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2012年9月

2012年9月28日 (金)

OL財布事情の近年史/第96回 なんだか財布記事が大ブレイクした!お金への愛憎入り乱れる09年(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

前回のつづき。

『日経ウーマン』2008年4月号「働く女性1000人のリアルマネー白書」で、お金の使い方がだいぶ男前、いや、ややもすると男性より堅実でしっかりし始めた働く女性の実態をみた。

この半年後、2008年11月号では「お金と幸せハッピー★セラピー」という大特集。年収別に「稼ぎ力」「貯め力」「増やし力」など事細かに分析している。「年収別・ひとり暮らしお部屋&仕事を大公開」では、家計簿や暮らし方の事例をあげているが、注目したのが「あなたにとってお金とは?」というお題で、それぞれが手書きで回答している。この連載のずいぶん前に同じような記事を取り上げたのだが、そこに非常に印象的な回答があったのだ。『モア』1981年11月号「今、あなたとお金の関係を考える」での「あなたにとって、お金とは何ですか」という質問に対する回答、「使うもの」である。
お金は、使ってればよかったのである、81年のOLは。他にも、「生活に潤いをもたせるもの。あればあるだけ使いたいし、なければ多少つらいだろうなと思う」「最愛であり、最憎のもの」「天下の回りもの」と、のんきにしててもどこからか湧いて出てくるものだった。
ところが30年近く経ち、お金観は様変わりした。「がんばった分の対価!」(400万円・25歳・メーカー営業)「生活のガソリン」(500万円・25歳・通信)「手段」(800万円・32歳・不動産)と、お金は稼がなければ生まれないとか、生活に必要不可欠であるという、ごく常識的なリテラシーが、身に付いたといおうか。
ただしこの回答、年収別にみてまんなかあたりの人たちで、いわば下流、上流の人の回答は、ちょっと毛色が違う。下流は「あったら嬉しいけど、なくても何とかなる!!」(年収300万円・30歳・サービス業店長)、上流は「お金とは目的ではなく楽しい人生を送るための道具」(1300万円・33歳・財務会計)って、ちょっと81年の回答に似ていませんか?浮世離れしたところが。やっぱりお金は少なすぎても、多すぎても、ちょっとおかしなことになるってことですよ。みんなでほどほどを目指そうじゃあないですか。ね。(神谷巻尾)

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2012年9月26日 (水)

寺門興隆を読む/2012年9月号

 急に秋めいてきたこの頃。「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉は偉大だ。同時にお彼岸というのは住職が檀家まわりで忙しい季節にもあたり、厳しい暑さの中どうなることやらと気を揉んでいた住職もホッと一安心であろう。そんな9月の寺門興隆、見出し。

直葬か寺院存亡か/寺院は避難所か/霊園商標裁判/布施脱税葬儀社/女性説談説教/身体を害する建物/臨床宗教師/写経会実践/宗門住職解任裁判/幼児脳死移植問題

 やっぱり見逃せないのは「布施脱税葬儀社」だろう。今年6月に発覚した、埼玉県にある僧侶派遣会社の所得隠しについてだ。僧侶派遣会社が葬儀社に支払った紹介料の一部が脱税に利用されたのだ。その紹介料というのはつまり遺族が僧侶に払ったお布施の一部である。僧侶も遺族も縁をもらう以上は紹介料を差し引かれてもしょうがないだろう(というか、僧侶派遣会社はそれで食べているのだし)けど、こういう事態が発生すると、「私たちって誰にお布施してるんだろう?」と不安になってしまう。本記事は「僧侶へのお布施はお布施とし、紹介料は紹介料としてちゃんと施主に業者が正直に請求すればそれですむことではないのか。お布施を「不透明」にしているのは、当の業者なのである。僧侶もそんな業者に加担してほしくない。」と締めている。本当にその通りだ。私たち、お坊さんにはお布施するけど、どこか知らない会社に現金を喜んで捨てたくない。

 そして聞き慣れない言葉「臨床宗教師」。本誌では「在宅ホスピスに不可欠は医療者のみならず臨床宗教師だ」とし、医療法人の理事長が記事を書いている。看取りの現場に医療関係者しかいないと、死後やあの世に関する患者の求めに応じることができずもどかしいというのだ。「がんを患って、死を嫌でも意識せざるをえなくなってくると、生の世界と死の世界とが同時に視界に入ってくる、そのような心地がした。その時痛感したのは、死の側の方には道しるべが何も見当たらない、ということであった」とあり、一瞬で腑に落ちた。確かに死への道しるべをするのは宗教者しか考えられない。死にゆく人はもちろん、遺族となりつつある親族のケアも、生ある時から必要ではないか。

 個人的には「歯を見せている阿弥陀様がおられるのはなぜか」という記事に痺れた。歯を覗かせている仏像は「歯吹の仏」といい、全国に数十体しかないという。しかもほとんどが阿弥陀様だというのだ。その理由を知りたい人はぜひ本誌を買うと良いと思う。ずっと書くのをサボっていたので一日発行の月刊誌の紹介が月末になってしまった。急ぎ入手してほしい。(奥山)

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2012年9月25日 (火)

東京みくじ巡り/水天宮

 戌の日に長い行列を作る安産祈願で有名な水天宮へ行ってきた。どれだけ長いかというと、夏休みのディズニーランドの人気アトラクションなみ。ファストパスを導入した方がいいんじゃないか、と思うくらい(バスから列を見た感想)。行った日はなんでもない日だったようで空いていた。お宮参りをする参拝客がちらほら。
 水天宮ホームページには戌の日カレンダーあって、それを見るとだいたい月3回は回ってくるらしい。すごい行列だから月1回しかないのかと思ってた。

