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2011年11月

2011年11月29日 (火)

元・サイテイ車掌の田舎日記/テレビ日記

○月×日
 んだ。
 火野正平の「こころ旅」(NHK・BS)を観ている。チャリで視聴者からのお便りに書かれた風景を訪ねて日本を縦断するという旅番組だ。
 お便りには忘れられない思い出の風景が綴られていて、何十年も前のあの風景をもう一度見てみたい、どうなっているのかなあといった、大半はお年寄りからのもので、火野正平は雨の日も風の日もチャリを漕ぎ漕ぎ「着いたよ~、○×さん。ここだよ、ほら」とその声に応えている。
 今放映されているのは秋編で、兵庫県から鹿児島県を目指しているものだが、春は兵庫から北海道までをやり、ここ酒田と飛島にも来てくれた。広大な庄内平野、最上川、鳥海山が鮮やかに映し出され、おれのこのマンションもチラッと出た。
 それにしても、火野正平もまだ若々しくてエネルギッシュだね。屈託がなく飄々としていて、何より飾り気のないところが実に共感が持てる。以前、もうずっと昔だが、火野正平といえば女性関係のトラブルが絶えず、女たらしだということで大っ嫌いだったが、それは真相がよく分からないのにマスコミによる表面的な断片だけを鵜呑みにしていたからかもしれない。若い頃のおれは何でもちょっとした情報や噂を信じて決めつけてしまう所があった。頭がガチガチで柔軟性に欠けていたのだと思う。
 とにかくいい番組でおれは好きだ。田んぼや海や山の風景は日本中どこも似たり寄ったりのように見えるが、田舎はやっぱり長閑で澄み渡り、時がゆっくり流れている。いつまで見てても飽きることはない。いいね、サイコーだよ。(斎藤典雄)

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2011年11月26日 (土)

元・サイテイ車掌の田舎日記/酒田といえば

○月×日
 んだ。
 酒田は田舎だけどね。
 編集部からおれのことを「大自然に囲まれて暮らしている」などと紹介されてしまったが、ふつうの町ですよ、酒田は。そりゃあ海もあるし、田畑が広がり鳥海山や月山がドーンとあっていつも拝めるけど、大自然というと海辺や山の中だと想像しませんか? おれは構わないけど、酒田はそうではありません。
 東北の日本海に面した人口11万余の港湾都市、酒田。港町だが、駅から港までは大分あるし、おれの実家も駅近くの町で港まで出掛けることは滅多になかったから港町という感覚はなく過ごしてきた。むしろ田んぼの方が近かったので、ずっと農業地帯という感じでいたくらいだ。
 また、今いるマンションからは徒歩5分の所に庄内地方唯一のデパートがあり、総合病院や大学、東京と酒田間それぞれ5便航行の庄内空港まである。
 田舎といえば田舎だが、それを感じるのはお年寄りたちのズーズー弁に触れたときぐらいで、今の子どもたちは皆標準語となっている。
 最近では酒田港が国の重要拠点港の一つに選ばれたとか。さびれているのは全国どこの田舎も同じだが、これを期にさらなる発展を願わずにはいられないけどね。
 特筆すべきは、歴史上で日本一の豪商だった本間さまの存在だろう。その昔(江戸時代)、「本間さまには及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と詠われたことは有名だ。ついこの前には、今ある本間さまの庭園が日本の名勝に選定されたとテレビで報じられていた。酒田といえば本間さま。酒田がこれまで栄えてこれたのは本間さまがいたからというのがこの土地の一致した認識となっている。今や酒田市民の誰もが「大自然に囲まれて暮らしている」!? というのは本間さまのお陰といえるのかもね。
 ま、今日はこんなところで。(斎藤典雄)

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2011年11月25日 (金)

OL財布事情の近年史/第56回 ヤマイチ、セクハラ、ジハードな1997年の闘うOL(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

前回の続き。

 改正法成立後の『AERA』1998年11月9日号「私の隣の勘違いオヤジ」では、セクハラ関連の調査が紹介されている。97年の労働省「職場に置けるセクシュアルハラスメントに関する調査」では「セクハラがない」と回答した女性労働者は4割に満たないが、同年の東京都の調査では76%の事業所がセクハラの発生は「ない」と答え、「ある」は4%。防止対策も「今のところ必要性は感じない」が78%を占める。その後セクハラはおろか、パワハラ、モラハラなどさまざまな嫌がらせ、いじめが企業や学校、政治の世界でも信用を脅かすものになろうとは、まだ想像できない世の中だったようである。

 この頃の新しい概念と言えばもうひとつ、「IT」である。いや、この頃はまだITなんて言ってなかった、だって森喜朗元総理が国会所信表明演説でIT革命を「イット革命」と呼んだのは2000年のこと。ウィンドウズ95、98の発売で「パソコン」が、PHSやmovaの普及で「携帯電話」が、若い女性の生活の中に入り込んできた、という段階である。『日経ウーマン』97年12月号の「女性向けヒット商品ランキング」を見ると、表ランキングの2位に薄型携帯電話と周辺グッズ、7位にMDプレーヤー、裏ランキング1位に体脂肪計と、デジタル機器が上位にランクイン。女性がメカものに消費しはじめた頃なのではないか。ちなみに携帯電話の周辺グッズとは「ストラップやアンテナキャップ」。デコれる要素がどんだけ大事なんだ、と思うが、今でもデコ電だのスマホカバーだの、いっちゃえばアバターとかも、お洒落できるところが普及の要因といえなくもないか。
 ITについてはいろいろとお財布に関わりそうな事象が多々あるのだが、セクハラで紙幅も容量もオーバーした。次回に続く。(神谷巻尾)

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2011年11月23日 (水)

元・サイテイ車掌の田舎日記/魚日記

○月×日
 んだ。
 相変わらず魚をもらって生きている。それも鮭はいつも3本はもらう。「今日はホントにもういいです」というと、「いさげ(いいから)持てげ~」と。「…なら、1本…」と弱々しくモジモジしてしまうのだが、なんとも豪快に3本はくれる。
 漁師さんがいうように東京や親戚にやったりしているが、それはもう喜ばれている。お返しに新米や野菜を持たされたりで、こちらの方も恐縮するばかりだ。中には「こんなにもらっちゃって。これなら一生漁師をやってほしいものだ」と笑わせてくれる人もいる。
 それはいいのだが。おれの方もホームセンターで魚を送るための発泡スチロールの箱を大量に買い込み、家で作る氷は追いつかないから買うしかない。で、クール便で送る。
 それもいいのだが。1本そのまま入れる箱に鮭が大きすぎて入りきれなくなったのだ。中には1メートル近いのもいる。こうなったら捌いて送るしかない。
 ま、いろいろあるわけです。こないだなんか、捌けるかどうか聞いて、捌けるというから親戚に持っていったら、大きさに驚かれ、やっぱり捌けないという。仕方ないから解体ショーを見せてやった。そろそろおれの出刃包丁も研ぎに出さないと。
 それにしても、なんともありがたき連日の魚三昧だ。これまでの食生活で魚をこんなに食べたことはあろうはずがない。
 スーパーでは高いから買ったことがなかったカニやイクラももらう。カニは茹でるより蒸すのが一番。旨味が逃げないから。小さなカニはみそ汁で。ダシがよく出てこれまた旨い。イクラは塩を入れたぬるま湯で丁寧に膜を取ってから塩水でさっと洗い酒と正油に漬けるだけ。簡単なんだよね。料理の仕方が分からなければ漁師さんがみんな教えてくれる。
 もう毎晩料亭か旅館のご馳走のようなのだ。ふと、こんなことでいいのかと思う。いいんだよね。いいんだ、いいんだと贅沢な悩みが続いている。食は何よりしあわせだ。
 漁師さん、本当にありがとうございます。さあ、明日もナンチャッテ漁師をやらなくちゃ。おやすみ。(斎藤典雄)

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2011年11月22日 (火)

東京みくじ巡り/第三回 鷲神社(後編)

Ohtori3  前回の続きで、鷲神社の残り2つのみくじをご紹介。
 一つ目は、招き猫がついてくるみくじ。袋をみると「神像はお守りとして神棚・机の上等にお祀りください」とのこと。左手を挙げてるので招客万来タイプだから、酉の市で有名な神社にふさわしい猫さん。でもよく見ると、ドラえもんに似ていて、耳と首輪がなければ、猫には見えない……。
 二つ目が、ヤマトタケルノミコトおみくじ。こっちは財布や鞄にいれて持っていてください、とあるんだけど、財布に入れるには大きすぎるし、顔がファンシーすぎて持ち歩きも微妙。あまり持ち歩いているところを知られたくないかも。

 さて、おみくじはというと、どちらもおなじ種類だった。
 招き猫は末吉、ヤマトタケルが吉。末吉の運勢は、「まわりが好意的で仕事が安定しているから、個性発揮して活動的に行こう。でも、運勢はこの先下降していくから調子に乗るなよ(要約)」。吉は、「まわりとの和を重んじて、常に優しくすることを心がけましょう。草木を愛して水を大切に暮らしましょう」。
 節水とエコな暮らしを心がけ、仕事がうまくいっても調子に乗らないで、周囲の人たちに優しくしましょう。……なんか、いつもいつも同じようなことを神様に言われているような気が……。

