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2010年3月 6日 (土)

トヨタに“暴走”隠蔽の旨味を教えた20年前の悪しき教訓

 トヨタ自動車の豊田章男社長は、今回のリコール問題について米議会下院監視・政府改革委員会の公聴会で、「トヨタは過去数年間、急激にその業容を拡大してきたが、正直ややその成長スピードが速すぎたと感じている。もともとトヨタ経営の優先順位は、①安全②品質③量。この優先順位が崩れ、そのため我々自身が立ち止まって改善を考える余裕をなくした」と語った。その前にも彼は「トヨタは決して万能でない」などと弁明していた。自己批判しているようであるが、頭の下げ方が高すぎる。
 拡大スピードが速すぎて内実がともなっていないという批判は、以前からこの連載でもつづけてけてきた。トヨタの生産台数が急激に伸びたのは、張富士夫氏が社長をしていた2002年からである。

「同年に六百三十一万台だったグループの世界生産台数は、年平均六十万台ペースで増加。〇七年には九百五十万台に達し、米ゼネラル・モーターズ(GM)を抜き初めて世界一になった。この五年間で拡大した生産能力は、創業から四十年以上かけて築いた分に相当する」と、『東京新聞』(2010年2月25日)は報じている。
 こうした急速な展開が、1に利益、2に販売量、3・4が安全・品質といった状況を招いた大きな要因の一つである。おかげでGMに追いついた途端に横転事故となった。
 豊田社長は「わたしたちは顧客の視点で品質問題を考えるという視点が足りなかった」ともいう。つまりユーザーの求める品質・安全ではななくて、メーカーがユーザーに押しつけていた、ということだ。だからこそ彼は「顧客の安全が最優先との視点から責任ある判断を下す仕組みを加える」とまで言及したのである。
 これは尼崎事故で107人が死亡したなどで、「これからは安全第一だ」と宣言したJR西日本とおなじ姿勢である。JR西日本は、事故調査委員会の動向を秘密裏に探って、圧力をかけていたことが発覚した。その会社の姿勢が改めて問われたように、トヨタがこれまで安全第一でなかったことによる信用失墜の打撃は大きい。
 トヨタ自動車販売のジム・レンツ社長は、急加速の原因として、アクセルがフロアマットに引っかかること、アクセル関連の部品がすり減って戻りにくくなることの2点をあげた。電子制御の問題になる前に、この2点で、この事態を終息させようという、トヨタ側の強い意思があらわれている。
 豊田社長も公聴会の質疑で「社内調査でも誤作動は見つかっておらず、設計上の問題ではないと確信している」と、電子制御システムの問題を明確に否定した。

 一方、米下院エネルギー商業委員会は、電子システムに重大な懸念があると主張。この問題をトヨタが継続的に退けてきたとも批判している。実際、04年に電子制御を装備したカムリの速度に関する苦情は、電子制御のない車の5倍に上ると米運輸省が指摘したのに、トヨタは組織的な検証をしていなかった。
 トヨタの言い分が通るかは疑問だ。公聴会では、ジム・レンツ社長がマット交換とペダルのリコールで問題が解決するかと詰め寄られ、「完全にとはいえない」と答えている。自社の対応が不十分であることを認めたようなものだ。
 さらに米運輸省高速道路交通安全局に寄せられたトヨタ車による暴走の訴えには、リコール車以外の車種も半分含まれている。その上、フロアマットに問題がないのに、ブレーキを踏んでも止まらなかったケースさえある。
 公聴会では、アクセルペダルに足を乗せていないのに暴走、ブレーキを踏んでも止まらなかったという証言まで飛びだした。
 米国議会の怒りに油を注いだのは、北米トヨタの稲葉良★ミ社長名で作成された社内文書だ。07年にカムリなどがリコールされた際、ロビー活動によって備品であるフロアマットが原因となり、費用を1億ドル以上節約できたと、そこには書かれていた。
 この文章が本物かと公聴会で追求された豊田社長は、「ここに書かれている英語がわからない」と明言を避けた。これではトヨタの“隠蔽体質”を疑われても仕方があるまい。
 そうした企業体質をうかがわせる事実もある。
 07年3月には米国で、08年12月には欧州でアクセルペダルの不具合にかんする苦情が寄せられていたのに、米国でのリコールは10年1月だった。米国で一家4人が暴走の末死亡した事故から3ヶ月以上たってからだ。
 加えて、元連邦政府の安全調査官がトヨタに天下りしてことで、連符政府の調査がかなり限定されたものになった、とABCニュースは報じている。
 自社のみならず、政治力を使っての隠蔽など、トヨタへの疑惑が膨らむ一方である。問題はこうした「体質」は、労働者と下請、孫請会社をいじめた過剰生産をつくりだした。「安全第一」から「世界第一」へ急カーブを切っていたのだ。

