« 2013年5月 | トップページ | 2013年7月 »

2013年6月

2013年6月28日 (金)

鎌田慧の現代を斬る/第157回 安倍政権の「悪霊」がばっこする(1)

 安倍政権になって半年以上がたったが、まるでパンドラの箱を開けたように、さまざまな「悪霊」が飛びだしている。
 電力会社は、性懲りもなく原発再稼働にむけて動いている。原子力規制委員会の新規制基準が施行されるのを、GOサインにするつもりなのだ。福島原発の事故はさっぱり収束しておらず、毎日400トンもの汚染水は溜まる一方だ。そのなかでの蛮行だ。
 沖縄の米軍辺野古基地建設問題も、沖縄県民が全県あげて反対しているにもかかわらず、安倍政権はゴリ押ししようとしている。来年1月に予定される名護市長選挙にむけて、反対派の市長を追い落とそうとする裏工作もはじまっている。都議選で自公政権が全勝したことも、安倍に自信を与えている。
 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)も、どんな影響があらわれるのかわからないうちに、議論もなく、なし崩し的に交渉参加を決めた。自民党内ですら多数の議員が反対していたのに、それさえ無視しての財界と米国への従属である。
 共通番号(マイナンバー)法も国会でほとんど議論することなく、5月24日に参議院本会議を通過・成立。2016年1月から実施となる。さらに「成長戦略」として、労働者の解雇を自由にする「限定正社員」の制度の導入ももくろんでいる。
 原発の再稼働やTPPは経済の活性化を看板に、辺野古基地の建設はアジアの平和という美名によって推し進めようとしている。マイナンバー制度は社会保障の充実をうたい、限定正社員の制度は雇用の拡大を大義名分としている。
 しかし、どれだけ美辞麗句を並べても、国民の生活のために実施されるものはない。強権国家、財界優遇のための方策である。しかも、この先には安倍政権あるいは自民党の悲願というべき平和憲法の壌憲がある。9条第2項に書かれた「戦力の不保持」や、集団的自衛権を含めた「交戦権の否認」の撤廃である。安倍政権は国内の支配体制を強化し、大企業が国際競争力を強めるために労働者に犠牲を押しつけ、軍備強化にむかう、露骨な超反動政治を一挙にすすめようとしている。

●「マイカー、マイホーム、マイナンバー」
 所得や納税実績、社会保障に関する個人情報を1つの番号で管理するマイナンバー制度は、自民党が導入しようとした国民総背番号制に源流がある。70年代はじめ中山太郎という自民党の政治家が中心人物だったが、プライバシー保護の問題から反対が強く、もう40年近く実施できないでいた。
 この反対運動の一端を崩したのが、都道府県が主体となる「住基本台帳ネットワーク」の導入だった。氏名・生年月日・性別・住所の4情報と住民票コード、これらの変更情報がまとめられたものだ。もちろん住民のために導入したもではない。それが証拠に住基カードの普及率が約5%にとどまっている。
 今回のマイナンバーは、自治体レベルだった住基ネットを国の管理としたものだ。しかも住基ネットと別に番号を付けるため、個人の番号が二重になる制度設計の不備がすでに指摘されている。
 もともとは国の一元管理が進むことで脱税を補足できるなどと説明されていたが、いつの間にか社会保障を円滑にする、災害支援にするなどと説明されるようになった。震災や不景気を利用した火事場泥棒的なやり方だ。
 このような国家による個人情報の一元化については、かつては労働組合が反対していた。電力会社の労組である全電通や郵便局の全逓などの通信産業、あるいは日教組や自治労の公務員労組が、国民総背番号反対を掲げて、プライバシーを守った。
 しかし総評が解体して連合となり、個人情報の管理により、電機メーカーやコンピュータ関連メーカーなどに膨大な需要がでるとわかって、労組の反対は弱まった。労組の支援を受けた民主党政権によってマイナンバー制度の導入が進められたのは、歴史的経緯を考えれば皮肉だ。
 マイナンバーがけしからんのは、「マイカー、マイホーム」を連想させて、いいイメージをつくったことだ。マイカーやマイホームは、かつて庶民の暮らしの希望だった。景気がよかった60年代後半から70年代前半、中産階級が増えるなかでの憧れを具現化したマイカーやマイホームに連なるかのように「マイ」が使われた。「マイカー、マイホーム、マイナンバー」と並べれば、まるで新しい「三種の神器」のようなイメージを与える。しかしそれは、2つの幸福に悪魔の手を紛れ込ませたシロモノだ。
 そもそも個人情報は一点に集約しないほうがいい。政府は、集約すれば行政が効率化できると主張する。しかし国民にとっては、危険性に比べて効率性のメリットはない。行政を効率化したいなら、縦割り行政を改めた方がよほど効果がある。
 一方、国にとっての利益は計り知れない。所得などの財産や病歴の情報は、個人を管理するときにいかようにも使えるからだ。これは国民のためではなく、あくまでも国家による国民支配を強めるためのものだ。(談)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年6月25日 (火)

