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2012年3月 1日 (木)

元サイテイ車掌の田舎日記/春なんです

○月×日
 んだ。
 もう春なのだ。
 今日は晴れた。素晴らしく晴れ渡った。朝から青空が広がった。
 雪が太陽に照らされてキラキラと輝いて見える。少しずつ水滴となって音もなく溶け出しているのだろう。
 気温は低く、まだぐっと冷えてはいるが、この明るい日差しが春を感じさせてくれる。
 おれは思わず外へ飛び出した。とにかくおんもに出て歩いてみたくなったのだ。あまりにも眩しすぎた。初めは景色をまともに見ることが出来ないほどだった。目が慣れるまで暫くかかった。
 積もった雪はザラザラと堅く、シャーベット状になっている。所々路面が見えるが、そこはアイスバーン状態で滑って転びそうになる。歩くのは恐る恐るだ。
 家の近くには狭いエリアなのにどういうわけか7つもの神社がある。その中の一つ「光丘神社」という入口で大発見をしてしまった。それは古ぼけた看板なのだが、そこには「定」として境内での禁止事項が箇条書されていた。驚いた。一つ、車、馬を乗り入れること。一つ、竹、木を伐ること。一つ、魚、鳥を捕ること。とある。ね、びっくりでしょ。今の時代に馬の乗り入れだなんて。でもよく見るとすぐに納得。最後に大正13年と記されてあったのだ。
 そこで思い出した。おれがまだ小学生の頃のことだった。父の生家は酒田から少し離れた米農家だった。当時は馬牛豚鶏などを飼っていたので、もう家畜と肥溜の臭いがごちゃまぜで……。今ではそれがまた懐かしかったりもするけど。そこのおじさんが家にもしょっちゅう来ていて、それがなんと、「はいしぃどうどう、はいどうどう」と今では信じられないのだが、お馬にまたがりやって来るのだった。で、家の玄関に馬を繋ぐと上がり込んでは酒をしこたま飲んだ挙げ句、再び馬に乗り「ぽっくりぽっくり歩く」と歌っていたかどうかは忘れたが、飲酒運転をこの場合は何というのか、馬の操り術の全てを駆使して何事もなかったかのように帰って行くのだった。それにしても、いくら昭和の30年代のこととはいえ町のど真ん中の道路に馬という光景は異様だった。おれも幼心に恥ずかしい思いをしたものだが、おふくろといえばシャベルを持ち出し「嫌だ嫌だ」といいながらでっかい馬糞の始末をしていたことを覚えている。
 また、あの頃は飲酒運転が許されていた。精一杯の「気をつけてね」で済んだ時代でもあった。だから馬ならなおさら、全く問題にもならなかったに違いない。あれから約50年。時代は変わった。今思うとたまらなくおかしくて、実に笑えるではありませんか。
 帰宅すると、アール・クルーの「フィンガー・ペインティング」を引っ張り出してターンテーブルに乗せた。ジャンルはフュージョンだが、スイング・ジャーナル誌で77年度のジャズ・ディスク大賞を受賞している名盤だ。このジャズらしからぬガットギターの音色は瑞々しい春にぴったりのように感じる。柔らかく暖かで、何とも気持ちがいい。「ダンス・ウィズ・ミー」は特に有名だから知っている人も多いと思う。心がほんわかと和み、ゆったり感あふれる曲ばかりが収録されている。素朴でありながらも繊細なアール・クルーのサウンド。昼下がりの寛ぎのひとときにはリラックス出来てもってこいなのだ。まるで春がそこまで来ているかのよう。
 今日はそんなホットな一日。冬よ、もういい加減にしてくれないか。とっとと失せやがれ。サラバじゃ~。(斎藤典雄)

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