●変節した運輸相

 ここで改めて振り返ってもらいたいのは、80年代末に起こったオートマチック(AT)車による暴走事故である。
 運輸省がまとめたAT車の暴走件数は、83年は39件、84年44件、85年62件、86年67件にとどまっていた。AT車の暴走が騒がれはじめた87年は、430件と急増している。このときはトヨタだけではなく、日産・ホンダ・三菱・マツダなど日本のほとんどの自動車メーカーに加え、外車の暴走も指摘された。しかしメーカー各社は、アクセルとブレーキの踏みまちがいだとして自社の不備を認めることはなかった。
 それでも西ドイツのフォルクスワーゲン車と日産が提携して生産した車が、電子部品の不具合からエンジン回転数が上がる不具合が露呈。日産は部品の無料交換をおこなった。こうした事態を受けて、構造上の欠陥はないとして主張しつづけてきた日本自動車工業界も、業界として初の調査に乗りだした。しかし2年ばかり調査して結果は「急発進・急加速現象が全AT車に共通に起こる構造的な欠陥はなかった」というものだった。
 このとき同工業会の会長だったのが、豊田章一郎トヨタ自動車社長である。
 暴走問題の原因調査に乗りだした旧運輸省は、中間報告で急発進・急加速の事故や苦情261件のうちの約半分が、運転手の捜査ミスとは考えにくいと指摘。それなりの気概はみせた。ところが、その報告から1年後の最終報告では、「ブレーキ操作が適切なら車は止まる」という消費者をバカにしたような結論を導きだす。しかも実車テストに実際に暴走した車を入れなかったうえ、苦情や事故の4分の3を「原因不明」としたままなど、調査の妥当性を疑わせる報告となった。

 一方、東京都府中市で死傷者6人をだした暴走事故では、ブレーキを踏んだのに車が止まらなかったとの主張を被告が譲らなかった。実際、事故現場ではブレーキと疑われるタイヤ痕が見つかっている。
 また87年には、コンピュータ基盤に付けられたハンダのひび割れから暴走が起こるとしてトヨタがリコールしているし、アースの締め付けを忘れたトヨタ車の自動速度制御装置が誤作動し暴走している。
 それでも車の心臓部でもある電子制御が設計段階からおかしとは認めない。トヨタのかたくなな隠蔽姿勢は、80年代末から一貫している。旧運輸省の不可解な最終報告書と米国でのロビー活動によるもみ消し、とは似かよった結果となった。

 AT車問題と今回の暴走問題の奇妙な一致点は、これだけではない。
 トヨタは89年9月に、AT車の暴走につながる可能性のある欠陥を運輸省に報告せず、苦情のあった約3000台の車の部品を密かに交換していたことが明らかになった。これはプリウスのブレーキの不具合をリコールせず、苦情の顧客だけコンピュータを改善していたのとおなじ処置である。
 当時、この問題について記者会見したトヨタの金原専務は、「このような不始末をしたことをおわびする。安全性に問題はなく、運転者の感覚的な範囲の問題としてとらえ、社内で対策をとっていた。リコールの対象外との判断だった」(『毎日新聞』89年9月13日)と語った。
 これもプリウス問題で記者会見をした横山裕行常務の「お客様の感覚と車両の挙動が少しズレていることによって、お客様が違和感を感じられると認識しておりました」という発言とおなじである。
 車が暴走しようが、ブレーキの利きが遅かろうが、お客様の「感覚の問題」だというのが、トヨタ方式なのだ。米国トヨタ自販のジム・レンツ社長が公聴会で説明した「世界的な情報の共有がうまくいかず、大半の情報が一方通行だった」ことが問題の本質ではない。情報を集めた先の大企業意識、殿様意識が、ユーザーの安全や不安を押し切ってきた。