東京みくじ巡り/湯島天神

 湯島へ行ったので菅原道真が祀られている湯島天神でみくじを引いてきた。
 受験生が行く必須ポイントといえば、西の北野天満宮、東の湯島天神は外せない。他にもたくさんの天神、天満宮はあるけど、この二つに行ったことがある人は多いと思う。
 天神や天満宮がつけば祭神が菅原道真であることは説明するまでもない。日本で有名な怨霊の一人であるにも関わらず、勉学の神として多くの受験に関わる人々から信仰されている。湯島天神の縁起を見ると、菅原道真を怨霊と思っていたのは貴族で、農民は雨を降らせる雷神様として信仰されていたらしい。「雷は怖いでおじゃる~。菅公がならしてるに違いないでおじゃる~」などと言って怖がっていたのだろうか。平安貴族ではないのでどのような感じで怖がっていたかわからないが、科学が発達していない時代に、雷が発生する理由や落雷して死ぬ原因、気圧の変化で雨が降るのだという情報なんてないのだから、自然現象を怨霊のせいと言ってしまうのは仕方ない。道真のほうは讒言されて流されたあげく怨霊にまでされてかわいそうだよ。雷の一つや二つ落としたって責めないよ。だって、農民は雨を降らしてくれる神様って慕っているのだから。

Yushimatenjin_2  おみくじは2種類あったけれど、ノーマルなほうを引いた。運勢は末吉。大吉率と末吉率が高いような気が。たまには中吉あたりがほしいな。今度引いてこよう。
 個別の運勢は、「願望 後程必らず成就す」。神様の願い事絶対保証来ました。後程っていつなの? 必ず成就するのは心強いけど、後程というのがあいまいだな。願い事のレベルの応じてかかる時間が変化するとか。たとえば、「夕飯がレバニラになりますように」だとしたらその日中に叶うし、「心配事なく老後を過ごせますように」だと年齢次第では途方もない後程になる。成就してほしい願望があるといえばあるけど、菅公に叶えられるのかな。成就させてくれるなら後ほどがいつになろうとも待つよ。20年くらいかかったりして。
 あとは「待人 音信あり。おくれて来るが怒るな」。10分くらぃ遅れるってメェルきたから待ったのに、20分くらぃ待たされた!激ぉこぷんぷん丸だょ!とか言ってはいけないんだね。
 待ち人というのは、「来ることを待たれている人。自分が待っている相手」ということで、意味だけ考えると「待ち人=好きな人」と思われるが、それがビジネスの相手でも、自分の運命を変えてくれるような人でも、自分が待っているのであれば対象は誰でもいいのだろう。ただ今回は、「遅れてくるけど怒らないでやってちょ!」ということなので、好きな人(恋愛対象)と受け取った方がしっくりくる。私は男女関係なく惚れた相手にはめっぽう弱く従順になってしまうので、1時間以内の遅れなら怒らず待ちます。しかし、「怒るな」とわざわざ言ってくるのだから、たぶん私が待っている相手というのはよく遅れてくる人ということなのでしょう。
 アポなし訪問(「突然にやってくるでしょう」系)も困るけど、遅刻魔もやだわ。どちらにせよ会えるけれど、好きな人との会い方としては微妙なところ。
 湯島天神といえば学業に御利益がある神社ということで、学業はどうかなと思ったら、「人に頼らず努力すれば必らず成就」だそうな。ありがたいお言葉ありがとうございます。湯島天神のみくじがそういうならがんばれそうな気がする。あくまで、そんな「気がする」。(月島めぐる)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年6月24日 (月)

