「初老男の旧式映画館徘徊~シネコンに背を向けて~」 第10回「丸の内東映」&「丸の内東映パラス」 マヌケな今の館名を元に戻して出直せ。過去の遺産でのみ喰ってる情けない大満州東映よ。
東映ほど後ろ向きな映画会社はない。今の高倉健&菅原文太の追悼便乗営業を筆頭に、仮面ライダー、戦隊もの、各種アニメ、極道の女たち、あぶない刑事他、放蕩息子が田畑を売り払って生活してるように、過去の遺産をただ焼き直してるだけ。今現在をコンテンツ化出来ない。『北京原人』なる珍作の製作を主導、日本映画史に燦然と名を残すに至る岡田茂の馬鹿息子(元3流役者)、岡田裕介が世襲体制を確率するに従いその傾向は濃厚に。気付けば本社がある東映会館内の旗艦館、「丸の内東映」(定員510名)と「丸の内東映パラス」(定員360名)も、いつの間にか「丸の内TOE①」「丸の内TOEI②」なる、北京原人もフルチンで逃げ出すような間抜けな館名に改悪(北京原人は元々パンツ履いてねえか)。
「丸の内東映」は東映の表玄関。『二百三高地』や『大日本帝国』をここの2階席で観ると、谷底から硝煙が沸き上がるような迫力があった(その2階席もいつの間にか閉鎖中。本来の定員は700名以上では?)。地下の「丸の内東映パラス」は、輸入ポルノ(いわゆる洋ピン)とホラー映画専門で、その筋のマニアのメッカ。初期はチャンバラ、以降は暴力とエロで喰い繋いで来た東映という映画会社の、銀座ショールームとしては申し分なかった。90年代には「丸の内東映パラス」を2分割してた時期も。常に鮮血・裸・グロ・アニメの看板が乱立、この一角だけは田舎の祭りでのお化け屋敷状態。本家銀座のド真ん中にありながら、今やシャッター通りと化した、地方のニセモノ銀座通りを連想させた。
うさん臭いお祭り感覚は既に今では皆無(筆者による愚写真参照)。現在の東映は過去の遺産部分を除けば、出来損ないの垢抜けないミニ東宝。築後半世紀以上になる堂々たる東映会館(同会館開館記念映画として、大川橋蔵主演の『海賊八幡船』までが60年に公開)。映画館部分を中心に何度も改修を。ただ東宝のシャレた都会感覚とは元々無縁なのに、若作りするから券売所からして百姓臭い(窓口の姉ちゃんの多くも)。正面も柄にもなくお澄ましカラーで統一、ワクワク感ゼロの館構えだ。ギンギラ原色感覚のどこが悪い? 東映の原点は満映。その引き揚げ者就労対策のために設立されたのは有名(当初は東横映画)。満映と言えば大杉栄や伊藤野枝、親戚の子供まで虐殺した、甘粕正彦元憲兵大尉が理事長として牛耳った国策映画界社(当人は敗戦後に服毒自殺)。元々粋がったりシャレてられる血筋ではない(国策会社だから関東軍同様、民間人置き去りにして優先的に逃げ帰ったのか?)。
昔話はさておき、筆者はこの不愉快な名称の映画館に良く通う。毎日利用する東京駅から近いので(「フィルムセンター」が駄番組の際は特に頻繁に)、一駅区間140円の交通費節約と健康のためテクテク。近所にはもっと立派で清潔な東宝系の日劇、松竹系のピカデリーもあるのに、なぜこちらを選ぶのか? 理由は簡単。実写、アニメ、邦画、洋画を問わず両館は常にガッラガラ。年寄りは人混みが苦手でね。②に行く場合が多いが(常に最終回)、観客数に関しては自信を持って断言する。99%の割合で20人代だと。つまり定員の1割以下。時には1割以上入ってるハレの日もないではないが、20人以下の日に比べると稀もいいトコ。なのにやぼったい姉ちゃん揃いの窓口でも、他館と同じく席を指定させる。させる方もする方も空しさ100%。コレでも潰れない東映。満州から金塊でもコッソリ持ち帰ってたのか?
向かって右側の本社入口は、警備員がやたら横柄で評判が悪い。たまに試写室に行くと、「どちらへ行かれますか?」とチンピラ風の糞ガキが誰何。他の映画会社の試写会では有り得ない景色。幹部の防衛本能が奇形的発達を遂げ、現場に波及してるのだ。先人の努力の結晶を喰いつぶしてる無能連中ほど、自分たちの蔵に何個もの鍵を掛ける点が興味深い。(つづく)
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