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2011年5月

2011年5月27日 (金)

OL財布事情近年史/第30回 現代に降り立ってみると……アナタタチ主婦ですか?!涙、涙のOL節約術(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

前編のつづき。

 2010年5月号で「貯まる生活♪はじめよう」に登場するのも、そんな平均的につましい収入の働き女子たち。しかし、その中からやりくりして蓄財した成功例が数多く紹介されている。29歳のグラフィックデザイナーは手取り月収24万円、一人暮らしだが月に9万円貯金し、7年で1650万円貯めたという強者だ。食費1万3000円、服飾・美容費3000円、新聞・図書費なし、と節約主婦?とみまごう家計簿だ。「化粧品はイベントと懸賞で」「夏は保冷剤で冷房費を節約」「ジムで入浴し、家では月1回!」と潔いほどに節制している。「年収別貯められる人VS貯められない人」、200万円台対決の「貯め上手さん」は、手取り年収270万円の印刷会社SE30歳女子。手取り月収19万円で家賃6万8000円も払いながら貯金3万円、投資信託3万円。って、生活費6万円ですよ? 「財布の中はいつも1000円程度」「主食費積立月1000円」「映画は昼休みにネットから応募し、月に1、2回は試写会も当たります」と、一瞬理解不能な技を駆使して、結果385万円の貯蓄。FPのアドバイスも「マネしたい技いっぱいの上級者!」と絶賛だ。
 それにしても、派手な財テク時代とは隔世の感がある涙ぐましい節約ぶりに、今さらながら大不況を実感する。せっかく手に入れた雇用機会もキャリアアップも、経済の壁の前ではむなしく後退するしかないのか。と、後ろめたさから勝手に怒りを感じてしまうバブル世代である。
 しかし、プロもほめるように、今どきの「貯め上手さん」たちのマネー術は格段に進歩していた。情報を駆使して最適な方法を見つけて、お金を管理している。だいたい、「家計簿」がこんなにOLに浸透しているとは驚きだ。登場するほぼ全員がネットの無料家計簿サイトやエクセル、手帳や大学ノートなど、それぞれ独自に工夫して家計を管理しているとは、いったいいつ頃からの習慣なのか。貯蓄にしても、銀行預金だけでなく、株や投資信託、社債、財形など様々な金融商品を駆使しているのは20年前と同様だが、高い利息が望めなくなった今、活用の仕方はもっと地道。銀行のキャンペーン金利をチェックしての預け替え、株主優待目当ての株購入、ネット口座の使い分け、カード支払でポイント集めなど、細かい積み重ねの蓄財へとシフトしている。その結果、FPもびっくりのマネー感覚につながったのでは。と、結構本気で思う。(神谷巻尾)

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2011年5月23日 (月)

原発事故を予言したのに空しい

昨日紹介した『東奥日報』の記事には、『原発暴走列島』の著者・鎌田慧さんが心境を次のように書いている。

「彼の心を今占めているのはある種の無力感だ。危険がわかっていながら、なぜ止められなかったのかという」

キレイ事だと感じる人がいるかもしれない。しかし鎌田さんは本当に浮かぬ顔で、今回の事故について語り続けている。予言が的中した高揚など、まったく見えない。

それは原発報道の歴史をひもとけば納得だ、とも感じる。

スリーマイル島やチェルノブイリの原発事故などを契機に、日本で反原発の運気が盛り上がったことはもちろんあった。しかし、ここ10年間ほどは、反原発運動が大きな力を持つことはなかった。もちろん地域によっては、住民投票によって原発建設にNOが突きつけたりもした。しかし原発立地の地元以外で、反対の声は強くはならなかった。

取材も楽ではない。電力会社や安全・保安院は、とにかく情報を出さない。それどころか木で鼻をくくったような対応に終始する。さらに原発の危険を訴えるのは非科学的だ、と御用学者は反原発陣営をバカにしまくった。世論でも、ありもしない危険を煽る人々というポジションが、反原発陣営の定位置となった。

もちろん、さまざまな圧力とアメも大量に用意されてきた。反原発の立場だとテレビではコメントできない。逆に原発の提灯記事を書けば数百万円という原稿料がもらえた。そのうえ反原発系の本は、事故が起こるまで驚くほど売れなかった。

反原発のジャーナリストを続けるのは、容易ではなかったのだ。

これだけの逆風下で反原発を訴えていたのは、ひたすらに事故を食い止めたかった人たちである。「自説を証明してやる」といったような理由では、やっていられない。原発の恐怖をリアルに感じていた人だけが、必死に事故を抑えるために頑張ってきた。

風向きが変わったのを察知したのか、原発推進派の趣旨替えもはやっているようだ。しかし多くの原発推進派が、反原発の人々を追い込んできた歴史を考えると複雑な気分になる。(大畑)

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2011年5月22日 (日)

原発事故を予言した『原発暴走列島』

5月14日付『東奥日報』の「天地人」欄で「話題の『予言の書』」として鎌田慧著『原発暴走列島』が紹介された(http://www.toonippo.co.jp/tenchijin/ten2011/ten20110514.html

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2011年5月20日 (金)

OL財布事情近年史/第29回 現代に降り立ってみると……アナタタチ主婦ですか?!涙、涙のOL節約術(前編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
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 80年代末に登場した『Hanako』『日経WOMAN』は、両誌ともに現在も安定して刊行中だ。出ては消えをくり返し、今では消える一方の女性誌においては20年以上も現役とは、立派な健闘ぶりである。
 最新号を見ると『Hanako』 は「効く、からだメンテナンス。」で美容と癒しと健康の大特集、『日経WOMAN』は「最高の「話す」技術!」がビジネスっぽいが、「働き女子の恋愛白書2011」とは、これがあの「ワーキングウーマン」を奨励していた同誌なのか、とびっくりである。かつての「消費、キャリア、イケイケ!」といった過剰さはすっかり影をひそめたが、OLのリアルな生活に寄り添っているという点で支持を得ているのだろう。
 特に『日経WOMAN』は、「WW」が「働き女子」にニュアンスは変わっても、扱うテーマは仕事、情報、それにマネーなど、一貫して変わらない。ここ数年、どうやら5月号がマネー特集らしく、2010年5月号で「貯まる生活♪はじめよう」、2011年5月号は「貯蓄1000万円最短ルート」で、かなりのページを割いて読者の家計簿分析や貯蓄指南をしている。前回までみてきたように、80年代末のOLは、仕事への意識が高まり、収入も年収ベースでとらえるようになっていたが、はたして20年余りを経て、彼女たちの経済感覚はどのように変化したのだろうか。
 まず基本となる収入をみてみよう。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によると、大卒女性の初任給は89年が15万5600円、2009年は19万4900円。20年で4万円増。ざっくり言うと、1年でわずか2000円ずつのベースアップである。働き盛りの25歳〜29歳では、89年19万4500円、2009年23万4300円で、こちらも寂しい増加率だ。20年たって、物価上昇や一人暮らしの増加、晩婚化など考えあわせると、現在のOLは相当つましいお財布行動を強いられているといえよう。
 2010年5月号で「貯まる生活♪はじめよう」に登場するのも、そんな平均的につましい収入の働き女子たち。しかし、その中からやりくりして蓄財した成功例が数多く紹介されている。(つづく)(神谷巻尾)

