« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

2011年9月

2011年9月30日 (金)

OL財布事情の近年史/第48回 「バブルはじけて、ヒモしめて」OLの新遊具「家計ノート」登場(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

前回のつづき。

 さらに、古くさい「家計簿」ではなく、別の呼び名も登場した。「家計ノート」である。 『サンデー毎日』92年11月15日号によると、この年貯蓄広報中央委員会による「家計夢ノート」、雑誌『COMO』新年号付録から独立した「家計ノート」が発売され人気を呼んでいる、とある。考案者はこの頃台頭してきた生活経済ジャーナリストの高橋伸子で、「項目を食費とその他二つだけに大雑把に分けた」ことが特徴。将来の生活設計を立てて貯蓄額を決め、手元に残った自由になるお金を使うという“天引き発想”は、主婦のやりくりというより自分のお金に主体的に向き合うための記録、という側面がありそうだ。

 家計簿が家計ノートと名前を変えることで、OL方面にも進出してきた。『an・an』91年10月18日号「自分のお金について考えよう」では、件の高橋伸子氏が「マネーノートをきちんとつけて、お金の使い方をチェックする。」でアドバイス。メモの端に書く程度、預金通帳への明細の書き込みくらいからすすめている。登場する読者の「ひとり暮らし、就職など、環境が変わった時」「新婚3〜4ヶ月の時に」「お父さんと2人で暮らすようになってから」家計簿をつけたという談話もあるが、習慣づいているようでもなさそう。市販の商品も紹介されていて「CASH BOOK」(PILOT)、「キャッシュリスト」(MIDORI)、「DAILY RECORD」(LIFE)などカタカナネーミングが並び、OL向けの新商品という印象。定着するのはまだこれからのようである。
 『non・no』92年4月号「青春マネー・ノート バブルはじけて、ヒモしめて…」では読者4人の家計簿へのアドバイスとともに「あなただけのハッピー・マネー・ノートを作ってみましょう」で家計簿作りを提案している。「今後3年間の行動計画と、それを実行するためのマネーの計画を」「あなたが今月自由に使っていいマネーはHOW MUCH?」など、手書きの図表入りでやさしく指導。ファッションと恋愛・結婚中心でマネーなんてほとんど見かけなかった『non・no』には、画期的な記事である。
 主婦のものだった家計簿は、こうしてOLの手元にやってきた。「使うもの」から「遊ぶもの」「殖やすもの」になり、時代の力も借りながらOLライフを彩ってきたお金だが、バブル崩壊を経てようやく「管理するもの」となっていく兆しが見えてきたのである。(神谷巻尾)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月29日 (木)

10月7日 「アフガン戦争」10年を検証する 白川徹さんスライド&トークショー

『悲しきアフガンの美しい人々』を出版した、白川徹さんのトークショーが10月7日に行われます。

10月7日は、2001年、同時多発テロを受けてNATO軍がアフガニスタンに空爆を始めた日。

あれから10年。

アフガニスタンの軌跡を振り返ります。

以下、主催者である日本平和委員会HPからの転載です。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::

≪対テロ戦争、アフガン攻撃10年を考える会のお知らせ≫

9・11同時多発テロ事件のあと、「テロとの戦い」の名のもとに、
アメリカがアフガニスタンで戦争を始めてから今年で10年。
いったいこの戦争は、アフガニスタンに、世界に何をもたらしたのか――。
2006年から、アフガニスタンの人々に寄り添いながら現地で取材を続け、
今年9月に「悲しきアフガンの美しい人々)(アストラ社)を刊行した
ジャーナリストの白川徹さんを迎えて、この10年間を検証します。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
悲しきアフガンの美しい人々――
「アフガン戦争」10年を検証する

ジャーナリスト白川徹さんのスライド&トーク
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【日 時】2011年10月7日(金)18:30~
    (終了後、近くの居酒屋にて白川さんを囲んでの懇親会も予定しています)

【場 所】東京・港勤労福祉会館
    (東京都港区芝5丁目18番2号 電話…03-3455-6381)

    JR山手線、京浜東北線 田町駅西口(三田口) 徒歩5分
    地下鉄浅草線、三田線三田駅 A7出口徒歩1分
  
    地図:http://www.city.minato.tokyo.jp/sisetu/syoko/kinro/index.html

【参加費】500円(高校生以下無料)

☆申し込み方法:
 氏名・電話番号・メールアドレスを入力の上、下記へメールしてください。
 メールアドレス:info☆j-peace.org (☆を@に直してください。)

主 催:日本平和委員会 03-3451-6377 http://j-peace.org

------------------------------------------------
白川 徹(しらかわ・とおる)さんのプロフィール
1984年生まれ。オーストラリア留学を経て2006年からアフガニスタンを中心に取材を開始。
2009年までアジアプレス・インターナショナルに所属。その後、フリーに。
これまで、東京新聞、高知新聞、AERA、SPA!、DAYSJAPAN、NHK、関西テレビなどで発表。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月26日 (月)

