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2012年7月

2012年7月27日 (金)

OL財布事情の近年史/88回 ITバブルのピークでOLの副業にも変化が(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

 前回のつづき。

 ITバブル全盛期のOL副業記事を見ていた。

『anan』2005年10月19日号「必要なのは、PCとやる気だけ。ネットで楽しく小遣い稼ぎ!」では、ネットで出来る自宅副業を紹介。「毎日のように家に何かが届く」「1日5件はアンケートに答えます」という接骨院受付女性は、ネットアンケートと懸賞でコンスタントに月5000円、ブログを複数運営するコンサルタントは、「お取り寄せスイーツや美顔器など、買ったものについての率直な感想をライター気分でブログに書く」ことから始めて、1ブログのアフィリエイト報酬が年2万~3万円に。記事では「少しパソコンに向かう時間を作るだけで、楽しみながらお小遣いをゲットできるなんて、とっても魅力的!」と推奨し、アドバイスするPCライター矢島詩子氏の著書は『元手をかけずにここまで出来る!ネットで稼ぐプチ副業ライフ』というが、1日2~3時間PCに向かったり、美顔器買ったりアクセス延ばすためにサイトを充実させたり、決して少しの時間じゃなく元手もかかってるのだが、記事からは当時のウキウキ感が伝わってくる。

 このウキウキは、あらゆる年代、カテゴリーに伝播した。『Grazia』2005年12月号「ネット上級者の私の必得サイト」、『クロワッサン』2006年6月25日号「インターネットを有効利用して、お金にする方法」、『STORY』2006年6月号「情熱はネットビジネスの母です」などお姉様も、『クウネル』2006年3月号「ネット古書店 時の波間をゆらゆらゆくよ」、『流行通信』2006年8月号「日本生まれのクリエイション ネットカフェこそ、ニッポンのカフェ?」などエッジな人々も、ネット不可欠の時代に突入した。
 そしてこれを機に、メディアが紙媒体からネットへ移っていく。一気に頂点にかけあがった『CanCam』も、2006年の80万部をピークに、08年に34万部、11年には14万部と、急下降。エビかわOLがITセレブにSNS教えてもらって、ブロガーになりアフィリエイトも覚え、服もネットで買うようになって雑誌はもはや不要、というストーリーなのか。webの進化は、景気とか制度以上に、OL生活を変えてゆく。(神谷巻尾)

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2012年7月20日 (金)

OL財布事情の近年史/第87回 ITバブルのピークでOLの副業にも変化が(前編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

 エビちゃん現象がピークだった2006年、日本社会のメインストリームでは、ITバブルがピークだった。ライブドア、楽天、村上ファンドなどの大企業買収劇、ヒルズ族、ビットバレー、ドットコム長者、など強烈だが痛い記憶である。エビかわ服は、渋谷の起業家やヒルズのITセレブとの合コンという需要があったわけですね。この頃、ほしのあき、安めぐみなど巨乳だけど癒し系、みたいな女性タレントの人気が上昇し『週刊プレイボーイ』は「微熟女」なんて命名していた(2006年3月号)。いかにもIT社長や若手コンサルが好きそうである(偏見)。
 
 そんな表出している現象はともかく、ITが一般人の生活に急速に浸透し始めたのがこの頃である。携帯は通話とメール、PCは仕事とネットサーフィン、といった使い方から、ブログ、SNS、ネットオークション、アフィリエイトなど新しいウェブとのつきあいが始まった。総務省の調査によると、ブログ登録者は2005年3月に335万人だったのが、2006年3月に868万人、SNSは同111万人から716万人と一気に利用者が増えている。ココログ、楽天、mixi、ヤフオク、そんなものがふつうのOLの生活にも入り込んだ。『JJbis』2006年4月号の記事「〈ミクシィ見たよ~〉が合い言葉」、確かにそういう会話も人間関係も新しく生まれ、日常を大きく変えていった。

 この頃の女性誌マネー記事を見ると、こぞってネット系財テクに食いついている。『週刊女性』2005年7月26日号「インターネットでガッポリ稼ごう」では、「9800円のブライス人形が6万円に!」「自分で作ったバッグが3800円で売れました」とまだ普及し始めた頃は眉唾的な印象だ。だがだんだんこの流れにのってきてあらゆる年代の雑誌が食指を動かしている。(つづく)(神谷巻尾)

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2012年7月18日 (水)

