ロシアの横暴/第45回 プーチンを救った“燃える”モスクワ(1)
地球温暖化か、天地異変か、はたまた人災か。2010年の夏は世界中で異常気象が暴れ回った。
特にロシアでは過去に体験したことのない暑い夏が襲い、農作物に大被害を及ぼし、森林火災が広がっている。
もともとロシアは「暑さ」というものに無防備だから、人々がパニックに陥るのも無理はない。家屋は冬向きに造られているので風通しが悪く、エアコンは普及していない。
そんな住宅で涼を求めるには窓をあけるしかないが、するとモスクワ近郊に迫る森林火災で発生したガスや煤煙に襲われる。どこにいてもどうしようもないので、ウォッカをあおってとりあえず涼しそうな噴水に飛び込んで水死、という事故が続出した。
それなのにロシア政府やモスクワ市は「懸命な消火活動の成果があって沈静化しつつある」というお決まりの大本営発表を流すだけで、ほとんど何もしない。ほんとうのところは「手がつけられない」のだろうが。
そこから「ロシアの火災はほぼ収束した。燃えるモノはすべて燃えてしまったからな」という、笑うに笑えない小咄まで出てきた。
なんでもモスクワ市長は燃え広がる火災には目もくれず、どこかに避暑にでかけたとかで、さすがのモスクワ市民もこれには怒りの声を上げたそうだ。おしなべてモスクワ市民は国内地域格差の頂点がモスクワであることを誇りに思っていて、その栄華をもたらしたルシコフ市長をあがめている。その市長に批判の声を上げるなどこれもまさしく「異例」のことである。
火災の被害がここまで広がったのは危機管理のまずさ、といったたぐいのものではない。まぎれもなく人災である。
「一方で明らかに『人災』のつめ跡も残されている。ロシアでは数年前に森林の監視人が大幅に削減され、火災の発見や消火活動が後手に回っている。別の火災現場にいた80歳の女性は『ソ連時代はどこの村にも消防車が置かれ、火災を知らせる鐘があったがなくなってしまった』と話す。」(8月20日付け『毎日新聞』)。
これは混乱期によくある「昔はよかった」という懐古趣味ではなく、深刻な人災であることを物語っている。
ソ連では日本の営林署のような森林管理部門があり、大きな権限を持っていた。なぜならば森林は貴重な国家資産だからである。石炭や石油が豊富だといってもそれは地下にある「死んだ」資源で、使い続ければいつかはなくなる。それに対して森林は生きた資源である。再生し、共存し続けることができる。まさしく森は生きているのだ。
生きて成長している樹木があり、成長を待たずして落雷や日照りで死んでいく樹木もある。それらをきちんと管理していくのが「森林管理人」だった。れっきとした専門職で、森林を擁する州や地方では大学に「森林管理科」という学科が設けられていたほどである。
彼らの仕事は多岐にわたっているが、究極的には「森と人間の共存」である。
何らかの原因で枯れた樹木を取り除く。何といっても危険なのは火災だ。枯れた樹木は燃えやすいので、発火しないように見回り対処する。これらの樹木は薪として大いに役立つから、住民にとっても森林管理課が出す枯れ木情報はとてもありがたいものだった。
この他、森でたき火をしたり、バーベキューのついでに酔っぱらってボヤ騒ぎを起こす市民たちの監視もある。
それがソ連崩壊とともに森林管理の形態が変わり、一握りの特権階級が諸々の国家資産をむさぼり喰ったので「私有森林」となった。自由市場を選んだロシアの人間社会は森林のサイクルとは無関係に、共存・持続などどこ吹く風で、カネを軸にして動くようになった。
どこかで建設ブームといえば早速木を切り倒してカネに変える。切り倒したあとに苗木を植えることなど思いもつかない。苗木を植えるには手間ヒマと費用がかかるし、木が成長してカネになのはまだ何十年も先のこと、まずは伐採に励む方が実入りがあるというものだ。ついにはまだ成長しきっていない若木を伐採することもやり始めた。切り倒して売り飛ばして、禿げ山ならぬ禿森になってしまった。枯渇しないはずの森林資源が枯渇し始めているのである。
こうして森林管理人は不要になった。わずかに残った管理人は森林管理ではなく、となりの「森林地主」との境界線を守る程度である。
そこにロシアが体験したことのない猛暑が襲って。こんな日が来るなど誰も想像していなかっただろう。暑さに無防備な上に、森林管理も放棄してしまったロシアはほんとうに燃えるモノが何もなくなるまで燃え続けるかも知れない。(川上なつ)
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