合して推測すると、たぶん劇中に出てくる靖国騒乱はこの2年分だけだと思われる。
 だとすると、残りの8年はどこへ行ったのだろうか。空白の8年ということだろうか。ぜひ知りたいものだ。 ところでこの映画の靖国そのものに関する映像は「8月15日」の様子が8割を占める。

 たしかに、参道の集会や参拝に来る右翼、抗議をする左翼を映すのは、終戦の日(英霊の日)の風物詩でわかりやすい。それに加え、合祀の取り下げを求めて抗議をする場面も映しているのだから、本殿に祀られていない人や世界の紛争で亡くなった人の御霊を鎮めている鎮霊社も映してほしかった。あの施設こそどうかとは思わないのだろうか。8月15日の靖国の状態もよいが、鎮霊社の存在こそいろいろな人に知ってもらいたい。
 全体的にカメラアングルが近く、人々の興奮や息づかいが嫌でも伝わってくる。酔ってしまいそうな映像の中、監督は頑張った。撮影相手ともめてテープやカメラを奪われたこともあったそうだ。確かに毛穴が見えそうなほどのズーム、密着率の高そうなアングル。止めてと言われても止めないカメラ回し。私が到着伝殿で張り込みをしていたとき、本殿付近でどんなことが起こっていたのかがわかったことは評価したい。

 8月15日が靖国イベントのクライマックスだとしたらこれほどおもしろい日はない。だからこそ監督は、8月15日にこだわり続け取材をしてきたのだろう。私自身も、この日は普段は見かけることのない人がたくさんくるので取材が楽しい。
 しかし、映画を通して「靖国」とは何かを問いかけたいのであれば、その日だけにこだわらず例大祭、みたままつり、そして何もないただの平日も映すべきではないだろうか。混沌と混乱にまみれた特別な日に日本人が騒ぐのは当然だ。
 靖国ブームが来る前、来たあとの「何もないただの日」にこそ「日本人の靖国に対する思い」が見えるのではないだろうか。8月15日に騒いでいるような人は来ていない。純粋に慰霊をしにきている人だけだから。これが7年取材をしてきた私の素直な感想である。(奥津裕美)

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2010年5月13日 (木)

靖国神社/35回 花より団子の桜見物。〈2008年3月取材〉

 靖国の春の風物詩といえば、桜。
 これまで桜については2回書いたが、どちらの記事も標準木のことで、実際にシーズン中の桜のレポートは書いていない。
 桜の下で再会を誓い合っているのに、その再会の場を訪ねていないのはさすがにマズくはないがよくない。何年も靖国へ行き、秋はイチョウ並木(参道)を歩き、梅雨はアジサイ。冬は甘酒を飲みながら葉が落ちきった木々を愛でてみたり、新緑のころにはマイナスイオンを浴びてみたり。とにかく年がら年中、何かしらを見て感じているわけだ。
 見に行っていないわけではない。タイミング悪く雨が降って散った後だったり、日本にいなかったりと、簡単にいうと見逃していたということだ。
 今年は編集部に同年代の女の子が入ったので、親睦会がてら花見へ行ってきた。

 午後2時過ぎ。東京メトロ東西線の飯田橋で待ち合わせをし九段下駅へ。
 何もない週末の九段下駅はガラガラにもかかわらず大勢の人、人、人。「人がゴミのようだ」とつぶやきたくなってしまいたくなるような状況。千鳥ヶ淵、北の丸公園へ向かう出口には規制がかかっていた。私たちは反対側の出口から出たがそれでも多い。九段坂も人でいっぱい。酔いそうだ。
 人の波にのまれながら北の丸公園のほうへ目をやると桜が満開で、久しぶりに見た日本の春の風物詩に胸がいっぱいになりなんとなく日本人でよかったと思った。
 はかなさとつやめきが同居した花は桜を置いて他にはないと断言してもいいと、熱く語れてしまうほど桜は美しいのだが、その木の下で行われる花見もまた熱い。