靖国神社/41回 みたままつり2012

 みたままつりへ行ってきた。今年は7月13日から16日までで、初日以外は3連休と重なって客も多かったに違いない。
 私は毎年の混雑ぶりを考えると胃が痛くなってくるので、初日の真っ昼間を選んだ。いざ靖国につくと思っていたより人が多い(夜の殺人的な人ごみほどではないが)。さすがにサラリーマン、OLといった社会人は数えるほどしかいなかったが、大学生や制服を着た高校生、おじいちゃんおばあちゃんがまつりを楽しんでいた。

 とりあえず参拝しおみくじを引いたあと、有名人が奉納したぼんぼりを見る。
 毎年ウォッチしていた朝青龍が引退して以降、これといって気になるものがなかったのだが、今年は見つけてしまった。エストニア出身、角界のディカプリオとも呼ばれる把瑠都のぼんぼりだ。
 四股名を漢字で書いているのだが、あまり上手くないにもかかわらずなんとなく誰なのかわかってしまうサイン。縦書きになれていないのか、かなりつぶれてしまっていて残念な感じ。横書きでもいいんじゃないかと思ってしまったよ。来年も四股名なのか、それとも他の字を書くのか気になるところ。ウォッチ継続決定。
 もう一つ気になったのが日馬富士。四股名の字もさることながら、左上に描かれていた絵がうまくて驚いた。たぶん事もなげにさらさらっと書いたのだろうけど、私がちょろっと書いたところで子どもの落書きにしか見えないよ。どうやら高校在学中に個展を開いたほどの腕の持ち主のようだから、これくらいはお茶の子さいさいなんだろうね。うらやましい!
 朝青龍は残念だが、来年以降も見るのが楽しみなぼんぼりを発見したからよしとしよう。

 さて、まつりの楽しみといったら縁日の屋台。みたままつりの屋台は、九段坂と神社の敷地の境界から、神門に向かう横断歩道手前ぎりぎりまで一直線にびっしりと並んでいる。
 お好み焼き、焼きそば、たこ焼き、あんず飴といった定番メニューから、かき氷、クレープ、チョコバナナ、わたあめなどのデザート系、果てはキュウリの一本漬け、ケバブ、ジンギスカン、タイラーメンといった変わり種まで、いろいろあって目移りしてしまうくらいバリエーションに富んでいるのだ。他にも、当たるのかわからないくじ、占い、クラブの内装を模したドリンクバー(バーは酒場のBarにかけているようだ)、飴細工などエンタメ系の屋台もある。比率としては、食事系9割で残りがエンタメ系やその他(お化け屋敷とか)というところ。私は今川焼きを大きくしたような形の豚玉焼き(300円)とラムネ、同僚はキュウリの一本漬けと富士宮焼きそば、アルバイトの女の子はタイラーメンとラムネを食べた。タイラーメンはトムヤンクン味のようで、ナンプラーの香りが靖国からバンコクへトリップさせてくれた。結構いけるらしい。

Masujirou  これまでいくどとなく靖国を訪れ、大村益次郎の銅像の写真を何枚も撮ったが、よく考えてみると一緒に撮ったことは一度もなかったので記念撮影することに。しかし、ただ撮影しただけじゃつまらないから、なにかいいものはないか探していたところお面を売っている屋台を発見。

 購入にあたって売れ筋を屋台のお兄さんに聞くと、ライダー、戦隊もの、プリキュアが人気で、毎年買いに来るファンもいるそうだ。ミッキー、キティちゃん、トーマスなどの定番は毎年売られるけど、ヒーローものは1年で変わる水もので、来年はまたラインナップが変わる商品だそう。いろいろ説明を受けたけど、最近のヒーロー事情がよくわからないため、いちばんカッコよかったライダーのお面を購入。800円。高い!! さっそくかぶって、はいチーズ。いい感じの羞恥プレイ。自分でやるといったにも関わらず恥ずかしかったわ。
 ちなみに買ったはいいもののお面のキャラ名がわからず、会社で調べたがわからずじまい。Facebookで聞いたところ「仮面ライダーフォーゼファイヤーステイツ」と、友人が教えてくれた。で、ファイヤーステイツはフォーゼとどのような関係があるの……?

