寺門興隆を読む 2011年8月号 住職だって鬱になる
震災からほぼ半年が経ったが、どのメディアでも未だにトップのニュースは震災・原発がらみのものである。それだけ国家の負った打撃は大きく、国民の傷は深いということであろう。ただの悪夢であってほしかった。しかしもちろん夢ではなく、また繰り返されるかもしれない悲劇である。だからこそ『寺門興隆』も、トップはずっと震災記事である。
8月号の見出し。
原発でわが寺に帰れぬ住職21人の叫び/復興構想会議からの緊急報告/住職の鬱病/自宅で看取る/放射線測定器/指定文化財お盆行事/荒行堂改革住職/墓困窮者支援
お坊さんは嘆いている人を慰めてくれるもの、救ってくれるもの、という先入観があったことに猛省。お坊さんだって自分のことで嘆くし、また助けを求めているのだ。
「住職がもしや鬱病に罹ったら一体どうすればいいのか」は、実際に鬱病を患う住職の話から始まっている。お見合い相談所で見たプロフィールに「心の悩みにかかわっています」という言葉を見つけて惹かれ、住職と結婚した寺族は「“心の悩みにかかわっている”というのは自分のことだったのです」とため息をつく。この住職、実は以前に結婚生活を送っていた。しかしアルコール依存症に陥り、車の車体にお経を書くなどの奇行が目立つようになり離婚。心療内科からは「仕事が合っていない」と言い渡された。
宗教者としてしっかりとした振る舞いを求められる住職は、今やほとんど世襲制だ。性格に合っていないながら、家業を継いだ人もあろう。しかも仏教葬儀への風当たりはだんだん厳しくなっている。心を病むなというほうが無理なのかもしれない。
「原発でわが寺に帰れぬ住職のいのちの叫びを聞こう!」では、避難住職21人が証言。原発退避中のお寺はなんと60ヵ寺にものぼるらしい。「寺など潰れても惜しくはない」と言う富岡町の住職は、避難命令が出された時、故人の枕元でお経を上げていた。役所から「遺体を連れて避難はできない」といわれ、泣く泣く置いてきたという。こうした遺体が何体もあるのだろう、せっかく弔われる機会を得たのにまた独りぼっちにされてしまった犠牲者の無念を思うと、胸が締めつけられる。遺体は一週間ほど後に自衛隊が運び出したという。「地域復興を先に、祖先を思う気持ち、念仏さえあれば寺は後からでいい」という住職の言葉には、宗教への熱い情熱が感じられた。ほかにも、「防護服の上に法衣を着けて一時帰宅し、檀家の自宅で導師を勤めた」と明かす住職、「一番心配なのは自殺の増加だ」と警鐘を鳴らす住職、「子どもに寺を継げとはいえない」と案じる住職……。聖職者ならではの悩みと、個々人としての苦悩が入りまじった記事は、現状をむきだしにしているといえよう。
さらに「みんなの生命を守る放射線測定器を買う」という記事では、12種類もの測定器を画像付きで解説。値段は6万円から25万円もするものまでピンキリであり、なるほどこうやって比較してくれないとどれを買えばいいのか全く分からない。僧侶だけではなく一般の読者にもかなり価値ある記事と感じた。
ほかにも「インドで国葬になったサイババとは何者なのか」「さすがに五百円の法話の凄さに驚かされました!」など、ページを開かずにはいられない力強さのある記事満載。いつもながら大変読み応えのある月刊誌、次号も楽しみだ(実はもう届いてる)。(小松)
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