 千代田区さくらまつりの会期中で参道脇に露店がひしめきあっている。
  「あれ食べたいね、これ食べたいね」とよそ見をしながら人をかき分け進むが、お好み焼き、いか焼き、たこ焼き、じゃがバター、クレープ、かき氷と、食欲を刺激する店ばかり。どうして祭で食べるお好み焼きっておいしいのだろうか。露店七不思議の一つである。
 花より団子で食べ物ばかりに目がいってしまっていたが、それもこれも桜の印象が少ないからだ。でもそれは仕方がない。なぜなら参道ではなく境内に桜が集中しているから。
 大村益次郎像を越えて売店へ向かう間は、桜よりもイチョウの木が増えはじめお花見をするには少しさみしくなる。それでもシートに座って飲食をしている人たちばかりだったが……。

 食べ物の誘惑を振り切って参道を進み、神門を抜け境内にはいるとやはり人だらけ。能楽堂では奉納芸能が行われていて、例大祭やみたままつりを思い出した。そういえば昨年は寒空の下、夜桜能を鑑賞したことを思い出した。暖冬で例年よりも早く桜が開花していたはず。日本に帰国して間もない頃だ。
 あれから1年。時が経つのは早い……と感慨にふけりながら神池庭園の方へ。
 普段は用事がない限り靖国の深部へ行くことはないが、風情ある景色と桜が、これ以上はないというくらい「日本の美しさ」を教えてくれた。たまにはいいことするじゃないか、靖国神社。
 いつ来ても「ここは神社なのか?」と思わせてくれる庭園も、この時期は5割増し。なぜかここへ来ると、英霊のことも靖国問題のことも忘れてしまう。忘れてはいけないのだけれど、後ろを振り返って遊就館や本殿を見なければ、本当にどこかの○○離宮や○○庭園に来たような錯覚に陥る。

 ここだけ違う時間が流れていて、仕事で疲れたときや心を落ち着かせたいときは、池の前にあるベンチに座ったり、自動販売機で鯉のエサ(100円)を買ってまいたりするといい気分転換になる。以前、別の編集部員とエサをまきながら語らいあったことをなぜか思い出した。
 神池で写真撮影した後、裏側に回ってみた。今は緑もなく寂しい通りだが、梅雨時期は土のにおいと緑のにおいが混じり合ってこれはこれで風情がある。梅雨時の取材で見たアジサイが美しかったのを今でもハッキリと思い出せるので、ここは5月以降に来ることがおすすめだ。

 さて、一通り見物も終わったところで感想を聞いてみた。
  「とにかく溢れる人、人、人。人を見に来たんじゃない、桜を見に来たんだと自分に言い聞かせるも、キテレツな格好をしたコスプレイヤーたちはどうしても目に入ってくる。これが日本の春なのか」。
 帰り道、念願のお買い物。山形名物の玉こんにゃくを2人で分け合いながら食べ歩き、お好み焼きとじゃがバターを買って帰った。そのあと、秋葉原へ遊びに行ったのはここだけの秘密だ。(奥津裕美)

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2010年5月 9日 (日)

靖国神社/34回 You! 偕行文庫に行っちゃいなよ!(2)〈2008年2月取材〉

 とりあえず雑誌を元に戻し、後にある本棚を物色。気になる本を見つけた。『日本陸海軍事典』(新人物往来社)。上下巻に別れていて、上巻は「一、制度・組織、二、軍事用語(軍隊生活用語)、三、兵器(制式呼称)」、下巻は「四、戦争・事変・事件、五、人物  付録・付表」という構成になっている。
 この中で面白かったのが、三の生活用語だ。皇軍や行軍、検閲、軍令、突撃、屯田兵などの意味が詳しく書かれているが、その中で思わず笑ってしまった用語を紹介したい。
  「精神棒」……海軍で初年兵や下級兵に私的制裁をするときに使う長い棒のこと。私的制裁は建前上は禁止されていたので表には出せない専用備品で、「軍人精神注入棒」の略。
 なんという猪木イズム。叩くときは、「両足を開き、両手をあげ、歯を食いしばって、尻を出す」そうで、実際にその格好をしてみたが変な格好だった。
  「突撃一番」……兵隊が娼婦を買うときに使うコンドームの商品名。民間市販品は別名だから専用の軍用品で、「健兵対策」のうちの性病予防のために使用された。海軍では、“ゴムかぶと”と呼ばれた。