Suitenguu  さて、安産祈願で有名な水天宮のみくじはどのようなものかというと、いたって普通だった。出産・妊娠・子ども絡みを期待していたのだけど。
 個別運勢は13項目。期待の出産については、さっぱりした内容で「身体を大切にしてください」のみ。男・女の性別大戦に食い込んでくるか期待していたが外れたが、もしかしたら、「(今後、妊娠するかもしれないからあなたの)身体を大切にしてください」という神様の労りの言葉なのかもしれない! 神様ありがとー!
 それ以外の運勢は悪かった。「急に相手の気が変わり(縁談)」「大量に買うと損をし(商売)」「「怠ると危なく(学問)」「思うようにならず(求人)」「北ならばいい(方角)」と、どうやら北へ行って勉強するしかないようだ。でも、「旅先で遠くへ行かない方がよいでしょう(旅行)」だから、北海道とかはダメなんだな。近場の北といったら北区くらいしか思い浮かばない。そこ行く時間を考えるともったいないから、北側にある部屋にしておく。

 裏面は教えと天のみこえが書かれている。天のみこえには「あさみどり 澄みわたりたる大空の 広きをおのが 心ともがな」と、どうやら明治天皇の御製らしい。心の狭い私にぴったりだね! 天道様はしっかりと見ている。
 明治天皇がどのような思いでこれを詠んだかはわからないけど、天皇が「大空のような心を持ちたい(自分の心としたい)」と言っているんだもの、一般庶民の私が毎度のように「謙虚になれ」だとか「広い心をもて」とか言われても仕方ないよ。なんか納得した。
 表面の言には、「千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰え 百足の室も突隙の煙を以て焚く」。意訳を見ると、「些細なことを軽く見て、慎まないとそれが原因で大きな失敗を招くことがある」と、要は謙虚になれ、ということです。アリとキリギリスですね。ずっと言われ続けてるから気をつけてるんだけど、修行がまだ足りないのかな。「あなたは謙虚な人間です」という旨のみおしえが出るその日まで謙虚修行を続けようと思う。(月島めぐる)

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2012年9月21日 (金)

OL財布事情の近年史/第95回 なんだか財布記事が大ブレイクした!お金への愛憎入り乱れる09年(前編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

カツマーやら品格やら、生き方指南でも騙しが効かなくなってきた2008〜2009年、女性誌に残ったテーマといえば。もちろんお金であった。まあこの頃のお金関係の記事の多いことといったら。定番の『With』『MORE』はもちろん、『日経ウーマン』にいたっては多いときは隔月でマネー特集組んでるんじゃないかといった勢いである。
『MORE』2009年9月号「もうみんな始めてる!HAPPY♥節約ライフ」では、直木賞作家の山本文緒が「ていねいな生活から得られる宝物」と題したエッセイで、「不景気になってよかった、と言ったら言い過ぎでしょうか」「お金さえあれば何でもできる、という異様な万能感に世間はあふれ返っていました」「この不況がなかったら多くの人は、働いて生活費を稼ぐということがどういうことか、まだ真剣に考えなかったかもしれません」と、さすが作家の言葉と思わせる表現で説いているが、つまり生きていくための金のことを考えないと、マジやばい事態になってきた。

『日経ウーマン』2008年4月号「働く女性1000人のリアルマネー白書」では、「すっきりシンプル節約術でお金を永遠の味方につける!」とキャッチコピーこそ爽やかだが、読者976人へのアンケート結果は、非常にシビアである。
平均年齢31.9歳で、平均手取り月収24.1万円というのは、このご時世低いとはいえないが、かつての同誌読者の、バリバリのキャリアウーマンを思うと、ずいぶんこじんまりしている。1ヶ月の生活費の平均を見ても、食費2万7216円、交際費1万7738円、服飾費1万4207円、化粧品代6540円と、いたって地味。反面、貯蓄にはどん欲で、毎月の貯蓄は4万9649円 投資1万5472円と、収入の四分の一以上を蓄財に回している。そのおかげで、貯蓄額平均465.1万円と、年収以上の額を貯めているのだ。
こんなに堅実な生活をしているのに、「〈ワーキングプア〉も他人事ではないと思う?」という問いに、「はい」と答えたのは78.7%。「日々の生活の中で、〈格差社会〉を実感することがある?」も78.7%が「はい」である。31歳で、貯金もあるのに、貧困と隣り合わせだというのか。
「貯蓄の目的は何ですか?」といえば、「老後の生活のため」44.8%、「リストラ・失業など不測の事態に備えて」31.7%が上位、旅行(25.8%)や結婚(24.2%)より、まず生活防衛だ。「将来実現したい〈夢〉を教えてください」は、結婚、出産を僅差で抑えて「収入アップ」が49.3%で1位。やはり自己完結でいい生活をするのが、平成女子の夢なのか。とはいえ、「ずっと働き続ける」は34.9%とぐっと下がる。ずっと働くのは当然のことで、夢なんかじゃないってことか。男性は働くのが夢、なんて言わないもんね。女性は選択肢がたくさんある、結婚も出産もキャリアも自分次第、なんて言ってた時代が夢だったのである。(つづく)(神谷巻尾)

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2012年9月19日 (水)

『醤油鯛』著者HPご案内【未公開原稿あり】

9/17、9/19と朝日新聞の一面に広告が載った醤油鯛。

Photo

「どういう本なの?」

「それってどういうこと?」(といわれても…)

