« もう一度募集!「あったらいいな、こんなお葬式」 | トップページ | Brerndaがゆく!/フランス生活の期待と現実 »

2010年8月26日 (木)

ロシアの横暴/第43回 スターリンも青ざめる専政君主ラムザンの愚かさ(1)

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」という有名な口上で始まる平家物語の冒頭部分「祇園精舎」は、当時として知りうる限りの外国の伝説的な支配者を引き合いにしながら平清盛という人物の栄華と専政ぶりを語っていく。どんな専政者でもやがて滅びる運命にあるのは理(ことわり)だが、平清盛公の栄華と専政ぶりは言葉に尽くせない、と。
 平家が栄華を誇ったのは12世紀のことであるが、21世紀のロシア・チェチェンでも同じような現象がおきている。人々は他の国の専制者を引き合いにして罵倒しながらラムザン・カディロフの専政ぶりを語る。大統領世襲を固定化した隣国アゼルバイジャンのイルハム・アリエフ公、世界中に恐怖政治の本家として名をとどろかせたヨシフ・スターリン公など、チェチェン人の知りうる限りの専政者が登場する。最近ではあのウラジミール・プーチン公ですら引き合いに出されるようになった。
 そして平家物語と同じように、いつの時代にも専政者はいるが、ラムザン・カディロフほどの専政者は類をみない、だが、ひとつだけ他の専政者と違う点は、ばかげたことを臆せず堂々とやってのける「愚かさ」だと人々は言う。
 もちろん読み書きを修了していないことと愚かさとは別のことだが、ラムザンの場合は読み書きも危うい上に、ほんとうに「愚か」だというのだ。

 たとえばラムザン公の2才か3才の息子の誕生日には全機関が休みとなり、テレビは全チャンネルを占領して「お祝いに訪れる人々と幸せな王子さまのご様子」を一日中放映し続ける。子供は一人ではないから年数回、この「ご子息の生誕祭」が行われる勘定になる。さらに2004年に爆殺された父親アフメド・カディロフ公の命日関連、母親であるアイマニ・カディロヴァ国母の生誕祭、そのほか何かにかこつけてしょっちゅうお祭り騒ぎをやる。プーチンの専政ぶりを引き合いにする人々は「あの悪党といったって、自分の娘の誕生日の様子をテレビで流さないでしょ」と言う。
 こうしてふたこと目には行事を設定し、その都度学校は休校にするので2008年度は実質3ヶ月程度しか授業は行われなかったそうだ。ロシアの教育プログラムによれば年のうち3ヶ月が学年末夏休みとなっているから、9ヶ月は授業が開かれていなければならない。こんな愚かなことはロシア・ソ連を通じて誰もやっていないとのことである。

 もし、チェチェン人が徳川五代将軍綱吉公の「生類哀れみの令」を知っていれば、「日本人とチェチェン人は似ている」と思うだろうし、バレエ「眠りの森の美女」で国王が糸つむぎ禁止令を出すくだりを観れば、これはラムザン国王だ、と思うにちがいない。「眠りの森の美女」の糸つむぎ禁止令の段というのは、ある国にお姫様が生まれたが、関係者のちょっとしたミスで祝いの宴に招待されなかった魔女が逆恨みして呪いをかけ、「15年後に糸つむぎの針に刺されて死ぬ」と予言したので、国王は国中の糸つむぎ機をとりあげ、禁止令を出すストーリーに基づく場面である。
 ラムザン大統領が発する政令というのは、まさしく「事実は小説より奇なり」ならぬ、おとぎ話より奇なのだ。

 今年、チェチェンのある大学では突然休校が発表され、学生全員が市内清掃のボランティアにかり出された。無償労働はボランティアと言われることが多くなったが、ロシアでは今でもスボータニク(土曜日無償労働を意味する。 スボータは土曜日の意味)と呼ばれている。ソ連が8時間労働週5日制を導入したあと、レーニンの誕生日に一番近い土曜日に、全員が休みを返上して無償労働に出よう、と呼びかけたことから発生した行事である。以後、土曜日でなくても無償労働奉仕はスボータニクと言われるようになった。当初のスボータニクの内容といえば、常日頃の生産活動で手の届きにくい窓ガラスの清掃とか、草取りとかであったが、そのうちに土曜労働にかこつけていくらかの清掃作業のあとみんなで飲んだくれるのが通常となってソ連崩壊まで続いた。ソ連に蔓延していたアル中も、この日ばかりは憂さ晴らしではなく、社会に役に立つ無償労働に楽しく参加したあとのうまい酒を飲んだわけである。

 ところが今年チェチェンで実施された「スボータニク」はソ連時代のもののように甘くも楽しくもない。年1回ではなく10日間毎日、9時から5時まで、交通費なし、昼食なし。そのくせ遅刻したらその日は欠席とみなされ、学年末試験受験資格に傷がつく。ホウキやチリトリといった清掃用具は学生たちの奨学金から100ルーブル(3ドル強)ずつ天引きされた。これでホウキを買えば集めたゴミよりもホウキのほうが多い計算になるのに、なぜか1グループに4本だけだったそうだ。計算が合わない分はカディロフの一声に応えて学生たちを「自主的に」市内清掃に参加させた教務のフトコロに入る寸法になっている。
 この大学生による市内清掃無償労働の様子は全テレビで放送された。コメントは「学生たちは自主的に喜びをもって大統領とともに市内清掃に参加した」である。コメントどおり、カディロフ大統領も「自主的に」この清掃作業に参加した。テレビ放映用撮影の時だけなのは言うまでもない。カディロフが思いつきで出した「市内清掃」も大学生たちの自主的な意志で行われたことになってしまった。
 市内清掃無償労働10日間をクリアすれば学年末試験の受験資格が発生する仕組みになっていて今年は7月の上旬にようやく学年末試験が実施されたそうだ。(川上なつ)

|

« もう一度募集!「あったらいいな、こんなお葬式」 | トップページ | Brerndaがゆく!/フランス生活の期待と現実 »

ロシアの横暴」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ロシアの横暴/第43回 スターリンも青ざめる専政君主ラムザンの愚かさ(1):

« もう一度募集!「あったらいいな、こんなお葬式」 | トップページ | Brerndaがゆく!/フランス生活の期待と現実 »