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2012年3月

2012年3月30日 (金)

OL財布事情の近年史/第72回 アラフォー美魔女の10年前、どんなお財布?(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

前回のつづき。

 不況だからお金のことが気になる、でも好きなことはやめられない、そんなゼロ年代OLに、かつて「キャリアと結婚だけじゃ、イヤ」と煽動した『Hanako』も注目していた。2000年4月19日号からスタートした、「All about Money」という連載である。一人の収支表を分析する「給与診断」、何にいくら使っているかの調査「お財布拝見」が交互に登場するが、圧倒的に面白いのが「給与診断」。『Hanako』を読み、影響され、OLライフを謳歌してきた後、どんな財布状況になっていたか。2001年6月までの全16人のマネーライフは、それはもう診断と呼ぶにふさわしく、様々な面で病んでいた。

 登場するのは年齢も仕事もさまざまなのだが、まずは前々回から言及しているアラサー世代に的を絞ってみる。連載第1回、「自分ではわからないお金のこと、診断してください」というのは、外資系会社営業事務、親と同居の34歳、貯蓄280万円。手取り24万円、住居費光熱費もちろんゼロ、被服費・交際費に毎月4万円ずつ使いつつ、資格取得の勉強に専念したいけど、今すぐ会社を辞めてやっていける?と聞いている。このお気楽さは、90年代初頭に「アホバカOL」とシンクロする。 回答する経営コンサルタント渋井真帆氏も冴えている。「手取りで月収が年齢+1万円くらいあればもっと貯蓄できるのに」に対して「上場企業の課長さんクラスの平均手取り収入額です。大胆すぎる希望ですよ」、「自己投資は惜しみません。最近ではバレエレッスンに2万円、アロマ、TOEICに2万円くらい」といえば「少しうるおいを与えすぎでは。これでは、ふやけてしまいますよ」。「これといったスキルもない場合、現在と同額の収入を得ることは難しい」「いまからお財布の紐を締める練習を」と、30代半ばにしてごく基本的なアドバイスをされなければいけない状況が蓄積されていた。
 次のケース、新卒後6年間の勤務で400万円貯めて渡米、語学と音楽の勉強をして帰国後希望の音楽出版社に就職、と夢を叶えた29歳は、一見堅実なマネーライフにも見える(2000年12月27日号)。が、食費6万円、交際費9万円、被服費3万円という派手な出費の陰にある「〈クリエイティブに関わる人間は(略)ファッションセンスがよく、グルメでなければならない〉という上司のポリシー」というのがくせもの。そんなマンガみたいな上司の言うことを鵜呑みにし「年俸制のために残業代がつかないことは、ぜんぜん気になりません」、交際費も「自分のネットワーク作りのためなので、まったく苦になりません」と夢の仕事にあまりに信奉しすぎなのはいかがなものか。とにかく自己投資!とか好きな仕事!とか、みんな何かしらに過剰である。

 その他資格を取って職場にも福利厚生にも恵まれているが、スノボに年8回行きつつ、語学留学を夢見る26歳(助産婦、月収20万円、貯蓄200万円/2001年2月21日号)、親元に住みながら月の貯蓄はゼロ、ダイビングに年間60万円使い、週2回同僚との飲み会で交際費8万2000円という30歳(旅行会社、月収24万2000円、貯蓄100万円/2001年3月14日号)など、イタい例が俎上に。前者は「緊張感の足りない〈小金持ち〉」、後者は「楽しいのはいまだけ。自分の20年後を考えて、危機感を持って」と、渋井氏にバッサリ斬られている。この渋井さんという人なかなか面白いなーと思ったのだが、その後歩んだ道を見るとあんまり面白くない。人材教育やビジネスセミナーを手がけ著書をたくさん出し、一時期はビジネスウーマンの教祖っぽい立ち位置で、起業した社名がマチュアライフ研究所。マチュア、懐かしい、なんだっけと思ったら成熟、って意味でした。成熟社会をめざしてつけられたことだろうが、2010年にエムエス研修企画って地味な社名に変更していた。時代に寄り添いすぎているところが少々辛い。おっと、彼女も1971年生まれ。当時自らも模索しながら診断もしていたわけか、どうりでなんともライブ感があるはずであった。さて、現アラフォーに言及しすぎた。次回からはこれからの主役、ゼロ年代OLを見ていこう。(神谷巻尾)

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2012年3月27日 (火)

東京みくじ巡り/東京大神宮(後編)

 東京大神宮2回目。変わり種2種を紹介。
Daijinguu3  一つ目が英語バージョンのみくじ。これは珍しい。なかなかないんだよね。簡単な単語で構成されているからわかりやすいし、反対側に日本語バージョンもあるから、交互に見ながら楽しく学んで運勢もわかってお得なみくじでけっこう好きなんです。
 最近の気になる事項は金運なのでそこを見てみると、「Things will improve from another source」だって。これは、前回の恋文みくじによるところの「つよい絆で結ばれた(この)人」によって「improve」されると解釈してもよいでしょうか。だとしたら私の生活は安泰だな。しかも「GOOD FORTUNE」だし。とはいえ、さらに幸せになるには「玉が石の中にかくれているようで 誠の目を以ってすれば現れるよい人の引立てによって その徳があらわれ幸せがもたらされる」と、自分の目を養って「いい人」を探し出す必要があるそうだ。ひきこもっていないで外にでて、いろいろな人と出会う必要があるな。荷が重い。
Daijinnguu4  もう一つは血液型みくじ。私はもっとも嫌われるB型。日本人がB型嫌いなのはわかるよ。でも最近の日本人もねぇ、B型のこといえない人増えてきてるよ。
 それはさておき、個人的には血液型で何かを判断するのはナンセンスだと思っている(B型だからじゃなくて、科学的ではないから)のでこのみくじを引くのは躊躇した。でもあけてみてみたらみくじ内容はふつうだったので安心した。B型の性格が書かれている紙が入っていたが内容は推して知るべし。
 このみくじの特徴はなんといっても紙だ。和紙でできている。読みにくいけどめずらしいからいい。運勢は英語みくじと同じで、「目上の人に引立てられて幸の芽が出る」らしい。ただし「我意をださず謙虚にいくこと」が条件だそうだ。血液型関係なしに謙虚な振る舞いというのは、世を渡るには必要なこと。忙しいと忘れがちになってしまうけど、私は引くたびに「謙虚に」といわれ続けてるので忘れることはありません。
 血液型みくじは、みくじ内容そのものはいたってふつうなのでわける理由がわからないけれど、血液型診断が好きな人にはいいんじゃないでしょうか。開運お守りと性格が書かれた紙も入っているし、興味がある人は引いてもいいかも。(月島めぐる)

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2012年3月25日 (日)

