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2011年12月20日 (火)

元・サイテイ車掌の田舎日記/逞しい男、今年最後の漁、鮭のゆく道

○月×日

 んだ。
 逞しい男なんだよ。
 もう何度も見たが、日本海という大海原にひとり悠然と立ち向かっていく、漁師さんが船で港から出ていく姿というのは実に惚れ惚れとしてしまう。これぞ男の仕事だという頼もしさが大きく膨らんでいくばかりだった。
 広大な青い海は、いくら穏やかでキラキラと輝く波が大勢の人の心を癒してくれる奥深さがあっても、3・11の大津波のように何もかも一瞬にして呑み込んでしまう、人間には太刀討ち出来ない悪魔の凶器に一変する一面もあるというのに、それでも男は海に憧れる。それは男にしか分からない、海だって恋をしているからだよ。なんてね、でも本当に素晴らしいことだ。
 人はいくら辛く苦しいことがあっても、やっぱり楽しいことがあるからこそ生きていけるのではないのかとも思う。
 それにしても漁師さんの話はいつも面白い。2メートル近いシイラを釣り上げた時だ。船上で大暴れするシイラを押さえつけ、針を外そうと格闘していたら不意に一撃を食らい暫く気絶していたのだという。気がついた時には海へ逃げていなくなっていたそうだ。もう残念で「おら知いらね」とふて腐れるしかなかったそうな。
 そんな漁師さんでも大きな蟹を網から取り外す時はすごく手際よい。おれは鋏に挟まれないようにビクビクしながら苦闘しているというのに、あっという間に太いゴムで縛り上げて一丁上がりとくる。いくら漁師さんとはいえ勇気がいると思うが、初めはこうでなかったはずだけどね。
 また、鮭が生まれた川に戻るのは嘘なんだとか。初めて聞いたが、先頭を行く鮭が時には間違い別の川に入ってしまうと、後ろの鮭が釣られてゾロゾロ付いていくというのだ。鮭も人間と同じで、いい女がいればあっちにこっちにと、オスはメスを追いかけて間違った人生(この場合は魚生か?)を送ってしまうという。ホンマかいな。
 おれのように手伝いに来た人も多くいたそうだ。中にはそれこそ卑しくて、魚をやるといってもいないのに勝手に持ち帰ったり、船のシートなどに隠していたりとあまりにも図々しいから即刻クビにしたとか。ま、おれと同じで魚を貰えるのが楽しみで来ているのだろうが、非常識にも程がある。そんなこんなでいつまで聞いていても飽きることがない。
 先日、おれは漁師さんへのお礼の意味で東京から極上の和菓子を送らせた。また、友だちからは漁師さんにやってくれと旨そうな煎餅が送られて来た。早速それを届けに行くと、漁師さんはいきなり「オレを殺す気か~」と大笑いしながら喜んでくれた。何やら糖尿と高血圧で甘いのしょっぱいのどちらもダメなのだそうだ。で、酒もやらないと。
 おれは沖へ出たことはないが、網をたった一人で引き上げたりする醍醐味はやった漁師さんじゃないと分からないことだろう。これからも様々な武勇伝を聞かせてほしい。
 もはや海の怖さも漁師さんは皆知り尽くしている。だから潮の匂いの染み込んだ顔であんなに豪快に笑えるのだし、酒飲みのおれにもあたたかくてやさしく接してくれるのだと思う。
 違うよね、やっぱり。逞しい海の男は。

○月×日
 んだ。
 あぁ、おしまいか。
 今年最後の漁だった。
 「明日来れるか~」。漁師さんからの予期せぬ電話だった。このところ時化が一向に収まる気配がなく、この日も2メートルから1.5メートルの波予報だったので、「今日も明日もダメだな」という落胆より今年はもう漁には出られないと半ば諦めかけていたところだった。だからなおさら嬉しかった。日本の将来を、いや、まるでおれの明日を決定するかのようにウキウキしてしょうがなかったのだ。港で船を待つ気持ちはまず無事を願うことはもちろんだが、おれには大漁しかなかった。
 漁師さんはいつものように船着き場に勇ましくも慎重に船をつけた。「波高(た)げけ~」「魚あんまりいねけんども、まずまずだの」と地元の方言だが、おれには分かるからそれでいい。それでも船内には期待通り鮭がゴロゴロしていた。
 作業をしていると、「大漁だったか~」と船の傍を通る他の漁師さんが声を掛けてくる。漁師さんはやっぱり「ホレ、持てげ~」で、その漁師さんは「塩引きにでもするか」と大きな箱に6本ももらって行ったのだった。おれはいつものように3本もらい、イクラもどっさり持たされた。
 あぁ、おしまいか。そんな感慨でいっぱいになった。遠くを見上げると雪の鳥海山がデンと構えていた。湾内はウミネコだけが鳴いている静かな海だった。明日も出来そうに思ったが、もうこれで終わりだ。本当に楽しかった。毎日がお祭り騒ぎだった。こんな思いをさせてもらって、漁師さんにはどんなお礼も感謝もしようがない。
 家に帰ると早速宅急便で送った。これで友人との約束も果たせた。あとは、これは年越し、これは正月用といつもより丁寧に、そして、しみじみと捌いた。
 あぁ、おしまいか。沈むのが早い冬の太陽のように、一日が思い切りよく、日々は駆け足で過ぎて行く。

○月×日

 んだ。
 定だよ。
 鮭の生涯についてチト考えさせられてしまった。
 鮭は川で生まれて海を何年か回遊すると70~80センチくらいまで成長して再び母川へ戻る。そしてこの生まれた所で産卵と放精して数日で死んでしまう。これはよく知られていることだ。
 今回捕れた鮭はこれまでの銀色とは違い殆どが薄い黄色に変色し、赤っぽい縞模様がついていた。今まさに川に遡上する寸前なのだと漁師さんが教えてくれた。
 酒田ではこのような鮭は弱っているからあまり美味しくないと敬遠されているのだとか。そんなことはないよ、という人もいるから食べてみないことには分からない。
 でもテレビでは村上(新潟県)の三面川に遡上した鮭のことが暮れになるとよく放映されている。ここでは家の軒下などに塩引きした鮭1本そのままを干してあるのが冬の風物詩として有名で、年越しの大御馳走だといっていた。だから広く食べられているのだと思う。
 漁師さんはこいつらはもう死ぬだけだよと何の疑いもなく力強くいい放ったが、鮭はそれこそ最後の力を振り絞ってゴール間近の母川へ行く最中だったのだ。そう思ったら、ちょっぴり感慨にひたっちゃってね。それなのにおれってば、家で風呂に入いると一日の疲れがふうっと抜けたのと同時に、さっきまでのことなどケロッと忘れてしまったのかさてさてやるかと食べてしまったのでした。とても美味しかったけどね、おれは。
 しかし、こういうことは考えると切りがない。かわいそうだなんて思ったら食べるものがなくなってしまう。これは生き物全てにいえることで、割り切るしかないのだ。命の連鎖として、鮭が人間に食べられてしまうことはしあわせだと思うしかない。鮭もサケては通れない定だと思い諦めてほしい。人間の勝手な思い込みで悪いけど。(斎藤典雄)

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