ホテルニュージャパン火災後の廃墟

2009年4月19日 (日)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟/第31回 内装は木造住宅

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

72a 写真右下、小さな扉を開き、裏側の茶色い錆止塗料をのぞかせている。これは電気・ガス・水道などが収めてあるパイプスペースの点検扉である。この周辺の壁が引きはがされているのは、酔っぱらいが暴れたわけではない。この連載で何度か指摘通り、パイプスペースがきちんと埋め戻され、火が回らないようになっているのか調べていたのだろう。

 ここで意外に感じたのは、ホテルの壁に石膏ボードが使われていたことだ。床の絨毯に散らばっている白いものは、石膏の破片である。ニュージャパンの火事ではベニヤ板やブロックが被害を拡大したとは報じられていたが、防火対策の基本となる石膏ボードが使われていたことは大きく報道されていなかったからだ。
「ホテルニュージャパンが開業したのが昭和35年ですから、そのころは当たり前に石膏ボードが使われていました。つまり内装が開業当時から同じだったとしても、石膏ボードを使うのは防火対策が必要なホテルとしては当然のことだったでしょう。
 ただしニュージャパンは、石膏ボード自体が薄い上、ボードの下に板を敷き、さらにボードを支えるためにコンクリートに木の支柱を打ち付けています。これでは木造住宅と変わりません。通常なら軽量鉄骨などを使うのですが?」 ホテルニュージャパンの火災に詳しいKBさんは、このように解説してくれた。

 火元の9階と7階は防火対策に違いがあったとの話もあるが、いずれにしても防火材料を使っていながら、その下地が可燃物では意味がない。火災の熱と異常な乾燥で自然発火すれば、石膏ボードは崩れ落ちながら延焼してしまう。石膏ボードを使った木造住宅が全焼してしまうのと同じである。もちろん、延焼には木製ドアなどほかの要素もあったが。
 調べてみると昭和35年あたりには軽量鉄骨が出回り始めていた。ニュージャパンは横井英樹社長が昭和54年に買収し、シャンデリアなど豪華な内装にしたという。少なくとも、この時壁や天井のクロスの張り替えたのだから、可燃性のベニヤと木製の支柱を全廃することはできたろう。しかし、見えないところの経費を徹底的にケチった横井英樹社長に、そんな発想はまったくなかった。

 写真奥に見えるのはエレベータホールである。フラッシュを反射して黄色く光る扉は不気味だ。(大畑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月14日 (火)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟/第30回 目立たなかった深い青の扉

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

52a  張り紙にある通り、9回西側の非常階段の扉である。中に進入するためだろう。消防隊が扉を切った跡が残っている。この写真でホテルニュージャパンの火災に詳しいKBさんが注目したのは、写真左、扉の左に残る青い筋だった。
「直接の炎が避けられたこで、元の色が残ったのだと思います。ただ、このような深い青だと沈んでしまって、停電や煙が充満した状況下では、とても避難するための特殊な扉だと分かりにくかったのではないでしょうか?」
 たしかに当時の報道などを読むと、内部構造の複雑さと煙の蔓延によって非常階段までたどり着けなかった人もいたと書かれている。また、非常階段にたどりついても開け方が分からず、脱出できない人がいたことも大きな問題となった。
 33人の死者を出した小さな原因の1つは、こんなところにもあった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月15日 (日)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟/第29回 焼け残った奇跡?

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

12a  隅々までススで真っ黒になったユニットバスである。ホーローと思われる湯船にもヒビが入っているのが見える。水を出すハンドル下のタイルには、水漏れの跡がハッキリとついている。
 相変わらずの惨状だが、ホテルニュージャパンの火災に詳しいKBさんが注目したのは、写真中央、タイルに据え付けられた長方形の突起物だった。
「これは石けん置き場です。上の方の色が変わっているのは、ここに手すりのような横棒が付いていたからでしょう。
 さらに不思議なのが、その石けん置きの中にある白い固まりです。明確ではありませんが石けんのように見えます。宿泊客の使った石けんが置かれていて、たまたま燃え残ったのはないでしょうか。石けん置き中央から白い筋が付いているのは、熱で溶けた石けんの跡のように見えますので。
 ガラスさえ溶けてしまう温度だったはずの浴室で、石けんが溶けずに残る可能性はほとんどありませんが……」
 ガラスさえ溶けてしまう状況で油を原料とする石けんが焼け残るのは奇跡に近いが、場所や色から判断すると石けんの可能性はかなり高い。(大畑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 8日 (日)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟/第28回 柱に空いた穴