という問い合わせが来ています。

弊社HPや通販サイトでの商品説明では物足りないと感じている方にご案内です。

著者・沢田佳久さんの公式ホームページ内、

醤油鯛のページに、もっと詳しい情報があります。

★★醤油鯛の頁★★

ページの関係上、泣く泣くボツにせざるを得なかった

コラムの数々も紹介されています。

ぜひぜひご注目を。

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2012年9月11日 (火)

『醤油鯛』手に入りやすいお店一覧

50音順、敬称略です。

こちらの一覧は発売前に「ウチに並べたい」と手をあげてくださった書店様のうち

比較的冊数の多いお店を提示しています。

もちろん、こちらのお店以外にも、全国に配本されています。

BOOKSふれんど
B&B
BOOKSなかだ本店
BP文苑桂南店
BP文苑山科店
MARUZEN&ジュンク堂梅田店
MARUZEN&ジュンク堂渋谷店
セルバ岡山店
浅野書店
アマノアクト北店
あゆみBOOKS仙台店
あゆみBOOKS田町店
あゆみBOOKS綱島店
あゆみBOOKS東村山店
井荻書店
イオンモールむさし村山店
イケヤ文楽館高丘店
一乗寺恵文社
井戸書店
今井書店倉吉店
ヴィレッジヴァンガードアピタ江南
ヴィレッジヴァンガードアルル橿原店
ヴィレッジヴァンガードイオン明石
ヴィレッジヴァンガードイオン金沢示野店
ヴィレッジヴァンガードイオンタウン仙台泉大沢店
ヴィレッジヴァンガードイオン千葉
ヴィレッジヴァンガードイオン銚子店
ヴィレッジヴァンガードイオン富士宮
ヴィレッジヴァンガード宇都宮インターパーク
ヴィレッジヴァンガード柏スーパーオートバックス
ヴィレッジヴァンガード熊本パルコ
ヴィレッジヴァンガード郡山
ヴィレッジヴァンガードココエあまがさき店
ヴィレッジヴァンガード新京極
ヴィレッジヴァンガード立川ルミネ
ヴィレッジヴァンガード長久手イースト
ヴィレッジヴァンガード名古屋中央店
ヴィレッジヴァンガードフジグラン神辺店
ヴィレッジヴァンガード町田ルミネ
ヴィレッジヴァンガードラフォーレ小倉店
駅前の本屋まこと
大垣書店イオンモール京都五条店
オリオン書房アレア店
オリオン書房ノルテ店
カルコス本店
川又書店エクセル店
喜久屋書店大垣店
喜久屋書店倉敷店
喜久屋書店高岡店
紀伊國屋書店鹿児島店
紀伊國屋書店富山店
紀伊國屋書店広島店
教文館
精文館
くまざわ書店土浦店
くまざわ書店東大和店
くまざわ書店若松店
啓文堂吉祥寺店
三省堂書店岐阜店
三省堂書店神保町本店
三省堂書店名古屋高島屋店
三省堂書店農水省売店
ジュンク堂書店秋田店
ジュンク堂書店大分店
ジュンク堂書店大阪本店
ジュンク堂書店岡山店
ジュンク堂書店吉祥寺店
ジュンク堂書店京都BAL店
ジュンク堂書店甲府店
ジュンク堂書店郡山店
ジュンク堂書店三宮駅前店
ジュンク堂書店三宮店
ジュンク堂書店那覇店
ジュンク堂書店難波店
ジュンク堂書店西宮店
ジュンク堂書店ピオニーウォーク東松山店
ジュンク堂書店姫路店
ジュンク堂書店広島駅前店
ジュンク堂書店福岡店
ジュンク堂書店盛岡店
スタンダードブックストア
大盛堂書店駅前店
ちくさ正文館
知遊堂三条店
蔦屋書店三年坂
蔦屋代官山店
天牛堺書店津久野店
東海大学B・C樋口ブックセンター
ドリームボーイ青森
パルネットかがや店
フタバ図書ワンダー
ふたば御池ゼスト
ブックス音羽
ぶっくす三峰
ブックセンター名豊
ブックファースト新宿店
ブックファースト蛍池店
文教堂市川鬼高店
文教堂八街店
増田書店
丸善&ジュンク堂札幌
丸善アエル店
丸善津田沼店
丸善天文館店
丸善日本橋店
丸善博多店
丸善広島店
萬松堂
水嶋書房くずはモール店
宮脇行田持田店
宮脇書店五泉店
宮脇書店総本店
宮脇書店福知山店
宮脇書店本店
八重洲BCイトーヨーカドー八千代店
谷島屋
谷島屋さなる店
山下書店東銀座店
有隣堂ヨドバシAKIBA店
有隣堂戸塚モディ店
夢屋アピタ瀬戸店
楽学書館Begin
らくだ書店東郷店
隆文堂

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2012年9月10日 (月)

『醤油鯛』への道(後編)

中編の続き。

前編はこちら

全てプロに任せればよかったか、でも予算が…と自問自答しながら著者とやり取りを繰り返して数か月、着実に完成に向かっている、ように思えた。

企画を提示してから3年、完全原稿をもらってから2か月がたつ頃、まだまだ難はあろうが、とりあえず76種の醤油鯛の線図が完成した。高まる気分を抑えながら原稿にレイアウトしていく。そしていよいよ「図鑑の部 説明」と図に矛盾がないかどうか、照らし合わせる作業が始まった。
涙が出そうだ。わたしはまるで見えていない。とくに魚体に記された数字が見えていないのが致命的だ。「識別用の文字彫刻がある」「点彫刻がある」という記述に半信半疑で現物を見ると、本当にあるのだ。「4」と明確に記された醤油鯛、私の描いた図に数字はない。標本全体がジロリと私を見て、いっせいにブーイングをする幻覚が見えてきた。「ちゃんと見ろよ」「節穴」「能無し」「嫁かず後家」「だからお前はダメなんだ」など、人格を否定する声までが聞こえてくる。