 個々の運勢は、願望「人に支えられ叶う」「願いは届く」、待人「便り待て」「遅くなるが来る」、失物「解決の糸口あり」「探し方次第で出る」と同じような内容のものもあれば、建築「決断は早めに」「準備不足」、転居「良い」「よくない」、旅行「問題なし」「散財注意」とどっちだよ!と突っ込みたくなるものだった。

 内容が違うのは当然なんだけど、1度で違う種類のものを引いた時に、どっちを優先すればいいか迷う時ってありません? 「問題なし」「散財注意」だと、「旅行の時は散財に気をつければ問題なし」と片付けられるし、家関係なら「前もって準備しておけば、決断を早く下したとしても大丈夫!」と考えられるけど、「良い」「よくないは」のように正反対だと悩む。
 あっ! そういうときは、逆に「何もするな」と結論づければいいのか。なんだ解決してしまった。どのような結果であれ「前向きに捉えれば」2個引こうが3個引こうが問題ないというわけだ。

 今回の私個人が気になった戒めは、家庭「平和を保つ努力を」「休日を大切に」。家庭不和にならないようには、日々の努力と休日の過ごし方が鍵ということなのね。(月島めぐる)

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2011年11月21日 (月)

元・サイテイ車掌の田舎日記/たばこ日記

○月×日
 んだ。
 たばこが止められないのだ。
 値上げの度に禁煙を試みたりはしたが、3日ともたないのだった。今ではもう完全に諦めた。血圧の薬を飲んでいてたばこはないだろうが、今年の人間ドックもモンダイはなかったし、今更止めたってと勝手に思っている。
 それにしても、一箱410円は高い。酒田に来て安いたばこを全部試してみた。全部といっても3銘柄だけだけど。しんせい、わかば、エコーと。どれも超まずくてダメだった。が、しかし。
 ふと、おれが敬愛する友部正人の「一本道」の歌詞が脳裏を駆け巡った。「しんせい一箱分の一日を、指でひねってごみ箱の中」。う~む、かっこいい。と単純に改めて感動した。30年も前の歌なのに。「なら、おれだって」としんせいを我慢して吸い続けていたらすっかり慣れてしまった。これまた単純。
 今まではしんせい240円で済んでいる。いざとなったらもっと安いゴールデンバット200円もある。ね、何とかなるものだよ世の中は。
 しかしながら、たばこ税は昨年過去最大の値上げ幅だったのにまたもアップしそうな気配がある。おれらビンボー人をこれ以上苦しめないでほしいよな。(斎藤典雄)

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2011年11月20日 (日)

日曜ミニコミ誌!/静かな街に住みたい『AMENITY』

1_2  近所の金属買い取り専門店の「金、プラチナ、買い取りま~す」というエンドレスな売り文句が、控えめに言ってうるさい、ということはよく感じていた。お店がマンションの一階にあり、二階の人は始終こんな声が聞こえて気の毒だな、とも思っていた。日曜日の朝10時、廃品回収車がゆっくりと自宅の周りを回りながら「ご不要になった、テレビ、パソコン、エアコン…」とスピーカーで放送するのも、気にはなるが寝起きの悪い自分が悪いのだと思っていた。

 どこまでが生活音で、どこからが騒音なのか。感じ方は人によって様々だ。私は隣のビルが工事をしていてもお互い様と思い全く気にならないが、同僚は苛々している。逆に、夕方6時頃になると隣家の主婦が「ハルー、ハルー、ごはんだよ」と猫の名を呼ぶのが何だか気に障るのだが、そんなことに文句を言う社員はいない。

 「我慢しなきゃ、なのかな?」「わたしだけ、なのかな?」そんな遠慮がちな思いを、徹底的な「ノン!」で打ち砕くのが「静かな街を考える会」が発行する機関誌『AMENITY』である。最新29号の特集は「防災無線」。本ブログで「池田大作より他に神はなし」を連載する塩山芳明氏も寄稿している。タイトルは「新・富岡『騒音』日記」。3年以上前に中止されたはずの、夜9時の防災無線が突如復活したことについてのルポ。議事録や市役所職員とのやりとりから得られた復活までの顛末が、子細に渡って報告されている。
 ラジオ体操、選挙カー、時報やチャイム放送、列車発車時のアナウンス。気になりはじめてしまったら止まらないから、気にしないようにしている、ような気がする。もうちょっと自分の感覚に素直になったら、こんな騒音王国にいるのは耐えられない、と思うのかも?(■A5判、1000円、発行:静かな街を考える会)(奥山)

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2011年11月19日 (土)

元・サイテイ車掌の田舎日記/サケ日記

○月×日
 んだ。
 おれはサケが好きだ。
 酒田に来て一番困ったことは飲み屋通いを止められなかったことだ。東京では仕事が終われば必ずといっていいほど飲み屋に寄ってから帰宅していたのだ。でも酒田に越したら止めようという決意で来た。が、ダメだった。これは呑んべいにしか分からないことだと思うが、夕方になるとついフラフラと行ってしまっていた。…っていたという過去形なのは、オメデトウ、遂に止めることが出来たんですね。同僚たちが遊びに来た昨年の夏の終わりを境にバッタリと止めた。今では家での晩酌オンリー。
 それは、同僚たちとはもちろん「やろうぜ、久しぶりぃ」と飲みに出掛けて楽しかったし、そうに決まっている。が、この時、もう本当に止めようと、それは堅く心に誓ったのだった。ホントにこんな事をやってる場合ではないと。彼等は現職だから良い。しかし、おれは無職なのだ。退職して少ない貯えの中でやっていかなければならない身なのに、たとえ月に何度かのことといえども何千円も遣ってデレ助になってなどいられないのだと。当たり前すぎて笑われてしまいそうだが、ワタシはこれで飲み屋を止めました。単純だね。
 実は、おれは酒田に来てから家計簿をつけている。ノートの表紙にデカイ字で「記帳面」と記して、毎日しっかり几帳面に。できるだけの倹約と節約に努めようと。すると面白いことに、お金を遣わないことが快感にさえ思えてくる。東京に比べて酒田は物価が安くて助かるが、人生は魚などではない。やっぱり金なのかなぁ。おれの人生は金。次に命の水、サケ。そして魚かな。もう一つ挙げれば無償の愛。な~んてね。
 飲み屋のマスターから「酒田にいるのに東京にいたときの方が来てくれたね」と冗談をいわれた。そりゃそうだ。おふくろのことで数年間は月に2~3回帰省していたから、1回で2泊はしていたとして、飲み屋に月に数回は必ず顔を出していたからね。最近ではもらった魚を届けたり、で、そのついでにコップ1~2杯ご馳走になったりするくらいなのだ。
 もう行かないことに慣れはしたけど、お金に余裕があればやっぱり行きたいと思う。あぁ、行きてえ!!(斎藤典雄)

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2011年11月18日 (金)

OL財布事情の近年史/第55回 ヤマイチ、セクハラ、ジハードな1997年の闘うOL(前編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

 1997年は、山一ショックで日本経済が揺らいだと同時に、OLの生活も大きく変わり始めた年であった。キャリア志向ではなく、腰掛けでもなく普通に働いている間に社会が変わっていく。まさにその状況を描いた篠田節子『女たちのジハード』がこの年第117回直木賞を受賞したのも、象徴的である。
 当時はストレートなタイトルや、身近すぎる背景に手が遠のいていたのだが、今回せっかくなので読んでみたら、なんと面白いことか。中堅保険会社に勤める5人のOLが、リストラ、DV、結婚、離婚、不動産、広報、社会貢献、留学、詐欺、起業等々当時の“あるある”テーマの中で生き抜く姿がたくましく、時代感があふれていておかしみもある。景気が悪化した男性優位社会のいやな感じも、苦笑とともに思い出されるというものだ。

 さて前回、『失楽園』ブームや風俗仕事について触れたが、『女たちのジハード』でもわりと奔放なOLの性生活が登場している。一方、上司にしつこく誘われ、タクシーの中で手を握られる場面があるのだが、「セクハラ」とは呼ばれていない。まだセクハラという概念が一般的ではなかったことがうかがえる。
 97年、男女雇用機会均等法の改正法が成立し、セクシャルハラスメント関連の規定が創設され、ようやく言葉として定着してきた。80年代の女性誌を見ていると「セクハラも受け止め方次第です」といった記事がありギョッとしたが、当時はする方もされる方も無自覚だったことがわかる。
 改正法前年、米国三菱自動車が女性従業員へのセクハラで米・雇用機会均等委員会に訴えられたことを受けた『日経ウーマン』96年8月号の「今、考えてみようセクハラのこと」では、“受け止め方次第”レベルの認識だったことがわかる。「セクハラをめぐる男女の意識調査」では、「男性(女性)が〈体のラインがきれい〉とうっとりした目つきで女性(男性)を誉める」や「仕事の話をしている途中で、男性が女性の胸元に目線をチラつかせる」では「セクハラだと思わない」「相手・場合による」が男女とも過半数を占める。
 「男性の視線が女性の胸元や足などに行くのは、生理上自然なことで、それを批判することはできないのではないかと思う」(会社員、39歳)と中年男性は言い、「女性が目つきや服装、しゃべり方などで、職場で不必要な色気をふりまくのは男性へのセクハラではないか」(保険会社、24歳)と若い女性が言い、そして結婚した女性は「ちょっと休むと〈妊娠?〉気分が悪いといえば〈つわり?〉と聞かれる。産休をとっている人のことは〈守銭奴〉と言われている。〈だんなとのセックスは?〉などと聞かれるよりこれらの言葉の方がセクハラだと感じる」(証券、27歳)とかもう、どれもこれもセクハラだよ! たった十数年前でも、なんと古色蒼然としたオフィス空間だったことか。そこで自己実現とかキャリアアップとか、所詮無理な話だったことがわかるというものだ。(つづく)(神谷巻尾)

