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2010年10月26日 (火)

『転落 ホームレス100人の証言』出版記念 ホームレス自らを語る傑作選 第84回 路上の哲学者(後編)/渡辺さん(73歳)

 敗戦後の混乱期に闇商売で身を起こし、飲食店経営で成功して、しだいに貸しビル業に転ずるという人生でした。その貸しビルからの家賃収入が年間3000万円にはなりましたから、まあ食うには困りませんでしたね。

 結婚? しましたよ。相手は戸籍上では従姉妹の子なんですが、実際には姻戚関係はないんです。彼女は昭和20年5月の空襲で焼け出されて、うちの親戚の養女に入りボクと従姉妹の関係なった子なんです。
 家庭的にはごく普通の家庭でしたね。取りたてて特徴があるわけでもない平凡な家庭でした。子どもは男の子が1人です。
 ただ、後年女房が長く患いましてね。膠原病でした。10年ほど入院を続けて亡くなりましたが、その間の入院から治療までできるだけのことはしてやれました。それができたのも、多少なりとも資産があったからだと思いますね。
人生に「運」はいかほど作用するか

 ボクは学生時代に哲学を専攻していましたが、生活のために大学は中退せざるをえなかった。それ以来ずっと哲学を究めたいという思いが強くありましてね。それで貸しビル業に転じたあたりから、時間もできて哲学に傾注没頭していくことになります。
 ボクが究めたかったのは「運」について。「あの人は運のいい人だ」とか「あの人は運に見離されている」など巷間いわれている運です。釈迦はこの運について弟子から問われて、「現象なきもの論ずべからず」と禁じている。つまり、釈迦でもわからなかったということです。しかし、ボクは人生において運はいかほど作用する力をもっているのか、それを究めたかった。

 人の人生における運を左右するのは、やはり人との出会いが大きい。負の要因をもった人とばかり出会っていると、運のないほうに転がっていきます。
 では、他の人生の曲面において、運はどの程度作用する力をもっているのか。ボクはこれを相場やギャンブルの確率から解けるのではないかと考えました。それでギャンブルに実践的な投資をして実証してみました。ボクの場合ほとんど競輪でしたが、結論的にいってしまえば72%は運の作用によるといえるようです。これを相場の世界でも実践して、実証性を高めたいんですが、残念ながらボクにはそれだけの元手がありませんでしたからね。

 この運の作用については、週刊誌にコラムを連載したこともあります。昭和30年代の週刊誌ブームといわれたころのことで、マイナーな週刊誌でしたが、それでも読者からの反響はけっこうありましたよ。
 これはボクのライフワークでもあり、その後も究明をつづけています。これまでの成果を活字にして残したいと思い原稿にも書きあげてあります。今年中には出版に向けてメドをつけたいと考えているんですがね。

 実生活のほうでは女房を病で亡くしましたが、貸しビル業のほうは順調でした。そのボクの人生が暗転するのは、95年に阪神大震災が起こってからです。
 ボクの友人に神戸でITと通信関連の事業をしているのがいましてね。彼の会社で使っていた全部のコンピューターを入れ替えるんで、彼は震災の前に銀行から融資を受けたんです。ボクはたのまれて、その連帯保証人に名前を貸してました。

 それがあの大震災です。友人本人は亡くなってしまうし、彼の会社が入っていたビルも倒壊してしまった。で、その債務がボクのほうに回ってきたわけです。連帯保証人にはボクのほかにも彼の兄弟が名を連ねていましたが、みんな神戸在住の人ばかりで震災の被害に遭っている。結局、銀行は東京に在住して、多少の資産があるボクのところに債権の回収にきた。確実に回収できるところから、回収してしまおうという魂胆です。それでボクの全財産は友人の借金のカタに取られてしまうことになります。

 それまで息子に「どんなに大切な友人や親戚からたのまれても、借金の保証人にだけはなるな」と口を酸っぱくして言っていましたが、ボク自身が友人の保証人になって全財産を失うことになった。これには息子に合わせる顔がありませんでね。
 その問題で神戸に行って、東京に戻ってきたのが4月でした。戻ってきても、息子に合わせる顔がないのと、全財産を失って帰るべき家もありませんからね。新宿に出て「ちょうど季節もいいし、森林浴でもしていくか」というくらいの気持ちで公園で野宿するようになったんです。

 息子はもう独立してますし、すでにたつきの立つように図ってあげてあるから心配はいりません。息子のほうもボクが全財産を失ったくらいで死ぬようなことのないのは知ってますからね。あまり心配はしてないんじゃないでしょうか。そういう信頼感は強いんです。

 多少の資産があって人並みの暮らしていたボクが、ある日を境にしてホームレスの世界に堕ちてしまう。これも運なんだろうと思います。まさしくボクのもっている運なんですね。人生というのは不確実もので、それを確定するのは努力よりも運が大きい気がします。73歳のいまもって運だけはついて回っていますからね。

 いま振り返ってみれば、人生など明滅するイルミネーションのようなもの。裏通りにいてビルとビルのわずかな隙間から、表通りを見ているようなもの。そう、スリット写真のようなものですね。「カネをいくら儲けた」「こんなにうまいものを食った」いずれもたいしたことじゃない。しょせん人間は先祖からの遺伝子を伝えていく存在にすぎない。その程度のものだと思いますよ。(2002年9月取材 聞き手:神戸幸夫)

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