『醤油鯛』への道(前編)
どう考えても無理だ。
計算機をたたくまでもなかった。この本は出版できない。経費がかかりすぎるのだ。76個の透明な静物を撮影するカメラマン、各々の線図を詳細に描くイラストレーター、素人目には全く差異が分からない写真を順番通りに配置するデザイナー、工場見学へ行ってマニア顔負けの質問を繰り出すライター。
いるだろう、金を出せば。いないだろう、タダでやってくれるヤツなんて。いや、一人だけいる。
わたしだ。
編集長が何年も温め続けた企画を、そう簡単に諦めるわけにはいかない。
「こんな面白いコレクションを続けている人がいるんだよ。ぜひ本にしたいんだ」
そう言われてホームページを覗いた日が忘れられない。
よく弁当に入っている魚型の醤油入れがていねいに撮影され、名づけられ、整然と並んでいる。そのさまが美しかったのだ。必要最低限のことしか記されない文章も粋で、一気に魅せられた。
なんとかしなければならない。
さすがに撮影はムリなので、いつも一緒に仕事をしてくれるカメラマンに泣きついた。彼は少ない予算の中で工夫を凝らし、全ての撮影を完璧にこなしてくれた。彼の住むH市には一生足を向けて寝られない。
問題どころは線図である。試しに描いてみたものは著者からノンが出た。色々気を遣ったコメントを寄せてくれたけれど、シンプルに言うと下手すぎるということだった。
76種を全て熟達のCAD職人に描いてもらうことなんて到底ムリ。幸い、見た目はそんなに変わらない醤油鯛だ。特徴的な種を何個かイラストレーターに描いてもらい、基本的にはそれをなぞり、口の形やエラやヒレを少しずつ変えればいい。
気楽に始めた線図作成だったが、地獄の釜はすぐそこで口を開けていた。(つづく)(奥山)
『醤油鯛』9月10日発売!
■沢田佳久オフィシャルサイト
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