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2011年5月17日 (火)

鎌田慧の現代を斬る/第149回 浜岡原発停止と米国従属

 浜岡原発が全面停止した。福島第一原発での歴史的な大失態といえる4基連続暴走を受けてのことだ。このまま廃炉にする運動の継続が必要だ。
 原発は政府主導で建設操業され、政府の「行政指導下」にあることを、改めて内外にしめした。
 日本列島が地震の活動期に入ったともいわれているだけに、もっとも地震に弱い浜岡原発の危険性ははやくから叫ばれていた。事故で予想される被害の大きさに、菅直人首相もふるえあがったにちがいない。2~3年後、堤防が完成したら、再開とはいわせられない。脱原発の一里塚にしたい。

 これからの問題は、今回の全停止から廃炉にむかう道筋を世論の力でつくりだせるかである。浜岡原発はかねてからもっとも危険な原発と批判され、地域住民が移転するケースも少なくなかった。というのも駿河湾から四国沖にかけては、90年から150年間隔でマグニチュード8クラスの巨大地震が発生するいわくつきの地域だからである。

 非常識きわまりないことに、浜岡原発は東海地震震源域の真上にある。しかも東海地震は隣のプレートで起こる東南海地震の影響を受けやすい。ところが1944年の東南海地震は東海地震を誘発させることがなかったため、1854年から東海地震のエネルギーが溜まりまくっている。今後30年以内にマグニチュード8クラスの東海地震が発生する可能性が87%という切羽詰まった状況が、浜岡原発の真下でうごめいているのだ。
 今回の福島原発の被害を考えれば、浜岡原発全停止は当然といえる。しかし今回の決定は、海岸沿いの高さ10メートルほどの砂丘と原発の間に、新たに15メートルほどの防潮堤を新設し、背後の山の上にも非常電源を装置する津波対策完了までの緊急措置だ、と政府も中部電力も繰り返している。300億円もかけて整備し、2年後には再稼働するというのだから呆れる。

 原発は津波によってだけ電源が破壊され、給水できなくなるわけではない。今回の福島原発の事故でも、津波で非常電源が破壊される前に、パイプの破断によるダメージがあったという指摘がされている。原発はプラントの中を細管が何キロにもわたっている、極めて繊細な装置である。これまでも細管が腐食したり摩耗したりして、放射能汚染された水などを漏洩、事故の原因にもなってきた。つまり津波対策だけで、地震による原発被害を食い止められるわけではない。

 そもそも地震大国であり、米カリフォルニアの一州にも満たない国土の日本が、海岸線に54基もの原発が並べているのは、異常な光景である。今回、政府や電力会社は「想定外」という言葉によって責任回避をしようとしている。しかし原子核の爆発を人間がコントロールすること自体、自然からみれば「想定外」なのだ。また、なにが起こるかわからない自然界を、人間の想定内に収めようとすること自体、自然への冒涜といえる。それが今回の大地震と大津波という自然の反乱によって証明された。
 岩手県釜石市の世界一の深さを誇る堤防は大破、日本一の高さを誇る同県宮古市のスーパー堤防も津波を防げなかった。やはり自然の猛威すべてに、技術で対応しようという人間の浅知恵が間違っていたのだ。バカ高い防波堤に頼るのではなく、警報装置の設置、避難場所や避難路の確立、あるいは避難訓練など、人間の知恵と感覚のなかで警戒していくしかない。

 最近、大きな問題となっているのが原発の放射性物質による被曝だ。4月末に内閣官房参与を辞任した小佐古敏荘東大教授も、小学校の校庭の基準が20ミリシーベルトとしたのは、とんでもない、と辞任理由の1つとしてあげた。
 国の基準では、年間5.2ミリシーベルトを超える区域は放射線管理区域に設定される。それをはるかに超える基準を、放射能の影響を受けやすい子どもの運動場に当てはめるのは、非人間的な決定だ。
 そもそも被曝線量は、1ミリシーベルトでも人間にとって害悪である。放射線そのものが害であり、レントゲンや放射線治療などで使うのは、放射線被曝のマイナスを超え、健康上のプラスがあるときに限られる。被曝はするが、病気を早く発見して手当できるといったバーターで行われるものだ。
 福島の学校の基準決めた際、どのような議論があったのかはわからないが、子どもの将来が心配だ。即急に考え直す必要がある。

 被曝でもう1つの大きな問題は、原発の労働者である。
 現在、福島原発4基の安定のため、大量の労働者が働かされている。これが原発の本質である。操業中に被曝して病気になって亡くなる労働者もいれば、事故で被曝して死ぬ人もいる。被曝による死は原発内では日常的にある。
 しかも人員確保のため、事故後には被曝量の限度が年100ミリシーベルトから一気に250ミリシーベルトに引き上げられた。これまでもの基準でも、放射能によって労働者が大量に亡くなっているのに、だ。
 原発と人間が相容れないことはヒロシマ、ナガサキでもハッキリしていたはずだ。ところが、福島第一原発に深くかかわっている核産業・東芝副社長は、今回の事故にともなう「影響が出るとは思わない」と記者会見で述べた。原発を押しつける商売のためである。
 アストラ刊行の『原発暴走列島』にも詳しく書いたが、東京電力の「安全」性とは、事故があっても「事故はない」と言い抜けてきたものだ。安全・保安院も、そのウソを摘発しない。それどころか内部告発者の氏名を東電に教えてまで、「安全」の構築に励んできた(159頁)。

 原発推進の元凶、経産省幹部が天下りしている東電の情報で動いている政府にイライラした米政府はクリントン国務長官を送りこんできた。「工程表」は彼女にみせるための作文だった。「トモダチ」作戦は米軍従属の軍事演習にされ、自衛隊は米軍の指揮下に入った。「復興需要」をクリントンは狙って、全米商工会議所会頭を連れてきた。

