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2011年3月18日 (金)

サイトウの酒田発・大震災日記 3月18日

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JR東日本の車掌として「サイテイ車掌のJR日記」を当ブログで連載してくれていた斎藤典雄さん。今は退職し、故郷の山形県酒田市にいます。
まる1日の停電などがあったものの、比較的被害の少なかった日本海側にいるからこそ書ける日記を、寄せて下さいました。
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 今日で一週間が経った。
 原発の状況は悪化の一途を辿るばかりのようで、「もはや今日で限界だ(政府)」として、放射性物質の外部への大量の漏れを防ぐには原子炉を早急に冷却するしかないということで、自衛隊のヘリで上空から水を投下したり、地上では警視庁機動隊の高圧放水車で放水するなどして関係機関は総力を挙げて懸命な対処をしていたが、なんとしてでもより良い効果を得てほしい。
 昨日は原子炉上空の放射線量が多過ぎて断念したということであったが、もし被爆すれば命の保証がないほど危険なのだという。まさに命がけである隊員たちには頭が下がるばかりだが、住民たちは原発から離れたいとして数千人が県外へ脱出しているという。また同県では人体には問題がないとしているが水道水から微量の放射性物質が検出されたという報道もあった。更に首都圏でもできるだけ遠くへ逃げようと「避難指示が出てからでは遅いと思うから」と関西方面行きの東京駅新幹線ホームでの人たちの様子が映し出され、私の地元テレビも今朝から山形県内情報として「原発相談窓口は○×保健所」とのテロップが流れ始めている。
 いくら微量であるとはいえ、これまでに最も危惧していた放射能汚染は確実に周辺まで広がりつつある。パニックだけは避けたいが、冷静になれというほうが無理なのかもしれない。
 誤解しないでほしいが、ある意味、地震は揺れが収まれば終わる。もちろん復興やら大変なことは続くが、終わる。しかし、放射能は被爆したその時が始まりで、終わりはこない。
 いずれにしても、この重大局面の中、早目早目の情報開示をお願いして、何としてでも最小限に食い止めることを祈るしかない。
 一方、地震の被災地は真冬並みの厳しい寒さに見舞われている。
 テレビはあまりにも気の毒で、かわいそうで、見ていられなくなる。
 支援物資がなかなか届かないと問題になっているが、1週間もして変な話だが、救援体制は本格化しつつあるということだ。
 あと少し踏ん張ってほしい。堪えてほしい。諦めないで生き抜いてほしい。どんなに苦しくても、どんなに途方に暮れても、立ち直れるのが人間だ。
 また、1週間といえば緊張が緩み始める頃かもしれない。こうした時こそしっかりしてほしい。衛生面も気をつけて、体調を維持してほしい。がんばって乗り越えてほしい。
 ……いやいや、分かり切ったことしかいえなくて、何だか済まないと思う。
 静かに、そっとしておいてほしいという人も大勢いるのかもしれないね。(斎藤典雄)

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