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2011年10月

2011年10月30日 (日)

編集部の女の子/死刑台のエレベーター

1 先日、早稲田松竹という映画館で『死刑台のエレベーター』『地下鉄のザジ』という映画を二本立てで観てきました。凄いんです、早稲田松竹ったら、学生ではなく「大人」な私に、たった1300円で映画を2作品も観せてくれるんです!なんていうのはまぁ置いておいて、今日は少しだけ、映画や芸術の知識の全くない私が、2つの作品についてお話ししたいと思います。

 監督は両作品とも、1950年代末にフランスで起こった映画運動、ヌーヴェルヴァーグの若き映画監督・映画作家、ルイ・マル。文化や芸術に興味はあるものの24年間無趣味を貫いてきた私。今回も人に連れられる形で映画館に足を運びました。

 サスペンスの金字塔といわれる前者は、本当に息つく暇のない、緊迫感みなぎる素晴らしい映画でした。主演はモーリス・ロネとジャンヌ・モロー。2人が電話越しに愛を語りあう、それも、受話器に耳をぴたりと当て、吐息まじりのかすれ声で"Je t'aime (愛してる)"をささやきあうシーンから物語はスタートします(なんともフランスらしいですね)。映画は直前のCMに続き突然始まるのですが、のっけから、そのねっとりとした空気感に圧されて身震いしました。2人とも色気ムンムンで、「美しい」という言葉がぴったりだった。モーリス・ロネにはどこか気もそぞろな様子も見受けられるのですが(物語の展開からすればすぐに腑に落ちます)、対するジャンヌ・モローの熱を帯びた視線や表情、妖艶さと言ったらもう。マイルス・デヴィスの奏でる叙情的なトランペットの音色が、2人の熱をさらに増幅させるんです。映画の始まりがこれですから、展開を期待せざるを得ませんよね。その期待は最後まで裏切られることはありませんでした。素晴らしかった。ああ、語彙が少なすぎて表現できない…(泣)!ストーリー、キャスト、演出、カメラワーク、音楽、どれをとっても非の打ち所のない、見事な映画でした。特にジャンヌ・モローが夜の街を彷徨い歩く姿には、彼女の内面に溢れる不安、焦燥感、悲哀が見事に映し出されていたし、マイルス・デイヴィスによる即興演奏は彼女の心情を溶かし出しているようでした。終わり方も凄くいいんです。なんと言っても驚きなのが、この映画がルイ・マル氏のデビュー作で、さらに25歳の時に制作したということ(数年以内に同じ事をやれと言われても絶対に無理!!!!!)。歴史に名を残す人は凄いなぁ思うのでした。きっと感性豊かな方だったんだろうな。

 さて、『地下鉄のザジ』の方はというと、同じ監督が撮ったとは思えないくらい雰囲気の異なる前衛的作品でした。「私はメトロに乗りたいのよなんなのよもう!キーっ!」と言わんばかりに、おてんばで破天荒なザジがまわりの大人を振りまわしていくんです。その中で、登場人物それぞれのストーリーや問題提起が展開されていくわけですね。正直なところ前衛芸術はあまり理解できない私としては(素晴らしいと思うし理解できればおもしろいのだろうけれども)、好みかどうかと聞かれれば否、かなぁ。どうも革新的なものは攻撃性・暴力性をなしにしては語れないイメージがあり、またシニカルな雰囲気に満ちているため、観ていて「痛い」んです。あーやっちゃったよ的なニュアンスの若者が使う「イタい」ではなく、突き刺さるような、顔をしかめずにはいられない感覚的な「痛」さ。もちろん私の場合は、という話なのですが。それでもこの映画は、テーマや手法が斬新かつ興味深く、歴史的に大きな意味があったことは分かった。観る人によればものすごくおもしろいのでしょう。理解できないのが残念でした。ちなみに、ザジは小学校低学年くらいの女の子なのですが、表情や動き、笑い声など、とてもかわいらしかったです。子ども好きの私としてはたまらなかった!でも、私がママだったら、もうちょっと違う躾をするだろうな、なんて考えながら見ていました。

 惜しむらくは、フランス語がちんぷんかんぷんなこと。どうも聞いていると、韻を踏むようなリズムのある台詞が多かったんです。台詞の長さに対して、明らかにサブタイトルが短かったり。日本語に訳すと言葉そのものが持つニュアンスや背景が排除されてしまい、台詞から読み取れる情感や風合が剥ぎ取られてしまう、それが残念で仕方ありませんでした。翻訳してさらに韻を踏むのは困難でしょうし。余談ですが、例えばドストエフスキーの『罪と罰』では、物語の始めにラスコーリニコフが延々と歩き続けますよね。あのシーン、そんなに歩くことないだろ早く物語展開させてよと思って読んだのですが(不謹慎ですね)、編集部の方によると、ロシア語の「罪」という単語にはそれ自体に「踏み越える」という意味が含まれているそうです。原文で読まないと分からないこと伝わらないことってたくさんあるんです。英語だってそう。イギリス留学中、「~に興味を持ったきっかけ」を説明するのに'motivate'を使ったら、「それは犯罪の動機を説明するときによく使われる単語だからおかしいよ」と言われました。日本だとモチベーションなんて言って、むしろポジティブな文脈で使うものなのに!話が逸れましたが、原語で観賞するのがやっぱりいいと思うんです。

 以前から考えていたことなのですが、文化や歴史、背景が分かれば芸術作品をを理解できるのでしょうか。答えはNO。知らないよりは知っていた方がいいのはその通り。しかし、その作品を、言語という側面から理解しないことには本当の意味で「理解」することはできないのではないか、というのが私の考えです。上記のように、概念や価値観を反映する鏡のようなもの、それが言語。雰囲気などでなんとなく伝わることもある。背景知識が理解を手伝うこともある。それでも、言語を介した芸術作品である以上、結局は言語を介して説明しない限り正確にコミュニケートすることはできないのではないでしょうか。イギリス留学初期、何となく雰囲気でコミュニケーションが取れるだろうと思っていたら、言語が分からないと概念や価値観を共有できないんだと痛感したことを思い出します。だいたいこういう事なんだろうなぁ、でも本当にそうなの?となる。多様な単語・言い回しの中から何を選びとるのかによっても、表現するニュアンスは変わるしそこに表現者の意図や価値観が浮かび上がる。そういうものではないのかと。とにもかくにも、より深いレベルで文学や映画など芸術作品を吟味できるようになるのはものすごく難しいんだなぁなんて思う、芸術には疎い文学部出身の私です。