鎌田慧コレクション、発動中

先日の「さようなら原発 5万人集会」では、会場でいちばんに鬨の声をあげた鎌田慧氏。

彼の著作のうち、手に入りにくくなってしまったものを電子書籍で配信している『鎌田慧コレクション』。

今出ているⅠ、Ⅱに引き続き、10月にはⅢ、Ⅳも配信する予定です。

鎌田慧コレクションⅠ 
家族が自殺に追い込まれるとき

Fr_4e49f0e04afc7_kazoku_h1_2

第1弾は過労自殺問題を取り上げた『家族が自殺に追い込まれるとき』。仕事の重責に押しつぶされた設計技師、激務に耐えかねた市職員、官僚になりきれなかった環境庁局長…13名の生きざまを、まだ傷の癒えない遺族が語る。

鎌田慧コレクションII いじめ社会の子どもたち

22702_1025223_l

日本を震撼させた酒鬼薔薇事件の分析に始まり、様々な国の教育事情からみた日本の異常さを訴え、実際に問題の起こった学校へ出向き講演を行う。子ども社会で生じる問題は大人社会の病理の表れであるという主張を崩すことなく、次々と指摘される問題はあまりに重い。90年代後半に出されたこのルポが訴えるいじめ問題の解決を、現代の私たちはまだ成し遂げていない。いじめは個々人の性格の問題なのではなく、たんに学校の構造の問題なのだ。それに気付くはずもない子どもたちが犠牲になる学校という集合体は、けっして健康なものとはいえない。「鎌田慧コレクション」第2弾。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月23日 (金)

OL財布事情の近年史/第47回 「バブルはじけて、ヒモしめて」OLの新遊具「家計ノート」登場(前編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

 最近のOLへの「家計簿」の浸透ぶりに触れたことがある(30回)。そのとき、いつからこんなに若い女性に家計簿が普及したんだろうと疑問に思ったのだったが、わかりました。1992年です。と、断言してみたが、たどってみるとこのあたりに家計簿ターニングポイントがありそうだった。

 家計簿といえば、『主婦の友』など婦人雑誌の新年号付録の定番で、つまりは奥さんが家計をやりくりするためのものだった。しかし80年代中頃から主婦向けの雑誌も変化して、『LEE』(83年)『オレンジページ』(85年)『マイン』(87年)『すてきな奥さん』『COMO』(共に90年)など新しいタイプが相次ぎ創刊。OLを満喫していた女性が結婚後もその気分を忘れずに過ごせるような、おしゃれな主婦スタイルが提案されるようになった。そのまま景気がよかったら、リッチなファミリーライフが増長していったのかもしれないが、バブル崩壊で家計のやりくりが必然的に大きなテーマになり、家計簿が見直されるようになったと思われる。といっても重厚長大、伝統的な家計簿は面倒だしダサい、もっと手軽で現実に即したものを、という流れから、簡単でカジュアルなものへと形を変えて復活したのだ(たぶん)。

 『オレンジページ』90年12月17日号「わが家のワープロ活用法 家計簿をつける」や、『LEE』92年1月号「今の時代の家計簿・手帳・住所録」では、ワープロによる家計簿管理が提案されている。言ってもワープロなので、演算するわけでもなく、枠を作ってプリントアウトして記録、みたいな使い方なのだが、ラベルや年賀状をきれいに作ったり、名簿を整理するのと同じくらい、家庭の中でオートメーション化しやすい分野だったようだ。新顔が台頭して家計簿再評価の機運が上がったのか、元祖『主婦の友』では93年12月号臨時増刊号で「第1回〈主婦の友〉家計簿大賞」という公募企画の発表を行っていた。(つづく)(神谷巻尾)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月21日 (水)

『中学英語で話せるようになる6種類の口ぐせ』電子書籍化!

アストラ初の語学本、

『中学英語で話せるようになる6種類の口ぐせ』が、電子書籍になりました!

Fr_4e649337142ea_eigo_h1

初級向けの英語読本とあなどるなかれ、

「こんな言い回しがあったんだ!」と、上級者でも目からウロコのフレーズがどしどし入っているこの本。

日本人だけの、美しい英語を手に入れましょう。

立ち読みだけでも、ここから↓

http://www.shinanobook.com/genre/book/1086

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月20日 (火)

『ランチパックの本』電子書籍化!

お待たせしました!

『ランチパックの本』が、電子書籍になりました。

Fr_4e6976e365a80_lunchpack_h1

ふわふわパンに色んな具が挟まったお馴染みのアレの、あんな秘密こんな秘密…

ランチパックが好きすぎて本を作ってしまった著者の、あんなこだわりこんな気づき…

まずは立ち読みからどうぞ!

http://www.shinanobook.com/genre/book/1112

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月18日 (日)

さようなら原発1000万人アクション

明日、9月19日に明治公園にて「さようなら原発1000万人アクション」の最大集会となる「さようなら原発 5万人集会」が行われます。

呼びかけ人の1人、鎌田慧さんは40年近く原発の問題点を指摘し、『原発列島を行く』『日本の原発地帯』など、早くから関連ルポを出版。原発事故後には弊社より『原発暴走列島』を出版しています。

すでに新潟ではサウンドデモを展開。明日は長崎でも同時にライブとパレードが行われます。

デモは行ったことがなくて不安、という方。

明日はきっとそんな人たちであふれかえっています。

お昼、千駄ヶ谷駅に降り立ちさえすれば、そんな不安は消えるでしょう。

帽子、タオル、水は忘れずに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月16日 (金)