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2011年11月16日 (水)

元・サイテイ車掌の田舎日記/雄三日記

○月×日
 んだ。
 本当に冬がやって来る。立冬も過ぎ、落ち葉が舞うようになった。
 早朝のラジオから「旅人よ」(加山雄三)が流れてきた。このさみしげなイントロだけで胸が締めつけられる。そして懐かしさが込み上げてくる。
 感受性が最も豊かな中高生の頃の実家の勉強部屋が目に浮かんだ。毎晩一人でラジオにかじりついていた。大事な勉強はちっともせずに音楽ばかり聴いていた。そのせいか、親や先生のいったことは小言ぐらいしか浮かんでこないが、あの頃の曲は身体中に染み込んで、今でも頭から離れない。卒業しても音楽だけは卒業できなかった。
 家から然程遠くない所に、確か、市の集会所があった。夜になると勤めを終えた若い人達が集うのか、バンドの演奏が聴こえてきた。その頃流行出したエレキバンドだ。吹く風の加減で途切れ途切れの微かな音だったが、冬でも窓を開けてずっと耳を澄ましていた。その頃のおれでもイントロは弾けた「朝日のあたる家」などの曲が聴こえると、もう居ても立ってもいられなくなり舞い上がった。なんてカッコイイんだと。こうして一晩中音楽を追い続けていた。
 そんな時の感覚が、ボンヤリのはずが今でもハッキリと甦ってくる。でも、あの頃はよかったと、そんな感傷にいつまでも浸っているわけではない。曲が終わり、DJのトークがまた始まればケロリと忘れて現実に戻る。
 人は孤独だと思う。それは誰だってそうだ。誰かと一緒にいてもおれの気持ちなど相手には伝わらない。たとえ伝わったとしても全てなど分かるはずはない。こうして生きて来てしまった。もっとしっかりと勉強しておけばよかったと思っても今更遅い。あの頃は戻ってはこない。
 いずれは暑さも収まるように寒さも緩む。季節は巡って繰り返す。今日も夜が明けそうなかわたれどき。「やがて冬が冷たい雪を運ぶだろう」か。この曲はいいけど冬は嫌だな。
 でもしょうがない。なんでも来いだ。(斎藤典雄)

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2011年11月15日 (火)

ASTRA編集部のお話。

  アストラに通い始めて早1ヵ月半。平日は毎日、アストラ編集部にお邪魔して、事務のお手伝いなどをしている私です。はじめは電話がかかってくるたびにあたふたしましたが最近では想定外の事態にも対応できるようになりました。魔法の言葉、「担当者が席を外しておりまして…」が大活躍!そんなこんなで、楽しく過ごしております!

  さて、今日はそんな私を襲った、ある出来事についてお話ししようと思います。

  始めに異変を感じたのは、編集部に通い始めて1週間経つ頃でした。肌が荒れる。とにかく荒れる。ものすごく荒れる。朝、出勤して、お昼を過ぎた頃には、どうしてだろう、お顔がぴりぴりする。どうしてなのもう。。。
  当時の私はイギリスから帰国して2週間と経っていなかったので、その原因は、例えば空気とか、湿度とか、水とか、食べ物とか、ストレスとか、そういう所にあるのだとばかり考えていました。夜は天然素材の手作りパックをしたりして、早く治らないかなぁ肌荒れ、なんて、考えていたんです。
  でもその肌荒れ、様子がおかしかった。もっと早く気づけば良かったんです。だって、週末になると、なぜか落ちつくんだもん。土曜日、日曜日はお肌の調子がいい、なのに平日はお肌が荒れる。なぜ、なぜ、どうしてなの…!
  そこで、考えてみました。平日と週末で違うことは何か。 

  そう、出勤しているかどうかです。

  そういえばアストラ編集部は少し散らかっていたんです。というか、かなり散らかっていたのですが、初めてあのドアを開けたときに、「おぉ、出版社ってこういう感じなのね」と、それが普通なのだと思い込んでいました。そういえば、少し埃が溜まっていたかしら、お掃除したいわなんてことも考えましたが、まずは事務のお仕事をしっかり…と思っていたのでした。

  次の日、普段使っているパソコンの裏を見て、驚愕しました。これは、埃がたまっているどころの言葉では表現できない。一体何年掃除していないのだろう。編集部員達が歩くたびに立ち上る埃…。窓を開けて風を通すたびにに舞い踊る埃…。

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※アストラ編集部お掃除前の姿。書類もダンボールも何もかも、とりあえず積んであった…。埃もいっぱい。

  もう、これは掃除をするしかない、するしかないんだ!他にする人がいないんだ!私はお掃除のためにここに来たんだ!うおおおお! と、奮起した私。

  早速クイックルワイパー埃取りを購入!万が一と思って取り替え用パックも一緒に購入。ふわふわ部分は計4つ。さて、全てを使い切るのにどのくらいの時間を要したでしょう?

  答え:1時間

  埃を集めすぎて、もはや何色だったのか分からなくなっているクイックルワイパー。元々は淡いサーモンピンクだったのに、今はもう見る影もない。そういう被害者達を、ほんの1時間の間に4つも…。ごめんねワイパー。あなたのがんばりは無駄にしないから…。

  次の日、今度は床拭き用のクイックルワイパーを調達。まずはということで、から拭きをする。でも、ほんの1畳ほどのスペースを拭いたところで、シートはもう埃だらけ。どうにもならず取り替える…。そんなのの繰り返しですよ、まったくもう!一周拭き終わった床を見て、編集部の大畑さんは仰りました。

  「なんか床明るくなったんじゃない?」

  それはそうでしょう!埃だけでも相当堆積していたんですよ!何度も何度もシートを変えながら、埃を集めていったのです。はわわ。

  そうして、2日にわたって埃と闘った今、私はお肌の痛みを感じなくなりました。綺麗な空間って、やっぱりとっても気持ちいい!すっきりさわやか!お掃除って、とても大切なんですね。しみじみ。あぁ、私のお部屋もお掃除しないと><

  そんな私。アストラ編集部ではお掃除担当として、毎日せかせかお掃除をしています!本を片付けたり棚を片付けたり文房具を整理したりいらない書類を破棄したり埃を取ったり埃を取ったり埃を取ったり!
  お陰で様で、今ではASTRAは、少し綺麗になりました!嬉しい!!!!!皆さんにもお見せします、アストラ編集部が、ちょっとだけ、綺麗になったところを…!!じゃじゃじゃじゃーん!!!!!

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※同じアングルでパシャリ。分かります、いらない書類を一掃し、ダンボールも捨てたのです!モノを捨てると空間って広くなるんですね!気持ちいい!

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※机が広い!今日、2週間ぶりに来たもうひとりのアルバイトの女の子が、「この机ってこんなに広かったんですね、ビックリ」と言っていました!

  これからも、編集部の皆様に気持ちよくお仕事をしていただくべく!そして素晴らしい出版物を世に生み出すお手伝いをするべく!!!私はお掃除に励みたいと思います!今後とも、アストラをどうぞよろしくお願いします!

 おしまい!

