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2010年2月 9日 (火)

鎌田慧の「トヨタ・リコール物語」1

日米ともに大問題を引き起こしているトヨタ。その「リコール体質」の根は深い。そこで『自動車絶望工場』でトヨタの体質を鋭く批判したルポライターの鎌田慧氏が小誌で連載した記事のなかからリコールに関するもの今日と13日の2回にわけて紹介する。その上で14日に今回のリコール騒動を新作として披露する予定だ

日本で過去最大規模となった「欠陥車」のリコール(回収・無償修理)騒動は00年5月から02年8月までに製造した16車種、127万2214台もの車が対象となった不始末だった。売れ筋の大衆車に使われた共通部品の欠陥が原因とされ、ヘッドライトが点灯しなくなったり、ブレーキが利きにくくなったりするという。車の生命線であるブレーキとライトに起きた欠陥は、おごり高ぶっているトヨタの危険度をよくあらわしている。日本における市場占有率40%を占めるトヨタの猛烈なコストダウンと労働強化に、警告が発せされたのである。
 06年5月末にもウィッシュやプリウスなど9車種で56万5756台ものリコールが起こった。しかもトラブルの種類がひどすぎる。ハンドル操作ができなくなったというのだから、このリコール前に事故が起きなかったことが奇跡のようなものだ。同年もリコールが2年連続で180万台を超えた。そのため、同年6月から品質専任の役員を置くことになったという。
「品質管理」はトヨタの十八番とこれまで宣伝していながら、いまさら品質だけを管理するお目付役を設置したというのだから、すでに病膏肓に入る状態である。一分野専任の専務設置という前例のない状態は、トヨタがいかに品質劣化に頭を痛めているかをしめしている。
 腐りきった企業体質はいったんあらわになると果てしない。同年7月11日にはリコールをせず車の欠陥を8年間放置したとして、お客様品質部長ら3人が業務上過失傷害容疑で書類送検された。この書類送検の発端となったのは、04年8月に熊本県菊池市で5人が重軽傷を追った人身事故だった。21歳の公務員の運転するトヨタの93年式ハイラックスが突然操縦できなくなり、家族4人が乗った対向車と衝突したのである。事故原因として特定されたのが、車両の重さに耐えられなくなった操舵系の部品・リレーロッドの破損だ。この事故から2ヵ月後、トヨタは33万台にも及ぶリコールを届けリレーロッドの部品交換を始めた。
 ここで問題になるのはリレーロッドの不具合を、トヨタがいつ把握したのかということだ。トヨタによれば、96年の段階でリレーロッドが折れる事故が5件起きていたが、いずれも駐車場などでハンドルを目いっぱい切ったときに折れたもので、走行中は安全であり、リコールするほどの欠陥ではなかったということらしい。ただし96年6月以降に製造した車には改良したリレーロッドを使うようにしている。つまりリレーロッドが折れると操縦できなくなると知っていたが、リコールするほどの欠陥ではないので、新車の部品だけそっと改良品に置き換えたことになる。
 そのうえ95~96年の実施したリレーロッドの耐久実験では目標の6万回に届かず折れていたことも判明している。しかもこの不具合について、トヨタは11件と国交省に報告していたが、熊本県警はトヨタが国内28件、国外52件、計80件も把握していたはずだという。これで「リコールは必要なかったと判断した。対応に落ち度はなかった」というトヨタの強弁はあまりにも見苦しい。
 また、96年に当時の副社長と専務が会議で報告を受け、問題が把握していたこともあきらかになっている。それでも事態に対応しなかったのだから、大企業として信じられない傲慢さである。
 書類送検の報を聞きつけトヨタの広報部に取材陣が殺到したが、まともな会見さえ開かれなかった。
「当初は『落ち度はなかった』などとする簡単なコメントを読み上げるだけの対応だったが、午後5時半ごろ、これまで読み上げてきたコメントに加えて、容疑に反論する内容を加えた印刷物を報道陣に配布した。しかし記者会見などについては「いまのところ、予定はありません」などと繰り返した」(06年7月12日『毎日新聞』)
 品質が問題となって3人も書類送検されたのに、この対応はひどすぎる。「トヨタ」という巨大化した看板は、会社の機動性すら奪っている。トヨタ自動車の「社重」に耐えられず「リレーロッド」が折れ、操縦不能になっているとしか思えない。
 なかでも品質は社内でも深刻な問題になっており、6月末からは前述のように品質保証担当の副社長を2人とし、そのポストに次期社長と目される豊田家本流の豊田章男氏まで引っ張りだして引き締めにかかった。しかしこの問題への対応をみる限り、豊田本家の「看板」も役立たなかったようだ。メーカーの要である品質さえ維持できず、あるのは世界一の販売台数に近づく「トヨタ」という看板と、「世襲制度」に守られた「豊田」の看板だけ。これこそトヨタ自動車が開発した「カンバン方式」の泣き所である。
 07年10月にも47万台のリコールが発生。「品質のトヨタ」など影も形もない。この不良品の山は品質よりコストを重視し、ひたすら膨張策をつづけてきた結果だ。
 奥田会長によれば、日本の自動車メーカーが発明したのはドアミラーがパタンと倒れる「格納ミラー」ぐらいで、基本特許の多くは外国の発明だという。5月19日の経済財政諮問会議で退任前にホンネをはいた。奥田と親しい小泉純一郎首相は「これだけトヨタが世界進出しながら」と驚きをしめした。そうした様子が議事録に記されている。この話題のなかで奥田氏自身が「自動車会社なんて偉そうなことを言ってるが、人まねみたいな話」と切り捨てているのだがら、リコール続出のトヨタは「人まね」の製品すらきちんとつくれない企業ということになる。

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