1月1日はめでたい正月元旦。1月7日は七草粥の日。1月第2月曜日は荒れる成人式。そして1月26日は言うまでもなく、国際的祝日であるSGI・創価学会インタナショナルの日だ。驚愕すべき事に、この日は未だに日本国内では正式な国民の祝日になっていない。池田名誉会長がノーベル文学賞・平和賞をダブル受賞してないのと同様、心ある日本人、及び世界中の民衆・知識層には信じ難い地獄絵だ。無論、地獄を這いずり回る一握りの日顕一派を筆頭とする、反民衆派の薄汚い策謀のためだ。しかし現世の栄誉の類いには、一切無関心な名誉会長は恬淡と言っておられる。
“イモを洗う先駆ザル”が九十九匹いたとする。そこに、ある日、とうとう“百番目のサル”が現れた。百番目がイモを洗った時、次に続いた“百一番目”は、一匹のサルではなかった。なんと、残りのサルすべてが、いっせいにイモを洗い始めたのである”(第三文明社刊'96・『虹の調べ』110ページ・「あるとき一気に全部が変わった」より)。
宮崎県日南海岸の、“サルの島”幸島での1952年の調査結果だ。エテ公どものデータを人間にそのまま当てはめるのは、ややはばかれる。が、『立正安国論』に脈打つ“民衆の幸福と安全第一”を目標に、日々師弟共戦スピリッツで広宣流布に励む人々は、瞬時に理解するはずだ(常勝の関西の仲間なら余計に。大阪事件無罪判決50周年、心よりお祝い申し上げます!)。今回は前出の『虹の調べ』の素晴らしさから入ろうと思ったが、やはり1月26日に全国有力紙に掲載された、名誉会長の1ページ全面を使っての、画期的呼び掛けに触れずにはおられない。
“共に生きる、共に踏み出す。新しい世界がはじまる。”との感動的コピーで始まる、名誉会長の提言は衝撃的だ。4項目に渡る提言中、特に胸を打つのが、トップの【大震災が浮き彫りにした課題】だ。名誉会長直筆と思われる提言は(病気が落ち着いた際に、一気に書かれたのであろう)、そこらのサンピンインテリが思い浮かべようもない、本質を突いた言葉を剛速球で放る(推測約300キロ)。「自分だけの幸福もなければ、他人だけの幸福もない」………(感動の沈黙)。
世の中助け合いが第一だという昔からの教訓を、詩的・哲学的に今の言葉で再構成、斬新に表現し切っている。ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』を初めて読んだ際と同水準、いや数倍増す戦慄が全身を貫いた。意表を突かれたゆえの狼狽だ。その他、【防災・復興に関する提言で】で、関東大震災後の帝都復興計画を司った後藤新平を、【環境問題に関する提言】で田中正造やイリイチの顔色をなさしめる発言を連打するが、最後の【核兵器の禁止と廃絶に向けての提言】は、正直な所期待外れだった。多分また病気が悪化、名誉会長自身の添削を受けないまま発表されたのだろう。
“世界には今なお2万発以上もの核兵器が存続し、国際社会の脅威となっています。”で始まる文中には、原発への発言が1つもない。“常に民衆の生命・尊厳の絆の強化”を主張する名誉会長が、こんな中途半端な提言で満足するはずがない。多分、学会内にも原子力村から鼻薬をかがされた、鬼畜・日顕一派のスパイが潜伏、名誉会長の尊厳を汚そうと画策しているのだ。全人類への冒涜である。事実、27日付けの提言の詳細を報じた『聖教新聞』には、“日本のとるべき道として、原子力発電に依存しないエネルギー政策への転換(てんかん)を早急(そうきゅう)に検討していくべきです”と、明確に発言されている。なぜこの部分が一般紙では削られたのか?
“即刻廃止”でないのは不満だが…。暗躍する日顕一派は学会内だけではなく、一般新聞にも多数潜り込んでいるのだ。孤独な戦いを続ける伏せる名誉会長には、今はこれが精一杯の抵抗かも知れない(分身の術が出来ればいいのに!)。周囲の幹部も真の弟子であるなら、身を挺して名誉会長の哲学を言葉を死守、我々に伝えて欲しい。自公時代に公明党が取った原発推進政策も正直に反省、狂える民主党の原発輸出の愚行もストップさせるべきだ。
組織巨大化の結果、官僚化した側近が名誉会長をがんじがらめにしている。それが世界人類全体の不幸に直結している事態に毛頭気付かない、愚かなる人々よ……。更には終始策動する日顕一派の魑魅魍魎。旧社会主義国家の指導者風の独裁体制を嫌い、弟子を信じて常に民主的組織運営を心掛けていた、名誉会長の悔しさを思うと涙が止まらなくなる(あらゆる人間を信じる包容力。それを汚すやつは誰だ!?)。
少し前までは天皇裕仁神話が広く流布。裕仁自身は平和主義者だったが、軍部に引きずられて嫌々開戦、自国民だけで300万もの生命や、竹島どころじゃない広大な国土・植民地を失ったというのだ。しかし御聖断のお陰でこの程度(?)で済んだという、超都合のいい小話だ。実はサイパン島陥落以降も天皇は(この段階で勝敗は完全に喫した)、「もう一撃出来ぬか」と軍部に期待、叱咤していたのは今や有名。戦に未練は御法度だ。その結果、軍民戦死者が以降激増した(民間人死者50万人のほとんどもこれ以降)。天皇裕仁が寵愛した東條英機首相はさすがに辞職したが、自らは永久職だから始末におけない(雑草階級の下々の者には特に)。
ヒトラー、ムッソリーニと並び称された、壮健でアジアでは無敵だった大元帥でさえこうだった。病魔に伏す名誉会長と、創価学会の今後が心配でならない。ああ、また福々しいあのお元気なお顔を見たい。世界指導者としてのお声が聞きたい。
“心ひとつで、人生は朗らかに、遊び戯(たわむ)れるごとく、悠々(ゆうゆう)と生きられる。何があろうと、「さあこい!」「待っていたんだ!」「望むところだ!」と、すべて楽しんでいける自分になることである”(『虹の調べ』255ページ)。(つづく)(塩山芳明)
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