 一方、東電は土下座こそ繰り返すが反省の色はない。
 膨大な損害賠償請求に対応するためとして、役員報酬の5割カットや従業員の2割カットを表明。しかし常務以上の役員報酬は半減しても、3600万円。厚顔無恥だ。
 通常の会社なら、これだけ大規模な事故を引き起こせば倒産してしまう。しかし東電には、賠償金の足りない分は政府に払わせようと走り回っている。損害賠償の目安をつくる原子力損害賠償紛争審議会にたいして、「原発事故と被害の因果関係あると的確に判断する基準の設定」などを、東電側は要望書にまとめて提出した。「因果関係」がないとカネを支払わないのは、電力会社の常套手段だ。被曝労働者ばかりか、被曝住民がこれからどれだけでるかわからない。

 また、この要望書には「国による援助が必要不可欠」とも書かれてある。甘い汁を吸いながら、血税を得ようという姿勢は、政府内からさえも批判が渦巻いている。
 こうした姿勢の背景には、自民党政権時代からつづいてきた電力会社と政治家の関係性がある。電力会社の役員たちは、個人献金という体裁で自民党に大量のカネを納めてきた。一方、電力会社からカネをもらった政治家は、原発を設置した地域などに税金をばらまき、民間企業である電力会社をバックアップしてきた。両者の癒着は、自民党の悪政の代表格といえる。だからこそしがらみを断ち切って、東電の措置を決める必要がある。
 チッソとおなじように、東京電力が操業している限り補償金を払いさせつづける体制をつくっていくべきだ。東京電力は補償金を支払うための存在にすればいい。株主配当や役員報酬は最低に抑えて国家管理にし、余剰金は被災者の生活にあてる。

 じつは福島第一原発は、現在も安定しているわけではない。第一原発は目下メルトダウン中、第3号機でも炉内の温度上昇が止まらず、圧力容器の一部では300度を超え厳重な警戒が続いている。4号機では使用済み燃料プールを支える壁が火災で破損して補強の耐震工事が必要になっている。が、プールから高濃度汚染水が漏れて工事に取りかかれない状態だ。建屋が崩れ、むき出しのプールから使用済み核燃料が転がりでれば、高濃度の汚染が広い地域に広まってしまう。

 原発の危険性がようやく全国的にひろまった。もう地域住民をカネで釣るのはやめて、無理な原発の新増設も完全に停止、段階的に天然ガスなど代替エネルギーにむかえ。現在、国内で14基の新増設が予定されている。東京電力東通原発一号機などの3基が建設中。福島の5、6号建設を含めた11基が着工準備中である。すべていらない。
 さらに95年のナトリウム漏洩事故から約10年ぶりに再開して、すで大規模事故を起こしたもんじゅの停止、世界的に撤退している再処理工場建設(青森県六カ所村)の中止も緊急だ。また、敦賀、美浜など30年以上たった原発の停止も必要だ。
 このような動きの先に、全原発の段階的な廃止の道筋もみえてくる。もちろん電力不足になるという批判は必ずでるだろう。しかし休止中の火力発電などを稼働させてカバーし、段階的な停止に合わせた自然エネルギーの早期開発でカバーしていけば、電力量は確保できる。
 まず原発ありき、と持続可能な自然エネルギーの研究と設置をサボってきたツケが、福島大事故だったのだ。

全文は→「1105.pdf」をダウンロード

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2011年5月16日 (月)

『原発暴走列島』増刷!そして電子版、値下げしました

鎌田慧さんの新刊『原発暴走列島』。

好評につき、増刷しました!本日出来です。

品薄状態になり、ご迷惑をおかけしました。

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2011年5月13日 (金)

OL財布事情近年史/第28回 「月給」から「年収」へ 1988年、給料概念の転換?(後編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

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 前編のつづき。

 88年、女性誌においてはいつのまにか「50万円の月収があったら、女ひとり理想的な生活ができる」」(『Hanako』88年9月8日号)など、結婚前提ではない生活設計が、いつのまにか特別なことではなくなっていた。

 この年収概念は、いつ頃からなのだろうか。思い当たるのは、外資系ブーム。「うちはガイシだから年俸制で」というのが、あの頃のステイタスだった。『とらばーゆ』86年4月25日号「あなたがイメージする外資系企業をさぐる Chance・Money・Vacationを徹底研究」は、その微妙な英語混じりが当時の雰囲気をよく伝えている。給与に関しては「High Salary 給与は自らの能力の証」として、「面接の時、希望給与額をはっきりきかれました」(J・ウォルター・トンプソンカンパニー・ジャパンに中途入社)、「年俸として、年齢に11をかけた数字がだいたいの目安だと教えられていたんです」(外資系秘書養成学校WINSを卒業してカナダ・ロイヤル・バンクにジュニア・セクレタリーとして入社)などといったエピソードを紹介。憧れの域を出ていないかもしれないが、給料も働き方も自分で決められるという選択肢をOLにも示唆した。年収という考え方も、この頃からスタンダードになってきたのではないか。

 これまで女性誌を調査して「年収」が語られていたものの筆頭といえば、結婚相手の条件としてだろう。「結婚相手の収入はどれくらいが望ましいか」(『non・no』85年)の問いは、当然のように選択肢は年収で、平均が386万円。『とらばーゆ』でさえ「結婚するなら年収500万の奥田瑛二タイプじゃなくっちゃね!」(87年6月5日号・「OL100人のホンネ調査」)と、高い年収は結婚の前提条件のようである。年収は男、というか「夫」の象徴だった。自分も年収ベースで考えるようになったなら、確かに非婚が増えるのもいたしかたあるまい。
 ま、それもこれも好景気の後押しもあったからこそ。80年代いろいろと手に入れたOLは、アフターバブルの世界をどう生き抜いていったのであろうか。(神谷巻尾)

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2011年5月12日 (木)

チェルノブイリを超えた福島原発事故

 重版となった『原発暴走列島』(アストラ刊)には、鎌田慧さんの35年前のルポを掲載した。反原発運動が盛んになったのは、1979年3月のスリーマイル島事故によってだった。それから3年も前に原発反対の立ち位置から福島第一原発を取材し、放射能が日本中に拡散することを予言していたのだからすごい。

 では、鎌田さんはどうして原発に反対したのだろうか?
 それは原発の労働者が次々と亡くなり、労災さえ認められないこと、あるいは原発労働者の家に放射能被曝が原因と疑われる障害児が生まれたことを知り、義憤を感じたからだ。自身、高校卒業後に工場労働者として働いた経験があるだけに、危険すら知らされず、捨てゴマのごとく扱われ亡くなっていく弱者の姿に居ても立ってもいられなかったのだろう。