 どうやら軍隊には若者が多く、性エネルギーの抑止が不可能だったため、携帯と使用を義務化させたそうだ。ちなみに、娼婦を買うことよりも、行為の時に突撃一番を使わないほうが問題で、その時は叱責される。たぶん、「貴様はどうして突撃一番を使わなかったのだ!」と言われてたんだろうな……。恥ずかしいな。
 軍隊でのことに思いをはせながらせっかくなので、閲覧請求をしてみることにした。
 目録を見て気になった本をピックアップし数冊借りたが、ラフカディオ・ハーンの『神國日本』(第一書房・戦時體製版)の奥付を見て驚いたことがあった。現在の奥付とは大違いで、まず印刷日が書いてあり、次に発行日。さらに、初刷の発行部数まで書いてある(これは2万部刷られたそうだ)。

 印刷日や値段が書いてあるのは特に問題ないが、発行部数が明記されているのがすごい。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)くらいの有名人ならいいかもしれないが、売れてない作家の場合はキツイだろう。初刷二千部とか。想像するだけで吐きそうだ。
 貴重本などは国会図書館や近くの図書館へ行けば読めるが、所蔵本の種類が限られていて、蔵書数もそんなに多くないので探すのも楽。空いているときに行けば、古本屋で何万円もする本を無料で読むことができる。今後は、参考資料を探しにまめに利用することにした。

 最後に、アストラの本をパソコンで検索したら2冊ヒット。一冊は、『8月15日からの戦争』(今冨昭著)。もう一冊は、私の『誰も知らない靖国神社』。靖国に置かれているのが意外だったので早速請求した。表紙をめくったら、「購入」とあったのでなんとなく嬉しかった。どうせなら雑誌コーナーにある他の靖国ガイドブックと一緒に置いて欲しいものだ。(奥津裕美)

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2010年5月 6日 (木)

靖国神社/33回 You! 偕行文庫に行っちゃいなよ!(1)〈2008年2月取材〉

 遊就館隣の靖国会館にある靖国偕行文庫室へ行ってきた。ここは、1997年10月に開館された。経緯として、1992年に偕行社から図書奉納の話があり、その後建物の設計が行われ、1997年に靖国神社創建130年を記念して財団法人偕行社から建物および図書を含めて奉納された。
 内部はこぢんまりとしていて席は20席、検索パソコンが1台、小さな本棚などが置かれている。蔵書は約7万6千冊+資料があるそうで、閉架式書庫の1・2階に保管されている。誰でも読める室内の本棚にない本は、請求して貸してもらうシステムで3冊まで借りられる。複写もできて1枚20円。
 置いてある書籍は、軍関係の資料や文献、軍事に関する資料ならばなんでも揃っている。遊就館が軍事博物館ならば、偕行文庫は軍事図書館だろう。

 靖国ホームページの説明によると、蔵書の分類は、7割が「国防と軍事」に関するもの、次に「歴史」、「思想・宗教」。この3分類で9割が占められているそうだ。
 先に進む前に、図書館の名前にも使われている「偕行社」とはどんなところなのか調べてみた。
 資料によると、偕行社は1877年2月に当時約3000人いた陸軍将校の一心同体を目指し、会合場所として九段上に集会所が造られた。後に各師団所在地にも拡大されていき、陸軍将校の修養研鑽と団結を主な目的とした。陸軍の部隊駐屯地の集会所としてスタートし、将校たちの会費によって運営。その後、財団法人として発展、宿泊施設や軍装品などの販売、大阪や広島では付属小・中学校も経営するほどの規模に。しかし、終戦後、解散させられた。

 海軍にも同様の組織があり、そちらは水交社(現在は、水交会)と呼ばれていた。
 偕行社はもともと陸軍の社交場だったことから奉納された本のほとんどが軍事関係だったことが大いに納得できた。それにしても、7割……約5万4千冊が国防・軍事に関するものというのは驚きだ。
 これまで偕行文庫に行ったことがなかったので、とりあえず行くだけ行ってみようと思いそこへ向かった。
 毎度のように神門を抜け、能楽堂を越え、遊就館を通り過ぎた先に靖国会館がある。入ると左手に休憩所、右手に偕行文庫。
 扉を開け中にはいると、2人がテーブルに向かってカリカリと調べ物をしていた。
 4卓あるうちの開いているテーブルへ行き座って、辺りを見回すと、雑誌の置いてある棚と本棚。本棚には50冊程度しかなく、閉架式だとわかるまではあまりの少なさに驚いた。
 驚いてもしかたがないのでパソコンなどのあるほうへ行き、紙が置いてあったので手に取り席へ戻った。偕行文庫がどのようなところなのか下調べもせず、いったいどのような仕組みになっているかわからない……。ライターとして失格かもしれないが、逆に新鮮な発見ができていいかもしれないと開き直りながら、『靖國偕行文庫室利用案内』に目を通した。