 近年の映画を観ていると、とにかく派手さや壮大さ、スピード感ばかりが強調されているように思えて、ちょっと飽き飽きしていたんです。とりあえず爆発するとかどでかい事故が起きるとか激しいカーチェイスが繰り広げられるとか血しぶきが飛ぶとか、そういうものが多い。エンターテイメントとしての映画は、確かにおもしろいけれども味がない。お金稼ぎの道具みたいで画一的になってしまったのも残念だなぁと。他方芸術作品として語られるべき映画もたくさんあるのですね。黒澤明氏の作品はどれも素晴らしかったし、今回のルイ・マル監督の作品も素晴らしかった。芸術って、いいですね。私もなんとなく理解できるような年になったということか…というのは良いとして、そういう、人間味に溢れる、深く深く入り込めるような「芸術」に、また出会えたらいいなぁと思ったのでした。

 とてもステキな作品だったので、皆様もよろしければぜひ。映画館の大きなスクリーン、迫力ある音響のもと観賞するのをオススメしますが、今はもう無理なのかな。と思っていたら、『死刑台のエレベーター』は日本語リメイク版に合わせてニュープリント版も放映されるようです。画像や音声を綺麗にした復刻版かな。とにかく、皆様に観賞していただけたら、またこれを機に何か思いをめぐらせるきっかけになれば幸いです。後生に受け継ぐべき素晴らしい作品でした。ルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』『地下鉄のザジ』をご紹介しました。(雨宮)

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日曜ミニコミ誌!/ヨロンのびのびミニコミ「かなしゃ」

22  休暇を利用して与論島に行ってきた。地図でいえば沖縄の鼻先、しかし住所は「鹿児島県大島郡与論町」。本州最南端、直径22キロという小さな島だ。
 島だから当たり前といえば当たり前だが、四方八方が海。その大部分が遠浅で、エメラルドグリーンの海岸がどこまでも続く美しさは圧巻だ。
 海はさておき、旅行に行くと何よりも楽しみにしているのが「その土地いちばんの書店に行くこと」。いちばん、かどうか分からないが、繁華街のど真ん中にある香文堂書店へ入り、よそ者の無遠慮さで隅から隅まで棚をじろじろ見て回った。郷土出版の棚、「与論カルタ」や鹿児島・奄美の本を多数出版している南方新社の本が並ぶ中、ありました! ヨロンにも、郷土のミニコミ誌が。雑誌名は『かなしゃ』、よろんよろん発行。「かなしゃ」は、人を慈しむなどの意味を持つ奄美地方の方言だそうで、調べてもなかなかイコールの日本語が見あたらない。得てして方言とはそういうもので、例えば山形出身の記者も、「やばつい」を説明するのに4語では収まらない(袖の中に水が伝って冷たく気持ち悪い状況をあらわす言葉です)。でも『かなしゃ』の巻頭言を読めば、語句の雰囲気は誰でも分かるはず。
 1号、2号と発刊されていて、1号で大きく取り上げられているのは「島のまさい」。「まさい」は「ごはん」のことらしく、さまざまな料理とそのレシピが掲載されている。写真がプロ級の仕上がりで、ページづくりのセンスも良くびっくり。クレジットを見ればイラストレーター・もとくにこさんの写真で、料理や文章も本人の作品。そしてイラストは文庫本のカバーなどで有名な八木美穂子さんのもの。これは豪華!
 料理の腕の件を棚に上げて、おいしそう、作りたい!と期待を膨らませてレシピを見ると、「シビ300グラム」「いも貝100グラム」「ドゥックイ1本」などなど、手に入りにくいものばかり…ヨロンにいる間に、珍しいもの全て制覇したかったが5日間では無理だった。ぜったいに近いうちにもう一回行く! そんな誓いをたてるに十分な魅力満載の「島のまさい」。
 ほかにも島にまつわる読み物がたくさん詰まっているが、特に読み応えがあるのは「人」についてのルポやエッセイ。島に集まる人々の背景には、沢山のドラマがある。人まみれの関東に暮らしていると顧みることのない「全く知らない他人」の物語を、とっくりと見つめる気になるのは島のマジックか。(■『かなしゃ』1号、2号 各500円)

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2011年10月29日 (土)

OL財布事情の近年史/第52回 一気にOL受難の日々…95年、不景気体感元年?(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

前回のつづき。

 ほんと、みんなまさか日本がこんなことになるとは思ってなかった。だからそれに対してどうしたらいいのか、ということも初めて考えたわけだ。その結果が、せめて「自分のお金は自分で絶対守る」という使命感。記事では、預金を目減りさせない金融機関の使い方や、住宅、ローン、保険などで損しない方法を説いている。しかし「虎の子」があるということは、つまりいい時期に働いてそこそこ貯金もある人たちなんじゃ? 94年三和銀行の調査によると、独身OLの貯蓄額平均は186万7000円。なまじ貯めているから、お金がないことへの恐怖も大きかったのではないか。

 ちょうど同じ時期、『an・an』95年12月1日号でも「こんな時代のお金について、知っておきたいこと!」と似たような記事があった。「お金をめぐる最新事情は、現代女性にどんな影響がある?」「貯蓄意欲も薄れる(?)低金利時代、賢いお金の運用法は?」と、こちらも「こんな時代」の自己防衛を促している。掲載の調査を見ると、独身女性の貯蓄第一目的は、1位結婚資金40.5%、安心のため20.0%で過半数を占め、確かに安全志向が見て取れる(家計経済研究所「消費生活に関するパネル調査」)。しかし、20代〜30代の働く独身女性400人へのアンケートをみると、消費意欲は減退していない。1ヶ月の交際費3万円以上が31.1%、洋服・化粧品など3万円以上が31.0%など、使いみちは不景気を反映しているようにみえない。興味深いのは「100万円あったら何に使う?」という質問で、1位旅行66人、2位貯蓄50人、3位洋服47人、4位ひとり暮らし31人という結果。出た、OL大好きな旅行。洋服も、ひとり暮らしも、お金があるんだったら手に入れたいものなのだ。

 社会の追い風で仕事をはじめ、お金を手にして好きなもの、好きな生き方を選ぶことを覚えた。社会の都合でもういいよ、と言われたものの、その欲望は、はしごを外されても消えるものじゃない。けど、お金は先細り、お金のもととなる仕事は望めそうもない。
 欲望だけが収束できない時代を反映したのか、と思う事象をふたつばかり。『an・an』バックナンバーを眺めていたら、94年あたりから特集内容に変化が見られる。それまで多かったファッション記事が激減し、代わりに浮上しているのが、恋愛、男、性。好きな男ランキング、セックス特集がこの頃から定期的になっている。本能が男ゲットの指令を出していたのか。
 もうひとつは、風俗産業である。今でこそ雑誌で職業「キャバクラ」とあっても驚かなくなったが、当時「お水」は一般的な仕事ではなかった。そこに女性向け高収入アルバイト情報誌『てぃんくる』が92年に創刊、94年には「スタート時の倍近い約5万部」(『週刊読売』94年1月23日号)と人気を呼んでいた。「三人に一人は就職できなく“土砂降り戦線”の称された昨今の女子大生の就職事情。こうした待機組も〈てぃんくるガール〉の誕生に拍車をかけている」(同紙)という世相。まったくもってOL受難の時期だったのだ。(神谷巻尾)

