『転落 ホームレス100人の証言』出版記念 ホームレス自らを語る傑作選 第85回 まだ旅の途中だよ/Aさん(45歳)
25歳のときに日本を飛び出して、そのまま20年近く世界の国々を旅して回ってきた。世界放浪? 違うよ。オレのは旅。放浪は目的もなくウロウロ歩き回ることだけど、オレのは目的をもっていたからね。放浪じゃない。
最初に渡ったのは南米のブラジル。親からもらった1000万円の金を持って行った。目的は貧民の暮らしぶりが見たかったんだよ。サンパウロの貧民はスラムのような街をつくって住んでいるんじゃないからね。みんな山の上にバラックを建てて、街を見下ろすようにして住んでいる。
それで? それでって、それだけさ。そういうところで暮らしている人が、どうやって人間らしく生きているかを見るんだ。それを専門に研究しているわけじゃないし、雑誌にレポートするようなことも嫌いだからさ。ただ、見るだけ。それだけだよ。
ブラジルには1年間いた。サンパウロのゲストハウス、日本でいえば下宿屋と民宿の中間のような施設だね。そこに借りた部屋を拠点にして、ブラジル各地のいろんなところを見て回ったんだ。
ブラジルに1年間いてから、東南アジアに渡り、そのあとインド、ヨーロッパ、アフリカ、ロシア、中国、世界中のいろんな国を旅して歩いた。どこの国でも安いゲストハウスやアパートに部屋を借りて、その国の人々の暮らしぶりを見て回ったんだ。
そんなふうにして20年近く世界中を旅で回っていて、2、3年前に日本に帰ってきた。だけど、住むところがないし、金もないから、ここ(新宿中央公園)に小屋をつくって暮らすようになったんだ。
世界をこの目で見てやろうと思った
生まれは昭和32年、埼玉県の狭山市。家は農業で、お茶と畑作物をつくっていた。オレは3人兄弟の真ん中で、子どものころは普通の子だったね。特に目立つこともない子だった。
地元の中学校を出て、高校からは東京の私立の学校に進んだ。学校が世田谷にあって、狭山からは通えないからアパートを借りてね。大学は系列の大学にエスカレーター式に進んで、そこで建築を学んだ。
ただ、大学は3年生の途中で中退した。建築がいやになったんだ。設計製図をやってればわかるけど、建築にはクライアント(発注者)というのがいて、それが設計デザインに趣味の悪い要求をしてくる。それがいやでね。建築を途中でやめるのは、みんなそれが理由だよ。オレもそうだったわけだ。
それで世界をこの目でみてやろうと思って、日本を飛び出すことになった。はじめ親からもらった1000万円を持って出て、あとは足りなくなると実家から送ってもらって旅を続けた。だから、旅先で働くこともなく、20年近くも旅が続けられたんだ。実家が金持ち?いや、そんなに金持ちじゃないよ。
実家の農業は兄が継いでる。田舎の古い農家を継ぐのは、いろいろ苦労や大変なことがあるだろう。それで兄は弟だけは自由にのびのびさせたいと思ってくれたようだね。だから、オレの滞在費もずっと送ってくれていたんだ。
また日本を出ていくつもりでいる
世界中のいろんな国を見て回ったけど、一番よかったのは最初に行ったブラジルだね。国民が陽気で、ネエちゃんも情熱的だしね。色は黒いけど褐色というのか、黒人の黒色とは違って魅力的なんだよ。 東南アジアもよかった。 東南アジアはどこの国に行っても、懐かしい感じがするんだよね。30年くらい前の日本を見ている感じっていえばいいのかな。その懐かしい感じがいいんだ。内戦直後のカンボジアにも入ったよ。首都のプノンペンは廃墟になっていて、強盗と略奪が横行している街だった。
「インドに行けばその魅力にハマってしまう」よくそういわれるだろう。あれはウソ。マスコミがウソの情報を流して惑わしているだけだよ。それが信じられないなら、カルカッタに行ってみればいい。空港で通関を終えてロビーに出ると、100人くらいの子どもの乞食に囲まれるんだから。乞食の国だよ。あんなところにハマるわけはないんだ。
ヨーロッパも北の国より、南のポルトガルとか、イタリアがいいね。ラテン系の国のほうが陽気だからさ。アフリカの国も日本人贔屓なところが多い。
嫌いなのはロシア、中国、アメリカ。特にアメリカは嫌いだ。いまの日本をこんなにしちゃった国だからね。責任を取れって言いたいよ。旅の途中でアメリカを通過したことはあるけど、一度も滞在したことがない。大嫌いな国だからね。
旅のなかでは麻薬もひと通りはやった。何ごとも経験してみないと、“いい"“悪い" も言えないだろう。オレにとって旅は自分の心の内側に入っていくこと、本当に隠しない自分の心を見ることなんだ。そう思っている。
だから、オレの旅はまだ終わったわけじゃない。いまこうしているのも、日本人の暮らしぶりを見ているだけで、まだ旅の途中なんだ。充電期間中ともいえる。仕事があれば働いて、その金でまた日本を出ていくつもりでいる。そうやって旅を続けながら、最終的な住み場所を探し求めているのかもしれないな。それがオレの旅で、その旅はまだ途中だってことだ。
あんたはオレのことを変人だと思っているだろう? 思っていない? どうでもいいけどさ。インターネットをやるんなら 「マハラジ」 っていうサイトを検索してごらん。世界にはオレのように旅をして回っている人間や、そのためのサークルがいっぱいあることがわかるよ。こんなことは特にめずらしいことでも、変人でもないんだからね。(2002年8月取材 聞き手:神戸幸夫)
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