 ネットの情報を見ていると、原発推進派の意見は聞きたくないが、昔からの反原発の人たちの主張はもっとイヤだといった論調を目にする。過激な「運動家」だと言いたいのかもしれない。
 かつて反原発集会などでは、公安が張り付き参加者を見張っていた。集会場の入り口が見渡せる喫茶店で、双眼鏡片手に参加者をチェックしている公安御一行様を見かけたこともある。そうやって「反原発の人たちは非科学的な過激派だ」といった論調を、国や電力会社や御用学者たちがつくっていった。

 ところが「科学的」なはずの原発推進派は、事故が起こってもいっこうにまともな情報を出さず、科学的な議論さえしなかった。事故レベルが7だと発表したときも、放射能の排出はチェルノブイリの10分の1だと喧伝した。ところが先日発表された米国と文科相協同の調査で、すでにチェルノブイリを超える汚染だったことが明らかになった。

 しかもチェルノブイリで「強制移住ゾーン」に指定された値の地域が、計画避難区域にすら入っていないケースがあった。また福島市の一部にも同事故で「希望すれば移住が認められるゾーン」に指定されたレベルに近い地域があり、調査した原発から80キロ県内のほぼ全部が、同事故で「放射能管理が必要なゾーン」だった。米国が「80キロ圏内から避難しろ」と自国民に呼びかけたのは、やはり正解だったのだ。
 ビックリしたことに、「おそロシア」などとも揶揄される彼の地ですら、日本より住民の健康に気を配っていたことになる。

 鎌田さんが『原発暴走列島』で明らかにしたように、原発労働者は政府からも、司法からも、電力会社からも、生命の安全を補償されてこなかった。亡くなれば関係ないと、実験動物のように棄てられた。そして事故が起きたら、地域住民まで棄てゴマ扱いとなった。これから被曝による体調不良が問題になっても、政府も電力会社も事故との「因果関係」を容易には認めないだろう。

 そんなことがわかっていたから、鎌田さんは原発に反対してきた。そして今、事故を防げなかった自身の不明を本気で恥じている。その生き様は、原発マネーに踊り、美味しい思いをしてきたメディアの人々と正反対だ。どちらの話が信じられるのかは、言うまでもない。(大畑)
 

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2011年5月11日 (水)

『原発暴走列島』増刷のお知らせ

品薄状態が続いておりました『原発暴走列島』、このたび増刷が決まりました!

ご注文いただければ、20日頃には書店様にお届けできます。

どうかどうか、ご利用下さい。

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2011年5月 9日 (月)

鎌田慧さん、福島みずほ氏と対談

「福島みずほ緊急連続対談」に、『原発暴走列島』の著者、鎌田慧さんが出演しました!

【福島みずほ緊急連続対談13】
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=dakWWLvW-oE

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書店の風格/TENDO八文字屋

 天童に大きい書店ができた。そう聞いてから何年が経過しただろう。今度故郷に帰った時に寄ってみよう、そう思いながらも、結局出かけることが出来たのが今回のゴールデンウィーク。遅咲きの桜を楽しみながら、車で向かった。

まず注目すべきはその外観である。奥行きがほとんどないくの字型をした店舗にもかかわらず、900坪と面積が広い。ドトールが隣接していてちょっとした軽食を楽しめるのは、カフェのある本店にならったのだろうか。同じ敷地内には道の駅天童温泉があり、ゆったりとした駐車場には宮城や福島など、隣県ナンバーの車が多かった。被災した方々だろうか。被害の少なかった山形で、桜を見ながらくつろいでいってほしい、と願った。玉こんにゃくをほおばる男の子の笑顔がまぶしい。

書店内に入ると、さすがに広い。入り口付近にはやはり、地震・原発本コーナー。弊社の『原発暴走列島』も、積んでいただいている。そして新刊コーナー、話題書コーナーと、入り口正面のレイアウトは一般的な書店と一緒だが、フロアを贅沢に使ったそのつくりはさすが。本棚が、まるでスポットライトを浴びた女優のようにひとつ、またひとつとゆとりを持って配置されている。背中合わせに本を選んでいてもけっしてぶつかることはない、その豊かさに感動した。

 棚構成も大胆で、入り口から見て左は一般書、右は児童書、とざっくりとしたつくり。これならどっちに進んでいったらいいのか一目瞭然だ。一般書のほうは奥に進むにつれ、小説、ビジネス、文系専門書、理系専門書と知識のグラデーションが濃くなってくる。壁際には文庫と新書がずらっと並び、ここにも本店の方針が引き継がれているのだろうと感じた。八文字屋本店も、壁際にぎっしりと並ぶ文庫・新書が見事で、いつも圧倒されるのだ。

 奥山の故郷には今、書店が一つもない。20年前は一店だけあったのだが、それがつぶれてから、何年も出店されない。閉店間際は本当に棚を見ているだけでも辛かった。店の半分が、成人向けビデオコーナーになり、子どもが寄りつかなくなってしまっていた。何となく自分も近寄りがたくなって、どうしても読みたい雑誌などは、近所のクリーニング店に予約をして買っていた。発売日の一週間後を目安に、買いに走ったものだ。店の奥の棚にそっと取り置きされてある漫画雑誌を見つけると、飛び上がるほど嬉しかった。そんなに昔の話ではない。平成の話だ。

 久々に家に帰ると、隣のガソリンスタンドも、真向かいの魚屋も、閉店して誰も住んでいなかった。2件隣の和菓子屋も閉店していた。家の庭には山菜が群生するようになったらしい。散歩に出ようとすると、熊が出るからと止められた。無理矢理出かけてみると、数年前まではなかった沢ができていた。そんな田舎で良かったら、誰か本屋を作ってほしい。ネット喫茶も。(奥山)

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2011年5月 8日 (日)

池田大作より他に神はなし/第21回 偉大なる名誉会長の足跡に降った雨水に湧いた畸形ぼうふらの、見苦しくも醜悪な断末魔の横顔を回顧する10年後の春、そして争議ありの弱小版元よ!