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2011年10月25日 (火)

東京みくじ巡り/第1回 靖国神社

 神社といえばみくじ! 参拝したときに手水舎で手を清めなくても、みくじは必ず引く人は多いはず。
 日本各地にたくさんの神社があるように、みくじも千差万別なのだ(たまに同じみくじを置いているところもある。規模が小さいところに多い)。
 箱の中に畳まれて入っているオーソドックスなものから小さなチャームつき、水につけると浮かび上がるもの、果ては吉凶すら書いていないものなど。そんな個性豊かなみくじの魅力を紹介していこうというのがこの企画の主旨であります。

 記念すべき第一回目は、靖国神社のみくじ。

Omikuji_2 
Miosie  一回100円で、折りたたまれたみくじを箱から引くタイプでくじ引きを連想させる。開くとおみくじ面とみおしへ面の両面印刷。
 おみくじ面は吉凶とこのみくじにあった人へのメッセージ、その他に病気、恋・縁談、待人、訴訟、失物、売買、建築・移転、旅行、金運、受験に関するお告げが書かれている。
 ちなみにメッセージは、「はじめは思うようにはならないけど、苦しみに耐えて努力すれば神仏が幸運を授けてくれるよ(要約)」とあった。神仏のところに軽く違和感を覚えるが、なかなかいいことが書いてあったのでスルーしよう。それぞれのお告げに関しては簡潔に書かれている。
 みおしへ面は、書物からの引用や個人の言葉と、それに対する簡単な解説と説教が書かれている。
 今回は万葉集からの引用で、「しきしまの日本(やまと)の国は言霊の たすくる国ぞまさきくありこそ」(柿本人麻呂の歌です)とある。説教に関しては、「こうしなさい」というような断定的なことではなく、自分で解釈して理解するためのヒントのような書き方になっている。
 なので私は、感謝やねぎらいはきちんと言葉にして伝えれば、気持ちがしっかりと伝わり、相手とさらに仲が深まると解釈した。今日からきちんと実行します。親しき仲にも礼儀あり、ということで、仲が深まるとなれ合いになって、気持ちを言葉にするのがなおざりになってしまう。普段から言うように心がけてはいるが足りていないということなのだろう。今までの自分を省みるよいきっかけとなった。
 100円のくせに(失礼)侮れないみくじである。(月島めぐる)

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2011年10月21日 (金)

OL財布事情の近年史/第51回 一気にOL受難の日々…95年、不景気体感元年?(前編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

 先日、元『日経WOMAN』編集長の方に偶然話を聞く機会があった。1995年から10年間在籍したそうで、まさにこの時代を調査していたときに、なんという絶妙なタイミング。これがいわゆる引き寄せなのか。
 それはともかく、彼女が着任したのは部数がどんどん落ちてあわや休刊か、という時期だったとか。均等法を受けて創刊、海外留学、資格、ステップアップなどイケイケに後押ししていたWOMAN誌だったが、バブル崩壊とともにその機運は失速。キャリアウーマンへの「はしごを外された」状態だったという。その後読者への調査をもとに路線変更して再び上昇に転じたのが97年というから、95年前後の数年間はOL受難の時代だったようである。
  前回バブルの残り香の刹那的消費に触れ、これもやがてくる人災天災を機に修正されていくのでは、と仮説を元に締めくくってみた。しかしどうも、OLの財布視点で見た場合、地下鉄サリン事件も阪神・淡路大震災も直接的な影響は、ない。 この頃の女性誌を見る限り、やはりなるべきモデルが見つからない、迷走期だったといえそうだ。

 不況の時代だけに、お財布記事を探してみるとどの雑誌にも頻繁に登場しているが、内容は数年前とは様変わりしている。『an・an』93年1月29日号「1万円はこんなに使える!」、『MORE』94年3月「あなたの会社がつぶれたら!?」、『Hanako』94年6月2日号「OL2年間で100万円貯める!」、『With』95年3月号「2ヶ月で10万円 大節約の道」、『週刊女性』95年7月25日号からスタートした新連載「高橋伸子の元気が出るお金の話」等々、せちがらい世相を反映したテーマが並ぶ。ちょっと前まで「めざせ300万円」とか「40歳までに1000万円」とか言っていたのが、1万円リスペクトの時代に逆戻り。転職の前に倒産とか、殖やす前に目減り、なんてことも現実的になり、自己防衛がマネーの基本になってきた。 「使うもの」だったお金を、遊び、運用し、ようやくハンドリングできるようになってきたかと思ったら、守らなければいけなくなってしまった。

 象徴的な記事が、『コスモポリタン』95年12月号「〈絶対安全〉の消えた時代 あなたのお金を守る法」だ。リード文が当時の気分を代弁している。

 こんな時代が来るとは夢にも思っていなかった、と誰かが言う。この不況が後何年も続くって本当だろうか、とまた誰かが不安がる。銀行倒産、失業、天災。もしものときの頼りはお金なのに、そのお金さえ確かに守れるだろうかと心配になる世の中だから……そっと教えます、虎の子の扱い方。
(つづく)(神谷巻尾)

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2011年10月19日 (水)

アフガニスタン元国会議員 マラライ・ジョヤさんの講演会

 混迷を深めるアフガニスタンで、平和と人権、民主主義を求めて闘っている元アフガニスタン国会議員 マラライ・ジョヤさんが来日、全国で講演会を開く。
 タリバン政権下で教育を禁じられていた女性たちのために地下教育に携わり、2005年の第1回総選挙で最年少国会議員に当選した。しかし軍閥政治家を戦争犯罪者として裁くように要求し続け、議員資格を剥奪されたという過去をもつ。BBCニュースが「もとも勇気あるアフガン女性」と評したことでも知られている。
「女性の命を奪うことなど、今日のアフガニスタンでは小鳥を殺すほどの重みしかありません。私は死は恐れませんが、不公正に対する政治的沈黙は怖いと思います」と語るジョヤさんの言葉は重い。

 「暗殺」の危険にさらされながらも女性達の識字教育支援を続けている姿勢は、自由と権利を得るために闘い続けることの重要性を教えてくれるだろう。来日に際しての記者会見では、日本について「米国に追従するのでなく、独立して行動すべきだ」と語った。
 泥沼化する現状に嫌気がさせば米軍は撤退できる。しかし現地の人たちは海外で報道すらされない内戦の危機におびえながら、生活を続けなければならないのだ。