しかしきっと、わたしだけではあるまい。人は視たいものしか視ないのだ。それ自体に良いも悪いもなく、視ているものと視ていないものを知ることは、わたしたちがモノをどうとらえているかを知ることである。知覚のクセを確かめることである。そのことは、醤油鯛自身が明確に示している。

「こういう流線型の体で、頭のへんにトサカみたいなやつがあって、ヒレっていうの? 胸のところに翼みたいなヤツがあって、シッポがあれば魚よね。あ、もちろん眼はあるよ」
たいていの人は魚にたいしてこんな感想を持っているのではと思う。複数の、匿名の彫り手によって生み出される醤油鯛は日本人がイメージするところの「ふつうの魚」(本書では「汎魚」としている)を体現しているといえる。わたしたちが「視ている」部分と「視えていない(もしくは重要でないから見なくていい、と思っている)」ところのものが如実に示されているのだ。そんな醤油鯛の分類は、私たちの中にある魚のイメージを辿っていく作業にほかならない。

本文第3章「醤油鯛の造形」には、こうある。

 先に書いたように,醤油鯛の多くは製造者やユーザーを含めた日本人全体の心のなかにある最大公約数的な魚のイメージ,つまり「汎魚」が造形として結晶したものである.しかし醤油鯛が現れて半世紀にも過ぎない間に,人々が御馳走としての魚に接する機会が激減した.内陸の街にも生簀のある料理店が出現し,遠い海でとれた魚が皿に載って回転してくるようになったかもしれない.しかし魚の形をした魚とまみえる機会がなくなった.お魚がマイ皿の上に鎮座し,骨を一つひとつほじくる,そういう対決が減ったのだ.人々の心にある「汎魚」は一筆書きで描けそうな単純なイメージにまで消耗している.
 一方で,人々の心に醤油鯛(呼び名はともかく)は定着した.遠くから見てもソレが魚型の醤油入れであると分かり,匂いを嗅がなくともソースではなく醤油だと予想できるのである.しげしげと観察して手抜きを見つけて歓んだりは,もちろんしない.
 そのような環境では,その環境に適した造形が出現する.こだわりの醤油鯛がある一方で,醤油鯛としての最低ライン,いわば60点狙いの醤油鯛も出現するのである.魚らしい醤油鯛ではなく,醤油鯛らしい醤油鯛が求められる.評価基準が変わったのである.(p.21~22)

醤油鯛への探求は、わたしたちが生み出した文化の大海への旅なのである。(奥山)

『醤油鯛』本日発売!

■沢田佳久オフィシャルサイト

http://www.gao.ne.jp/~tgs1698/ys/main.htm

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2012年9月 8日 (土)

OL財布事情の近年史/第94回 品格とカツマーの06年、起業に派遣に女は働く!(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

前回のつづき。

2006年ごろに起こった勝間和代ブームを見ていた。

勉強して資格をとって、セルフブランディングして起業して(またはキャリアアップして)、女らしさを忘れずに品格を持って、という生き方は、それはそれは魅力的に見えますよねー。「こうやって幸せをつかむ」系の女性ビジネス書著者もたくさん生まれていました。しかしこれらサクセス指南は、果たしてこのときの働く女性現状に即していたのであろうか。

『日経ウーマン』2008年5月号、創刊20周年記念の特集「1988年〜2008年女性たちはこんなに進化した!」、「データで見る働く女性の20年」で、女性に関する統計比較があった。女性雇用者数は88年の1670万人から、2006年2277万人に増加、全雇用者数に占める女性の割合は31.6%から41.6%へ。非正社員の比率は、88年の35.1%から07年53.5%と、過半数を超えた。女性管理職の割合は、2.0%から5.8%へと微増。一方、初婚年齢は88年25.8歳から06年28.2歳に、初産年齢は88年26.92歳から05年28.61歳と上昇している。

受け皿である雇用は半分以上がパートや派遣や契約、正社員になったとしても、ほとんどが平社員のまま。結婚も子どもも先送りである。つまり、見かけ上社会進出はしたものの、低賃金で働く独身女性が増えただけ、という見方もできよう。この環境下、スキルを身につけても、成功し、エグゼクティブになれる女性はごくわずか、ただでさえ結婚がの遠のいているのにそこにリスクは賭けたくない、という本能が働いたのか、品格もカツマーも、1年ほどでスッとなりをひそめた。大変なブームだったし記憶には新しいのだが肝心の中身や主張については思い出せずとりあえずググってしまったのはそのせいか。

そして世の中ではサブプライムローン問題、リーマンショック、派遣切り内定切り、年越し派遣村と、本格的なダメージが次々押し寄せる。もはや将来の夢より今、理想より現実、という状況で、OLはどう生き抜いていったのか。あ、「OL」はもういないのか。(神谷巻尾)

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2012年9月 7日 (金)

『醤油鯛』への道(中編)

前回の続き。

ひとまず代表的な(?)醤油鯛を4つイラストレーターに仕上げてもらった。透明な物体に彫り込まれたささやかな点と線、意匠なのか? 傷なのか? ときに判断を間違えては著者に指摘される。そして我々には見えないものが著者には見えている。「ここの接着面は閉じてあるはずです」「ウロコのデコボコが違う」繰り出される専門家ならではの厳しい指摘についていくのが精一杯。なんとか4種を作り終えた頃、これからの作業のことを思って途方に暮れていた。自分には絵心が全くない、わけではない。と思っている。でもなんだか、ソレとコレとは違うぞという気がしていた。はっきり言おう。この作業は頭が良くないとできないのだ。そして、良くはない。

