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2010年11月 9日 (火)

ロシアの横暴/第48回 ロシア「議会制民主主義」の血塗られた正体(下)

 さて、二院制の上院にあたる連邦院(日本ならば参議院)は任期なしで各地方自治体の長で構成される。州知事は自動的に連邦院議員となる。任期がないといっても州知事の任期が終われば自動的に任期が切れる。ところがここにも不思議な落とし穴があって、いつの頃からか、知事も大統領府の任命制となった。その少し前は選挙で知事を選ぶのは国民、解任するのは政府という奇妙な方式だった。さすがにこれはおかしい、というので、任命も大統領がすることで「矛盾」を解消した。

 この矛盾解消までの数年間に事故に見せかけた殺人で「解任」となった知事や自治体首長がいる。その一つにチェチェン戦争停戦の立て役者、アレクサンドル・レベジ知事の事故死がある。エリツィン大統領時代の一時期に首相を務めたことがあるレベジは、軍人の出身で同じく軍人であるマスハードフチェチェン大統領代行と軍人らしく話をつけて、泥沼になりかけた戦争を停戦に導いた。しかし「野蛮なイスラムのチェチェンごときに屈した」とクレムリン取り巻きから集中砲火をうけ、首相を解任されてしまった。その後レベジはクラスノヤルスク知事に立候補当選し、支持を集めていたが、あるときヘリコプター墜落事故で死んでしまった。このヘリコプターにはクラスノヤルスク州の自治体指導部中枢が多数乗り合わせていたこともあって(つまりレベジの息のかかった者全員が一掃されたことになる)、葬儀にはプーチン大統領も参列し「悲痛な面もちで」弔辞を述べた。誰も口にしないが、誰もがプーチンの仕業であることを了解していた。地方首長たちはこうした見せしめを経て解任権限が大統領府に移るのに同意した。殺されるよりは解任のほうがいい。

 どこが民主制、というようなむちゃくちゃな選挙で議員となったが大半の議員は議会に出てこない。日本でも居眠り議員がときどきやり玉にあがっているが、居眠りどころかはじめから出てこない。それは上院でも同じで、国民の代表としての自覚などなく、かつての貴族の江戸屋敷住まいよろしく「モスクワ屋敷暮らし」を満喫している。ロシア時代、地方貴族はモスクワやペテルブルクに屋敷をもっていて、舞踏会に明け暮れるきらびやかな暮らしをしていた。屋敷管理費用は領民から搾り取ったものであるにせよ、自分の甲斐性であるにせよ、自前だった。今の上院議員たちのモスクワ屋敷町暮らしはすべてが税金でまかなわれている。なんせ「議会民主制国家」だから。

 最近になって大物地方自治体首長がクビになった。モスクワのルシコフ市長である。彼は18年間君臨し、エリツィンともプーチンとも「あ・うん」の仲間だった(だから18年間もいた)。この夏の山火事のときに市民をほったらかしにしてホイと休暇に出てしまったのが、命取りとなった。市長の遊び好きは今に始まったことではないのに今回は不思議なことに更迭されてしまった。
 いつもは従順なモスクワ市民が「モスクワに火の手が迫っているのに、休暇とは不謹慎な」と騒ぎ出したからだ。下降気味のプーチン人気を取り戻すには絶好のチャンスである。ここでばっさりクビにすればモスクワ市民は「大統領・首相の勇気ある決断」に涙を流すからだ。

 ルシコフ市長には優雅な年金生活が待っている。レベジ知事のように事故に見せかけて消される危険性はない。更迭は大統領支持率回復の茶番劇だから。
 ロシアの議会制民主主義は2004年に死んだことになっているから流血の果てにやっと得た議会民主制はたった10年しかもたなかったことになる。その10年の間も、むちゃくちゃな議会民主制がロシアに君臨した。そして2004年に「むちゃくちゃ」としか言いようのない選挙のやりかたでプーチンは再選された。それでも国民はだれも声を上げない。実はもう上げられないようになってしまっていたのだ。共産主義をやっつけたとか、改革が進んでいるとか、今に黄金の雨が降る、といった夢物語に浮かされている間にじんわりと、しっかりとゆで上げられた「ユデガエル」はもう動けない。

 アンナ・ポリトコフスカヤはソ連体制が「西側の支援のもとで続いた」と断言している。西側先進諸国が「議会民主制に移行したあとのロシアの混乱、数々の人権侵害を黙認してきたことを照らし合わせればまさしく言い得て妙である。混乱の果てに「混乱を収める」としていつの間にか事実上の一党独裁に戻っていった。あれほど社会主義を嫌っていたはずの西側諸国は、このむちゃくちゃ改革をひとまず軽く非難しながら結局は容認し、すましている。やっぱり先進諸国にはソ連的一党独裁の方が何かと都合がよいようだ。それもプーチンは鉄のように頭の堅いスターリン(スターリは鉄の意味、スターリンは鉄の男)とちがってハナシがわかる。

 カエルをゆでる釜のそばでアンナ・ポリトコフスカヤは訴え、呼びかけた。結局責任を負うことになるのはロシア自身なのだから、と。彼女の訴えはかき消され、だれも耳を貸さなかった。そんな見方は悲観的だ、と。今その警告どおりになってきている。楽観的なロシアの国民が自分の蒔いた種を自分で刈り取る日が近づいた。アンナの殺害は結局ロシアにとって損失で、しかも悲劇であったことがやがてわかるだろう。ゆであがったカエルはごみとなって道ばたに放り出される。道しるべを自ら引っこ抜いてしまった見返しだ。
 2006年の秋、アンナが殺害された時、あるチェチェン難民の男性が言った。
 ドゥダーエフやマスハードフの代わりならいくらでもいる。でもアンナ・ポリトコフスカヤの代わりはいない、と。(川上なつ)

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