 私たちもアフガン攻撃を支援した側の人間であることを忘れてはいけない。泥沼化した責任の一端を担っているのである。だからこそアフガンの現状を知る義務もあろう。
 日本全国各地の後援会日程は以下の通り。全会場予約不要なので、ぜひ訪ねてみてほしい。

10/21(金)・大阪女学院大学 
   午後6時~/無料

10/22(土)・同志社大学 /無料

10/23(日)・大阪 吹田さんくすホール
   午後1時半開場/2時開演/参加費千円

10/25(火)・院内集会 参議院議員会館 ←東京です

   午後2時~

10/26(水)・明治大学リバティータワー ←東京です
   午後6時半開場/7時開演/資料代千円

10/27(木)・名古屋学院大学 白鳥学舎翼館302教室
   午後3時~5時/無料

10/28(金)・大阪大学 豊中キャンパスステューデントコスモス
   午後4時20分~/無料

10/29(土)・京都大学 吉田南キャンパス 人間・環境学研究科棟 地下講義室
   午後1時開場/1時半開演/資料代千円

★ 各会場での講演テーマなどの詳細はホームページ http://rawajp.org/ でご確認ください。

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2011年10月18日 (火)

鎌田慧コレクションIV アジア絶望工場

鎌田慧コレクションに、第4弾が登場しました。

鎌田さんの出世作『自動車絶望工場』(講談社文庫)は、自動車部品を作る工場の季節工として働いた経験をもとに書かれたルポルタージュ。低賃金、単調な長時間労働、正社員との格差…大企業の黒い側面が浮き彫りになった話題作です。

今回の第4弾『アジア絶望工場』は、アジアに進出を果たした日本企業が、現地の人たちをどのように雇用しているか、そして現地の人々は日本の資本についてどんな感情を持っているか、詳細にインタビューしたルポです。舞台は80年代前半、いけドンだった日本を世界から捉えた貴重な一冊。立ち読みだけでも是非!

鎌田慧コレクションIV アジア絶望工場

22702_1030818_l 「かつて、教科書での『侵略』から『進出』への書きかえが問題となったが、はたして問題は、『侵略』だけだろうか。軍事的侵略は決してあってはならないことだが、他国の資源と労働力の収奪によって成立する『進出』が、自国の繁栄のためには当然のものとされ、その実態の検証と批判的な視点が日本にほとんどないことに、わたしは不安を感じている。」(「あとがき」より)技術と経済の発展に日本人が無限の希望を感じていた成長期、企業による海外進出のあり方に警鐘を鳴らした「鎌田慧コレクション」第4弾。

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2011年10月17日 (月)

鎌田慧コレクションⅢ 隠された公害—イタイイタイ病を追って

鎌田慧コレクションの第3弾、出ました。

隠された公害—イタイイタイ病を追って』

実は、編集部としてはこれが一押しだったりします。

鉱毒を流す企業と、その企業がなければ暮らしていけない町のようすが

原発と、その地元との関係性にぴったり重なってしまうのです。

10年後、20年後。

日本各地で、このような会話の一切ないことを祈ります。

「確かに、この地域に●●病はあるよ。昔より多いかもしれない。でも、それは原発のせいじゃない。そんなデータは発表されてないからね」

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鎌田慧コレクションⅢ隠された公害—イタイイタイ病を追って』

「この樫根にイタイイタイ病はありません」そう言う対馬・樫根部落の住民が抱えているのは、鉱業所がなければ町は成り立たないという重い現実。川の水が白く濁っても、“リューマチ”の重い患者が急に増えても、その病状がどんなにイタイイタイ病に似ていても頑として首を振り“カドミウムは恐くない”と言い張る。そして土地が汚染されているという結論が出されても、「公害だから会社の責任ではない」と、企業をかばい続ける……。「かれらがカラーテレビと引き替えに鉱山に与えたものは余りに大きい。それは決して、農地や労働力だけではなく、かれら自身そのものだったのではないか」と、著者は作品中でつぶやく。このようなことが、もう二度と繰り返されないよう祈りながら。「鎌田慧コレクション」第3弾。

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2011年10月16日 (日)

寺門興隆を読む/2011年10月号

 震災の話題が少々落ち着いたと思ったが、原発関連記事は絶えることのない『寺門興隆』。今月の見出しは次の通りだ。

宗派の原発理解/障害者の教師資格/暴力団排除条例とお寺/原発訴訟を闘った住職/震災に仏教の力を/いのち再生寺院/お寺のフリマ/モノレール/寺院建築材の現況

 特に気になるのはやはり「宗派の原発理解」だろう。取材によると、宗派として明確に見解を表明したのは真宗大谷派のみだったらしい。原子力に依存する生活を問い直し、「もはや単に『反原発』『脱原発』という是非論を超え、全人類が担うべき深刻な問題である」という熱い声明を寄せている。他の宗派が各寺院の檀家の中に原発関連で仕事をしている人がいるかもしれないことを考慮し、はっきりとした姿勢を打ち出すのを控えている中で、唯一真っ向から答えを出した。しかし他の宗派の中でも、寺院によっては反対を強く打ち出して積極的に活動しているところもある。特に青森県の僧侶などは、六ヶ所村の問題などもあることから切実だ。自ら声を上げていこうという、僧侶ならではのリーダーシップが感じられるインタビューが多かった。

 続いて巻頭「トピック」から「津波に流されたお寺になぜフリーメイソンが」という記事の紹介。正体不明の秘密結社と名指されて久しいフリーメイソンが、本堂を流失したお寺に仮本堂を寄付したとのこと。なんだか夢のような話である。住職は「何が必要か」と問われたとき、すかさず「本堂がほしい」と答えたそうだ。仏具や袈裟などではなく、檀家が集まる「場」としての本堂を所望したというのが大胆かつ素晴らしい。

 そしてどうしても気になるのが「お寺にモノレールは本当に役立つか」。どうしてお寺にモノレール??と疑問だったが、読んでみて納得。320段もある石段を登らなければ本堂にたどり着けないお寺に設置されているモノレールのルポだった。階段を沿うように、モノレールが上っていく見慣れぬ姿はちょっと不思議。高齢化に伴い、これからはお寺のバリアフリーもどんどん進んでくるのであろう。(奥山)

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2011年10月14日 (金)

OL財布事情の近年史/第50回 節約、ケチ、家計簿の足音…90年代中盤(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

