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2011年4月 8日 (金)

神谷巻尾の震災日記【3】

震災日記・3
 震災からちょうど1ヶ月。東京の町は停電もなくなり、スーパーに品物はほぼ揃い、自粛ムードも落ち着いてきた。テレビや新聞の報道も、被害の甚大さや原発事故の危機感を煽ったり、悲劇と感動ばかりを謳うようなものは、明らかに減ってきた。ともすれば不安や恐怖が蔓延しそうになる状況なのに、この短期間に沈静化したのは、やはりネットメディアの影響だろう。節電には「ヤシマ作戦」、買いだめ防止には「ウエシマ作戦」といった提案があっというまに波及し、ガスマスクのアップを表紙にした雑誌を罵倒し、被災者に密着したドキュメントを避難しテレビ局に抗議する動きが起こった。原発被害で行政もマスコミも近づかず孤立した地域の首長がYoutubeで直接支援を訴え、新聞がそれを翌日掲載という状態に、メディアの役割の変化を実感する。 
 
 当然、ネットを通してデマや風評、詐欺まがいの情報も多かった。あの“製油所火災で薬品まじりの雨”というデマも、地震翌日に二人の子どもがメール、mixiで受け取っていた。「友だちの友だちのお父さんが石油会社に勤めてて」「友人がみんな話題にしてる」など、不安な状況の中ではいかにも信じてしまいそうな情報だった。Twittterでも、避難状況、SOSを伝えるツイートが当初は多数拡散されていたが、やがてむやみなリツイートを諌める機運が現れ、情報の真偽を確認する機関もできていた。どれも数時間、数日といった短期間で浸透していくのを目の当たりにした。

 このスピード感覚は、被災地以外にいても災害を共有している、という実感につながっていくのではないか。あらゆる支援活動が次々に立ち上がっているが、そうやって今動けるのは、その感覚を持っている人たちだろう。
 逆に今までの生活、情報から離れられない人々が、買いだめ行動から離れられないのではと思う。買いだめ中心層は、オイルショックを経験した現在60〜70代くらいの世代、というのが多くの人の認識だと思うが、案の定その世代の「実家の母」は要注意であった。「お兄ちゃん(息子・50代)は納豆ないと生きていけないから朝買いにいくの。だからいっぱいあるわよ」「私は毎朝ヨーグルトだったのに、なんでないのかしらねえ」「スーパー行くと『奥さん今水あるわよ』って言われてなんとなく買っちゃう」等々、耳を覆うようなことをつい先日聞かされた。見ていないテレビ、使っていないホットカーペットもつけっぱなしである。当初はパニックも起こさず、停電でも慌ておらず、戦争体験者はさすが、と思っていただけにがっかりである。
 世代や意識によって明らかに違う震災。次回そこに言及して,通常の連載に戻りたいと思います。(神谷巻尾)

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