元サイテイ車掌の田舎日記/春の再会

 ○月×日
 んだ。
 春の知らせだった。
 昔の同僚(といっても歳は下だが)が遊びに来てくれた。
 年賀状以外、もう10年近く会っていなかったが、10日ほど前に、突然「連休に行きたい」というハガキが届いた。おれは「楽しみだな、ゴールデンウィーク待ってるぞ」と返事を送ったら、なんと、このお彼岸の連休なのだという。
 おいおいあと3日じゃないかと、おれは嬉しさ倍増で、当日は酒田駅に出迎えに行った。「歓迎」ののぼり旗でも用意したかったが、そんなものは勿論ない。おれは駅の隅っこでワクワクしながら待っていると、定刻に、彼は改札口から颯爽と現われた。髪こそ薄くなってはいるものの、ニコニコとした笑顔は昔のままでどこも変わってはいない。
 大きな白い手提袋にはダイヤ改正後の新しいJR時刻表や昨年の震災直前にデビューした東北新幹線「はやぶさ」の記念バスタオル、各種イベントの粗品など、重いのに山程のお土産を持って来てくれた。
「気持ちは若いんだけど、身体がついていかなくなった……」と、それはおれも同じだが、彼は国鉄分割民営化当時に早々と国労を脱退して、おれとは全く別の道を歩んで来た。
 あの頃は仲間からは「裏切り者」だのとさんざん非難され、彼にとっての職場は毎日が針のむしろだったろう。誰にもいえない辛い思いを一身に背負いながら、彼は会社のいわれるままに黙々と働いていた。暫くして現場からは離れて、あちこちの職場を転々とさせられていた。ふと思い出したようにお互いに連絡を取り合っては、何年かに一度、二人で飲んだりしていたが、だんだんと疎遠になっていったのは仕方がないことだった。
 彼は本当に穏やかで大人しい性格だから現場のリーダーなどには向かない気もするが、一つ一つ出世していき、この度見事駅長試験に合格したのだという。
 素晴らしいことだ。驚いたが、当たり前だとも思った。彼ならいつかはやってくれるだろうという気持があった。
 退職まであと数年だが、いつの日か東京のどこかの駅で真新しい駅長の帽子をかぶった彼の輝やかしい姿が目に浮かんだ。ニコニコとしたその笑顔が眩しく思えたよ。
 おめでとう。春だな。本当に良かった。春分の日は雪がちらつき今朝はまた吹雪いている。でも春は必ずやって来る。
 よく来てくれたな。また来いよ。(斎藤典雄)

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2012年3月24日 (土)

元乙女のゲーム生活/学園ヘヴン BOY'S LOVE SCRAMBLE!

 新しい世界への扉をあけてしまったらしい。

 何年前かは忘れたが、異性愛中心の乙女ゲームだけでなく、そのころ流行っていたBL(ボーイズラブ)もやってみようという軽い好奇心から購入したはいいものの、いたたまれない気になってしまってクリアせずにいた『学園ヘヴン BOY'S LOVE SCRAMBLE!』をやってみた。

 私が購入したのはPS2版(CEROD)でフルボイス仕様。もとは2002年にPCで発売された18禁アダルトゲームで、そちらにはそのような(どのような?)シーンも含まれているそうだ。PS2はキスシーン、肌の露出、きわどいシーンはあるものの、ムフフなシーンはカット(事後だろうという描写はある)されている。PSPへ移植もされているので、リビングにしかテレビがない子、BLゲームをやっていることを知られたくない隠れ女子オタはそちらを選択したほうがいい。ファンディスクの『おかわり!』というのもあるらしい。

 さてはじめに結論をいうと、「BL!」としか言いようがない。それ以外の感想は見つからなかった。
 あとは立ち絵はいいとして、スチル(一枚絵)の作画崩壊がやばい。見ていられないよぉ。頭身もおかしいし、ムラがある。『学園ヘヴン2』がでるらしいが、キャラ紹介の絵を見る限りではよくなっていた。もしかしてこっちやった方がよかったとか……? この消化不良な気持ちを解消するために、発売されたらやったほうがいいのかな。

 さて、肝心のストーリーだが、パケ裏のあらすじによると、「取り柄が運の良さだけという主人公(デフォ名:伊藤啓太)の元に、超エリート学園ベルリバティースクールへの入学許可証が届く。夢と希望を胸に転入した彼を待っていたのは、恋と笑いと涙のバトル。ラブラブハイパー☆ボーイズゲーム登場!」とのこと。
 エリート学園というだけあって、登場人物の設定がどれもこれもぶっ飛んでいる。トリリンガルのハッカー、生徒に化けた理事長、文武両道の生徒会長、容姿端麗・頭脳明晰の会計、鬼畜、プレイボーイ、芸術家、マウンテンバイク、寮長……簡単に書いたせいですごさが伝わらないけど、とにかくいろいろすごい設定があるんだよ。
絵だけ見るとどれもいい男揃い(見た目が女もいるんだけどね)なんだけど、みんな男である主人公に惚れると思うと残念な気分になるよ。

 何人かクリアしたが、気に入ったのは啓太のクラスメイトの和希(実は理事長)だね。和希に関しては、シークレットシナリオを出すには恋人EDをみる必要があったので2周した。
 いや~、和希はカッコいい(スーツ着たスチルは作画崩壊してなかった)!
 なんでかっていうと、幼い頃にほんの少ししか一緒にいなかった主人公との約束を果たす(一緒の学校に通いたいという嘆願)ために、理事長権限で学園に転校させて、さらに自分は学生にまでなってさ、主人公に悪い虫が付かないようにガードしたり、最初から最後まで主人公に身を捧げるんですよ。カッコイイじゃないですか。その一途さに惚れたよ。
 それにしても、スチルを見るかぎり出会った頃の啓太は5歳くらいに見えたんだけど、和希はそれなりの年っぽかったんだよね。アメリカに留学するって言ってたから高校生くらい? これまで知り合ってきた留学組はだいたい高校か大学をアメリカで過ごしてるんだよね……。だとすると、そうとう年上ってことか。予想では私くらいの年齢とみた。いやー、2次元の設定ってぶっ飛んでるからおもしろいよね!

 ボーイズラブの場合、受け攻めとかA×Bのカップリングそのものに萌える必要があるらしいのだが、「なんでお気に入りのキャラが男に惚れちゃうのかな」と思ってしまうあたりこの系統のゲームは向かないようだ。
 ストーリーやキャラ設定の破天荒さはゲームっぽくって気に入った。よく考えるとめちゃくちゃなんだけど、それでも愛を告白するシーンにキュンときた人もいたし、和希の恋人エンドは愛の深さに感動した(啓太になりたいぐらいだし)。異性愛だといくら愛を誓ったってそのうち覚める現実を知っているので、どんなによくても一歩引いてしまうけど、BLの場合シチュエーションそのものがマイノリティなのでなんとなく一途そうに感じられる(実際は人間なので現実に照らし合わせると、異性愛と変わらないだろうけど)ので、なんとなく感動してしまう。

 総まとめとして、BLゲームの名作の一つなだけあって出てくるキャラクターそれぞれの魅力や、主人公の受けっぽいかわいさ、きちんと張られた伏線(回収も無理矢理ではなかったのもいい)がよかった。
 ボーイズラブに手を出してみたいけど、どれにしようか悩んでいる子がいたら迷わずこれをすすめる(これしかやってないしね♪)。(奥津)

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2012年3月23日 (金)

OL財布事情の近年史/第71回 アラフォー美魔女の10年前、どんなお財布?(前編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

アラフォーとか美魔女とか、ナントカ女子と呼ばれることに違和感ない現在の四十路女性が20代後半だったのが、2000年前後の頃であった。果たして10年後の「40代女子」に至る萌芽は、当時どこかに隠れているのだろうか。と、記事を見ていくと、ひとつの文脈が目についた。それは、「ふだん〇〇してるかわりに、〇〇にはお金を惜しみません」というもの。不況期だけにお財布記事も「節約」「貯蓄」のテーマが目立つが、ふだん節約するかわり、好きなことは我慢しない貯め方がストレスフリーでハッピー、という論調だ。

「自宅からおにぎりを持参し、お茶は2リットルのペットボトルを会社の冷蔵庫にキープ(略)そのぶん友達と会うときは食べたいものを思いっきり食べる」(29歳・手取り月収25万円・親と同居/『With』2000年1月号「こんな時代でも20代で1000万円貯めてる女」)
「交通費は定期券を持っている区間以外は基本的に歩きます/こんなに頑張れるのは目標があるから。ワーキングホリデーでカナダに行く予定で、来年冬の出発までに200万円貯める」(28歳・月収25万円・家族と同居/『With』2000年12月号「今年、100万円貯められた女に学ぶ〈節約名人〉への道」)
「口紅はここ3年1本も買っていません/その代わりレジャーのときは思う存分使って遊ぶ!昨年冬のボーナスではバリ旅行と国内スキー、今年夏のボーナスでは30万円でオーストラリアへ」(26歳・月収18万円/同上)