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

20a  炎で焼かれ、赤くさびた消火栓の扉である。消火栓(火災報知器)の特徴である赤い円錐形の表示灯は熱で溶けてなくなっている。向かって左、うすく浮き出している赤い丸は非常ベルのスピーカーと思われる。向かって右は非常ベルの押しボタンだったはずだが、それと分かる痕跡はなくなっている。
 ホテルニュージャパンの火災に詳しいKBさんが注目したのは、消火栓の鉄枠の下部だ。
「消火栓が付いているわけですから、この柱の中にパイプシャフトという水道管や下水管などの管が通っていたはずです。つまり柱に空洞があります。この空洞を通して火災が広がらないよう、通常は柱の隙間をコンクリートで埋め戻します。
 ところが写真では消火栓の鉄枠の下に隙間が見えます。火災のときに、この穴から火や煙が別の階に移った可能性もあるでしょう。
 しかも鉄枠に下にある巾木が別の階の写真で木製であることが分かっているので、穴周辺でかなり燃えたのではないでしょうか?」
 ホテルニュージャパンの火災が広がった原因について建築の不備がいくつも指摘されているが、この埋め戻していない柱も危ない事例の1つといえるだろう。
 柱の後ろに見えるオレンジの色のホースは現場検証などに使われたのだろうか? マンホール工事で空気などを供給する管に似ているが、何に使われたのかは定かではない。(大畑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月15日 (日)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟/第27回 奇跡的に残ったコップ

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

112a_2  前回と同じ場所で、カメラを縦に構えて写した写真である。不思議な存在感を放っているのはガラスのコップだ。
 ホテルニュージャパンの火災に詳しいKBさんは、このコップは奇跡的に残ったものだと説明してくれた。
「ガラスは通常1000度程度で溶けてしまいますが、ニュージャパンの火災では室内温度は1000度を超えていたとみられています。コップの後ろにあった鏡は熱で割れていまし……。そのうえ天井から、さまざまなものが落っこちてきていたはずです。1つでも当たれば床に落ちて割れていたでしょう。残った可能性として、水が満たされていたかもしれませんね。コップに蒸発した筋が見られますし…」
 木造住宅の火災でさえ800~1000度を超える高温になるといわれる。ホテルニュージャパンでは天井の内装材が熱分解してガス状になるなどの状況も報告されており、さらに高い温度だった可能性が高い。つまり通常なら溶けてしまう品なのだ。
 また、コップが置いてある陶器の棚の左端が天井からの落下物によって欠けている。
 歯でも磨いたのであろうか。残ったコップは部屋に泊っていた人のわずかな痕跡を感じさせた。熱で焼き尽くされた9階では、こうした人の息づかいの聞こえる品に出会うことさえ難しい。
 奇跡的に残ったコップは、あらためてニュージャパンの火災の恐ろしさ感じさせた。(大畑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 8日 (日)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟/第26回 浴室に残る高級ホテルの名残り