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2011年11月14日 (月)

元・サイテイ車掌の田舎日記/柿日記

■■■もとJR車掌の斎藤さんから、またまた日々のご報告がありました。

今後も「田舎日記」として、お手紙が届き次第、アップしていきます。■■■

○月×日
 んだ。
 毎朝柿を食べている。
 こないだもいだ柿が出来上がったのだ。出来上がったって、どういうことかと思うでしょう。もいだ柿は全部渋柿なんですよ。そう渋柿。驚きでしょ。
 ここ庄内地方(酒田や鶴岡などの日本海側一帯)では昔からさわして食べる。その方法は、ヘタの所に焼酎を浸し、ビニール袋へ10日程入れておくと甘くて美味しくなるというわけです。それは庄内柿という山形の秋を代表する果物の一つで、県の特産として全国的にも有名なのだ。
 親戚の畑にある1本の木から今年は1200個も穫れた。昨年の倍だから、おれも手伝いのやり甲斐があったというものだ。おじさんによれば、1年おきぐらいで豊作なんだとか。
 出荷するわけではないので、売っているものとは違い小粒だったりするが味は絶品で変わらない。食べきれないので隣近所や知り合いにお裾分けする。
 昔から「柿が赤くなると医者が青くなる」といわれているほど身体に良いらしい。また、二日酔いにも効くとされるビタミン豊富の健康食品でもあるのだ。
 旨いよなあ。自然の恵みはなんとありがたいことか。来年は干し柿にもしようと思う。(斎藤典雄)

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2011年11月13日 (日)

寺門興隆を読む/2011年11月号

 出版関係者には意外と読まれている寺院実務誌『寺門興隆』。やはり皆、見出しのダイナミックさを参考にしたいらしく、知り合いの編集者から「私も読んでいます!」という声が続出している。『月刊住職』時代から数えて創刊30周年、絶好調な今月号のラインナップ。

政教分離破綻/公開仏教講座総覧/ペット霊園課税/滝行事件/墓地訴訟/住職奮闘/掲示伝道板/震災寺院消費者問題/震災宗教シンポ/アートで寺院活性化/宗勢調査

 これは一番に「アートで寺院活性化」の記事を読むべきだろうと思うが、はて今回の宗勢調査はどんなだろう?と覗くと「住職の四割が寺院収入だけでは生活できない」という衝撃的な見出しが。
 宗勢調査を行ったのは、浄土真宗本願寺派。平成21年度の調査結果を報告している。それによると、なんと年収300万円未満のお寺が43.2%、25.4%が無給とのこと。無給って、どうやって生活してるの? と不思議に思うが、兼業や年金など寺院外収入が寺院の活動で得られる収入を上回っている、と回答したのが44.9%と半数近く。もはや坊主は作家や米農家同様、兼業でないと成り立たないのか。

 不景気な話題はさておき、「アートで寺院活性化」を読んでいこう。1つの寺に1万人が集うアート展があるのだという。絵画やオブジェなどの現代アートが本堂や庫裏やお寺の前庭に並ぶというのだから、他ではまず見ることのできない催しだ。舞台は人口約11000人の小さな町、長野県小布施町の玄照寺。毎年四月の第三土日に行われ、事前に町のラジオで放送までする町おこしの一大イベントは、どんどん規模を大きくしているらしい。なんというか、正しく楽しくて素敵だ。
 他にもお寺でのアート展は増え続けているのだという。確かにお寺はイベントスペースとしてもってこいだ。広いし、照明や音響設備は整っているし、立地もいい。演劇やダンスや講演会など、様々な活動に向いている。お寺さえうんと言えば、こんな素晴らしいイベントスペースはないだろう。

 次に気になるのは「ペット霊園課税」だろう。ペットの供養は宗教行為か否か、行政は否と見るようで、ペット供養に関してお寺への課税問題が裁判になるケースが増えているという。「ちゃんと供養しているのだから、宗教行為なんじゃないの?」と、漠然と思ってしまうが、世の中にはペット霊園だけを営んでいる業者もある。そこはきちんと税金を支払っているのだ、などと聞くと、頭を抱えてしまう。じゃあペットの件だけ課税すればいいのか? するとなんだかペット供養にもありがたみが感じられなくなってくるから不思議だ。難しい話である。

 今月も「つっぱり和尚」高橋住職の癌進行状況が気になるところであったが、台風で敷地内の巨木が倒れ、それどころではない様子。ちょっとは病気から気がそれたのかなと、ちょっとホッとした。結構ファンなのだ。(小松朗子)

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2011年11月12日 (土)

元・サイテイ車掌の田舎日記(後編)

 んだ。
 おれはこの秋から漁師になったのだ。あぁ、なんて力強いんだ。といっても、網にかかった魚を取り外すだけのナンチャッテ漁師なんだけどね。
 秋は鮭の最盛期だ。70~80センチ級のドでかいヤツが船内にゴロゴロ。船長はおれに「ホレ、持てげ~」と鮭をドーンと投げてよこし、ナントすかさず、「ホレ」の4連発。「えっ! えっ!! 4本も!? 困ります。1本で十分ですから……」と驚愕に堪えないでいると、親戚や東京にやればすぐなくなるといわれ、おれはもう大コーフン。
 こんなに大きな魚は捌いたことはないが、そんな苦労もなんのその。家の冷凍庫はもう満杯。行くたびにくれるものだから、連日あちこちに送ったりと大わらわだ。もちろん毎日鮭と酒のサケ三昧。アラ煮、鍋、粕汁、みそ粕漬け、ムニエル、ホイル焼きなどなど、もうサイコー。また、タイやカレイ、アジ、サバ、カニまで。市場に卸すためにはある程度の形・サイズがないとダメなんだとかで、小さいのものは殆ど捨てるのだという。もったいないからそれらも当然もらってくる。いやはや、贅沢この上ない魚生活を満喫している次第であります。
 では、このナンチャッテ漁師になったいきさつをば、チト。
 そう、飲み屋で知り合った人の良さそうなおじいさんがたまたま漁師さんだったのですね。おれは魚が大好きだから「酒田はいつも新鮮な魚が食べられて最高ですね」みたいなことを喋ったのだと思う。ま、ここまではよくある話かもしれない。ところが、その漁師さんは「いっぱいくれてやるから船(港)に遊びに来い」というのだった。その時は一瞥したのだが、一年ほど経ち再び会った。するとまた「遊びに来い」と。
 畑も終わり、もう柿もぎぐらいしか予定がなかったおれは暇といえば暇だった。というか、日中は何か責任を負うことをやった上で夕方からのサケに向かうべきではないかと、チト真剣に考えていたところでもあった。おれは思い切って「手伝いをさせてもらえませんか」と頼んでみた。すると、案の定、「手伝いなんていいから遊びに来い」と。もう俺は半ば強引にカッパと長靴スタイルで出掛けて行き船に乗り込んだというわけです。
 手伝いの人が一人いて、これもおじいさんだが作業は三人でやることになった。プロの二人がそれぞれ10本くらい外しているのに、おれはやっと1本てな具合の超スローモー。細い網の糸が鮭の身が千切れるくらいキツク食い込みメチャクチャに絡まっているのでなかなか外せないのだ。コツがいるんだろうね。これでも遊んでいるわけではなく必死なのだが、「遊びに来い」といわれたのに、そのうち「遊んでいるんじゃないよ」と怒られそうなのだ。それでももう嬉しくてね。感激はひとしお、感謝してもしきれないほどで、末永くこの手伝いが出来ればいいと思っている。ちなみに、賃金は、もちろんない。もらうのは魚だけ。人生は金じゃないんだ。魚だよ、人生は!!
 それにしてもおれは、酒田の畑も海も中央線のように完全制覇してしまうのだろうか。ナンチャッテ。

 んだ。
 おたおたしているともう正月なのだ。一年なんてホントにあっという間だ。
 冷たく重い雨が降り続くようになると、それがみぞれに変わればまた凍てつく冬がやって来る。風が棲む街とさえいわれている酒田の風は並大抵ではない。まるで恐ろしくなるような悲鳴を上げながら絶え間なく吹き荒れるのだ。空はどんよりした鉛色の雲が垂れ込め、日本海にも静寂はない。来る日も来る日も荒れ狂うモノクロの世界と化し、漁に出られない日が1ヶ月以上続くこともある。それらはただ人々を押し黙らせる。暗い沈黙の日々が春まで続くのだ。
 また、冬は車がないと特に大変だ。地吹雪で歩くのもやっとだからだ。親戚からは「酒田は車がないと話にならないよ」といわれ、友人からは「お前、車持っていないのか」と呆れられる。おれは「車は東京に置いてきたんだ」とだけいって話題を変える。これまでのおれの車といったら殆どが中央線だった。それで十分事は足りた。まさか中央線を持ってくるわけにはいかなかったし。
 でも、これでいいんだ。車なんかなくたって。歩くから。どこまでも歩くよ、おれは。(斎藤典雄)

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2011年11月11日 (金)

OL財布事情の近年史/第54回 山一倒産、女性誌改変!(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

前回の続き。

 97年の『日経WOMAN』を見ている。6月号の対談で登場しているのが、黒木瞳×森田芳光。このカップリング、わかりますか? そう、映画「失楽園」の主演女優と監督である。渡辺淳一原作小説が映画化・ドラマ化され、大胆な性愛表現で大ブーム、この年話題をさらった。95〜96年に日本経済新聞での連載当時、OLが朝会社で競って日経を読んだ、と言われていた。というか、本当にかなりの女性が読んでいた。閑職に追いやられた中年と30代の才能あふれる美女の不倫物語は、恋愛や性描写もさることながら、バブル後の時代感が漂い誰もがどこかしらシンクロして、図らずも夢中になってしまったのではと今は感じる。「失楽園」問題は語り始めると長くなるのでまた別の機会にするとして、とにかく普通に働く女性が、性に対して敷居が低くなってきたのは様々な場面で見受けられる。