 好きなこととは、食べ歩き、レジャー、海外旅行……20年間変わらないOL消費である。案の定、これらの記事で「貯蓄の達人」「節約名人」として登場しているのは、親と同居のオールドスタイルOLが中心。「手取り20万円のうち10万円を貯金」(26歳・月収20万円・家に1万円)、「就職して以来、貯蓄は年間100万円以上というペース」(26歳・月収18万円・家に2万円)という貯蓄術は、1、2万円で許される「家に入れるお金」マジックの効果が大きすぎる。かつてのように数年働いてお嫁に行くわけではなく、働き続け、給料が上がっても、家への入れるお金は価格据置。可処分所得が増えて余裕があるだけなのに、アドバイスする荻原博子先生さえ「家に入れるお金が少ないのも貯まった理由かな」なんてユルいこと言っているのはどうしたわけか。ちまっとした節約の成果をことさらフィーチャーすることで、問題の本質から目をそらす結果になっているとはいえまいか。100万円、1000万円貯めて、結婚せず、実家に暮らし、留学だの自己投資だのを続けていたのが、なるほど現アラフォー女子である。(つづく)(神谷巻尾)

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2012年3月19日 (月)

「ハーモニー」で豊かな出会いがありました(後編)

 前回のつづき。
 精神障害者共同作業所「ハーモニー」で、中村さんから「若松組」の話をお聞きした後、施設長の新澤さんとカウンセラーの藤田さんに「幻聴妄想かるた」についてお話を伺った。
Karuta  かるたは2008年11月に、はじめは左写真のような形で作られた。かるた用の分厚い紙を取り寄せて、全てが手作りで3000円。小冊子や箱代まで含めると、利益はほとんど出ない。購買層は福祉系、教育系が中心で、500組ほどが売れたとのことだ。手作りかるたを500組! なかなかの数である。
 かるたは医学書院の雑誌「精神看護」に取り上げられ、のち、同社から出版された。DVDとCDがついて2,415円。より豪華になった上に価格まで絞られたのは、ひとえに編集者の熱意のたまものだったと新澤さんは言う。
「かるたなので、発売はお正月の前にしようということで、昨年の11月下旬に出版しました。ネットなど色々な場所に取り上げられて、肯定的なものから否定的なものまでさまざまな反応がありました。スタッフとしては、否定的な反応があるとやはり少し利用者の皆の顔色をうかがってしまうところがあるんですが、それを『嫌だ』という人は意外なほど少ないですね。『多くの人に自分の状況を知ってもらえて良かった、楽になった』という人もいるくらいです」
 自らアクションを起こすことが難しい精神障害者にとって、発信者となったことの喜びは計り知れないものがあるのだろう。

 ところで、私は書評で1つ間違ったことを書いてしまった。読み札に書いてある妄想の持ち主と絵札の作者は同じだと思っていたが、違った。皆で読み札に書かれた事柄についての絵を描き、人気投票によって絵札が選ばれるのだ。
「みんなで、共有された経験を描くことが大事だと思っています」と新澤さん。誰か1人の妄想でしかないものが、かるたになって複数の人に絵を描いてもらうことで、みんなのものになっていく。それはさらに購買者の手元に届き、それぞれが読んだり遊んだりすることで、不特定多数の人々のものになってゆくのだろう。

「かるたを研究対象として買ってくれた人からは『興味深い』といった、中身についての感想が届くのですが、実際に遊んでくれた人からは『楽しい』『面白い』という感想をいただくんです。反応の違いに、かるたのメディアとしての面白さがありますね」(新澤さん)
体験をより共有するためにも、実際に遊んでみることをオススメしたい。

 かるたは今後、第2弾を発行予定。テーマは「生活・失踪」だ。より精神障害者の日常に密着した、具体的な生活についての内容が描かれた札が並ぶ。
「多くの病気の場合、普通は治ってから就職など社会参加の途を探そうという考え方になると思いますが、精神障害は長い治療期間が必要ですし、回復するまで入院や療養をというのでは、人や社会とのつながりがなくなってしまいます。むしろ多少の症状があっても周囲のサポートを得ながら、地域で暮らしていくことができるとよいと思うのです。症状が悪化し所在がわからなくなることもあるのですが、失踪するにしても、それを予告して自分のつらさを他人に伝えておいたり、最低限の連絡手段は残しておくなど、『健康的な失踪』『予告失踪』ができないだろうかと大真面目にミーティングで話し合ったりしています」と、藤田さんと新澤さんが教えてくれた。

 症状と上手に付き合いながら社会で生きてゆくことの重要さが伝わる一冊となりそうだ。(奥山)

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2012年3月17日 (土)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/3.11も稼働した「りすシステム」の見守りサポート

 3.11から一年。日本中の誰もが恐怖で凍り付いたあの日、懸命に会員の安否確認をはじめた団体がある。老人ホームでも医療機関でもない。NPOりすシステム。葬儀や墓などの死後に関することと、日常生活のなかで必要なサポートを行う生前事務の生前契約、万一判断力をなくした時にサポートをするための任意後見契約を活動の柱とする特定非営利活動法人だ。
 もとは「もやいの碑」という、地縁も血縁も超えた新しいスタイルの墓が発端だった。墓は後継者がいなければ買うのが困難だ。独身をつらぬき身寄りのない人、親族とのしがらみから抜け出したい女性、終の棲家を自分自身で決めたい人々にひらかれたお墓、それが「もやいの碑」。しかし、確実にそこへ弔われるには、自分の死後誰かが駆けつけて納骨までサポートしなければならない。その必要性から死後についての生前契約という思想が生まれ、誕生したのが「りすシステム」なのだ。
 身寄りのない場合、困るのは死後ばかりではない。入院した時に世話してくれる人、老人ホームに入りたいと思った時の保証人、認知症などになった時に自分の意思を代理してくれる人……りすシステムは、その全てについてサポートする。いわば家族の役割を、すっかり引き受ける存在だ。
 そんなりすシステムにとって、地震の後に会員の安否を確認するのは、離れて暮らす家族に連絡をするくらい当然のことだったかもしれない。しかし、被害のひどい東北沿岸部を管轄している北日本支部の常勤スタッフは1名。ライフラインが寸断された中を一軒ずつ車でまわり、電話が復旧すれば電話を駆使し、本部とボランティアの力を借りながら会員の無事を確認したという。それだけではない。会員が避難する避難所が閉鎖されると聞けば次の避難所まで連れて行くなど、まさに家族のようなサポートを実行したのだ。
 もちろん、被害があったのは東北ばかりではない。北海道から神奈川まで、東日本に住んでいる会員は1709名。地震の翌朝からは、本部・支部総動員体制で電話による安否確認を始めた。3週間ほどをかけ、幸いにして会員全員の無事を確認できた。
「地震のあと数日は一部の電車が計画停電などで動かなくなり、出勤できないスタッフもいましたから、少人数で対応せざるを得ませんでした。大きな余震があればまたかけ直したり、長野で大きな地震があったことを受けて連絡範囲を甲信越までのばしたりして対応しました」と語ってくれたのは、千代田区にある本部のアドバイザー、西村さん。彼自身、電車が動かなくなるのを危惧して、一週間は事務所近くのホテルに宿泊した。「家に帰ったら、次にいつ出勤できるか分かりませんからね」と口ぶりは穏やかだが、多くの人は「出勤したら、次にいつ家に帰れるか分からない」と逆のことを心配するだろう。家族になった責任感と、確固たる使命感がそうさせたに違いない。