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

10a_2  浴室の写真だ。まず目にはいるのは割れた洗面ボウルだろう。よく見ると残っているボウルにも大きな亀裂がはしっている。
 この破壊の原因を推測させるのが、写真の右端に写っているバスタブ用の蛇口だ。壁に黒く残っている筋は水の跡。蛇口の中に入っているパッキングが熱で溶け、屋上の貯水タンクが空になるまで水が漏れ続けたのだろう。
 同じことが洗面台でも起こった。熱せられた洗面ボウルに水が噴き出し、いきなり冷やされた陶器が爆発的に割れたと推測される。よく見ると洗面ボウルを支えていた鋳鉄製のアングルも根元に近い部分でポッキリと折れている。その破壊の衝撃のすごさが、こんなところにも表れている。
 意外なのは浴槽が原形をとどめていることだ。プラスチック製のポリバスなら溶けてしまっているはずで、金属の表面にガラス製のうわ薬をつけて焼き上げたホーローの浴槽だったのだろう。オープン当初は高級ホテルとして内装にもこだわっていたことが、こうした備品からもわかる。
 そうした高級ホテルの「名残り」をホテルニュージャパンの建築に詳しいKBさんが教えてくれた。
「洗面の左上に丸い出っ張りがあるのがわかりますか。これはウォータークーラーの跡です。ニュージャパンのウォータークーラーは、現在主流となっている自立式ではありませんでした。中央に冷却装置を設置し、殺菌・冷却した飲料水をポンプで循環させ全館に供給していたのです。洗面台の蛇口とは別に、専用の配管から冷水が専用蛇口からグラスに注ぐシステムでした。冷水栓と呼ばれていたんですよ。焼け跡の写真では、その専用蛇口を撤去し、穴を塞ぐための化粧プラグがはめ込まれています」
 各部屋にウォータークーラーが付いていたのだから豪勢な話だ。おそらく経費削減の中で消えていったのだろう。そうした経費削減が、結局33人の命を奪ったのである。(大畑)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年1月18日 (日)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟/第25回 ブロックに空いたいくつもの穴

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

9a  今も特番などで「ブロックを積んで合板を張った。ブロックの穴が炎の通り道になった」と報じられるホテルニュージャパンの悪名高き客室間の壁。この写真は第22回の壁の拡大写真である。クロスとベニヤをはがして出てくるのは、ブロックが積まれた塀のような壁。ブロック自体は燃えず、正しく施工されていれば防火壁にもなるのだが、この写真で注目してほしいのは、ブロックに開けられた穴だ。22回で書いたが、この穴に「木レンガ」と呼ばれる木片が埋め込まれ、胴縁と呼ばれる角材を支えていた。当時はコンクリート釘やアンカープラグといった材料が確立されていなかったようだ。
 木レンガの跡を覗くと下の方に隙間らしきものが見える。ブロックに開けられている空洞に沿って木レンガを押し込んだ証拠だろう。その空洞を通って一気に火が広まり、角材のみならず木レンガまで燃やし尽くしてしまっている。
 ブロックでは白いチョークで「中」と書かれているが、ニュージャパンの建築に詳しいKBさんは「中空」を意味したのではないかと分析してくれた。(大畑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月15日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟/第24回 バスルームに2つめの便器!?

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

7a この写真は前回の便器の隣にあったものだ。写真左角近くの茶色の円筒形の部品は、前回の写真でも紹介した天井から落下したダウンライトの本体部分である。
 写真中央は一見すると便器に見えるが、じつはビデと呼ばれる洗浄専用の器具だ。ホテルニュージャパンが開業したのは1960年。4年後に控えた東京オリンピックをにらみ、外国人客(特にヨーロッパ)を見込んでの設計だった。
 日本で「ビデ」という語が広く知られるようになったのは、1980年代の温水洗浄便座(ウォシュレット)販売以降といわれている。つまり建設当時、多くの日本人には使用法も分からない器具が部屋に設置されていたことになる。(現在の温水洗浄便座の「ビデ機能」と器具としての「ビデ」は主目的や機能が異なる)
 このビデについて、ニュージャパンの建築や内装に詳しいKBさんは次のように教えてくれた。
「このビデは東陶B5型で、当時は田園調布などの大邸宅か、ごく限られたシティホテルにしかなかったそうです。高級なシティホテルでも、米国流に作られたところにはビデはありませんでした。当時でも、レアだった器具がニュージャパンには備わっていたことになりますね」
 内装デザインは剣持勇氏が担当。当時の日本を代表する工業デザイナーの手による内装は評価が高く、現在も人気がある。このビデなども、かなりの高級品が使われた可能性が高い。(バスタブの水栓や便器の洗浄ハンドルも、現在見られる金属ではなく、陶器をコーティングしたものであった)
 すでに黒いタイルようにしか見えないが、もちろんこれはスス。床を埋め尽くしているのは落下した天井パネルである。(大畑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月27日 (土)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟/第23回 炎になめつくされたバスルーム

