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2012年7月 2日 (月)

●ホームレス自らを語る 第115回 元チーマーの女/ヨーコさん(仮名・35歳)

1207 6月の梅雨の晴れ間の一日。ヨーコさん(35)はJR川崎駅前の東口広場で、日光浴でもするかのように陽光をいっぱいに浴びて座っていた。
 彼女が取材に応じてくれることになり、ビルの日陰に移動して行うことを提案したが、彼女は「ここがいいのよ」と動こうとしない。6月の昼下がりの直射日光は、かなり強烈である。
 ヨーコさんは自らを35歳と言った。「ということは、1977(昭和52)年生まれですか?」と問い返すと、「そういうことになるのかしらね?」とたよりない返事だ。彼女はよく日焼けをしていて、顔は赤銅色を超えて真っ黒である。それに顔面の大半が不織布の立体マスクで覆われていて、容貌や年恰好がはっきりと窺い知れない。自称35歳だというが、もう10歳くらい上に見えなくもない。
「生まれは東京新宿の高田馬場。きょうだいは3人で上に姉、下に弟がいて、アタシが真ん中だった。家は家内工業をやっていた。小さな機械部品の組立作業で、工賃は内職仕事よりは良かったようだけど、両親は朝早くから、夜遅くまでかかり切りになって働いていたわね」
 ヨーコさんら子どもたちも、小学生になると仕事を手伝わされた。プラグのような2つの部品をねじ込んで繋ぎ、その先端を指でつぶすようにして捻るのが作業内容であった。
「細かい作業が続くから、ずいぶん肩が凝ったわね。1個仕上げて5~10円くらいの工賃だったと思う。1時間に30個はくらいつくれたから、時給で150~300円くらい……そんなには稼げなかったかな。子どもだったから、よくわからないわね」
 学校から帰ると、連日、家の仕事を手伝わされて、小学生の頃は友だちと外で遊んだ記憶がないというヨーコさん。
「小学生の頃までの私の夢は、大きくなったら看護婦(師)さんになることだったの。でも、宿題もそっちのけで家の仕事を手伝わされていたから、勉強どころじゃなかった。成績は下がるばかりだったし、それにうちの経済状態では、中学を出てから高校に進んで、さらに看護婦養成の専門学校に進んで学ぶなんて無理な話でしたからね。看護婦さんになる夢は諦めるしかなかったです」

 中学3年生の頃から、朝、学校に行くふりをして家を出て、そのまま盛り場に向かい一日中うろついてすごすようになる。高田馬場は新宿や池袋、それに渋谷にも近くて、不良少女がうろつく場所には事欠かない。
「中学を卒業すると同時にヤサグレ……家出をしちゃったの。それで渋谷の女チーマーのグループに入って、渋谷センター街をブイブイいわせて、ケンカにカツアゲを繰り返す毎日……というのはちょっとオーバー。渋谷の女チーマーのグループに入ったのは、ほんとうだけど元々がおとなしい控えめな性格だからね(笑い)。仲間の後ろのほうでチョロチョロしていただけだったけどさ」
 このチーマーをしていた頃、ヨーコさんは男性との同棲生活を経験している。
「男性チーマーのグループのメンバーだった彼でね。ガテン系で働いていたからイカツイ身体つきをしていたけど、気持ちはやさしい人だったよ。アタシのことを、いっぱい愛してもくれたしさ」
 だが、その同棲生活も長くは続かなかったようだ。
「ずっと不況だったでしょう。だんだんに彼の仕事が減ってきて、アパートの部屋代も払えなくなってきて、それで別れることになったの。それからは女だてらにホームレス暮らし……渋谷とか、新宿で野宿することが多かったわね。川崎にやってきたのは1ヵ月くらい前。友だちに会いたくて、こうやって毎日駅前広場に座って待っているんだけど、なかなか会えないのよ」
 超アナログな友人との待ち合わせ。偶然の邂逅に賭けた待ち合わせである。
 ちょうど、そのときだった。
「おーい! あんた! この広場に入ったらダメだと言ってるだろう!」
 形相を変えた中年男性が、そう言いながらヨーコさんに近づいてくるのだった。
「あっ、ヤバイ。あのオヤジに捕まるとうるさいんだ。アタシ、逃げなきゃ。あとは適当に書いておいてよ」
 立ち上がったヨーコさんは、そう言い残し荷物もそのままに、どこかに走り去ってしまった。
 入れ代わって中年男性がやってきた。
「ほんとにしょうがない女なんだよ。いくら駅前広場に入ってはいけないと注意しても、いつの間にか入り込んで座っているんだ。ほんとにしょうがない」
 男性はそんなことをブツブツ言いながら、ヨーコさんが残していった荷物のチェックをはじめた。どうやら彼はこの駅前広場からホームレスを排除するのを仕事にしているようだった。そう思って見回してみると、駅前広場にホームレスの影はまったくなかった。かつては広場のあちこちに幾人もたむろしていたのにだ。
「ところであんたは何者なんだ? あの女と何をしていたんだ?」
 中年男性の疑惑の矛先が、筆者のほうに向けられた。
 筆者は「いや、別に」と言葉を濁しながら立ち上がると、その場をあとにした。さわらぬ神に祟りなし、逃ぐるに如かずである。
 そのあと川崎の街を歩いてみた。駅前広場からホームレスの姿は消えてしまったが、駅前から続く大通り沿いの「稲毛公園」や「富士見公園」に、数は少なくなったが、その姿を見ることができた。また、第一京浜国道「六郷橋」付近には、ビニールシートの小屋が10棟ばかり軒を連ねていて健在であった。(了)(聞き手:神戸幸夫)

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コメント

明日は我が身だぁ

投稿: | 2013年1月 6日 (日) 15時22分

「明日は我が身」
筆者もそれを実感しながら取材しています。
             神戸幸夫

投稿: 神戸幸夫 | 2013年1月 8日 (火) 12時35分

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