 前回も、働く女性の性テーマの浮上についてふれたが、とうとう「職業=風俗」の女性をお財布記事で発見!97年3月号「ひとり暮らしの私はこんな生活です」に、会社勤務女性に混じって、「午後は派遣社員、夜はクラブでバイト、月収45万円」の26歳女性が登場している。週に15回通うコンビニで月7〜8万円、電話代5万円、外食・交際費9万円と無軌道に使いながら、月に5万5000円〜15万5000円を貯蓄という生き方。食うために働いて、金も貯める。OLやワーキングウーマンという肩書きなしに、ただ「働く女性」も女性誌がすくい上げる時代になったということか。
 この数年は、他にもトピックが諸々ある。例えば、IT、携帯、セクハラ。次回追求します。(神谷巻尾)

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2011年11月10日 (木)

元・サイテイ車掌の田舎日記(前編)

■■■『車掌の本音』『JRの秘密』『車掌に裁かれるJR』と、3冊の著書がある元・JR東日本車掌の斎藤典雄さん。今は故郷・酒田の大自然に囲まれて暮らしています。そんな斎藤さんから、近況報告が届きました!■■■

○月×日

んだ。
 おれの朝は早い。いつも3時か4時頃には起きている。ここ10数年間ずっとそうだ。
 ゆうべのサケが切れた冴えない頭で、旧式のミルをゴリゴリとコーヒーの豆を挽く。スタバのハウスブレンドだが、濃いめのガツンとくる味がたまらない。ここ酒田にはスタバがないから豆は東京から送ってもらったり、何の未練もない、実は大嫌で一刻も早く辞めたかったJRの羽越線の鈍行に2時間も揺られ、半年に一度位は新潟より近い秋田まで買いに行ったりしている。

 んだ。
 朝食は納豆ごはんだ。酒田に来てからは毎日だ。ネギ、シソ、ミョウガ、ゴマなどを必ず入れる。みそ汁はゆうべの残り。ないときはお湯を注ぐだけのインスタントのやつ。塩抜きしたワカメをたっぷり入れる。
 ラジオをつけて、どうでもいいお喋りや音楽を聴きながら小説の続きを読んだり手紙を書いたりしている。新聞購読は止めたのでニュースはPCでチェックする。で、7時頃から掃除や洗濯と本格的に動き出す。
 昼はうどんと決めている。つゆは朝のうちに作ってあるからゆでうどんを入れて煮込むだけ。たまにラーメンを食べる。ニンニクを入れるとお店の味にぐっと近くなる。
 晩ごはんは一日のメインなので気合いを入れて4時頃から準備する。下ごしらえが出来ると風呂。最低でも40分は入っている。のんびりゆったり大汗をかく。で、6時頃には晩酌と共に舌鼓を打っている。
 秋の夜長は読書や映画かもしれない。が、9時頃には寝てしまうおれに夜長はない。

 んだ。
 畑をやっている。親戚から借りている10坪ほどの小さな畑だが、昨年は初めてだったのでおじさんから手ほどきを受けた。といっても、おじさんも片手間でやっていることだからそんなに詳しいわけではない。
 ところが今年はおじさんが体調を崩して入院。一人でやってくれといわれた。それはもう大変だった。てんてこ舞いだった。春先の草むしりから始めるわけだが、昨年はおじさんと二人だったことと初めてやる興味のせいか然程感じなかったのだと想う。カマを片手に黙々と、一本一本根っこから刈っていく作業はホントにしんどかった。気が遠くなるばかりだったのだ。
 おれは思ったものだ。こんなことはおエラいさんはまずしないだろうと。しかし、これこそが農家の人たちが汗水を垂らして、それこそ泥まみれになりながらも大昔から営んできたことなのだ。私たちが生きていく上で欠かすことが出来ない野菜はこうして作られてきたのだと。これこそ人間としての基本なのであり、これ以上の崇高な仕事は他にはない……、と、こんな時はこうして自分を慰さめるしかないんだよね。
 植えたのは大根、いんげん、枝豆、しゅんぎく、小松菜、トマト、茄子、ピーマン、シソ、パセリなどなど。それがなかなか上手くいかなくてね。農家の人のようにはどうしても無理。結果的には出来はどれも今一だったのだ。畑は春から夏だけの年に一回とのこと。それも雨降り以外の早朝だけ。来年こそはという思いでいる。

 んだ。
 夏は来客ラッシュだった。同僚たちや息子らが入れ代わりで泊まりに来た。それぞれが2泊3日泊って行った。「うちは旅館じゃないんだからな」といいたかったが楽しかった。酒田も日中は猛烈に暑い。でもクーラーは一度も使わずに済んだ。樹齢千年といわれる巨大な杉の木に囲まれた羽黒山にも登り涼を取った。また、船で飛島という日本海の小さな島にも行きエメラルドグリーンの透き通るような海も見た。皆喜んでくれて「来年もまた来るから」と帰って行った。(つづく)(斎藤典雄)

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2011年11月 9日 (水)

【告知】水俣・白河展

NPO法人水俣フォーラムが

福島県の白河市にて

「水俣・白河展」を開催します。

これまでも、東京、千葉、新潟などで開催されてきた当展ですが

原発事故が起こった本年の展示は、また違った意味を持ちそうですね。

13日に行われる講演会「水俣病から福島原発事故を考える」には、

『原発暴走列島』の鎌田慧さんも出演します。

「水俣・白河展」(以下、HPより転載)

展覧会名称

水俣・白河展 - 近代とは何か。人間とは何か。
             “原発事故被災地に「水俣」の経験を”

会期

2011年11月11日[金]-20日[日]

午前10時-午後5時

会場

[展示・上映会]マイタウン白河

[講演会]ホテルサンルート白河

主催

水俣・白河展を開く会

共催

NPO法人 アウシュヴィッツ平和博物館

認定NPO法人 水俣フォーラム

後援

環境省東北地方事務所・福島県・白河市・福島県教育委員会・白河市教育委員会・朝日新聞社・毎日新聞社・読売新聞社・河北新報社・福島民友新聞社・福島民報社・NHK福島放送局・福島中央テレビ・テレビユー福島・福島テレビ・福島放送

協賛

全日本民主医療機関連合会・日本キリスト教協議会・創価学会青年平和会議・白河仏教会・グリーン・サーマル・ノーリン・九州ウッドマテリアル・飯森木材・シグロ

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電子書籍化しています『ランチパックの本』

『ランチパックの本』が、

見やすい電子書籍になって再登場です。

本で買いのがした、という方、もちろん今でも書店さんに注文することで購入可能ですが

まずは立ち読みから・・・という人、

印刷した本よりおトクな電子書籍の方がいいなあ、という人は

こちらのページをどうぞ!

ランチパックの本

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「この本は、僕、普段は漫画やゲームを作っている香山哲が、いろんな意味でおいしかったランチパックを50個紹介する他、様々なランチパックにまつわるコーナー盛り沢山でランチパックを楽しむ、ランチパックのファンブックです。ランチパックの多くはすぐに手に入らなくなってしまったり、もともと地域限定だったりするので、この本に載っているランチパックはみなさんが見てくださる時にはほとんど食べられない物ばかりかもしれません。だけど、そこがランチパックのいいところでもあります。その時しか手に入らないから、新しい味に出会った時に嬉しいし、また次の出会いが楽しみになります。」(「はじめに」より)一期一会のランチパックに対する愛が惜しみなく詰まった一冊!

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2011年11月 8日 (火)

東京みくじ巡り/第2回 鷲神社(前編)

   台東区千束にある鷲神社へ行ってきた。ちょうど酉の市がやっていて鳥居をくぐって参拝するのに30分以上かかった。考えてみたらおみくじは境内の外でやっているのだから参らなくてもよかったのだけど、いつもの癖で入ってしまった。酉の市は11月の酉の日に行われ、商売繁盛のお守りで有名な熊手(かっこめ)が売られる(授与)されるお祭りです。決して、鳥が売られているわけではないです。

 さておまちかねのおみくじタイム。
 境内外のおみくじ館に4種類のみくじ。すべて1回200円。みくじ棒を引くタイプ、恋みくじ、招福みくじ、ヤマトタケルノミコトおみくじで、招福とヤマトタケルはチャームつき。なんとなく得した気分。