西荻南集会所まつりに参加します

『農業6次化がフクシマを救う』の出版以来

福島の農家さんとの縁がつづいています。

今回の出張販売は6月30日(日)、西荻南集会所にて。

エガワコントラクターさんが作ったしゃきしゃきレタスと

ハニー松本養蜂舎さんの、とろーり美味しいハチミツを販売します。

(以下、杉並区イベント情報ページより転載)

ハローくんとあそぼう 西荻南集会所まつり2013
【開催日】
6月30日(日)
午前10時~午後4時
【開催場所】
・ 西荻南児童館  西荻南3丁目5番23号  施設案内
 TEL 03-3334-0903
 FAX 03-3334-0934
・ 西荻南区民集会所  西荻南3丁目5番23号  施設案内
 TEL 03-3335-5444


ふれあいと交流を進めるため、西荻南児童館と共催し、地域の方々と協働して開催します。

【作品展示】地域の幼稚園・保育園、なのはな生活園

【催し】鉄道模型、ちんどん、ワークショップ スタンプラリー

【販売】西荻東銀座会の物産販売、模擬店
 
【参加費】入場無料

【申込み】当日、直接会場へお越しください。

【協力】西荻窪商店会連合会


【お問合せ先】
  ・西荻地域区民センター [TEL:03-3301-0811(代表)] 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年6月11日 (火)

東京みくじ巡り/皆中稲荷神社

 新大久保も百人町まで行くと韓流の風がおとなしくなる。いったい何が百人もいるのやらと思いながら皆中稲荷神社へ行ってきた。日曜の正午過ぎに行ったにもかかわらず参拝客が少なめで好印象。
 最近は賭け事や宝くじ、投資に御利益のあるパワースポットとして人気のようで、初詣の期間は大行列で行けたものではないらしい。正月は空気が澱んでいそうだ。当たりくじを引きたいならその辺りは外した方がよさそう。

Minanakajinja  みくじは100円で量産型のもの。お金関係に強いパワスポなので、ラッキーナンバーが書いてあるタイプだったら嬉しかったが違った。みくじもたくさん引いていると、外見を見ただけでわかるようになってくる。だからこそ風変わりなみくじを見るとわくわくしてしまう。なので今回は残念な気分。
 お守りは自社の売り(御利益)とリンクさせて売り出し(授与)ているが、みくじに関しては手を抜いている場合が多い。商売魂(本気)を出している神社はみくじの種類や数にもこだわっている。
 せっかく売りがあるのだから吉数(ロトやナンバーズ用に最適)や方角、金運の項目を入れ込んだものにしたら売上げがかなりアップするのではないだろうか。「相場」という項目はあるがそれだけでは物足りない。貪欲に商売したってバチは当たらないよ。

 本題のみくじだが、運勢は末吉。末吉ならば悪いことが書かれていても精神的ダメージは少ない。みくじの内容は信じないけれど、お金出して嫌なこと書いてあったらむかついてしまう。
 注目ポイントは、運勢欄の「決して色に溺れ不義の行をしないで正しく一心に辛抱するがよいです」だろうか。 色に溺れる……。悪い男に捕まり骨抜きにされ私生活が崩壊というのはよく聞く話。ホストにはまって風呂に沈んだり、ヒモを飼って貢いだあげく逃げられ残ったのは借金だけ、みたいな。
 共依存に陥っている両親を見て育った人や心が弱っている時ほど、ダメ男に引っ掛かたり恋愛に依存してしまうのはよくあること。神様にいわれなくても色に溺れることのばかばかしさはわかっているつもりだ。どうせ不義の行いをするのであれば、溺れるのではなく溺れさせたい。ダメ男に捕まって後悔するんじゃなくて、私に引っかっかったことを後悔させたい。貢ぐのではなく貢がせる。どうせ女が稼げる金なんてたかがしれているんだから、稼げるやつに稼がいでもらったほうがいい。
 それができないならばおとなしく辛抱したほうが幸せに近づける。無理に男に接近して泣くくらいなら、修道女のように祈りの生活をしている方が幸福度が高まるのではないかと。いやー、神様のいうことは正しいです。
 あぁ、金運に効く神社なのに、男女の営みについて改めて考えさせられてしまうとは……。裏御利益として「縁結び」も入れると参拝客がもっと増えるかも?(月島めぐる)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年6月10日 (月)