前編はこちら

 同じく『CREA』1994年1月号「伝染るんです 女ひとりでマンション購入」も、時代感あふれる記事だ。94年にもなると地価も暴落し、土地神話も崩壊していたのではという印象かもしれないが、現場はそんなことはなかった。なぜなら、上がりすぎた不動産価格が一気に下がり、都心でも買いやすくなったから。東京都区部では、80年代後半に首都圏マンション平均価格比1.8倍程度だった水準が、95年に1.15倍まで低下と一気に下がった(不動産研究所「全国マンション市場動向」)。同時に住宅ローン金利も、91年の8.5%から94年には4%台に(銀行変動金利)。トレンディドラマで刷り込まれていた都会のマンションライフが一般人のOL、サラリーマンにも現実的になり、住宅購入欲がむくむくと高まっていた頃だったように思う。そろそろ役職がついたり、地方転勤の住宅補助でお金が貯まっていたり、転職でステップアップしたりしてこの頃持ち家になった、という女性が結構思い浮かぶ。
 この記事では、一人買ったら友達が影響されて次々に、という「マンション購入伝染経路」をたどって取材している。広告代理店勤務26歳のAさんは、新築のワンルームマンション1800万円を購入。毎月8万円貯金して300万円貯まったとき、不動産屋の人に「貯金あるなら買っちゃえば」と言われて買っちゃった。
 そのAさんがいるフロアの若手約20人のうち5~6人が購入に踏み切ったという。先輩Bさん(30歳)は、「〈大丈夫〉って背中をぽんと押された感じかしら」と、1LDK4050万円の中古マンンションを、頭金400万円で購入した。以下、彼女たちにはこんな発言もありました。

「けっこうバーゲンで買いまくるし、海外旅行も年2回行ってました」
「バブルの頃に入社して遊ぶだけ遊び、金利が下がってマンション購入。世の中の王道を行く〈ミーハーの女王〉って呼ばれるんです(笑)」
「うちの会社は住宅を買うと毎年約3%の利子補給ーーつまり会社がローンの利子のうち少し手助けしてくれる制度があるんです」

 遊びまくって、会社も援助してくれて、金利1%(推定)で家買っちゃった。バブルの残滓を、ふつうのOLがおいしくいただいていた。お怒りの向きもありましょうが、でも19㎡で1800万円とか、82年建築の40㎡4050万円とか、場所が特定されてないからアレだけど今じゃがっくり下がってますって。たぶんだけど。

 時代の波に乗っておいしい思いを続けられている一方、お金への無頓着ぶりが伺えるのが『MORE』93年11月号「私のお金が逃げていく理由」。レンタルビデオの延滞料で1年に12万円(出版社24歳・月収26万円)、株が趣味の母親に運用を頼んだら、株の失敗の穴埋めに使われて200万円損失(デザイン事務所28歳・月収28万円)、通信販売ジャンキーになり毎月のローン支払額が6万円になり1年で55万円(食品会社27歳・月収25万円)、ゴルフスクールに通ううちにハマって月2〜3回コースに出たりして1年で200万円(図書販売28歳・月収17万円)と、しょーもない出費体験の数々が。月収も決して低くない20代後半の女性が、なにかやさぐれている。平均24.7歳の読者70人へのアンケートでは、「月末に赤字になることがある」と答えたのが38人と半数以上。債務者予備軍の多さにも、「聞くは笑い、語るは涙の体験談」という記事に、たいした悲壮感はない。

 バブル崩壊とか言っても、自分のまわりにはそんなに影響ないし、なんだかんだこの生活が続いていくんだと、みんな思っていた時代だ。そうしてこの少し後、前代未聞の惨事が立て続けに起こり、変わらないことなどないことをようやく知ることになる。(神谷巻尾)

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2011年10月 9日 (日)

火葬費用返還

震災によって亡くなった方についての火葬費用は、国庫負担となりました。

自治体が次々に発表し、返還手続きを呼びかけています。

●福島県

http://www.pref.fukushima.jp/j/kasoutoriatukai.pdf

●岩手県

http://www.pref.iwate.jp/view.rbz?cd=32407

●宮城県(各自治体ごと。下記は総務省による総合的な案内)

http://www.soumu.go.jp/kanku/tohoku/madoguchi/index.html#s01_08

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2011年10月 8日 (土)

池田大作より他に神はなし/第24回  輝ける世界民衆詩人としてアフリカにまでその名声を轟かせる、池田名誉会長とその弟子を襲った空前の捏造スキャンダル事件を今振り返る。

 1カ月間、ベッドに仰向けの姿勢で寝込んでたためか(手術の傷跡が前方右額上部だった)、歩き過ぎるとやや腰が痛む。それ以外は、8月26日に退院後も特に支障はなく、週に2~3度は出勤し、漫画家や印刷関係者に「無理しない方が…」と、優しく意見される有り様。私もそれは承知している。下手をすれば5割は死ぬと言われれる(3割前後との見方も)、正真正銘の蜘蛛膜下出血だったのだ!(別に威張るコタないか…)ただ、「高崎総合医療センター」の医師と共に、筆者を病魔及び日顕一派の肉体的謀略から救ってくれた、偉大な名誉会長の言葉が、伏してるだけの怠惰な自分を許さない。

 “ああ 一人(ひとり)一人が 「良(よ)き市民(しみん)」を指標(しひょう)として 社会(しゃかい)に寄与(きよ)せんと 貢献(こうけん)の道標(みちしるべ)を刻(きざ)みきた友(とも)よ”「愛するシンガポールの友に贈る 『獅子の都』に緑なす道」より(『聖教新聞』9月25日付けより)“より”が多くてより失礼を。

 確かに“下請けエロ漫画編集者”という賤業が、社会に寄与してるか否かは意見が分かれる所だ。しかし世界の42言語、海外で1200点以上の著作が翻訳出版され、「世界桂冠詩人」「世界民衆詩人」「世界平和詩人」との見方が磐石化した今(『聖教新聞』同「世界公布の勝利の並木道」63より)、名誉会長が異体同心に生きようとする民衆を、職業次元で差別するはずがない。名誉会長の弟子への包容力は無限だ。9月はアフリカの東大と呼ばれる、あの国立ザンビア大学からも名誉法学博士号が贈られた。各種の栄誉が400を突破する日も間近だ。一昔前までは、“暗黒大陸”だ“人喰い人種のメッカ”だと、自惚れた自称先進国の人々が、搾取しつつ見下していた褐色の民衆同志の間にも、師弟共戦・連体勝利・広宣流布の平和思想が広まっている証だ。