Ohtori1_2  前編の今回は、みくじ棒で引いたみくじと恋みくじをご紹介。
 みくじ棒に関しては200円は高いと、正直なところ思った。しかし、引いてもらって読んでびっくり。内容が充実しているのだ。
 まず運勢の項目が長い。要約すると、「目上を敬って、目下を愛しなさい。そうすれば、相手からも好かれます。一人でやらず協力し合って何事も行うこと。親しき仲にも礼儀ありなので注意しましょう」
 と、協調性のなさを注意されました。最近、親しき仲にも……に似た文をよく引くので、礼節を持って人と接する必要があるということなのだろう。引き締めなければ。
 各項目欄はなんと15項目もあり、読んでみると抽象的ではなくかなり具体的に書かれている。運勢の項には、「神仏を敬い信じて」とあるが、こちらにはそのような文句は一切なく、たとえば、【失物】「大体に出にくい。盗難のこともある。探すなら手遅れにならぬうち東北方面を探すのだが、万一出ても遅く、且物が減損している」とある。このような場合、他のみくじだと、「大体でにくい。神仏に祈って探せば出てくる」といった感じでお祈りをねじ込んでくる。でもで、祈ってもどうしようもないときとかあるじゃないですか。そんな時は抽象的なお告げより具体的にズバッと、「盗まれてるかもしれないよ。しかも出てきてもちょっとね……」と言ってもらったほうが、出てきたときのショックも和らぐ。
 どれも下町っぽいみくじで歯切れよく言い切る。【旅行】吉。殊に親しい仲間との旅行は楽しいであろう(旅は楽しいよね!)【売買】競争が烈しいから売買共に早いが勝ち。後れると損(やはり今のうちにドル売りしとくべきか!?)と、親しみがわくし、売買なんかはかなり強気に後押ししてくれる。
 それらの中で最も衝撃的だったのが【出産】!「安産。胎児は男。」妊娠してないけど、なんか男の子できそうだよ。それくらいの潔い断定。だいたい「よい」とか「安心しなさい」とかマイルドな表現が多いのに。いやー、すごい。抽象的なみくじは嫌だという方には大変お勧めのみくじです。私はかなり気に入りました。

Ohtori2_2  2つ目は恋みくじ。ズバリ系のあとに出すのは忍びないなんて思ってたけど、だまされたよ。こっちはこっちでロマンあふれるまるでハーレクインのような内容。冒頭から「(恋の歌)嵐にも愛の一つ灯消さないで 受けて下さい私の心」だよ。キャー!!!中学の修学旅行で地主神社(京都の縁結び寺)で引いた時と同じ香りがする。あのときは大吉引いたのに、内容は散々だったな。
 この恋の歌にもきちんと解説があって、それがまたクサい。「雨の日も嵐の日も一つの愛の火を守り続けてきたのです この想いの炎でその胸を焼き尽くしましょう」
 情熱的。ラテンの魂が揺さぶられるよ。でも、恋ってそうだよね。
 基本的にみくじは老若男女問わずだけれど、このみくじは大人の女性より、中高生の女子のが楽しく感じるのではないかな。縁談や結婚の項もあるけど、全体的に子供っぽさが漂ってるし。このみくじで評価できるのは、【学問】「自分の得意な科目をもう少し伸ばし、英語を基礎からやること」と、恋だけでなく学校の勉強にもきちんと精を出しましょうと優しいことばで戒めているところだろうか。(月島めぐる)

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2011年11月 7日 (月)

●ホームレス自らを語る 第107回 非合法の世界で(後編)/山崎さん(仮名・40代後半)

1111 新宿中央公園で会った山崎さん(仮名・40代後半)は、生後すぐに両親が離婚して、母方の祖父母に育てられた。高校を卒業後、伊豆のホテルの厨房に入って、コック修行に励む。しかし、古い因習的な職場の雰囲気に馴染めずに、5年ほどでやめてしまう。
「それから新宿に来て、夜の商売で働くようになった。バーとか、スナック、クラブなどで、それも高級な店が多かったね」と語る山崎さん。
 端正な顔立ちをした二枚目の山崎さんは、自分でもそれを意識してスタイリッシュな生き方を貫いたのだ。そんな彼のところに、ある筋から声がかかる。20代半ば頃のことだ。
「歌舞伎町にあるカジノのマネジャーをやらないかと誘われてね。地下組織の非合法のカジノだ。非合法だから警察の手入れがあると、オレも逮捕される危険がある。だけど、オレは即決で、そのマネジャーの仕事を引き受けていたよ」
 カジノ側から提示された報酬は月に100万円。その高額報酬に動かされたのだ。
「マネジャーの仕事っていうのは、カジノを円滑に運営することだ。ようするに、客とディーラーとか、客同士のあいだで、トラブルになりそうだったらそれを未然に防ぎ、トラブルになったら仲裁して大事に至らないようにするのが主な仕事だった」
 それに各ディーラーたちにも目を配って、あまり負けが込んでいるディーラーがいたら、別のディーラーにチェンジさせるのもマネジャーの仕事だった。
「ディーラーも人間だから日によってはツキのない日もある。あまり負けが込むと店の損害になるからね。頃合いをうまく見計らって、さりげなく別のディーラーとチェンジさせる。それもマネジャーの仕事だった。何しろ一晩で億単位のカネが動くんだから、ディーラーの浮沈には気を使ったね」
 カジノのマネジャーほど、「向き」「不向き」がはっきりしている仕事はないそうだ。
「店をうまく仕切れないで、マネジャーの仕事に向かないとなると、即刻クビを言い渡される。オレはオーナーにも気に入られて、何年も続けられたんだから、仕事が性に合っていたんだろうな」
 その何年か働いていたあいだには、警察の手入れを受けて逮捕されたこともある。ただ、そのことはあまり話したくないようで、こんなことをポツリと洩らすだけだった。
「オレたちは使用人だからね。手入れを受けて逮捕されても、起訴まではされないからな。起訴されるのはオーナーだけだからさ」

 カジノのマネジャー時代の山崎さんは、月月100万円もの給料を得ていた。カネは貯まったのだろうか。
「みんな使っちまったね。カジノが開かれるのは夜だけだから、昼間は暇だろう。みんなギャンブルに注ぎ込んじまったのさ。1銭も残っちゃいないよ。オレの場合は競輪とオートレースが好きで、毎日のように通ったんだ。あるとき最終レースに有り金の30万円全額突っ込んだ。ガチガチの銀行レースのはずだったんだけど、みごとに外してね。400円のうどんを一杯食べて、新宿のアパートまで10km以上ある道を歩いて帰ったよ(笑)」
 そこまでのめり込ませるギャンブルの魅力について、山崎さんはこう語る。
「競輪でも、オートレースでも、スタートからゴールまでの興奮は、女とセックスをする以上のエクスタシーを感じるからね。男がセックスをどんなにがんばっても、1日に3回が限度だろう。それがギャンブルでは1日に10回も、セックスのエクスタシー以上の興奮が味わえるんだ。たまらないわけさ」
 その山崎さんは同棲の経験はあるが、結婚までに至る女性との出会いはなかった。というか、ギャンブルのスリルと興奮が大きくて、女性を求める必要を感じなかったのだという。
「ギャンブルなんかにかまけないで、貰った給料を真面目に貯金していたら、都内に新築の家が3軒は買えたんじゃないかな。だけど、仕事仲間との付き合いもあったからね。仕事を終えてから、みんなでよくポーカーをしたんだが、賭け金が半端じゃないからね。一晩で100万円負けたこともある。ギャンブルをしてなくても、どっちみちカネは貯まらなかったと思うよ」
 やがて、山崎さんの働く業界が暗転することになる。2004年、東京都は石原慎太郎都知事の発案で、「新宿歌舞伎町浄化作戦」なるものを展開したのだ。
「歌舞伎町にあった違法風俗店と違法カジノが一斉摘発されたんだ。それこそ根こそぎの一網打尽だった。それでオレも失職して仕事を失ったわけだ。非合法のカジノをまともな仕事だと弁護するつもりはないが、それなりの存在意義はあったと思うよ。必要悪というか、働く庶民の息抜きの場、潤滑油のような存在だったんだからね。あそこまで厳しく摘発することはなかったと思うな」
 山崎さんの言い分である。その後、彼は合法風俗店で働くようになった。非合法カジノのマネジャー時代にもらっていた何分の一かの給料で、である。
「いまから4ヵ月前のことだけど、その店で可愛がっていた後輩店員に裏切られてさ。店をやめざるを得なくなった。恩を仇で返されたわけだ。もう、この歳だから新しく雇ってくれる店はないし、蓄えもないからね。野宿(ホームレス)するしかなかったんだ」
 ホームレスになっても悲壮感はないという。
「ホームレスには優しい人が多くてね。炊き出しや野宿の仕方、食べ物入手の方法なんかを親切に教えてくれるしね。以前はホームレスなんて見下していたが、自分でもするようになって、こういう暮らし方もありだと思うようになったよ」
 そう締めくくる山崎さんであった。
(この項了)(神戸幸夫)

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2011年11月 6日 (日)

池田大作より他に神はなし/第25回  『戦艦ポチョムキン』や『羅生門』をも寄せ付けない、歴史的宗教映画の金字塔『人間革命』は、国立「フィルムセンター」で毎週1回定期上映されるのが世界的常識である。

 最近流行の蜘蛛膜下出血の手術以来、酒を2年間禁じられた。つまり、60歳になり赤いちゃんちゃんこを着ないと、ビール1本飲めない(それまで命があればの話だが…)。金を遣わなくなったのは助かるが、夜が暇で暇で暇で。愛人でもいれば救いもあろうが、そんな男性的魅力も金も精力もない。頼みのバイアグラは高血圧者には、高純度ヒ素の結晶みたいなもの。結局、従来からの映画見物趣味により拍車が。今度倒れたら絶対に映画館通いは不可能だろうし。読書は命と視力さえあれば蒲団の上でも可能だが(ただ両眼失明なんて後遺症もザラと…)。

