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2011年11月16日 (水)

元・サイテイ車掌の田舎日記/雄三日記

○月×日
 んだ。
 本当に冬がやって来る。立冬も過ぎ、落ち葉が舞うようになった。
 早朝のラジオから「旅人よ」(加山雄三)が流れてきた。このさみしげなイントロだけで胸が締めつけられる。そして懐かしさが込み上げてくる。
 感受性が最も豊かな中高生の頃の実家の勉強部屋が目に浮かんだ。毎晩一人でラジオにかじりついていた。大事な勉強はちっともせずに音楽ばかり聴いていた。そのせいか、親や先生のいったことは小言ぐらいしか浮かんでこないが、あの頃の曲は身体中に染み込んで、今でも頭から離れない。卒業しても音楽だけは卒業できなかった。
 家から然程遠くない所に、確か、市の集会所があった。夜になると勤めを終えた若い人達が集うのか、バンドの演奏が聴こえてきた。その頃流行出したエレキバンドだ。吹く風の加減で途切れ途切れの微かな音だったが、冬でも窓を開けてずっと耳を澄ましていた。その頃のおれでもイントロは弾けた「朝日のあたる家」などの曲が聴こえると、もう居ても立ってもいられなくなり舞い上がった。なんてカッコイイんだと。こうして一晩中音楽を追い続けていた。
 そんな時の感覚が、ボンヤリのはずが今でもハッキリと甦ってくる。でも、あの頃はよかったと、そんな感傷にいつまでも浸っているわけではない。曲が終わり、DJのトークがまた始まればケロリと忘れて現実に戻る。
 人は孤独だと思う。それは誰だってそうだ。誰かと一緒にいてもおれの気持ちなど相手には伝わらない。たとえ伝わったとしても全てなど分かるはずはない。こうして生きて来てしまった。もっとしっかりと勉強しておけばよかったと思っても今更遅い。あの頃は戻ってはこない。
 いずれは暑さも収まるように寒さも緩む。季節は巡って繰り返す。今日も夜が明けそうなかわたれどき。「やがて冬が冷たい雪を運ぶだろう」か。この曲はいいけど冬は嫌だな。
 でもしょうがない。なんでも来いだ。(斎藤典雄)

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