  “師弟共戦”“異体同心”の創価の精神を礎に、昼夜戦いの日々を送る我らにとって、××××の名前など息あるうちは絶対に口にしたくない、究極の恥語である。しかしそれにこだわっていては、今回の本は紹介出来ない。怒濤のような広宣流布大運動に加速力をつけるため、忌わしい固有名詞をあえて使用する私をお許し願いたい。その前に眼や口を事前に消毒滅菌する意味で、「随筆 我らの勝利の大道」(山本伸一)45回から、珠玉の詩心溢れるメッセージの引用を。

 “勝ちまくれ 獅子(しし)となりて 走りゆけ 遂(つい)には笑顔(えがお)の 勝利の万歳(ばんざい)” (今に生きる伝統的五七五調詩の、想像し得る限り最上の日本語美が、大胆闊達に表現されている。萩原朔太郎や宮沢賢治共々、山本の詩が未だに教科書に採用されないのは、文字通りの日顕一派による文学的テロ行為だ)

1  『私は山崎正友を詐欺罪から救った!!』(塚本貴胤・論創社 02)は、噂には聞いていたが実物を手にしたのは初めて(神保町「小宮山書店」での、3冊500円のガレージセールで入手)。奴(以降こう呼ばせてもらう)の悪行の数々を知らない同志はいないだろうが、同書、カバーを見ただけで怒髪天を突かない者はいない。報恩感謝の人間の基本的精神を喪失しただけでない。正義の獅子吼を広げ闘い抜いて来た我らに、泡噴く狂犬のように噛み付いて来た畜生以下のケダモノの本性は、本に挟んであった“山崎正友被害者の会”発行の、カラーチラシに詳しい(ここまで豪華で充実したチラシを制作するには、会員の皆様の金銭的負担も大変だったろう。既に一時被害を受けながらも、他の人々に同じ轍は踏ませまいという、信念に生きる民衆の怒りと正義の発露に胸が熱くなる)。

 著者は菅谷組系の元経済ヤクザ。一時は奴の共犯者だった。そういう畜生仲間の言葉をどこまで信じて良いのか、正直に言うと躊躇もあった。ただその証言は実に具体的だ。“告白1 3億円恐喝事件は氷山の一角(本当は40億近い手形詐欺までしてると)”“告白2 現職市議の殺害まで依頼(後の静岡県議・秋鹿博がターゲットだった)”“告白3 金目当てで日顕管長に接近(墓苑で銭儲けしたくて、従来敵対してた阿部管長と一転して握手)”“告白4 全部事実であり真実だ(いざ裁判になったら、当時、山崎に使われたヤクザや仕事師をはじめ、関係者を法廷に連れて行く)”

2  怒りで失禁、いや失神したくなるような驚愕の事実の目白押し。ただ豪華チラシの元原稿は、『内外タイムス』(09年に自己破産後、廃刊)での著者・塚本へのインタビュー。出来たらもう少し高級な新聞の方が、社会的説得力を増したはずだ(ヤクザ記事にいくら同紙が強かったとしても、やはり一般人は著者や事件自体にまで色眼鏡をかける)。加えてマイナーな版元…。論創社、どっかで聞いたなと白髪頭を傾ける。そう、数年前まで筆者が、『書評のメルマガ』なるネット媒体に連載してた、「版元様の御殿拝見」で扱った記憶が。神保町はさくら通りの、1階に肉屋がある汚い北井ビル2階の同社事務所を、立ちション風に外見取材したのをふっと(アストラからも徒歩5分)。

 HPによれば1972年に、『国家論研究』なる小冊子で営業を開始したとある。今は出版業界内幕物からミステリー、文芸評論とハチャメチャクチャ。筋なんか通してたら今や、人文系出版社は3日と生き残れないと、全刊行物が絶叫している。噂では02年当時既に傾きかけてた同社、『私は山崎正友~』のお陰で息を吹き返したと。その後の無節操な刊行リストを眺めてると、“勿体なすぎる施し”だったのではとの疑問も。ただ名誉会長の教えに、“歓喜の舞を舞う智慧と慈悲を備えた絶対勝利の弟子”が、前面に立ち活動する聖教新聞社や第三文明社以外の版元の方が、偏見に固まった人でも手に取ってくれる可能性が高い…そういう見地での同社からの刊行だったのだろう。同書カバーの折り返し後ろ部分には、当時の既刊本の宣伝が。中に岡庭昇の『持ち越された世紀末』も。岡庭は学会系評論家としても有名な元TBSディレクター。彼が発行の仲立ちでも?

3  しかし本当にこれで良かったのか?同社に関しては冴えない噂が多い。筆者は例のアル中の元フリーライター(現警備員)の勧めで、大分前から『救援』(発行・救援連絡センター)という、左翼専門の救援組織の月刊新聞を取っている(勧めた当人はとっくに貧乏で購読中止)。実際にはほとんど読んだ試しはないが(共産主義的で読むに耐えない!)、4月10日発行の第504号を何年か振りにチラリ。そしたら2面の“「拡声器」逮捕される!明治大学の理不尽・横暴を許すな!”というリードの、訳のわからないトップ記事に、「旭ダイヤ闘争」「中大生協闘争」「駿台予備校闘争」等と並び、「論創社闘争」が登場。

 直接“師弟共戦”仲間には関係ないとはいえ、この種のトラブルを起こす版元に、一時とはいえ甘露の水を与えたのは、正解だったのか?(拡声器の逮捕というのは、大学入試に合わせて情宣活動をしようとした、明治大学生協労組に対し、大学が裁判所に仮処分を訴え、それが認められた結果“逮捕された拡声器”は、10日以上も裁判所執行官が保管する。良くわからないが、中国や北朝鮮並の独裁国家的滑稽ムード満点!)。

 更に知人が同社から著書を刊行。無名人の売れそうにない本を良くもまあ…。当然、印税は現物支給でチャラ。印税どころか、著者の数百部買い取りが出版の前提条件な場合が珍しくない今、その程度では少しも驚かない。ただ1冊献本してもらた本を見てビックリ。節約のため索引がカットされたのは事前に聞いてたが、何と目次までが仕分けされていた。折の加減だろうが、数ページの目次廃止で一体いくら浮くのか?万単位まで行かないと。その程度の金額も惜しまざるを得ない版元から、わずか9年前にはこんな立派な本が刊行されていたのだ!(出版界の衰退恐るべし…)。

 『私は山崎正友を~』、執筆者の出自と版元規模以外に、勿論不平があろうはずはない。ただ著者の思い込み、あるいはゴーストライターの筆が走ったのか(この種の本は多くの場合に、他の書き手が著者の話を聞いてまとめるそうなので)、以下のような部分は凄く気になった。

 「それに俺は、この戦争とは別に今、創価学会の顧問弁護士として内部告発という形で、学会を恐喝する準備をしている。創価学会の内部情報のすべてを知ってる顧問弁護士の俺が~」(114ページ)

 辣腕弁護士であり、“第2創価学会”の創設を企ててる希有な野心家が、自らの正当と思い込んでる行動を、“恐喝”などと犯罪用語で呼ぶであろうか? もひとつ。こういう家畜以下のケダモノを長年顧問弁護士、同時に最高幹部として遇して来た、名誉会長の真心を知らない側近の雇用責任にも、少しは筆をさいた方が良かった。贔屓の引き倒しは却ってむなしいものだし、名誉会長の偉大さを損ないかねない。(つづく)(塩山芳明)