 開館時間は午前9時30分から午後5時まで。閲覧・複写請求は午後4時半まで。休館日は毎週木曜・月曜、年末、特別整理期間。
 資料の閲覧方法は、図書目録かパソコンで検索し、用紙に必要事項を記入し提出すると、受付の人が持ってきてくれる(空いていればすぐに本が来る)。
 資料の貸し出しは、奉賛会会員のみでカードを提示すると貸してもらうことができる。
 目録は蔵書数が半端ではないので特定の書籍を探すならばパソコンでの検索がおすすめだが、いったいどのような本があるかに興味があるなら、目録を見ることをすすめる。

 利用の仕方がわかったところでさっそく、雑誌コーナーから『MAMOR 3月号』(扶桑社・530円)を借りる。表紙はほしのあき。自衛隊の雑誌だが、グラビアアイドルの表紙とローマ字のタイトルだけを見ると青年誌と間違えそうだ。特集タイトルを見ると違うことがわかる。
 3月号の特集は、「2008年、私がまもりたいこと」と、「ちゃんと守って欲しいから! 街の声が自衛隊を叱咤激励」。カラフルかつ大胆なフォント使い。自衛隊といえば、街の掲示板に「自衛隊に入ろう!」というフレーズと共にハガキが置かれていたが、ここ数年、某アイドルグループをイメージキャラクター(勧誘キャラクター?)に据えたり、不況のあおりで志願者数が増えたりブイブイ(死語)言わせている感があるがどうやら雑誌も頑張っているらしい。
 その他の項目は、「制服イラストの奇才・森伸之が書く! 女性自衛官制服コレクション'08」「技本※リポート『新架橋』」「Millitary Report 〝BLAZING SKY〟陸上自衛隊第5高等射特科群 真っ赤に燃える心を内に秘め 黙々と大空をみつめる鷹」など。他にもあったが、興味が湧いたのは上記だけ。(奥津裕美)

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2010年4月29日 (木)

靖国神社/32回 「日の丸」グッズをさがせ!〈2008年1月取材〉

 日本の国旗(日章旗)はカッコイイ。
 白地に赤い丸。パラオ(青地に黄色の丸)と、バングラディッシュ(緑地に赤い丸)も同じようなデザインだが、日の丸にはかなわない。
 シンプルさでは、リビア(緑一色)が一番だが、モロッコ(赤地に緑の五芒星)、モナコ(上段が赤、下段が白)、ポーランド(モナコの逆)もなかなか。
凝っていてカッコイイ国旗はたくさんあるが、シンプルかつ洗練された国旗といったら日の丸以外に考えられない。
 こう書くと、“靖国ライター”になって右寄りになったのか? と誤解されそうだが違う。
 国旗を見ると、横しまや縦しま、ごちゃごちゃしているものが多い。そのような国旗を見たあとに日の丸をみると白と赤い丸の絶妙なコントラストがよりよく見えるからだ。