 座頭市になる前に(思い込みの激しい奴)、1度だけ銀幕で鑑賞したい映画が。『人間革命』(監督・舛田利雄・'73東宝・シナノ企画)だ。勿論、1度は観ている。大学時代、明治大学内にあった創価学会系サークル、東洋思想研究会が学内で無料上映会を。監督の舛田利雄は、『錆びたナイフ』や『赤いハンカチ』、『紅の流れ星』で知られる日活アクション映画の巨匠。その関係か元日活の渡哲也も出演してるので、興味本位で出掛けた所、戸田城聖・牧口常三郎イズムに打ちのめされた。当時の明大は社青同解放派の学制組織、反帝学評が自治会を牛耳っていた。そのため日本共産党系各種サークルは、表立った活動が出来なかった(即ゲバられるので)。が、流石の赤色過激派も、創価の同志の義挙には指一本触れられなかった。あるいは内心、我らの人間主義に深く心酔していたため、見守るしかなかった可能性も。

1  その歴史的宗教映画の傑作が(同時に娯楽映画としても1流)、めったに映画館で上映されない。『戦艦ポチョムキン』の上映禁止以上の、映画芸術への不当な冒涜だ。DVD化はされてるが、やはり偉大な思想は広大な画面でこそ確認したい。云々言ってるうちにあっという間に40年!(少年老い易く『人間革命』再見し難し)不満が少しだけ解消される本を、古本屋で発見。『シナリオ 人間革命』(橋本忍・原作/池田大作・'73潮出版社)だ。表紙に“保存版”と記されているが、やはり上に“永久”と入れて欲しかった。神保町は「小宮山書店」のガレージセール、通称“コミガレ”で3冊500円にて。無論、遥かに高価な値段で取り引きされる名著であるのは、古本に少しでも詳しい人は誰もが承知(噂では万単位のプレミアが付くとも)。時々こういう手違いがあるから、コミガレは大人気なのだ(話がそれてすいません!)。

 “序”を池田名誉会長が直々に御執筆なされている。最初の数行で、先の『戦艦ポチョムキン』の監督であり、モンタージュ理論の開祖としても知られる、ロシアのエイゼンシュテインを凌駕する、平明で前衛的映画論を展開する。“映画には、文学や映画には見られない、動く映像という空間に媒介された独自の、抒情の世界がある。人間の肉眼が決して届くことのできない視界や、およそ身をおくことのできない歴史上の歳月に、あるいは、工夫をこらしたモンタージュの世界に、映画は観客をやすやすと運んでくれるのだ”。特に“動く映像という空間に媒介された独自の、抒情の世界がある”との下りには、何度読んでも涙と戦慄を感じずにはいられない。この端的な理論的かつ文学的表現に比べれば、大昔一時入れ込んだ伊丹万作、佐藤忠男、松本俊夫、蓮實重彦などは、ひとりよがりの幼児の屁理屈だ(ポイッ!)。

2  更に序の前にはカラー1項を含む、豪華スチール写真が4ページも据えられ、瞬時に40年前の感動を甦えさせられる。威風堂々たる押し出しのの戸田理事長役の丹波哲郎。中でも独房で、無量義経の経文を深く思索しつつ唱題する戸田理事長の姿は、既にして現世を超越するオーラに覆われている。一気呵成に読む。名画の名脚本のパワーに圧倒させられる(原作の力ゆえなのは言を待たない)。特に以下の部分には貧乏勤労学生だったためか、当時は精神的及び胃袋的感銘を受けた。

 “戸田「…たとえば君の眼の前に鰻(うなぎ)の蒲焼きと、天プラがあったとする。鰻が好きなら鰻を、天プラの方が好きなら君は天プラを喰う」会員「ぼくは両方とも好きなんです」一同どッと声をあげて笑う”(208ページ)

 あっと驚かざるを得ない。ここには左右に傾斜しない、名誉会長が昔から訴え続けて来た、“人間主義”が断固として主張されている。ソ連製だから米国製だから、あるいは中国製だからではなく、要するにイデオロギーに関係なく、うまければうな丼でも(養殖モノでも)天丼でも(具が福島産でも)食べなさいとの、中道スピリッツが明確に視覚化されている。片寄った思考から逃れられない者には、永遠に人間王者の勝ちどきを高らかに挙げる事など出来ない。「恩師がいる。これに勝る希望はない。ゆえに我らは勝ち続ける!」自らの驚天同地の偉業を誇る事なく、戸田理事長他の先輩を立て続ける名誉会長の謙虚な姿勢にも、慟哭を禁じ得なかった。

 「馬鹿言ってるんじゃないよ。『続・人間革命』にゃあおい輝彦が山本伸一役で登場、やりたい放題だったぜ。続編が撮りたくって1作目は嫌々制作したのさ。けどうな丼・天丼談義は面白い。うまいもんさえ喰えればどっちにも付こうっていう、学会の無節操な姿勢が良く出ている。今度のTPP問題だって、公明党は独裁政党のくせに、わざと内部に反対派と賛成派を作ってる。情勢次第で強い方に転ぼうって思惑さ。恥知らずな師弟共戦のゴロツキ集団だよ」

 いつの間にやら、古い友人で例の元フリーの編集者(現警備員)が事務所に。いくら自業自得で貧乏しても、青年時代に染まった狂信的極左思想を捨てられない。結局、口汚く世の中を呪ったまま死んでいくのか?哀れではあるが、50歳を過ぎたら文字通りの自己責任だ。とはいえ私は諦めない。ある日突然、彼が恩師の主張する人間主義に目覚める可能性もあるから。それにゴシップ好きな奴らしく、雑学は豊富。『人間革命』に続編があるなんて全然知らなかった。しかも名誉会長が堂々と登場と。楽しみだ!もう1つは知りたくなかったが、戸田理事長役の丹波哲郎は同じ年に、『ポルノ時代劇 忘八武士道』(監督・石井輝男・東映)なるエログロ映画にも出演したと。あさましい役者根性ではある。

 丹波哲郎は同書にも、「戸田城聖を演じて」との一文を寄せている。“地獄、餓鬼、畜生の三悪道に、修羅、人、天、声聞、緑覚、菩薩、仏…ですか。いやあ、地獄、餓鬼、畜生の三悪道を講義するシーンでは、ぼくも思わず熱が入ってしまったなあ。なんというか、ぼくらの生活そのものなんだなあ、病気にケンカにポルノ(笑い)…”。さっき夜勤だからと帰った友人は、丹波のこの文章のほうが戸田理事長や池田名誉会長のモノより感動的だなどとの暴言を。彼を同志として広宣流布・日顕一派撲滅の戦線に迎え入れるのには、まだまだ長い時間がかかりそうだ。(つづく)(塩山芳明)

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2011年11月 5日 (土)

鎌田慧の現代を斬る/第153回 TPPで進む日本の植民地化

 野田内閣は、11月12日からハワイでひらかれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)の参加前に、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉参加を決めようとしている。しかし民主党内にも反対論が強い。社会・共産はもちろん自民・公明にも批判が根強い。それでも野田政権はTPP参加を強行しようとしている。

 民主党政権は、鳩山・菅と2回の短期政権を経て野田佳彦首相に引き継がれたが、ますます自民党政治と変わらない財界寄りの政権となっている。いまだに事故が収束しないのに、九州電力などの原発で稼働再開のチャンスをうかがっており、国民総背番号制度は共通番号制度と名を変えて強行されようとしており、沖縄県民の反対が強まるなかで辺野古への強制着陸まで狙っている。さらにTPP参加である。
 これは自民党に代わる新政権のどん詰まりであり、新しい時代を期待した民意を真っ向から踏みにじる愚かさの出発である。

 TPPへの参加については、「仮に(TPP)交渉に参加した場合、交渉の中で新しい事実が出てきた。それが日本にとっては到底受け入れることのできないものであれば、その上で交渉から抜ける選択肢は私は当然持っておくべきと思う」(日テレニュース)と、前原誠司政調会長は語っている。しかし一端、国策として方針を決めたのち、不都合だから止めるなど外交上の失政であり、できるはずもない。とにかく参加させようという甘言は、まるで子どもをだます誘拐犯のようだ。
 さすがに最大の旗振り役である経団連の米倉弘昌会長も、「離脱とは不穏当な表現だ。交渉入り後に途中離脱することはありえない」(『産経新聞』2011年10月24日)と批判している。
 しかしTPPに参加させたい意向は2人ともに一致している。前原政調会長は「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の慎重論、反対論の中には、事実に基づいた不安感と同時に、事実に基づかない議論もある。これを私は『TPPおばけ』と言っている」(『毎日新聞』2011年10月14日)と反対論を切り捨て、米倉会長は「怪情報が飛び交って国民の不安をかきたてている。非常にまずい」と語った。
 「おばけ」や「怪情報」といった決めつけは、初めから参加ありきの姿勢をあらわわしたものだ。