「通常時でも『元気コール』というかたちで、週に一回などの頻度で会員に電話したり電話してもらったりという活動をしています。ただ私たちは緊急の際に素早く駆けつけるということができません。セコムと相談して会員のための特別価格を設定してもらい、一人暮らしの方におすすめしています。室内の人の動きをセンサーで確認し、一定時間動きが確認できない時にまずはセコムが対応し、同時に私どもに連絡をいただけるという仕組みです」(西村さん)
 災害の時のみならず、いつも見守ってくれ、自分のために動いてくれる存在があるというのは、大変心強いことだ。3.11の前までならあまりピンと来なかったかもしれない、この「いつも見守っている」というシステムのありがたさが、今は本当に良く分かる。

「会員は、頻繁に連絡してほしいという人から、極力そっとしておいてほしい人までさまざまです。事情に合わせてサポートしています」と西村さん。生前契約の実務を担うのが「りすシステム」、預託金を管理する「日本生前契約等決済機構」、葬儀部門の「りすネット」、地球環境に優しい葬儀を提案し地球に恩返しの森づくりをすすめる「エコ人権葬」と、関連組織は広がりつつある。「個」の時代のエンディングプランにフィットするりすシステムに、今後も注目していきたい。(奥山)

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2012年3月16日 (金)

OL財布事情の近年史/第70回 不況が副業への夢を強める?まだまだ理想を追うミレニアムOL(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

 前回のつづき。『コスモポリタン』2000年3月号の特集記事から、2足のワラジ、副業を本業にと、自分の生き方を夢見ながらも模索する2000年OLの状況について見ていた。

 夢追い女子がいる一方、「会社とは年俸契約(略)労働時間で時給計算すると、一時間1000円に満たないはず(笑)」(レストラン店長兼PR担当30歳・年収440万円)、「2年前から営業成績というリアルな数字で年俸を決定されるようになった」「やるべきことが2倍になって(略)家でも仕事できるようにとパソコンを買ってしまいました。約30万円の出費(笑)」(広告代理店営業30歳・年収400万円)など、過酷な労働条件を「(笑)」で受入れてしまっているオトコオンナ・不況バージョンもいる。仕事と収入のバランスに、未だ切実さが希薄である。

 ここに登場するのは、20代後半以上、5年、10年と働いている女性が多い。つまり90年代初頭の、まだ景気のいい頃を知っている。就職したばかりなら、就職率も初任給も低く上昇志向も高望みも元からなかっただろう。だが、ベテランOLは、キャリアアップしたり三高メンズと結婚をしたりうまいことやっていたすぐ上の世代を見ていた。自分もそんな人生を送るのかと思ったのにあっさりその未来予想図は崩壊、「こんなはずじゃなかった」「生活レベルを下げるのは嫌」といった思いを抱き、働き方も生き方も迷走していたのではないか。

 と、思うのは話題を呼んだオセロ中島知子騒動を見て。彼女は現在40歳というから、2000年当時29歳である。普通のOLとは異なる環境とはいえ、仕事の成功や手に入れた暮らしへの愛着、想い描く理想像は、その年代の女性のものであっただろう。理想と自分探しと社会状況、そのバランスを保つのが大変な時代だったといえまいか。彼女と同じ、1971年生まれをちょっと調べてみると、丸川珠代、西川先生、オアシズの2人、中嶋朋子、藤原紀香、田中律子、くらたま、壇れい……金麦がこんなところに! ああ。なんだろうこのかんじ。と担当子と話していて、「何かをつかみとった人たち」ということに落ち着きました。迷走した面影も残るものの、自らの手で現実の中から何かをつかみとった結果、たくましい40歳になっている。

 この20年で、進学率も就業率も格段に上がり、女性の社会進出は進んだ。が、働く女性の背後には、実家、彼氏、マネーゲーム、おいしい福利厚生など、様々なお財布があったことを見てきた。仕事は、それらに付随する程度のものでよかった、これまでは。だが本格的な不況期に入り、もう女性にとっても仕事はおまけの存在ではなくなってきた。しかし、そこに気づく女性も、警告してくれる人も、 OL界には見当たらない。ふつうの、働く女性は、何をつかんでいったのだろうか。(神谷巻尾)

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2012年3月13日 (火)

東京みくじ巡り/東京大神宮(前編)

 飯田橋にある東京大神宮は縁結びの神社として有名なだけあって若い女子であふれている。昇殿参拝している子もいて他の神社とは違う雰囲気を感じた。
 伊勢神宮の遥拝殿として建立され、東京のお伊勢様とも呼ばれているそうだ。ここの特色は、日本で最初に神前結婚式を執り行ったところ。資料によると、年間600組がここで式を挙げているそう。結び関係なら「っしゃ、こいやー!」の神社ってわけです。
 残念ながら私はすでに結ばれているためあえて行くことはなかったけれど、みくじを引くために入ったら女子の熱気とみくじの種類の多さに驚いた。柴又帝釈天が最多かと思っていたけど上には上がいた。別の神社と被るものがあったので引かなかったものをあわせると8種類(血液型別のみくじを4種類とするならばさらに多い)と、東京のお伊勢様の啓示の多様さには頭が上がらない。「縁結びならおまかせ」と標榜しているだけあってほぼすべて恋愛に関するものばかり。こんなに種類があるなんて。

Daijinguu1_3   縁を求める女子が恋みくじを引くなら、まだ出会いがない、片思い中の女子なら「縁結びみくじ」。両思い、もう少しで相思相愛なら「恋文みくじ」がおすすめ。
 縁結びの方は大きめのしおり型になっていて、なんとあけると香りつき。観音開きであけると吉凶、運勢(交際と出会いの2種類と控えめ)、短歌が乗っている。短歌は在原業平の「かきくらす 心の闇に まどひにき 夢うつつとは 世人さだめよ」。横に解説があるのだけれど、「心の闇に惑わされているのは夢でなのかそれとも現実でなのか、わかんないからおまえら決めて(超要約)」。なんというか、子供じゃないんだからおまえが判断しろよ……としかいいようがない。まあでも、恋をして悩んでる人はだいたいそうだよね。誰かからのアドバイスが欲しいと思っちゃうの。占いが人気なのも頷ける。
 Daijinguu2 もう一つの恋文みくじもしおり型になっているけど、かなりコンパクト。パステルピンクでかわいい。
 吉凶はあけてすぐに大きな字で書いていて、大吉だった。それはいいんだけど、その下に裏面の運勢の一行総括が書いてあって、それが「この人しかいない」。なんて情熱的。私の中のラテン魂が踊り始めるよ。
 運勢面はなぜ「この人しかいない」」のかが徹底解説されていて、どうやら私と相手は出会うべくして出会い、深い縁で結ばれた二人らしいということがわかった。赤い糸でつながっているってわけです。これ系のみくじには欠かせない和歌は、崇徳天皇の歌(瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢わむとぞ思ふ)。崇徳天皇といったらこの有名な和歌より先に、怨霊伝説が浮かぶんだけど……。
 私にとって崇徳天皇はなんの罪もないけど、「われても末に逢わむとぞ思ふ」なんて言われると、彼がうちにきてなんかしでかしてくるんじゃないかって錯覚しそうになるのはなぜだろう。(月島めぐる)

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2012年3月12日 (月)

「ハーモニー」で豊かな出会いがありました(前編)