I2_2  しかし創価の思想が今のようにキリスト教や仏教、イスラム教と並んで“世界の4大宗教”と世界が認知するに至るまでは、数々の苦難があった。古本屋で求めた『言論のテロリズム 週刊新潮「捏造報道事件」の顛末』(山本栄一・鳳書院 '01)を開くと、古参同志の並々ならぬ苦労に慟哭を禁じ得ない。噂には聞いていたが、信平信子(夫・醇浩も共犯)のレイプ狂言事件の全貌には驚いた。山崎正友、阿部日顕、内藤国夫、乙骨正生、段勲、俵孝太郎、白川勝彦、他、世紀の悪党共が映画全盛期の忠臣蔵モノのように、オールスターキャストで勢揃い。制作・監督・脚本が『週刊新潮』(編集長・松田宏・取材キャップ・門脇護)だ。なぜか思想的には敵対してるはずの、『赤旗』までが側面援助。“第2の真昼の暗黒事件”は、このように狂った守銭奴集団の群れが企んだ、戦後屈指の大謀略事件であった。既に御存知のように、妄想夫婦や『週刊“ハレンチ”新潮』のたわ言は、片っ端から司法の断罪を受けた。

 しかし、妄想夫婦の記者会見等は事前検証もされずに、新聞やテレビで全国に報道された。裁判結果は知らずに、10数年以上経た今でも、鬼畜共の虚言を信じてる人はいる。要するに“言い得・書き得”だ。民主主義の大きな欠陥の一つだ。確かに事前検閲は許されない。しかし、本狂言裁判等を通じ、名誉毀損の賠償金額が急増したのは、同志の師弟共戦・師弟不二・勇躍前進の結果であろう(『週刊新潮』に勝るとも劣らない、お下劣スキャンダル誌、『噂の眞相』が消えたのも慶賀の至り)。無論、『週刊新潮』は無反省だ。今でも定期的に力ない誹謗を試みている。師に続く行学の勝利王たる我らには、畜生以下のハイエナ共との今後の闘いも、鉄壁の備えで一切心配ないが、やはり油断大敵である。

 “青春(せいしゅん)の誓(ちか)いを 断(だん)じて忘(わす)れるな! 原点(げんてん)を持(も)つ人は 絶対(ぜったい)に負(ま)けない。 さあ新(あら)たな出発(しゅっぱつ)だ!”(『聖教新聞』9月26日付け、「わが友に贈る」より)

I1  大いに勉強になった本書だが、疑問点も少し。著者の山本栄一氏は元読売新聞編集委員だそうだが、理解しがたい自らの行動を前書きで(5ページ)明らかにする。96年6月、信平夫婦は狂言訴訟にあたり、ハデな嘘まみれの記者会見を開く。それをテレビ朝日、TBS他NHK以外が放映。新聞も翌日、読売、朝日、スポーツ紙までがこぞって取り上げたとある。山本氏は“信平のデマに踊らされたのである”と、ベテラン記者らしく鋭く見抜く。そこまではいい。その後が不可解。毎日新聞編集局読者室に、“こんな怪しい、名誉毀損の恐れのある記事を、なぜ掲載したのか”とねじこむ。「???」まずは自社記事(読売)の検証後に取るべき行動でだろう。

 もひとつ。信平信子の被害証言は、事前に行われた新潮社の弁護士との打ち合わせでも、既にシドロモドロ状態。とても特ダネ記事扱い出来る代物でなかった事は、良心にかられた敵陣営関係者から我らの側に提供された、大量なテープや文書からも明らかだ。レイプの際に裂かれた衣類の行方を尋ねられ、“それを、丸めて、そして、ここにゴミ、いつでも取りにきますから、ゴミのあれに、破いちゃって……”(170ページ)。呆れ果てた狂言毒婦だ。ショックを受けてるはずのレイプ被害者が、鼻紙のように衣類を現場のゴミ箱に捨てちゃうのだ。まともな出版社なら、この段階で掲載を即見合わせる(実際にそういう版元もあった)。

 話がそれたが(いやそれてないか…)、もひとつの山本氏への疑問は、信平が狂言でレイプされたという相手の名前だ。本書をじっくり、隅々まで眼を皿にして読んでも皆目不明。狂言に過ぎないのだから、必要ないとの考えの持ち主もいよう。一般人ならそれでもいい。けれど著者は元新聞記者であり、著作の対象は“第2の真昼の暗黒事件”だ。戦後屈指の大冤罪事件に基本データは必須だ。気の毒な被害者の名前くらいは、わかりやすく表記するのが、ジャーナリストの最低限の責務だ。(つづく)(塩山芳明)

 

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2011年10月 7日 (金)

OL財布事情の近年史/第49回 節約、ケチ、家計簿の足音…90年代中盤(前編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

 ドーンとキャリアウーマン路線を推奨されたと思いきや、経済事情が変わって企画撤回、尻すぼみに堅実路線を歩む格好になった90年代前半OL。ちょっと何かに似てるような、と思ったらこれか? 鈴木都知事が長年開催を切望していた「世界都市博」。1993年に開催決定後建設も進んでいたが、95年に青島知事当選で中止、1000億円の損失が出ましたとさ。だけど、この頃はこんなことがあらゆるところで起こっていて、大して心に残っていないような。政治経済でおかしなことが起きていても、若い一般大衆はそれとはあまりリンクせず、それなりに楽しみを見つけていたような、そんな時代だった。
 だってこの頃、93〜94年頃のトピックスといえば。Jリーグ開幕、ドーハの悲劇、皇太子・雅子妃ご成婚、ランドマークタワー開業、レインボーブリッジ開通(93年)、恵比寿ガーデンプレイス開業、セガサターン、プレイステーション発売、とかね。完全にバブルの余波といえるものごとに、一応乗っておこうか、という空気があった。女子の大卒就職率が91年の81.8%をピークに下がり始め、94年には67.6%と81年の水準にまで落ちてしまったので、学生(団塊ジュニアのあたり)は危機感を持っていたかもしれないが、 すでに会社に入っていい思いもしていたOLには、まだ切実さはなかった。

 そんなちょっと、(苦笑)みたいな時代を象徴するようなお財布記事を発見。『CREA』1994年1月号「トクする、カンタン、面白い。お金のすべて」である。『CREA』といえば91年に「会社なんて、ヒマつぶし」と言ってのけた、OL擁護のおもろい雑誌であった。さすがに会社じゃ遊べなくなり、お金をまじめに考えるようになったのか。しかし他誌の、「“どこか”へ消えていくお給料の行方」(『MORE』93年11月号)、「いま、ケチは美徳だ!」(『With』92年5月号)、「“あなたのお金”改造計画!」(『Hanako』93年6月24日号)などの真剣なテーマとは一線を画す、独自路線のマネー記事で発見がある。
 「これでいいの?わたしのこづかい帳 アパレル係数、コスメ係数で知性がわかる!」では、なんと読者1ヶ月分のおこづかい帳を載せている。31歳出版社勤務、給料298,100円から始まり「9/10(金) 牛乳188 タバコ220 昼食900  11(土)レンタルビデオ(「プリティ・ウーマン」)700 ブランチ500 夕食(友人と)1500バナナ150 ・・・」などと続く。今なら家計簿ブログもよくあるし、さほど珍しくないおこづかい帳公開だが、女性誌で見たのはおそらく初めて。家計簿が一気に浸透してきたのか。