仕事の合間とはいえ2日にひとつを仕上げるという超絶なノロさの中、良いタイミングでモデル撮影が終了した。ここから先は醤油鯛の写真を下に敷いてなぞればよいのだ。どうしても見えない部分だけ、現物で確認しよう。
しかしそんなズルはすぐに見透かされる。立体的に把握していないと線図は正確に描けない。特に背鰭や腹鰭といった地に接する部分が曖昧になってしまうのだ。すぐに現物とにらめっこの日々に舞い戻った。ベジェ曲線の取り扱いに苦戦しながらも、そろそろCAD製図者として第二の人生を踏み出せるかもと錯覚し始めたとき、著者から原稿が届いた。

その原稿は今までの苦労を全て浄土へと吹き飛ばしてくれるような、素晴らしいものだった。コレクターの、しばしば前傾になりがちな表現が全く見られない落ち着いた文体。理系の研究書と見せかけ、内容は至極哲学的。堅い文章が時々緩むのがセクシーだ。才色兼備な原稿を楽しむこと2時間、最後の章にたどり着いた。
「図鑑の部」説明。
そこには各醤油鯛のエラやヒレの形状、口の形までが丁寧に分類され、文章に落とし込まれていた。
これをそのままそっくり、線図に写せばいいではないか!
一瞬頭が華やいだが、私の線図に求められているのは現物の模写である。現物を無視して著者の書いた分類情報に沿って描いていく、それは本末転倒であり、この本への冒瀆だ。せっかく鎮座してもらっている醤油鯛たちにも申し訳ない。
よし決めた。この原稿は読まない。

すると困ったことに、編集者が原稿を読むことができないという事態が発生した。(つづく)(奥山)

『醤油鯛』9月10日発売!

■沢田佳久オフィシャルサイト

http://www.gao.ne.jp/~tgs1698/ys/main.htm

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2012年9月 6日 (木)

新・初老男のデモ趣味(中編の2)

 小権力を握った際の日本人の浅ましさは、裏金ゴロツキ機動隊の醜悪さに良くフィット、晴れた日の富士山のふもとの月見草さえ連想させ、鉄柵に占拠された歩道に思いきりゲロを吐き散らしたくなる。

 全国民注視の大ムーブメントと化した、毎週金曜日の首相官邸前の反原発デモ。初参加したのは6月22日。旧知の在日韓国人女性で、筆者編集のエロ漫画誌に、「体験的在日韓国人損得論」なる、圧倒的不人気コラムを長年連載している、Yからの観誘ファクスが契機。同業者だが、男・酒・空手・山歩きにしか興味を示さないエロおばさん。意表を突く社会的目覚めにはビックリ!(山の死の灰汚染への怒り?)。デモマニアとしては当然1度はと考えていた。だが、高円寺や渋谷、新宿などの繁華街と違い、官庁街でデモ&絶叫しても面白み不足との先入感が。自称右翼の街宣車による妨害が頻繁と伝えられた、経産省前の反原発テント見物には是非1度と考えてたが…。ともあれ一見をと、おばさんを含む編集仲間計3人と、現地集合での待ち合わせを。

●6月22日●

 “電波送り付け悪徳商法”のNHK(職員平均年収1300万)や朝日“御用”新聞以下(年収はNHK水準)が、まだ意識的にシカトを決め込んでた時期。地下鉄丸の内線構内には、エラソーな機動隊の姿も見られず、逆にデモ参加者が券売機付近でビラまき。心なごむムードだ。国会議事堂反対側の歩道には、既に参加者が延々と(歩道の3分の2の幅を占拠)。4番、ないし2番出口を出たら左折、より首相官邸に近い国会記者会館方向に向かわかねば、リレー演説は聞けない。ただ参加者の集中を恐れた機動隊・主催者の整理係が、右折した外務省・財務省方向へと意識的に導く。初回で素人だったため唯々諾々と従い、かけ離れた場所で退屈な一時を(首相官邸など全然見えない。「再稼動反対!」の叫びにも力が入らない)。お陰で待ち合わせた連中には全員に会えた(翌週からでは考えられない事態)。議事堂側の歩道にはまだデモ参加者の姿はほとんどなく、納税者を不遜にも家畜扱いする、車道との間の鉄柵もまだ登場していない。

 官邸に近い方へ移動しようと、4人で歩き出す。歩道は大混雑するので自然と車道に。その時だ。「車道を歩かないで下さい!」凄い剣幕の真っ黄色な声。うるせえドブス婦人警官がと振り返ると、スレンダーでファッションセンスも抜群な20歳前後の美形姉チャン。女の公安なんて珍しいと良く見れば、主催者側の整理係(黄色の腕章)。ただミニパトの婦警並に融通の効かないアマで、俺様のジャケットの袖を掴んで放さない。車の影も形もないのに。過剰警備の一言。多分中学校時代は風紀委員だったのだ。「その綺麗な手を放せ!この上着はブックオフ前橋リリカ店で5000円もしたんだ。破いたらぶっ飛ばすぞ!!」こう一喝をとも思ったが、大人気ないので車道を断固前進。けど小権力を持った際の日本人て、思想信条に関わらず醜い。

