ロストジェネレーション自らを語る/27歳・男性・司法書士試験勉強中(後編)
(後編)
テレビ番組の制作会社に就職して、出社一日目の最初にやった仕事はトイレ掃除でしたね。なにかと体育会系な現場でした。ADとして、政治番組やドキュメンタリー、ゴールデンのバラエティー、再現中心の特番などを約2年半やりました。会社のイスや床で寝るのは当たり前、酷い時は休みが3カ月で1日だけ等、仕事はハードでしたしお給料も適切にいただいているとは思えませんでした。まあ、もらっても使う暇がないので結局どんどん貯まっていきましたが。辞めた理由はいろいろありますけど、きっかけは一緒にナレーション録りしていたディレクターがいきなり倒れて救急車に同乗したことですね。心筋梗塞でした。いつも無茶苦茶なことばっかり言ってる人が死ぬほど苦しんでいるのを見て、「自分もそろそろ退いたほうがいいのでは」と感じたんです。番組の担当枠が終わるのを区切りとして、辞めることにしました。
それまでも、辞めることは何度も考えましたよ。ある朝に、仲も良くて信頼もしていた先輩が「すまない」という4文字だけのメールを送ってきて、そのまま会社に来なかったことがあったんです。
今まで苦楽を共にして2人でその企画を担当してきたのにいきなり1人にされたから、その時は泣きながら会社に「辞めたいです」と電話しました。お弁当を買いに行ったまま帰ってこなかった人もいます。いったい、彼は弁当を買いにどこまで行ったのでしょう?(笑)
会社の休みも、前日まで休みかどうかわからないなんて言うのはざらでした。自分の人生設計図を丸められて次々と焚火にくべられるようなもんですよね。でも、僕は早く辞めてしまうのは嫌でした。次の仕事につながらないし、仕事の面白さを知らないまま終わってしまうのは嫌だと思っていたし、親に反対されても自分で決めて進んだ道だから。
何だかんだ言っても、笑いが絶えない現場でしたしテレビ業界ならではの貴重な体験も沢山したので、苦しくはありましたがテレビの仕事をしたことは本当に良かったです。
会社を辞めて、これからどうするかを親に相談した時に、前々から薦められていた法律関係はどうだ、と言われました。それで、資格を取れば自分で事務所も開けるし一生使えるからと、司法書士を受験することにしました。クイズ番組などで昔は答えられた問題に答えられなかったりするのがすごく嫌で、勉強したい衝動に駆られ、時事問題の検定試験なども受けたりしていたので、司法書士も「勉強したいからやる」というスタンスで臨みました。でも、今通っている資格予備校の先生の話を聞いているうちに、法律家になればたくさんの悩める労働者たち……過去の僕のような……を救えるんだなと思えてきて。
それから、本気で目指すようになりました。実は、文章を書く仕事をしてみたいなという希望もあるんです。ADの仕事でも文章を扱うことは多かったですし、表向きはそれを主な理由として辞めました。新聞・出版の求人があれば応募して、あと一歩のところまで行ったりもしました。採用されていたとしても、司法書士の勉強は受かるまでやるつもりでした。
今は、2年半で貯めたお金でつないでいます。真剣に目指そうと思った時、働きながらは出来ないなと。親のすねはかじってませんよ。
合格したら研修期間を経て司法書士となるわけですが、自分で独立するという考えは、今はそんなにはないですね。補助者や司法書士法人の従業員として業務経験を積んだ後は、司法書士試験の講師になろうかなと思っていて。
僕が一番向いている職業は何かを知人に聞くと、ダントツで「教師」という答えが多いんですよ。ゼミの先生には「生徒と遊べる人間だ」と言われたし、大学のクラスメイトには「保護者のハートをつかめる」と言われたし、職場で後輩に仕事を教えるときに説明上手だと言われたりとか。
教育学部出身ということもあり、「なんで先生にならなかったの?」というフレーズは、仕事中に眠いのを我慢して白目を剥いた回数と同じぐらい何度も言われたと思います(笑)。法律の方面で教育者になれればなあと思っています。
講師になって勉強を以て人を楽しませるという点では、「多くの人を楽しませたい」と思っていた大学時代の志とあまり変わっていないかもしれません。
司法書士の勉強は、やることが膨大にあるからやめていく人が多いですね。でも、僕はやめないと思います。忍耐力をAD時代に鍛えられたので。10時間飲まず食わずで勉強なんて全然苦ではありません。あきらめない、我慢するということは全部あの頃に学んだので、この先の人生で軸になるものかなと思っています。(聞き手:奥山)
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