 帰りにまつりの風物詩であるかき氷を購入(200円)。カップが二股に別れているのに気づかずシロップを2種類(イチゴとブルーハワイ)かけたら紫色になってしまい、さらに会社に戻る途中ですべて水になってしまって
ほとんど食べることができなかった。同僚はあんず飴が2個当たってしまい、それも帰社途中で溶けて見るも無惨な形に。
 靖国を出て九段坂を下り駅に近づいていくと、まつりという非日常の空間からあっという間に日常の空間に戻ってしまう。サラリーマンやOLがかっ歩する中、変色したかき氷や溶けたあんず飴を持ちながら歩く私たちの姿は、昼のオフィス街と相まってとてつもなく場違いなグループに見えたに違いない。まつりの余韻を出してもいいのは夜だけで、昼間は会場内で飲み食いしてから日常世界へ踏み出したほうがいいということを学んだ日だった。(奥津)

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2012年7月17日 (火)

B&Bイベント予約が始まっています

7月29日(日)に行われる『文学少女図鑑』出版記念イベント、

「中森明夫×文学少女 ~女の子と語り合う本の饗宴~」の予約が始まりました。

↓からご覧下さい!

http://bookandbeer.com/?p=304

★★以下、「B&B」HPより★★

7/29(日)中森明夫×萩原收×文学少女たち「中森明夫×文学少女 ~女の子と語り合う本の饗宴~」
『文学少女図鑑』(アストラ)出版記念
「中森明夫×文学少女 ~女の子と語り合う本の饗宴~」

本を読む女の子51人の写真を収録した『文学少女図鑑』刊行記念イベント。コラムを寄せてくれた作家の中森明夫さんと、撮影者の萩原收さんが、文学少女たちと本の魅力を語り尽くします。彼女らは全員、生粋の読書好きばかりを集めた本書に掲載されている女の子。ときにはお客さんも話題に参加してもらう、そんな和気あいあいとしたイベントです。本好きが集まる本屋さんで本について語り合う。そんな極上の宴に、あなたも参加しませんか?

【出演】
中森明夫(編集者、コラムニスト)
萩原收(編集者、『文学少女図鑑』撮影者)
文学少女たち

【日時】
7/29(日) 20:00~22:00 (19:30開場)

【場所】
本屋B&B
世田谷区北沢2-12-4 第2マツヤビル2F

【入場料】
1500yen +1 drink order

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2012年7月15日 (日)

文学少女を募集しています

「次は私を撮ってほしい!」という声が次々とカメラマンに届いている『文学少女図鑑』。

自分の好きな本をみんなにすすめることのできる、

文学少女にとってはたまらない機会のようです。

ならば全国的に募集してしまおう!

と、募集ページを作りました。

「我こそは文学少女」という方、

いや、そんなに気負わなくても

「この本、面白いよ!」と叫びたい人なら誰でも大歓迎。

↓のページを読んで、ぜひ応募してみてください。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~astra/bgs/seek.html

(奥山)

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2012年7月14日 (土)

『文学少女図鑑』7月17日発売!公式HPを公開しました

お待たせしました。

本を読む女の子たちの一瞬の表情をとらえた『文学少女図鑑』が、7月17日に発売となります。

amazonでの予約も可能。

発売にあわせ、公式HPを公開しました。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~astra/bgs/

「フォトギャラリー」で、本書に収録された女の子の表情と本人がセレクトした3冊を紹介しています。

立ち読みしたい人はぜひ、お立ち寄り下さい。

(奥山)

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2012年7月13日 (金)

OL財布事情の近年史/第86回 エビちゃん現象きた! OLをのみこむ赤文字系雑誌の波(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

前回のつづき。

2006年、赤文字系雑誌の異常な売れ行きについて見ていた。

 しかし、このバカ売れの背景に、この時代の空気も感じられる。「最近は、女性と男性にウケる服が一緒になってきた」「エビちゃんみたいな人って昔は、男性だけだったんじゃないかな、評価するのは」(32歳フリー編集者)「レースとかフリルって女の子の永遠の憧れなんですよ、でも、ちょっと前まではほとんどタブー」「でも『CanCam』が提唱してくれたおかげで〈あり〉だって確立された」(前出26歳)、「『CanCam』って、男の子があまり写ってないんですよ」「彼氏に向かって笑顔を向けてるんだろうなと伝わってきて、こっちも幸せになるんです」(28歳精密機器メーカー、2児の母)などなど、ものすごいポジティブ発言の連なりである。これはいったい……
 出席者は仕事を続け、家庭を持ったり大学に入り直したりという前向きな女性たちだが、こういうカテゴリーの女性はジャケットだったり、パンツスーツだったりの、いわゆるかっちりしたキャリアスタイルを求めるように仕向けられていた。仕事はしたいけどそんな服着たいわけじゃない。かといってかわいい服が好きなのは、男に媚を売りたいからじゃないし、そんな目で見る男はいらない。そんなところに堂々とかわいい系を着て、だけど誌面に男はいなくて、私たちに向かって幸せを振りまいてくれる、エビちゃん。お気楽OLにも、キャリアウーマンにも違和感を感じたり、総合職、契約社員、派遣社員など、微妙に難しい立ち位置同士で働いたりという女性たちにとって、『CanCam』およびエビちゃんは、実は画期的なイノベーションだったのか。
老舗女性誌が苦戦して休刊が相次ぎ、目新しいのはほっこりお洒落系雑誌くらいだった2006年、働く女性と遠い位置にいたと思われる赤文字系雑誌が、実はリアルな働き女子にもっとも寄り添っていたのかもしれない。(神谷巻尾)