OL財布事情の近年史/第46回 86%のOLが会社を辞めたがっていた'90年代前半、バブル終焉(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

前回の続き。

 この頃の女性誌を見ると、「会社を辞めたい」「転職したい」というのが大きなトレンドだった。『MORE』90年3月号「会社を辞めたい!と思った時に読むページ」では、読者100人中86人が「辞めたい」と回答、という数字が。辞めたくなる理由は「仕事がつまらない・やりがいがない」「給料が少ない」「上司が嫌い・尊敬できない」などが上位に並ぶ。読者の声をみると「この仕事、別に私じゃなくても誰でもできるわけだし」(24歳・金融)「クリエイティブな実感が皆無」(25歳・出版)「フリーの独身男性なんてひとりもいない。おまけにお客さんもおじさんばかり。どこで男を捜したらいいの!」(23歳・信託銀行)って、知るか! と言いたくなるようなしょうもない文句が並ぶ。

 『an・an』91年2月22日号「女はもっと仕事がしたい」特集にのる「女子学生就職意識調査」(文化放送ブレーン)では、「一生仕事を続けたい」という回答は84年には48.4%だったが、90年には29.9%と激減している。史上最高の待遇で、役得いっぱいの会社生活は、結局キャリア志向を生まなかった。転職についての調査「ワーキングウーマンに関する調査」(リクルートリサーチ・90年)では、20〜29歳の51%が転職を狙っている。理由は「もっと高い収入を得たい」がもっとも多く、「別にやりたい職種がある」「仕事の質をステップアップさせたい」と続く。キャリアはめざさないけど、もっと違う何か、あとお金も。もう何が何やらである。
 しかしこのデータ、そんな風潮にちくりと釘を刺すような「流され転職の時代には、“玄人社員”が格好いい!」の傍らに掲載されている。本文は、入社2年目の酒井順子。あまりにみんな簡単に辞める時代、35年無事故のタクシー運転手さんが格好いい、といったような内容だが、そろそろ地に足着いた働き方がいい、続けるってすごい、という発想が出てきたか。『an・an』で、売れっ子エッセイスト酒井が発言することで、これがお洒落な先取り感覚だったことが想像される。

 さすがにお気楽さもこのあたりがピークで、徐々に、やんわりと、危機感が漂うようになる。『an・an』10月18日号「自分のお金について考えよう」、『Hanako』92年8月27日号「転職の決算リポート174人のケース」、『an・an』92年10月23日号「こんな時代のお金の貯め方を徹底研究する。」『non・no』92年4月号「青春マネー・ノート バブルはじけて、ヒモしめて…」、『With』92年12月号「他人より貯めているOLの〈節約アイデア〉とっておき」など、仕事にもお金にも余裕がなくなっていく様が浮かび上がっていくのだった。(神谷巻尾)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月14日 (水)

『鎌田慧コレクション』発動

原発の問題点を40年にわたって指摘し続けてきた、

今もっとも注目を浴びているルポライターの一人である鎌田慧氏。

弊社からも『原発暴走列島』を出版し、

今月中旬には大規模集会もある「さようなら原発 100万人アクション」の呼びかけ人の一人です。

「鎌田慧コレクション」では、他にも公害、自殺、冤罪、労働問題などに取り組んできた彼の作品から、今や手に入りにくい貴重なルポをピックアップしました。

まずは第1弾、第2弾を配信!

鎌田慧コレクションI 家族が自殺に追い込まれるとき

22702_1025222_l

責任感が強く、几帳面な性格が仇となったか。膨大な仕事量に押しつぶされ、最後には入水自殺した設計士。月120時間にも及ぶ残業に耐えかね、「家族に会いたい」とこぼしながら死んでいった工場員。連帯保証で身動きがとれなくなり、ホテルでいっせいに死を遂げた3人の社長……それぞれの遺族が、涙ながらに打ち明ける話は壮絶だ。さらに労災認定の壁が立ちはだかり、大切な人を喪った家族は闘わなければならない。どこまでも悲痛な13のケースが、この国の社会病理を浮き彫りにする。「鎌田慧コレクション」第1弾。

鎌田慧コレクションII いじめ社会の子どもたち

22702_1025223_l

日本を震撼させた酒鬼薔薇事件の分析に始まり、様々な国の教育事情からみた日本の異常さを訴え、実際に問題の起こった学校へ出向き講演を行う。子ども社会で生じる問題は大人社会の病理の表れであるという主張を崩すことなく、次々と指摘される問題はあまりに重い。90年代後半に出されたこのルポが訴えるいじめ問題の解決を、現代の私たちはまだ成し遂げていない。いじめは個々人の性格の問題なのではなく、たんに学校の構造の問題なのだ。それに気付くはずもない子どもたちが犠牲になる学校という集合体は、けっして健康なものとはいえない。「鎌田慧コレクション」第2弾。

立ち読みだけでもぜひ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月12日 (月)

電子版、続々登場!

既刊が続々電子書籍になって登場しています。

本日ご紹介するのは、

三重苦楽~脳性まひで、母で妻~

大畑 楽歩:著

なんと、電子版だけの特別付録として

ニュージーランド滞在記が巻末についています!