池田大作より他に神はなし/第40回 最近神保町周辺で参議院選挙立候補者(公明党)の名前を、ポスターを見る度に大声で音読してるのは間違いなく私だヨ。 

 生意気にも筆者の事務所は、築半世紀のスーパーボロビルながら一応は千代田区内に(最近は都内脱出に踏み切る同業者も。解散する編プロはその数倍)。いつまでやせ我慢出来るかは不明だが、踏み止まりたい理由も実は。光栄な事に近所には潮出版社のビルが。物心両面で心が折れそうになった時、潮出版社のビルを遠くからでも眺める。角度によっては一部しか眼に出来ない。しかし、一瞥するだけで身心がキュキュッと引き締まる。巨大なビルという訳ではなく(インテリ同志がそんな悪趣味なはずもないが)、もう古いしどちらかと言えば平ベったい、華奢な建物だ。しかし私にはそのビルが、名誉会長の慈愛に溢れた肩のように見えてならない。野蛮な靖国神社や東京大神宮に無関心な周辺の人々も、誰もがそう想い心から感謝してるはずだ(地獄を這いずり回る一握りの日顕一派や、独善的で時代遅れな共産党支持者以外は)。

 昼飯ついでの神保町散策は、出版不況逃れの楽しい日課。最近は更に嬉しい事が。街の方々に参議院選挙向け事前ポスターが貼ってある。勿論、公明党以外の物は眺めるのみで識別しない主義だが、山口なつお候補(東京選挙区)とセットになった、比例区候補者の名前が素晴らしい!。“平木だいさく”(ひらきだいさく)。ポスターを見る度に音読してしまう。その度に心身がシャキーン! 先週など片道約15分なのに、5回も“シャキーン体験”を(……少し疲れた)。独裁政党の日本共産党には昔、選挙で宮本顕治と書きたくてならない党員が多数いたと(そのためか晩年に何度か出馬を)。恐怖支配の同党では、そこまでオベンチャラを吐かねばシベリア送り……いや除名される。自由闊達な公明党や学会同志の集まりに比べ、ワルシャワゲットー以下の彼等が哀れでならない(人気のない所で、同党のポスターを剥ぎ捨てたりしてないが)。残念なのは平木候補に投票出来ない事。住民票は群馬なのだ。千代田区に移動する手もあるが、ド畜生日顕一派や共産“遺跡”党が、「また公明党支持者が住民票を移動させて…」とのデマを飛ばしかねない。行き帰りにお名前を音読するのみでググッと我慢。

1  “平木候補お名前音読活動“のごほうびだろうか? 嬉しい事に以前から、『日刊ゲンダイ』で広告のみ眼にしていた、『財界にっぽん』の現物を初入手(6月号)。元フリー編集者兼ライターで、現警備員の極左じみた古い友人は、反日顕広告が目的だから雑誌は出てないかもとの妄言を。同誌、1970年創刊の超老舗雑誌だった(通巻第528号!)。表紙が原発推進で知られる、甘利明経済何とか大臣でぞっとしたが(吐き気も)、中身の素晴らしさは圧倒的。“特報レポート 阿部日顕が潰した日蓮正宗 徹底検証『ニセ法王』と呼ばれた時代14 宗教ジャーナリスト/坂口義弘”は中でも傑出。つい3回繰り返して音読してしまった(平木候補の大誠実なお名前に再び大感謝!)。数少ない日蓮正宗の良心的住職の証言には、やはりと思わせられると同時に、いくら自称であれそこまで宗教者が……と、言葉もなかった。