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2012年7月11日 (水)

いじめと学校

大津市の中学校で、生徒の自殺を受けたアンケートの結果に「自殺の練習をさせられていた」「葬式ごっこ」などという痛ましい記述があったことが明らかになり、大々的に報道されています。

テレビ報道を見ていて感じるのは、同じ中学校に通う中学生のコメントに込められた学校への怒り、絶望、そしてやりきれなさです。

いじめ問題はずっと以前からありました。

今、原発反対デモの呼びかけ人の一人でもあるルポライターの鎌田慧さんも、長くいじめを見つめ続けてきた書き手の一人です。

いじめについての鎌田さんのルポを、電子書籍にて復刊しています。

いじめられる側も、いじめる側も、ただ見ていることしかできないまわりの子たちも苦しい。

鎌田さんの著作を通して、子どもたちの叫びに耳を傾けてください。

鎌田慧コレクションII いじめ社会の子どもたち

http://honto.jp/ebook/pd_10162451.html

日本を震撼させた酒鬼薔薇事件の分析に始まり、様々な国の教育事情からみた日本の異常さを訴え、実際に問題の起こった学校へ出向き講演を行う。子ども社会で生じる問題は大人社会の病理の表れであるという主張を崩すことなく、次々と指摘される問題はあまりに重い。90年代後半に出されたこのルポが訴えるいじめ問題の解決を、現代の私たちはまだ成し遂げていない。いじめは個々人の性格の問題なのではなく、たんに学校の構造の問題なのだ。それに気付くはずもない子どもたちが犠牲になる学校という集合体は、けっして健康なものとはいえない。「鎌田慧コレクション」第2弾。

鎌田慧コレクションVI いじめ自殺

http://honto.jp/ebook/pd_10165210.html

「『おれは死にます。これは自殺じゃない。他殺だ!!』自室で縊死した的場大輔君は、小さな紙切れに赤いサインペンで、最後の叫びを書き遺している。それらの紙片を、仏壇のある部屋の座卓の上にひろげて、父親の孝美さんは、とめどなく語りつづけた。中学生で人生を終えたわが子の不憫さ。いじめられていたわが子の苦痛への想い。それに気づくことなく、救いの手を差しのべることのできなかった親としての歯がゆさ。いじめを認めたがらない学校側の無責任。いじめた子どもたちへの憎しみ。いてもたってもいられない。にもかかわらず、どうにもできない無念。そして、まわりの陰口。被害者が、地域の恥さらしになり、補償金がはいったなどのあられもない噂がたてられる。裁判で訴えたい気持ちと、そのことによってはじまる地域での孤立の恐れとの葛藤。どうしたらいいのか。心の中をいきつもどりつする悲しみと迷い。それらが、切れ目のない長いモノローグとなって噴きだしてくる。」(本書あとがき「先生、人間になってください!」より)「鎌田慧コレクション」第6弾。

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2012年7月 7日 (土)

元乙女のゲーム生活/スライムもりもりドラゴンクエスト3 大海賊としっぽ団

 ドラゴンクエストにでてくるスライムはかわいい。
 ぽよんぽよんして、人間だったらかなり頭の悪そうな間の抜けた笑顔。鳥山明が描くドラゴンクエストのモンスターは、FFシリーズのいかにも敵という造形とはちがい、デフォルメされていて愛嬌がありかわいげがある。ラスボスも凍てつく波動やマヒャド、つめたくかがやく息、しゃくねつの炎だのといったやっかいな呪文は使ってくるもの、キャラ絵は怖くない。それどころかゾーマはかっこいい。私も一度くらい「さあ、我が腕のなかで息絶えるがよい!」とか言ってみたいわ。

 さて、ドラクエモンスターの中で最も好きなのがスライムなのだが、そのスライムが主人公で登場人物の9割がスライム族のゲームがある。それが『スライムもりもりドラゴンクエスト』シリーズだ。
 1はゲームボーイアドバンス、2はニンテンドーDSででており、今回紹介する『スライムもりもりドラゴンクエスト3 大海賊としっぽ団』は、2011年に発売されたニンテンドー3DSでリリース。もちろんこのソフトのために3DSを買った。3DS本体に関していうと、3D機能をONにして30分くらい遊ぶと頭が痛くなる。そのため、プレイ中はずっと2Dにしていたが特に問題なかった。蛇足だが、私の3DSの起動が遅いんだけど、これは仕様なのかな。