61azb7rkpql__sl500_aa300_ 以前に書評で紹介した「幻聴妄想かるた」が生まれた場所、精神障害者共同作業所「ハーモニー」に伺った。施設長である新澤さんの「週1のミーティングに、ぜひ遊びに来て下さい」というお言葉に甘えたのだ。
 東急世田谷線上町駅から歩いて1分足らず。飲食店だったフロアを改装して作業場に、カウンターバーだったフロアを食堂にしたという、2つの部屋からなる「ハーモニー」はとても明るい場所だった。スタッフの方々の居心地よい空間作りのたまものであることはいうまでもないが、実際に「明るい」のだ。バーだった食堂部分は窓が多く、凹凸窓ではあるが採光には申し分ない。3月上旬のささやかな太陽光でも日中は蛍光灯いらずで、ただいるだけでも気持ちや身体が健康になりそうな空間だ。
 その食堂に、徐々に利用者が集まってきた。水曜1時、週に一度のミーティング「愛の予防戦隊」の時間なのだ。隊長である中村さんの「これから『愛の予防戦隊』をはじめます」というかけ声でミーティングは始まった。
 会議では各自の体調や悩みが報告され、それについてどうすればいいか対策が練られた。利用者が一人入院しているのだが、その人の出入りがなくなって施設の雰囲気はどう変化したかについて話し合う時間もあり、「どんな体調か」「それについてどう思うか」「他のみんなは、そのことについてどう感じるか」といった、心や身体の状態を伝え合うことをとても大事にしている。そして会議は隊長・中村さんのまとめで締められ、スタッフが進行をサポートしているにしても、あくまで利用者主体の場であることが伝わってきた。

 ところで、中村さんにはお聞きしたいことがあった。「幻聴妄想かるた」にたびたび出てくる「若松組」のことだ。彼は若松組というヤクザめいた組織に長年悩まされている。かるたを見、彼のレポートを読んで、私の心にもすっかり若松組が住みついてしまった。本人にもっと詳しく若松組のことを聞いて、自分の中の妄想が間違っていたら是正しなければならない。
 しかし中村さん曰く、「声は聞こえるけど、姿は見たことがない」ということだった。私の妄想はかなり視覚的なので、少し食い違っていてさみしい。気を取り直して詳しく聞くと、彼らは脅すと同時に床を揺らすらしい。場所と時間を選ばない彼らの攻撃に、中村さんは相当参っている。階段を上るのがしんどく、自転車に乗ることもままならないそうだ。しかしアパートの1階に越してからは、地面に近くなったことで縦揺れがなくなり、横揺れ中心になった。揺れ自体も随分減ったという。
 毎日、自宅近くを警察が巡回しているので、1日に10人以上は逮捕されているとのこと。さらに若松組の新入組員は仕事が嫌になってすぐ逃げてしまうそうなので、どんな大組織でも全滅するのは時間の問題だろう。そして新たな朗報が。若松組に関わる組長と頭取が逮捕されたというのだ。これを境に、彼らの脅しは「あいつを(刑務所から)出せ」という懇願めいたものに変わったらしい。
 毎日減っていく人材に、要人の逮捕。中村さんが若松組から解放される日は、まちがいなく近い。(つづく)(奥山)

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2012年3月10日 (土)

サイテイ車掌の田舎日記/飛び出せロックンロール

○月×日

 んだ。
 外へ飛び出すんだ。
 酒田もやっと春の足音が聞こえてくるようになった。
 昔ながらのふるさとの味といえば、キモドの酢みそあえがあった。酒田では何故か「キモド」という妙な呼び名だが、「アサツキ」といえばお分かりだろう。
 冬が育むささやかな野菜の一つで、雪の下にぽっこりと顔を出す。従って、農家では雪をかき分けて一つ一つ丁寧に収穫する。
 ネギに似た、独特の香りと辛味が特長だが、酒のつまみとしてもおれには足りない上品さが漂う一品となる。
 で、料理がこれまた至って簡単なのだ。さっと茹でて酢みそと和えれば出来上がり。酢みそだってすぐに出来ちゃう。みそに砂糖をすり合わせ、酢と酒を少し加えるだけなのだ。
 これでもう、おばあちゃんの昔の味があっという間に完成となる。
 さぁ、冬眠から目を覚ますんだ。ノーガキをたれる前にやってみろ。点火するんだ。70才のおじいちゃんになっても激走するローリング・ストーンズのミック・ジャガー。ロック一筋に転がり続ける男。人間の本性をむき出しにした世界最強のスーパー・スターだ。
 また、冬と共に終わる、酒田では忘れてはならない食の王者が一つあった。それはズバリ寒鱈だ。冬の日本海の極上の恵みなのだ。この丸々と太った鱈が酒田の冬を盛り上げる。吹雪の中あちこちで寒鱈祭りが催され、ドンガラ汁というタラ汁がふるまわれる。水揚げされたばかりの鱈の肝や白子を入れたみそ味のアラ煮だが、これが超絶品。この上ない至上の味といってもいい。酒田の人、嘘つかない。今では全国でも有名らしいが、ぜひ食べに来てほしい。
 あぁ、そんなそれぞれの贅沢な食も春の訪れと共に終わりを迎える。そう思うと、厳しかった冬にもやさしい目を向けてしまう。冬はいい季節ではないかとさえ思えてくる。ただぼんやりとタバコをふかし、ひねもすのたりのたりと家にこもってばかりいた怠惰な自分を恥じる。
 なんて、調子こいてんじゃねえ。まずはやってみろ。何でも始めることが肝心なんだ。おれはお前らが思っているほどサイテイ野郎なんかじゃねえんだ。行くぜ、野郎ども。外へ飛び出すんだ。用意はいいかっ!!
 ……突然どうしたのってか? ん!? 今日もよろぴく、ロックンロール!!(斎藤典雄)

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2012年3月 9日 (金)

OL財布事情の近年史/第69回 不況が副業への夢を強める?まだまだ理想を追うミレニアムOL(前編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

 男女共同参画の追い風と、不況というアゲンスト、双方を受けて翻弄される2000年のOLである。そんな状況にあっては、風をとらえてうまく舞い上がるか、むしろ身を任せて流れていくか、あるいは強固に踏ん張って撃沈するか、その選択によって、おおげさでなく「天国と地獄」に分かれたのではないか、と思うのである。
 前回もふれた『コスモポリタン』2000年3月号、「リストラ時代の給料2218人の〈天国と地獄〉」は、平均年齢28.2歳、税込み年収平均423.3万円と収入も高めで、数字だけ見れば恵まれた生活なはずだが、不況の影響に敏感に反応している。「夏は1ヶ月出たボーナスが冬は出なかった」(31歳・出版社書籍編集)、「移動時にタクシーを使えなくなった。接待も減っている」(28歳・証券会社営業)、忘年会や新年会が「乾き物を並べてささやかにやる程度」(29歳・家電メーカー)など、会社生活のダウングレードに困惑している。ボーナスは40.1%がダウン、「出なくなった」のも8.8%と、半数近くがマイナス。しかし月給は61.9%がアップしたと答え、昇給の平均が月2.1万円と、今では夢のようなベースアップ率なのである。クレジットやボーイチ払いが定着した身には、ボーナス減は打撃が大きいのだろうか、サイドビジネスをしているのが24.8%、今本業1本でも「副業もしてみたい」のは73.6%と、別の稼ぎ口に興味津々になっている。レベルダウンが許せない、バブル経験組の焦燥感なのか。