付録写真はフルカラー。

脳性まひ者である楽歩さんの、アクティブな面がこれでもかと前面に押し出されたパワフルな留学体験記。

本文と合わせてお楽しみ下さい。

Rabu_denshi_2 

うまく持てない、じょうずに話せない、ぜったい走れない。これが私の三重苦。脳性まひのために負った障害です。娘がこんな障害に見舞われるとは思ってもみなかった両親がつけた名前は、「楽しく歩く」と書いて「楽歩」。残念ながらアスファルトの道では楽しく歩くことはできない身体だけれど、人生という道ではわりと上手に楽しく歩んでこられました。訓練に泣いた幼年期、両親の愛から抜け出そうと必死になった思春期、スポーツに夢中だった青春期、夫との出会い、妊娠、出産、子育て……宝物のような私の今までが、この本には詰まっています。(カバーより)電子版の特別ふろくとして、ニュージーランドの滞在記がついてます!

立ち読みだけでもぜひ!

三重苦楽~脳性まひで、母で妻~

大畑 楽歩:著

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 9日 (金)

OL財布事情の近年史/第45回 86%のOLが会社を辞めたがっていた'90年代前半、バブル終焉(前編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

 どじょう演説で高支持率の野田内閣が誕生したが、先週の民主党代表選では、小沢グループ支持を得て一躍有利と目されていた海江田万里氏があっさり逆転負け。拍子抜けもしたが、内心ほっとした。いえ、特に政治信念があるわけじゃありませんが、このお財布記事で、経済評論家・海江田万里の名前を何度となく見ていたので。80年代後半の女性誌財テク記事に、彼はひっぱりだこだった。『コスモポリタン』1986年11月号「海江田万里さんに聞く あなたを取り巻くマネー状況」では、「今こそ女性は証券会社を利用すべきですよ」「低金利の今は、私たちにとっても、お金が借りやすいありがたい時代(笑)なのです」とアゲアゲ発言で、ポートレイトも白い歯を見せてにかーっと笑っておられる。質疑中に号泣、最終演説がしどろもどろ、などの姿を見ると、やっぱり専門のマネー分野限定でのご活躍くらいがよろしいのでは、と思ふ。総理の著書が『自分のお金が二倍になる本』(88年)とか『男の家計革命―妻に財布を握らせない13章』(89年)とか、やだし。と、海江田本を繰っていたら『僕が小沢政治を嫌いなほんとの理由』(96年)。思わず(笑)。

 1990年代初頭を振り返れば、この頃も政権はめまぐるしく替わり混沌としていた。90年第2次海部内閣、 91年宮沢内閣成立、92年には佐川急便疑惑を発端に政界汚職が次々と露呈、日本新党が結成されて後の新党ブーム、非自民連立内閣へと続いていった。この年、公示価格が17年ぶりに下落、経企庁は前年1〜3月期をピークに景気は下降期に入ったと発表、バブル終焉を迎えたことになる。高額初任給をもらい、ヒマつぶしに会社に行ってたお気楽OLの生活も一変、しただろうか。(つづく)(神谷巻尾)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 6日 (火)

寺門興隆を読む 2011年8月号 住職だって鬱になる

 震災からほぼ半年が経ったが、どのメディアでも未だにトップのニュースは震災・原発がらみのものである。それだけ国家の負った打撃は大きく、国民の傷は深いということであろう。ただの悪夢であってほしかった。しかしもちろん夢ではなく、また繰り返されるかもしれない悲劇である。だからこそ『寺門興隆』も、トップはずっと震災記事である。
 8月号の見出し。

原発でわが寺に帰れぬ住職21人の叫び/復興構想会議からの緊急報告/住職の鬱病/自宅で看取る/放射線測定器/指定文化財お盆行事/荒行堂改革住職/墓困窮者支援

 お坊さんは嘆いている人を慰めてくれるもの、救ってくれるもの、という先入観があったことに猛省。お坊さんだって自分のことで嘆くし、また助けを求めているのだ。
 「住職がもしや鬱病に罹ったら一体どうすればいいのか」は、実際に鬱病を患う住職の話から始まっている。お見合い相談所で見たプロフィールに「心の悩みにかかわっています」という言葉を見つけて惹かれ、住職と結婚した寺族は「“心の悩みにかかわっている”というのは自分のことだったのです」とため息をつく。この住職、実は以前に結婚生活を送っていた。しかしアルコール依存症に陥り、車の車体にお経を書くなどの奇行が目立つようになり離婚。心療内科からは「仕事が合っていない」と言い渡された。
 宗教者としてしっかりとした振る舞いを求められる住職は、今やほとんど世襲制だ。性格に合っていないながら、家業を継いだ人もあろう。しかも仏教葬儀への風当たりはだんだん厳しくなっている。心を病むなというほうが無理なのかもしれない。