 4人は離れ離れになりながらも、国会記者会館前付近で無事合流。ただ余りの人の多さに、付近一帯はしっちゃかめっちゃか。「もうどっかに飲みに行こうぜ」との声もメンバーから。せっかく来たんだし、一応はデモ集団(立ってるだけの参加者をこう呼ぶのも妙だが)の先頭まで行ってみようと、官邸方向へ歩き始める。歩道が左折する角にやたら機動隊が張り付いてる。無表情な連中の顔を盛んに携帯で撮影する、空手エロおばさん(実はデモは初参加と)。他の3人は通り抜けられたのに、俺だけ制服警官と私服コンビに阻まれる。「何しやがんだ!」「ここは通れません」「他の連中は通ってるじゃんか!」「………」角の方向から怪訝な顔で俺を見る他の3人。が、彼等の後方を固める機動隊員の、そのまた後ろを見てなるほどと。10人前後の連中が日の丸を掲げて力なく罵声を挙げている。在特会、ないし類したデモ隊が細々と抗議活動を。俺だけプラカードを持ってたので(カット参照)、衝突を警戒しての阻止らしい。在特会に反原発デモ隊を襲わせ、デモ隊をパクるのを得意技とする日本裏金警察。だが今回は、事前に打ち合わせる時間がなかったのだろう。先の中年の私服に言う。「理由を言った方がいいよ。闇雲に通らせないよりか」「い…いやあ」と卑屈な照れ笑い。俺は即逃げるから、絶対に衝突なんかしないのに。

 7時前に引き上げ、一番若いM君と「シネヴェ-ラ渋谷」での、『海燕ジョーの奇跡』へ向かう。地下鉄内での会話。「3~4万は集まってるって話だけど」「それはちょっとオーバーでしょう。1万以上は居たかも知れませんが」「俺たちみたいに途中から抜けちゃう奴もいるし、6時から8時の参加者を合計するとひょっとして……」「ああそうかあ」2度もひどい目に遭った割には、悪い印象は抱かなかった。指導者面した奴がいなかったせいだろう。

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●6月29日●

 この日から1人で参加。筆者は九段下駅から半蔵門線に乗り、永田町で丸の内線に乗り換え、国会議事堂前(現場)で降りる。丸の内線に乗るなり、被り物やプラカードを片手の参加者が車内の方々に。こりゃ前回より増えるだろうと予想。地上に出ると国会側の歩道までデモ隊でビッシリ。左折は困難な感じ。仕方なく右折、へんぴな場所でシュプレヒコールを挙げてると雨が(傘を持参せず)。今夜も「シネマヴェ-ラ渋谷」の『博徒外人部隊』に行く予定。6時40分頃に、やっとこさ4番出口まで移動。階段を降りようとすると、今からデモに参加しようとする人々が、ビッシリと階段の向かって左側部分を埋めている。女子供は勿論、主婦やお爺さんお婆さんまで多種多様。いかに人々が死の灰に恐怖を抱いてるかが、良~く分かる景色だ。列の中にTBSの腕章を巻き、撮影機材を抱いた青年が一人。下っ端にも仁義を切るのが下々の礼儀だ。「オメ-、報道もしねえのに取材してどうすんだよ、ええ!?」うつろな微笑みを浮かべて、じっとうつむく場末の電波女郎。

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●7月6日●

 この週から裏金機動隊の、更に常軌を逸した過剰警備が始まる。国会議事堂前駅構内を全面制圧、4番出口からしか参加者(乗客)を外へ出さない。どういう法的根拠があっての暴挙? 数もやたらに増えて、方々で口調こそ丁寧だがデモ参加者にまとわりつき、ゴロツキ・地回りも真っ青なしつこい嫌がらせ。トラメで無用な指図を乱発、意図的なシュプレヒコール妨害も。だがデモ隊の数に陰りは見られない。盗人官憲の小姑じみた嫌がらせが、逆に不馴れなデモ参加者に気合いを入れている。方々で参加者をぶつ切りにして(街頭デモでの悪辣手法を応用)、忠犬振りをアピール。あのプ-チンのロシアでさえ、デモ隊は常に路上一杯に広がってるぞ。鉄柵が登場したのは翌週と言われている。が、小規模かも知れないが、要所要所で見掛けた記憶もうっすらと。

 連中、ホラも吹き放題。後で考えれば有り得ないが、議事堂前駅は閉鎖されてると大声で。首相官邸前方向に、人を流れさせたくない思惑。主催者側の整理係も、過日のサドっぽい姉チャンこそいなかったが(好きです…)、参加者を遠くへ遠くへと導き、「何よこんなトコに連れて来て!」と、おばちゃんらの反発を買っていた。理由が。中心地を1度離れると、機動隊員共がユーターンを妨害する。悪意はなかったかも知れないが、整理係を官憲の忠実な下部と感じた参加者も多数いたろう。

 面倒になり(裏金機動隊の思惑通り!)、『博徒外人部隊』の開映は迫るはで、財務省脇を通って隣の霞ヶ関駅に向かう。付近もデモ隊でビッシリ。ロープで片側に閉じ込めてる様がむかつく。参加者も無視して自由に広がればいいのに、皆さん言うがまま。小権力を握った際の振る舞いと言い、いい面もたくさんある日本人の、最も情けない一面だ(ニッポジンワッカリマセーン!)。周囲では各種団体がビラまき。日頃は違法な妨害に乗り出す機動隊も、とても手が回らない。何でももらう主義なのでたちまち両手が一杯。後で見たら、池田名誉会長に牙を剥く、富士大石寺顕正会のモノまで。慌てて両手を念入りに滅菌消毒した。

 結果的に新東京名物、経産省前の反原発テント見物が出来た(地下鉄丸の内・千代田両線の、霞ヶ関駅のすぐ上)。居住も可能そうな立派なテントに驚く。これなら原発ゼロの日まで持ち応えられるよ。無論、カンパはせず。地下鉄入口では、50人前後のカルト教団が集会を……と思ったが演説・反応の口調から、旧来の左翼系セクトと推測(間違いなら御免なさいよ)。官邸周辺のデモに参加した後だと、北朝鮮や創価学会のマスゲームを見物してるような錯覚を。いかなる理想に燃えてようが、人々が一致団結した姿は気持ち悪い。ただこうなると、来週も来ない訳にはいかない。(塩山芳明)