 毎日タバコ買ってるよ、外食多すぎ、朝は牛乳とシリアルのみか、などと日々の生活が見えてきておもしろい。記録だけで痩せるレコーディングダイエット、ええっ?と思うが、記録は確かに物語る。このサンプル女子も「お金に最大の価値観を見いだしているタイプ」「人間としての向上も望めそうもないかも」と叱られているが、意外な高給、そこそこ忙しい仕事があり、派手な消費やレジャーは流行らないという世の中で、日々同じようなルーティン出費、週末はレンタルビデオ、みたいな生活のOLがマスだったのでは、と想像する。(つづく)(神谷巻尾)

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2011年10月 4日 (火)

【再告知】10月7日 「アフガン戦争」10年を検証する 白川徹さんスライド&トークショー

『悲しきアフガンの美しい人々』を出版した、白川徹さんのトークショーが10月7日に行われます。

10月7日は、2001年、同時多発テロを受けてNATO軍がアフガニスタンに空爆を始めた日。

あれから10年。

アフガニスタンの軌跡を振り返ります。

以下、主催者である日本平和委員会HPからの転載です。

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≪対テロ戦争、アフガン攻撃10年を考える会のお知らせ≫

9・11同時多発テロ事件のあと、「テロとの戦い」の名のもとに、
アメリカがアフガニスタンで戦争を始めてから今年で10年。
いったいこの戦争は、アフガニスタンに、世界に何をもたらしたのか――。
2006年から、アフガニスタンの人々に寄り添いながら現地で取材を続け、
今年9月に「悲しきアフガンの美しい人々)(アストラ社)を刊行した
ジャーナリストの白川徹さんを迎えて、この10年間を検証します。

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悲しきアフガンの美しい人々――
「アフガン戦争」10年を検証する

ジャーナリスト白川徹さんのスライド&トーク
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【日 時】2011年10月7日(金)18:30~
    (終了後、近くの居酒屋にて白川さんを囲んでの懇親会も予定しています)

【場 所】東京・港勤労福祉会館
    (東京都港区芝5丁目18番2号 電話…03-3455-6381)

    JR山手線、京浜東北線 田町駅西口(三田口) 徒歩5分
    地下鉄浅草線、三田線三田駅 A7出口徒歩1分
  
    地図:http://www.city.minato.tokyo.jp/sisetu/syoko/kinro/index.html

【参加費】500円(高校生以下無料)

☆申し込み方法:
 氏名・電話番号・メールアドレスを入力の上、下記へメールしてください。
 メールアドレス:info☆j-peace.org (☆を@に直してください。)

主 催:日本平和委員会 03-3451-6377 http://j-peace.org

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白川 徹(しらかわ・とおる)さんのプロフィール
1984年生まれ。オーストラリア留学を経て2006年からアフガニスタンを中心に取材を開始。
2009年までアジアプレス・インターナショナルに所属。その後、フリーに。
これまで、東京新聞、高知新聞、AERA、SPA!、DAYSJAPAN、NHK、関西テレビなどで発表。

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2011年10月 3日 (月)

●ホ ー ム レ ス 自 ら を 語 る 第106回 非合法の世界で(前編)/山崎さん(仮名・40代後半)

1110 新宿中央公園芝生広場で休んでいた山崎さんは、端正な顔立ちの二枚目であった。年齢は40代後半だといい、かつては黒服を流と着て、闇の世界で生きてきたという。その話を聞く前に、その来歴から順に聞いていこう。
「生まれは東京・板橋。父親は勤務医で精神科の医師だった。ただ、オレが生まれてすぐに両親が離婚してね。オレは母方の祖父母のところに預けられた」
 その頃、祖父母は池袋に住み、祖父は建築関係の仕事に就いていた。その生活は楽ではなかったようで、やがて3人は茨城に移る。祖父は茨城へ移ってからも建築関係の仕事をしながら、兼業で農業も始めていた。
「茨城でも生活が苦しいのは同じだったが、こんどは農業を兼業していたから食べるものに困ることはなかった。それにその時代は周りの家もみんな同じような生活をしていたから、とくに自分の家だけが貧しいと感じることもなかったよね」
 山崎さんは小学校4年から野球を始める。運動神経抜群の彼はエースで4番。将来は甲子園での活躍も夢ではなかった。だが、その野球を中学生でやめてしまう。
「いつの間にかエースと4番は別の子に代わって、オレは打順が3番で、守備位置もサードになっていた。相変わらずピッチングではオレがチームで一番だったし、バッティングでもオレがチームのリーディングヒッターだった。だけど、親が監督と知り合いだとか、家が監督の家の近くだというような子が、エースや4番に選ばれるんだ。大人社会の汚い裏取引で決まっていくわけさ」
 そうした情実の絡んだ大人世界の醜さのなかで野球をするのが嫌になったのと、それにやめた理由はもう一つあった。
「身長がね……身長が低すぎたんだよ。いまでも身長は170㎝だから、野球選手としては致命的に低すぎたんだよ。それが証拠に甲子園常連校といわれる高校の、どこの野球部からもオレには誘いの声がかからなかったからね」
 そんなこんなで野球をやめることになったという山崎さん。その後、高校に進むが野球一辺倒の生活から180度の転換で、勉学に身の入ろうはずもない。
「まあ、当然のようにグレたね。人のバイク……気に入らない先輩のバイクとかをかっぱらって無免許で乗り回したり、それにタバコに酒だよね。警察のお世話になったことも一度や二度じゃない」
 それでも高校はちゃんと卒業している。というか、山崎さんはグレたといっても、学校には毎日休まずに通い、非行行為はもっぱら放課後や休日に限っていたからだ。真から悪に染まった不良ではなかったのである。

