« 鎌田慧の「トヨタ・リコール物語」2 | トップページ | 鎌田慧の現代を斬る/第139回 小沢の黒さが目立つ民主党 »

2010年2月14日 (日)

鎌田慧の「トヨタ・リコール物語」3

 最近、連日報道されているトヨタのリコール問題は、会社の屋台骨を揺るがしかねない事態となっている。
 まず、トヨタの品質に大きな疑問を投げかけたのは、レクサスの暴走だった。アクセルが戻らず、死亡事故まで発生した。しかし昨年11月、トヨタは原因をフロアマットをきちんと敷いてないからだと説明、車の欠陥を認めなかった。
 ところが、今年1月、米国内の8車種、230万台にアクセルペダルの不具合が見つかった、といってリコールを発表した。踏み込みを安定化するレバーの故障により、アクセルが戻らなくなる可能性があるという。
 しかもこの問題はさらに発展。北米5つの工場でリコール対象車種の生産を2月1日から1週間停止し、販売も中止された。米国でトヨタ車に乗っているユーザーは、アクセルが戻らなくなる、という深刻な不安を抱え、ニュートラルに入れてブレーキをかける練習しているとも報道されていた。生命にかかわる重大な問題だ。「品質」で売ってきた会社だけに、状況は深刻である。

 トヨタは、海外展開のアクセルを最後まで踏むことによってゼネラルモーターズを抜き、世界一になる虚栄の生産体制をつくってきた。その結果が、このリコール山積みである。この強行展開を指揮した奥田体制の破綻が、「大政奉還」で社長となった4代目豊田章男氏に降りかかる「大痛撃」となったのだから皮肉だ。悪番頭のツケである。
 しかも企業の「社旗」となるべき豊田家の御曹司は、機敏に対応できなかった。
 2月3日には、同社の「看板」であるハイブリッドカー、プリウスにもブレーキの不具合がみつかった。2人の軽傷者を出すなど計14件もの事故があったという。一瞬ブレーキが利きにくくなる苦情はメーカーなどにも寄せられていた。それなのにリコールを届けることなく、勝手に修理までしたのである。揚げ句に同社の佐々木真一副社長は「我々がつかんでいるのは(ブレーキの問題は)フィーリングの問題」と言い放った。
 事故まで起きているのに、「フィーリングの問題」で片付けようとするゴーマンさは呆れるしかない。消費者に売ってやる姿勢である。前原誠司国交相も「顧客の視点が欠けている」と批判している。
 2月6日には、ずっと「逃げ回っていた社旗」豊田章男社長がやっと会見を開いた。この日まで「御曹司」に傷がつかないよう、重臣たちが守ったつもりかもしれないが、副社長だけが会見を開き続けたのは異様だった。そのうえ豊田氏は車の欠陥を否定し続け、謝罪もなく、リコールさえ認めなかった。ところが、その3日後には再度記者会見をひらき、リコール容認へと態度を変えた。遅すぎる決断だった。
 この一連の騒動によって、米国ばかりか、欧州もふくめて、全世界で850万台以上にリコールされることになった。09年のトヨタの販売台数が750万台程度だったことからも、その台数の多さがわかる。ちなみに内訳は、フロアマット問題が575万台、アクセルペダル問題が445万台(210台は両方に引っかかった)、プリウスなどが43万7000台、それに米国製のカムリ7700台とピックアップトラック8000台。
 世界の強豪が参入している世界最大の販売合戦の激戦区で、安全面によって生産中止に追い込まれた影響は大きい。リコール対象車種の割合台数は、米国販売全体の6割を占めていると報道され、今後の世界のシェアに影響する。

 この米国におけるアクセルのリコールでは、アクセルペダルを修理するのか、正常の新品と交換するのかが決まらないまま発表された。そうした社内の意思決定の遅さが、生産中止・販売中止と事態を拡大させたのである。不況による生産中止は珍しいことではない。しかし安全面からの生産中止など、あり得ない緊急事態といえる。
 わたしの著作である『自動車絶望工場』は、米国では『Toyota in the passing lane』というタイトルで販売された。直訳すれば「追い越し車線のトヨタ」となる。70年代、米国の自動車産業を追い抜こうとしていて、トヨタは猛烈な勢いで走っていた。しかし追い越し車線で、追い越した途端に転落することになった。
 最大の要因は、死亡事故が発生していたのに欠陥を認めなかった横柄な会社の姿勢である。これが米国で反感をもたれた。もう、アクセルやブレーキなどの部分的な問題ではなくて、制御ソフトをふくめた会社全体が病んでいるのが露呈したという話だ。電子部品も危ない、とまでいわれている。
 もちろんトヨタにたいする米国議会の激しい追求は、米国のゼネラル・モーターズのプライドを傷つけたことへの反感もある。パールハーバーとおなじである。GMから世界販売台数のトップを奪還し、経営破綻に追い込んだ途端のリコール問題発覚は、タイミングが合いすぎている。

 ただ問題の本質は、社外ではなく社内にある。
 トヨタ自動車はなぜ世界的にシェアを広げてきた理由は、豊田佐吉以来の「良い品良い考」という形で徹底されてきた、品質管理だった。ところが世界一を目指す野望ととともに、高品質神話は崩れていった。なぜなら、海外の急展開に対応するため、ベテラン労働者が各国の指導に駆け回わり、手薄になったからだ。いずこにもある「安全よりも儲け」だった。さらに鼻先に「世界一」をぶら下げたい欲望に負けた。
 もともとトヨタは石橋を叩いても渡らない企業だった。それが奥田体制でのイケイケドンドン路線で変わった。遅ればせながら中国にも進出し、米国でも新たな工場を建設、世界展開を急速に進めた。その影響で、品質管理を担う労働者をつくりきれなくなった。それに労働者と下請け、孫請け企業とそこで働く日系人、中国、フィリピン、ベトナム労働者たちを安く使いすぎた。これで会社全体の文化を貧しいものにした。結局、技術のトヨタが技術を裏切ったことになる。踏み込んだペダルが戻らない恐怖は、トヨタの急発進を象徴的にしめしていている。過去の技術の伝承など、みる影もないほどたたき壊された。再構築できるかどうか。
 韓国の車も品質面ではよくなってきており、将来的は中国の車も生産を拡大していく。つまり、トヨタの危機は今だけの問題ではなく、将来の危機をもあらわにした。(談)

|

« 鎌田慧の「トヨタ・リコール物語」2 | トップページ | 鎌田慧の現代を斬る/第139回 小沢の黒さが目立つ民主党 »

鎌田慧の現代を斬る」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/122338/47563636

この記事へのトラックバック一覧です: 鎌田慧の「トヨタ・リコール物語」3:

« 鎌田慧の「トヨタ・リコール物語」2 | トップページ | 鎌田慧の現代を斬る/第139回 小沢の黒さが目立つ民主党 »