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2012年9月 5日 (水)

『醤油鯛』への道(前編)

どう考えても無理だ。
計算機をたたくまでもなかった。この本は出版できない。経費がかかりすぎるのだ。76個の透明な静物を撮影するカメラマン、各々の線図を詳細に描くイラストレーター、素人目には全く差異が分からない写真を順番通りに配置するデザイナー、工場見学へ行ってマニア顔負けの質問を繰り出すライター。
いるだろう、金を出せば。いないだろう、タダでやってくれるヤツなんて。いや、一人だけいる。

わたしだ。

編集長が何年も温め続けた企画を、そう簡単に諦めるわけにはいかない。

「こんな面白いコレクションを続けている人がいるんだよ。ぜひ本にしたいんだ」

そう言われてホームページを覗いた日が忘れられない。

よく弁当に入っている魚型の醤油入れがていねいに撮影され、名づけられ、整然と並んでいる。そのさまが美しかったのだ。必要最低限のことしか記されない文章も粋で、一気に魅せられた。

なんとかしなければならない。

さすがに撮影はムリなので、いつも一緒に仕事をしてくれるカメラマンに泣きついた。彼は少ない予算の中で工夫を凝らし、全ての撮影を完璧にこなしてくれた。彼の住むH市には一生足を向けて寝られない。

問題どころは線図である。試しに描いてみたものは著者からノンが出た。色々気を遣ったコメントを寄せてくれたけれど、シンプルに言うと下手すぎるということだった。
76種を全て熟達のCAD職人に描いてもらうことなんて到底ムリ。幸い、見た目はそんなに変わらない醤油鯛だ。特徴的な種を何個かイラストレーターに描いてもらい、基本的にはそれをなぞり、口の形やエラやヒレを少しずつ変えればいい。
気楽に始めた線図作成だったが、地獄の釜はすぐそこで口を開けていた。(つづく)(奥山)

『醤油鯛』9月10日発売!

■沢田佳久オフィシャルサイト

http://www.gao.ne.jp/~tgs1698/ys/main.htm

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元サイテイ車掌の田舎日記/ジャズが街にやって来る

 日野皓正が酒田にやって来る。
 昨今のジャズシーンにはとんと疎いおれだが、サックスの渡辺貞夫と並び日本を代表する国際的なトランペッターだと思う。地元庄内出身のドラマー磯見博のトリオとの共演だという。そればかりか、ニューヨーク在住の超一流ギタリスト増尾好秋がこのライブのためだけに駆けつけるというのだから、ジャズファンにはたまらない。酒田に限らず、仙台や岩手県、そして東京からもファンが続々とやって来るのだろうか。
 日野皓正といえば、おれにとって忘れられない思い出がある。これまでに日野皓正を観たのはたったの一回切りだが、それが高一の時だった。とにかく日本がひっくり返るような凄まじい音を出すという噂を耳にし、ジャズには全く興味がなかったのに一度観ておかなければ気が済まなくなり、その頃は新幹線などなくて、鈍行で3時間はかかる山形まで、学校が終わってから観に行ったのだった。
 ライブは広い山形市民会館の後ろの方の席で、曲もさっぱり分からず、衝撃や感動どころか何がなんだか分からないままに、時間と共に終了した。それこそ、ただそこに行っただけだった。
 そんなことより、翌日は日曜日だったが、俺には重要な用があったのだ。その頃のおれは新聞配達のアルバイトをしていたのでした。こんな事情があるのに、いくら若気の至りとはいえ非常識で許されることではないが、泊めてもらった親戚に起こしてもらい、とにかく、初電で酒田に戻った。が、着いたのは8時を回っていたと思う。仕方がなく、配達は9時頃になった。
 たしか、60~70軒ほどの配達だったが、幸いにも? 怒られたのは当時社会党の代議士だったS・A宅だけで、変な時間に配ったせいか外に出ていた一軒の家から声をかけられ新規講読の依頼を受けたのだった。所長の大目玉を覚悟しつつ販売所に戻ると何もいわれず、逆にその新規のお客さんのことで褒められてしまったのだった。早朝から電話での問い合わせやお叱りやらで大変だったろうに。
 ちなみに、バイトをしていた理由は、好きなビートルズなどのレコードを買うためだった。ま、そんなバカげたことがあったというわけだ。
 酒田のコミュニティ新聞によれば、「(ミュージシャンは)みんな自己主張が強く、絶対に無難な演奏では終わらない。前代未聞のライブになることだけは間違いない」と。また、プロデューサーは「新しいスタイルとして見せるジャズを提案する」とも。
 これだと、とりようによっては、演奏は全く意気が合わず、自分勝手でメチャクチャになりそうだと受けとれる。こんなんじゃ、聴きに行く人がいなくなってしまいそうだが……。
 先日、畑を貸してもらっているおじさん(80才近い)の家に行ったら、何とこのライブのチケットが置いてあるではないか。聞けば、「日野ナントカは名前しか知らないが、公演などで酒田に来る人は殆ど見に行っている」と自慢していた。ん!? 何だか訳が分からないが……。でも、いいな~。おれも行きてぇ。(斎藤典雄)

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2012年9月 4日 (火)

『妻の恋』『あの事件を追いかけて』著者がTV出演

9月6日深夜0時12分から、アストラ編集の大畑太郎がテレ東「くだまき八兵衛」に出演します。『あの事件を追いかけて』『妻の恋』の著者、編集者として。大畑ファン必見!