2  勇気ある住職は匿名ながら、『中外日報』が92年に報じた、日顕夫人の200万スーツ買い漁りスキャンダル他ヘの怒りを、今でも忘れずに熱く語る。「……結局、日顕は信者を“金づる”としか思っていないのです。……法王に就いた日顕は、口を開けば『私に逆らえば、題目を唱えても功徳はない』と豪語して、法王の権威を傘に宗門を牛耳っていった。……日顕や日如ら親族だけが特別扱いされ、“日顕ファミリー”の天下となっている。先日も、日顕の孫が東京のある寺院の住職に就職したと聞いた。経済的に安定してる寺院に入れるのは、“日顕ファミリー”が多く、それ以外の僧侶らは、指をくわえてみているだけ……」(21ページ)

 田舎の商店主でも昨今、ここまでの公私混同経営はしない。それをよりによって、組織のトップに立つ宗教人を名乗る者が……。怒りで手がワナワナと震えた。「脳硬塞の前兆じゃねえのか? 用心しろよ。高血圧なんだしヨ」前出の友人がまたもや顔を。神楽坂の工事現場に入ってると。「創価学会も大作亡き後は女房や息子、要するに“池田ファミリー”が、ドーカツ手法で牛耳るんだろ。日顕クンとおんなじじゃん。要するに近親憎悪か?」「き……貴様、言っていい事と悪い事があるぞ。もう我慢限界だ。とっとと帰れ!」「分かった分かった。冷蔵庫のペットボトル、1本もらってくよ!」「………」

 1度赤色思想に感染した者は、悲しいかな世の中の万事を客観的に判断出来ない。虚名や身びいきが大嫌いな池田名誉会長に、奥様や御子息に力添えをと懇願したのは、我々師弟共戦の同志たちなのだ。一方日顕一派は、私利私欲実現のために組織を乗っ取った。泥棒と警察、いや天と地、太陽と月の区別もつかないとは……。60近い歳で幼児並の考えしか持てない男。腹立たしい奴だが、気の毒で哀れでもある。また警備会社をクビにならないよう(もう3社目)、陰ながら祈るのが友達の役目だろう。(塩山芳明)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年6月 2日 (日)

●ホームレス自らを語る 第126回 左手の指5本を失って(前編)/林幸治さん(仮名・56歳)

1306  上野恩賜公園(東京・台東区)で会った林幸治さん(仮名・56)の左手には、黒い手袋が嵌められ、しっかり固定されていた。
「土木作業員をしていた20代半ばに、コンクリートポンプ車の駆動部分に左手が巻き込まれてね。指5本を失ってしまった。それがホームレスになった直接の原因ではないが、少しは関係しているかもしれないね」と語る林さんだ。
 その林さんは宮城県の出身。山形県との県境に近い山深い田舎に生まれた。上に姉2人がいる末っ子だった。
「父親はオレが生まれてすぐに病死したらしい。詳しいことはわからない。だから、父親の記憶は何もない。それで母親が土方仕事に出て、オレたち3人を育ててくれた。ヨイトマケ仕事だよね。だけど、女仕事だから、たいして稼げなかったんだろうな。すごい貧乏で、いつまでもテレビが買えずに、隣近所の家に行っては見せてもらっていたよ」
 子どもの頃の林さんは勉強がやや苦手で、スポーツの得意な少年だった。
「野球と卓球が得意だった。とくに野球は中学校の部活でやって、7番レフトでレギュラーだったよ。ただ、あまり強いチームではなくて、郡の大会以上に出たことはなかった。少年時代になりたかった夢? そんなものはなかったね」
 林さんは中学を卒業して東京に出てきた。集団就職である。築地市場の近くにあった米穀店に就職した。
「中学卒業で就職したのは、家が貧しかったこともあるけど、勉強が嫌いだったからね。就職した米穀店には支店が3つもあって、従業員も30人以上いる大きな店だった。15歳で親元を離れて働くことになったわけだけど、ホームシックにかかるようなこともなかった。前々から、東京に出て住み込みで働く覚悟ができていたからね」
 仕事は米の配達が主だった。荷台の大きな配達用の自転車に米袋をいくつも積んで、中央区から千代田区の飲食店や一般家庭、それに築地市場内の店に配達してまわった。
「初めのうちは重い米袋を積んだ自転車がうまく扱えなかったり、都心の道を覚えられなくて往生したけど、先輩たちがみんな親切に教えてくれたり、手伝ってくれたりしてね。おかげで仕事に慣れていき、何とか働けるようになった」
 愉しみは旧盆と年末年始の休みに、土産をいっぱい抱えて母と姉たちの待つ田舎に帰ることだった。