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

6a  これは出火した938号室と同じ9階にある部屋のバスルームだ。
ニュージャパンの火事に詳しいKBさんが、この写真でまず指摘したのはタイル壁に付いた黒いススだった。
「ほぼ床下近くまでススがこびりついていますね。このニュージャパンの火災では、隙間もないほど炎に覆われていたことを示しています。すごい温度だったと思いますよ」
(ほかの火災事例では、床から数十センチは原型が残っていることが多いという)
 さらに焼き物の陶器でできた便器が割れた状況について、2つの可能性を示した。
「これは熱で破壊されたのではなく、急激に冷やされて割れたのだと思います。となると消火活動の放水で一気に冷やされたか、あるいは水道のパッキングが熱で溶けて水が噴き出して急速に冷却された結果でしょう。可能性の高いのは、水道管からの水でしょう。」
 バスタブの各蛇口には漏れ出したと思われる水の跡があり、その状況を物語っていた。
 床に散乱している破片は熱ではがれ落ちた壁上部のタイルと、天井のパネルである。便器の右にある茶色の円筒形の物体は、天井に埋め込まれたダウンライトの本体部分だ。その周りにある針金は被覆を失った電線だと思われる。
 耐火ボードで囲まれ、可燃物が少ないバスルームでさえ、この状況である。燃えている部屋の窓から飛び降りた方がいたのもうなずける。(大畑)

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2008年11月23日 (日)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟/第22回 火事を一気に拡大させた原因が壁に

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

4a  これは丸焦げになった部屋の内部である。ブロック塀のように見えるのが、隣の部屋との間仕切りである。このブロック塀に胴縁を縦にを打ち付け、そこにベニヤ板を張り、その上に仕上げのクロスが張られていたのだ。
 この工法についてニュージャパンの火事に詳しいKBさんは次のように語る。
「当時は、コンクリートブロックに胴縁を固定する方法として木レンガが使われていました。ブロックは上から見ると3つの穴が空いています。その穴に向けてブロックの表面を崩し木を差し込んであるのです。そうすると、その木に胴縁を釘で打ち付けることができるからです。
 ただ火事になると大きな問題が生じます。空洞がきちんとモルタルで埋め戻され、木レンガも隣と貫通していなければ(例えば千鳥配列)問題ないが、ここでは埋め込まれた木レンガに壁の両側から胴縁を固定するため、火が付けば可燃物の胴縁と木レンガを通じて一気に隣の部屋まで燃え移ってしまうのです。木材が乾燥しきっていたらなおさらです」
 1ブロックおきに燃えかすが縦に並んでいるのがわかるだろう。これが埋め込まれていた木レンガの跡だ。その右隣、胴縁が炭となって燃え残っているのは、バスルームを囲っていたセメントを材料とした壁だ。この耐火材料で作られた壁が胴縁の完全な延焼を防いだのである。つまり壁がベニア板でなければ、せめて胴縁を隣室貫通の木レンガで固定していなければ、ここまでひどい火災にならなかったわけだ。
 火災発生直後、耐火材料ではないただのベニア板が部屋に張られていたことがメディアで大々的に報道された。しかし、さらに問題だったのは、本来なら簡単に火が移らないはずのホテルの壁に穴を開け、燃えやすい木レンガが埋め込んでいたことだ。
 きれいに胴縁が焼けたブロック塀と胴縁の残った耐火の壁。この写真は耐火材料がいかに重要かを示している。(大畑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 9日 (日)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟/第21回 非常扉が開いても死

