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2015年4月 3日 (金)

【書評】『ルポ 刑期なき収容―医療観察法という社会防衛体制』浅野詠子著(現代書館

Shoei
 大阪教育大学付属池田小学校事件を機にマスコミで議論が起きた医療観察法。この法律のことを憶えている者は少なくなった。


 刑法39条では、傷害・殺人などを犯しても、心神喪失の場合、責任能力なしとして不起訴や無罪となる事実はよく知られている。しかし、池田小事件の大々的な報道の嵐により、不起訴・無罪であっても触法精神病者は再犯の恐れがあり、強制入院させるべきではないかとの世論が形成され、出来上がったのがこの法律である。


 本書では、この法律は池田小事件が「きっかけ」ではなく「引き金」であったとして同法成立の背後に民間精神病院協会の都合があった事実や、管轄することになる法務省と厚労省のせめぎ合い等、ピラミッド社会の上層部の動きの検証はもとより、末端の現場の当事者の声まで「問題の上流から下流まで」(中島岳志氏評)、塗り絵を染め上げるようにくまなく取材がなされている。


 現代の日本社会では「ココロの病」が蔓延し、ひと昔前とくらべて精神科クリニックの門をくぐる敷居は低くなった。しかし、池田小事件の宅間守のような人物となるともはや他人事で、自分とは別世界の話と認識している市民が圧倒的だ。だが本書を読まれれば、医療観察法は「きわめて例外的な人物」だけに網をかけられたものではなく、誰にとっても切実な、大げさでなくかつての治安維持法(「予防拘禁」が盛り込まれていた)にも通じる事実を実感するだろう。


 取材方法としては広範囲に及ぶ緻密で丹念な元新聞記者らしいプロの技が、取り上げた内容としては皆が取り組もうとしない埋もれがちなテーマに精力を注ぐ著者の志が光る。



(柳田勝英・ルポライター)

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