ホームレス自らを語る 第95回 仕事ひと筋で働いてきたのに……/斎藤富雄さん(62歳)
私はね。仕事ひと筋に、ただ、ただ働いてきました。それがこの歳になって、どうしてこういうこと(ホームレスの生活)になってしまうのか、自分でもわからないですよ。何がいけなかったのか、何でこうなってしまったのか。酒もギャンブルも一切しないで、真面目ひと筋に働いてきたのにね。
生まれは北海道の稚内です。家は農業と牧畜をやってました。仔牛を入れて乳牛50頭ばかりを飼っていました。この乳牛の世話というのが大変なんです。相手は生き物ですから、1年 365日休みなし。毎朝3時には起きて家族総出で搾乳です。まだ搾乳器のない時代には1頭1頭手搾りでしたからね。集乳トラックが6時すぎには回ってきますから、それに間に合わせるんで戦場のようでしたよ。夜も10時、11時まで家に上がれませんでしたね。
私も小学校に上がるころから手伝わされて、中学生になると一人前の扱いですから、仕事が忙しくて学校へ通う暇がないんです。中学2年生の途中から行かなくなりました。中学校中退です。それくらい忙しくて大変でした。
中学中退のまま家の仕事を手伝っていたんですが、そのうちに農業と牧畜の作業に機械が導入されるようになりましてね。仕事は楽になりましたが、こんどは機械購入資金の借金に苦しめられるようになったんです。離農していく人が増え始めるのは、そのころからですね。うちでも借金返済のために現金収入が必要になってきて、私が働きに出ることになりました。21歳のときです。
私が働いたのは発電所の発電機を保守点検する会社でした。機械をいじるのが好きでしたから、仕事は私に向いていました。夏は火力発電所、冬は水力発電所で働きました。
25歳のときに発電機の研修会が茨城のメーカーの工場であって、私も会社から派遣されて参加したんです。そうしたら腕を見込まれて、そのメーカーに誘われましてね。給料もよかったし、そのまま転職しました。そのメーカーでの仕事は納入した製品のメンテナンスでした。全国の発電施設とか炭鉱などを回る出張の多い仕事でした。
このメーカー時代の28歳のときに結婚しました。同じ会社で働いていた女性で、彼女のテキパキとしたところが、なんとなく私の母親に似ていて、そこに惹かれたんです。
ただ、結婚生活は3年しか続きませんでした。私の仕事は出張が多いうえに、会社にいるときも残業と休日出勤ばかりで、家には寝に帰るだけでしたからね。月の残業時間が 200時間を超えるなんてザラでした。ちょうど高度経済成長の真っ只中で、日本中の企業が設備投資を盛んに行っていたころです。モーレツ社員があたりまえの時代でした。女房はそんな1人で置かれる生活に耐えられなかったんですね。
そのあと私のほうも33歳で、そのメーカーを辞めることになります。芦別(北海道)の炭鉱の機械整備に行っていたとき、仲間の1人が台車の下敷きになって死亡する事故が起きましてね。私はその仕事のリーダーでしたから、部下を死なせてしまったわけです。その少し前には、私自身が発電所の現場でハンマーを振り損ねて4階分の足場から転落して大ケガをする事故を起こしていました。そんなこんなで仕事がいやになったのと、死亡事故の責任を取ることになって辞めたんです。
それからは東京に出てゲームセンターの店員をしたり、ソープランドの従業員になったりいろいろやりました。最後は土建会社に勤めてコンクリート工でしたね。川崎と木更津を結ぶアクアラインの海底トンネルの工事なんかをやったですよ。
2年前、現場で機械に足を挟まれて、指の一部を切断するという事故を起こしましてね。ちょうど60歳で定年退職する年でしたから、その事故をきっかけに辞めました。それで新宿に行けば新しい仕事が見つけられるかと思って出てきたんですが、働き口はありません。60歳をすぎたらどこも働かしてはくれないですよね。
それでホームレスになったわけです。はじめは怖かったですね。道を行く一般の人も怖かったですし、ホームレスの酔っ払ったのも怖かった。実際、持ち物をみんな盗られたこともあります。
何で自分はこんな目に遭うんだろう。遊びもロクにしないで、ただ仕事ひと筋でやってきたのに何がいけなかったんだろう。そんなことばかり考えましたね。
去年、キリスト教に入信したんですよ。毎週土曜日に新宿アルタ前の広場に、路傍伝道のグループが来るんです。その話を聞いているうちに興味をもって、私のほうから話しかけてみると 「一度教会に来てみませんか」 と誘ってくれて、それで通うようになりました。
教会は川崎の宮前平にあって、少し遠いんですが、毎週日曜日のミサには必ず通っています。往復の電車賃は教会が出してくれるんです。洗礼も受けました。1人でホームレスをしていると心寂しくなりますから、教会に行って牧師さんの説教を聞いたり、信徒の人たちと話ができるのはいいですよ。
信徒の人たちはみんな親切で、私がホームレスでも普通につき合ってくれます。古着や食べ物を分け与えてくれる人もいて助かります。いい人たちばかりです。
いま聖書を読んでいますが、信じるものがあるということは心の安らぎが得られますね。キリスト教を知ってよかったと思いますよ。
これからのことですか? やっぱり、住むところがほしいですね。そのためには働いて金を貯めないといけないんですが、この歳ではなかなか働き口はありませんからね。どうしたもんかと考えてしまいます……。(2002年2月取材 聞き手:神戸幸夫)
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