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2011年12月 4日 (日)

元・サイテイ車掌の田舎日記/もいちど魚日記、漁に出たい、一年を振り返って

○月×日
 んだ。
 すまん、また魚の話なのだ。
 ホントにいろんな魚が捕れる。まず驚いたのはエイ。丸い座布団のようなデカイやつで1メートルもある。真ん中を切り取って、食べる所は外側だけなんだとか。酒のつまみでエイヒレは定番だが、知らなかった。
 また、なんじゃこりゃあ、とグロテスクだったのがカジカだった。顔はケーシー高峰にほんとよく似ている(ケーシーさん、ごめんなさい)。顔の話ついでに、今では俺も鮭のオス・メスを顔を見ただけで見分けられるようになった。詳しくは省くが、オスは険しく、メスは穏やかな顔付きなんですよ。びっくりしました。
 閑話休題、カジカは魚偏に秋と書くのだそうだ。どことなく文学的なニオイがする。味はクセがなく淡白で、汁ものにしたらとっても上品で抜群だった。
 今はカツオが捕れている。太ってコロコロしたやつが、バンバン捕れる。オ~シ、今夜は刺身だ。わしわし食うぞと家に帰って捌いてみたら、血合が多くて4枚にするのが骨な上に、実がぐちゃぐちゃになり大失敗。やわらかすぎるのだ。カツオは魚偏に堅いと書くのに、堅いのは皮だけだった。
 ちなみに、この辺で捕れるのはソーダカツオというのだソーダ。高知沖や太平洋の本ガツオとは違うのだソーダ。でも旨いよ。(もう一回いわせてね)そりゃソーダ。
 漁師さんに聞いたら、塩を振って一日置くか干物にするといいという。で、早速両方を。それを焼いて食べたら絶妙な味だった。魚なのに肉みたいに濃厚で、思わずマイウ~と。料理のやり方は漁師さんのいう通りにすれば間違いはない。
 うちのおふくろは鮭が大好きなので、施設にはもう4本も届けている。献立を変更してくれて、入居者と職員皆で食べているという。おふくろの美味しがってる笑顔が浮かんでくる。これも全て漁師さんのお陰だが、皆さんに喜んでもらって本当に嬉しいです。

○月×日
 んだ。
 もう丸1週間も漁に出ていない。酒田もいよいよ「北国」という美しい言葉で呼ばれ始める季節となった。それに相応しいように朝晩は冷え、日中も10度前後の日々が続いている。窓から空の色を眺めるだけで初冬の寒さが伝わってきそうだ。
 いや、そんなことは関係がない。寒かろうが雪が降ろうがどしゃ降りだろうが鼻水をジョロショロさせながら漁に出るのだ。その出る出ないの問題は波なのだが、陸が晴れて穏やかなのに海は波が高いということがよくあった。波のせいで漁に出られず、おれがこれまで手伝いに行けたのは週に3日ぐらいしかなかったのだ。おれは楽でいいのだが、漁師さんにすれば切実な問題で困るわけだ。
 このところは高波続きでいつも2~4メートルはあり、どうしようもない日ばかりだった。出る出ないは1メートルで決めると漁師さんはいっている。
 これだから漁業は大変だ。辛いところがある。安定した職業だとは決していい難い。大漁だと活気づいている時こそ一見華やかだが、現実はこの通り厳しい。
 おれは高波の日に漁師さんに電話をする。すると奥さんが出る。ズーズー弁で分かりづらいのだが、いろいろ話をすると何やら「こうかい」はしていないという。おれは航海と後悔のどっちなのか分からなくなる。…そんなわけないか。
 いずれにせよ、波が早く収まってもらわないと話にならない。重い沈黙の日々だ。じっと待つしかない。

○月×日
 んだ。
 先が見えてきたようだ。一年を振り返るにはまだ早いが、酒田へ来て春から夏までは畑をやった。やったといっても午前中の3時間ぐらいでなんだかなぁ~なんだけど、秋以降はど~すんだというのが当面の課題でもあったのだ。ところが今年からは思いもよらずに漁師さんの手伝いをするようになった。それは本当に良かったが、最近では海が荒れて魚はずっと休んでいる。
 冬の酒田といえば寒鱈なのだが、漁師さんに聞いたら、12月から2月までの間は網を仕掛けることが禁じられていて、漁は休むのだという。鱈漁は大型船だけなんだとか。また、冬は今より海がもっと荒れるから命を落としに行くようなものだと。お~、恐~。でも、そうなんだ。お休みなんですね。残念だが、仕方ない。
 となると、おれの一年を大雑把にいえば、春と秋は畑と漁、夏と冬は休みということになる。半年働いて半年は休むか。う~む。なんだかなぁ~だな、やっぱり。ま、夏は友人たちが押し寄せてくるだろうから、畑で取れたトマトでもかじりながら遊びまくる。で、冬は冬眠でもないが鮭の塩引きでも食べながらひっそりと沈黙を守る。まあ、こんな感じなわけだ。
 先日、親戚のおばさんからすごく心配されてしまった。「海は本当に危ないから気をつけなさいよ」と。あのね、皆それは勘違いだよ。おれの伝え方も悪かったがおれは沖へは出ていない。港へ戻ってきた船で魚を網から取り外しているだけなのだ。だからナンチャッテ漁師だといったのだが、そのうち沖へも連れて行ってもらいたいけどね。また、この手伝いは畑と同じで午前中の3時間程で終わってしまうのだ。こんなに気楽なことはないだろうが、おれはこんなもんでホント十分だと思っているのです。(斎藤典雄)

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