 「原発でわが寺に帰れぬ住職のいのちの叫びを聞こう!」では、避難住職21人が証言。原発退避中のお寺はなんと60ヵ寺にものぼるらしい。「寺など潰れても惜しくはない」と言う富岡町の住職は、避難命令が出された時、故人の枕元でお経を上げていた。役所から「遺体を連れて避難はできない」といわれ、泣く泣く置いてきたという。こうした遺体が何体もあるのだろう、せっかく弔われる機会を得たのにまた独りぼっちにされてしまった犠牲者の無念を思うと、胸が締めつけられる。遺体は一週間ほど後に自衛隊が運び出したという。「地域復興を先に、祖先を思う気持ち、念仏さえあれば寺は後からでいい」という住職の言葉には、宗教への熱い情熱が感じられた。ほかにも、「防護服の上に法衣を着けて一時帰宅し、檀家の自宅で導師を勤めた」と明かす住職、「一番心配なのは自殺の増加だ」と警鐘を鳴らす住職、「子どもに寺を継げとはいえない」と案じる住職……。聖職者ならではの悩みと、個々人としての苦悩が入りまじった記事は、現状をむきだしにしているといえよう。

 さらに「みんなの生命を守る放射線測定器を買う」という記事では、12種類もの測定器を画像付きで解説。値段は6万円から25万円もするものまでピンキリであり、なるほどこうやって比較してくれないとどれを買えばいいのか全く分からない。僧侶だけではなく一般の読者にもかなり価値ある記事と感じた。

 ほかにも「インドで国葬になったサイババとは何者なのか」「さすがに五百円の法話の凄さに驚かされました!」など、ページを開かずにはいられない力強さのある記事満載。いつもながら大変読み応えのある月刊誌、次号も楽しみだ(実はもう届いてる)。(小松)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 5日 (月)

●ホームレス自らを語る 第105回 飽きっぽい性格で(後編)/岡田信彦さん(57歳)

1109 いまから15年前、平成8(1996)年の冬の朝。岡田信彦さん(57)は東武鉄道「業平橋駅」(東京・墨田区)近くのアパートの部屋から散歩に出た。朝の散歩は彼の日課だった。
「アパートを出て、まっすぐ隅田川に向かうと、川の土手に登り、その土手の上の道を歩くのがオレの散歩コースだった。その朝もいつも通りのコースを散歩していたんだ」
 いつもと違ったことといえば、前の晩、東京にはめずらしい積雪があって、その雪が土手の上の道路の両側にまだ残っていたことだ。
「雪の積もった上は歩きにくいだろう。車道てのほうは雪が消えていたから、車道を歩いていたんだ。すると、大手製パンメーカーの配送トラックが、前方から走ってくるのに気づいた。オレは慌てて車道を外れて、脇の雪のほうに逃れた。ところが、急ブレーキをかけたトラックがスリップして、車体を斜にしたままオレのほうに滑ってきたんだ」
 スリップしたトラックが、自分に向かって迫ってくる。しかし、岡田さんは金縛りにでもなったように、雪のなかに立ち尽くすばかりであった。間もなく、ガーンという鈍い音ともに、岡田さんの身体はトラックに跳ね飛ばされ、道路脇に転がされていた。
「すぐに救急車が呼ばれ、墨田区内の救急病院に運ばれて治療を受けた。右脚の膝から下を骨折し、20針縫う大ケガだった。そのままリハビリも含めて、1ヵ月間の入院になったからな」
 岡田さんはズボンを捲り上げると、改めて右脚の膝から足首あたりに残る傷跡を見せてくれた。
「1ヵ月間の入院費用や休業補償は、トラックが加入していた保険で支払われたから問題はなかった。ただ、その頃は業平橋駅近くのラーメン屋で働いていたんだが、1ヵ月も働けないんじゃ困るという理由でクビになってしまった。1ヵ月後、病院を退院してが、この歩けない脚で再就職するのは無理だから、隅田川の川べりのホームレスの仲間に入って路上生活をするようになったんだ」
 以来、15年間ホームレスの生活を続けているという。
「15年間ものあいだ1日も働いていないんですか?」と問うと、彼は詰問されているとでも思ったのか「だって、脚が痛くて歩けないんだから仕方ないだろう」と少し鼻白んだように言うのだった。