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

5  非常階段9階を撮ったものだ。この写真でKBさんが注目したのは、ドアを消防隊がエンジンカッターで切断して開けた開口部の横、ドアノブの下に描かれたチョークの丸だった。
「ここはドアの鍵の部分です。恐らく火災のときには施錠されていたのでしょう。消防隊がカッターを使わなければ客室部分に入れなかったのは、熱でドアが膨張していた可能性もあります。しかしカッターで切った場所を考えると、やはり切り開けた開口から鍵を開けたのではないでしょうか。
 また、ドアノブがへし折れています。推測ですが、消防隊はドアノブを回したが扉が開かず、最初、ノブが壊れたのかとバールを差し込んでこじ開けようとしたのかもしれません」
 じつはこの1つ上10階の客の中には、非常階段の扉までたどり着いたものの階段に出られなかった人もいた。それは煙の中でドアノブが探せなかったからだ。ドアノブさえ探せない状況で鍵を開けることは、なかなか難しかったと思われる。
 ただし9階では非常口が開いたがための悲劇も起こっている。非常口のドアを開けた途端、新鮮な空気が内部に入り込み爆発的な延焼「フラッシュ・オーバー」が起こり、その爆風に吹き飛ばされて死亡した客がいたのである。基本的に非常扉は開けやすい方がよい。しかし状況によっては、ドアが開いたことで亡くなってしまうケースもあるのだ。
 KBさんは「9F」と書かれた紙の上、ライトが付いていたと思われる壁の穴に着目した。
「意図的に外したのでなければ、これはライトのカバーが溶けたのではないでしょうか。建築家の友人は、こうしたライトの器具は700度ぐらいで溶けると聞いています。つまり、この踊り場もかなりの熱に襲われたのだと思います」
 一見、部屋ほどの惨状にではない非常階段も地獄のような状況だったのである。(大畑)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月14日 (火)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟/第20回 はがされた壁

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

3  この写真は、不可思議な部分が一点ある。それは燃えてもいないのに、消火栓の横にある仕上壁が両方ともはがされ、下の垂木やコンクリートがあらわになっていることだ。
 この理由について、建築に詳しいKBさんは消防による調査の結果だと教えてくれた。
 当然のことだが、この消火栓の裏には配管が納められている。放水するための管が必要になるからだ。
 この写真に写る消火栓も垂木が見えるコンクリートの裏側に、地下から10階まで貫いたパイプスペースという空洞があり、給排水管などが入っていると推測される。
 消火栓を納めるため、この空洞に穴を開けたのだが、その際コンクリートで隙間をきちんと埋め戻しているのかを、消防署はチェックしたのだという。隙間があればこの空洞を伝わって、別の階からの煙や炎が進入してしまうからだ。(大畑)

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2008年9月30日 (火)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟/第19回 投げ出されたホースの謎

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

 新シリーズのホテルニュージャパンは、このブログを介して知り合ったニュージャパン通の方にお話しを聞いてまとめていく。最初はニュージャパンの建築問題に詳しいKBさんの話から。

00a  まずはこの投げ出されたホースに注目してもらいたい。一見、消火活動に使ったように思えるが、KBさんはその説が疑わしいという。それはホースのソケット部分が外れているからだ。通常、消火用のホースは連結した状態で納められているので、ホテルに忍び込んだ誰かがイタズラした可能性も高いという。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月17日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第18回 汚れた枕の山

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

Photo 無造作に積み上げられた枕は、ところどころ黒く汚れていた。当時、感じたのはジトッとした湿気とカビ臭さだった。ただ改めて写真を見ると、ネズミなどの糞尿で汚れたものもあったように思う。

| | コメント (27) | トラックバック (0)

2008年7月10日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第17回 13年間束ねられた布団

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

102a  先週に引き続き、3階にある和室の写真である。布団などがきちんと束ねられて置かれていた。13年間もヒモでくくれている布団というのも、改めて見るとかなり不思議な感じがする。(大畑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 3日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第16回 3階和室

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

92a  3階の布団置き場である。火事の跡もないので、この写真だけを見れば火災現場には見えない。13年間も放っておかれたわりには、マットなどがキレイに整っていたのも不思議な感じがした。(大畑)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年6月26日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第15回 7階の廊下

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

72a 7階の階段付近の写真である。現場検証のためなのか、壁や天井がかなりはがされていた。写真右側、壁に垂木が組まれ壁が取り付けられていたのが分かる。この壁が垂木とともに完全に灰となると、9階のようなコンクリートむき出しの状態となる。当時、奥まで入って撮影しようという気にはならなかった。火元でなかったせいもあるが、モノがある分、より不気味な感じがしたからだ。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年6月19日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第14回 新しいマットレス