林さんには将来一本立ちして、自分の店をもつような夢はなかったという。
「そういう野心のようなものは、まったくなかったね。だから、その米穀店も5年ほどでやめてしまう。毎日毎日米の配達ばかりで、飽きてしまったんだな。結構な肉体労働だしね。少し目先の変わった仕事をやってみたいと思ってさ」
 林さんが新たに就職したのは、小さな工務店である。大手建設会社の仕事を孫請けしている工務店で、彼はその正社員に雇われた。
「仕事は手元といわれる一番下っ端の雑用係をずっとやっていた。せっかく正社員になれたんだから、玉掛けの資格でも取ったらどうだと先輩からいわれたりしたけど、そんな気はさらさらなかったね。手元の仕事をやらせてもらえれば十分の気持ちだった」
 仕事は戸建て住宅やマンションの建設工事が中心で、高度経済成長下とあって途切れることなくあった。
「その頃になると酒やタバコを覚えて、休日前には同僚たちと居酒屋に繰り出したり、寮の部屋で酒盛りをしたりしてね。同僚のなかには浴びるほど飲む人もいたけど、オレはほどほどに飲むだけだった」
 仕事に野心をもたない林さんは、遊びのほうも万事控え目であった。ギャンブルといっってもたまにパチンコをやるくらいで、競馬や競輪の類には一切手を出さなかった。それでも金はたまらなかったと笑う。手元作業でもらえる給料には限りがあったからだろう。しかし、林さんはそのほどほどの生活に満足を感じていたようだ。
 そんな彼を不幸が襲うのは、入社して5、6年したときのことである。その日の作業はコンクリート打設(コンクリートを流し込む作業)であった。作業は順調に進行していた。
「幾台ものコンクリートミキサー車がやって来て、コンクリートポンプ車にコンクリートを流し込んでいく。その1台を誘導して所定の位置に停め、コンクリートを流し込むシュートを開いたときだ。身体のバランスを崩して前にのめり、ポンプ車のコンクリート受け口に左手を突っ込んでしまったんだ」
 コンクリートを攪拌して駆動する機械装置に、左手の5本の指が巻き込まれ押し潰されていった。すぐに機械が停止され、救急車が呼ばれ林さんは病院に搬送された。
「診断した医師は、左手の指5本を切断するしかないと言った。どの指も潰れてはいたが、5本ともつながっていたから、切断しないで治療できないかと訴えたんだが、5本とも中に生コンクリートが詰まってしまって、切断以外に治療の方法はないということだった。身体中の力が抜けて、目の前が真っ暗になるようだったね」
 そして、林さんは左手の指5本を失うことになる。会社は業務中の事故ということで、労災の手続きを取ってくれた。さらに、同じ理由で解雇の対象にせず、引き続き現場に出て働くのを許してくれた。左手のハンデを抱え以前のように働けない林さんだったが、会社の恩顧に報いるために懸命に働いた。
 仕事仲間たちも協力して、遅れがちな林さんの仕事をサポートしてくれた。しかし、事故から5年ほどして、会社を辞めなければならなくなる。(つづく)(神戸幸夫)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年5月 | トップページ | 2013年7月 »