 事故の後遺症で脚が痛むというのは、その程度がどんなものかは本人にしか分からない。ただ、岡田さんの場合、杖や松葉杖にすがって歩行しているわけでも、ましてや車椅子を使用しているわけでもない。勝手な憶測だが、歩行が困難なほど脚が痛いというのは、働かないための方便のような気がしてならない。
 以前に取材したホームレスの一人に、現場での作業中に足場から墜落して大ケガを負ったという人がいた。彼は病院に入院中に遊びクセがついてしまい、退院後も働く気にならずに、そのままホームレスになったと言っていた。岡田さんもこれとよく似たケースのような気がする。
「いや、仕事をする気はあるんだよ。ずっと仕事を探してもいるんだ。だが、この不自由な身体で働ける仕事はなかなかなくてね」
 岡田さんは必死に抗弁したが、抗弁すればするほど怪しい。
 ただ、当方としては彼がホームレスをしていることや、15年間1日も働いていないことを非難しているわけではない。彼がどういう生き方を選ぼうと自由であり、それをもって何ら貶めるつもりはない。
 岡田さんは昭和29(1954)年に広島県呉市で生まれた。中学卒業後、大阪に出て割烹で板前修業に入る。ただ、この割烹での修業というのも本人の申告によるもので、実際には割烹というよりは大きな大衆食堂で働いていたというほうが正確なようだ。その食堂では7年間働いてやめ、呉に帰って左官になるが、これも5年でやめてしまう。以後、東京に出てきて、アスファルト舗装の会社に3年、居酒屋に3年、さらにカレー専門店、ラーメン店と移った。「飽きっぽい性格で、どこも長続きしなかった。辛抱できない性格なんだ」と述懐する。
 この最後のラーメン店で働いていたときに、トラックに跳ねられるという事故に遭遇したわけだ。42歳のときのことである。
 隅田川の川べりでホームレス生活をはじめた岡田さんは、その後大阪に場所を移している。大阪の街で暮らすのは、人によって好悪がはっきり分かれるようだ。どうやら岡田さんには大阪の水は彼には合わなかったらしくて、すぐに東京に戻っている。それで元の隅田川べりや、池袋などを経て、いまいる渋谷に移ったという。
「夜は渋谷駅の裏にあるビルとビルのあいだに、段ボールを敷いて寝ている。寝る場所は、その日の気分によって適当だね。いまは夏だから楽だけど、寒い冬の野宿は辛い。最近は東京でも冬の寒さは半端じゃないからね。食べるものは、ある飲食店が残り物を出してくれるんで、それをもらって食べている」
 渋谷ではコンビのゴミ箱を漁ろうにも、ゴミ箱に鍵が掛けてある店が多いのだという。岡田さんのように食べもの入手のルートを持っていないと、この街でホームレスの生活をするのはむずかしいようだ。
「いまでも仕事は探しているんだ。できたら、飲食店の料理関係の仕事がいいんだけどね。いまは仕事があっても、土木関係の日雇いばかりでさ。この身体で肉体労働をするのは無理だからね。料理関係の仕事だったらアルバイトでもいいと思っているんだけど、それすらないんだからね」
 また、弁解でもするように、一人ごちる岡田さんであった。(この項了)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 3日 (土)

池田大作より他に神はなし/第23回 名誉会長を師匠と仰ぐ弟子にとって、蜘蛛膜下出血以下の病魔などは、烈風の中の陽炎に過ぎない。

 カレーライスにふくじん漬け、富士に月見草、初老男に贋バイアグラ、女子高生売春に公務員(警官)は、不離不足の鉄壁関係だが、それに倣えば蜘蛛膜下出血は各種メディア訃報欄での、死亡原因の筆頭与力だ(ガン一家と東西の横綱を競ってると言った方が正確か)。よりによって筆者がその病魔の襲撃を。風呂を出た深夜の1時頃、無修整映像(屋外露出系)で1発抜いて寝ようと思ってた時だ。焼けた火箸を数本、串刺しにされたような頭痛。同時に三つ子を腹に抱えた妊婦並のつわり、いや吐き気。家系的に高血圧なので用意してあった血圧計で測ると、上が220。やばい! 夕刊の健康欄などで良く見る、脳溢血の典型的初期症状だ。慌てて着替えて1階へ。風呂上がりの半裸の女房が(また吐き気)、のんきにドライア-をガーガー。「富岡総合病院に車で運んでくれ。多分こりゃ脳溢血だ」「だだだ…大丈夫あんたあ!!」既に半狂乱。落ち着いてゆっくり運転しろと厳命したが、まるで上の空で脳溢血以上に怖い道のりだった。

 「やっぱり血がバッシャリ出てらいねえ。動脈瘤の検査もしなくっちゃ。どうせそっちも破裂してるんだんべえけど…」検査の間も断続的に吐き続ける(ファミマのお握り3個の哀れな末路)。同病院の担当医の話では、より設備とスタッフ人員の揃った高崎の病院に、翌日救急車で転送する事になると。やったぜ、憧れの救急車の初乗り!(はしゃいでる場合かよ…)医者は無意味にプライドの高い阿呆が多いのに、「私も歳で体力が…」と謙虚で誠実な老医師。好感を。濡れ髪女房は米つきバッタ。脇でゲーゲーしながらも(吐くモノ無しゆえ音声のみ)、筆者は何も怖れてはいなかった。私には名誉会長が付いている! たとえ蜘蛛膜下出血とすい臓ガンと糖尿病を併発しようが、一切ひるまない。師弟共戦&異体同心スピリッツの前では、あらゆる病魔も烈風の中の陽炎に過ぎない。

 “人間の心(こころ)は、妙(たえ)なる力(ちから)を秘(ひ)めている。それは、いかなる絶望(ぜつぼう)からも、「希望」を生み出す力(ちから)である。最悪の悲劇(ひげき)からも蘇生(そせい)し、「価値」を創造(そうぞう)する力(ちから)である。3月11日に東日本を襲った大震災においても例外ではない”。これは筆者が倒れる前日(7月21日)、『聖教新聞』に載った一文だ。国際的通信社IPSにより世界中に熱烈配信され、怒濤のような大反響を呼んだ感動的名文だが(当然の事だ)、名誉会長の文章の威力には常に驚かされる。一つの事件なり現象について論じながら、発見、倫理、真実、美、詩的高揚は森羅万象に通じている。同時に世界平和を論じる哲学的大論文が、小さな街の路地裏や台所の景色、家族だんらんへの愛情をこれっぽちも忘れない(師弟有縁)。頭脳の中の天体望遠鏡と顕微鏡を、無意識に駆使しているに違いない。天才の頭脳の働きは、想像を絶するとしか言い様がない。