 ストーリーはスーラン王国の宝(オーブ)が盗まれ、それを取り戻しに王子である主人公(名前は自分で決める)が船に乗って世界をめぐるというもの。シリーズ通して出てくるキャラは同じで舞台が違うだけ。3作目はサブタイトルに「大海賊としっぽ団」とあるように海が舞台。しっぽ団というのは敵メンバー全員に尻尾がついてるから。
 このゲームの醍醐味は船を改造して強くしていくことに尽きる。船体、マスト、かざり、船首のパーツカスタムと船強化ができる。パーツは敵と戦って勝つと手に入る設計図を専門業者に渡して作ってもらう。船強化はシドモジャ(シドはきっとFFから来たに違いない)に必要なアイテムを持っていってやってもらえば船レベルやHPなどをあげることができる。
 簡単に書いたが、設計図入手は敵に勝てばいいだけなのでラクだけど、強化が一筋縄で行かない。レベル5くらいまでは入手しやすいアイテムばかりで、さくさく船強化できるが、それ以上となるとクリアしないと手に入らないものや交易でアイテム交換が必要なものが出てくる。ネットにつなぐとレアアイテムが入手できたりするが、数に限りがあるので微妙。
 強化することによってHPや船の耐久力、スピードが変わってくるのでやらないわけにはいかない。中ボス連チャン戦闘や自分より強い船との戦闘があるが、「少し強い」だけで「薬草を積んで回復」すれば勝てる。しかし、ラスボスはHPが高く(2000超えている)、使ってくる弾も強いものばかりのため、可能な限り強くしたほうが戦いやすい。「スライムもりもり」なんてかわいいタイトルだけど、ラスボスのエグさには笑った。正直、ドラクエ9のラスボスのがかわいいと感じた。
 私は途中でしびれ切らして1000を少し越えたくらいで戦った。戦況は厳しかったが、子供も遊べる仕様(ソフトは全年齢向け)なので、少しテクニックを使えば船がたいして強くなくても、ある程度ゲーム慣れしていれば勝つことは可能。アクションゲームが苦手な人は無理せずレベルあげしたほうがいい。

 スライムが好きなのでこのゲームは必ずやっているが、3DSで出す必要はないゲームだと感じた。ちょうどこのソフトと『スーパーマリオ3Dランド』の発売日が重なってしまったので、埋もれてしまった感があるもののストーリーはいたってシンプルだけどおもしろく、操作も簡単なので、3DS本体をもてあましているならばプレイしてみてはいかがでしょうか。(奥津)

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2012年7月 6日 (金)

OL財布事情の近年史/第85回 エビちゃん現象きた! OLをのみこむ赤文字系雑誌の波(前編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

 非モテだ、苦役だ、雇用不安だとか言っていた2003年頃、しかしそのまま今日に至るまでOLの地位が下降し続け、地味になっていったわけではなかった。それまでの暗さから一転、なぜだか急にOLバブルがやってきた。ご存知、エビちゃんOL現象である。
 雑誌『CanCam』の専属モデルのエビちゃんこと蛯原友里が爆発的な人気を呼んだのが、2005~2006年頃のことである。同誌は、エビちゃん、押切もえ、山田優の3名が登場し始めてから、4年間で発行部数が3倍になり2006年に70万部超え、2000年代の全女性ファッション誌中発行部数1位になったという。そんなに凄かったのかと当時の誌面を見てみると、600頁を超える、景気のいい厚さ。かつてその厚さ重さに凶器になると言われた『家庭画報』や『25ans』並みであった。美しいグラビアはほんの一部で、モデルと商品がぎっちり並び、「ゆる巻き」「くしゅふわ」「プリプラ」「scoop!」などが暗号のようにちりばめられた誌面に、モード感はない。リボンにレース、膝丈のワンピース、ジャケットでなくはおりもの、などエビちゃんが誌面で着た服が飛ぶように売れる「エビ売れ」とか、確かにあったようだが、あれはいったいなんだったのか。
 当時の雑誌でも格好のネタだったようでほうぼうで取り上げられていた。『日経エンタテインメント』2006年4月号では、当時の『CanCam』編集長大西豊氏が「去年までの“カッコかわいい”というキーワードはもう死語。今は“女のコらしくてかわいい”が最も時代をとらえている」と語り、その変化がこの半年に急激だっという。
 『AERA」2006年4月10日号では、エビちゃんファン4人の座談会が行われている。「18歳で買い始めてから全部捨てずに取ってます」「隅々まで目を通して気に入った服はもう次の日に買う」という22歳貿易会社勤務、「姉キャン」でもえちゃんが着ていた上下を着てきたが「初日に買いにいったけど、本当に欲しかった色は売り切れでした」という26歳化粧品メーカー営業など、『CanCam』の経済効果の凄まじさを物語る。(つづく)(神谷巻尾)

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2012年7月 4日 (水)

電子書籍『日めくりダイエット』発売!