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2011年5月 7日 (土)

福島原発・立ち入り禁止区域の現在

 Photo 原発の町、双葉町の国道6号線は完全に外界から隔絶されていた。音が無い。
 道路沿いのパチンコ屋が傾いている。経営が、ではない。閉店してからずいぶん経つのだろう。人の手が入らなくなり久しいその建物は、海風を受け赤茶け、その上地震で揺さぶられたおかげで15度は傾むいている。自動販売機も倒れている。周りを見ると、同じように傾いている建物がいくつもある。歩を進めるたびに私の影はへこみ、ゆがみ、ちぎれた。道路をひしゃげてしまっているからだ。アスファルトには穴があき、ガードレールはちぎれ、橋は落ちていた。私の心にも穴。地震が起きた3月11日のまま時が止まっている。こんな前衛芸術があったような気もする。ヒッチコックの映画の一シーンの様でもある。世界は滅び、私一人が生きのびた。陳腐だが苦労した舞台設定。でも聴衆は一人もいない。わたしと同僚の他には誰一人としていない。そう話すと同僚は少し笑ったが、苦笑いにしかならなかった。

 窓が空きっぱなしになった2階建てのアパートがあった。覗いてみると子供向けのキャラクターの刺繍の入ったハンカチとパジャマが干してある。だれかいませんかああ、と叫んでみる。澄み切った青空の中に声が吸い込まれてきて、返ってきたのは犬の遠吠えだった。犬の声を頼りに歩いて行くと、黒い大きな犬が犬小屋の前で鎖に繋がれたままの状態で置き去りにされていた。小屋の周りには大量の糞が散乱し、犬はそれを踏まないように身を縮め、わたしに向かって吠えている。テリトリーに侵入者があらわれたので、家を守ろうとしているのだろうか。それとも、飼い主に自分が生きていることを伝えてほしいのだろうか。
 
 前日、原発20キロ圏内に行くとアフガニスタンの友人に話すと、彼は私を必死に電話口で引き止めた。彼の理解の中では原発と原子力爆弾がイコールであり、福島全域が明日にも吹き飛ぶと考えていた。実際のところ、少し前まで私だってそれくらいの理解しか持ち合わせていなかった。アフガニスタン人に安全を心配される日が来るとは夢にも思わなかった。今回の津波の受けて、カブールの街中では募金活動まで行われたのだ。私はアフガニスタンを心配する側から、心配される側になってしまった。

「原発20キロ圏内」
 それは距離の単位というよりも、その地域を意味する固有名詞のようだ。それは東京タワーから20キロなのでもなければ、平等院鳳凰堂から20キロでもない。20キロと言えば福島第一原発から、と誰もがそう考える。日本がそうなってしまったのだ。

 双葉町の駅から続くアーケードの終点には巨大なアーチがあり、こんなスローガンが書かれていた。
「原子力正しい理解で豊かな暮らし」
 今となっては皮肉にしか見えない。何が原子力に対する「正しい理解」なのかは私には分からない。分かるのはそれが冗談にしろ本気にしろかなり出来の悪い皮肉だということだけだ。
Photo_2  アーチの下では犬の夫婦があてども無くうろうろとしていた。二匹とも痩せているようには見えない。近くには山盛りに盛られたドッグフードと、舐めるとペットボトルから水が滴る仕組みのペット用の水飲み機が置かれていた。きっと飼い主がたまに補充に来ているのだろう。30キロ圏内は後に完全立ち入り禁止区域に指定されるが、私が入った時はまだ警察は立ち入りを拒否できなかった。愛するペットには放射能入りの水を飲ませたくないのだろう。

 原発から数キロしか離れていないこの場所では毎時15マイクロ・シーベルトの数値を持参したガイガーカウンターが示していた。決して低い数字ではない。双葉町でも風向きによって局所的な爆撃みたいに、場所によっては50マイクロ・シーベルトに達し、低いところでは5マイクロ・シーベルトまで落ちた。目には見えない、臭いもない放射能が町を気まぐれに爆撃している。爆撃ならまだ戦闘機の音や炎で自分がどれくらい危ないかが分かる。放射能はそうではない。私も体を揺さぶるような危険は何も感じない。アフガニスタンの戦場とここ。どちらが危険だろうか。空には呆れるくらい青い空が広がり、海から心地良い潮風が吹いている。しかし、私は自らの肉体を破壊しかねない物質が舞う空間に立っている。

 ここに犬たちを置いていかざるをえなかった飼い主は、けれど戻ってきている。私も一度だけここの住人とすれ違った。見えない爆撃をかいくぐろうと、正確には「かいくぐれてればという希望を持って」、住民は双葉町に入ってきている。犬に放射能に汚染されていない水を与えるために。川の水は危ない。だから、このペットボトルの水を飲みなさい。これなら汚染されていない。放射性物質は入っていない。

 車を街中から原発正門に向けた。ガイガーカウンターの数値は目的地に近づくにつれ上がっていき、正門前に到着すると70マイクロ・シーベルトに達した。ガイガーカウンターは初期設定で10マイクロ・シーベルトに達すると最も危険度が高いアラームが鳴るようになっていたが、うるさいので途中で50に変更した。それでもここでは上限を振りきれてしまっている。ピーピーピーと電子音がけたたましく鳴っている。

Photo_3  正門の職員からはすぐに退去を要求され、顔写真撮られた。ここを訪れているのは私たちだけじゃないのだろう、メディアにピリピリしているのが分かる。同僚は「報道の自由があります」と少しやりあっていたが、私も同僚もさっさとこんなろくでもない場所からは退去したかった。
「放射能を浴びてますよおおお。危険ですよおおおお」
「それはあなたも同じでしょう」
 黄色い防護服を着た守衛の一人は一日20時間もここに立っていると話した。原発事故が起きてから週の半分はここに立っていると言う。途中で警察を呼ぶぞ、と別のセキュリティが怒鳴ってきたのであまり話は聞けなかったが、こんな所で働くというのはどういう気持ちなのだろうか。ご苦労様です、と頭を下げたい気分だった。

 福島第一原子力発電所の周辺では、危機感を煽ってくれない風景と、極めて高い放射能が支配するアンバランスな空間が広がっていた。たぶん世界中探してもこんな場所は無い。頭では危険だと分かっているが、本能的な部分では体が危機感を感じてくれない。全てが私の理解の範疇を超えていた。
 原発事故が起こると予想していた側も、安全だと信じていた側も、単純に関心が無かった人たちも、この事故で誰もが理解を超える空間に放り込まれてしまったのだ。