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

18 これも9階の部屋。壁に張られていたベニヤや、それを支えていた垂木はすっかり燃え落ちている。その割にはベッドが新しい。手前のイスと合わせて、どこか別の部屋から持ってきたものかもしれない。(大畑)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年6月12日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第13回 ホッとさせられた扉

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

52a_2 「9階西側非常階段」の紙は現場検証のときに張られたものだろう。じつは連載第2回でアップした写真の扉と同じモノだが、撮影した時間が若干違う。9階の部屋を一回りしてから撮影したからだ。本当なら東側の非常階段から降りて中を探るべきだったのだろうが、ヘタレのわたしは同じ階段に戻ってしまった。こんな不気味なドアなのに、見たとき妙にホッとしたのを覚えている。(大畑)

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年6月 5日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第12回 宿泊客の痕跡

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

13  パッと見わかりにくいかもしれないが、洗面所のアップである。コンセントカバーは当然溶けている。蛇口もよくわからない状態になっていた。右の浴槽から栓につながる鎖が伸びているのが、何だか生々しい。風呂を浴び、水を抜いた後に火災に巻き込まれたのだろう、と想像してしまうからだ。死の痕跡より、生きていた跡の方が不気味に感じる。それは焼け跡に漂う死の影があまりにも強すぎたからかもしれない。(大畑)

| | コメント (15) | トラックバック (0)

2008年5月29日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第11回 火元の部屋

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

32a 火元の部屋の写真である。床には灰が降り積もり、歩くと埃として舞い上がった。そのためか写真には白い円のようなモノが写り込んでしまった。ちなみに右下の明かりは、私が足元を照らすために持って入った懐中電灯である。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年5月22日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第10回 真っ黒なバスルーム

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

12a  怪しげなラブホテルの黒いタイル張りかと思うほど、真っ黒にすすけたバスルームだった。撮影した当時は気にしなかったが、写真を見ると浴槽横の石けん置き場に何かがある。油が原料の石けんが残るわけもなく、いったい何だろうと不思議に感じている。(大畑)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年5月15日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第9回 ゆがんだ鉄扉

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

20a  当時の報道などを読み返すと、ほとんどの従業員は初期消火すらできなかったらしい。熱でペンキが落ち、サビにまみれた消火栓には消火用のホースは残されていなかった。焼けてしまったのか、それとも消防隊が使ったのかは定かではない。ただゆがんだ鉄扉が当時の惨状を物語っていた。(大畑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 8日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第8回 残されたグラス

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

112a_2  先週の写真を縦に撮ったものだが、鏡があったであろう壁の前にグラスが置いてあるのが怖い。火災の勢いがすごすぎ、ほとんど人の痕跡など残っていなかっただけに、このグラスの印象は強い。歯を磨いたのか、あるいはコンタクトでも入れていたか、いずれにしても出火から13年以上、誰も触れることなかった品である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 1日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第7回 真っ黒にすすけたタイル

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

10a  火元に近い部屋のバスルームはススで真っ黒に汚れていた。タイルこそ割れていなかったが、陶器の洗面台は何かでたたき割ったのかと思うほど粉々に砕かれていた。風呂の蛇口付近で色が変わっているのは、水道管から水がもれだしたからだろう。ひたすら不気味だった記憶がある。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月24日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第6回 ねじ曲がる金属管

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

8a_2  客室内の写真。ブロック塀に点々と残る焦げ跡は垂木が打ち付けられていたところである。ブロック塀が黒こげになっていないだけに、一見、火事の現場とも思えかもしれないが、熱によって曲がったであろう金属製のパイプが出火時の惨状を思わせる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月17日 (木)

ホテルニュージャパン火災の爪痕・第5回 原形をとどめない便器

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

7a  この日、部屋を覗いては撮影して、火元の部屋へと近づいていた。そのため焼け跡の惨状はどんどんひどくなっていく。割れてはいるものの洋式便所としての原形をとどめていた部屋(第4回参照)から、まったく跡形もなくなった部屋へ。
 この写真を見ると、どうして死が確実の高層階から人びとが次々と飛び降りていったのか、その理由が痛いほどわかる。
 あの日、この部屋は想像を絶する熱地獄にあったのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月10日 (木)