 回答者に追加取材した「ルポ『お給料・それぞれの人間模様』」をみると、その翻弄具合が表出してくる。役者をめざして上京、アルバイトを経て派遣スタッフになり通信メーカーに勤務する28歳は、派遣の仕事終了後、キーパンチャーのアルバイトで7〜8万円の副収入。「東京で一人暮らしをエンジョイするためには副業が欠かせません」「片方ダメになっても、もう片方が残るのが二足のワラジの強み」とは、今は二足ともダメな可能性が高い働き方である。
 34歳旅行会社勤務女性は、勤続15年で年収500万円(手取り、以下同)だが、地方転勤の辞令がくだり、長年夢みて副業にしていたイラスト1本で食べていくことにした。イラストの副業は、「多いときで年に15万円ほど」にもかかわらず。コスモ誌は「厳しい転勤辞令を、むしろ自分にとってのチャンスと受け止め(略)長年の夢に向かって走り出そうとしている」とエールを送っている……場合なのか。月収1万円で夢を追えと。(つづく)(神谷巻尾)

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2012年3月 6日 (火)

元サイテイ車掌の田舎日記/風呂なんです

○月×日

 んだ。
 温泉にでも行くか。
 一日の疲れを癒すのは、何といってもお風呂が一番だと思う。
 いきなりだが、おれには生活保護を受けている友だちがいる。先日電話をしたら、手足が冷えてどうしようもないのだという。おれは風呂だよといった。とりあえず血行をよくすることだと。すると、もう年末から2ヶ月も入っていないという。まったく信じられないのだが、ヤツのいうことは本当なのだ。とにかく今すぐ入いれといった。そしたら、風呂に入いらないで死んだという話は聞いたことがないと、またヤツの屁理屈が始まった。風呂で死んだやつはいっぱいいるじゃないかと。それにしてもバッチィではないか。不潔すぎる。もうおれはヤツの手紙を見るのも嫌だ。封を切るのも手袋をしたくなる。
 話を戻そう。おれは風呂が好きだ。しかも長風呂だと思う。夏でもそうで、汗をかかないと気が済まないということもある。
 東京では勤務が不規則だったこともあり、朝昼晩と入いる時間がまちまちだったが、今では晩めし前の夕方と決まっている。つまり、酒を飲む前だ。飲んでから入って命を落としたという話はよく聞く。実際会社でもそうして亡くなった人が何人かいた。おれはそのような身体のことには気を遣うたちだ。
 一年程前からだが、風呂に入いると必ずやっていることがある。それは指先を揉むことだ。最近のテレビで、髪を何ヶ月も洗わないという五木寛之が爪を揉んでいるといっていたが、これに限らず、ずっと以前からいわれていたことだと思う。
 おれはゆっくりと最低でも100回ずつは揉んでいる。すると、てのひらも甲も血管が太くなったように浮き出て、気持ち悪いほど真っ青になる。気持ち悪くなってど~すんだと思われそうだが、すぐに結果が見えて、これもおれには満ち足りた気分なのだ。
 いわれるまでもなく、毛細血管や抹消神経が刺激されるのだからとてもいいことだと単純に思っているのだが。また、身体には何百ものツボがあるといわれている。そんな知識は皆無で覚えるつもりもないが、それにも当てはまっているのかなと思いながらせっせとやっているのだ。気が向けば足の指も。
 こんなことをのんびりとやりながら湯船につかっていると20分位はすぐに経ってしまう。すると、ぬるめのお湯でも頭や額からタラリンコ、腕までも汗が吹きだしていて一石二鳥なのだ。湯上がりのビールはまた格別だし、めしが旨いのもいうまでもない。
 たまには温泉にでもと思う。箱根や草津はもう遠くなったし、秋田の乳頭温泉にするかと、これらは全て入浴剤で行った気分になっている。
 ではまた。(斎藤典雄)

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2012年3月 5日 (月)

●ホームレス自らを語る 第111回 猫が16匹(後編)/兼平一夫さん(67歳)

1203 東京都庁舎脇のガード下で野宿生活をしている兼平一夫さん(67)は、16匹の飼い猫といっしょに暮らしている。3年前に3匹の子猫でもらったものが、またたく間に増えて、16匹にもなってしまったのだという。動物好きだという兼平さんも、さすがに往生しているようであった。
 兼平さんは青森県脇野沢(現むつ市)の出身。中学卒業後、地元で延縄(はえなわ)漁をする伯父を手伝って船に乗った。その傍ら、漁が暇なときには関東地方に出稼ぎに出て、河川の砂防ダムやビル建設の現場で働いた。そんな二重生活を20年以上にわたってつづけてきたのだ。
 その兼平さんが、30歳をすぎてから恋に落ちた。
「延縄漁と出稼ぎを繰り返す生活で、楽しみといったら酒を飲むことだけだからさ。脇野沢に馴染みの飲み屋があって、毎晩のように通っていたんだ。酒が好きということもあったが、店で働いていた女に惚れてね。彼女を目当てに通ったんだね」
 兼平さんの熱心な求愛に、女性のほうもそれを受け入れて、ふたりは深い仲になった。そして、結婚することになる。兼平さんが35歳のときのことだ。
「結婚して、オレの実家で両親といっしょに暮らした。ヨメさんは戦後入植した開拓農家の娘で、ずいぶん苦労して育ったようだった。それにオレより6つも年上の姉さん女房でね。オレのことをいろいろ気を遣ってくれて、なかなかよかったよ」
 兼平さんはそう言って相好を崩した。年上の妻との甘い蜜月時代を思い出したようだ。だが、ふたりの結婚生活は甘いことばかりでなく、むしろきびしい現実のほうが多かった。
「ヨメさんは若い頃に婦人病の手術を受けていて、もう子どもを産めない身体になっていた。それに白内障も患っていて、通院治療を受けていた。まあ、身体は丈夫ではなかったね。そんな身体で、結婚後も飲み屋に働きに出ていたんだ。飲み屋の仕事は夜が遅いから大変そうだったね」
 そんな無理した生活がたたったのであろう。結婚10年目の年に妻が倒れた。飲み屋の仕事は酒を飲む機会が多く肝臓を悪くしたのと過労だった。
「病院に入院していたのは1、2ヵ月のことだったと思う。退院のときヨメさんの両親が来て、『しばらく実家の方で療養させるから』とヨメさんを連れて帰った。それが縁の切れ目で、もうヨメさんが帰ってくることはなかった。それで離婚というわけだ」
 ふたりの結婚生活は、10年間だった。

 この離婚より先のことになるが、兼平さんは手伝っていた伯父の漁船を降りている。延縄漁もしだいに機械化されて、男手の手伝いを必要としなくなっていたからだ。
「そうなると脇野沢では働く場がないからね。ヨメさんと別れたのをきっかけに、また関東に出稼ぎに出てきた。こんどは横浜寿町を拠点にして、日雇い労働で働くようになった」
 兼平さんが横浜にやってきたのは、バブル経済が崩壊したといわれる1990年である。
「横浜に出てきた当座は、まだビルの建設工事などの仕事もあったんだ。だが、いくらもしないうちに不況の煽りをくらって、仕事にあぶれるようになった。オレばかりじゃなく、日雇いで働いているのはみんなそうだったからね」
 金をもっていないから、アパートの部屋を借りることができない。はじめのうちこそ仕事があって、ドヤ(簡易宿泊所)に泊まることもできたが、しだいにそれもできなくなってくる。ドヤ街のなかの公園のベンチや路傍で、段ボールに包まるようにして寝るようになる。
「寿町にはそんなのがゴロゴロしていたから、恥ずかしいとか、カッコ悪いとか、そんな感情はなかった。平気だった。仕事がないんだから仕方ないよね」
 数年して、横浜から新宿に移った。
「横浜に仕事がなかったから、新宿に行けば少しは違うかと思って移ったんだ。だけど、仕事がないのは新宿でも同じだった。それで(新宿)中央公園のベンチで寝るようになった。ここ(都庁舎脇のガード下)に移ったのは、6年くらい前からだ」
 猫を飼うようになったのは、3年前。これも兼平さんが望んで飼うようになったわけではない。飼い猫が6匹の子猫を産んだとかで、そのうちの3匹を彼に押し付けるようにして置いていった都庁の職員がいたのだ。その3匹だった猫が、いま16匹にまで増えてしまった。猫たちも、兼平さんも、ひもじさに耐える毎日だ。
「16匹もの猫に毎日毎日餌を食わせていくのは大変なことなんだ。いまはこの先にある回転寿司店から、寿司に使えない魚の頭や腸なんかをもらってきて食わせているが、いつまで続くかわからないしね。たまに猫好きの人が、餌代をカンパしてくれることもあるが、ホントにたまのことで、めったにあることじゃないし」
 兼平さん自身も16匹の猫を抱えていては、池袋や上野で行われる炊き出しに行けないでいる。新宿中央公園で週2回ある炊き出しと、新宿区役所が支給する乾パンで飢えをしのいでいるが、これだけでは足りずにひもじいという。兼平さんと猫たちの行く末はどうなるのだろうか。
「猫のことはね、ボランティアの人が保健所に交渉してくれて、近く避妊手術をしたうえで、里親を探しをしてくれることになった。オレの身の振り方を決めるのは、猫の始末がついてからだね」
 16匹もの猫を抱えて身動きのとれなかった兼平さんだが、どうやら少し光明が見えてきたようだ。(聞き手:神戸幸夫)

