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2010年6月24日 (木)

ロシアの横暴/第42回 治療受けるのも命がけ(2)

 ソ連時代は女性医師の方が多かった。女性も男性と肩をならべて学び働く、というソ連のウリを女性医師たちが体現していたのは事実である。
 ソ連時代の医師の勤務時間は1日4時間、一般労働者8時間の半分である。給与も一般労働者と大きくは変わらない。もっとも勤務が4時間だから割高感はある。だから自分の娘の給与が安くても気にならない裕福な親たち、工場責任者とか、役所の要職にある者などは女の子を医学部に入れようとしたものである。医者になれば勤務時間が短くてラクな上に医療事故を起こしても責任を問われることはない、という特権がつくからだ。

 こんな話がある。
 ある医師が薬を処方した。ソ連では院外処方だから外の薬局に行って買う(薬はなぜか有料だった)。処方箋を見た薬剤師が「この薬を処方通りに飲んだら死んでしまう。これは明らかに医師の書き間違い」と適正な量を出した。しかし処方した医師に対してコメントはしなかった。医師の方が立場が強いからだ。医師が一度書いたものは絶対に間違いない、と逆襲され、下手をすると薬剤師の仕事を取り上げられるかもしれないからだ。こういう場合は闇から闇に葬っておく方が賢明である。
 これをもし処方通りに出して患者が死亡して問題がおこれば「薬剤師の注意不足」となって罪をかぶらされる。医師は患者と向き合っているときは緊張状態にあるから、間違えて処方することはあり得る、というわけだ。医師の勤務時間が4時間と決められていたのも「緊張状態が続く職業」からの発想である。

 もちろん、実力があってほんとうに医者になりたくてなった者もたくさんいる。裕福な家庭の子供が将来の権威と安定、ラクを求めて医学部に進むのも可能だが、一般家庭の子供でも学力が高ければ医学部に入ることができたのは無償教育最大のプラスポイントである。実力があれば誰でも上級のエリート校に入学できた。そんな「黄金時代」はスターリンがいたころだと言われている。現在のような混乱の時代によくある懐古趣味の感も否めないが。
 スターリンが死去するとお決まりの「スターリン批判」が始まりいろいろな改革がなされた。真の意味でのソ連の誇り、教育の機会均等はだんだんと薄れ、最後には「医学部に行くのは頭が軽くて、ケツの重いヤツ。なぜかっていうと6年間も教室に座っていられるからさ」と言われるようになった。これは医学部に行くのは大半が裕福な家庭の、どちらかといえばあまり学力の高くない女性が多かったことを揶揄している。女性差別かもしれないが、的をえている。
 時代は流れて、ソ連は分解してロシアとなり、核と資源大国の強みを活かしてサミットだのG7だのに名前を連ねるようになった。いわゆる先進国と認められるには、男女平等度合いがチェックポイントとなっているから、女性の社会進出、とくに医者や研究者に女性が多かったロシアはここで大いに点数を稼いだものと思われる。

 実態の伴わない女性の社会進出、つまりラクに働いて権威を得られるから医学部に行くというものの考え方は自由ロシアになって一段と磨きがかかることになった。
 最近聞いた呆れた話がある。ロシアには医学専門学校というのがあって、これは日本の看護学校にあたる。ここに入学した女性は、ほとんど通学せず家でごろごろしている。試験の時期になったら試験料と言う名の賄賂をはらって進級する。そうやって数年後にはまさしく金で買った看護師資格をもって社会に出て行く。まともな勉強はしていないから、看護師といいながら腎臓がどこにあるかも知らない。これは医学部も同じで唯一の違いは医学部の方が「試験料」が高いことだけだ。こういった状況は程度の差こそあれロシア全体、あるいは旧ソ連構成国全体に蔓延している。
  こんな恐ろしい話もある。8ヶ月の妊婦が「胎児死亡」の診断を下され、入院した。胎児が死亡したら出さなければならない。人工陣痛を起こさせて母体から出したら胎児は生きていた。8ヶ月なら保育器などで充分生きられるが、「胎児死亡」と診断した手前、生きてました、とは言わずそのまま放置して死ぬのを待ち、死んでから産婦に手渡された。いくら弱くても産声ぐらいはあるのだからその時点で生きていることがわかったが、産婦も家族も隔離されて、生きている子供には会えなかった。「おなかの中にいても近々死んだ」がこの診断である。腎臓のあり場所もわからないレベルだから胎児が生きているかどうかも診断できないのだ。
 何でも金で解決できる自由なロシアの医療事情はこんなところにまできてしまっている。

 自由主義体制になったからかつての西側よろしく有料の診療所が出てきた。もちろん昔ながらの無料診療所もある。金持ちは有料へ、貧乏人は無料へ。しかし、両者の違いといえば診療所が清潔なことぐらいで医療レベルに大差はない。だから最近の富裕層は病気になったら迷わず外国に行く。富裕層の大半はソ連末期、ペレストロイカ以降の医学部事情をよく知っているからだ。

 一つだけ断っておけばソ連、特にスターリン時代の医学レベルは宇宙開発研究同様、高かった。それをロシアは後世に正しく引き継がなかった。国民の福祉よりも大事なことがあったものと思われる。(川上なつ)

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