 1978~1979年にかけて第1次牛肉・オレンジ自由化交渉がおこなわれ、日本は農産物の自由化へと踏みだした。そのため、せっかく植えたミカンの木を農業者が伐採する破目になった。もちろん温州みかんが買えなくなったわけではない。ただみかん果汁では、輸入オレンジの10分の1以下シェアしか確保できなくなっている。
 これまで米国は、工業製品の輸入で一定程度譲歩しながら、主力産業である農産物の輸出について圧力をかけつづけてきた。それにたいして日本はなすすべなく門戸をひらき、対抗策として農業の大規模化という方針を打ちだした。しかし日本の地形・風土を無視した大量生産計画など蟷螂の斧というべきものだ。大規模化を目指した畜産や酪農が撤退し、荒れ果てた牧草地が全国に出現している。
 米国の農業に日本が対抗しようなど、客観的に分析すれば笑い話でしかない。ところが真珠湾攻撃以来、まったく見通しを欠いた精神論だけで戦争突入、退却に次ぐ退却といった「日本の伝統芸」が戦後も繰り返されてきた。

 そもそも農業は商品をつくっているのではなく、食料を生産しているのである。農業の国際競争力を高めるといった発想は、食料を商品としてしか考えない財界人特有の誤りだ。
 しかも今回のTPPは、農業ばかりか医療やサービス、金融などあらゆる分野の自由化を目指すものだ。国内の体制が大きく変化するといわれているが、その詳細はいまだに明らかにされていないのである。外務省は「外交上の機密だからいえない」と、小出しにしか情報を開示しない。これは目隠ししてスタートラインに着けというに等しい。
 そもそもTPPは自由貿易協定(FTA)の1つである。FTAは関税ルールを二国間で決めるが、TPPは日本を除くと9ヵ国が交渉に参加している。しかし日本を加えた10ヵ国のGDPを比較すると、全体の90%以上を日米が占めるという。つまり実質的には日米のFTAなのである。「属国」日本を狙い撃ちした協定なのだ。

 この議論で不思議なのはメディアの動きだ。テレビはもちろん新聞社もこぞって賛成を表明している。経団連ベッタリの日本経済新聞はもちろんのこと、読売新聞や毎日新聞、朝日新聞も強行派である。
 朝日新聞などは10月14日の社説で、「TPPへの参加は、経済連携戦略での遅れを取り戻す、またとない機会だ」などと書いている。
 しかしTPPによってダメージを受けるのは、農産物ばかりではない。日本政府が守ってきた安全性さえも保証できなくなる。
 遺伝子組み換え食品などは、その最も顕著な例だろう。遺伝子組換え食品であるとの表示を必要ないとする米国の主張は、すでにTPPで大きな問題となっている。しかもTPPでは、投資家が投資先の国の政策で被害を受けた場合、日本以外の国で裁判がひらかれるという。

 米国の司法は、遺伝子組換え作物についてとんでもない判決だしている。遺伝子組換え作物を育てている企業が、遺伝子組換え作物ではない花粉が飛んできて不利益を被った隣の農家を訴えた裁判で、企業側の主張を認めたのだ。このような判決がだされるなら、遺伝子組換え作物の畑をつくっては、隣接する農家を訴えて規模を拡大することも可能となる。すでに米国とFTAを結んだ韓国でも、この訴訟制度について大もめとなっている。
 このような不平等条約を、朝日新聞は「TPP議論 大局的視点を忘れるな」と参加を煽っているのである。「日本がもたつく間も、世界は動いている。自動車や電機といった日本の主力産業でライバルとなった韓国が典型だ」とは、「バスに乗り遅れるな」というアジだ。しかし、そのバスは「地獄行き」なのだ。

 TPPによる悪影響について、日本医師会は医療の産業化が進むとして、次のような見解をしめしている。
「医療の効率化が優先され、安全性が失 われます。営利企業は、高収益を見込むことができる私的医療費にシフトし、公的医療保険の患者が切り捨てられます。社会保障は平時の国家安全保障であり、営利産業化させ、市場で競争させるべきものではありません」
 米国では、民間保険会社の提供する健康保険プランを個人や各企業が加入する形式を取っている。そのため保険加入や保険金の支払いを拒否される例が相次いでいる。結果として数百万円という高額な医療費を払うことができず、医療を受けずに死んでいく人が後を絶たない。

 こうした問題をマイケル・ムーア監督は『シッコ』というドキュメンタリー映画にまとめている。そこには医者に行くお金がなく、自分で傷を縫う人が紹介されていた。国民皆保険制度が崩され、米国の保険会社が参入するようになれば、日本でも同様の事態が起こる。
 日本医師会は、国際医療交流による外国人患者・従事者の受け入れについても、「診察や治療は、人体に侵襲を及ぼす行為です」という表現で反対を表明している。健康にかかわることを簡単に改革すべきではないという現場の主張に、私たちは耳を傾ける必要がある。
 貧乏人は病院に行けなくなる一方で、高額な医療は充実する。こうした二分化は、TPPにより進むだろう。そんな社会はつくってはいけない。平準化や平等を求めて進むのが政治だが、米国や日本は一部の利益のために多数を苦しめる政治を進める。

 自民党は野党になったが、民主党の政治もその延長線上にある。それは民主党政権を支えているのが、連合だからだ。連合は労働組合といっても御用組合だ。自社の利益を追求する会社の内側にある大企業擁護の労働組合だから、中小企業の労働者や派遣労働者、日雇い労働者にまったく無関心であり、彼らにたいするシンパシーがほとんどない。
 結局、日本社会が変わるには、連合に所属する大企業の労働組合が変わらなければならない。大企業の組合が変われば、大企業の横暴をチェックできるからだ。

 60年安保のとき、造船会社は軍艦や潜水艦など造る軍需産業でもあるため、日米安保に賛成の立場だった。ところが造船会社の労働者たちは、デモや集会に参加した。それにショックを受けた財界人は、60年安保以降、徹底的な組合つぶしを展開した。カネそだして第二労働組合をつくらせ、御用組合化を進めたのである。そののち総評が潰されて連合が結成されてしまう。
 こうした歴史を引きずって今がある。労働者は産業利益のためにだけに働く「産業戦士」として使い捨てにされているのも、日本の労組運動史と密接な関わりがある。(談)

全文は→「1111.pdf」をダウンロード

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2011年11月 4日 (金)

OL財布事情の近年史/第53回 山一倒産、女性誌改変!(前編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
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 後から振り返ると、地下鉄サリン事件と阪神淡路大震災が起きた1995年が、日本の社会が変わる大きなメルクマールの年だと思っていた。しかし日々働くOLの生活は、大きな社会現象ではなく、積み重ねられた環境によって変容していった。前出の元『日経WOMAN』編集長によると働く女性の「潮目が変わった」のが、1997年。山一證券が3兆5000億円の負債を抱えて自主廃業した「山一ショック」の年である。それまで女性にとって仕事とは、「自分の好きなこと」「自己実現の手段」だったのが、97年以降は「自立の基盤」、要するに「食べるための手段」になったという。食うために働く、ごく根源的な営みだが、OLにとっては新しい仕事感である。

 実際に『日経WOMAN』のバックナンバーをたどってみた。自己実現OLだった最後の年、1996年を見ると「30歳からの〈独立〉大計画」(6月号)、「年収を上げよう!」(8月号)、「いつかはビューティフル・ワーキングマザーになりたい」(11月号)などの特集や、「女性社長」「海外就職」「人脈作り」等キャリアウーマン志向が漂う単語があふれている。一方、「本当の友だち、もっていますか」(2 月号)、「私をもっと好きになろう」(9月号)、「脳で変えよう〈いまの私〉」など、焦燥感漂う企画も。自己実現を目指すも、かつてのように実現などできない不況の世の中で、それでも自分自分ともがいていたかのよう。苦しい。

 そして97年、「20代 好きな仕事で、生きて行こう」という別れの挨拶のような特集の5月号を最後に、6月号からロゴも誌面も一新した。この号の特集は「行こう!この夏ベストな海外へ」「教えて、ケンタロウさん 初めてのクッキング」「働く女性にやさしいお医者さん72人」「オフィスでもOK!流行の〈透ける〉服の着こなし」。旅、料理、健康、ファッションですと!ウーマン誌が! その後も「デパ地下」「UV対策」「フットケア」など身近な、しかし働く女性には必須のテーマが並ぶ。かゆいところに手が届く誌面はまた新しい女性誌ジャンルとなり、等身大で働く女性を支えていったのであろう。(つづく)(神谷巻尾)

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2011年11月 1日 (火)

電子書籍化!『新ホームレス自らを語る』

本ブログの人気連載『ホームレス自らを語る』の書籍バージョン第2弾、

『新ホームレス自らを語る』が、

電子書籍になりました!

(ちょっとややこしい!)

電子書籍版

『新ホームレス自らを語る』

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本書は、前作同様「ホームレスであること自体を恥とは考えない」を編集の基本とし、32人のホームレスに取材した。
さまざまな理由から路上で生活するようになった32人の人生語りを、ときには酒を酌み交わしながらじっくり聞くルポ第2弾。顔写真付き。

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