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2010年2月 7日 (日)

アフガン終わりなき戦場/第29回 同時多発テロのカブールから「イッシャーラ」(2)

 ブッシュ政権からオバマ政権に変わり、アフガニスタン政策は大きく変更された。ブッシュ政権が2001年にアフガニスタンに侵攻した際、大義名分としたものの一つに「民主主義をアフガニスタンにもたらすこと」というものがある。そして、オバマ政権が打ち出したのは「アフガニスタンに民主主義が根付こうが、根付くまいか、知るか」というものだ。
昨年11月、クリントン国務長官はABCとのインタビューでこう述べた。

「米国のアフガニスタン政策は国際テロ組織アルカイダの撲滅で、同地に民主主義を根付かせることではない。われわれはアフガニスタンに居続けるつもりはない。アフガニスタンに長期的な米国の国益はない。この点を明確にしておきたい。現代的な民主主義による機能的な国家をアフガニスタンに築き、多くの素晴らしい手段でアフガニスタンの人びとを助けるなどと吹聴する時代では、もはやない」

 なるほど、一応筋は通っている。しかし、政権が変わったからといって、戦争をしかけ多くの市民を殺しておいて、「アフガニスタンの民主主義など知らん」というのはあまりに無責任ではないか。
 アフガニスタンでの選挙の不正に関しては本誌で散々書いてきたとおりだ。
近隣諸国から300年は遅れている部族社会にいきなり「選挙」という民主主義を持ち込んだために、票が公然と売り買いされる汚職社会になってしまった。
 タリバン勢力は民主主義をイスラムの教えに反する西洋思想だとし、露骨に敵愾心を燃やしている。押し付ければ、反発するのは当然だ。
 民主主義をアフガニスタンに押し付けたのもアメリカなら、それを得る機会を奪ったのもアメリカなのだ。
 そして、米軍は来年夏には撤退を開始する。アルカイダが強大な軍隊をアフガニスタンに持っているなど、米軍すら信じていない迷信だ。2015年には現政権に全権を委譲し、後は野となれ山と慣れだ。タリバンと現政権が内戦になろうが、知ったことじゃない。下品な言い方をすれば、「ケツをまくる」気なのだ。

 アメ横を通り抜け、御徒町に出た。目についた喫茶店に入る。もう一度イスマットに電話をかけてみる。
「バレ!サラーム・アレイコム!」
 よかった。今度は出てくれた。
「トオルだよ。サラーム・アレイコム。今日カブールで大きな攻撃があったようだけど、大丈夫か?」
「やあ、ひさしぶり。大丈夫。家族はみんな無事だし、友達も大丈夫だ」
「無事ならよかった。変わりはないかい?」
「仕事も順調だし、問題ないよ。ただ、自爆攻撃のせいで道路が封鎖されてるんだ。家に ちゃんと帰れるかが心配だよ」
「イッシャーラ(神のおぼしめしによる)さ。」
「トオルもだんだんイスラムのことが分かってきた。すべてはイッシャーラさ。ところで、日本からの電話代って高いんだろ。大丈夫なのかい?」
「気にするな。また連絡する。たまにはメールでも送ってくれよ」
 そう言って電話を切った。
 イスマットには自爆攻撃に驚いている様子はなかった。いつも通りの元気なイスマットだ。カブール市民にとっては、自爆攻撃なんて慣れっこなのだ。いちいち驚いていたり、慌てていたら身が持たない。
 戦争に慣れるというのはどういう心持だろうか。理不尽な死が当然とされる社会に住まなければならない、というのはどれくらいつらいのだろうか。イスマットが選んだわけではない。
 アフガニスタンに住む誰もが戦争に慣れたいなどと思っていない。全ては天災のように降りかかり、自分たちの手の届かないところで決まっていくのだ。
喫茶店を出て、込み合ったアメ横を抜け、また上野公園まで戻ってきた。もう夕方だ。公園の中を歩く人はまばらだ。
 西郷隆盛像の前で呟いてみる。
「イッシャーラ」
でも、神の意志というのならあまりに救いが無いではないか。(白川徹)

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