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2012年3月 3日 (土)

池田大作より他に神はなし/第29回 世紀の毒書『創価学会を斬る』の妄想ワールドに呆れ果てつつも、末端の弟子としては素朴な疑問を抱いてしまったのも事実。信心不足ですか名誉会長!?

 どうもおかしい。地獄を這いずり回る一握りの日顕一派の、池田名誉会長周辺への恥知らずな浸食は、我ら末端の者が心配する以上なのではないか。でなければ、超極右の橋下大阪市長が音頭を取る、君が代斉唱の強制的起立条例に(明確な憲法違反だ)、自民党に先じて我が公明党が賛成するなどあり得ない。知っての通り君が代は天皇を讃える歌だ。歌いたい人はともかく、中には名誉会長の方が天皇より何百倍も偉いと確信してる人も居る(無論、私もその1人だ)。ナポレオンやゲーテ、ガンジー、キング、あるいは両親をより尊敬してる者もあろう。個人の信条を権力でねじ曲げようという姿勢は、民主国家では許されない暴挙だ(ヒトラー顔負けのファシズムだ)。名誉会長も言っておられる。

 “わが創価学会は、どこまでも民衆が主役であり、御本尊(ごほんぞん)と一人ひとりが直結(ちょっけつ)し、御書(ごしょ)を根本(こんぽん)に、互(たが)いに励(はげ)まし合(あ)いながら、自己(じこ)の人間完成(かんせい)と幸福、そして社会の建設(けんせつ)をめざすものであります”(『新・人間革命』第4815回)

 “民衆勝利のピラミッド”、大阪事件無罪50周年を熱烈に祝う完勝の地関西で、かくなる事態が進行中な事を憂いざるを得ない(注釈*大阪事件とは名誉会長にかけられた、戦後最大規模の冤罪選挙違反弾圧事件。検察の薄汚れた野望は当然潰えたが、控訴断念が決定された際に、名誉会長はエジプトを訪問中だった。そのため大勝利の金字塔、つまり”民衆勝利のピラミッド”と、誰彼と言う事なく語り継がれ始めた)。

 公明党は政治組織。種々の駆け引きは仕方あるまい。しかし、おのずと限度があるはずだ。これが名もなき名誉会長の一弟子の、被害妄想なら却って楽だ。だが我々や先輩方は、日顕一派に限らず、数々の畜生共によるいわれなき中傷・迫害にさらされて来た。用心のし過ぎはない。私が神経質になっているのには理由がある。若い友はもう知らないだろう。が、かつて“究極の毒書”と多くの良心的知識人を呆れ果てさせた、『創価学会を斬る』(藤原弘達・日新報道出版部'69)なる本が世間を騒がせた。無論内用は100%、いや200%デマの妄想本だが、一時は人心をまどわせたのは事実だ。敵に備えるため、今回は毒書の通読という苦行にあえて身を投じてみた(逆即是順。師弟常勝への近道はない!)。

1_2  見ての通り表紙からしてはしたない。田舎の爺様がイボ痔の痛みに、汲み取り式和風便所でグッとで耐えてるかのよう。品性もセンスも教養のカケラも、民衆絶対勝利への暖かい情熱も一切感じられない(愚かな中身をストレートに象徴)。異体同心・師弟共戦・広宣流布総仕上げへの闘いへの道程が、これほどつらいモノとは…。正直に言うが私は、全ページに渡ってサルトルった。つまり「嘔吐」状態だった(比喩が60~70年代的でどうも。いい歳なもんで…)。呆れ果てた代表的妄言を、試練と思い苦痛に耐えながらも書き写してみた。ウゲゲゲ!(妊娠ではなく嘔吐音)

 “私は、創価学会の幹部にはほとんどといってよいくらい会っているが、そういう世間に名のとおった幹部たちにしても、小型政治家か、中小企業のやり手経営者か、銀行員の支店長タイプか、ないしヤクザ、グレンタイの親分か、ともかくそのような類型に入る人々がほとんどであり、宗教家のもつ謙虚さ、といったものを感ずる人はほとんどいない”(25ページ)←汲み取り便所のイボ痔オヤジめ、自分の顔を鏡で見た事はないのか! そのまま便所に落ちやがれ!!

 “創価学会は表向きは「人間の尊厳性」をうたっている。しかし「邪宗」の信者の死をもって「罰」と感ずる心のどこに「人間の尊厳性」をうたうに値いするものがあるといえようか。池田会長のみを神格化し、会長に絶対服従を誓い、会長のためなら喜んで死ぬという心情倫理は、自己の人間性の尊厳性がわからないもののみがとりうるモラルである。(中略)組織に対する盲目的服従や忠誠心のためには何でもやる。たとえば会長から声をかけられれば人殺しでもやりかねないわけで、そういう利用された学会員、利用された政治集団、利用された議員とでもいえるものが続々と誕生してきているのだ”(113ページ)←なぜ発禁にならなかったのか不思議だ。今なら正常化された東京地裁”から、一億円以上の名誉毀損料の支払いを命じられているはずだ。高々一私大の教授風情が(明治大学)、後に世界から300有余の栄誉を授けられる世界的宗教指導者・哲学者・文学者に、嫉妬の余り悪罵の投げ付け放題。自国民が世界に飛翔しようとするや、脚を引っ張りあう一部日本人の醜悪さを、絵に描いたような下りだ。

 “創価学会・公明党が目下ねらっているものは、自民党との連立政権ではないのか。(中略)公明党が社会党と連立政権を組むとか、野党連合の中に入るというようなことは、まずありえないと私は考える。その意味において、自民党と連立政権を組んだとき、ちょうどナチス・ヒトラーが出た時の形と非常によく似て、自民党という政党の中にある右翼ファシズム的要素、公明党の中における宗教的ファナティックな要素、この間に奇妙な癒着関係ができ、保守独裁体制を安定化する機能を果たしながら、同時にこれを強力にファッショ的傾向にもっていく起爆剤的役割として働く可能性も非常に多く持っている”(296ページ)。←なな…何を言うか! 表面的には当たってるように見えるけど、公明党が連立政権に加わったからこそ、自民党内の右翼過激分子も沈黙したのだ。名誉会長は何世紀も先を見通している。物事の目先や表面しか見えない3流政治学者に教えられた、学生たちが哀れでならない。

