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2011年12月 7日 (水)

元・サイテイ車掌の田舎日記/酒日記、おふくろ日記、捨てる!決意

○月×日
 んだ。
 杜氏さんに興味があったのだ。
 ここからすぐの所に蔵元がある。黒塗りの立派な塀に囲まれた、酒田では老舗の一つだ。町へ出るときはいつも通る。
 酒田へ越して来た頃のおれは、ここで何か手伝いをさせてもらえないかなぁと考えていた。もちろん無償でいい。つまり、ナンチャッテ杜氏をやってみたかったのだ。
 どういうわけか、酒田は人に物をくれることが本当に多いと思う。お国柄なのだろうか。とにかくごこかへ行く度に「ホレ、持てげ~」と菓子や野菜やらをくれるのだ。ない時は「ちょっと待で」と家の中をちょっとでは済まないくらい探し回ったりしている。それは飲み屋などでもそうだ。「家さ帰ったら食べれの」と果物や料理などをくれる。そういえばおふくろもそうだった。来る人来る人にくれていた。おれは家の物がなくなるのではないかと幼な心に心配したものだ。長くなったが要するに、杜氏さんの手伝いをすれば搾りたての酒を「ホレ、持てげ~」になるのではないかという期待があったのだ。まったく、ビンボー根性でどうしようもないが、おれはこの蔵元の前を通る度に数秒は立ち止まっていた。何か切っ掛けをつかむことは出来ないものかと、怪しいオッサン承知で中の様子をコッソリと窺っていたのだ。狭い酒田のことだ。「なんかヘンなやつがウロウロしてるぞ」と、もう既に蔵元の人に気付かれていたのかもしれないな。
 でも今は思いもしなかった漁の方を手伝っている。杜氏さんの件はひとまず脇へ置いておくしかない。暫くはこの蔵元の吟醸酒でも味わいながら今後のことをじっくり吟味しようと、早速1本買って来た。テーブルの前にドーンと置く。これさえあればいつも上機嫌なのだ。で、蔵元の名は、これがまた「上喜元」というのだから。ああ、まいった。

○月×日
 んだ。
 おふくろは施設に入っている。
 今の所でもう5年になる。週に2回は行くようにしているが、ちょっと遠いので1回の時もある。
 おふくろが好きな和菓子や旬の果物を持っていく。最近は家で蒸かしたさつま芋を続けて持っていったが、そんなに食べられないので少しだけだ。
 甘いものが大好きで、今年の七夕の短冊に「最中を腹いっぱい食べたい」などと子どもみたいなことを書いていたので笑ってしまった。後で聞くと、そんなことは書いていないというけどね。
 おれが行ってもベッドに横になったり、自分からはほとんど喋らないようになってしまった。おれは「食べたいものはあるか」「今度持ってくるから」と話すことは食べ物のことが多い。
 何でも「旨め、旨めごど~」と美味しそうに食べてくれるが、2~3分も経つと「このお菓子はどうしたの」と、おれが持ってきたことも、たった今食べたことすら忘れている。
 そんな状態だから、おれが行くと「よく来たね」とニコニコしながら最初は喜ぶのだが、その後の言葉は「ずっと来なかったね」で、まるで1年も来なかったみたいなことをいうのだ。その時以外のことはみんな忘れてしまっている。もはや、おれが何をやってあげてもダメというのか、しまいには、おれが若かった頃の親不孝ぶりを思い出すのか、「あんたのような人はいないものだ、それじゃダメだよ」と嘆いたり悔しがったりするのだ。つまり、ここ10年位のことは自分の記憶の中からすっぽりと抜け落ちていて、それ以前、昔のことは意外とよく覚えていたりするというわけだ。
 今となっては全てがどうしようもない。病状の回復は有りえない。全て仕方のないことだが、おれはおふくろが今を喜んだり笑ったり、そして安心したりで、今このときが大事なのだと思いながら生活が出来ればそれでいいと思う。おれの方も、おふくろがそう思いそう出来るように手助けをしてやっていくしかないのだと思う。
 さて、どういうわけか、おれは今年の4月から施設の利用者代表として役員にされてしまっている。酒田に来てまで二度とこのようなことはやりたくなかったのに、おふくろは本当に5年間も献身的なお世話をしていただいているので断り切れなかった。市の介護課の職員、地域の自治会長さん、施設の管理者ら2名とで当面の問題などを話し合う「運営推進会議」とやらが2ヶ月に一度ある。
 さっきもいったように、おふくろが気持ちよく生活できればそれでいいのだ。望むことはなにもない。

○月×日
 んだ。
 実家は荒れ放題だ。
 もう何年も住んでいないからカビ臭いばかりか、3・11地震では家の中の白い土壁が崩れ落ちてしまっていた。
 おふくろも既に高齢だったし、一人では掃除にしろ隅々まで行き届かなかったのも無理はないが、おれも帰省する度に「汚れているなぁ」と閉口したが、時間的にも掃除までは手が回らなかったし、老人一人暮らしの家なんてどこもこんなものだろうと諦めていたせいもある。
 いずれにせよ、昨年からは本当に少しずつだが整理して要らないものを捨てまくっている。大事な物はとりあえず運んだが、気が遠くなるようなゴミの山なのだ。
 もう二度と使うことはないと思ったり、迷ったりした物は即捨てる。そうしないといつまでたっても片付かない。馬の小便みたいにジョロジョロ長くてダラダラ続くような作業なんてまっぴら、早く抜け出したいのだ。こうして物はだんだんとなくなってはいるものの、隙間だらけの家だから埃だけは相変わらず増えている。
 また、いくらおふくろが住んでいたとはいえ、なんと雨漏りまでしていて、もう古いし使い勝手は悪いしでこの安いマンションにしたのだが、とにかく家の中を片付けて、キレイからっぽにするしかない。
 それにしても、懐かしい物が次から次へと出てきてしょうがない。遠い昔を思い出すばかりで、シゴトがちっとも捗らない。おれが幼稚園や小学校だった頃の物までしっかり大事にしまってある。でも捨てる。皆捨てるのだ。
 そうこうしているうちに、おれはなんて罰当たりなことをやっているのかといった、罪の意識に襲われるような嫌な気分になってきた。おれに罪は無いよ。いったいどうしろというのだ。
 バカヤローと弱く呟いている。誰にいうのでもなく、ただバカヤローと。チクショーと唇を強く噛んでいる。自分に対してだろう、ただチクショーと。もうバカヤローとチクショーしか浮かんでこない。一人でやけっぱちになっている。バカヤロー。チクショー。(斎藤典雄)

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コメント

初めまして。関西の私鉄で車掌をしている者です。

僕が車掌になったのは、斎藤さんの本がきっかけでした。学校の図書室においてあり、手に取り読むうちに、僕も車掌という仕事をしてみたい!と思うようになり、鉄道会社に入社しました。

斎藤さんの考え方、経費削減、合理化に徹底的に反対するというものは、急速に合理化を推し進める今の各鉄道会社にとって、非常に重要な命題だと思います。
乗客の安全を守るため、会社と戦われたその姿勢にはとても感動しました。

今は退職され、地元で暮らされているそうですが、今後ともお体にお気をつけて下さいね。
中央線の朝ラッシュに比べれば、関西の朝ラッシュなんて笑われそうですが、明日も無事故で頑張ります!(笑)

投稿: HK | 2011年12月 7日 (水) 22時14分

HKさん頑張ってね。不規則勤務だけに体調管理には気を付けて!!

投稿: 斎藤 | 2011年12月 8日 (木) 19時42分

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