 さて、この日の丸だが、いつから使われているのか調べてみた。
 文部科学省ホームページの資料によると、「「日の丸」は、江戸時代以前にも使用されていたという記録が残っている」とあった。
 さらに、江戸時代に入ってからは、幕府の船印として使用されるようになり、幕末になると日米和親条約(1854年)調印後、諸外国との交流が始まり、外国船舶と識別するための標識として、安政元年(1854年)7月に日の丸ののぼりを日本惣船印と定め、日米修好通商条約調印後の翌年(安政六年、1859年)に日の丸の旗が御国惣印として定められたそうだ。
 国内の動きとしては上記の通りだが、条約の相手であるアメリカではどうなのかというと、万延元年(1860年)に、日米修好通商条約批准書交換のために渡米した使節団一行が日の丸と星条旗が掲げられたブロードウェイ(ニューヨーク)を進む様子が現地の新聞で紹介されたそうで、このころには国内外で日の丸が国旗として認知されていたことになる。
 明治3年(1870年)に商船規則によって、日の丸を日本船舶に掲げるべき国旗として定められた。
 さらに調べていくと、この「日の丸」を売ってほしいという話が明治初期にあったそうだ。相手はフランスで、「500万円(当時の通貨で)で売ってほしい」という打診があったが、これに対し明治政府は「日本の国旗を売るということは、国を売ることと同じことだ」といって断ったそう。昔の政府は毅然としていたのね。

 そんな日本の国旗(象徴)である「日の丸」を靖国ではどれくらい取り扱っているのかが気になり、商品数が一番多い遊就館売店へ行ってみた。
 ここでは靖国神社オリジナルグッズから自衛隊オリジナルグッズ、靖国に関する書物などが販売されている。最近の気になるグッズは、コレクションしている地域限定キューピーの「同期の桜」だ。話がそれるが、自衛隊のキューピーがあるならば、「靖国神社限定キューピー」を作ってほしい。巫女や神職の衣装を着せたキューピーなんて想像しただけでかわいい。
 話を戻して、日の丸グッズを探してみたが意外と少なかった。国旗チョコや日の丸落雁、日の丸シールとかいろいろあるのかと思ったが、写真のグッズと扇子くらいしか見つからなかった。
 数は少ないが各グッズの種類はいろいろあり、ハチマキ(370円)は「日本」のほか、「闘魂」「必勝」などがある。時々、外国人がつけていたりするが、ハチマキは英語で「Head band」というらしい。
 シャツ用と書かれているまさに日の丸弁当のようなものはワッペン(530円)もある。アイロンでくっつく仕組みになっている。他にもコート用などがあり、大小様々。
 ピンバッジ(700円。補足として、写真のものは十六条旭日旗で自衛艦旗。自衛隊旗は八条旭日旗である)。よく見ると朝日新聞社の社旗に似ている。
 ワイヤーと中心に日の丸があるキーホルダー(735円)は、写真のもの以外に、十六条旭日旗やただの日の丸のものがあった。ちなみに私が買ったものは、日の丸の上に「君が代」が書かれているかなりマニアックなものだ。
 購入した中で一番のお気に入りが卓上国旗だが、これは「日の丸」(840円)「旭日旗」(840円)「Z旗」(1050円)の3種類あり、ばら売りと3本セット(2415円)がある。個人的にはセットが欲しかったが、値段も値段だし買った後の置き場に困るので断念。
 こうやって見てみると、国家の象徴である日の丸グッズがあまり売られていなかったのは残念だった。商品にしにくいのだろうか。
 せっかくなので、前述した国旗チョコや日の丸落雁、日の丸シール以外のグッズを考えてみることにした。

 まずみやげとしてオーソドックスなのがお菓子。日の丸クッキーや日の丸金太郎飴などはどうだろうか。日の丸まんじゅう(割ると中央に赤い餡入り)もいいかもしれない。歴代首相のまんじゅうがあるならこれもアリだろう。
 他に、開くと日の丸のデザインになっていて「君が代」が流れるグリーティングカードや、憲法九条が透かしで入っているハガキや、レターセットなど。
 リッチな客向けに、靖国神社ジオラマ(スケールは、400分の1くらい)というのはどうだろうか。既に作成済みで、好きな時間にセットすると自動的に国旗が掲揚され、国歌が流れる。販売は売店での注文販売のみ! 考えているのになんだが、欲しくはないけど売店に飾ってあったら絶対に見に行く。

 考えたらきりがないが、冷静に考えると、靖国に行って日の丸グッズを買うより菊や桜などの純正靖国グッズを買ったほうが記念になる。
 まだ「同期の桜」キューピーをもらった方がかわいいし、ネタにもしやすい。世間では「日の丸」や「君が代」は、デリケートな問題という認識が強いので、そういったグッズを製作、販売するのは難しいのかもしれない。真実はわからないが。(奥津裕美)

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