 「藤原弘達、晩年はTBSの時事放談で毒にも薬にもならねえゴタク並べてたが、この頃は冴えてたんだね。ズバズバ見通しが当たってるじゃない。名著だ。再刊すりゃ今でも売れるなきっと。歴史は繰り返すって言うけど、無節操な創価学会が、今度は橋下の汚ねえケツをペロペロ。常勝の関西で選挙に負ける訳にいかねえと、極右のゴキゲン取りして、公明党が候補を立てる選挙区には、維新の会に出馬を中止してもらうって噂だな。学会らしいぜ。自分達の利害しか考えてねえの。国民・国家の明日なんて屁のカッパ。呆れた組織だ。何が民衆勝利だ馬鹿野郎!」

 またまた古くからの友人で元フリーライター、現警備員が乱入して来て暴言を。職を失っても、妻子に逃げられても、アル中で体をボロボロにしても、まだ眼が覚めない愚かな初老男だ。追い出すのは簡単だ。昔の彼とは違い、ほとんど体力も残ってないし(中学時代は、陸上の中距離選手として鳴らしたらしいが)。しかし、もう事務所のソファでグーグー。勝手に冷蔵庫からカンビールを出して、1本飲んだだけでこのザマ。肝臓が悪いらしいので、そう長生きも出来まい。死が早いか、それとも名誉会長の教えを悟らせるのが早いか。無論、後者の実現に彼の寿命はかかっている。ただ名誉会長の弟子を自称する私にも、石原慎太郎や橋下徹らの極右と我らが、なぜ手を組まねばばらないのか、実は良くわからない。信心不足と深く自省。(つづく)(塩山芳明)

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2012年3月 2日 (金)

OL財布事情の近年史/第68回 一人暮らしは自立の証?それとも……不況直中ミレニアム(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

前回のつづき。ミレニアムの一人暮らしOL増加について考察している。

 これまで見てきた過去のお財布記事ストックからも、まさにわかりやすい調査結果を発見した。この連載でもずいぶんお世話になっている『コスモポリタン』は定期的に読者への大々的なアンケートを実施、時代ごとの傾向をみることができる。
 1984年10月号「コスモワーキング白書」、6437人への調査では、親と同居が64.7%で、一人暮らしは16.2%と圧倒的に少数派である。回答者は最終学歴高校卒35.4%、短大卒24.3%、年齢も22〜23歳が最も多く、いわゆる花嫁候補的OLが主流だったことが伺えるというものだ。
 少し間があくが、1997年9月号「やっぱり気になる!隣の彼女のおサイフ事情」では、平均年齢26.1歳、2042人へのアンケート。実家住まいのデータがないが、一人暮らしは34.5%とかなり増えてきた。記事によると「ひとり暮らしの人の率が最も高かったのがフリーランス」で、親と同居しているのは「事務職と公務員が群を抜いて多かった」という。「……さて、親と同居組が家に入れている金額は、平均1万4800円」とイヤみをかましているが、一人暮らしやフリーランスの方がかっこいい、というニュアンスが感じられる。まだ、都会的な一人暮らしに夢があった。
 それが数年後、2000年3月号では「リストラ時代の給料 2218人の〈天国と地獄〉」とタイトルもおどろおどろしくなり、「給料〈勝ち組〉と〈負け組〉に大分裂しそうな2000年の実態」を明らかにしている。居住形態は、親と同居50.8%、一人暮らし42.1%と、ほぼ拮抗してきた。彼と同居5.2%、友人と同居1.9%と合わせれば、半数は親元から離れて暮らしていることになる。追跡取材で登場する11人のうち8人が一人暮らし。年俸制、能力給、リストラ、残業代なし、派遣等々不安定雇用事例のオンパレード。売上実績をあげたり、パソコンを買って自宅でも仕事をしたり、サイドビジネスをしたりと、自己防衛しながら自活している。
 
 大学進学率が上がり、結婚が前提ではなく、働いてひとりで生きることが定着した前世紀末。が、女性の自立だ、わーいという間もなく、仕事がない社会になっていた。OL、やばい。悪い意味で。このピンチをどう切り抜けたか。いや、ピンチは続いているけれども。(神谷巻尾)

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2012年3月 1日 (木)

元サイテイ車掌の田舎日記/春なんです

○月×日
 んだ。
 もう春なのだ。
 今日は晴れた。素晴らしく晴れ渡った。朝から青空が広がった。
 雪が太陽に照らされてキラキラと輝いて見える。少しずつ水滴となって音もなく溶け出しているのだろう。
 気温は低く、まだぐっと冷えてはいるが、この明るい日差しが春を感じさせてくれる。
 おれは思わず外へ飛び出した。とにかくおんもに出て歩いてみたくなったのだ。あまりにも眩しすぎた。初めは景色をまともに見ることが出来ないほどだった。目が慣れるまで暫くかかった。
 積もった雪はザラザラと堅く、シャーベット状になっている。所々路面が見えるが、そこはアイスバーン状態で滑って転びそうになる。歩くのは恐る恐るだ。
 家の近くには狭いエリアなのにどういうわけか7つもの神社がある。その中の一つ「光丘神社」という入口で大発見をしてしまった。それは古ぼけた看板なのだが、そこには「定」として境内での禁止事項が箇条書されていた。驚いた。一つ、車、馬を乗り入れること。一つ、竹、木を伐ること。一つ、魚、鳥を捕ること。とある。ね、びっくりでしょ。今の時代に馬の乗り入れだなんて。でもよく見るとすぐに納得。最後に大正13年と記されてあったのだ。
 そこで思い出した。おれがまだ小学生の頃のことだった。父の生家は酒田から少し離れた米農家だった。当時は馬牛豚鶏などを飼っていたので、もう家畜と肥溜の臭いがごちゃまぜで……。今ではそれがまた懐かしかったりもするけど。そこのおじさんが家にもしょっちゅう来ていて、それがなんと、「はいしぃどうどう、はいどうどう」と今では信じられないのだが、お馬にまたがりやって来るのだった。で、家の玄関に馬を繋ぐと上がり込んでは酒をしこたま飲んだ挙げ句、再び馬に乗り「ぽっくりぽっくり歩く」と歌っていたかどうかは忘れたが、飲酒運転をこの場合は何というのか、馬の操り術の全てを駆使して何事もなかったかのように帰って行くのだった。それにしても、いくら昭和の30年代のこととはいえ町のど真ん中の道路に馬という光景は異様だった。おれも幼心に恥ずかしい思いをしたものだが、おふくろといえばシャベルを持ち出し「嫌だ嫌だ」といいながらでっかい馬糞の始末をしていたことを覚えている。
 また、あの頃は飲酒運転が許されていた。精一杯の「気をつけてね」で済んだ時代でもあった。だから馬ならなおさら、全く問題にもならなかったに違いない。あれから約50年。時代は変わった。今思うとたまらなくおかしくて、実に笑えるではありませんか。
 帰宅すると、アール・クルーの「フィンガー・ペインティング」を引っ張り出してターンテーブルに乗せた。ジャンルはフュージョンだが、スイング・ジャーナル誌で77年度のジャズ・ディスク大賞を受賞している名盤だ。このジャズらしからぬガットギターの音色は瑞々しい春にぴったりのように感じる。柔らかく暖かで、何とも気持ちがいい。「ダンス・ウィズ・ミー」は特に有名だから知っている人も多いと思う。心がほんわかと和み、ゆったり感あふれる曲ばかりが収録されている。素朴でありながらも繊細なアール・クルーのサウンド。昼下がりの寛ぎのひとときにはリラックス出来てもってこいなのだ。まるで春がそこまで来ているかのよう。
 今日はそんなホットな一日。冬よ、もういい加減にしてくれないか。とっとと失せやがれ。サラバじゃ~。(斎藤典雄)

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