 5時間近くかかった模様だが、手術は無論成功(名誉会長、感謝します!)。麻酔から目覚めたのは「高崎総合医療センター」3階の、救命救急センター。緊急を要する重症患者ばかりで、空気もピリピリ張り詰めっぱなし。オーバーでなく最前線の野戦病院のよう(映画マニアには増村保造監督の1966年度大映作品、『赤い天使』の連想を)。患者も死に損ない、半気違い(私です)、発狂済みと地獄の1丁目のオールスターが勢揃い。余り清潔でない者も見掛けたが、国立なので救急車の拒否も安易には出来ない模様。世界中からの300を超す栄誉に輝く名誉会長ほどではないが、医師と看護婦も非常に優秀で熱心。特に後者は美人かつスタイル良し揃いで、人事部長の高い見識に唸らされた。運なく瀕死の重傷を負ったら、付近の人は1度は入院したい病院だ(高崎市役所と高崎音楽センターの間)。

2  常時監視の必要な患者ばかりなので、個室や相部屋ではなく、広い部屋のあちこちにベッドがポツリポツリ。色んな患者が。1階上だったが、一晩中絶叫してる気違い婆さんが(早く山奥の地下牢に監禁してくれ!)。妙な器具で、終日口をパックリ開けさせられてる爺さんも(蚊や蝿が入ったら大変だ。もう意識がないのか?)。すぐ隣には大騒動スカトロ爺さん(カーテンのせいで外見は未見)。スカトロ爺さんには往生を。看護婦さんの手伝いで紙オムツにウンコを(画像なしでの推測)。所が大人しく脱糞出来ずに(恥ずかしい気持ちはわかる)、途中でベッドに立ち上がり、周囲にウンコをまき散らしたのだ。「××さん座ってえ!立っちゃ駄目って言ってるでしょう!お願いだから座ってえ!」との絶叫が、1カ月近く経過した今も耳に残る。この看護婦さんは知的で注射も上手な『デラべっぴん』(ファンでした!)。義憤にかられた俺はよっぽど助太刀に行こうかと煩悶を。しかしチンポには管、ケツにはL判紙オムツ、全身に点滴数種類、他にもチューブが方々にという、“初老ゴム管人間”にゃ到底無理(結末は記憶無し。睡眠薬で寝ちゃったのだろう)。

 最初、回復は順調だった。7月の末頃、俺の病名が単なる脳溢血ではなく、蜘蛛膜下出血だと看護婦さんに聞く。一般的な話だがとして、彼女は俺の切れ痔に、便秘解消用座薬を刺し込みがら続ける。蜘蛛膜下は3分の1が死に、3分の1に障害が残り、3分の1だけが無事なのだと。名誉会長の“300の栄誉パワー”恐るべし(無論、本病院の医師や看護婦さんの努力を忘れた訳ではない)。数日間は平穏に経過。「お名前とお歳は?」「シオヤマヨシアキ。57歳です」「手は痺れませんか?」「はい」「じゃあ私の手を握ってみてえ」「全然痺れたりしてません。ニギニギニギ」(不必要にしつこく握りまくる。後で看護婦さんも念入りに消毒したはずだ)このままずっと入院してたいと思い始めた8月頭、いきなり発熱(38度強。後には40度前後にと後で女房)。助けてえ~、名誉会長~!!

 発熱するなり異変が。顎周辺が自然にヒクヒクと痙攣する。こ…怖いよう!(医師や看護婦さん、半泣きの愚妻他が周囲にグルリ。テレビドラマみたいだが、各人の顔色でまずい症状という事が一目瞭然)。それだけではなく、痙攣の前後には何度も意識不明になってたと(これまた後の愚妻の話)。同時に食欲が失せる。数日後に医師に警告を。もっと食欲を出して栄養液も飲み(オランダ製の「オキシーパ」。腐ったいわしの缶詰め風の悪臭がして、良薬らしいが飲む度に嘔吐感を。俺は“毒液”と呼称)、体力を付けないと脳硬塞になりかねないと。脳硬塞になると、障害の残る確率は75%と聞き震え上がる。名誉会長のパワーと自らの日々の善行、加えて本病院スタッフの努力でここまで回復したのに、それじゃ神も仏もアラーも名誉会長もない(順不同)。車椅子じゃ映画館に行くのが大変。下手すりゃオナニーさえ出来ない(愚妻の手助けでなんて生き地獄!)。その時だ。赤城山の彼方から魂の言葉が甦った。“君(きみ)よ、勝ちまくる英雄(えいゆう)たれ!獅子(しし)たれ!闘士(とうし)たれ!”(名誉会長の若きリーダーへの言葉)

1  たちまち食欲が出たのは言うまでもない。3食共に味になど一切文句を言わずに、パクパクパク(後に相部屋に移ると、飯が臭くて喰えないと言ってた爺さんも。信仰欠如の見本だ)。“毒液”「オキシーパ」もグビグビとラッパ飲み(少しウソ)。愚妻も朝から押し掛け、飯やおかず、「オキシーパ」を俺がゴミ袋であるかのように、無慈悲にギュウギュウ詰め込む。努力が実って各種数値もハイスピードで改善を。遂に8月半ばには、6階の一般病棟に這い上がった(筆者が紙オムツにウンコを垂れ流し、痙攣を起こしながら失神してた最中には、愚妻は重い障害が残るのなら死んでくれと、地元の貫前神社に祈願していたと。いくら面倒を看るのが大変だとはいえ、名誉会長を理解しない女は恐ろしい)。