ホテルニュージャパン火災の爪痕・第4回 熱で割れた便器

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

6a_2  火事の熱が本当に怖いものだと実感したのが、この便器だった。もともと白かったはずのタイルが真っ黒なも恐ろしいが、熱によって便器が割れているのには心底驚かされた。
 手に持った懐中電灯に照らされた割れた便器は、人の命など一瞬で奪いさるほどの熱量があったことを物語っていた。(大畑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 3日 (木)

ホテルニュージャパン火災の爪痕・第3回 客室に残る炭化した角材

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

4a  ブロック塀の前に炭化した角材。この写真だけをいきなり見せられても、普通なら元がどんな建物か想像することは難しいだろう。まして、かつてはそれなりに名の通っていたホテルの客室だとは、誰が予想するだろうか。

 空気の通るブロック塀に燃えやすい角材、その上にベニアを張って壁紙。そんな建築当時さえ建築基準法に違反している可能性の高い建物が、32年たって大火災を引き起こしたのである。ましてオーナーであった横井秀樹氏は、消防署の指導を無視してスプリンクラーを設置しなかった。

 左奥の壁は角材が打ち付けられた部分だけが黒く炭化し、ベニアはブロック塀を焦がすことなく一瞬にして焼け落ちたということか。(大畑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月27日 (木)

ホテルニュージャパン火災の爪痕・第2回 火元の入り口

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

3a

 火元となった9階の非常階段のドアである。
 炎によって塗装の痕跡すら奪われ、熱によってゆがんだのが分かる。扉横の四角の穴は、消防隊が進入のさいに開けたものだろう。

 向かいの壁には「942」とホテルの部屋番号がチョークで書かれている。ただのブロック塀に見えるが、これがホテルニュージャパンの悪名高き建築工法の1つ。コンクリートを流し込むより確かに安上がりだが、火事には弱かった。中が空洞なため火の回りが異常早かったのだ。33人もの死者を出した原因の1つが、942と書かれた「壁」といわれる。当然だが壁紙などはいっさい残っていない。すべて焼けた。

 写真では見えにくいが、床は黒いススが降り積もっている状態である。

 ここが火元9階の入り口。むき出しの床や壁を見て気持ちが悪いなと思ったのを覚えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月20日 (木)

ホテルニュージャパン火災の爪痕・第1回 投げ出されたホース

人気シリーズ「あの事件を追いかけて」「ホテルニュージャパン 火災後の廃墟」は、2010年4月に書籍化されます。
ただの書籍化ではありません。大幅リライトのうえ関西事件記事を加え、ニュージャパンのカラー特大写真も豊富にとりそろえています。
ブログでは明かされない新たな事実満載!!

↓↓空メールを送れば読者プレゼント情報が届きます!↓↓
astra0911@gmail.com

 1995年12月、13年もの長きにわたり放置された東京・赤坂の廃墟が解体された。82年に33人もの犠牲者を出したホテルニュージャパンである。その取り壊し直前、私はその土地を所有する千代田生命に建物の撮影をお願いした。しかし許可されず、仕方なく闇夜に紛れホテルに進入した。
 その焼け跡には、火事の恐怖はもちろんのこと、人命など爪の先ほども考えず金儲けにはしったオーナー・横井英樹氏の思想までもが表れていた。現在、その跡地はプルデンシャル生命のビルとして生まれ変わり、キレイに火事の痕跡は消されてしまった。

 ホテル侵入から12年、当時の写真を公開し、改めてホテルニュージャパンの火災について考えてみたい。

1a_2
 火元である9階の3つ下、6階の消火栓からは消火用のホースが引きづり出されていた。絡まりそうなほどグチャグチャで本当に使われたのかは不明だ。ただ赤い絨毯にはススが積もっており、出火時、この階でもかなりパニックになったことは間違いない。(大畑)

| | コメント (3) | トラックバック (0)