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2010年12月23日 (木)

ロシアの横暴/第50回 世界のメディアが無視した赤十字職員虐殺の真実(下)

 さてこの将校がEUに亡命し、突然秘密をばらすことになったのにはロシア独特のある事情がある。この将校はチェチェン戦線から生きて戻ったヒラの兵士が差別とトラウマに苦しむのをよそに、引き続き内務省軍にとどまっていた。もともとエリート将校の上、よくよくの手柄があったことが伺える。さらに戦争犯罪に問われることもなくぬくぬくとしていられたのは大きなバックがあったからだ。つまりFSBのトップクラスに彼を保護してくれる大物がいたということだ。ところが最近この大物が死んでしまった(死因は報道されていないからひとまず自然死としておこう)。ロシアの出世にからむ派閥争いの場ではバックの大物に死が近づくとさっさと乗り換えて身の安全を確保するのが通例だが、この将校は忠実だったのか、乗り換えが間に合わなかったのか「ひとりぼっち」になってしまった。FSBでひとりぼっちで、何か秘密を持っている者はいつ何時他のグループの餌食になって消されるかわからない。

 そこでEUに逃げ出すことにした。だがそこは元スペツナズ(内務省特殊部隊)の将校とあって、移住は簡単には許可されない。だから家族とともに物見遊山の観光旅行に行き、そこで「もうロシアには戻らない」意志を示して亡命申請をした。物見遊山であっても機密事項を握っている者になぜ出国許可を出したのか謎である。14年の歳月が「事件の真相を知る者」を流し去ったのかも知れないし、事情を知った関連局の職員が取り計らいをしてくれたのかも知れない。

 ところが、受け入れ国側にも事情がある。今やEUの友好国となったロシアの国民を「亡命者」と認めるわけにはいかない。引き受けるからには「ロシアに帰れない、帰ったら迫害を受ける可能性が高い」という条件が必要になる。そこでこの元将校はチェチェン戦線にいたときの秘密情報を吐き出したというわけだ。
 ところが、インタビュー記事をロシア国内で報道したノーヴァヤ・ガゼータ紙は大落胆を味わうことになった。どこもだれも微動だにしなかったからである。事実日本でも全く報道されていない。

 これほどのセンセーショナルな暴露に動じなかった理由として次のことが考えられる。ひとつは通り一遍の「古傷をさわられたくない」症候群。人権だなんだと言いながら結局エネルギー欲しさにロシア側についた西側(現在のEUよりは狭い)は、もう思い出したくもないことだ。もうひとつは暴露だとか特ダネだとか騒がなくてもみんなが知っている暗黙了解症候群。事件当時の日本の新聞では「停戦が気に入らず復興を邪魔したいロシアの挑発」というチェチェン独立派がわの見方を載せていたのがほとんどだったが、さすがに「本物のチェチェン人犯罪者を使った」とは書けなかった。日本には北方領土問題があるのでロシアを刺激したくない症候群がはやっていたからだ。現在のチェチェン共和国とちがって取材陣出入り自由だった当時、チェチェン人なら誰もが知っていたこの事実を記者が知らないはずはない。それにロシアは戦争に負けたくやしさにチェチェンをつぶすためなら何でもやった。そしてほぼそのとおりになった。だから今更何をバラされても痛くもかゆくもない。ソチ五輪やワールドカップで「平和国家」の許可証を受け取ったから。

 もっともこの将校は真実を伝えようとしたのではなく、自分の保身が目的で暴露したのだから世界が騒ぐかどうかは問題ではない。事情を認められて、亡命が許可されればそれでよい。むしろ騒がれない方が安全に暮らせるというものだ。
 戦後復興支援活動をしている国際人道団体の職員を6人も殺害する事件に関わっておいて、14年間、心が痛まなかったのか、という問いに対して「自分が手を下したわけではない」と答えたそうだ。

 折も折、国家機密をばらすウィキリークスが物議をかもしている。米国が非難の叫び声を上げ、ついには「婦女暴行」の疑いでアサンジュ氏を逮捕するに至った。そのことをとらえてロシアのプーチン首相は「それでも民主主義国家か」と激しく米国を非難した。ちなみにウィキリークスはロシア を人権侵害国家として糞味噌にけなしている。「婦女暴行」などと姑息な手段をつかわず、堂々と「国家機密嗅ぎつけ、ばらまき罪」として指名手配すればよかった、ということだろうか。それとも「人権侵害国家」と決めつけられても米国みたいに幼稚な対処はせず、大人の対応をしていることを宣伝したいのだろうか。
 ところで、最近ロシアFSB将校クラスの脱出が相次いでいるそうである。プーチン牙城の構築に功績のあった将校たちで、身の危険をひしひしと感じているそうだ。バラされる前に消しておくのも民主主義国家のたしなみかもしれない。(川上なつ)

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