靖国神社/37回 靖国で後期高齢者医療制度を憂う〈2008年4月取材〉
今年4月に後期高齢者医療制度が施行された。長寿医療制度ともと呼ばれているが、後期医療制度とは、満75歳以上の人に無条件で加入を義務づけられる制度である。
75歳以上が後期高齢者をカテゴリするのは非常に直接的で大胆だ。しかも、後期高齢者とあるが、65歳以上75才未満でも寝たきり等の一定の障害がある場合、広域連合(後期高齢者医療広域連合)から認定を受けるとこの制度の被保険者になる。
75才の誕生日を迎えると自動的に国民保険から脱退し、これまでの保険制度の利用ができなくなる。
後期高齢者医療制度の被保険者となると、年金から天引きされるか口座振込、振替することになる。その保険料も地方自治体により額はばらばらで、資料によると一人あたりの平均額が、月6000円、年に換算すると7万2000円となっている。最も高いところが、神奈川県で9万円超。逆に安いところが青森県4万6000円程度。約5万円もの差がある。
東京や政令指定都市などのリッチ層が多いところへの国からの補助金が他の地方都市に比べると少ないということが、個人の負担額が多くなった背景にあると思われる。
しかし、いくら都市部に高所得者が多いといっても、中にはプア層がいるのも確かだ。この制度は生活保護世帯は除外されるというが、生活保護認定を受けられるほど収入が低くもなく、だからといって年金から保険料を天引きされると日常生活が困難になるという世帯の場合、生活が苦しくなるのは目に見えている。現在の年金生活者は比較的裕福だと言われているが、今年金を払っている若い世代が年金支給をされるころにもこの制度があった場合を想像すると悪寒がしないでもない。
ここで気になってくるのが医療費負担額はどうなるのかである。
70才以上74才以下の前期高齢者は、来年3月まで1割で据え置かれるが、それ以降は2割負担に変わる。
後期高齢者は現行の老人保険制度同様、1割負担のままだが、現役並みの所得がある場合は3割となかなか挑戦的。現役並み所得とはいくらかというと、社会保険庁の資料によると単身世帯で383万円以上、夫婦世帯で520万円以上をさすそうだ。
その資料には「高齢者の方々にふさわしい医療を目指します」と白々しく書かれているが、提供する医療の質が高くあるのは当然だ。国庫からの余計な支出を社会福祉のほうへまわす配慮も「高齢者にふさわしい医療の提供」の一つではないだろうか。
いくら健康で暮らしていたとしても老いには勝てない。身体機能も年を重ねれば重ねるほど老化する。そうすると、病院に通う機会も増えていく。人によってはほぼ毎日どこかしらの科に通っている。そうなってくると、毎月の医療費もばかにならない。
長寿医療保険というと聞こえはいい。長寿の人に対しての特別措置にも聞こえるからだ。しかし、実態は支払い能力が乏しい高齢者からも保険料を取るというなかなか悪どい制度であることに間違いなさそうだ。
最近よく耳にするようになったワーキングプア層(働いているのに貧しい層)にいる若者と並び、これまで敬われてきたはずの高齢者も生きづらい世の中になってきたと言える。
さて、高齢者医療制度のことを書き連ねてきたが、靖国とどう関係があるのかと思った読者が多いかもしれない。
一見、関わり合いがないように見えるが、実は大ありで、靖国に訪れる参拝客は今は減ったとはいえ若者も多い。しかし、英霊の多くは20歳前後で戦死している人が多い。戦後60年たち、もし英霊の大部分が生きていたとしたら80才を超えている。そうでなくともその妻が前期高齢者枠に入っていてもおかしくはない。その子供たちが仕送りをしているとしたらそのうちの数割が年金の補填として消えるだろうし、それをふまえて仕送り額を増やしたとしたら……と考えたらキリがない。
簡単に言うと、靖国で祀られている英霊の関係者の多くが前期または後期高齢者枠に入っている確率が高く、その子供たちはそれらカテゴリーに入っている人を家族に持ち近々仲間入りする可能性が高いということだ。
以前、靖国神社のバリアフリー化について書いたが、参拝に訪れる多くが高齢者に属する人たちだ。例大祭での昇殿参拝時や8月15日に参道で行われる集会には高齢者が多い。
というわけで靖国に訪れる高齢者に後期高齢者医療制度について聞いてきた。
6月半ば。梅雨に入ったような入っていないような微妙な天気だが、晴れてはいた。非常に暑い。参道は白く照り返しがあり目が開けられない。
大鳥居を入ってから数メートルごとにいる警察官。きっと映画効果によるものと推測。年々、取材規制が敷かれ神社から離れていっているような気がしないでもない。 いつも通り大鳥居へ向かう坂付近で待つが来ない。やってこない。暑いからだろうか。
意気消沈しながら待つこと数十分、白髪の男性がやってきたので聞いてみると「興味ないから」とのこと。
興味がないというのはどういうことだろうか。それからまた取材をするが興味がないひとがほとんどである。いずれ自分の身に降りかかる事なのに関心がないということに驚くとともに、「後期高齢者」という名前自体に嫌悪感を示し関心を持ちたくないと思っているのかもしれない。いずれにしろバリアフリーの時よりも取材のハードルが高い。
そんな中、取材をした女性は、「私は今75才になったばかりなんだけど、後期高齢者医療保険や、長寿医療保険と呼ばれようが私は賛成です。高齢者に税金を使うよりも、これからの若い人達に税金を使った方がいいと思いますよ」。
ここまでハッキリと賛成の意を唱えられるとスッキリするが、高齢者に対して税金を使うことと若者に対して税金を使うことを天秤にかけることはできない。この制度には批判の声が多いが、このように考える人も中にはいるのだと驚いた。
意外と実りのない取材だったが、靖国に祀られている英霊たちが後期高齢者医療制度の存在を知ったとしたら、雲の上で憂いたりするのだろうか。自分たちが守った国がこんな状態になっているなんて、と。(奥津裕美)
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