お待たせしました!

電子書籍

『日めくりダイエット』本日発売です。

以下のURLより、立ち読みだけでもぜひ!↓↓

http://honto.jp/ebook/pd-series_B-MBJ-22702-120205131-001-001.html

『インストラクターが90日間つきっきり! ヤセる習慣を徹底的にたたき込む 日めくりダイエット』

小林 一行 著

税込800円

著者ブログ「キモチからダイエット」にも注目!

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新・初老男のデモ趣味〈前編〉

くも膜下出血で緊急入院して頭をカチ割られて死線をさまよい、1カ月近く糞尿垂れ流し状態が続いた程度では、決して止められない街頭デモの奥深い楽しさについてじっくりと語ろう(パチモン植草甚一)。

 自分で命名して言うのもアレだが、“新”という文字に誠に申し訳ない、心底くすみきった題名だ。使用済みマラサック(別名コンドーム)を乾燥させて巻き直し、新品と偽って売ってるような罪悪感が(故・田中登監督の日活ロマンポルノ作品に、実際にそういう場面があった)。“新”と“初老”の間には、深くて広い川がある。エロ漫画業界でも既に“穴開きマラサック的存在”だが、国民年金支給までにはまだ7年。生きのいいヤンガーゼネレーション諸君が眼も向けない、隙間分野で細々と糊口をしのぐ日々(最近編集したエロ漫画。女装専門の『女装奴隷』。スカトロ専門の『トイレの秘密』。アナルSEX専門の『肛欲』)。しかも妻子に、ネームのデータ打ちを手伝ってもらわないと、進行も出来ない。慣れていかなる内容にも驚かない、白髪頭の老妻や嫁入り前の娘を見ていると、公務員以外の人間が日本国で生きる事の修羅を痛感。

 筆者がくも膜下出血で40日近くも入院したのが、昨年の7月下旬。約1年前。さすがに昨年中はデモ参加も見合わせた。昔と違い裏金ゴロツキ機動隊と乱闘になり、警棒で頭を割られる心配はまずない。しかし、自称右翼の単なるネオナチ差別集団、在特会他と機動隊がタッグを組み、違法行為をしてないデモ参加者を、不当逮捕するハレンチ行為は時々。そんな場面に興奮(何しろ高血圧者!)、小心なのに現場に駆け付け、殴られでもしたら悲劇。やっとこさふさがった手術跡が、再びパックリコンじゃ泣くに泣けない(7割は国民健康保健でまかなえたが、入院・手術費も100万以上かかった)。郵便局と生協の保健のお陰で、結局は50万位の“黒字”に。しかし、あんな体験は500万儲かっても御免こうむる!(5000万なら一晩考えさせてもらう……)。

 昨年の本連載後編では、5月7日の渋谷サウンドデモまでの報告を。筆者が病院に担ぎ込まれたのは7月21日の深夜(日付け的には22日)。昨年の手帳を見たら、その間にも1度デモに参加していた。病気以前から物忘れは激しくなってたし、今では完全にボケ老人予備軍。薄れた記憶の再生に務め、まだデモ後のうまいビールが飲めた、貧乏でも少し幸福だった時代の最後のレポート(2年間の完全禁酒を言い渡されている。手術後1週間くらいで、けいれん・意識喪失の症状が。けいれん止めの薬は2年間は服用せねばならないと。それに伴う禁酒措置と思われる)。

●2011年6月11日・反原発前橋ええじゃないかデモ●

 高崎や桐生での反原発デモを主催して来た人々がメイン。群馬県警や前橋地方裁判所の眼の前、群馬教育会館という教員組合の結構立派なビルの横からスタート。最近では常識となった鳴りもの持参の若者を先頭に、1000人前後が寂れた県都中心街を約1時間練り歩く。競輪開催中の、前橋グリーンドーム脇の緑地で解散。警察の嫌がらせはほとんどなかった。が、東京電力前橋支店前がデモコースから外されていたのは、不当極まりない。来たる7月14日にも、前橋で同団体による反原発デモが予定されてるが(当然参加予定)、警察のコース事前干渉には断固たる反撃を。反原発イコール大量殺人企業・東電糾弾だ。地元の「スズランデパート」(落ち目百貨店)や「煥乎堂」(落ち目老舗書店)に、いくら絶叫してもむなしい。