 一般病棟は医師や看護婦、患者も緊張感ゼロのユルユル。ヒリヒリした3階が懐かしくなるほど(『赤い天使』の若尾文子似の、美形野戦看護婦さんたちも)。36日間入院していたが、30日目くらいにやっと歩行許可が。雲の上を歩くような感触で病院内を散歩しながら、ハッと気付く。あの発熱は日顕一派の仕業に違いないと。考えれば病院は世間の縮図。地獄を這いずり回る敗北の日顕一派の残党が、紛れ込んでいても不思議ではない。そういえば隣のスカトロ爺さんはおかしかった。俺のマドンナ看護婦を困らせやがって! あの騒動の間に、何かを仕掛けたのでは?いや、あの気違い婆さんの絶叫の中にこそ悪魔の言葉が?口開き爺さんは無理だろうが…。考えれば片っ端怪しい患者ばかりだった。

 皆さんも入院したとしても、断末魔の日顕一派の残敵には、くれぐれも御用心を。追い詰められれば追い詰められるほどに、ウジ虫共は汚ない真似をしがち。勿論最大の駆除剤は、民衆史観に貫かれた師匠のお言葉です。“君よ、勝ちまくる英雄たれ!”(つづく)(塩山芳明)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 2日 (金)

OL財布事情の近年史/第44回 気楽すぎるサラリーウーマン、世にはばかる★90年代前半

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

前回の続き。1990年、目を覆いたくなるようなバブル福利更生会社と、それを当然のように享受するOLの実態を女性誌から報告している。

 あのお嬢さん雑誌『JJ』では、1990年11月号に「もうちょっとくわしく知りたいOLの〈金銭感覚〉実態調査 手取り15万円の使いみち」というお財布記事が。キャリアやら貯蓄などとは無縁、女子大生と秘書を満喫していいお家にお嫁に行く、というのがセオリーかのような同誌で、「自分への投資も財テクのひとつ」なんて言葉を目にするとは驚きである。読者の1ヵ月の支出項目が、交際費、Shopping(なぜか英語)、お稽古事、スポーツと全部レジャーじゃね?ってあたり、あくまでも自宅通勤、家にお金は入れないのが前提なのは変わらないようだが。 
 読者が座談会形式でお金の話をしているのだが、「周りの話を聞くと確かにみんな結構きちんと貯めてるのね」「先輩の話を聞いたら、すごくいっぱいしてる」と、貯蓄は“みんなやってるから私も”現象となっている模様。しかも、「ボーナスが出たら、わざわざCITY BANKに10万円預けてるの」「新積み立て女性保険っていうのを」「JTBの“たびたび”って金利のいい積み立ても」と、すっかり財テクOLの体である。
 もちろん15万円の使いみちがほぼレジャーであるから、消費欲は旺盛だ。特に旅行にかける情熱がすごい。「今度の休みはフィジーかタイに」「女ってお盆休みやお正月休みのために働いているような人多くない?」「もうエイビーロードがバイブルみたいな」「ヨーロッパへ行くにも香港でチケットを買うと安いとか」と、旅慣れもいいところである。「洋服そんなに高いの買わないし……せいぜい冬のコートで7万ぐらい」「旅行のときは平気で一気にお金おろすのに、服にはそれほどかけたくない」と言いながら、みなさん月の洋服代3〜4万円かけている。そのうえ、「神戸へ行ったとき、観光なんてちょっとで、あとはずーっと買物」「(父に)タイやシンガポールへついていって思い切りアクセサリーを買ってもらっちゃった」と、旅もShoppingがセットである。最終的には「結婚後家庭に入っても自由になるお金が欲しいから(略)ビッグとかワイドとかもやってみようかな」と、財テクも専業主婦が着地点である。

 一方、89年に「知的好奇心旺盛な女性のための、こだわりの総合月刊誌」として創刊した『CREA』 (文藝春秋)は、巻頭に国際問題や政治経済のニュースが載るなど硬派、キャリア派か、と思いきや、会社特集はどこかおかしい。90年10月号「会社に言いたい 会社って、どうしてこんなにうっとうしいの。働く私は何とかしたい。」では、「女性優遇・人気企業75社OLたちの〈ホンネの居心地〉」として、当該企業のOLに秘密裏にインタビュー、実情を調査している。91年5月号では「会社なんて、ヒマつぶし。 雇均法世代がカイシャを[脱構築]する」と、ここまで来たりという強気ぶり。「仕事のできない男たちへ―あんなボケ男がなぜ、私より…」とか「30すぎれば、会社はおいしい?」とか、ちょ、週刊ナントカじゃないよね、というような記事タイトルが並ぶ。

 サラリーマンは気楽な家業、とスーダラ言っていたのが高度成長期の男性だったが、この時期、キャリア志向も腰掛け派にも等しく高給と好環境を用意して待っていてくれた「会社」は、若い女性にとってのお気楽な共通項になったかのようである。文句を言ったり笑い飛ばしたりするのも、もはや欠かせない存在になったからこそ、なのかも。(神谷巻尾)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »