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2011年6月26日 (日)

書評:『冠婚葬祭でモメる100の理由』(島田裕巳、文春新書)

Kan_2   『葬式は、要らない』(幻冬舎)の著者である島田裕巳氏が、「葬式」だけではなく冠婚葬祭全般についてのQ&A集をだした。「お見合い写真はメール画像添付でも失礼ではないか」「離婚した元夫の葬式に行くべきか」「不況につきお歳暮を中止したい場合」など、家族形態やつきあい方が多様化してきた現代だからこそ生じる悩みに、島田氏が軽やかに答えている。
 質問はまるで「発言小町」や「教えてgoo!」の様相を呈しているが、「死後にメール履歴が残ることが不安」といった質問に「果たしてあなたが亡くなった後、メール履歴まで関心を持つ人がいるかどうかが問題」など冷静な切り返しをしていて、大部分がシリアスだからこそ、ふっと笑ってしまう。回答者である島田氏の素顔がチラッと見えるこぼれ話もあって、ためになりつつ、読み物としても面白い。
 「どうしたらいいでしょう」「教えて下さい」という質問には「こういう方法があります」と懇切丁寧に案内するが、「こうしたほうがよかったのでしょうか」「こうすべきでしょうか」といった質問には「そもそも、あなた自身はどうされたいか?」「何がこの問題の元凶か?」と、しばしば問いかける。そこには「冠婚葬祭には従うべき決まり事がある」という私たちの先入観を打ち砕きたい、そんな著者の姿勢があらわれているのではないかと思われる。

 個人的に印象に残った質問は、やはり「葬」の章にある「香典返しが虚礼に思えて仕方ない」という項目。社員が参列した葬儀の香典返しが段ボールで送られてきた、ここまで形骸化した香典返しをやる意味はあるのか、という質問だ。現役葬儀屋時代のことを思い出した。故人や喪主が公務員などの場合、部署ごとの参列が通例とされていることが多いため、参列者は数十人単位になる。または代表がまとめて香典を持ってくる。そして代表が香典返しの入った段ボールを担いで持っていく、という場面を何度も目撃した。
 段ボール入りの香典返しが空しい、ということなら、集団での漠然とした参列もまた空しく虚礼である。質問者は、故人のことをまったく知らないと思われる大勢の会社関係者に頭を下げ続けなければならない遺族の心労を、どれほど想像しただろうか。虚礼には虚礼で返した、ただそれだけなのである。
 島田氏はもちろんそんなミもフタもないことは言わず、香典返しの背景にある冠婚葬祭の原理「互酬性」に触れ、香典返しのそもそもの意味について回答した上で、香典返しという形をとらなくとも互酬性は保たれるはずと提案している。いたって明快だ。

 この質問集には、現代を生きる人々の不安や自信のなさがぎっしり詰まっているように見える。右にならえの総中流や家制度が崩壊した今、多様な中から「コレ」と選んだ自分のライフスタイルだから、右往左往してもお手本は見つからない。「コレに決めた」に自信と責任を持つことのできる人間になろう、そう思わせられる本だ。(小松)

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