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HPを更新しました

新刊「醤油鯛」の情報も!

http://www5b.biglobe.ne.jp/~astra/

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2012年9月 3日 (月)

●ホームレス自らを語る 第117回 生活保護費受給待ち(後編)/渡辺知一さん(61歳)

1209 新宿中央公園で会った渡辺知一さん(61)は、ていねいな口調で話し、穏やかで誠実そうな人柄が窺えた。トビ職人が生業で、23歳のときに結婚。相手はスーパーマーケットで店員をしていた女性である。夫妻は3人の女の子をもうけた。
 娘が次々に誕生し、その子育てに忙しかったあいだは、渡辺さんもトビの仕事に精を出し、真面目な生活ぶりだったようだ。その人柄から、良い夫であり、父親だったろうことが窺える。
「ところが、その娘たちが成長して働きに出るようになると、また悪い虫が蠢き出しましてね」と渡辺さん。
 じつは結婚前の彼はギャンブルにのめり込んだうえに、酒にも溺れるという生活を送っていて、その以前の生活に戻っていたのだ。
「仕事で出た日は、終わってから仲間と居酒屋をハシゴして、帰りはいつも午前様です。仕事のない日は、朝から競馬場かパチンコ店に行ってギャンブル三昧でした。酒もギャンブルも有り金がなくなるまでやめられないんです。競馬でも、パチンコでも、10万円くらいは平気で突っ込んでいましたから、女房に渡す金は一銭もありませんでした」
 いま穏やかで誠実そうな渡辺さんだが、そんなふうに狂わせたギャンブルと酒とは、いったい彼にとって何だったんだろうか。それについて問い質してみたが、彼は「うーん」と言ったきり言葉に詰まった。適当な表現の言葉が見つからないようだった。
「結局、私ら夫婦は離婚することになります。離婚したいと言い出したのは女房のほうです。私のあまりの生活破綻ぶりが見限られたわけです。こちらからは反論のしようもありません。私が45歳のときのことで、22年間の結婚生活でした」
 別れてから、渡辺さんは妻や娘に一度も会っていないそうだ。
「その後、女房や娘たちがどうなったのか、どこに住んでいるのかもわかりません。向こうからも何の連絡もないですし、おたがいに関心がないんですよ」
 この人の口から、こんな恬淡とした言葉を聞くとは意外だった。それに酒とギャンブルにうつつを抜かして生活費を一銭も入れなかったりしたことなど、この人の意外性には驚かされるばかりだ。
 妻子と別れて独り身になってからも、渡辺さんはトビの仕事を続けた。
「そのころは市役所とかの役所関係の建物や学校、マンション建設の仕事が多かったです。板橋だったか、北区だったか、高層のタワーマンションの建設工事にも参加しましたよ。仕事もしましたが、酒とギャンブルには前以上に入れ込んでいましたね」
 そのトビの仕事も55、56歳頃から、しだいにまわしてもらえなくなる。危険な高所作業をするには、高齢すぎるという理由からだ。世界中がリーマンショックの不況に見舞われるのは、それから2、3年後のことである。

「それまで仕事で稼いだ金は、酒とギャンブルに全部注ぎ込んでいましたから、仕事にあぶれるようになると途端に路上生活に転落でした。蓄えなんてまったくありませんでしたからね」
 渡辺さんが路上生活を始めたのは上野からだ。以後、横浜、浅草、池袋、日本橋、神田と場所を替え、数年前、新宿に移ってからは、ずっと新宿を根城にしている。
「といっても、新宿の街が気に入ったとか、新宿の街が路上生活をするのに便利だからというのじゃありませんよ。路上生活だといっても、長く続けているといろいろ荷物が増えてきますからね。街を移るのが億劫になっただけです」
 いま、夜は公園内の適当なとことに段ボールを組み立てて寝小屋をつくって寝ている。食事は炊き出しや差し入れを中心に、一日1~2食確保するのがやっとだという。
「一日1~2食では足りないですよ。でも、足りないからって、アルミ缶集めや雑誌拾いをしてまで、現金収入を得ようとは思いません。ああいう仕事は、私向きではないと思うんですね」
「武士は食わねど高楊枝」とでもいうところか、なかなかプライド高い渡辺さんでもある。その渡辺さんでも“並び”のバイトだけはするという。並びとはプロ野球やコンサート、イベントなどのチケット販売窓口の行列に並んでチケットを購入する仕事である。依頼主はダフ屋だ。
「並びの仕事は、チケット販売を待つ行列に並んで待つだけだから楽で良いですよね。それだけで日当3000円になりましたし、食事の時間には弁当も出ましたからね。ただ、その並びの仕事も以前でしたら週に幾日かは必ずあったんですが、いまは月に数日だけになってしまいました。プロ野球の人気が落ちて、かつてはプラチナチケットといわれたジャイアンツ戦のチケットが、売れ残るようになっているんですからね」
 それでいまはサッカーの国際試合など、大きなイベントがあるときくらいしか並びの仕事はなくなってしまったのだ。
「まあ、このまま65歳までがんばって生きて、それから先は生活保護費を受給して、のんびり暮らそうと考えているんです」
 ホームレスの人たちには、65歳になれば無条件で生活保護費が受給できると信じている人が多い。一種の都市伝説のようなもので、渡辺さんもそれを信じている一人のようだ。果たして、そんな思惑通りにうまくいくのだろうか。
 折から、来年度予算の概算要求で、政府は生活保護費の支給を削減する方針で、厚生労働省が給付水準や受給資格の見直し作業に入った。渡辺さんが65歳になるまでに、あと4年である……。(この項了)(神戸幸夫)

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