 私が原発周辺にいた5時間、平均して50マイクロ・シーベルトとして、浴びた量は250マイクロ・シーベルト。一時期テレビに毎日のように映っていた「放射能の人体への影響グラフ」に照らし合わせれば何の問題もない。福島の多くの農作物も人体には影響が無いことになる。安心するために政府の「大丈夫」を信じるか。それとも、いかなるリスクも許容しないと政府の発表を無意味と断じるか。私には判断がつかない。前者の側に立てば楽観論者と言われ、後者になれば「非科学的」と烙印を押される。原子力発電を続けるかどうかという議論はこれから否応なしに高まるだろう。しかし、原発のように、公共性が高いにも拘わらず、事業者や専門家と一般人との知識量の差が大きい問題は、反対の声が、「非現実的」、「無知」と一蹴されてしまい がちだ。それでも、嫌なことは嫌だと、感じたことを主張すべきだ。
 私はこんなものは嫌だ。
 そうひとりごちた。(白川徹)

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2011年5月 6日 (金)

OL財布事情近年史/第27回 「月給」から「年収」へ 1988年、給料概念の転換?(前編)

連載「OL財布事情の近年史」は、2013年12月に単行本『女と金~OL財布事情の近年史~』として発売されます。

各年代のOL像を、イラストを交えて解説する辛酸なめ子さんのプチ時評つき。辛酸さんには、カバーイラストも描いていただきました。

エピローグには最新の女性誌お財布事情が書き下ろされ、女性誌創刊号の画像50数点を掲載。30年ぶんの「OLの財布の中身」が一気に見える本となりました。

全国書店から注文可能。
Amazonでも予約・注文できます!

 1988年は、24時間戦うほか「5時から男」「ハナモク」「くうねるあそぶ」などを実践して、みんなバリバリ働き、ガンガン遊んだのだった。OLもしかり。仕事やお金へのスタンスが、ギラギラしたものに変貌をとげているのがこの頃である。もちろん、財テクや、キャリアアップ、転職といったテーマ、あるいはイケイケ、Hanakoさんのようなわかりやすいアイコンも目につくのだが、根本的な変化を『日経WOMAN』 『Hanako』のお財布記事から見つけた。それは、「年収」である。
  80年代初頭からとりあげてきた記事では、「給料」といえば「月給」を表していた。誌面に登場するOLさんたちの収入も、「給料、月に◯万円」「月収 手取り◯万円」などと表されている。「25歳の月給袋」(『MORE』80年)というタイトルのとおり、毎月会社からもらう月給袋が、お金を考える上での単位であったといえよう。収入の不満も「月にあと2万円欲しい」(*11回15回)と、月ベースの回答が出てきたのもうなずける。
 それが、『日経WOMAN』88年9月号「200通の給料明細書から見る 女性の賃金」では、月の給与明細とともに年収も調査して掲載していた。「生命保険会社の内勤事務として働いて5年目。63年(注・昭和)5月分の給料は、22万507円で、昨年の年収は約350万円」という表記は今となってはごく普通だが、月給を見慣れた目にはちょっとした衝撃だった。「26歳。大手証券会社総合職。大卒。勤続5年。年収496万円」「32歳。メーカーの企画・生産管理。大卒。勤続5年。年収224万円」など、年収表記になると、その人と仕事が浮かび上がってくるようだ。
 『Hanako』においては「いま、どの会社のどのポジションについたら50万円のサラリーになるか 年収600万円生活実現のためにいまやっておかなければならないこと」(88年9月8日号)と、より具体的。「ジャスコ・部長・45歳・800〜900万円」「富士通・課長・38歳・700〜800万円」など年収600万オーバーの女性13名に、どのようにその収入を実現させたかをインタビューしている。登場しているのは30代、40代の先輩世代が多く、つまり自分たちも働き続けて将来的にその収入を得たい、という願望が芽生えてきたといえよう。 「50万円の月収があったら、女ひとり理想的な生活ができる」とあるように、結婚前提ではない生活設計が、いつのまにか特別なことではなくなっていた。

 この年収概念は、いつ頃からなのだろうか。(後編へ続く)(神谷巻尾)

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2011年5月 3日 (火)

『原発暴走列島』好評発売中

4月26日。

チェルノブイリ事故から25年目の日に、書店店頭に並び始めた『原発暴走列島』。

GW中につき、書店様への補充ができないので、もしかしてもしかするとご近所の書店にはもう並んでいないかもしれません。

GWが明けたら、早急に補充に走ります!

少々、お待ち下さい。

待ちきれない方、電子書籍版もございます。↓(立ち読みも出来ます)

http://www.shinanobook.com/genre/book/792

amazonさんはこちら↓

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2011年5月 2日 (月)

●ホームレス自らを語る 第101回 100回も死にはぐった(後編)/高橋善春さん(71歳)

1105  日比谷公園(東京・千代田区)を根城にしている高橋善春さんは、71歳になる今日まで幾度も「死にはぐっている(死にそうになった)」と語る。
 子どもの頃、50メートルもある滝の滝口から転落しそうになったのを皮切りに、長じてからもエレベーター内で煙に巻かれたり、ビルの外窓を清掃中に突風に吹かれてゴンドラから落ちそうになったり、工場内作業中には移動ロボットの吊り荷が目の前に落下してきたこともある。「100回は死にはぐっているんじゃないかな」と高橋さん。
 その高橋さんはすでに20代の前半から、日雇い労働やアルバイトで糊口をしのぐ生活に入っていた。路上で暮らすようになったのは、30代半ばのことである。
「その頃、アパートの部屋を借りていたんだが、その部屋代が払えなくて1年分もためちゃってね。総額で50万円以上になったんじゃないかな。ある日、大家がやってきて『たまっている部屋代は払わなくいいから、もう部屋から出ていってくれ』って言うから、それでアパートを出て路上で暮らすようになったわけだ。部屋代も1、2ヵ月分くらいためると催促もきびしいが、1年分以上ためると大家も諦めてチャラになっちゃうだね」
 そう言ってケラケラと笑う高橋さんであった。細かなことにはあまり拘泥しない性格のようだ。
 そのアパートの部屋を出てから、今日まで35年になる。ただ、そのすべてを路上で暮らしてきたわけではない。
「日雇いやバイトの仕事をやめたわけじゃないからね。仕事にありついて金を持っているときは、ドヤ(簡易宿泊所)に泊まる。仕事にあぶれて金のないときは、公園のベンチとか地べたに段ボールを敷いて寝る。そんな生活を何年も続けてきたんだ」
 その頃の仕事といえば、土木建築の日雇い仕事がほとんどだったが、ほかに印刷や製本の工場内作業、商品を梱包する倉庫内作業、それにビルの外窓の清掃などの仕事をすることもあった。
「アパートを出てしまうと住所不定になるから、ちゃんとした就職はもちろん、長期のバイトでも働けなくなるからね。結局、日払いの仕事しかなくなくなるんだよ」
 そのうちに世の中が不況ということもあって、そうした日払いの仕事もなくなってくる。やがて、いつからか路上の住人となったわけだが、それが10年前だったのか、15年前だったのか判然としないという。
「はじめは新宿西口の地下通路に段ボールハウスをつくって住んだんだね。それから新橋に移って、代々木公園、新宿御苑と変わって、日比谷公園に移ってきた。住む場所を変えた理由? そこを追いたてられるからさ。新宿の地下通路から出ていけっていうから、じゃあ新橋にでも行ってみるかって移るわけだ。そのうちに新橋からも出ていけっていわれて、そうやって順々に移ってきたんだ」
 高橋さんの都合で住む場所を変えたことは一度もないという。