 このような、これまでの一連のAT車暴走事件は、トヨタに悪しき教訓をあたえてきた。構造の欠陥を認めず、不安と不備をガス抜きをしながら時間をかけ、こっそりと問題をカイゼンしていけば世論も収まると。だからこそアクセルペダルの問題が指摘されても、死亡事故が起きるまでは放っておいた。日本のマスコミは、トヨタの広告費に餌付けされていた。
 しかし、訴訟社会であり、39人もの死者がでていた米国では、この巨大な自動車メーカーの問題を放っておくことはなかった。
 現在、共和党系はトヨタを批判しているが、民主党系は擁護している。それは雇用問題が絡むからだ。同社の雇用人数は約17万人。叩きすぎれば、リストラやレイオフが発生する。ヘタをすれば米国撤退の可能性もでてくる。雇用と命との奇妙な対立になっている。ただ、どれほど雇用が重要でも、39人死んでもほおかむりをつづけた企業への批判はやまないであろう。

 一部で報じられている通り、たしかに選挙を前にした日本バッシングという側面もある。しかしAT車問題から20年、おなじような対応をしている大企業が逃げ切ることは難しい。
 すでにニューヨーク州南部連邦地裁の連邦大陪審は、アクセルの不具合とプリウスのブレーキ問題について、書類の提出を求める召喚状をトヨタに送っている。ことによれば、刑事事件として「暴走」が裁かれる可能性もある。トヨタにたいする包囲網は、わたしたちが考える以上に狭められている。
 ウォール・ストリート・ジャーナルは、公聴会の証言でトヨタは助けられるかをアンケート調査した。結果、7割以上がNOと答えたという。
 トヨタが米国でこれからも、シェアを確保できるか、それとも地に落ちるのかは、まだ判断がつかない。ただ修復できる可能性はある。トヨタは「助言役」として、元米運輸長官を起用した。カネにあかせた敵の大将を雇用するウルトラXである。国際的な天下り、で防衛しようという作戦である。
 重要なのは、どうしてこういう社会になったのかだ。
 トヨタが急速に海外に工場を拡大できた最大の要因は、設備投資の巨大な資金があったからだ。それも無借金経営のままである。そうした経営基盤を支えたのが、トヨタ自動車の現場で3分の1にもおよぶ期間工の存在である。さらに下請け・孫請けはほとんど派遣労働者でまかない、末端は日系ブラジル人さらには、中国、ベトナム、フィリピンなどの研修、実習生という「奴隷労働」が支えている。
 トヨタが直接雇用したわけではなく、トヨタの責任ではないと主張するかもしれない。しかし、毎年、下請けのコスト削減を徹底させられて、下請各社は労働者の賃金を抑えるしかなかった。
 つまり労働者と下請けへのいじめが、安全を最優先できず、トヨタ暴走問題の大きなポイントとなった。さらに、この冷酷な支配のシステムを支える、人間を人間とも思わない企業風土が、死亡事故が発生してもなお隠蔽しようとする社風をつくりだした。
 トヨタが抜本的な改善を望むなら、たんにリコールの決断を早くするのではなく、欠陥商品が生まれないような人間を大事にする哲学をつくりあげる必要がある。
 労働者の待遇を見直し、モノをつくる誇りと愛情をもたせる。そうしない限り安全を担保する品質は確保はできない。トヨタが崖っぷちから「生還」できるのかを、世界中が注目している。(談)

全文は→「1003.pdf」をダウンロード

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