アフガン終わりなき戦場/第41回イスラムから見た法治国家(下)
ところで、アメリカの目指す近代国家とは、平たく言うなら「法治国家」だ。国における物事はすべて国の法律に則って決める政治体制のことだ。しかし、これがタリバンや伝統的なアフガン人にとっては受け入れがたい代物なのだ。
そもそもイスラム社会の最上位に来る法はコーランとシャーリア(イスラム法)だ。どちらも神の定めたものであり、変更不可能なものだ。この神の指令に従うことがよいイスラム教徒であり、従わないのは不埒者ということになる。サウジアラビアではシャーリアを憲法に代わる物として定めている。
イスラム法ではない、国の法律を守れと言われることが、多くのアフガン人にとっては我慢がならないのだ。神の定めた法のよりも、国の法がそれを上回るというのは神に対する冒涜以外のなにものでもない、と捉えるのはイスラム教徒にとって自然な考えだ。しかも政府のバックに憎きアメリカがいるとなれば尚更だ。日本で「法治国家」と聞くとそれは自分たちのすばらしい価値観のように思えるが、イスラム教とにとっては真逆に映る。
ここでひとつ押さえておかなければならないのは、イスラム教徒の場合、人としての善悪、ひいては道徳というものは、すべてイスラムから来るという点だ。日本社会に生きていると、特定の宗教を信じていなければ、不道徳ということはない。しかし、社会全体が1000年以上にわたってどっぷりイスラムに浸かってきた地域では、そうはいかないのである。イスラムというのは、人間生活全てにわたるルールを示しているから、何が善行で何が悪行であるかという規範は、すべてイスラムの教えの中に存在することになる。そうでないと、神の絶対性が損なわれてしまうのだ。
イスラム教が多数派を占める国で、法治国家と自認するのはトルコだけだ。オスマン・トルコ滅亡時、トルコ政府の人間は国の衰退した理由を非合理的なイスラム教社会のせいだと考えた。そのため、オスマン・トルコ滅亡後は徹底的な政教分離社会を実践し、宗教の国への介入を許さなかった。
アフガニスタンの場合はムジャヒディン(イスラム聖戦士)がロシアを追いだしてしまったのだから、真逆の歴史を辿ったことになる。アフガン人が法治国家を自分たちの社会に受け入れるのは難しいだろう。
アフガニスタンは「イスラム共和国」と言われているが、国の制度はアメリカ製だ。どんなにイスラムに配慮しようとも、宗教と国の法律の差はうまらないだろう。国の法律をまるごとシャーリアにするというのなら話は別だが、それは欧米諸国が決して許さない。
つまり、長々書いたが、どうやってもどうにもならないのだ。
ところで、常岡氏と会った時、その場にいたのは日本人半分、イスラム教徒半分という感じだった。常岡氏も中田教授も日本人のイスラム教徒だ。だからと言って、私が彼らを怖がっていたという訳ではない。イスラム教徒の行動規範は私のそれと大幅に異なるが、考え方が違うからと喧嘩をしていては社会は成り立たない。
ことアフガニスタンのケースだと、アメリカがいかにイスラム教を理解せずに戦争を始めたか、とうことが問題だ。そんなに理解できないのなら、自分の世界と別のことにしておけばいいのだ。
けれど、人類は21世紀になってもまだ宗教が理由になって戦争をしているのだ。ちなみに今日はクリスマス。ジョン・レノンもきっと草葉の陰で泣いている。(白川徹)
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