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2010年11月28日 (日)

『日本の解放区を旅する』

Photo 「マスゴミ」という言葉がある。主にインターネットで使われている言葉だ。解説するまでもなく、ゴミのようなマスメディアを指す蔑称だ。ネット内が主とはいえ、新聞などのマスメディアが公器からゴミへと「転落」した原因はいくつかあるだろう。
「メディアは被虐史観に満ちている」というネット右翼の宣伝もあったろう。記者クラブ問題など権力と対峙しているとは言い難い状況への不審もある。ネットなどに流れる現場情報と、メディアの情報が違うケースなども不審を強めたかもしれない。もちろん情報を整理し、付随する情報などを検討すれば、報じ方に差が出てくるのも当然ともいえる。ただ一方で、偽造した報道が問題になったケースもあった。調査報道よりも官庁からの情報をどれだけ早く流すのかに血眼のなっている記者の姿を、多くの人が知ることになったことにも関係があるかもしれない。また、非常に高給取りであることへの嫉妬も、こうした評価と無縁ではないだろう。

 私個人の意見では、すべてのマスメディアを「マスゴミ」と括るのはおかしいとは思う。ただ記者が「歩いている」のかが気になることは多い。
 現場を歩いていると、意外な拾いものに出合うことがある。「真実」というより「事実の1つ」といったようなエピソードだ。世論にはなじまないだけに、たいがい記事をまとめるときには使いづらい。

 少し具体的に書いた方がわかりやすいか。
 例えば殺人事件が起こる。その犯人の友人を訪ねて回ったとしよう。「あいつ自己中心的なヤツでさ」とか、「いつも弱いヤツを虐めていたよ」なんていう証言は使いやすい。
 でも、「飼育係で動物の世話は一生懸命だったよ」とか「学校が終わってからは、虐めていたヤツと一緒に本当に楽しそうに遊んでいた。むしろ虐めていたヤツに気を使っていた」なんて証言が出てくると、ハタと困る。わかりやすい勧善懲悪の記事は報道はしにくくなるからだ。

 そもそも、こうした情報を得るためには、まず取材対象者にどんな情報でも歓迎だという気持ちを伝える必要がある。殺人者らしいエピソードがほしいと暗に示唆すれば、そうしたエピソードしか集まらないからだ。もちろん、そうやって情報を集めれば、取材時間はもちろん執筆や映像編集の時間も短くて済む。逆にいえば、こうした紋切り型の受け答え以外の証言こそが、私にとって報道に対する信用のバロメーターともなるし、現場を「歩いたかどうか」の基準にもなる。

 えらく前置きが長くなったが、鎌田慧氏のルポルタージュはそうした現場を歩いた手触りがしっかり残されている。最新刊の『日本の解放区を旅する』(七つ森書館)でも、ある労働派遣会社の経営者は次のように語る。
「3K職場には中国人のほうがいい」
 これは日系人が多く住む、豊田市の保見団地を取材したものだ。この言葉から、日本人から「外国人労働者」と一括りにされている人たちの「階級」を知ることができる。新聞などでも問題になる日本人派遣労働者はもちろん、日系人にさえしない最底辺の仕事が中国人が担っている現実だ。

 太平洋戦争当時の沖縄の集団自決についての取材では、日本軍から手渡された手榴弾が爆発しなかった家族が棍棒や紐で家族を殺し、自分も自殺したという事実を示した上で、当時の生き残りの女性の言葉を書き記している。
「母親に手をかした時、私は号泣しました。私たちは『生き残る』ことが恐ろしかったのです。我が家は両親弟妹の四人が命を絶ちました」と。
 沖縄戦の教科書記述から「軍の関与」が削除されたとき、反対集会に11万人もの人が集まった背景には、住民が体験した厳しい現実がある。右翼だとか左翼だとか、軍の関与を示す文章が保存されていないという問題ではなく、家族さえ殺さざるを得ない状況に追いつめられた歴史があるのだと。

 著者の鎌田慧氏は、はじめに次のように書いている。
「三〇歳のときにフリーライターになって、全国の原発反対運動や反基地、公害、労働運動のなかに没した『無名の抵抗者』というべき人たちと、わたしは会いつづけてきた。いま想い起こしてみて、いつも『勇気ある生活者』から話を聞き、それに励まされながら、共感、共鳴をつたえてきた。だから、いつも変わり映えのないことを書いてきたのかもしれない。
 それでも、このひとたちがささえている、未来の可能性をわたしは信じている」

 歩き回り、多様な事実の断片を掘り起こしていくことで、時にルポは派手さを失う。記事映えする事実だけを並べた方が「口当たり」がいいからだ。それでも「未来の可能性」を信じて取材を続けるルポライターの心意気を、私はこの本からも感じた。
 メディアが果たすべき本当の役割を改めて考えさせられた。(大畑)

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