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2010年11月23日 (火)

ロシアの横暴/第49回 北方領土に大統領が訪問した意味と島民の本音(下)

 今回のメドベージェフの訪問を「来年に迫った大統領選にむけて強い指導者ぶりを誇示して地ならしのつもりだろう」としているところがあるが、的はずれではないとしても核心とは言えない。
 なぜ「地ならし」でないかといえば四島1万7000人の住民に生活条件改善を約束したところで票にはつながらないからだ。メドベージェフ大統領は島を本土並にする、本土から移住して来たくなるような豊かな島にする、と約束したそうだが、これで島民は喜んでも本土の人間は喜ばない。ロシア人は伝統的に他の地域や人が豊かになるのを好まない。

 もっとも不況の上に夏の酷暑と火災のせいで何かとくすぶっている今、大統領が日本の神経を逆なでしてやったので、溜飲を下げた人々の(まったく的はずれだが)八つ当たり票がいくらかは期待できよう。ロシア国民は荒っぽくて強い指導者が好きなのは事実である。

 数ヶ月前から「日本政府の北方領土考(=前原氏が北方領土を洋上視察した後の発言)として 、「歴史的に見ても、北方領土は我が国固有の領土。不法占拠と言い続けなければいけない」と述べたのが神経に障っていたところに尖閣諸島問題が起きたので、相乗りして何かつついてみよう、といったところであろう。やり方としては軽いが、実質は重い。ルーズベルトにもらった北方領土カードは今もロシアの手の中にある。

 対する日本はいつまでたっても負け戦である。ロシアになってまもなく始まったチェチェン戦争を日本は「遺憾です」とひとこと発しただけで何もしなかった。エネルギー欲しさに黙認をせざるを得ない欧州ですら戦争をやめさせるために何かちょっとぐらいはしたのに 、エネルギー依存をしていない日本が何もしなかったのだ。「何もしなかった」わけは北方領土にある。ここでロシアの神経をさわったら 「もう二度と領土交渉はできない」と思っていた。四島返還を夢見てバラマキ支援をしていた頃、チェチェンでは民族皆殺し作戦の嵐が吹き荒れていた。日本外務省は「ロシアを刺激したくない、北方領土が返ってこなくなるから」 チェチェン戦争反対運動はやるな、で固まっていた。言うまでもないことだが、それでも北方領土は返ってこなかった。

 こうした北方領土に関する日本政府の態度をみていると「何のために」という疑念が持ち上がる。こうまでしてもロシアにすがりつくのはなぜだろう。諸々の資料によると北方四島は伝統的に日本の領土だそうだが、そんな国民感情を利用してショーをしているように見える。いわゆる「民の笛にあわせて踊る」だ。踊っていれば一生懸命やっているように見えるから国民は安心する。
 大統領の北方領土訪問で大騒ぎをしている日本に対して、ロシアのある インターネットサイトに「日本も焦らず、しばらく待っていればやがて島民はみんな逃げ出すか死に絶えるかで無人島になるから、そのときが返還のチャンスだよ」 と、半ば冗談の親切な書き込みがあったそうだ。

 エリツィン・橋本プランのあと数年が過ぎ、プーチンの治世になった2005年、北海道新聞社が再度住民意識調査をおこなった。その中の「北方領土返還の日本への返還」についての調査結果を次のようにまとめている。
「『反対』が61.3%と全体の半数をこえている。以下「条件付賛成」28.7%、『わからない』7.3%、『無条件で賛成』2.0%と続く。『無条件で賛成』と『条件付賛成』を合わせた『賛成』派は30.7%で、『反対』の約半数にとどまる結果になっている。 条件付賛成者に条件をたずねるとほとんどが『金銭補償』を挙げている。

 また同時に おこなわれた「生活の実態調査」のうち、「プーチンが大統領になってからの5年間に生活はどうなったか」という質問には次のような回答が寄せられている。
――「よくなった」が40.7%で最多。以下「あまり変わらない」33.7%、「悪くなった」17.3%「非常に悪くなった」4.3%、「非常によくなった」3.0%と続く。「よくなった」と「非常によくなった」を合わせた『よくなった』と感じている層は43.7%で、「悪くなった」と「非常に悪くなった」を合わせた『悪くなった』と感じている層(21.7%)の2倍に上る。――
 とても不思議な調査結果である。日本に代わってロシア政府がインフラ改善などに取り組む「クリル社会経済発展計画」が始まったのは2007年のことだから2005年頃は最悪だったはずだ。先出のロシア人女性は「クリル(北方領土)の人々は国家に捨てられてしまったのよ。バラックに住んでほんとうにひどい暮らしをしているわ。移住の補償金を欲しがるの、無理もないわよ」 と語っている。

 それにもかかわらずエリツィン時代よりよくなった、答えるのはなぜか。
可能性は二つある。極東地域に配備されていた軍の将校たちが「飢えたくない」からマフィア・ギャングの用心棒になり、無法状態だった。それがプーチンになってから取り締まりが厳しくなり治安がいくらかよくなった。または、正直に「悪くなった」と書けない何かがある。この表示データ程度ならバランスがいいが、ほとんど全員「悪くなった」と書いたら町長や村長の首はなくなる。(川上なつ)

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