高校を卒業した山崎さんは、伊豆にあったある有名なホテルの厨房に入り、コック見習いになる。
「コックの修行はきびしかったよ。朝の7時に仕込みが始まり、夜の宴会の片付けを終えて解放されるのが11時。その間立ちっ放しだからね。夜11時に解放されても、それから先輩たちが酒盛りと博奕を始めるから、それに付き合わないとならんのだ。付き合いが悪いと、肉場や野菜場の下働きにまわされちまうからさ。クタクタに疲れた肉体に、鞭打って付き合うことになる」
 それにそのホテルの厨房では、コック長以下20人以上のコックが働いていて、いくつかの派閥グループができていた。コックたちはいずれかのグループに属していないと、いじめやいやがらせに遭った。だが、山崎さんはグループに入って徒党を組むことを潔しとしなかった。
「ホテルには若い女の子もたくさん働いているからね。すぐに気の合う女の子もできる。そうして仲良くなった女の子の部屋に泊まりにいったりすると、そんなときに限って寝坊して朝の仕込みに遅刻したりするんだ。そうしたときに派閥にでも入っていれば、先輩が助け船を出してくれるが、一匹狼でやっているとそうはいかないからさ。いじめの格好の標的になって、肉場送りとか、野菜場送りにされちまうからね」
そんなことが幾度か繰り返され、山崎さんは仕事に嫌気が差すようになり、ホテルの厨房をやめることになる。コック修行を始めて、5年目のときのことだ。
 それで東京に戻った彼は、夜の店で働き始める。新宿の店で働くことが多かったようだが、どこもあまり長くは続かずに転々と店を替えることになった。
「いろんな店で働いたけど、夜の店ならどこでもいいというわけではないからね。クラブやバー、スナックなどが中心で、それも高級といわれる店ばかりだ。間違っても、居酒屋だとか、大衆食堂なんかで働くことはなかったからね」
 良くいえばプライドが高いといえるが、俗な言い方をすればええカッコしいということだろう。ハンサムな山崎さんが流としたスーツ姿で、夜の新宿を闊歩し徘徊していれば、当然ながらアンダーグラウンドの世界にも噂は知れ渡ることになる。やがて、そんな世界から「うちで働いてみないか?」という声がかかる。
「声をかけてくれたのは、歌舞伎町の地下組織のカジノだった。地下組織ということは、暴力団が経営する非合法の賭博場っていうことだ。警察の摘発に遭えば、両手が後ろに回る。ただ、オレは躊躇なく、その仕事を引き受けた。何といったって、月に100万円の給料をくれるというのだから、一も、二もなかった。即断で引き受けていたよ」
 仕事の肩書きはマネージャー。黒服を着て店内を見回りながら、カジノ全体を管理するのが仕事である。ええカッコしいの山崎さんには、打ってつけの仕事であった。(つづく)(聞き手:神戸幸夫)

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2011年10月 2日 (日)

寺門興隆を読む/2011年9月号

 今回のコラム担当が坪内稔典先生というのが個人的にとてもツボです。「だれ、その人?」と首をかしげる方も、「三月の甘納豆のうふふふふ」という俳句を作った人だよ、と聞けば「ああ!」と納得するに違いない。コラムの先生方がいつもとても豪華な『寺門興隆』。今月号の見出しはこうです。

行政の震災寺院支援/義援金配分の実態/本願寺派宗法改正の大義/動物火葬炉訴訟/都市開教訴訟/仏教界の公益法人/お寺カフェ/角香炉/ウェブ住職/自宅で看取る

 まずは「都市開教訴訟」。「マンションの窓に宗派名を掲げたら管理組合に訴えられた驚愕」と。マンション内にお寺があるということ自体が一般人にはびっくりだ。記事を読むところ、このお寺が初めてらしい。お寺にするのならば「●●寺」と掲げたいというのは頷ける。しかしそれに、マンションの管理組合がストップをかけたというのだ。とくに「真宗大谷派」という掲示物を掲げるのをやめよ、といわれたとのこと。あやしい新興宗教でもなくて、とても伝統的な宗派なんだが……「お寺があるとマンションの価値が下がる」などとも面と向かって言われたそうで、ちょっとかわいそうだ。

 和解成立後、問題の掲示物は下のようになったそうだ。

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そして「お寺カフェ」。東京は神谷町の光明寺内で楽しめる「神谷町オープンテラス」は有名だが、富山や島根など、地方でも流行の兆しを見せているとのこと。「ウェブ住職」はインターネット内の寺院「彼岸寺」の発起人の1人である青江覚峰住職の活動をルポ。お寺系記事もだんだん横文字が増えてきたなあと実感。

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「動物火葬炉訴訟」は、ペット火葬場と住民との対立かと思いきや、寺院が計画した火葬炉に隣寺が大反対というなかなかない構図。檀家が一軒もないお寺の一念発起に、両隣の寺が待ったをかけた。いいじゃない温かく見守ってやれば……と思うのは、やはり素人考えなのだろうか。聖職者たるもの、たとえ明日の糧が見あたらなくとも清らかにいけと?? いやいや、それでは飢えるだけですから……いじめにしか見えないけど、住民も反対しているししょうがない。火葬炉建設には反対がつきものだ。注文済みの火葬炉は兼務中の別のお寺にひとまず置くというから、もう、そこでやってしまえばいいのでは?(小松)

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2011年10月 1日 (土)

秋の夜長に、この一冊

脳性まひ者ながら、整理収納アドバイザー一級を取得し、障害者・高齢者向けの整理収納コンサルティングを手がけている大畑楽歩さん。

このブログでも脳性まひの治療法「ドーマン法」についての体験記事を連載し、自伝『三重苦楽』を出版しました。

彼女は「私の特技は脳性まひ!」と断言し、その経験や視点をいかして活動しています。

専業主婦、お母さん、講演会の演者、アドバイザーと、1人で何役もこなしている楽歩さんこそ、ほんもののノーマライゼーションの体現者。

その明るさとがんばりに触れると、「私もしっかりしないと!」と背筋をたださずにいられません。

秋の夜は、えんえんとしていて

いろんな不安を抱えてしまいがちですよね。

楽歩さんは、そんなあなたの気持ちをきっと明るくしてくれます。

人柄にふれるうちに不思議とこちらが笑顔になれる、そんな人です。

大畑楽歩オフィシャルサイト

ブログ「☆楽歩's ワールド☆」

電子書籍版(特別ふろく付)『三重苦楽』↓

https://hon-to.jp/asp/ShowSeriesDetail.do?seriesId=B-MBJ-22702-120060534-001-001

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うまく持てない、じょうずに話せない、ぜったい走れない。これが私の三重苦。脳性まひのために負った障害です。娘がこんな障害に見舞われるとは思ってもみなかった両親がつけた名前は、「楽しく歩く」と書いて「楽歩」。残念ながらアスファルトの道では楽しく歩くことはできない身体だけれど、人生という道ではわりと上手に楽しく歩んでこられました。訓練に泣いた幼年期、両親の愛から抜け出そうと必死になった思春期、スポーツに夢中だった青春期、夫との出会い、妊娠、出産、子育て……宝物のような私の今までが、この本には詰まっています。(カバーより)電子版の特別ふろくとして、ニュージーランドの滞在記がついてます!

書籍版『三重苦楽』

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