 団塊世代参加者が前橋地方裁判所横を通過する際、「よくここに裁判闘争で抗議活動に来たいねえ」「あそこの庭を突っ切ったりしてのお」「昔はあんまりうるさかなかったい」「そうなんさあ」。もろ上州弁。60~70年代には、記録映画の傑作『圧殺の森』で知られる高崎経済大学、群馬大学、群馬高専には、中核派を主に腐るほど活動家がいたから。残党はデモ旗ふり役にも加わってる模様。彼等かどうかは不明だが、デモ中に主催者側の整理役のオッサンが、車道に溢れた隊列を歩道に導いた事が。安全第一を考えたのかも知れないが、公安でもあるまいにふざけてる。「ちゃんと車道を歩かせろ! 何のためのデモだと思ってる!!」と一喝。うるさい奴だなあとの表情を一瞬浮かべたが、すぐ元通りに。元フロント派の下っ端、仙谷由人に典型なように、団塊世代の“俺様振り”は放っとくと無限に肥大しかねない。俺はお前等のコマとしてではなく、車道のド真ん中を闊歩する、デモ行進が趣味で富岡くんだりから出張って来た。正直に言えば、反原発も反検察も反消費税も、それに従属するコマに過ぎない。初老男のデモ趣味を甘く見るな!(エラソ-に)

 デモ解散後、知り合いの高級車で高崎駅まで送ってもらう。彼は玉村町の土建屋で(通称“赤い土建屋”)、独立系映画館「シネマテークたかさき」の理事も兼ねた、もの好きな田舎土方文化人。今は亡き井上工業の井上房一郎に比べるとせこいが、俺よりはずっと金持ち(漫画屋BBSで俺を知り、『エロ漫画の黄金時代』や『出版業界最底辺日記』も読んだと)。高崎のデモで声を掛けられ知り合う。今夜は玉村で一杯奢らせてくれと。確か同じ群馬県内なのは知ってるが、どうやって帰るのかも不明。送ってくれると言うので、かなり迷ったが遠慮する(井上房一郎のように男色家の可能性もあるし)。これが失敗だった。1カ月後にあんなザマになるとは……。迷わずに最後のタダ酒をがぶ飲みしておくべきだった。たとえケツを掘られても(当人はゲイにあらずと言ってはいるが……)。

 赤い土建屋殿、俺の入院を漫画屋BBSで知り、「シネマテークたかさき」の受付の美女と、入院先の「高崎総合医療センター」までお見舞いに来てくれたと。まだ救急病棟で頬をひくつかせてた頃で、当然面会謝絶。本当に釣り落とした魚ならぬ酒は、うまく見えるもの。本年度分は次回から。(付記)。デモ参加の際に、伝えない大マスコミの自称記者を見掛けたら、こう絶叫すべし。「報道もしねえのに取材なんかしてんじゃねえよ馬鹿野郎!会社の腕章なんか恥ずかしげもなく、良く巻いてられんな!!」。6月29日の官邸前抗議行動の際に、地下鉄国会議事堂前駅階段でTBSの糞野郎にこれをやり、凄くすっきりした。『日刊ゲンダイ』や『東京新聞』は逆に励まそう。(塩山芳明)

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2012年7月 2日 (月)

●ホームレス自らを語る 第115回 元チーマーの女/ヨーコさん(仮名・35歳)

