ロシアの横暴/第40回 ポーランド大統領の死に「暗殺説」がつきまとう理由(3)
このように憶測からデマまで飛び交って「暗殺説」がまかり通るのは、ポーランドとロシア間には埋めることも修復することもできない重い歴史がのしかかかっているからである。ロシアのポーランド支配は数百年前に遡る。ロシアとドイツ(当時はプロシア)両国の山分けでポーランドの国名が地図上から消えてしまった時代さえある。
その中のまだ記憶に新しいのが1940年におきた「カチンの森事件」である。
2万人以上のポーランド人将校がソ連軍に銃殺された事件で、ソ連軍部の犯行が明らかだったにもかかわらず、当時のソ連は「ナチス・ドイツの残虐行為」として反論をいっさい受け付けなかった。戦後開かれた戦争犯罪を裁く国際法廷(ニルンベルク裁判)でもそのことははっきりしていたのに、裁判沙汰になることもなかった。第二次大戦の戦勝国は「米・英・仏・ソ」の連合国だからである。いつの時代にも勝利者は裁かれない。
こうしてポーランドはソ連に「白を黒と言い変えられ」、その後恩を売られ、反共的な風潮が強い土地柄なのに社会主義国となった。実際にはソ連はポーランドを二分割してドイツと陣取り合戦をしていたのに、ドイツが敗退すると「ナチス・ドイツからポーランドを解放した」として、ソ連の支配下に置いてしまったのだ。
恨み重なる歴史の上にカチンの森事件、その追悼式典に参加する大統領を先頭にした訪問団の搭乗機がカチンの森近くで墜落したのだから、ポーランド人の反ロシア度は一気に上昇しているはずだ。大統領・政府要人(大統領は独裁的で支持率が下がっていたというが)のほか、カチンの森犠牲者の遺族も多数乗っていたという。
何百年もの長きにわたってポーランドを支配したり分割したり、その上ソ連の残虐行為をナチスのせいにし、そのナチスから救ってやったと半ば植民地にした揚げ句、カチンの森追悼式典に向かう大統領機を墜落させておいて(陰謀でなかったとしても)、いくら捜査に協力しようが、謝罪しようが、国葬に列席しようが、事故の日をロシア服喪の日に指定しようが、どうにも許せないのがポーランド国民の偽らざる心境ではなかろうか。
一方ロシア人はロシア人で、ポーランド語をヘビ語として侮蔑する。ポーランド語に多い「シュー音」がヘビの這う音に似ているからだという。日本流にいえば「ポーランド人の前世はヘビ」だが、キリスト教徒にとってのヘビは特別な「悪魔」である。ヘビがイヴをだまして禁断の木の実を食べさせたせいで、人類はその後長らく罪を背負うことになったとされているからだ。
ソ連とポーランドの関係修復に関する行動は、カチンの森事件から半世紀以上も経ったペレストロイカ以後にやっと始まる。それでもペレストロイカの立て役者であるゴルバチョフの関係修復声明は「奥歯にもののはさまったような、何だか両方とも悪いような」歯切れの悪いもので、相変わらずの「ソ連・ロシア体質」を見せつけて悪評だったそうだ。
ペレストロイカの後、ソ連を解体し、ロシアの大統領になったエリツィン(故人、2007年死去)は1993年にポーランドを訪れ、ソ連の罪を認めて謝罪したと言われている。追悼式典での口頭による謝罪と思われるが、「共産主義者のやったこと」、としたところがいかにもソ連的である。この謝罪をそのまま受け入れるポーランド人はいないと思うが、エリツィンは罪を認めたのではない。共産主義になすりつけただけである。それでも「謝罪」をしたことで表面上はカタがついたことになっている。そう言えば彼は日本に来たときもシベリア抑留のことを「全体主義者のやったこと」と謝罪した。
そのエリツィン自らはウラル地方スベルドロフスク州(現エカテリンブルク州)の共産党第一書記をつとめ、その後モスクワに乗り込んで、ソ連と共産主義を解体し、ロシアの大統領にまで上り詰めた、そのほんの少し前まで共産党の大物幹部で、全体主義の真ん中にいた人物である。
事件関連報道でこんなものもあった。
「(ロシア政府主催の)7日の追悼式典で、プーチン氏が『スターリン体制の犯罪はどんな形でも正当化できない。(ソ連の)数十年間、カチンの銃殺についての真実をけがそうとするうそが続いてきた』と述べ、慰霊碑に一礼したことも底流にあった。」(4月18日付け 朝日新聞)
スターリンからエリツィンに受け継がれたソ連的思考回路を今に伝える発言といえる。
飛行機墜落の大事故に無関心を装っている西側諸国は、「きのうの敵は今日の友」とやらで、かつては「究極の敵」だったが現在は改宗したソ連時代の共産主義者たちの無二の友となっている。同志だったはずの元反体制活動家(たとえば故カチンスキ)よりも役に立つからだろう。なにしろロシアはエネルギー資源を握っている。
ところで旧西側諸国は、数年後あるいは数十年後に後世の国家元首が「プーチン体制の犯罪はどんな形でも正当化できない。(ロシアの)数十年間、チェチェン戦争についての真実を汚そうとするウソが続いてきた」と発言したらどうするだろう?連合軍(旧西側諸国の主要国)は戦勝国に有利なように「カチンの森はナチス・ドイツの残虐行為」、とソ連に同調し真実を汚してきた。チェチェン戦争を黙認してきたことをどう言い逃れる気でプーチン発言を聞いたのだろう?(川上なつ)
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