 高橋さんはホームレスになってからも、幾度か死にはぐっている。
「昭和天皇の大葬の礼(1989年2月24日)というのが、新宿御苑であったろう。どんなもんか見に行って、車道を横断したときに車に轢かれそうになった。間一髪だった。日比谷公園に移ってからもあったよ。夜、近くの歩道を歩いていたら、猛スピードで走ってきた自転車とぶつかりそうになった。乗っていたのは若い女の子だったけど、無灯火で走っているんだから怖いよね」
 日比谷公園で暮らすようになって何年にもなるが、この公園ではホームレスを追いたてることもないし、高橋さんにとっては身体にも良くて快適だと話す。
「若い頃に二度ほど結核を患っている身体だからね。この公園は緑が多いから呼吸するのが楽なんだ。ほら、植物には光合成という作用があって、二酸化炭素を取り込んで酸素を吐き出しているだろう。そのせいか呼吸するのが楽で気に入っているんだ」
 そう語る高橋さん。ただ、日比谷公園はビジネス街の真っ只中にある公園である。周辺に飲食店やスーパーマーケット、コンビニなどは極端に少ない。ここでホームレスの生活をしていくのは大変そうだ。
「ホントに大変だよ。そんな事情を知らないまま、この公園でホームレスを始めると、たいていは2、3日で音をあげて別のところに移っていくからね。ここでエサ(食べもの)を入手するのは大変なんだ」
 では、高橋さんはどうしているのか、彼の口から意外なことが語られた。
「この公園で暮らしているホームレスを仕切っているのは、オレなんだ。ここではオレも古株だからね。この公園の野外音楽堂や公会堂でイベントがあると、オレは顔パスでスタッフルームに入れる。それでスタッフ用の弁当のあまったのをもらってくる。それをホームレスの連中に安く売っているんだ。
 それに日比谷の街にも、数は少ないけど飲食店はあるからね。そういう店から残りものをもらってくる。そういうルートをつくって、その権利をもっているんだ。それもホームレス連中に売っている。あんまりペラペラ喋ってしまうと、誰かにルートや権利を横取りされちゃうからね。これ以上は詳しく言えないけどな」
 小柄で剽軽な高橋さんから、この公園を仕切っている人物だとは想像できなかったが、あながちウソだとも言い切れない。
「ここは空気もいいし、食いものにも困らないし、金も入ってくるし、オレにとっては天国だよね」
 そう言って、人懐っこい笑みをこぼす高橋さんであった。(この項了)(神戸幸夫)

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2011年5月 1日 (日)

Brendaの考察/ フランスでの原発問題の受けとめられ方【1】

私は、原発の問題が起きた時のフランス大使館や政府の反応の仕方について、呆れるぐらい彼らはやっぱり『フランス人』なのだと感じだ。

やっぱり『フランス人』

ここで、読者諸君は、良いイメージを抱くか、それとも負のイメージを抱くのか。
あなたは、どちらのイメージを持っているだろうか?
私自身がその事についてとても知りたい。
あなたのフランス人に対するイメージは、残念ながら陳腐なマスコミによって植えつけられた日本人の持つフランスのイメージなのかもしれない。

フランスに住む私としては、個人的には『フランス人』であることは、ポジティブな言葉だが、対外的に見て『フランス人』特有の行動様式は、ネガティブな事が多い。

結果から言えば、フランス人は、自分たちにとって良い事を行い、相手に対して、負になる行動をとる。これがやっぱり『フランス人』なのだ。『フランス人』は、後先気にしない、ぶっちぎるのがまさにフランス流なのだ。

今回の原発の問題では、まさにぶっちぎってくれたフランスの対応。

次回から、原発の問題を通して『フランス人』はどのような行動をとったのか。詳しく説明していきたい。(Brenda)

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日曜ミニコミ誌!/香山さんの新作ミニコミ?とおもったらちがった!「Cooler」

Cooler  『ランチパックの本』の著者、香山哲さんが薄い冊子を出していたので、「新刊か?」と思ったら、ちがった。
 香山さんがつくった「Cooler」というゲームを応援するためのパンフレットだ。
 「Cooler」は、原子力発電所のえらい人の気持ちになれるゲーム。プレイヤーは、原子炉とデモ隊両方の熱を下げていかなければならない。だから「Cooler」。ゲームをすすめていくと、原子炉の状態レベルが日に日に悪くなっていくし、それに伴ってデモ隊の数は増えていくしで、広報・調査予算をバンバン使わなければならない。散財に散財を重ねながらも、なかなか具体策は見つからず・・・いや、ゲームなのだからなにかコツがあるに違いない。ファミコン世代のくせにやったことのあるゲームといえば「桃鉄」くらいしかない奥山がどんなに力業で挑んでも無駄なのだろう。
 よく説明を見ると、デモ隊の人たちにはそれぞれキャラクターがあって、キャラに合わせた情報などを提供すれば効果的らしい。例えば「近くの人」という赤いキャラは、最も被害を受けやすい人たちなので安全性を証明する会見を行うと安心してくれる、「ルポライター」という灰色のキャラは、科学技術にかんするデータを出せば納得してくれる、など。
 うーん、だんだん原子力発電所のえらい人の気持ちになれてきたぞ! でもなんだか、みんなの気持ちを鎮めることしか考えられない! 根本的な解決って、どうすればいいんだろう?
 奥山のレベルはまだ2。もっともっとレベルを上げていけばなにかヒントがえられるかもしれない。だからこれからやってみる。みんなもやってみよう!

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