1207 6月の梅雨の晴れ間の一日。ヨーコさん(35)はJR川崎駅前の東口広場で、日光浴でもするかのように陽光をいっぱいに浴びて座っていた。
 彼女が取材に応じてくれることになり、ビルの日陰に移動して行うことを提案したが、彼女は「ここがいいのよ」と動こうとしない。6月の昼下がりの直射日光は、かなり強烈である。
 ヨーコさんは自らを35歳と言った。「ということは、1977(昭和52)年生まれですか?」と問い返すと、「そういうことになるのかしらね?」とたよりない返事だ。彼女はよく日焼けをしていて、顔は赤銅色を超えて真っ黒である。それに顔面の大半が不織布の立体マスクで覆われていて、容貌や年恰好がはっきりと窺い知れない。自称35歳だというが、もう10歳くらい上に見えなくもない。
「生まれは東京新宿の高田馬場。きょうだいは3人で上に姉、下に弟がいて、アタシが真ん中だった。家は家内工業をやっていた。小さな機械部品の組立作業で、工賃は内職仕事よりは良かったようだけど、両親は朝早くから、夜遅くまでかかり切りになって働いていたわね」
 ヨーコさんら子どもたちも、小学生になると仕事を手伝わされた。プラグのような2つの部品をねじ込んで繋ぎ、その先端を指でつぶすようにして捻るのが作業内容であった。
「細かい作業が続くから、ずいぶん肩が凝ったわね。1個仕上げて5~10円くらいの工賃だったと思う。1時間に30個はくらいつくれたから、時給で150~300円くらい……そんなには稼げなかったかな。子どもだったから、よくわからないわね」
 学校から帰ると、連日、家の仕事を手伝わされて、小学生の頃は友だちと外で遊んだ記憶がないというヨーコさん。
「小学生の頃までの私の夢は、大きくなったら看護婦(師)さんになることだったの。でも、宿題もそっちのけで家の仕事を手伝わされていたから、勉強どころじゃなかった。成績は下がるばかりだったし、それにうちの経済状態では、中学を出てから高校に進んで、さらに看護婦養成の専門学校に進んで学ぶなんて無理な話でしたからね。看護婦さんになる夢は諦めるしかなかったです」

 中学3年生の頃から、朝、学校に行くふりをして家を出て、そのまま盛り場に向かい一日中うろついてすごすようになる。高田馬場は新宿や池袋、それに渋谷にも近くて、不良少女がうろつく場所には事欠かない。
「中学を卒業すると同時にヤサグレ……家出をしちゃったの。それで渋谷の女チーマーのグループに入って、渋谷センター街をブイブイいわせて、ケンカにカツアゲを繰り返す毎日……というのはちょっとオーバー。渋谷の女チーマーのグループに入ったのは、ほんとうだけど元々がおとなしい控えめな性格だからね(笑い)。仲間の後ろのほうでチョロチョロしていただけだったけどさ」
 このチーマーをしていた頃、ヨーコさんは男性との同棲生活を経験している。
「男性チーマーのグループのメンバーだった彼でね。ガテン系で働いていたからイカツイ身体つきをしていたけど、気持ちはやさしい人だったよ。アタシのことを、いっぱい愛してもくれたしさ」
 だが、その同棲生活も長くは続かなかったようだ。
「ずっと不況だったでしょう。だんだんに彼の仕事が減ってきて、アパートの部屋代も払えなくなってきて、それで別れることになったの。それからは女だてらにホームレス暮らし……渋谷とか、新宿で野宿することが多かったわね。川崎にやってきたのは1ヵ月くらい前。友だちに会いたくて、こうやって毎日駅前広場に座って待っているんだけど、なかなか会えないのよ」
 超アナログな友人との待ち合わせ。偶然の邂逅に賭けた待ち合わせである。
 ちょうど、そのときだった。
「おーい! あんた! この広場に入ったらダメだと言ってるだろう!」
 形相を変えた中年男性が、そう言いながらヨーコさんに近づいてくるのだった。
「あっ、ヤバイ。あのオヤジに捕まるとうるさいんだ。アタシ、逃げなきゃ。あとは適当に書いておいてよ」
 立ち上がったヨーコさんは、そう言い残し荷物もそのままに、どこかに走り去ってしまった。
 入れ代わって中年男性がやってきた。
「ほんとにしょうがない女なんだよ。いくら駅前広場に入ってはいけないと注意しても、いつの間にか入り込んで座っているんだ。ほんとにしょうがない」
 男性はそんなことをブツブツ言いながら、ヨーコさんが残していった荷物のチェックをはじめた。どうやら彼はこの駅前広場からホームレスを排除するのを仕事にしているようだった。そう思って見回してみると、駅前広場にホームレスの影はまったくなかった。かつては広場のあちこちに幾人もたむろしていたのにだ。
「ところであんたは何者なんだ? あの女と何をしていたんだ?」
 中年男性の疑惑の矛先が、筆者のほうに向けられた。
 筆者は「いや、別に」と言葉を濁しながら立ち上がると、その場をあとにした。さわらぬ神に祟りなし、逃ぐるに如かずである。
 そのあと川崎の街を歩いてみた。駅前広場からホームレスの姿は消えてしまったが、駅前から続く大通り沿いの「稲毛公園」や「富士見公園」に、数は少なくなったが、その姿を見ることができた。また、第一京浜国道「六郷橋」付近には、ビニールシートの小屋が10棟ばかり軒を連ねていて健在であった。(了)(聞き手:神戸幸夫)

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